連載小説
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ちょっと変わり者のリリム
カルラがレイチェルとして転生してから5年がたった。今彼女は何をしているかと言えば。

「あー、この5年で一生分の経験をした気がするわー…。」
窓辺に佇み、5歳児らしからぬ言葉を吐いていた。

因みにレイチェルは、この5年ですっかり「ちょっと変な子」の地位を確立していた。
たとえば

「いいですか、レイチェル様。既にご存知かとは思いますが我々魔物は男性の精を栄養にするため、人間を深く愛するようにできています。」
「えっ」
「えっ」
「……コホン。しかしあなたのお母様、現魔王がこの魔界を支配する前。旧魔王の時代はそうではありませんでした。当時の魔物は人間を苦しめ、殺すために存在したのです。反魔物国と呼ばれる主神教を信仰している国々には、この旧魔王時代の姿だけが伝えられ、魔物に対して大きな誤解を生む原因となっております。」
「えっ」
「えっ」
「……ま、まあ。それでですね、レイチェル様ほどの魔物であればさほど心配はいらないかもしれませんが、十分な実力をつけるまではあまり反魔物国には近づかないほうが賢明と思われます。中には罪もない一般庶民を人質や盾として使う、悪辣な教会や騎士団もいますから。」
「えっ」
「えっ」

魔物の常識(反魔物国家での話と真逆)にいちいち驚いたり

「こっちは5個入り、こっちは8個入りだけど値段が高いね。……ん、5個入りの方が1個当たりの価格が安いからこっちにしよう。」
「(初めてのお使いにしてはこなれすぎてるー!!)」←こっそりあとを付けてきた従者の皆様

それ以外の一般常識や勉強は初めて教えられたことでも平然とこなしたり

「ふおおおおおお!すげー!飛んでる!ほんとに飛んでるよ!!」
「レイチェル様!リリムなんですから飛べるのは当たり前です!」

高い身体能力や魔法が使えることにテンションが最高潮に達したり

「おー、順調に美少女に育ってる…。できれば10代後半くらいまで成長してボンキュッボンになりたいけどなー。とりあえず悪魔の言ってたことは正しいって証明できそうだね…。」
掃除係のキキーモラ「レイチェル様、さっきから鏡に向かって何をぶつぶつ言ってるんでしょうか…。」
教育係のアヌビス「さあな…。なにせレイチェル様は少し変わったお方だから。」

自分の成長度合いを確認し、それを他の魔物に見られて不審がられたり。

そんなことを思い出しながら、レイチェルは息を吐く。
「とにかくカルチャーショックの連続だったわ…。まあ種族柄なのかエロ方面はすんなり受け入れられたのが一番驚いてるけど。」

主神教の教えが身についているレイチェルにとって、魔物の性に関する自由さは最も受け入れがたいことであるはずだった。
しかし、日常会話で猥談が登場するのも、城のあちこちで夫婦が致しているのも、「逸物を立たせた男性像」を代表とする城のエキセントリックな装飾たちも、驚いたのは最初の時だけで2度目からは特に不快に感じることもなく、むしろ夫婦の営みを見ると羨ましい気さえしてくるのだ。
記憶は人間の時のものを継承していても、体や本能は魔物になっているのだとレイチェルが最も強く自覚した出来事であった。

そんなこんなで今までの人生に思いを馳せていると、不意に玄関の方が騒がしくなった。
何事だろう、来世の分まで幸運を使い果たして奇跡的にたどり着いた勇者がいるとかなら面白いな、なんて考えながら正面入り口の様子を見に行くと、そこには城に勤める魔物たちに囲まれたリリムの姿があった。

「ほおー。また綺麗なリリムな事で…。」
どちらかと言えば派手目な顔にロリリリム以外には標準装備のナイスバディー。
その表情からは自信とそれに裏打ちされた気品が満ち溢れ、美しい顔をさらに際立たせていた。
一応姉になる人だし挨拶くらいしないとな、と考えて近づいてみようと思った矢先、魔物の一人が放った言葉でレイチェルは大声をあげることになってしまった。
「お久しぶりです!デルエラ様!」
「で、デルエラぁ!?」

デルエラと言えば、反魔物国家でも一番有名なリリムと言っても過言ではない。
ふらっと現れては一国を瞬く間に堕としていくその姿は「白き災厄」とも呼ばれ、各国は彼女に対して最高レベルの警戒を敷いている。
にもかかわらず反魔物国家の中でも一二を争う大国であったレスカティエが彼女によって堕とされ、反魔物国家に衝撃が走ったことは記憶に新しい。
また、レイチェルは転生してから知ったことだが、急進派と呼ばれる一派のリーダー的存在でもある。
魔王のごとく恐れられていた人物が目の前にいる、叫び声をあげるには十分な状況だった。

その叫び声に気づいたデルエラがレイチェルに気づいた。目が合った。
ギャー!こっち見たー!
後ずさりして逃げようとするレイチェル、満面の笑みで抱き付こうと飛び込むデルエラ。
体格差その他もろもろの理由でデルエラの圧勝だった。

「むがっ!?もごーーー!!(埋もれてる!何にとは言わないけど埋もれてるー!!)」
「きゃー!あなたが新しく産まれた妹ね!デルエラお姉さんよ!初めましてー!!」
「…………。むぐー!(ああ、デカいマシュマロ…ってそんなこと考えてる場合じゃない!離してー!!)」


























「…で、なんで二人きりでお茶するって話になってるんですかねえ…。」
「あらいいじゃない、妹とお茶したいというのがそんなに変かしら♪」
結局窒息寸前まで埋もれたレイチェルは朦朧としたままデルエラに運ばれ、気が付けばティーセットの乗ったテーブルの前に座らされていたのだった。
何事もなかったかのように優雅に紅茶を飲むデルエラを恨めしそうに見つつ、渇いたのどを潤そうとレイチェルもカップを取って口をつける。

「ところでどう?人間からリリムに転生して幸せになった?」
「ぶはっ!?」
唐突かつ予想外な質問に思わず飲みかけの紅茶を吹き出してしまった。むせたり慌てて紅茶を拭いたりとてんやわんやなレイチェルに向かってデルエラが首を傾げる。
「あら、聞いてなかったかしら?あなたに転生するように声をかけてきたデビル、マレスタって言って私の仲間なのよ?」
「な、なんだってー!!」
衝撃の事実に驚いて拭き掃除の姿勢のままストップしたレイチェルに、苦笑しながらデルエラは言葉をつづける。
「あの子ったら言ってなかったのねえ…。その様子じゃ転生させて何の説明もなかったようだし、仕方がないから私が説明してあげるわ。」

そう言いながら、デルエラはレイチェルを抱きかかえて自分の膝に座らせた。
「ちょ、なんでわざわざ膝に!?」
「スキンシップよスキンシップ。それともおっぱいが頭に当たるのがそんなに気になるかしら?」
「べっ…べべべ別にっ!?」
「あらあら照れちゃって。その辺は反魔物国の人間っぽいわね。」
デルエラの膝と胸の柔らかさと恥ずかしさの間で揺れるレイチェルの頭を愛しそうに撫で、説明を始めた。
「私が魔物の勢力拡大のためにいろいろと動いているのは知っているわよね?あなたを転生させたのもその一環なの。お母様が強力なリリムを産めば産むほど、それはお母様が力を蓄えたという証拠。それにリリムが増えるということはこちらの戦力が増えるということにもなるわ。だから強いリリムになりそうな魂を私たちの手で転生させていたのよ。」
「はあ…。」
そんなにすごい目的があっただなんて…。はっ!?ということは私もいずれ魔界化のための手先として…?
表情からレイチェルの考えを察したデルエラが、楽しそうにくすくすと笑う。
「心配しないで。今言ったのは副次的な理由でしかないわ。」
「と言いますと…?」
「私たち魔物は人間が好きなの。この世に存在するすべての人間に幸せになってほしいと思っているわ。人間を魔物やインキュバスにするのも、幸せにしたいという気持ちからなのよ。」
「なるほどねえ…。問答無用でされた方にしちゃ迷惑だろうけど、その辺はいつか分かってくれるってことなんすかね…。」

レイチェルの返答にデルエラは目を丸くし、それから面白いといった様子で微笑んだ。
「うふふ、あなた人間みたいな考え方するのね。面白いわ。」
「まあ前世は人間だし…っていうか、記憶が残ってるのって何か意味があるんですか?」
確か転生前の説明では転生するすべての魂は浄化され、まっさらな状態で生まれると聞いていた。
「ないわ。」
「えっ。」
聞き間違いじゃなかろうかと眉間にしわを寄せたレイチェルにもう一度デルエラが告げる。
「ないわ。普通転生するにはもっと長い時間冥界にいる必要があったから、浄化がうまくいかなかったみたい。つまりは事故☆」
「ええええええええええええええっ!?」
事故☆じゃねえよ!ただの手違いでこんな小説の主人公みたいな状態になってんのかよ!この状態に何か意味があるんじゃないかとかやっぱり周りには黙っといた方がいいんじゃないかとか結構悩んだんだぞ!返せ!悩みに悩んだ5年間を返せ!
抗議すべく立ち上がろうとするも、それはデルエラの胸と腕によって阻まれる。
「はいはい、気持ちはわかるけど落ち着きなさいな。それともレスカティエ最強の勇者を堕とした私のテクニックを体験してみる?」
「…。」
青ざめて大人しくなったレイチェルにデルエラは笑いかける。
「まあそういうことだから、特殊な生まれとかそういうのは気にしないであなたの好きなように生きなさい。今のあなたには好きなことをやれるだけの身分と力があるわ。そのために私たちはあなたを転生させたのよ。」
「好きなことを…。」
直前の言葉を反芻するレイチェルを、デルエラがさっきまで座っていた椅子に優しく座らせる。

「じゃあ私はそろそろ行くわね。お母様やお父様の顔も見たいし。」
ばいばーい、と手を振ってから数歩歩き、思い出したように足を止める。
「人間と似たような思考を持ったリリムなんて初めてだから、どんな子に育つかとても楽しみにしてるの。これからも見守ってるからね。」
「…。」
神妙な顔つきになったレイチェルであったが、そんな雰囲気はデルエラが吹き飛ばした。

「ところで、さっき私のテクニックを体験させてあげるって言ったとき、ちょっと期待したでしょ。」
「し、してない!」
「ダメねえ、魔物ならその辺素直にならないと。」
「余計なお世話!てかそもそも期待してねーから!」
笑いながら立ち去るデルエラに抗議の声を投げかけつつ、ちょっぴり期待しかけたことは一生黙っていようと心に決めた。
14/08/17 19:17更新 / 飛燕
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■作者メッセージ
デルエラ様を登場させてみましたが…。
む、難しい…。
カリスマもエロさもあったもんじゃないですすいません。

次はもうちょっとアイデアがスムーズに出てきてくれえ!

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