旅49 魔法少女の大暴走!!
シャアアアアア……
「いてて……」
「あれ?やっぱりまだ沁みるの?」
「いえ……強く擦ると少し痛いだけなんだけど……強く擦っちゃって……」
「今日は砂埃酷かったもんなぁ……尻尾の先まできちんと洗っとこ……」
「出してないのに?まあいいけど……私もしっかり洗っておこう……」
現在20時。
私達は夕飯を食べ終わり、女性全員でお風呂に入っていた。
女性全員という事は……もちろんセレンちゃんもカリンも一緒だ。
しかもカリンはお風呂では絶対に人化を解くようで、刑部狸そのものの姿をしている。
「しかしなんというか…カリンの刑部狸としての姿はやっぱ見慣れないなぁ……」
「まあお風呂以外やと基本人化の術使っとるからな。最近はちょくちょく解除しとる気もするけど……」
「たしかにさいきんすぐ気付かれること多いもんね〜。セレンお姉ちゃんもすぐカリンお姉ちゃんが刑部狸だってみやぶったよね?」
「ワタシは魔力を読み取る訓練してたし、元々それが得意でしたからね。初めてアメリに会った時もすぐあなたが魔物だって見破れましたよ?」
「そういえばそんな事もあったねー……」
ふりふりと揺れ動く泡まみれのカリンの尻尾……ふわふわとしてそうだが、触ったりすると私も触られたりするかもしれないので止めておく。
そんなカリンの人化の術をいとも簡単に見破ったセレンちゃん。どうやらそういった変化の類を見破るのが得意らしい。
そういえば以前にも簡単に人化の術を使っていたアメリちゃんやローブを着ただけの私を見破っていた事があった気がする……
懐かしいなぁと思ったけど、まだあれからそんなに経ってないんだよね……
やっぱり旅が楽しくて、毎日充実してるからたった数ヶ月前の事でも懐かしく感じてしまう。
「でも作り笑顔は下手やな」
「なっ……人が気にしてる事を言わなくても良いじゃないですか!!」
「そういえば、なんだかんだ言ってあまり敬語も抜けてないね」
「ま、まあそうですけど何ですよ?」
「……意識して実行しようとすると酷くなるみたいだね……」
「う……」
カリンに指摘されてそれも思い出したが、セレンちゃんの作り笑顔は本当に恐い。
自然と出た笑みはアメリちゃんに負けないぐらい可愛いのに、作り笑いは「今から酷い事するよ」とでも言われたような錯覚に襲われる程だ。
それはどうやら自分で意識してやるのが苦手らしい……意識してタメ口を使おうとして訳分からなくなっているのがいい例だ。
「まあ無理な喋り方はしなくていいよ。自分が喋りやすい感じでいいからね」
「わかりました……ではまあこんな感じでよろしく」
「うん」
それでも一応タメ口と敬語を混ぜた感じで行くようだ……まあ自然な感じになるまではそれが一番いいだろう。
無理に変えようとしたり笑顔を作ったって可愛さが半減未満になっちゃうからね。
「ところで……今更ですが一つ聞いて良い?」
「ん?何セレンお姉ちゃん?」
「このお風呂……というか『テント』大きくないですか?」
「あ、やっぱりセレンちゃんもそう感じたんだ」
「う〜ん……やっぱり大きいのかなぁ……」
そしてやはりというか、アメリちゃんのこの『テント』の異様な大きさについてセレンちゃんがツッコミを入れた。
確実に全員が思う事のようだ……アメリちゃんは相変わらず不思議そうだけど。
「そもそもこれどういう原理なのです?」
「わかんなーい。そういうのはおうちにいるこのテント作ったお姉ちゃんたちに聞いて」
「それが出来るのなら苦労はしませんよ……」
言われてみれば、どうしてあんな2,3人程度が入るようなテントの外見なのにこんな大きな小屋みたいになっているのか不思議だ。
魔法ってそういうものだと思っていたけど……魔王軍に伝わる秘伝の術とかだったりして……
シャアアアアア……
「それにしてもさカリン……」
「なんやサマリ?」
「ヘクターンってあとどれぐらい掛かりそう?」
「せやな……1週間もあれば着くんとちゃうかな?」
「へぇ〜……」
髪を洗いながら、私はカリンにあとどれぐらいで目的地である『ヘクターン』までどれぐらい掛かるのか尋ねた。
そしたらどうやらあと1週間もあれば着くようだとの回答が返ってきた……
「じゃあ……カリンとの旅も後1週間かぁ……」
「せやな……」
それは、カリンと旅が出来るのも後1週間だけだという事だった。
そもそも今回カリンはたぬたぬ雑貨の店員として荷物を届ける為に旅をしているのだから、届け終えたら報告しに戻らなければいけなかった。
だから、ヘクターンの到着はカリンとの別れの時だ。
「まあ、帰った後オトンの怪我が完治したらまた大陸向かう。んで皆と合流する予定や」
「うん……また、必ず一緒に旅しようね」
「ああ」
でも、それは一生の別れでは無い。
カリンは商売修行の為この後もまた大陸で旅をするらしい。
なのでその時にまた一緒に旅をしようという事になっているのだ。
会えるかどうかはわからないが、そこはカリンが刑部狸の情報力を持ってなんとかするとの事……刑部狸の情報力ってなんだろうか?
「まあその時にはワタシはいないと思うけどね」
「そうだね……セニックと二人、生きていけたらいいね」
「本当にそう……ワタシにきちんと止めを刺さなかったからと責められていなければいいのですが……」
セレンちゃんはセニックの事が心配らしい……
セレンちゃんを殺す為に追ってきて実際刺したのだが、この通りセレンちゃんは生きている。
その事がペンタティア側に知られたらセニックの立場も危うくなるだろう……死体を確認しに行くとかなってその場に無いのだから生きていると気付かれる可能性も高いだろうし、そうなってしまう可能性もある。
まあ、でも……
「あまりその国の事知らないからハッキリとは言えないけど、そう酷い事にはならないと思うよ」
「う〜ん……そう、かな……」
セニックは勇者だ……多少責められるだろうし、もしかしたら体罰も受けるかもしれないけど、それほど重くは無いだろうし、セレンちゃんの後を追うように死刑になったりなどはしないはずだ。
そもそもそれだけで大きな罰を受けるのなら内部からの反発も大きくなり、国家として成立しなくなっていくだろうからおそらく大丈夫だと思う。
「私達がどう考えていても起こる事は変わらないんだから、無事を祈りながらゆったりと浴槽に浸かろう!」
「……何故そうなるかはわかりませんが……そうですね。こちらがどう思っていてもセニックの身に起こる事は変えようがないし、サマリの言う通り気負いはしないようにします」
こちらが悪い想像をしようが良い想像をしようが、遠くに居るセニックの身に起こる事を操作するなんて不可能だし、無事を祈る事しか出来ないだろう。
それに気負い過ぎて体調を崩したりしたらなおさらセニックに会うのが遅くなるし、セレンちゃんにはなるべく気を楽にしていてほしい。
言い方は悪かった気もしないでもないがきちんと伝わったようで、ちょっと難くなっていたセレンちゃんの表情が元に戻っていた。
カポーン……
「ふぅ〜……いい湯やなぁ〜……」
「だね〜……」
身体も洗い終わり、浴槽に浸かる私達。
身体に染みて疲れを溶かしているように感じる……ほわぁ〜♪
「いい湯だね〜セレンお姉ちゃん〜……」
「そうですねぇ〜……」
アメリちゃんもセレンちゃんも蕩けるような顔で浴槽に浸かっている。
二人とも白みがかった肌がほんのり紅くなっている……アツアツな温度では無い為、身体もポカポカと暖かくなってきたのだろう。
「なんかセレンとアメリちゃんが並んどるとセレンがアメリちゃんより6つも上やって思えへんなぁ…」
「……それどういう事です?」
「いやな、セレン背も低いしぺったんやで14には見えへんなと……」
「失礼ですね……人が気にしている事を……」
たしかに、アメリちゃんとセレンちゃんはさほど身長に差が無い。
エンジェルは元々小柄な種族なのか、たしかにダークエンジェル含めて私より背が高い人は見た事無いけど……リテルちゃんとシャエルちゃんを除いたらセレンちゃんは一番背が低い。
しかもカリンが言う通り、胸は圧倒的に私以下で、Aあればいいほうだろう……ちょっと虚しいけどなんだか勝ち誇れた気分だ。
「大体カリンは胸が膨らみ過ぎです!!」
「そうか?ウチ別にそこまで大きくは無いで?」
そんなセレンちゃんはカリンに喰って掛かった。
カリンはそこまで大きくないというけど……どう考えても私よりは二回り以上大きい。
そういえば以前温泉に入った時にも思ったけど、結構大きかったなぁ……
「というか普段からそんなに大きかった記憶が無いのですけど……」
「ウチ普段はサラシで押さえとるからな〜。動きにくいし邪魔やもん……」
「あ、カリンお姉ちゃんそろそろやめといたほうが……」
しかも、今も言った通り『胸が邪魔だから』普段は押さえてるんだもんなぁ……
なんか……とっても羨ましいよね……
「ねぇカリン……」
「うおっ!?な、なんやサマリ……」
だから私は……その邪魔という胸を……
「そのおっぱい……邪魔なら頂戴!」
「んなっ!?何すんねん!!ちょっ!?」
奪い取る為に……真正面から痛くならない程度に思いっきり握った。
「あっ、止めるんやサマリ!!そんな強う揉むなぁっ!!」
「何言ってるの?私はこれをもぎ取ろうとしてるだけだよ?」
「ま、真顔で怖い事言わんといてっ!」
もちろんそれは……カリンから『邪魔な物』を奪い取るためだ。
本人が邪魔だっていうんだから私が貰っても何も問題は無いはずだ。
「や、やめっ、んっ、あっ……」
「なぁに喘いじゃって……もぎ取られるのがそんなに気持ち良いの?」
「んっ、んなわけあるか……」
だから私は、カリンの胸を掴み続ける。
たとえカリンが顔を赤くして変な声をだそうが、セレンちゃんがドン引きしてようが、アメリちゃんがそんなセレンちゃんに「いつものことだよ……」なんて言ってようが、私はひたすら揉みしだいた。
「そ、そっちがそのつもりなら……ウチやって!!」
「へっ?うひゃっ!?」
だが、ここで予想外の事が起きた……
「サマリやって言う程小さくないやろ?ほれ、結構弾力もあるやん?」
「あっ、な、何するのカリんんっ!?」
「仕返しや!刑部狸の性欲嘗めるんやないで!!そのままイかせたる!!」
「や、やめっ!!」
カリンがまさかの反撃をしてきたのだ。
私の胸を手繰り寄せ、捏ねるように揉み始めた。
「はぁ……魔物ってこう……なんですぐにこういった猥褻な行為をするのでしょうか……」
「うーん……気もちいいし楽しいからじゃないかな?」
「せめて男女間でしょ……魔王だって別に同性であんな事してないでしょ?」
「うーん……昔は魔物にしてあげる為にしてたかもわかんないけど今はお父さんとずっとラブラブしてるかな……」
「そう……まあ先に出ましょうか。最悪の事態をユウロに伝えたほうが良いだろうし」
「だね〜」
どこか遠くにいるように感じるアメリちゃんとセレンちゃんの会話を耳にしながら、私はカリンに為すがままにされていたのであった……
=======[セレン視点]=======
「ん……んん〜……」
サマリとカリンがバカな事をしていた結果すっかり疲れていた二人にそういう事は刺激が強すぎるから止めてと説教をしてから寝て、次の日の朝。
ワタシは窓から射し込む太陽の光によっていつもより少しだけ早く目を覚ましたようです。
「ん〜……いい匂い……」
「あ、おはようセレンちゃん。今日は早いねー」
「おはよう……」
いつもは大体サマリが朝食を作り終えた時に目を覚ますのですが、今日は少し早かった事もありまだ作っている途中でした。
今日は……ハムエッグトーストにレタスを添えたもののようです。
相変わらず美味しいそうです……これで昨日みたいな事が無ければ素直に尊敬できるのですが……難しいところです。
「ん〜……手伝いましょうか?」
「あ、ホントに?じゃあお皿出してきてくれない?」
「わかりました。そこに置いておきます」
折角朝早く目覚めた事ですし、ワタシも朝食の準備を手伝う事にしました。
残念ながらワタシは料理が出来ません…いつも遠征時にはセニックに任せていた程です…ので、調理での手伝いは出来ませんが、それ以外ならいくらでもできます。
いつも昼食や夕食時には手伝いを行っているアメリも、朝はサマリ…つまりワーシープの影響でぐっすり寝てます……今だって「せもおっぱいも大きくなっちゃった〜むにゃむにゃ……」だなんてサマリに聞かれたら怒られてしまうのではと思うような寝言を言いながら寝ているので、朝食は基本サマリが一人で準備しています。
カリンやユウロも朝は弱いようで、未だにぐっすり寝ていますからね。
「しかし……元人間でその習慣が抜けていないにしても、よくワーシープなのに早起きできますね」
「ん〜……なんでかは自分でもわからないなぁ……でもまあ夜はぐっすり寝て毎朝ぱっちり起きられるのはきっとワーシープだからだと思うよ」
「そうかな……あまりワーシープは見た事無いのでわかりませんが……」
「私もワーシープは自分以外知らないなぁ……実際はどうなんだろ?」
寝ているイメージがあるワーシープであるのにも関わらず毎日ワタシ達より早く起きて朝食を作っているサマリ……凄いとは思いますが、それ以上にこうもパッと起きられるのが不思議で仕方ありません。
もしやワーシープとはそういう魔物かと思いましたが……どうやら自分以外のワーシープを見た事無いようなので確認は出来無さそうです。
「まあなんでもいいや。それよりそろそろ完成するから他の皆を起こしてきて」
「了解。全員起こしてきます」
話をしている間も一切手を休めなかったサマリ。どうやら朝食が完成したようです。
サマリに頼まれたのでユウロやカリン、アメリを起こす事にします。
「あはは〜お母さんとおんなじだ〜……ぐぅ……」
「……」
「すぴ〜……メアリーお姉ちゃんも大きいね〜……むにゃむにゃ……」
「……いったい何の夢を見ているのやら……」
とりあえず最初は一番近くに居るアメリを起こす事にしました。
こうして寝顔だけみているとただの可愛い子供なのですが……感じる魔力の恐ろしさはやはりリリムなのだろうと認識させられますね。
まあなんにせよ呑気にぐっすり寝ているだけなので実害は一切ありませんが……むしろこの寝顔に魅了されている自分がいる気もします。
それは置いといて、朝食も完成してますし、自分が大人になった姿、しかも誰か他のリリムが近くにいて話をしている夢でも見ているのか……よくわからない寝言を言ってますが、さっさと起こす事にします。
「……てゅえい!」
「みゅっ!?あ、あれ……アメリ小さい……おっぱいもない……」
「朝食ですよ。寝ぼけてないで早く起きなさい」
「ふぁ〜……ゆめかぁ……おはよーセレンお姉ちゃん……」
「おはよう。今サマリが準備してるから顔洗って目を覚ましてきなさい」
「ふぁ〜い……」
アメリの布団をひっぺ剥がして頭に軽くチョップをしてアメリを起こします。
ちょっと乱暴かもしれませんが、ただでさえこの布団はワーシープウールで出来ているうえに本物のワーシープに包まれて寝ているのでここまでしないとなかなか起きてくれません。
逆にここまでした事によって一発で目を覚ましてくれたようです……目を擦り半分寝ぼけながらも顔を洗いに洗面所の方に歩いて行きました。
「ん〜……さて……次はカリンでも起こしますか……」
残りを起こす為にワタシは一度伸びをしてから、布団を肌蹴させながら寝ているカリンを起こす事にしたのであった……
…………
………
……
…
「ん〜のどかだねぇ……」
「そうですねぇ〜……」
朝食を食べた後、ワタシ達はヘクターンに向けて出発しました。
涼しい風が吹いている草原で、最近はずっと暑かったですが今日は旅がしやすい日になりそうです。
「こういった日に草原で寝たりすると気持ち良いんだろうな〜」
「まあそうだろうけど……今する気はないぞ?」
「わかってるって。言った私もする気はないよ」
たしかに日向で寝ると心地良いでしょう。
近くには小川も流れてますし、軽いピクニック気分になります。
「今日はこの先の町まで着いたら宿探すか」
「せやな。大体15時から16時には着きそうやし、時間的には丁度ええやろ」
今日は久々に宿に泊まるようです。
『テント』があるにも関わらず、どうしてわざわざお金を払って宿に泊まるのかと以前疑問に思って聞いてみたところ、折角旅の途中で立ち寄ったのだからその街を堪能したいからと返答がきました。
それは一理ありますし、旅によくある金欠も起こりそうにないのでいいのかもしれません。
ワタシがセニックと遠征した時は少ないお金で遣り繰りしたものですが……魔王が娘の為に結構お金を渡していたうえ、カリンが商人の腕を振舞いサマリの毛を売ったりしてさらに増やしているそうです。
それだけでなくたまに会うハニービーなどが蜜を譲ってくれたりと……この中にベルゼブブでもいるのではないかという程金欠、食糧不足に悩む事がありません。
「らんららん♪」
「そんなにはしゃいでバテても知りませんよ」
「大丈夫!つかれたってちょっと休めば元気になるもん!!」
「そう……ならいいけど……」
だからこそこんなにのんびりと旅が出来るのでしょう。
個人的には早くペンタティアに向かいたいのですが……焦るよりはこのペースで旅をして、怪我の治癒と答え探しをするのはいいかもしれません。
焦ったところでどうすればいいのかわからない事もありますし、ルージュシティで出会ったソラさんが言っていたとおり、自分が納得する答えが出るまで悩めばいいのでしょう……
「うーん、しっかし今日も平和だねぇ〜……」
「せやなぁ……」
「なんて言ってたりするとなんか出てきたりしてな」
「縁起でもない事言わないでほしいんですけど……」
そんな事を思いながらも、のどかに歩いていました。
このまま何も起こらなければ本当に清々しい旅が出来たのでしょう……
ボオオオオオオオオオオンッ!!
「みぎゃっ!?」
「な、何!?」
「……な?」
「な?じゃないですよ……」
しかし……ユウロの言った通り、何かが起きてしまったようです。
突然目の前で大きな爆発が起きて、爆風がワタシ達を襲いました。アメリなんかひっくり返ってしまってます。
「へへ〜ん!出たな凶悪な魔物集団!このセルシ様が成敗してやるわ!!」
そして、その爆発の中心に、黒髪で緑色の瞳を持ったワタシと同じ位の変な少女が立っていました。
何が変かというと、言動に始まり格好や持ち物、それに雰囲気も変な感じでした。
「な、何なのいったい……」
「なんやねんいきなり……嬢ちゃん誰や!?」
「わたしはセルシ!!凶悪な魔物を成敗する正義の天才魔法少女よ!!」
とりあえずセルシと名乗った少女は……性格はワタシが苦手としているタイプだとは思いますが……とにかく手に持つ武器みたいな物と彼女の纏う雰囲気が気になりました。
「まほ……それにしては物騒な物持ってるじゃねえか」
「なんかお姉ちゃんが持ってるのこわい……」
「恐いとは失礼ね!由緒正しいわたしのパートナー、聖なる武器の『プリコ』にいちゃもん付ける気!?」
セルシが手に持つ武器プリコ……禍々しいオーラを纏っている大鎌というだけでなく、魔物の『魔女』が持っている杖のような山羊の頭蓋まで柄の部分に付いていてどこが聖なる武器なのでしょうか?
一応人間だとは思うのですが……魔女並み…いや、それ以上の魔力と禍々しさを感じます。
「んで……何の用や?成敗とか言うとったから穏やかではなさそうやけど……」
「そんなのもちろんあなた達を討伐しにきたのよ!悪は滅ぼされるべきなのよ!!」
「悪って……それじゃあお前は勇者か何かか?」
「あんな魔物と堕ちるだけに存在してる役立たず集団と一緒にしないでよ!わたしはわたし、天才魔法少女セルシ様よ!!教団の勇者なんか比較にならないわ!!」
「じゃあお姉ちゃんは勇者じゃないけどアメリたちをやっつけにきたの?」
「そうよ!そもそも主神も馬鹿よね〜なんであんな役に立たない奴等に力与えてわたしみたいな最強少女に力を与えないのかしらね?もしかしてわたしの事が恐いのかしら……そう思うと主神も大したことないわね!!」
「はぁ……」
教団や勇者の事を役立たず集団だなんて言うだけでなく主神様まで馬鹿にするとは……ワタシやっぱりセルシは大苦手な部類です。
できれば関わりたくないのですが……どうもそんな雰囲気ではなさそうです。
「んで、こんな親魔物領まっただ中であんたは何を言うとるんや?」
「あ、そうだった……わたし一人で魔物の巣窟を潰しに行こうとしたところで遭遇したからまずあなた達から消してあげる!!」
どうやらワタシ達を消し去るつもりらしいです……ワタシはともかく、人間に化けているカリンや正真正銘人間であるユウロにもそう言うって事は見境は無いようです。
鎌を後ろに構え、すでに臨戦態勢をとっていた。
「どうやら戦うしかないようですね……」
「これは……面倒だな……」
「サマリお姉ちゃんはなれてて!」
「う、うん……」
もちろん、はいそうですかとやられるつもりは無い。
ワタシ達もセルシと戦うべく、それぞれが戦闘準備をし始めた。
サマリは戦えないので一歩下がり、ユウロは木刀を構え、カリンは商品の中にあった刀を手にして籠を地面に下ろし、ワタシやアメリは魔力を攻撃用に変えます。
そういえば……ワタシは以前戦えないサマリにやられた事もありましたね……って今はそんな事思いだしてる場合じゃありませんね。
「えーやる気なの?わたしに勝てるわけないのにー」
「やってみないとわかりませんよ?」
「アメリ負けないもん!!」
明らかにやる気満々もセルシ……強大な魔力が本人から溢れだしているようで、周辺の草が浮かび上がってます。
「それじゃあいくわよー!『ウィーセルスラッシュ』!!」
「!?」
そして呪文を唱えながら鎌を振り回したセルシ……それに合わせて、周囲の草が鎌の高さに段々と切断されています。
その範囲は段々と広がり、ワタシ達のすぐ近くまで円状に広がっていき……
「く……『ライトウォール』!!」
このままではワタシ達も草のようにスッパリと斬られてしまう……そう思いワタシは対魔術抵抗魔法を唱えました。
これは魔術を防ぐ壁を広範囲に展開するものなので、きちんと全員を守る事が出来ます。
「へぇ……まさかこのわたしの魔術を防げるなんて思わなかった……」
斬撃が当たった瞬間にかなりの衝撃が走りましたが……なんとか防ぎきれたようです。
ワタシが張った壁から外れた場所の草は皆同じ高さになっていました……当たったらひとたまりも無かったでしょう。
「どうやら本人が言うように魔術使いのようですね……」
「それだけじゃないぜ……今の鎌の動きも綺麗だった……きっと接近戦にも強い……」
「あったりまえよ!わたしは天才だからね!!」
「……」
自分で自分の事を天才とか言ってしまう痛い子ですが……その腕前は本物です。
「まだまだいくよ〜!『バキュームスラッシュ』!!『ホライズンスラッシュ』!!」
そのまままた鎌を一周させ、また水平に刈り取るように振り、回転する斬撃と地面と平行な斬撃をこちらに向かって飛ばしてきました。
流石にこの連続技ではライトウォールも持ちそうにありませんが……
「させないもん!『エレクトリックディスチャージ』!!」
「ムダムダアァァァア!!そんなのじゃわたしの魔術は……なんだって!?」
アメリが咄嗟に広範囲に電流を放出し、全ての斬撃を打ち消しました。
セルシにとってそれは想定外だったようで、目を大きく開いて驚いています。
「そんな……魔物とはいえ子供なんかに天才なわたしの魔術を破られるなんて……」
「へへ〜ん!アメリの方がつよい!」
「むぐぐ……わ、わたしをバカにするなんて絶対に許さない!!」
軽くショックを受けていたようですが、アメリの無邪気な発言を挑発と受け取ってしまった様で、怒り顔でこちらに向かってきました。
「まずはそこのアナグマからやっつけてやる!!『ハイスピードムーブ』!!」
「アナ……狸や!!てかアメリちゃんやのうてウチかい!!」
「うるさい!黙って倒されちゃえ!!」
「そう簡単にやられ……!?」
そして狙いを何故かカリンに定めたようです。速度上昇魔法を使用してから一直線にカリンに向かい、大鎌で攻撃してきました。
ただカリンも商人をしているだけあり、簡単に刀で受け流したのですが……どこか様子がおかしいです。
何か……いえ、何もしていないはずなのに、カリンの魔力が一瞬で弱まった気がします……
「な……何したんや?」
「知りたい?わたしは優しいから教えてあげても良いわよ。このプリコには相手の魔力を斬り裂く事で奪って自分の物にする効果があるのよ」
「くっ……」
どうやらあの大鎌の効果で魔力を削られてしまったようです。
直接斬られたわけでもないのに奪われてしまう……近付くだけでも危険です。
「じゃあ死んじゃえー!」
「くっ……!?」
「させません!『ホーリーフレイム』!!」
「うわっ!?危ないじゃない!!ホント凶悪ね!!」
「……」
だからといって今まさに斬り掛かられそうなカリンを見捨てられるほど薄情では無いので、ワタシは聖なる炎の呪文を唱えました。
やはり魔物になってからは主神様の声も届かず、この攻撃魔法の威力も減っていますが……注意をこちらに惹きつける程度の威力は十分にあったようです。
「カリン大丈夫か?」
「あ、ああ……でも魔力が奪われてあまり動けへん……ユウロがくれるわけもないからあとで精補給剤飲んどかんとな……」
その隙にユウロがカリンを引き離しました。
なんか余計な事まで口にしてるぐらいですので、おそらくワタシが治癒しなくても大丈夫でしょう。
「もーそんなに抵抗しないでさっさと華麗な正義の天才魔法少女であるわたしにやられなさいよ!!」
「あ、華麗が増えた……」
「何よそこのワーシープ!あんたからやっつけてやるわよ!!」
「そんなことアメリがさせないもん!!」
しかし……セルシとどう戦いましょうか……
魔法攻撃はおそらくあの鎌で封じられます……魔力を斬り裂き自分の物にするという事は魔術自体も斬り裂き吸収出来そうです。
かといって接近戦に持ち込んだところであの鎌の餌食です……先程から適当に振り回しているようで全く隙が無いのでおそらくワタシ達では相手をするのは無理です。
つまり、ワタシ達に勝ち目なんかありません……が、だからといって諦めるわけにもいきません。
「アメリ……ここは同時に攻撃してセルシの不意を突くよ……」
「そうだねセレンお姉ちゃん……」
はっきりと効果があるかはわかりませんが……遠距離から魔術での不意打ちで行くしかなさそうです。
カリンはリタイア、ユウロはカリンの介抱、サマリは戦力にならないのでここはワタシとアメリで行くしかなさそうです。
「今度はこちらからいきますよ!『ミサイルニードル』!!」
「ふぁ〜……物量作戦かな?まあ大した事無いわ!『グラビティ』!!」
余裕なのか大きな欠伸をしているセルシに向かって、ワタシは展開した魔法陣から無数の針を飛ばす魔法を仕掛けました。
何時ぞやのツバキとかいう侍のように鎌か何かで防ぐのかと思いましたが……どうやら補助系の魔術も楽々とこなせるようです。
自分の周りの重力を変化させ、私の放つ魔力の針を地面に叩きつけています。
「『フレイムラジエーション』!!」
「なっ!?真上から……!!」
しかし、ワタシの方は囮みたいなものです。
本命であるアメリはワタシが展開した魔法陣に隠れて上空へ飛び、真上からセルシ目掛けて火炎呪文を放ちました。
ワタシの攻撃に目が行っていたのでこれならかわし様が無いはず……アメリの方を対処しようとすればワタシの針が襲いかかり、かといって放置すればアメリが放った炎に焼かれる……必ずどちらかは当たる筈でした。
しかし……
「なんちゃって♪いよっと!」
「えっ!?そんな〜!」
「これでは駄目ですか……」
一見重そうに見えるだけで本当は軽いのか、それともセルシが力持ちなのかわかりませんが、重力魔法を維持したまま片手でプリコを頭上に持ち上げクルクルと回して炎を掻き消してしまいました。
「もしかしてこれだけ?残念だけど天才のわたしは魔力で動きがわかるから不意打ちも効かないわよ!」
「そんな……」
「でも飛ばれると厄介ね……だから叩き落とす!『ストーム』!!」
「えっ……きゃあああああうぐっ!!」
「アメリ!!」
「うぅ……いたい……」
それだけでなく、上空に台風並みの暴風を巻き起こし、アメリを地面に叩きつけてしまいました。
叩きつけられたアメリは一応無事そうですが、痛みで涙目になってます。
「しっかりして!『ヒーリンg』」
「回復させる暇なんて与えないわ!『ウィーセルスラッシュ』!」
「くっ!」
痛みだけでも取り除いてあげようとアメリに近付いて治癒魔法を使おうと思ったのですが、最初にやってきた斬り裂く魔法が飛んできました。
上空は未だに暴風が発生しており飛べないので、伏せる事で何とかかわせました。
サマリ達は大丈夫だろうかと様子を見てみましたが……どうやら効果の範囲外に居たようで、問題はなさそうです。
しかし……だからといって状況は良くありません……このままでは全滅は免れないでしょう……
「まだまだいくわ……っ!?」
「……?」
……なんて思っていたら、なにやらセルシの様子がおかしいです。
連続してワタシ達に攻めてくると思っていたのですが……大鎌を構えたままピタリと動きを止めていました。
「な……あ……う……」
そして……目を見開いて、言葉になってない声を出しながら……小さく震えだしました。
心なしか顔が紅潮してるようにも見えます……まるで興奮しているように……
「うぅ……な、なんなのこれ……あ、頭が、お尻が……腕や足がなんかムズムズと……あっ……」
そして、大鎌を握りしめたままその場で蹲り始めました。
もはや完全にワタシ達の事は目に入って無いようです……いったいどうしてしまったのでしょうか?
「なあアメリちゃん……」
「……何ユウロお兄ちゃん……」
「もしかしてだけどさ……あの大鎌プリコって……」
「……たぶんね……」
そんなセルシの様子を見ていたら、皆も不思議に思ったのかこちらに近付いてきました。
そしてユウロはアメリと何かを確認しているようですが……あの大鎌が何かあるのでしょうか?
「なんや?何か心当たりでもあるんか?」
「ああ……あの鎌は多分……ホルミやルコニ、あとプラナってのが持ってた武器……コンステレーションシリーズの一つだ」
「コンステレーション……と言ったら……」
そのシリーズの名前は聞いた事あります……世界に12種類しかないという聖なる武器と謳われている出所不明の武器の事だったと思います。
でも、事実はそうではなさそうです。
「あーあの呪いの装備品シリーズの事やな」
「え……そうなのですか?」
「うん。今まで見たのはは……タウロ、ジェミニ、リブラだったかな?見事に全員対応した魔物になってたよ」
「へぇ……」
なんでも神々が創ったと言われてますが……少なくとも主神様が関わっていないので胡散臭いとは思ってましたが……やはり聖なる武器どころか魔物の魔力がたっぷりと籠められた呪いの装備らしいのです。
つまり……セルシは今……まさに魔物化しようとしているのでしょう……
「あぅ……な、なんか飛びでりゅ……あっ!」
予想通り、セルシの魔物化が始まったようです。
押さえていた頭から、左右1本ずつの2本の角が生えてきた。
太く長く茶色くて先端は内側に丸まっている……山羊の様な角です。
「ひゃうっ!お、お尻の上がぁ……ひひゃっ!!」
突き出してるお尻からは、スカートを掻い潜って髪と同じ黒色のふさふさとした尻尾が突き出てきました。
「あ、あつい……はぁ……む、ムズムズするぅ……」
自身から発生している熱のためか、突然着ていた服を脱ぎ下着姿になったセルシ。
身体そのものは子供の様な艶やかな肌でありますが……膝から足下、肘から手先にかけて尻尾と同じ黒い毛に覆われ始めていました。
「かわりゅ……わたし変わってるぅ〜……」
手元まで毛皮で覆われたと思ったら、掌に肉球らしき膨らみができ、爪も獣のような鋭いものに変化していました。
足先の方も毛皮で覆われたら、足先が人間のそれからサマリのように蹄に変化しました。
「はうあぁ……ひゃぅんっ!」
そして……最後に大きく弓なりに反ったと同時に耳が山羊のそれになり……先程以上に膨大で禍々しい魔力が溢れだしました。
そう……セルシは、魔物の中でも強大な存在である魔獣……バフォメットへと変化したのです。
「はぁ……はぁ……な、なにこれ?なんでわたし魔物なんかに……あ、あんた達何かしたの!?」
「いや……俺達は何もしてないさ。全てお前が持ってたプリコのせいだよ」
「プリコのせい……な、何言ってるの?そんな訳ないじゃない!!これは聖なる……」
「聖なる武器と伝えられてるけど本当は魔物の魔力がたっぷり籠められてる呪いの装備なんだよ、コンステレーションシリーズってのはな。どうやらそれにはバフォメットの魔力が籠められていたようだな」
「そんな……う、嘘だ……」
呪いの装備品に籠められた魔力がセルシの身体を蝕んでいき、この戦いで高度な魔術を使い続けた事によって一気に魔物化したのでしょう。
セルシは説明を聞いても、今だに信じられないようです。
「じゃ、じゃあ……わたしはこれからずっとバフォメットとして……魔物として生きていかないと駄目なの?」
「まあそうなるわな……」
「そんな……そんなの……」
やはりというか、魔物を悪だと言っていた程ですから、自分が魔物になった事を受け入れられないみたいです。
その気持ちはとてもよくわかります……前よりはすんなりと受け入れられるようにはなってきましたが、ワタシだって未だに納得できない部分もありますから。
「……いや……待てよ……」
しかし……何かしら思い付いたことがあるようです。
いかにも拒絶していた表情が一変、突如口元がにやりとし始めました。
「バフォメットと言えば……高い魔力に凄い力、すばらしきカリスマ性にとっつきやすい面もあり……しかも永遠の少女……『アリ』じゃない?」
「えっと……ど、どうしたのですか?」
「そうよ……永遠の美貌を持った天才魔法少女……そう考えると……結構良いじゃない?」
そして急にブツブツと呟き始めました。
よく聞き取れませんが……本人の顔が段々と明るくなっている事から魔物になったメリットでも考えているのでしょうか?
「おーい、大丈夫かー?」
「……ふふ……ふふふっふ……ふふあははははははははっ!!」
「うわっ!?ど、どうしたのセルシお姉ちゃん?」
そして、急に高笑いし始めました。
「なんだ、バフォメットになったからってそう悲観する事ないじゃない!これでわたしはより天才的に魔法を使える、しかも永遠に少女になれるんだもの!何も問題無いどころかメリットばかりじゃない!!」
どうやら気を取り直せたようです……こんなに簡単に吹っ切れるとか、未だに悩んでるワタシが馬鹿みたいじゃないですか。
「そうと決まればまずは眷族増やしと男漁りね!あんた達にかまってる暇は無くなったわ!それじゃあ!!」
「お、おう…それじゃあ……」
そのまま転移魔法を使ってどこかに行ってしまいました……
まあどこに行こうとも元が下手な勇者より強かったうえにバフォメット化して魔力が飛躍的に上がりましたからそう簡単にやられる事はなさそうですが……セルシが向かった先に居る人達にはご冥福(?)をお祈りします。
「……結局ワタシ達は助かったのでしょうか?」
「ま、まあせやろな……あ、精補給剤飲んどこ……セレンもいるか?」
「いえ、ワタシは大丈夫です。アメリは?」
「ネックレスのおかげでおなか空いてないよ!でも落ちた時にけがしちゃっていたい……」
「はいじゃあ見せて……『ヒーリングウェーブ』」
「……おお〜!いたくなくなった!ありがとうセレンお姉ちゃん!」
「どういたしまして」
とにかくワタシ達は助かったようです。
とりあえず怪我をしたアメリの治癒を終えた後、ワタシ達は旅を再開する事にしました……
そういえば……今更ですが、ワタシは普通に皆と一緒に戦いましたね……
まあ……ワタシもアメリやサマリ達魔物の事を味方と見る事が出来るようになったという事でしょう……実際旅は楽しいですし、アメリなんか世話の掛かる妹のように思えてますしね。
もしかしたらアメリ達はここのところずっと一緒に居るからそう思えるだけで魔物に対しては変わらないかもしれませんが……なんにせよワタシの中で特定の相手だとしても魔物に対する考えが変わってきてる……それは良い事かもしれません。
「セニック、無事だといいなぁ……」
「だね〜……」
まあ……セニックの無事を祈りながらも、答えを出す為にゆっくりと旅をしましょうか……
「いてて……」
「あれ?やっぱりまだ沁みるの?」
「いえ……強く擦ると少し痛いだけなんだけど……強く擦っちゃって……」
「今日は砂埃酷かったもんなぁ……尻尾の先まできちんと洗っとこ……」
「出してないのに?まあいいけど……私もしっかり洗っておこう……」
現在20時。
私達は夕飯を食べ終わり、女性全員でお風呂に入っていた。
女性全員という事は……もちろんセレンちゃんもカリンも一緒だ。
しかもカリンはお風呂では絶対に人化を解くようで、刑部狸そのものの姿をしている。
「しかしなんというか…カリンの刑部狸としての姿はやっぱ見慣れないなぁ……」
「まあお風呂以外やと基本人化の術使っとるからな。最近はちょくちょく解除しとる気もするけど……」
「たしかにさいきんすぐ気付かれること多いもんね〜。セレンお姉ちゃんもすぐカリンお姉ちゃんが刑部狸だってみやぶったよね?」
「ワタシは魔力を読み取る訓練してたし、元々それが得意でしたからね。初めてアメリに会った時もすぐあなたが魔物だって見破れましたよ?」
「そういえばそんな事もあったねー……」
ふりふりと揺れ動く泡まみれのカリンの尻尾……ふわふわとしてそうだが、触ったりすると私も触られたりするかもしれないので止めておく。
そんなカリンの人化の術をいとも簡単に見破ったセレンちゃん。どうやらそういった変化の類を見破るのが得意らしい。
そういえば以前にも簡単に人化の術を使っていたアメリちゃんやローブを着ただけの私を見破っていた事があった気がする……
懐かしいなぁと思ったけど、まだあれからそんなに経ってないんだよね……
やっぱり旅が楽しくて、毎日充実してるからたった数ヶ月前の事でも懐かしく感じてしまう。
「でも作り笑顔は下手やな」
「なっ……人が気にしてる事を言わなくても良いじゃないですか!!」
「そういえば、なんだかんだ言ってあまり敬語も抜けてないね」
「ま、まあそうですけど何ですよ?」
「……意識して実行しようとすると酷くなるみたいだね……」
「う……」
カリンに指摘されてそれも思い出したが、セレンちゃんの作り笑顔は本当に恐い。
自然と出た笑みはアメリちゃんに負けないぐらい可愛いのに、作り笑いは「今から酷い事するよ」とでも言われたような錯覚に襲われる程だ。
それはどうやら自分で意識してやるのが苦手らしい……意識してタメ口を使おうとして訳分からなくなっているのがいい例だ。
「まあ無理な喋り方はしなくていいよ。自分が喋りやすい感じでいいからね」
「わかりました……ではまあこんな感じでよろしく」
「うん」
それでも一応タメ口と敬語を混ぜた感じで行くようだ……まあ自然な感じになるまではそれが一番いいだろう。
無理に変えようとしたり笑顔を作ったって可愛さが半減未満になっちゃうからね。
「ところで……今更ですが一つ聞いて良い?」
「ん?何セレンお姉ちゃん?」
「このお風呂……というか『テント』大きくないですか?」
「あ、やっぱりセレンちゃんもそう感じたんだ」
「う〜ん……やっぱり大きいのかなぁ……」
そしてやはりというか、アメリちゃんのこの『テント』の異様な大きさについてセレンちゃんがツッコミを入れた。
確実に全員が思う事のようだ……アメリちゃんは相変わらず不思議そうだけど。
「そもそもこれどういう原理なのです?」
「わかんなーい。そういうのはおうちにいるこのテント作ったお姉ちゃんたちに聞いて」
「それが出来るのなら苦労はしませんよ……」
言われてみれば、どうしてあんな2,3人程度が入るようなテントの外見なのにこんな大きな小屋みたいになっているのか不思議だ。
魔法ってそういうものだと思っていたけど……魔王軍に伝わる秘伝の術とかだったりして……
シャアアアアア……
「それにしてもさカリン……」
「なんやサマリ?」
「ヘクターンってあとどれぐらい掛かりそう?」
「せやな……1週間もあれば着くんとちゃうかな?」
「へぇ〜……」
髪を洗いながら、私はカリンにあとどれぐらいで目的地である『ヘクターン』までどれぐらい掛かるのか尋ねた。
そしたらどうやらあと1週間もあれば着くようだとの回答が返ってきた……
「じゃあ……カリンとの旅も後1週間かぁ……」
「せやな……」
それは、カリンと旅が出来るのも後1週間だけだという事だった。
そもそも今回カリンはたぬたぬ雑貨の店員として荷物を届ける為に旅をしているのだから、届け終えたら報告しに戻らなければいけなかった。
だから、ヘクターンの到着はカリンとの別れの時だ。
「まあ、帰った後オトンの怪我が完治したらまた大陸向かう。んで皆と合流する予定や」
「うん……また、必ず一緒に旅しようね」
「ああ」
でも、それは一生の別れでは無い。
カリンは商売修行の為この後もまた大陸で旅をするらしい。
なのでその時にまた一緒に旅をしようという事になっているのだ。
会えるかどうかはわからないが、そこはカリンが刑部狸の情報力を持ってなんとかするとの事……刑部狸の情報力ってなんだろうか?
「まあその時にはワタシはいないと思うけどね」
「そうだね……セニックと二人、生きていけたらいいね」
「本当にそう……ワタシにきちんと止めを刺さなかったからと責められていなければいいのですが……」
セレンちゃんはセニックの事が心配らしい……
セレンちゃんを殺す為に追ってきて実際刺したのだが、この通りセレンちゃんは生きている。
その事がペンタティア側に知られたらセニックの立場も危うくなるだろう……死体を確認しに行くとかなってその場に無いのだから生きていると気付かれる可能性も高いだろうし、そうなってしまう可能性もある。
まあ、でも……
「あまりその国の事知らないからハッキリとは言えないけど、そう酷い事にはならないと思うよ」
「う〜ん……そう、かな……」
セニックは勇者だ……多少責められるだろうし、もしかしたら体罰も受けるかもしれないけど、それほど重くは無いだろうし、セレンちゃんの後を追うように死刑になったりなどはしないはずだ。
そもそもそれだけで大きな罰を受けるのなら内部からの反発も大きくなり、国家として成立しなくなっていくだろうからおそらく大丈夫だと思う。
「私達がどう考えていても起こる事は変わらないんだから、無事を祈りながらゆったりと浴槽に浸かろう!」
「……何故そうなるかはわかりませんが……そうですね。こちらがどう思っていてもセニックの身に起こる事は変えようがないし、サマリの言う通り気負いはしないようにします」
こちらが悪い想像をしようが良い想像をしようが、遠くに居るセニックの身に起こる事を操作するなんて不可能だし、無事を祈る事しか出来ないだろう。
それに気負い過ぎて体調を崩したりしたらなおさらセニックに会うのが遅くなるし、セレンちゃんにはなるべく気を楽にしていてほしい。
言い方は悪かった気もしないでもないがきちんと伝わったようで、ちょっと難くなっていたセレンちゃんの表情が元に戻っていた。
カポーン……
「ふぅ〜……いい湯やなぁ〜……」
「だね〜……」
身体も洗い終わり、浴槽に浸かる私達。
身体に染みて疲れを溶かしているように感じる……ほわぁ〜♪
「いい湯だね〜セレンお姉ちゃん〜……」
「そうですねぇ〜……」
アメリちゃんもセレンちゃんも蕩けるような顔で浴槽に浸かっている。
二人とも白みがかった肌がほんのり紅くなっている……アツアツな温度では無い為、身体もポカポカと暖かくなってきたのだろう。
「なんかセレンとアメリちゃんが並んどるとセレンがアメリちゃんより6つも上やって思えへんなぁ…」
「……それどういう事です?」
「いやな、セレン背も低いしぺったんやで14には見えへんなと……」
「失礼ですね……人が気にしている事を……」
たしかに、アメリちゃんとセレンちゃんはさほど身長に差が無い。
エンジェルは元々小柄な種族なのか、たしかにダークエンジェル含めて私より背が高い人は見た事無いけど……リテルちゃんとシャエルちゃんを除いたらセレンちゃんは一番背が低い。
しかもカリンが言う通り、胸は圧倒的に私以下で、Aあればいいほうだろう……ちょっと虚しいけどなんだか勝ち誇れた気分だ。
「大体カリンは胸が膨らみ過ぎです!!」
「そうか?ウチ別にそこまで大きくは無いで?」
そんなセレンちゃんはカリンに喰って掛かった。
カリンはそこまで大きくないというけど……どう考えても私よりは二回り以上大きい。
そういえば以前温泉に入った時にも思ったけど、結構大きかったなぁ……
「というか普段からそんなに大きかった記憶が無いのですけど……」
「ウチ普段はサラシで押さえとるからな〜。動きにくいし邪魔やもん……」
「あ、カリンお姉ちゃんそろそろやめといたほうが……」
しかも、今も言った通り『胸が邪魔だから』普段は押さえてるんだもんなぁ……
なんか……とっても羨ましいよね……
「ねぇカリン……」
「うおっ!?な、なんやサマリ……」
だから私は……その邪魔という胸を……
「そのおっぱい……邪魔なら頂戴!」
「んなっ!?何すんねん!!ちょっ!?」
奪い取る為に……真正面から痛くならない程度に思いっきり握った。
「あっ、止めるんやサマリ!!そんな強う揉むなぁっ!!」
「何言ってるの?私はこれをもぎ取ろうとしてるだけだよ?」
「ま、真顔で怖い事言わんといてっ!」
もちろんそれは……カリンから『邪魔な物』を奪い取るためだ。
本人が邪魔だっていうんだから私が貰っても何も問題は無いはずだ。
「や、やめっ、んっ、あっ……」
「なぁに喘いじゃって……もぎ取られるのがそんなに気持ち良いの?」
「んっ、んなわけあるか……」
だから私は、カリンの胸を掴み続ける。
たとえカリンが顔を赤くして変な声をだそうが、セレンちゃんがドン引きしてようが、アメリちゃんがそんなセレンちゃんに「いつものことだよ……」なんて言ってようが、私はひたすら揉みしだいた。
「そ、そっちがそのつもりなら……ウチやって!!」
「へっ?うひゃっ!?」
だが、ここで予想外の事が起きた……
「サマリやって言う程小さくないやろ?ほれ、結構弾力もあるやん?」
「あっ、な、何するのカリんんっ!?」
「仕返しや!刑部狸の性欲嘗めるんやないで!!そのままイかせたる!!」
「や、やめっ!!」
カリンがまさかの反撃をしてきたのだ。
私の胸を手繰り寄せ、捏ねるように揉み始めた。
「はぁ……魔物ってこう……なんですぐにこういった猥褻な行為をするのでしょうか……」
「うーん……気もちいいし楽しいからじゃないかな?」
「せめて男女間でしょ……魔王だって別に同性であんな事してないでしょ?」
「うーん……昔は魔物にしてあげる為にしてたかもわかんないけど今はお父さんとずっとラブラブしてるかな……」
「そう……まあ先に出ましょうか。最悪の事態をユウロに伝えたほうが良いだろうし」
「だね〜」
どこか遠くにいるように感じるアメリちゃんとセレンちゃんの会話を耳にしながら、私はカリンに為すがままにされていたのであった……
=======[セレン視点]=======
「ん……んん〜……」
サマリとカリンがバカな事をしていた結果すっかり疲れていた二人にそういう事は刺激が強すぎるから止めてと説教をしてから寝て、次の日の朝。
ワタシは窓から射し込む太陽の光によっていつもより少しだけ早く目を覚ましたようです。
「ん〜……いい匂い……」
「あ、おはようセレンちゃん。今日は早いねー」
「おはよう……」
いつもは大体サマリが朝食を作り終えた時に目を覚ますのですが、今日は少し早かった事もありまだ作っている途中でした。
今日は……ハムエッグトーストにレタスを添えたもののようです。
相変わらず美味しいそうです……これで昨日みたいな事が無ければ素直に尊敬できるのですが……難しいところです。
「ん〜……手伝いましょうか?」
「あ、ホントに?じゃあお皿出してきてくれない?」
「わかりました。そこに置いておきます」
折角朝早く目覚めた事ですし、ワタシも朝食の準備を手伝う事にしました。
残念ながらワタシは料理が出来ません…いつも遠征時にはセニックに任せていた程です…ので、調理での手伝いは出来ませんが、それ以外ならいくらでもできます。
いつも昼食や夕食時には手伝いを行っているアメリも、朝はサマリ…つまりワーシープの影響でぐっすり寝てます……今だって「せもおっぱいも大きくなっちゃった〜むにゃむにゃ……」だなんてサマリに聞かれたら怒られてしまうのではと思うような寝言を言いながら寝ているので、朝食は基本サマリが一人で準備しています。
カリンやユウロも朝は弱いようで、未だにぐっすり寝ていますからね。
「しかし……元人間でその習慣が抜けていないにしても、よくワーシープなのに早起きできますね」
「ん〜……なんでかは自分でもわからないなぁ……でもまあ夜はぐっすり寝て毎朝ぱっちり起きられるのはきっとワーシープだからだと思うよ」
「そうかな……あまりワーシープは見た事無いのでわかりませんが……」
「私もワーシープは自分以外知らないなぁ……実際はどうなんだろ?」
寝ているイメージがあるワーシープであるのにも関わらず毎日ワタシ達より早く起きて朝食を作っているサマリ……凄いとは思いますが、それ以上にこうもパッと起きられるのが不思議で仕方ありません。
もしやワーシープとはそういう魔物かと思いましたが……どうやら自分以外のワーシープを見た事無いようなので確認は出来無さそうです。
「まあなんでもいいや。それよりそろそろ完成するから他の皆を起こしてきて」
「了解。全員起こしてきます」
話をしている間も一切手を休めなかったサマリ。どうやら朝食が完成したようです。
サマリに頼まれたのでユウロやカリン、アメリを起こす事にします。
「あはは〜お母さんとおんなじだ〜……ぐぅ……」
「……」
「すぴ〜……メアリーお姉ちゃんも大きいね〜……むにゃむにゃ……」
「……いったい何の夢を見ているのやら……」
とりあえず最初は一番近くに居るアメリを起こす事にしました。
こうして寝顔だけみているとただの可愛い子供なのですが……感じる魔力の恐ろしさはやはりリリムなのだろうと認識させられますね。
まあなんにせよ呑気にぐっすり寝ているだけなので実害は一切ありませんが……むしろこの寝顔に魅了されている自分がいる気もします。
それは置いといて、朝食も完成してますし、自分が大人になった姿、しかも誰か他のリリムが近くにいて話をしている夢でも見ているのか……よくわからない寝言を言ってますが、さっさと起こす事にします。
「……てゅえい!」
「みゅっ!?あ、あれ……アメリ小さい……おっぱいもない……」
「朝食ですよ。寝ぼけてないで早く起きなさい」
「ふぁ〜……ゆめかぁ……おはよーセレンお姉ちゃん……」
「おはよう。今サマリが準備してるから顔洗って目を覚ましてきなさい」
「ふぁ〜い……」
アメリの布団をひっぺ剥がして頭に軽くチョップをしてアメリを起こします。
ちょっと乱暴かもしれませんが、ただでさえこの布団はワーシープウールで出来ているうえに本物のワーシープに包まれて寝ているのでここまでしないとなかなか起きてくれません。
逆にここまでした事によって一発で目を覚ましてくれたようです……目を擦り半分寝ぼけながらも顔を洗いに洗面所の方に歩いて行きました。
「ん〜……さて……次はカリンでも起こしますか……」
残りを起こす為にワタシは一度伸びをしてから、布団を肌蹴させながら寝ているカリンを起こす事にしたのであった……
…………
………
……
…
「ん〜のどかだねぇ……」
「そうですねぇ〜……」
朝食を食べた後、ワタシ達はヘクターンに向けて出発しました。
涼しい風が吹いている草原で、最近はずっと暑かったですが今日は旅がしやすい日になりそうです。
「こういった日に草原で寝たりすると気持ち良いんだろうな〜」
「まあそうだろうけど……今する気はないぞ?」
「わかってるって。言った私もする気はないよ」
たしかに日向で寝ると心地良いでしょう。
近くには小川も流れてますし、軽いピクニック気分になります。
「今日はこの先の町まで着いたら宿探すか」
「せやな。大体15時から16時には着きそうやし、時間的には丁度ええやろ」
今日は久々に宿に泊まるようです。
『テント』があるにも関わらず、どうしてわざわざお金を払って宿に泊まるのかと以前疑問に思って聞いてみたところ、折角旅の途中で立ち寄ったのだからその街を堪能したいからと返答がきました。
それは一理ありますし、旅によくある金欠も起こりそうにないのでいいのかもしれません。
ワタシがセニックと遠征した時は少ないお金で遣り繰りしたものですが……魔王が娘の為に結構お金を渡していたうえ、カリンが商人の腕を振舞いサマリの毛を売ったりしてさらに増やしているそうです。
それだけでなくたまに会うハニービーなどが蜜を譲ってくれたりと……この中にベルゼブブでもいるのではないかという程金欠、食糧不足に悩む事がありません。
「らんららん♪」
「そんなにはしゃいでバテても知りませんよ」
「大丈夫!つかれたってちょっと休めば元気になるもん!!」
「そう……ならいいけど……」
だからこそこんなにのんびりと旅が出来るのでしょう。
個人的には早くペンタティアに向かいたいのですが……焦るよりはこのペースで旅をして、怪我の治癒と答え探しをするのはいいかもしれません。
焦ったところでどうすればいいのかわからない事もありますし、ルージュシティで出会ったソラさんが言っていたとおり、自分が納得する答えが出るまで悩めばいいのでしょう……
「うーん、しっかし今日も平和だねぇ〜……」
「せやなぁ……」
「なんて言ってたりするとなんか出てきたりしてな」
「縁起でもない事言わないでほしいんですけど……」
そんな事を思いながらも、のどかに歩いていました。
このまま何も起こらなければ本当に清々しい旅が出来たのでしょう……
ボオオオオオオオオオオンッ!!
「みぎゃっ!?」
「な、何!?」
「……な?」
「な?じゃないですよ……」
しかし……ユウロの言った通り、何かが起きてしまったようです。
突然目の前で大きな爆発が起きて、爆風がワタシ達を襲いました。アメリなんかひっくり返ってしまってます。
「へへ〜ん!出たな凶悪な魔物集団!このセルシ様が成敗してやるわ!!」
そして、その爆発の中心に、黒髪で緑色の瞳を持ったワタシと同じ位の変な少女が立っていました。
何が変かというと、言動に始まり格好や持ち物、それに雰囲気も変な感じでした。
「な、何なのいったい……」
「なんやねんいきなり……嬢ちゃん誰や!?」
「わたしはセルシ!!凶悪な魔物を成敗する正義の天才魔法少女よ!!」
とりあえずセルシと名乗った少女は……性格はワタシが苦手としているタイプだとは思いますが……とにかく手に持つ武器みたいな物と彼女の纏う雰囲気が気になりました。
「まほ……それにしては物騒な物持ってるじゃねえか」
「なんかお姉ちゃんが持ってるのこわい……」
「恐いとは失礼ね!由緒正しいわたしのパートナー、聖なる武器の『プリコ』にいちゃもん付ける気!?」
セルシが手に持つ武器プリコ……禍々しいオーラを纏っている大鎌というだけでなく、魔物の『魔女』が持っている杖のような山羊の頭蓋まで柄の部分に付いていてどこが聖なる武器なのでしょうか?
一応人間だとは思うのですが……魔女並み…いや、それ以上の魔力と禍々しさを感じます。
「んで……何の用や?成敗とか言うとったから穏やかではなさそうやけど……」
「そんなのもちろんあなた達を討伐しにきたのよ!悪は滅ぼされるべきなのよ!!」
「悪って……それじゃあお前は勇者か何かか?」
「あんな魔物と堕ちるだけに存在してる役立たず集団と一緒にしないでよ!わたしはわたし、天才魔法少女セルシ様よ!!教団の勇者なんか比較にならないわ!!」
「じゃあお姉ちゃんは勇者じゃないけどアメリたちをやっつけにきたの?」
「そうよ!そもそも主神も馬鹿よね〜なんであんな役に立たない奴等に力与えてわたしみたいな最強少女に力を与えないのかしらね?もしかしてわたしの事が恐いのかしら……そう思うと主神も大したことないわね!!」
「はぁ……」
教団や勇者の事を役立たず集団だなんて言うだけでなく主神様まで馬鹿にするとは……ワタシやっぱりセルシは大苦手な部類です。
できれば関わりたくないのですが……どうもそんな雰囲気ではなさそうです。
「んで、こんな親魔物領まっただ中であんたは何を言うとるんや?」
「あ、そうだった……わたし一人で魔物の巣窟を潰しに行こうとしたところで遭遇したからまずあなた達から消してあげる!!」
どうやらワタシ達を消し去るつもりらしいです……ワタシはともかく、人間に化けているカリンや正真正銘人間であるユウロにもそう言うって事は見境は無いようです。
鎌を後ろに構え、すでに臨戦態勢をとっていた。
「どうやら戦うしかないようですね……」
「これは……面倒だな……」
「サマリお姉ちゃんはなれてて!」
「う、うん……」
もちろん、はいそうですかとやられるつもりは無い。
ワタシ達もセルシと戦うべく、それぞれが戦闘準備をし始めた。
サマリは戦えないので一歩下がり、ユウロは木刀を構え、カリンは商品の中にあった刀を手にして籠を地面に下ろし、ワタシやアメリは魔力を攻撃用に変えます。
そういえば……ワタシは以前戦えないサマリにやられた事もありましたね……って今はそんな事思いだしてる場合じゃありませんね。
「えーやる気なの?わたしに勝てるわけないのにー」
「やってみないとわかりませんよ?」
「アメリ負けないもん!!」
明らかにやる気満々もセルシ……強大な魔力が本人から溢れだしているようで、周辺の草が浮かび上がってます。
「それじゃあいくわよー!『ウィーセルスラッシュ』!!」
「!?」
そして呪文を唱えながら鎌を振り回したセルシ……それに合わせて、周囲の草が鎌の高さに段々と切断されています。
その範囲は段々と広がり、ワタシ達のすぐ近くまで円状に広がっていき……
「く……『ライトウォール』!!」
このままではワタシ達も草のようにスッパリと斬られてしまう……そう思いワタシは対魔術抵抗魔法を唱えました。
これは魔術を防ぐ壁を広範囲に展開するものなので、きちんと全員を守る事が出来ます。
「へぇ……まさかこのわたしの魔術を防げるなんて思わなかった……」
斬撃が当たった瞬間にかなりの衝撃が走りましたが……なんとか防ぎきれたようです。
ワタシが張った壁から外れた場所の草は皆同じ高さになっていました……当たったらひとたまりも無かったでしょう。
「どうやら本人が言うように魔術使いのようですね……」
「それだけじゃないぜ……今の鎌の動きも綺麗だった……きっと接近戦にも強い……」
「あったりまえよ!わたしは天才だからね!!」
「……」
自分で自分の事を天才とか言ってしまう痛い子ですが……その腕前は本物です。
「まだまだいくよ〜!『バキュームスラッシュ』!!『ホライズンスラッシュ』!!」
そのまままた鎌を一周させ、また水平に刈り取るように振り、回転する斬撃と地面と平行な斬撃をこちらに向かって飛ばしてきました。
流石にこの連続技ではライトウォールも持ちそうにありませんが……
「させないもん!『エレクトリックディスチャージ』!!」
「ムダムダアァァァア!!そんなのじゃわたしの魔術は……なんだって!?」
アメリが咄嗟に広範囲に電流を放出し、全ての斬撃を打ち消しました。
セルシにとってそれは想定外だったようで、目を大きく開いて驚いています。
「そんな……魔物とはいえ子供なんかに天才なわたしの魔術を破られるなんて……」
「へへ〜ん!アメリの方がつよい!」
「むぐぐ……わ、わたしをバカにするなんて絶対に許さない!!」
軽くショックを受けていたようですが、アメリの無邪気な発言を挑発と受け取ってしまった様で、怒り顔でこちらに向かってきました。
「まずはそこのアナグマからやっつけてやる!!『ハイスピードムーブ』!!」
「アナ……狸や!!てかアメリちゃんやのうてウチかい!!」
「うるさい!黙って倒されちゃえ!!」
「そう簡単にやられ……!?」
そして狙いを何故かカリンに定めたようです。速度上昇魔法を使用してから一直線にカリンに向かい、大鎌で攻撃してきました。
ただカリンも商人をしているだけあり、簡単に刀で受け流したのですが……どこか様子がおかしいです。
何か……いえ、何もしていないはずなのに、カリンの魔力が一瞬で弱まった気がします……
「な……何したんや?」
「知りたい?わたしは優しいから教えてあげても良いわよ。このプリコには相手の魔力を斬り裂く事で奪って自分の物にする効果があるのよ」
「くっ……」
どうやらあの大鎌の効果で魔力を削られてしまったようです。
直接斬られたわけでもないのに奪われてしまう……近付くだけでも危険です。
「じゃあ死んじゃえー!」
「くっ……!?」
「させません!『ホーリーフレイム』!!」
「うわっ!?危ないじゃない!!ホント凶悪ね!!」
「……」
だからといって今まさに斬り掛かられそうなカリンを見捨てられるほど薄情では無いので、ワタシは聖なる炎の呪文を唱えました。
やはり魔物になってからは主神様の声も届かず、この攻撃魔法の威力も減っていますが……注意をこちらに惹きつける程度の威力は十分にあったようです。
「カリン大丈夫か?」
「あ、ああ……でも魔力が奪われてあまり動けへん……ユウロがくれるわけもないからあとで精補給剤飲んどかんとな……」
その隙にユウロがカリンを引き離しました。
なんか余計な事まで口にしてるぐらいですので、おそらくワタシが治癒しなくても大丈夫でしょう。
「もーそんなに抵抗しないでさっさと華麗な正義の天才魔法少女であるわたしにやられなさいよ!!」
「あ、華麗が増えた……」
「何よそこのワーシープ!あんたからやっつけてやるわよ!!」
「そんなことアメリがさせないもん!!」
しかし……セルシとどう戦いましょうか……
魔法攻撃はおそらくあの鎌で封じられます……魔力を斬り裂き自分の物にするという事は魔術自体も斬り裂き吸収出来そうです。
かといって接近戦に持ち込んだところであの鎌の餌食です……先程から適当に振り回しているようで全く隙が無いのでおそらくワタシ達では相手をするのは無理です。
つまり、ワタシ達に勝ち目なんかありません……が、だからといって諦めるわけにもいきません。
「アメリ……ここは同時に攻撃してセルシの不意を突くよ……」
「そうだねセレンお姉ちゃん……」
はっきりと効果があるかはわかりませんが……遠距離から魔術での不意打ちで行くしかなさそうです。
カリンはリタイア、ユウロはカリンの介抱、サマリは戦力にならないのでここはワタシとアメリで行くしかなさそうです。
「今度はこちらからいきますよ!『ミサイルニードル』!!」
「ふぁ〜……物量作戦かな?まあ大した事無いわ!『グラビティ』!!」
余裕なのか大きな欠伸をしているセルシに向かって、ワタシは展開した魔法陣から無数の針を飛ばす魔法を仕掛けました。
何時ぞやのツバキとかいう侍のように鎌か何かで防ぐのかと思いましたが……どうやら補助系の魔術も楽々とこなせるようです。
自分の周りの重力を変化させ、私の放つ魔力の針を地面に叩きつけています。
「『フレイムラジエーション』!!」
「なっ!?真上から……!!」
しかし、ワタシの方は囮みたいなものです。
本命であるアメリはワタシが展開した魔法陣に隠れて上空へ飛び、真上からセルシ目掛けて火炎呪文を放ちました。
ワタシの攻撃に目が行っていたのでこれならかわし様が無いはず……アメリの方を対処しようとすればワタシの針が襲いかかり、かといって放置すればアメリが放った炎に焼かれる……必ずどちらかは当たる筈でした。
しかし……
「なんちゃって♪いよっと!」
「えっ!?そんな〜!」
「これでは駄目ですか……」
一見重そうに見えるだけで本当は軽いのか、それともセルシが力持ちなのかわかりませんが、重力魔法を維持したまま片手でプリコを頭上に持ち上げクルクルと回して炎を掻き消してしまいました。
「もしかしてこれだけ?残念だけど天才のわたしは魔力で動きがわかるから不意打ちも効かないわよ!」
「そんな……」
「でも飛ばれると厄介ね……だから叩き落とす!『ストーム』!!」
「えっ……きゃあああああうぐっ!!」
「アメリ!!」
「うぅ……いたい……」
それだけでなく、上空に台風並みの暴風を巻き起こし、アメリを地面に叩きつけてしまいました。
叩きつけられたアメリは一応無事そうですが、痛みで涙目になってます。
「しっかりして!『ヒーリンg』」
「回復させる暇なんて与えないわ!『ウィーセルスラッシュ』!」
「くっ!」
痛みだけでも取り除いてあげようとアメリに近付いて治癒魔法を使おうと思ったのですが、最初にやってきた斬り裂く魔法が飛んできました。
上空は未だに暴風が発生しており飛べないので、伏せる事で何とかかわせました。
サマリ達は大丈夫だろうかと様子を見てみましたが……どうやら効果の範囲外に居たようで、問題はなさそうです。
しかし……だからといって状況は良くありません……このままでは全滅は免れないでしょう……
「まだまだいくわ……っ!?」
「……?」
……なんて思っていたら、なにやらセルシの様子がおかしいです。
連続してワタシ達に攻めてくると思っていたのですが……大鎌を構えたままピタリと動きを止めていました。
「な……あ……う……」
そして……目を見開いて、言葉になってない声を出しながら……小さく震えだしました。
心なしか顔が紅潮してるようにも見えます……まるで興奮しているように……
「うぅ……な、なんなのこれ……あ、頭が、お尻が……腕や足がなんかムズムズと……あっ……」
そして、大鎌を握りしめたままその場で蹲り始めました。
もはや完全にワタシ達の事は目に入って無いようです……いったいどうしてしまったのでしょうか?
「なあアメリちゃん……」
「……何ユウロお兄ちゃん……」
「もしかしてだけどさ……あの大鎌プリコって……」
「……たぶんね……」
そんなセルシの様子を見ていたら、皆も不思議に思ったのかこちらに近付いてきました。
そしてユウロはアメリと何かを確認しているようですが……あの大鎌が何かあるのでしょうか?
「なんや?何か心当たりでもあるんか?」
「ああ……あの鎌は多分……ホルミやルコニ、あとプラナってのが持ってた武器……コンステレーションシリーズの一つだ」
「コンステレーション……と言ったら……」
そのシリーズの名前は聞いた事あります……世界に12種類しかないという聖なる武器と謳われている出所不明の武器の事だったと思います。
でも、事実はそうではなさそうです。
「あーあの呪いの装備品シリーズの事やな」
「え……そうなのですか?」
「うん。今まで見たのはは……タウロ、ジェミニ、リブラだったかな?見事に全員対応した魔物になってたよ」
「へぇ……」
なんでも神々が創ったと言われてますが……少なくとも主神様が関わっていないので胡散臭いとは思ってましたが……やはり聖なる武器どころか魔物の魔力がたっぷりと籠められた呪いの装備らしいのです。
つまり……セルシは今……まさに魔物化しようとしているのでしょう……
「あぅ……な、なんか飛びでりゅ……あっ!」
予想通り、セルシの魔物化が始まったようです。
押さえていた頭から、左右1本ずつの2本の角が生えてきた。
太く長く茶色くて先端は内側に丸まっている……山羊の様な角です。
「ひゃうっ!お、お尻の上がぁ……ひひゃっ!!」
突き出してるお尻からは、スカートを掻い潜って髪と同じ黒色のふさふさとした尻尾が突き出てきました。
「あ、あつい……はぁ……む、ムズムズするぅ……」
自身から発生している熱のためか、突然着ていた服を脱ぎ下着姿になったセルシ。
身体そのものは子供の様な艶やかな肌でありますが……膝から足下、肘から手先にかけて尻尾と同じ黒い毛に覆われ始めていました。
「かわりゅ……わたし変わってるぅ〜……」
手元まで毛皮で覆われたと思ったら、掌に肉球らしき膨らみができ、爪も獣のような鋭いものに変化していました。
足先の方も毛皮で覆われたら、足先が人間のそれからサマリのように蹄に変化しました。
「はうあぁ……ひゃぅんっ!」
そして……最後に大きく弓なりに反ったと同時に耳が山羊のそれになり……先程以上に膨大で禍々しい魔力が溢れだしました。
そう……セルシは、魔物の中でも強大な存在である魔獣……バフォメットへと変化したのです。
「はぁ……はぁ……な、なにこれ?なんでわたし魔物なんかに……あ、あんた達何かしたの!?」
「いや……俺達は何もしてないさ。全てお前が持ってたプリコのせいだよ」
「プリコのせい……な、何言ってるの?そんな訳ないじゃない!!これは聖なる……」
「聖なる武器と伝えられてるけど本当は魔物の魔力がたっぷり籠められてる呪いの装備なんだよ、コンステレーションシリーズってのはな。どうやらそれにはバフォメットの魔力が籠められていたようだな」
「そんな……う、嘘だ……」
呪いの装備品に籠められた魔力がセルシの身体を蝕んでいき、この戦いで高度な魔術を使い続けた事によって一気に魔物化したのでしょう。
セルシは説明を聞いても、今だに信じられないようです。
「じゃ、じゃあ……わたしはこれからずっとバフォメットとして……魔物として生きていかないと駄目なの?」
「まあそうなるわな……」
「そんな……そんなの……」
やはりというか、魔物を悪だと言っていた程ですから、自分が魔物になった事を受け入れられないみたいです。
その気持ちはとてもよくわかります……前よりはすんなりと受け入れられるようにはなってきましたが、ワタシだって未だに納得できない部分もありますから。
「……いや……待てよ……」
しかし……何かしら思い付いたことがあるようです。
いかにも拒絶していた表情が一変、突如口元がにやりとし始めました。
「バフォメットと言えば……高い魔力に凄い力、すばらしきカリスマ性にとっつきやすい面もあり……しかも永遠の少女……『アリ』じゃない?」
「えっと……ど、どうしたのですか?」
「そうよ……永遠の美貌を持った天才魔法少女……そう考えると……結構良いじゃない?」
そして急にブツブツと呟き始めました。
よく聞き取れませんが……本人の顔が段々と明るくなっている事から魔物になったメリットでも考えているのでしょうか?
「おーい、大丈夫かー?」
「……ふふ……ふふふっふ……ふふあははははははははっ!!」
「うわっ!?ど、どうしたのセルシお姉ちゃん?」
そして、急に高笑いし始めました。
「なんだ、バフォメットになったからってそう悲観する事ないじゃない!これでわたしはより天才的に魔法を使える、しかも永遠に少女になれるんだもの!何も問題無いどころかメリットばかりじゃない!!」
どうやら気を取り直せたようです……こんなに簡単に吹っ切れるとか、未だに悩んでるワタシが馬鹿みたいじゃないですか。
「そうと決まればまずは眷族増やしと男漁りね!あんた達にかまってる暇は無くなったわ!それじゃあ!!」
「お、おう…それじゃあ……」
そのまま転移魔法を使ってどこかに行ってしまいました……
まあどこに行こうとも元が下手な勇者より強かったうえにバフォメット化して魔力が飛躍的に上がりましたからそう簡単にやられる事はなさそうですが……セルシが向かった先に居る人達にはご冥福(?)をお祈りします。
「……結局ワタシ達は助かったのでしょうか?」
「ま、まあせやろな……あ、精補給剤飲んどこ……セレンもいるか?」
「いえ、ワタシは大丈夫です。アメリは?」
「ネックレスのおかげでおなか空いてないよ!でも落ちた時にけがしちゃっていたい……」
「はいじゃあ見せて……『ヒーリングウェーブ』」
「……おお〜!いたくなくなった!ありがとうセレンお姉ちゃん!」
「どういたしまして」
とにかくワタシ達は助かったようです。
とりあえず怪我をしたアメリの治癒を終えた後、ワタシ達は旅を再開する事にしました……
そういえば……今更ですが、ワタシは普通に皆と一緒に戦いましたね……
まあ……ワタシもアメリやサマリ達魔物の事を味方と見る事が出来るようになったという事でしょう……実際旅は楽しいですし、アメリなんか世話の掛かる妹のように思えてますしね。
もしかしたらアメリ達はここのところずっと一緒に居るからそう思えるだけで魔物に対しては変わらないかもしれませんが……なんにせよワタシの中で特定の相手だとしても魔物に対する考えが変わってきてる……それは良い事かもしれません。
「セニック、無事だといいなぁ……」
「だね〜……」
まあ……セニックの無事を祈りながらも、答えを出す為にゆっくりと旅をしましょうか……
13/01/29 21:43更新 / マイクロミー
戻る
次へ