連載小説
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第一話 出会いと衝撃
今日も魔界には魔力をふんだんに吸った魔草や魔獣たちが元気に過ごしている事だろう。
もし許されるのならば、自分もそうありたかったものだ。

「んぅっ……っくっ………ふぁぁ…」

清潔そのものな部屋の中、純白のベッドの上で、私は恥ずかしながらも自慰に耽っていた。
己の胸へ手をやり、未だに慣れない痺れるようなゾクッとする感覚に晒されながらも弄る事を止めようとは思わない。
股にも手を伸ばして、割れ目に沿って指を這わせているだけで胸とはまた違った快感が身体中を駆け巡る。

「んっ……はぁ…はぁ……あぅん!」

恥丘に指を這わせて暫くもしない内に、滲むようにジワリと液体が漏れ出てくる。
それが潤滑油のような働きの物だと知ってはいても、なかなかどうして淫猥な思考が頭の中に張り付いて消えてくれそうにない。

「んくっ……うぅ………んはぁぁぁぁぁっ!!」

弄っていたらいつの間にか限界は目の前まで来ていたらしい。
ほんの少しだけ陰核を指で押し込んでみただけで脳が痺れるような快感と一緒につられるようにしてイッてしまった。
スッキリした頃には、純白のシーツをビショビショに濡らしてしまった事に後悔していた。

「はぁ……どうして私がこんな事に…」

その言葉は、もう一年以上も前から何度となく思っている言葉だ。
今もこうして自分の濡れた右手と自分の胸を掴んで離さない左手を見て深くため息を吐くのが日課になりつつあるのだから。

「どうして………どうして女子の身体なのだ私は…」

自身の記憶が正しければ、私はつい1年ほど前までは人間から恐れられ、私も人間など食料か取引を持ち掛けてくるサル程度にしか思っていなかったのだ。
しかし、ある日突然の魔力の奔流に体を囚われ、気が付くと私は…
女になっていた!

「……今思えば、この身体になっても変わらず接してくれるピュアのなんと純粋な事か…」

ピュアと言うのは、この私「アレイスター・イルドーナ」に仕えているサキュバスの事である。
私が男性体であった頃は、幼い体躯に幼い知性で、まるで人間の子供が遊ぶかのように私が狩りとってきた人間の男どもの精気を啜っていたものだ。
それが、私がこの身体に変化してからというもの、彼女の元気さには目も当てられない。
「生涯の旦那様、見つけました!」などと人間の男を我が館に連れ込んだまではまだ良し。
自分の部屋が欲しいと言い始めたのもまだ良い。
その旦那がここの館で働くように薦めてきた彼女の願いも聞き入れて、今では彼はこの館の庭師を十分に勤め上げている。
だが、彼女の部屋を通る度に、名前とは似ても似つかないような、声だけで酔い痴れそうになる程の大きな喘ぎ声で行為に耽るのは止めて貰いたい。
その声を聞いていると、どうにも本能が人間の精気を欲しがって疼いてしまう。

「………また、やってしまったな…」

そこらに置いてあったハンカチを手に取り、自分の愛液で濡れてしまった自分の手を拭き取って行く。
さほど濡れてはいないものの、やはり残しておきたくはないのだ。

「……気分転換に散歩でも行くか…」

普段ならこんな、人間界で言えば昼間の時間には出歩いたりしないのだが、今はどうにも気分を紛らわせたい、そんな気分なのだ。
適度な身支度を済ませ、自室を飛び出して館を出て行く。
その時にも、やはりピュアの部屋の前を通ると淫らで蕩けそうな声が外にまで聞こえ伝わっていた。
やる時はやる娘だから良いのだが、ヤる時はいつもヤっている娘でもあるので少し自制させた方がいいのかも知れない。
これでは旦那の身体が保たないだろうに。

「………少し、遠くまで行ってみるか…」

目的地は、ここから適度に遠い場所にある魔界領の端っこだ。
魔草や魔獣がそこから先に行きたがらない事や、境界の向こう側には元気な青々とした木々が元気に過ごしている為、少しは気分が和むというものだ。
だが、どうにも距離が遠かった。

「………飛ぶか…」

身体的な変質があったからと言っても、私が吸血鬼、ヴァンパイアである事は変え様がない事実だ。
以前は筋肉を変異させた翼を身に纏うマントと絡ませて空を飛ぶことも出来たが、今では勝手が違うのとあまり外に出ないのとで、あまり上手く飛ぶ自信は無い…が、リハビリには丁度いいだろう。
勝手が違うと言うのも、今では昔ほどの筋力も無い為か、筋肉を変異させる事も出来ない。
その代わりなのだろうか、魔力を噴出させて炎のような翼を具現化させる事が出来るし、それを使って空を飛ぶことも出来た。

―――――――――――――――――――――――

「――――……ぅぅ……」

「……あぁ!やっと起きた?!」

気が付けば、私は見知らぬベッドに寝かされていた。
それだけでなく、寝覚めの悪い時よりもっとダルい感じに身体に力が入らない。

「驚いたよ…魔草の観察と境界の調査に一人で行ったら上から降ってきて…」

「………ふむ、だんだん思い出してきた…」

この男の言葉と自分のだんだんと鮮明になり始めた記憶を重ね合わせて、ハッキリした物になってきた。

自分は、散歩ついでにと空を滑空して魔界の境界線まで飛んだ。
元々が魔界の境界線を監視するような位置に建造された我が館だ、その程度の距離は無理なく移動できる。
ただ、慣れない魔力の翼で飛んだのが悪かったのだ。
うっかり降りる地点を見間違ってしまい、魔界との境界線を飛び超えてしまう。
その瞬間には熱い日差しが体にグサリと刺さってくる感覚と魔力が枯渇するような感覚に襲われて、あっという間に翼が消え去って墜落してしまう。
幸いにも真下が森の中だった事が本当に今になって運が良かったと思わせてくれるものだ。

「その旨は本当に感謝s…ななな、何をっ?!」

「何って、傷薬を塗り直してるだけだけど……マトモに動ける身体じゃないでしょ?」

見なくても感じるだけで分かる。
今の自分は全身の色んな場所に包帯を巻かれているようだ。
これでは動かす物も動かせないだろう。
見た目だけなら重症患者だ。
ならこの男は医者なのだろうか。
全然そうは見えない、というかまだまだ若い優男と言った感じだろう。

「事情は聞かないから、君が誰なのかだけ教えてくれない?」

「我が名はアレイスター・イルドーナ。ヴァンパイアである……あっ…」

名前を聞かれては、昔の性分からつい反射的に自分の名前を名乗ってしまう。
元から身分を隠すつもりなどはなかったが、流れで種族まで名乗ってしまったのは少しばかりまずかっただろう。
この男はどこからどう見ても人間の男だ。
ヴァンパイアと言えば旧来から人間の天敵の一種だった事だろう。
そんな存在が目の前に、傷だらけとはいえ存在しているのだ。
彼も、内心では怯え竦んでいる事だろう。

「そう。アレイスターさんか。見た目と相まって綺麗な名前だ…」

「き、綺麗ッ?!」

確かに綺麗と言った。
わざわざヴァンパイアであるという事まで、失敗したと思いつつもつい種族柄か誇らしげに語ってしまっていたが、それを彼は何とも思っていないようだ。
しかも、見た目と相まってとも言っていた。つまりは名前も見た目も綺麗だと言ってくれているのだ、この青年は。

「だって綺麗な名前じゃないか。それに傷だらけでさえなければ、相当の美貌の持ち主でもある。そうだろう?」

「っ………そ、そう褒めてくれるな」

もうこうなったらジパング地方に伝わる言葉「郷に入っては郷に従え」だ。
どうせこのケガではマトモに動くことも難しい。
となれば、彼の世話になる事を良しとしておくしかないだろう。

「……そうだ、貴様の名はなんと言うのだ?」

「僕かい?僕の名前はギルディア・シュテリウム。ギルディアで構わないよ、アレイスターさん」

この場合の「貴様」とは「キサマ」と使い方が違っていると前述しておこう。
何も高圧的な会話を求めている訳では無いのだ、私は。
ギルディアの方はなんとも度し難い程に友好的な感じが言葉からも分かりやすく伝わってくる。
私の方は昔からこんな喋り方だった故、どうにも矯正しようがない。
個人的には頑張って居たりするのだがどうにも下手な喋り方になってしまうらしい。
今思い出していて、改めてピュアの事で腹が立ってしょうがない。
というのも、「喋り方ヘタですね」と言って指を差して笑ってきたのだ、奴は。
その行為に憤りを感じないような鈍感な娘ではないのだ、私は。

「そうか。ギルディア、恩に着る」

「いやいや、目の前に助けられる命があったんだ、助けない訳には…っと、ちょっと待ってて…」

一体どうしたと言うのだろうか?
この部屋の外に耳を傾けていたから分かる事だが、どうやらここにはそれなりの人数が住んでいるようだ。
さすがに音だけでは構造物の全体像を見る事など到底無理な話だろう。
だが、私ほどの者にもなると音だけでそれなりの状況を把握する程度、容易い事なのだ。
まぁ、それはさておき、どうやらギルディアは外から誰かに呼ばれたらしくどこかへ出て行ってしまった。
こうなってしまえば、この部屋に居るのは私一人だけになってしまう。

「………」

身体中の傷を押して、ここから去ろうと思えばいつでも去れるだろう。
しかし、腐っていようが女体であろうが、私は気高きヴァンパイアなのだ。
そんな礼節の欠いた行動など起こせようはずもない。
例えその相手が、つい数年前まで食糧としてしか見ていなかった「人間」であろうと、それは覆さない。
自分の窮地を救ってくれたのだから、千の礼を返す事はあれど、仇で返す事は自分の信念が許しはしないだろう。

「………ふむ……ん?これは…」

テーブルの上に置かれた皿に乗っているこの果物は、見間違うはずもない。
真っ赤なリンゴを小分けに切り取った物ではないか。
まさか彼は、私の好物がリンゴであるという事まで見据えていたとでも言うのだろうか?
いけないいけない、リンゴを見ていたらつい口の中が痛くなりそうな程に唾液が分泌されているのが感じて取れる。
しかしここは我慢の一手だ。
彼が私の為にと切ってくれたであろう可能性は高いが、もしもこれを一気に平らげてしまって、彼が帰ってきて彼もリンゴを食べようとしていたとしたら、どんなに悪い事をしてしまったのかと言う事にもなりかねん。

「………我慢だ、我慢……うん……我慢…」

何度もそう言い聞かせているだけで、一体どれだけの時間が過ぎてしまっていただろう。
気が付けば誰かが部屋に入ってくる音が聞こえ、すぐにそれがギルディアだと分かっていた。

―――――――――――――――

あれから、かれこれ一週間が過ぎた。
私の身体は思っていた以上に回復が芳しくないようで、未だに身体中を酷い倦怠感が包んでいる。
その為、未だに私はギルディアの元で世話になっていた。

「はぁ…はぁ……」

「うぅん……熱も無いし傷も完治してる筈なんだけど…」

そう、彼の言うとおりなはずなのだ。
身体に動けないような外傷がある訳でもなく、高熱にうなされている訳でもない。
ただただ、身体がどうにもダルく力が入らない。
そして何よりも…。

「どれ…」

「っ?!?!?!」

「うん……やっぱり熱はないね…」

いつものように髪を優しく撫で上げて、互いの額をくっつけて熱を見る。
この瞬間だけは来て欲しくないと、心の中で祈っていたにも関わらず、またコイツは私の額に触れてきた。
表情に極力出ていないよう努力はしているつもりだが、きっと彼の息がかかる度、彼の匂いを感じる度に、私の身体はおかしくなってしまいそうだ。

「でも、顔は紅いみたいだし、もう少し眠っていた方がいいかもね」

「…ふ、ふむ……分かった……いつもすまない…」

「いや、いいよ。早く治るといいね……それじゃ僕はこれで…」

ギルディアが部屋を去る間際、私の心の中が何か渦巻いた物に蝕まれていくのを感じた。
彼が去っていく事への嫌悪や虚無感。
そして何より、彼と共に居られなくなる事を嫌がるわがまま。

「あっ……」

だが、結局それらの思いは吐き出すどころか理解する事も出来ず、ただただその場に立ち尽くす事しか出来ない。
無情にも閉じられていく扉をただただ見つめ続ける事しか出来なかった。
後に残ったのは、伝えたいことが全く出てこない傷心で傷だらけの乙女が一人。
気が付けばギルディアの顔が頭から離れなくなっていた。

「違う……違うんだ………わたっ……しはっ……んぅっ…」

無意識の内に、手がこの虚しさを少しでも慰めようとして股間へと伸びていく。
股と胸を弄りながら、考えるのはギルディアの事ばかり。
気が付けば派手に達していたらしく、私のベッドでもないと言うのにシーツが絞れるのではないかと思う程に濡れていた。

「はぁ…はぁ……そう…か……虚しい……んだな、私は…」

塗れた手を眺めつつ、ギルディアの顔を想像してみる。
そうすれば、また何度となく虚しさが募ってきて体中が苦しくなるのを感じる。
これではギルディアに依存しているも同じではないか。

「………今日はもう寝るとしよう…」

湿ったシーツは取り払い、上の布団をシーツ替わりにして今日はもう眠る事とする。
そんな時にふと思い出すのは、自身の城に仕えてくれている幼いサキュバスの少女と、自分と同じ吸血鬼仲間の女性の事だった。

続く………何っ?!一話完結ではないのかっ?!
16/06/07 19:17更新 / 兎と兎
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