連載小説
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第1話「来訪者」
国王のお膝元である巨大な城の地下室で、ジョン=ヘリックスは目を覚ました。

「……んん……!? ここはどこだ? 何故私は縛られているのだ!?


ヘリックスは自分が、まるで尋問を受ける密通者の様に頑丈な縄で椅子に縛りつけられていることに気づくと、慌てて身を捩り、拘束から逃れようとした。

「ああ、ヘリックスさン? 後生ですから下手に暴れないでくれますカ?」

「……! その声はベントだな!? 」

「足元を見てくださイ。魔方陣が見えるでしょウ? 私が見る限りこいつは、強大且つ不安定な魔力を秘めた代物でス。無闇に暴れたり破壊魔法を使おうとすれば、我々はたちまち元素の塵と化してしまいますヨ! いや参ったねコリャ 」

暗闇に目が慣れてきたのか、ヘリックスの目にもベントの言う足元の魔方陣の形が見えてきた。それ以外にも、自分とベント、そして残りの三人の同胞は、背中合わせの五角形に並べられた椅子に拘束されており、各々の眼前には宝玉の様なものが飾られた祭壇が置かれていることが理解できたが、事態を好転させるための手掛かりは存在していなさそうだった。

「どうやら我々は王の仕掛けた罠に嵌まったそうですネ。あのワインに一服盛られていないか確かめておくべきでしタ」

「んん……ワインをもっと頂戴……あら、私ったら飲み過ぎたのかしら。ここはどこ?」

「理論的に考えるならば、私達は薬を盛られて身柄を拘束されたと仮定するのが一番無難と言えるでしょう」

「スーパーコイル、貴方っていつもそう! 一言で済むようなことを、一々回りくどい言葉にして!」

「まぁまぁマダム・リンキング。取り敢えず皆で落ち着くために、歌でも歌いませんカ? んん~ん、ん~♪」

同胞等の呑気な言動に、ヘリックスの堪忍袋の尾が切れた。

「貴様等少しは自分の置かれている状況を自覚しろ! ラゼン、貴様はとっとと目を覚ませ!」

「zzz……」

ヘリックスは歯軋りしながら目を細めて、暗闇の奥に何か見えないか確認する。魔方陣の周りに多くの人影の様な物が見えてきたが、特徴的な形のローブを纏ったそれらが何なのか分かった時、頭をレンガで殴られたような感覚を覚えた。

「お前達……裏切ったのか! この魔術結社で最も優秀な5人のマスターウィザードを、裏切ったというのか!」

「……始めろ」

どこからか響いてきた王の言葉を合図として、裏切り者の魔術師達は一斉に呪文を唱え始めた。魔方陣が強烈な光を放ち、地下室全体が小刻みな震動を始める。

ヘリックスは憤怒と絶望に打ちひしがれながら、自分の魂が肉体から引き剥がされていく感覚を味わうことしかできなかった。








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「進路よし! ヨーソロー!」




(プレッシャーが僕にのしかかる)




(君を押しつぶそうとする 頼んでもないのに)



「ウィルザード……荒野と砂漠の大陸か……」




(プレッシャーの下でーー建物は壊れていく)



(家族は散り散りとなり)



(人々は路頭に迷う)





「ううん、釣れないなぁ」





(それは別にいいんだ)


「Mr.スマイリーに、『赤い砂嵐』……ウィルザードには物騒な話ばかりだ」


(知ろうとする恐怖)





(この世界が一体何なのかを知る恐怖)





(仲間たちが見える)





「お嬢さん、ボディーガードは要らないか?」





(叫んでいる 『解放してくれ!』)



(明日に祈ろうーー僕を持ち上げてくれ)



(プレッシャーが人間へとーー路上の人間へと)



「ありがと。でも、連れがいるから大丈夫」







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リディーマーズ 〜砂の王冠〜


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ーー数百年の時は流れ、吟遊詩人が語るは魔物娘が世界を席巻する時代。荒野の大陸へと向かって海流に乗る、一隻の連絡船の船室のベッドで、一人のリザードマンが惰眠を貪っていた。

「むぅ……」

その肌は浅黒く、引き締まった大柄の肉体と相まって、眠っていてなお戦闘民族の風貌を醸し出している。しかし、長いまつ毛が特徴的な整った顔立ちに加え、寝息と共に微かに揺れ、袖無しの下着から谷間を覗かせる豊満な双丘は、彼女のエキゾチックな魅力を引き立てさせるには十分だった。

「コレール! 起きて! 起きなさいって!」

「むぐ……」

頬っぺたを杖の柄で突つかれて、コレールと呼ばれたリザードマンは不満そうな唸り声を上げて目を覚ました。

「もうお昼過ぎよ! 私は甲板に出てるからね!」

コレールを叩き起こしたのは、全身を純白の体毛で覆われた、猫型の獣人の女の子だった。大きな猫耳をピクピクと振るわせ、横に並んだ黄金と純銀の様なオッドアイの眼をコレールに向けている。

「あぁクリス……目覚めのキスの一つもないのか? ……いや、冗談だよ冗談」

ケット・シーの少女が顔を真っ赤にして魔法の杖を振り上げたのを見て、コレールは慌てて付け加えた。

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大陸行きの帆船は、太陽の光が降り注ぐ穏やかな海の上を、順調に進んでいた。船の乗客達は皆甲板で日向ぼっこをしたり、大空を羽ばたくセイレーンに手を振ったりと思い思いに過ごしている。乗客達の中には魔物娘の姿も少なくないため、海の同胞達に船の運航を妨げられることも無い。

「やった、釣れた!」

ワーラビットの少女が本人の図体に迫る大きさの魚を釣り上げたらしく、その光景に気をとられたコレールは、正面からのそのそと歩いてきた二人組の船乗りにまともにぶつかってしまった。

「おっと、失礼」

軽く会釈してすれ違おうとするコレールの肩を、船乗りのゴツゴツした手ががっちりと捉える。

「おい、待てよトカゲさん……そっちからぶつかっておいて、その程度の挨拶で済ませるつもりか?」

コレールはゆっくりと振り返った。

「ちょっと、因縁つける気!? 謝ったんだから放っといてよ!」

「やかましい! 少なくとも船の上で船長の次に偉いのは船乗りなんだぜ。それなりの態度をとってもらわなくちゃな」

クリスが毛を逆立てて噛みついたが、もう片方の船乗りも怯まず怒号を放つ。

「なぁなぁなぁ待て待て待て」

コレールはため息をつくと船乗りの肩に腕を回して、諭す様な口調で話し掛けた。

「確かに元はと言えば余所見していた私の方に非はある。だけどあんたも船乗りなら、船の上でのトラブルは大惨事の切っ掛けになり得るってことは、十々承知しているはずだ。だから今回はこれ以上お互いに関わり合いにならないようにするってことで、手を打てないか?」

船乗りはコレールの腕を振り払うと、彼女の顔面にきつい平手打ちをかました。

「気安く触るんじゃねぇ! 鱗臭いんだよ!」

周囲に緊張感が走る。

「バッ……あんた何やってんのよ……!」

クリスの全身の毛は、怒りではなく焦りから逆立ち始めた。

「……」






ゴギャッ!!




船乗りは一瞬、自分が何をされたのか理解することができなかった。

甲板の木目にビチャビャとどす黒い血が流れ落ちるのが目に入り、鼻の骨が潰れた上に前歯が3本程吹っ飛んだことに気がついたとたん、船乗りの顔面を凄まじい激痛が襲った。

「ぐびっ……? ごぶべぼっ……?」

蛙が潰れた様な音を発する船乗りを尻目に、コレールは鼻の下を手の甲で拭う。

「……てめぇっ! 鼻血出ちゃったじゃねえかこのフナムシ野郎!」

コレールは鬼の様な形相で船乗りの首を掴むと、そのままの勢いでマストの柱に顔面を叩きつけ、もんどりうって倒れたところに更に何度も蹴りを入れていく。

「このっ、ビチグソ脳味噌の……×××野郎が! ××××! ××××にすっぞ!」

聞くに堪えない罵声を浴びせながら船乗りを叩きのめすリザードマンの姿に、小柄な方の船乗りは完全に腰を抜かしてしまい、周りで見ている乗客達も遠巻きに見守るしかできることがなかった。

「止めなさいコレール! これ以上は本気で死んじゃうわよ!」

「死なしゃしねえよ! それより私に殴られた腹いせに、無関係な奴に手を出すようなことがあったら、そっちの方が夢見が悪いだろうが! 無い胸押し付けるな!」

「お、大きなお世話よ!」

見かねたクリスが羽交い締めにして止めようとするが、コレールの興奮は収まらない。他の乗客達が船長を呼ぼうとする前に、甲板に甲高い声が響いた。

「ちょっとそこの貴方! 私の話を聞くのでス!」

コレールはクリスを背中に張り付けたまま後ろを振り返った。だが、そこには恐怖で縮こまって震えるワーラビットと、先ほど彼女が釣り上げた大魚しか居ない。

「おい……今私のことを呼んだのはお前か?」

ワーラビットの少女は夢中で首を横に振った。

「てことは……」

コレールは床の上に横たわる魚に目をやった。

「なに考えてんのよコレール。魚がしゃべれるわけ無いじゃない」

クリスはコレールの背中から降りながらそう言った。

「はは……そりゃそうだ」

「早くここから出してくださイ! 生臭くてかなわんとですヨ!」



二人は顔を見合わせた。



コレールは恐る恐る人語を話す魚の尾びれを掴み上げると、上下に激しく揺さぶった。


ゴポッ!


大魚の口から子供の握り拳くらいの大きさの青い宝玉が飛び出し、床の上にゴトンと音を立てて落下した。

「嗚呼、新鮮な空気! 生き返りましたなァ!」

コレールは無言で宝玉を拾い上げると、正体を見極めようとして舐めるように観察した。その色合いはまるで荘厳な大海を内に閉じ込めたかの様な美しさだ。どうやら、海中にあったこの喋る宝玉を魚が餌か何かと間違えて飲み込んでしまい、その魚をワーラビットの少女が釣り上げたらしい。

「なぁ、ねえちゃん……こいつはあんたの釣った魚の中から出てきたブツだ。所有の権利はあんたにあると私はおも--」

「い、要らないです! お姉さんにあげます! 持ってって下さい!」

ワーラビットは慌ててそう言うと、沈黙した魚を抱えてピョコピョコと船の後方へと引っ込んでしまった。

「そりゃないですヨ! 人を呪いのアイテムみたいな扱いにしテ!」

「いや……呪われてようがなかろうが喋る宝玉なんて、不気味過ぎて普通は関わりたくないでしょ」

クリスは正論を呟いた。



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「つまりですネ、この宝玉には肉体から引き剥がされた私の魂が封じ込められていると言うわけでス! 何故体がないのに喋ったり臭いを嗅いだりできるのかは分かりませン!」

帆に日差しを遮られており、陰になっている人気の無い船尾近くで、コレールとクリスの二人は、「ベント」と名乗る宝玉の話を聞いていた。

「宝玉に魂を封じ込める……そんなことが可能なのか、クリス? 可能だとしたら、何のために?」

「決して簡単な魔法じゃないけど、不可能ではないわ。ただ、ネズミか何かの魂ならともかく、人間の魂を封じ込めるというのは、黒魔術に片足を突っ込んでると言わざるを得ないわね」

クリスは少し考え込んでから再び口を開いた。

「人間の魂っていうのは、それ自体が強大な魔力に変換し得るエネルギーを秘めているの。優秀な魔法使いであれば、尚更ね。きっとベントが言っていた古代の王は、強力な魔法道具(マジックアイテム)を作るために、ベント達を罠に嵌めたんだと思うわ」

「あんの糞ジジイ! もし奴の墓を見つけることができたラ、家畜小屋に改装してくれたって構いませン!」

コレールはため息をついて船の欄干に寄りかかった。

「それにしても、また日の光を浴びることが出来て良かったな。深海のクレバスに落ちたりしてたら、永遠に海の底だぞ?」

「つい最近まで意識を取り戻すことが出来なかったので、その可能性は有りましたネ。その点は運が良かったでス。微弱な魔力を発信することで、深海の魔物でもなんでも良いから誰かに気づいて貰おうとしたのですが、まさか先に魚に食われるとハ……」

コレールはベントの魂を宿した宝玉を手に取ると、クリスの魔法の杖の先端に取り付けられていた魔法石を外して、代わりにベントの宝玉を取り付けた。

「あら、凄い! ピッタリじゃない!」

目を丸くして驚くクリス。

「ああ~良いですねエ。この場所。何て言うか、あるべき場所へ戻ったって感じがしまス。それじゃアこの調子で、残りの4つの宝玉も探しに行きましょウ!」

「残りの4つ?」

コレールが言った。

「ハイ! 私の記憶が正しければ、ウィルザードには私の同僚である4人のマスターウィザード……ヘリックス、リンキング、スーパーコイル、ラゼンの魂が封じ込められた宝玉が存在するはずでス! 世界でも有数の大魔術師である私の手足となれることを光栄に思うべきですヨ!」

「頼み方ってもんがなってねえなぁオイ!」

「あぁ、堪忍して! グリグリはいやぁ!」

自身の魂の器である宝玉を床にゴリゴリと擦り付けられて、ベントは悲鳴をあげた。

「コレール! ウィルザートが見えてきたわ!」

クリスの言葉に船頭の方へと目を向けると、遠目にもゴツゴツとした岩がちな地形が窺える、不毛の大陸の悠然とした姿が目に入った。

「ウィルザートへようこそ!荒野と砂漠の大陸が貴方を歓迎しますヨ!」

コレールは艶のある黒髪を潮風になびかせて、自分たちの上陸を待ち受ける土地に思いを馳せつつ、大陸の姿を眺めていた。



--続く。

20/10/28 12:07更新 / SHAR!P
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■作者メッセージ
6/26追記:冒頭をリメイクしました。()内の歌詞はクイーンとデヴィッド・ボウイのシングル「Under Pressure」より引用しています。

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