連載小説
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旅行3 王女とボクっ娘王女と……
「さて、着いたな」
「ここが港街フォルセカンか!」
「確かに、海の匂いがするね」

現在10時。
カリンと合流してから数日後、私達は目的地である港街、フォルセカンの門へと辿り着いた。まだ街の外だというのに、潮の香りが風に乗ってここまで漂ってきていた。

「いよっすおっちゃん! ブランカさんの妹一行連れてきたで!」
「ああ、あんたか。確かにリリムの女の子だな」
「初めまして! アメリだよ!」
「初めまして。連れてきたら通すように聞いてるし、軽く荷物検査受けたら通っていいぞ」
「おおきに!」

大きな街なだけあって審査も厳重らしく、入り口の門の前では小さな列ができていた……が、私達はその列を無視し、門の横に設置された小窓の前へと向かった。
どうやらあらかじめ話を通じておいたみたいで、カリンがそこに居た警備員さんに声を掛け、アメリちゃんの姿を確認し、ちょっと手荷物検査を受けただけであっさり通り抜ける事ができた。

「おお、賑わってるね!」
「港なだけあって海鮮売り場が多いな」
「お魚いっぱーい!」

門をくぐると、正面には奥へと続く大きな道と、その両端にズラッと並ぶ商店が広がっていた。大変賑わっており、あちこちから笑い声や怒号が飛んできて、少し離れた門の前ですらがやがやとしていた。

「ま、買い物は後にして、ブランカさんのところに行くで」
「うん。アメリ、ブランカお姉ちゃんに会うの楽しみ!」

食材も買っておきたいし、ちょっと覗いていきたい気持ちもあるが、カリンの言う通りブランカなるアメリちゃんのお姉さんと会う約束があるし、買い物は後にした方が良いだろう。

「ブランカさんってどういう人なの?」
「それは会ってからのお楽しみって事で。まあでも、今までのリリムとはちと違う感じやな」
「そうは言っても今までも結構個性豊かだった気がするんだけど……」
「まあせやけど、ブランカさんはまたその中でもちと違う感じや」
「どんなお姉ちゃんだろ……楽しみだなぁ!」

という事で、私達は商店街から外れ、カリンの案内で居住区の方へと足を進めた。
私達より先に会ってるカリンに、そのブランカさんはどんなリリムなのかを聞いてみたが、お楽しみにとの事。たしかに、今から会いに行くのだから聞かなくても良いだろう。

「ほら着いたで。ここがブランカさんの家や」
「えっここ? 本当に?」
「ここや。嘘ついてもしゃあないやろ」

街の景色を見ながら歩く事20分、目的地であるブランカさんの家へと着いたようだ。その家はいわば普通の民家、いたってシンプルな家だった。
今まで会ったリリムの中で、その住処に訪れた時は大体大きな屋敷とかお城とかに住んでいたので、まさか普通の民家が出てくるとは思っていなかった。思わず合っているのか聞いてしまったほどだ。

「ほなノックするで。おーいブランカさん、アメリちゃん達連れてきたでー!」

兎に角、ここがブランカさんの家との事なので、カリンは大きく戸を叩きながらそう叫んで中のブランカさんを呼び出した。

「はいはい。やあカリンさん。待ってたよ」

家の中から少し低めの女性の声が聞こえてきた。少し低めとはいえ、その声質はアメリちゃんを含め今まで出会ったリリム達と似ているので、おそらく彼女がブランカさんなのだろう。そんなことを考えているうちに扉が開き、その先に居たのは……

「初めまして。カリンさんから話を聞いているかと思うけど、ボクはブランカ。君がボクの妹だね」
「うん! 初めましてブランカお姉ちゃん! アメリだよ!」
「そして、貴女方がアメリと一緒に旅をしてくれている人達だね」
「はい、俺はユウロです。で、こっちがサマリ」
「初めまして、サマリです」
「初めまして。どうぞよろしく」

白い髪と透き通る肌、それに紅く光る瞳を持ち、白く大きな翼としなる尻尾、対照的に漆黒の捻じ曲がった角を生やした、少し小柄な女性がいた。
女性、とはいうものの、着ているのは男物のTシャツで、穿いているのもズボンだ。一人称も僕だし、短髪だし、何よりも胸に膨らみがない。私よりもない。驚くほど平坦だ。それでも女性だとわかったのは、相手がリリムだとわかったからだ。今まで出会ったリリムはもれなく巨乳だったのに、ブランカさんは私未満の貧乳だった。

「……あんた、失礼な事考えてへんよな?」
「ふぇ!? ま、まっさかー」
「視線が胸に行っとったで」
「えっ!? いやーそれは無意識だよ」

ジーっとブランカさんの胸元を見ていたらぼそっとカリンにツッコまれてしまった。

「はは、確かにボクは他の姉妹と比べたら胸の膨らみはないね」
「え、あ、その……すみません……」
「いやいや、全然構わないよ。知っている中では大体大きかったし、もの珍しいのもわかるからね」

どうやら聞こえていたみたいで、ブランカさんにも微笑まれながらそう言われてしまった。なんだか申し訳なくなり、私は頭を下げた。
それは兎も角、改めてブランカさんの姿を見る。その顔立ちや身に纏う魔力はまさにリリムのそれだが……言動や外見からしてどこかボーイッシュだ。カリンの言う通り、今までのリリムとはちょっと違う感じだった。

「ブランカお姉ちゃん、なんだか他のお姉ちゃん達と比べて変わってるね」
「んー、あまり他の姉妹の事を知らないから憶測だけど、確かに変わってるかもね。まあ立ち話もあれだし、上がってよ」
「うん、お邪魔しまーす!」

ブランカさんの提案で、私達はお家に上がらせてもらう事になった。蹄に付着した砂を落とし、玄関を潜ったが……ここら辺特有の物か見慣れない物もあったけれど、やはり内装も一般的な民家と変わらないように見えた。

「さてと、じゃあ改めて……よく来てくれたねアメリ。それと皆さんも、ようこそ」

客間に案内された私達は、ブランカさんが淹れたコーヒーを啜りながらお話を始めた。私はお砂糖1つ、ユウロは3つも入れ、カリンも1つ、そしてアメリちゃんは2つとホル乳も入れてもらっている。こうしてみると、よく甘味系を食している気がするのも頷けるものだ。

「カリンさんに聞いたけど、アメリは他の姉妹に会いたくて旅をしているんだって?」
「うん! アメリね、お姉ちゃん達や妹達といっぱい仲良くなりたいんだ! だから世界中を回って、アメリの知らないお姉ちゃん達に会いに行くって決めたの!」
「成る程ね。その歳で世界中に散らばる姉に会いたいからって旅立つなんて、どちらかと言えば引きこもり気味だったボクには思いもつかなかったよ。アメリは凄いな」
「えへへっ♪」

確かに、アメリちゃんはまだ8歳と幼いのによく旅に出ているなと思う。付き人も居たとはいえ、よく魔王様も許可したなとは思っていた。
旅に出たいと思った年齢は私も同じようなものだが、実際に旅立ったのは17歳だ。流石に小さい頃は両親に止められ、17歳というのも私の本気を感じた両親が折れたからだ。それを考えたら、アメリちゃんは凄い。

「引きこもり気味だった……けど、魔王城を離れてここで暮らしているのですね」

それは兎も角、自分で引きこもり気味だったと言うわりには、実家を出てこの街で暮らすブランカさん。その理由は……

「まあね。偶々、本当に気紛れで人間界の海に行こうかなって思ってふらっとこの街に来たんだ」
「そこで、旦那さんと出会ったのですか?」
「おや、カリンさんから旦那の事は聞いていたのかい?」
「いえ。さっき玄関にブランカさんの足のサイズより大きく見えた男物の靴が置いてあったのでもしやと」
「はは、成る程。うん、その通り。ここで、旦那に一目惚れしてね。色々あって結婚して、ここで暮らしているんだ」

やっぱりというかなんというか、愛する人と一緒に暮らすためだった。

「旦那さんは今どこへ?」
「旦那は今仕事中。この街の灯台守をしてるんだ。また後で紹介するよ」
「ブランカお姉ちゃんの旦那さんかー、どんな人だろうなぁ……」
「ふふっ、勿論、素敵な殿方さ」

どこか男の子っぽいブランカさん。それでも、旦那さんの話をしている時は、恋する乙女の如く頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んでいた。

「アメリの方も教えてよ。今までどんな姉妹に会ったんだい?」
「えっとね……お医者さんのお姉ちゃんとか、ジパング好きのお姉ちゃんとか、空飛ぶ機械を操縦する旦那さんと一緒に居る風来坊のお姉ちゃんとか……」
「どこかの街の領主をやってる人も多かったよね。魔王様の娘なだけあって、政治にも強いのかな?」
「政治に強い、というよりは、小さい頃から多くの事を学ぶ機会が多い、かな。知識が多ければ多い程、意中の男性と出会える可能性は高くなるからね。ボクもだったけど、アメリも色々とお勉強したのでは?」
「うん。魔法とか旅に必要な事とかいっぱい教えてもらったよ!」

そして今度はこちらの番。今まで出会った事のあるお姉さん達について聞かれたので、思い出しながら伝えた。
記憶からすっぽり抜け落ちているなんて失礼な事が無ければ、出会ったリリムはアメリちゃんを除いて、ブランカさんで丁度20人目。それほどのリリム達と出会ってきたが、誰もが皆個性的な人達だった。

「いやしかし、こうして話を聞くと、他の姉妹とも会ってみたいって思っちゃうね」
「アメリもね、お家に住んでるお姉ちゃんとか、お父さんやお母さんから知らないお姉ちゃん達のお話を聞いて会いたい! って思ったから旅を始めたんだよ!」

そして、その全員に共通するのは、妹であるアメリちゃんに優しかった事。知らないお姉さんに会う為に旅をしていると聞いた時、もしかして姉妹の仲が悪くて集合しないのかと思ったが全然そんな事は無く、皆が会いに来てくれたアメリちゃんを可愛がっていた。知らないお姉さんが沢山いるのも、単純に人数が多いという以外にも各々が自立し、好きに生きているからこそなのだろう。

「ブランカさんはあまり他の姉妹とは会わないんです?」
「全然会わないね。旦那と結婚してからは2回しか魔王城に帰ってないし、その時に何人か見掛けたっきり……あっ!」

一通り今まで出会ったお姉さん達の話を終え、ブランカさんは他の姉妹との交流はあるのかと聞いてみたのだが……その途中何かを思いだしたようで、短く叫びながら人差し指を天井へと向け、その動きを止めた。

「思い出した。多分だけど……過去に一度アメリを見てるよ」
「えっ!?」

どうやらブランカさんはアメリちゃんを過去に見ていたらしく、それを思い出したようだ。

「実家に帰ったのが9年近く前だったけど、確かその時産まれたばかりの妹が母さんの腕の中で眠っていたはずだ。ボクの記憶が正しければ、その娘の名前はアメリだったはず」
「9年近く前に赤ちゃん……うん、間違いなくアメリだよ! ヒーラお姉ちゃんならもうちょっと大きいはずだし、アリッサちゃんは9年近く前ならまだ産まれてないもん!」
「ヒーラお姉ちゃん? アリッサちゃん? 聞きなれへんけど、それってアメリちゃんの姉妹なん?」
「うん。アメリの一つ上のお姉ちゃんと一つ下の妹。どっちもちょっと離れてるから、9年くらい前に赤ちゃんならアメリで間違いないよ!」

曰く、帰省したタイミングで当時赤ん坊だったアメリちゃんと出会っていたようだ。聞きなれない姉妹の名前を出しながらも、それは自分で間違いないとアメリちゃんも言っているので確定だ。

「あの時の赤ん坊が……はは、随分と大きくなったね。9年近く経ってるなら当たり前とはいえ、やっぱり時の流れが早く感じるよ」
「うーん、アメリ全然覚えてない……」
「流石に覚えていたら驚きだよ。本当に小さな赤ん坊の頃だからね」

そんな感じに姉妹での会話が盛り上がっていた、まさにその時だった。



ぐうぅぅぅぅ……



突如、部屋の中に大きな音が鳴り響いた。

「……おや?」
「うう……」

これは、お馴染みアメリちゃんのお腹の音だ。さっきまでの盛り上がりはどこへやら、アメリちゃんは恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いていた。

「ははは、お腹空いたかい?」
「……うん……」

話が盛り上がっていたので誰一人気付いていなかったが、改めて時計を見るともうお昼の時間。食べ盛りなアメリちゃんのお腹が鳴るのも納得だ。

「丁度良い時間だし、街の案内がてらお昼ご飯食べに行こうか。どこかお店に入るのと屋台で買って食べるの、どっちが良い?」
「うーん、どっちも魅力的……皆は?」
「俺は屋台かな。同時に観光もできるし」
「私も。屋台で手軽な物を沢山食べてみたい気分かな」
「ウチはどっちでもええ。一回ここに来た時にどっちも経験しとるしな」
「じゃあ屋台で決定だ。商店通りの方へ案内するよ」

という事で、私達はブランカさんの家を出発し、先程の商店街の方へ向かい始めたのだった……



……………………



「はむっ……んー美味しぃ♪」

現在12時半。
ブランカさんの案内で商店街の、その中でもテイクアウト形式の飲食店、というか屋台が並ぶ区画に来た私達は、それぞれ気になった食べ物を購入して持ち合い、道の真ん中にあった花壇の縁に腰掛けて食べていた。

「サーモンのフリッター美味しい……♪」
「このタルタルソース風味が強いね。それでいてサッパリ……何が入ってるんだろ?」
「ん? 味の研究?」
「じゃないけど、気になっちゃうよね。作ってみたいし」
「アメリ達のご飯はサマリさんが作ってるんだね」
「はい。料理好きですから……んー、ピクルスに何かありそうだけど……」

まず私が買ったのは、サーモンフリッターのタルタルソース付き。一口齧り付くと、サクサクの衣に包まれたふかふかのサーモンが弾け、口の中に香ばしい香りが広がっていく。
そして、揚げ物特有の脂っこさを、ほんのりとしたレモンの酸味のきいたタルタルソースが中和し、口当たりを良くしてくれていた。一緒に口に含むたびにほんのりとした温かさが広がり、タルタルソースがサーモンの旨味を引き立てていた。

「いやしかし、まさか大陸でたこ焼きが売っとるとは思わへんかった」
「カリンさんの知っての通り、ここはジパングとも貿易や交流をしてるからね。見ての通り、ジパングで扱ってるものも多少は売っているんだ」
「確かに。炙ってあるものが多いとはいえ、まさか寿司が売ってるなんて思わなかったもんな」
「たこ焼き美味しー♪ お寿司もおい……つーんっ!?」
「アメリちゃんそっちはワサビ入り……遅かったか……」

ユウロは色々なお魚や貝が小判状に握られた酢飯の上に乗っている料理……お寿司を買ってきていた。以前ジパングに行った時に食べた事があったが、本場のそれと比べても見劣りしない美味しさだ。
ユウロの言う通り生魚は無く、玉子やあげ寿し等の生モノではないネタが中心で、魚介は焼いたり炙ったりしてあるが、それでも魚の脂は乗っており舌の上で蕩け、ワサビの辛さが魚の味を引き立てていた……ほぼ唯一の苦手な食べ物がワサビなアメリちゃんは涙目になっていたが。
そしてカリンが買ってきたのは、同じくジパング名物のたこ焼き。あのスキュラと近いようで意思疎通が一切できずにゅるにゅるしてぶにぶにで奇怪な形状をした蛸という生物の触手を刻み、小麦粉や出汁なんかを混ぜ合わせた生地に包み丸型に焼いた団子みたいなものだ。
初めて食べたのはカリンの実家でお世話になっていた時だが、あの触手が入ってると聞いた時はなんておぞましいものだと思ったものだ。ただそう思っていたのは私だけだったみたいで、ユウロもスズもそしてアメリちゃんでさえ躊躇無く食べていたので私も恐る恐る食べてみたら……外はカリカリ、中はとろーりとしたほくほくのそれにすぐ夢中になった。あれ以来蛸は食べていなかったが、今日こうしてあらためて食べてみると、弾力のあるコリコリとした触手を噛むごとに滲み出す風味に、ジパング人凄いと思わざるをえない。付けてある醤油系のソースと鰹節もまた食欲をそそる良い匂いを放っている。

「でも、アメリはやっぱりこれ!」
「フォルセカンバーガーはボクもお気に入りさ。喜んでもらえて良かったよ」
「はむっ、んー美味し〜❤」

そう言いながらアメリちゃんが掲げたのは、この街名物のフォルセカンバーガー。分厚いトマトとしゃきしゃきのレタスに、ジパングから取り寄せたと思われる醤油系のタレが刻み玉葱と共に掛けられ、ここの港で獲れる新鮮な白身魚のフライを挟んだフィッシュバーガーだ。一噛みするとレタスの触感がアクセントとなり、バンズに挟まれたトマトの酸味や玉葱の甘味がフライの塩っ辛さと混じり、口の中でタレの香ばしさと魚の脂が広がる。
アメリちゃんは特にボリューミーなこれがお気に入りのようで、口の周りをタレやトマトの果汁で汚しながら口いっぱいに頬張っている。確かに美味しいし、名物だというのも頷ける。

「美味しかった♪」
「いやぁ、良い食べっぷりだったね」
「だって美味しいんだもん! アメリこんなに美味しいものなら沢山食べちゃう!」

一通り食べ終わり、お腹も満足。汚した口周りをブランカさんに拭いてもらっているアメリちゃんも、満足と言わんばかりに膨らんだお腹を擦っている。

「さて、満腹になった事だし、食後の運動も兼ねて街の観光といこうか。案内するよ」
「お願いします!」

食べたゴミを備え付けのゴミ箱に捨て終え、ここからはブランカさんの案内でフォルセカンの観光だ。

「灯台の方に行くの?」
「それは夕方過ぎからかな。仕事終わりちょっと前くらいに行けば、そのまま旦那を拾っていけるからね。その前に寄りたいとこもあるし、まずは街中を案内するよ」

そう言って、港とは違う方向へと進み始めた。

「そういえばブランカさんは何かお仕事されているのですか?」
「ボク? 柄じゃないけど、専業主婦をやってる。旦那の為にお弁当作ったり、掃除洗濯と毎日大忙しさ」
「そうでしたか……それにしては、門番の人といい、屋台の人といい、ブランカさんの事知っている人も多かったですよね」
「まあ、リリムだから知名度だけはあるかな。あと、旦那は昔からここに住んでるし、街の人と小さい頃から交流してたから、その旦那のお嫁さんとしてね」
「あー成る程。まあ、リリムなら目立ちますもんね」

ブランカさんの家があった方向へと住宅街の中を歩きながら、私達はお喋りを続ける。

「君達も目立ってるんじゃない? ただのリリムならまだしも、幼いリリムが人魔ごちゃ混ぜで人間界を旅してるからね」
「まあ……以前に一度だけ情報通のラージマウスの娘に知っていると言われた事がありましたね。カリンを人間だと思っていた事以外は正確でしたし、皆が皆とは言いませんが知っている人は知っていると思います」
「それウチがおらん時の話やんな? リリム相手には確定バレしとるから少し不安やったけど、情報通相手に人間やと思われとるなら自信出てきたわ」
「いやあゴメン。人化の魔法が上手い人の場合、人間の女性の精と人間に化けてる魔物の魔力って簡単にわかるほど違うわけじゃないけど、ボクらはそのちょっとした違いでなんとなくではあるけどわかるんだよね。これはボクの憶測だけど、多分母さんと同じくボクらリリムはすべての魔物の魔力を身に宿しているからわかるんじゃないかなってね」
「成る程なぁ……ま、魔物にバレても実害はあらへんで謝らんでもええけどな」

お昼過ぎというのもあって家の中でゆっくりいているのか、住宅街だというのに人通りはかなり少ない。時々魔物や主婦らしき人とすれ違う程度で、子供の姿なんて全くと言っていい程見掛けなかった。

「そういえばお姉ちゃん、どこ向かってるの?」
「んー、とりあえず中央公園かな。本当は別の所に寄りたいけど、まだ早いからね。今が13時半だから、後2時間。その間に名所って程じゃないけどなんとなく案内したいところに案内しようかなとね」
「15時半に何か起きるのですか?」
「起きるって言うか、終わるっていうか……まあ、その後に海の方へと行くつもりだから、その時間が丁度良いのさ」
「なんだか勿体ぶってますね」
「まあね。ま、その時になったらわかるから、お楽しみって事で」

そんな静かな住宅街をのんびりと進む事数十分、私達は中央に大きく白い噴水が建っている公園へと到着した。

「わっ、近くに来ると飛沫が結構飛んでくるね」
「つめたーい……あっ、お魚さんが泳いでる!」
「いやしかし中央公園って言うだけあって広いな。今はウチら以外おらんから余計に広く感じるわ」
「休みの日だと子供達が遊んでたり、老人達が井戸端会議をしていたりしてそこそこ人がいる公園だけどね。夜は夜で本当は駄目だけど青姦してる人も居るけど……流石に時間が時間なだけあって今は本当に誰も居ないね」

住宅街でそうだったように、時間の問題かやはり公園にも人はおらず、静かな広場に噴水の湧き出す音が轟々と響いている。

「青姦って……」
「おや、獣人型は多そうだと思ってたけど、ユウロさんとサマリさんは野外での経験はないのかい?」
「今のところは……ねえユウロ、今度……」
「えぇ……それはちょっと流石に……」
「まだ何も言ってないんだけど……まあいいや」

開放的な場所での性行為……恥ずかしさ半分、興味が半分といったところだ。以前立ち寄った牧場みたいに、ぽかぽか陽気の当たる草原で行ったらさぞ気持ち良いだろう……人目さえなければ、だが。
それとなくユウロに提案しようとしたら、こちらがハッキリというまでもなく却下された。性行為自体は昨日約束通りユウロの方から誘ってシてくれたのでそこまで抵抗はないと思うが……まあ、野外は恥ずかしくて嫌なのだろう。元人間なので、それは痛い程わかるからこれ以上は言わない事にした。

「飛沫が気持ちいい〜♪」
「アメリちゃん、近付き過ぎて服がずぶ濡れにならんように気を付けんとあかんで」
「大丈夫〜♪」

そよ風に乗って噴水の飛沫がこちらに飛んできて掛かる。ここら辺は温暖地域であり、丁度昼過ぎの一番暖かい時間な事もあって、その冷たさが心地よい。

「そうだ! こんなに広い公園でアメリ達だけだし、かくれんぼしようよ!」
「いいね! じゃあ、ボクが鬼をやるから皆隠れてよ!」
「いきなりだな……でもまあいいか。よっしゃ、やるか!」

そんなのんびりとした時間が流れる中で、突然かくれんぼしたいと言い出したアメリちゃん。ブランカさんも乗り気だし、特に断る理由もないので、私達は広い公園でかくれんぼをして時間を潰したのであった。



……………………



「この街って図書館もあるんですね」
「まあ、小さな図書館だから、そこまで本の種類は多くないけどね。ちょっと調べたい時は便利さ」

現在15時半。
14時半過ぎまでかくれんぼで遊んだ後、途中でこの街の図書館に立ち寄ってから、ずっと言っていたとある目的地へと向かっていた。

「カリンお姉ちゃんかくれんぼ強かったね!」
「ふふーん。ウチ、隠密行動やサバイバルも齧っとるからな。かくれんぼは得意やで!」
「お前結構色々と齧ってるよな……多種類の武器を扱えるし、魔法もある程度使えるようだし……」
「まあな。ウチは世界一の商人目指しとる。その為には自分の扱う商品の事を知る必要があるからとちっこい頃から色々学んどったんや」

かくれんぼでただ一人最後まで見つけられなかったカリン相手に目を輝かせているアメリちゃんの様子を見ながら、いったいどこに向かっているのだろうと道の先をジッと見ていると……遠くのほうに少し大きな建物が見えてきた。

「向かってるのはあそこですか?」
「そうだよ」

塀らしき壁に囲まれた普通の民家の数倍は大きい建物。どうやらそこが目的地らしい。

「……ん?」
「なんか賑やかだな」

一体あれは何だろうかと思いながらも近付くにつれ、何か賑やかな声が聞こえてきた。
この声は……沢山の子供達のはしゃぐ声だろうか。

「ブランカお姉ちゃん、ここは?」
「ここはこの街に建てられた子供達の学び舎。寺子屋とか学校って言えばわかるかな?」
「あ、成る程学校か! どうりでか……今日一日子供の姿が全然見えないと思ったんだよね」

この建物はどうやら子供達の教育施設のようで、丁度帰り時間なのか校舎から元気いっぱいに駆け出している子供達で溢れかえっていた。子供達、と一括りで言ったが、その年代や種族はバラバラで、アメリちゃんと同じくらいの人間の女の子も居れば、私とほぼ同じくらいのセイレーンの子や、その中間くらいの男の子と仲良く並ぶなんか頭や背中に触角を生やして蒼くてひらひらとした服っぽく見える身体を揺らすウミウシみたいな魔物――後でアメリちゃんに聞いたところ、トリトニアというらしい――などが居た。

「この街の学校って大きいのですね」
「まあ、結構人口も多くて子供達の数も多いからね。海に面してるから海に棲む種族の子も多いよ……っと、おーい! こっちこっち!」

次から次へと溢れ出てくる子供達を注意深く見ていたブランカさんだったが、誰かを発見したらしく、腕を大きく上げ振りながら大きな声で呼び出し始めた。
それに反応したのは、友達らしき人間の女の子と一緒に歩いていた、アメリちゃんより一回り大きいサキュバスの女の子。こちらを発見した後、その友達と別れの挨拶をしてからこちらへと駆け寄ってきた。

「お疲れ。学び舎は楽しかったかい?」
「まあ、算数のお勉強は苦手だからつまらなかったけど、それ以外は楽しかったよお母さん!」

そして、ブランカさんの事を『お母さん』と呼び、問いかけにそう答えた女の子。

「お、お母さん!? って事は……」
「ブランカお姉ちゃん子供居たの!?」
「ああそうさ。彼女はイリス。ボクの一人娘さ!」
「もしかして、お母さんが言っていた旅をしているお母さんの妹達? 初めまして、イリスです!」

そう、彼女、イリスちゃんはブランカさんの娘との事だ。

「全然それっぽい素振りを見せなかったから娘さんがいるとは思ってませんでした……」
「ふふーん、驚かせようと思ってわざと黙っていたのさ!」
「全然わからなかった……」
「ビックリ……」
「ウチはおるかもとは思っとったけどな。旦那がおるのにねぶりの果実買うのはまず娘用やし」
「ああ、そういえばカリンさんからねぶりの果実を買ってたっけ」
「一週間前のおやつだね。ねぶりの果実、美味しかった!」

イリスちゃんの顔はブランカさんと似ており、二人並んでいると確かに親子だとわかる。背丈はアメリちゃんよりやや高い程度であり、血が繋がっているからかアメリちゃんとも少し似ている。
そんなイリスちゃん。瞳は深紅で、髪の色も一部は白色ではあるが、若干暗みがかっており、薄紅色に見える。翼や尻尾も同様に、アメリちゃん達リリムと比べると白みがかっているだけで純白とは言えず、リリムというよりはサキュバスだった。

「リリムの娘でもサキュバスなのですね」
「おや、サマリさんは知らないんだね。ボクらリリムも魔王の力を持っているだけで、種族としてはサキュバスと変わらない。相手が余程の大物、それこそ父さんのような勇者でもない限りは、生まれてくる娘は原種のサキュバス、もしくは突然変異のアリスになるのさ」
「へぇ、そうなんだ」
「まあ、魔王の孫になるわけだから、一般的なサキュバスよりは高位な存在なんだけどね」

どうやらリリムの子はリリムというわけではないらしい。強力ではあるが、分類上はサキュバスとの事だ。数多くのリリムと出会ってきたが、思い返してみれば子持ちは誰一人居なかったので今まで知る機会がなかったのだ。

「えっと、じゃあ貴女がお母さんの妹の……アメリ叔母さん?」
「お、おばさん!?」

名前はブランカさんに聞いていたのか、イリスちゃんはアメリちゃんの姿を見て、叔母かと聞いてきた。
確かにアメリちゃんはイリスちゃんにとっては叔母だが……その響きに、アメリちゃんはちょっとショックを受けていた。

「こーら、ボクの妹だから間違ってはないけど、アメリはイリスより年下なんだからオバサンは失礼だぞ!」
「あ、そうなの? 私は11歳だけど……」
「アメリは8歳だよ!」
「あ……じゃあ、アメリちゃんで良い?」
「うん! 宜しくねイリスお姉ちゃん!」

アメリちゃんより少し大きいのでそうかなと思っていたが、やはりイリスちゃんの方が年上だったみたいだ。叔母と姪の関係だが、互いの呼び方は年齢に準拠する事に決まった。

「さて、イリスも拾ったし、いよいよ海の方に向かうとするか!」
「おーっ!」
「ん? 荷物はそのままでいいの?」
「平気。今日そんなに荷物重くない日だったから持ったまま行けるよ!」

呼び方も決まったところで、いよいよお待ちかね、海の方へと向かう事になった。

「そういえば、イリスも昔お婆ちゃんの家で赤ん坊だったアメリを見た事あるんだけど、覚えてる?」
「無理無理。お婆ちゃんの家に行った記憶すら朧気だもん。お婆ちゃんやお爺ちゃんに会った記憶はなんとなくあるけど、その時に赤ちゃんが居たかどうかまでは覚えてないよ」
「そういえば、お姉ちゃんはどうしてあまりおうちに帰ってこないの?」
「この街からじゃ王魔界への直通ポータルはないからね。転移魔法もできない事は無いけど、あまり得意じゃないから家族全員を連れてやりたくはないかな。それと、旦那も纏まって休み取れないし、なかなか機会がないのさ」
「じゃあ前はどうして帰れたのですか?」
「イリスが産まれた時は産休取って。9年近く前の時は、後にも先にもその1回だけなんだけど、偶々1週間くらい纏まった休みが取れてね。ちょっと大きくなったイリスを見せに、馬車で1日掛けて行ける隣町のポータルを使って行ったのさ」
「へぇ……」

吹き抜ける潮風を身体に受けながら、太陽がある方角へと向かって歩む。太陽もかなり落ちてきて、その輝きはオレンジ色へと変化していた。先程までの静けさとは打って変わって、学び舎を終えた子供達の元気ではしゃぎまわる声が住宅街に響いている。

「ほな、イリスちゃんはあまり魔王様がどういう人か知れへんの?」
「はい。というか……私のお婆ちゃんが魔王とか凄い人だって実感ないんだよね。お母さんがリリムだからそうなんだろうけどさ。友達とかにもよくお婆ちゃんがどういう人かって聞かれるけどわからないんだよね。あれから全然会ってないし、覚えてることだって、朧気に優しかった気がするぐらいだもの。家もお城じゃなくてうちみたいに普通の家だしさ」
「お婆ちゃんの家は立派なお城だよ。あと、あの家はお父さんが働いて手に入れた家なんだから普通の家って言わないの」
「お婆ちゃんの家お城だったっけ? 全然覚えてないなぁ……また、会いに行きたいな」
「会いに行けば良いんじゃない? きっとお母さんもお父さんも喜ぶよ!」
「機会があれば、だね。一人で行かせるのはまだ怖いし、またお父さんの休みが沢山取れたらだね」
「うーん、いつになるやら……」

口を尖らせ、少しムスッとした様子を浮かべるイリスちゃん。ピコピコと小刻みに揺れる尻尾も、心なしか不機嫌そうに垂れ曲がっていた。どうやら、尻尾への感情の出やすさはアメリちゃんと同じみたいだ。

「っと、海が見えてきたよ」
「わぁ……!」

そんな感じにお喋りしながら歩く事十分ちょっと。最後の民家を抜け、大きな道を渡ると……その先には、オレンジ色に輝く大きな海が広がっていた。水平線の向こうに小さく、煙を出しながらゆっくり進む船が浮かんでいた。

「もしかしてあの灯台に旦那さんが?」
「ああそうさ。歌でも聞きながら、ゆっくりと向かおうか……」

さっき学び舎で見掛けたセイレーンの子が、母親らしき大人のセイレーンと共に海岸の岩場に座って、一緒に歌の練習をしていた。耳触りの良い歌を聞きながら、私達は右手に見えた背の高い白い建物……ブランカさんの旦那さんが働いている灯台に向かい足を動かす。

「お父さんの職場に行くのも久しぶりだな〜」
「ん? そんなに行かへんの?」
「いや、あまり同じ街でも親の職場って行くものでもなくね?」
「そうだね。カリンは実家が両親の働くお店だからあまり感覚無いんじゃない?」
「せやな。んで、どうなん?」
「小さい時はお弁当を持って行ったりしてたけど、学び舎に通い始めてからは行ってない。お母さんはちょいちょい行ってるみたいだけどね」
「まあね。旦那って結構うっかりやなところがあって、よく弁当を忘れていくからそれを届けにね」
「成る程……」

まだ明るいと言えば明るいが、灯台の上は灯りが点いていた。遠くにいる船に、この街の存在を教えるためにだろうか。天辺の小窓から、影を照らすように光が漏れているのが確認できた。

「さてと、ここがこの街の守り人、フォルセカン灯台だよ!」
「なんか、近くで見るとより一層大きいなぁ……」

私は海とは無縁な小さな村で育ったので、旅に出るまで海を見た事がなかった。旅の途中でジパングへ行って戻ってきた時に初めて海を見た。その時に船にも乗ったし、ついでに沈没して溺れかけて無人島にも行った事がある。だが、灯台を間近で見た事は無かった。
こうしてあらためて間近で見てみると、目の前に聳え立つ迫力に、物凄く大きい建物だなと実感する。これなら遠くからでもわかるし、海の航海もより安全なものとなるだろう。

「お邪魔しまーす!」
「おやブランカさん、今日はまた随分と大勢で来たね」
「旅するボクの妹とその御一行様さ。早く旦那の紹介がしたくて来ちゃった♪」
「成る程ね。まあ、本来なら関係者以外立入禁止なんだけど、ブランカさんの関係者なら入っていいよ」
「ありがとうございます!」

そんな灯台の入口へと向かい、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉に堂々と入っていく。そして、窓口の人と軽く会話をした後、普通に立ち入っても良いと言われた。やはり、ブランカさんは旦那さんの職場の人と顔なじみになっているくらいには通っているようだ。
窓口を通り過ぎ、職場なので静かにしながら中の螺旋階段を登っていく。しん……とした中で、皆の足音だけが、筒状に広がる灯台の内部に響き渡っている。途中に設置されている窓から、潮風と共に入り込む夕日が顔を照らす。街の施設の一部なのに、なんとなく幻想的に感じ、一歩進むごとに私の胸は高鳴っていた。

「ここが灯台の監視、制御室さ。旦那はここに居ると思うから、部屋に入るよ」

灯台の天辺、より少し下。そこにあった扉の前で立ち止まったブランカさん。外から見た時、灯りが点いていた部分の少し下が出っ張っていたが、きっとそこの部分なのだろう。扉を軽くノックして、ブランカさんは一切の躊躇もなく扉を開けて中へと入っていった。

「ガウル、来たよ!」
「お父さーん!」
「ん、おおブランカ! イリスも一緒か! っと、その人達は?」
「あ、どうも初めまして」
「初めまして! ブランカお姉ちゃんの妹のアメリだよ!」

部屋の中には、がっしりとした体格で背も高い男性と、少し細身で眼鏡をかけた男性と、ネレイスの計3人が、何やら海図っぽい物が映る大きな画面を見ながら魔道具が組み合わさった機械を操作していた。ブランカさんが声を掛けると、男性二人のうちがっしりとした人が反応し返事をした。どうやらこの人がブランカさんの旦那さんらしい。

「ほら、前に言っていた旅をしているボクの妹とその付き人達さ。折角だし、灯台の案内をしているんだ」
「ああ、そういえばそんな事を……初めまして。私はブランカの旦那で、ガウルと言います。どうぞよろしくお願いします」
「ああいえ、こちらこそよろしくお願いします……」

私達の事を確認すると、きびきびと頭を下げ礼儀正しく挨拶をしてくれたガウルさん。思わず私達も頭を下げ、それぞれ名前を伝えた。

「ここではいったいどんな事を?」
「灯台守の名前の通り、灯台の維持をしています。灯台が壊れてしまえば、船は座標を見失い遭難や座礁してしまう可能性もあるので、それを防ぐためにここの魔導制御装置で異常がないか常時チェックしているのです」
「他には、海図や航路の保管、管理なども行っています。今の時代、海の魔物達が導いてくれる事が多いとはいえ、紙として残しておくのも大事ですから」
「あとは、海上の偵察も行っています。この望遠鏡を使えば数10キロ先まで見えるので、溺れていたりその他事故に遭っている人がいないかのチェックや、海賊や船に乗る男を狙う魔物が居ないかを常に監視しています。折角なので覗いてみます?」
「えっいいの? じゃあアメリ見たい!」

ガウルさんを始め、灯台守の人達が次々と自分たちの仕事について丁寧に説明してくれた。魔法も機械もまったく詳しくないので、どの機械がどんな役割を持っているのかは私にはわからないが、海の安全を守るための仕事をしているという事はわかった。
そんな私でも用途がわかったのが、部屋に設置されていた望遠鏡。見ても良いと言われたので、アメリちゃんが大はしゃぎで覗き、口をあんぐりと開けながら海を見渡している。

「ここに映し出されてる地図は?」
「これはこの街の海岸に設置された魔道具から発せられる……んー、音波や電波って言ってわかる?」
「はい、大丈夫です」
「ならいいや。音波や電波に変換された魔力によってここら周辺の海の様子をリアルタイムで映し出してる機械さ。地図上の黄色い点が人を示しています」
「人や障害物も感知できるので、海岸付近での異常にすぐ気付く事ができます。海の中であれば男性二人がここでサポート、私の様な海棲の魔物が現場にすぐ駆け付けられるように待機しているのです。陸であれば、このメンバーならガウルさんが向かう事になりますね」
「何故ガウルさんが?」
「力があるのと、ボクと結婚してるからかな。稀に空気読めない過激な海の魔物が救援に向かう職員に襲い掛かる事があるらしいからね。人命救助だって言えばすぐ解放してくれるけど、ロスはロスだからね」
「はは、その通り。僕はまだ未婚なので、基本ここで図面を見ながら念話で状況を伝える係ですね」
「そら大変やな……」

お仕事の邪魔になるのではないかと少し思ったが、ガウルさんだけでなく皆さんでこちらから頼まずとも丁寧に仕事内容や設備について説明してくださるので、私達は甘えて説明を聞きながら見慣れない設備に目を輝かしていた。

「あっ、遠くでシースライムさんがぷかぷか浮いてる!」
「えっ、私にも見せて!」
「うん。はい、イリスお姉ちゃん!」
「ありがとうアメリちゃん。おお、気持ちよさそうに浮いてるね!」

子供二人はそんな説明に一切構う事無く、望遠鏡を覗く事に夢中になっている。二人で交代し合いながら、あれが見える、これが見えると大はしゃぎだ。

「ガウルさんの勤務終了まであと20分ありますし、折角なので灯室も覗いてみますか?」
「良いのですか?」
「外から覗くなら構いませんよ。もう灯っているので、流石に中には入れませんけどね」
「身体などで影を作ってしまうと、それだけで異常になってしまいますから。内部の案内はまたの機会にという事で」
「わかりました! 是非ともお願いします!」
「では、ブランカさん、案内をお願いしてもよろしいですか?」
「勿論。勝手にお邪魔している身だし、それくらいするさ。イリスも行く?」
「ううん。何回も見てるからいい。お父さんと一緒に海見てるよ」

一通り説明を聞いた後、設備に触らないように注意しながら室内を見たり、はしゃぐアメリちゃん達の後ろから海を眺めていたのだが、どうせなら灯室を覗いてみないかと提案されたので、私達はその提案に乗る事にした。

「ほら、ここが灯室だよ。中央に火が灯っているのが見えるかい?」
「あれやな。あれってほんまの炎?」
「炎は本物だよ。ただ、入れ物の方に仕掛けがあって、揺らいだり消えたりしないようになっているんだ」
「へぇ〜」

灯台の天辺、階段を上がった先にあった扉の小窓から中を覗くと、大きなガラスみたいな透明なケースに入れられた篝火が中央に設置されていた。その炎は一切揺らめく事なく灯室内を、そして海を照らしていた。

「なんか、さっきのもそうだけど、至る所に魔法が使ってありますね」
「魔物や人の安全で快適な暮らしを充実させるのに技術やお金は惜しまない。それがこの街の長の言葉さ」
「成る程。良い人なんですね」
「ああ。だから、ボクもガウルも、安心してこの街で暮らし、働く事ができるのさ」

ガウルさんの仕事が終わるまで、熱は感じないが、それでも温かく感じる炎を、それぞれが物思いにふけながら、じっと見つめていたのだった。



……………………



「温泉だー!」
「わーい!」
「こら、はしゃいだら駄目だぞ! 他のお客さんに迷惑だろ?」

現在20時。
ガウルさんの勤務時間も終わり、そのまま合流して食事をした後、私達はブランカさんの案内で温泉旅館に来ていた。
なんでも海底火山の熱の影響で天然の温泉が湧き出ているらしく、この街では温泉も名物となっているとの事。その為か、船着き場の近くには何軒か温泉旅館が並んでおり、ここもそのうちの一つだ。
一般的な家屋で暮らすブランカさんの家にこの大人数で泊まるわけにはいかないので、今日は部屋の空きがあったこの旅館に寝泊まりする事になった。ただ、アメリちゃんだけは折角なのでブランカさんの家で寝泊まりする事になった。それで気でも遣ったのか、カリンも同じ旅館の別の部屋なので、今日はユウロと二人きりになる。ちなみにこの旅館、部屋での性行為は禁止されていない。後は言わずもがなである。

「はぁ……親魔物領の温泉って混浴ばかりだな……」
「また渋ってる……今は私と関係持ってるし、襲われる心配はないから良いじゃん。私だってルールは守るしさ」
「いやまあそっちは心配してねえけどさ……」
「おや、ユウロ君は混浴嫌なのかい?」
「嫌じゃないですけど、裸を見られるのが恥ずかしいというか……サマリは良いのですが、他の人に見られるのが……」
「ははは、自分の伴侶以外に裸を見られたくないのか。その気持ち、わかるよ」
「いや、そうでは……いえ、はい。そうですね」

近くのレストランで海鮮料理を食べた後、旅館の温泉に皆で入る事になった。この旅館では宿泊していない人にも温泉を開放しているので、アメリちゃんやブランカさん一家も一緒だ。
そしてユウロの言う通り、ここの温泉は混浴である。ちなみに、衛生管理と治安維持のために大浴場内での性行為は例え夫婦間であっても禁止されているので、ユウロの身体を視姦するだけに止めておく。一応貸切風呂もあり、そちらであれば性行為も許可されているが、折角なので皆と入りたい。

「ふぃぃ……やっぱ風呂はええわぁ……」
「おや、お風呂だと人化の魔法を解除するのかい?」
「まあな。普段なら大浴場だとつこうたままやけど、ブランカさんにはバレとるし、親魔物領やしええかなって。折角の風呂やし、息抜きもしたいしな」
「本当に狸さんなんだ……」
「驚きだよね。最初は私達も人間だって思ってたもん」

お湯を被り、身体や髪の毛に付いた汚れをスポンジで洗い落とす。特に私やカリンは尻尾などで体毛が多いので洗うのも一苦労だ。私は体毛を刈り取ったばかりとは言え、手首や足首、尻尾の毛は残っているので結局苦労する。
ちなみに、カリンが私の体毛から作ったカーディガンは現在許可を得て着用している。本来この温泉は衣服の着用禁止だが、まだ体毛は薄っすら産毛状態なのでこれ無しでは破目を外してユウロを襲いかねない。その為、特別に着用したままの入浴許可が下りていたのだ。服を着ながらお風呂に入ると考えたら変な感じだが、結局は自分の体毛だからかそこまで違和感はない。

「身体洗ったよ!」
「翼も髪の毛も完璧! それにしてもアメリちゃんの髪、艶々だね!」
「えへへ……!」
「そっか。じゃあ、ボクらはもうちょっと掛かるから二人とも先に温泉に入ってて。あ、走っちゃだめだよ」
「わかってるよお母さん! じゃあ行こうかアメリちゃん」
「うん、行こうイリスお姉ちゃん!」

身体が小さい分、先に洗い終えたアメリちゃんとイリスちゃんは、二人揃って早歩きで温泉へと向かって行く。こうして湯気で少しぼやけた中で見てみると、本当に歳の近い姉妹に見えた。

「ふぅ、大体サッパリしたね」
「それじゃあ俺らも入りに行くか」

蹄の隙間や角の裏など隅々まで洗い終えたので、私達も温泉に浸かりに向かう。

「あぁぁぁ……良いお湯……♪」
「気持ちいいよねぇ……♪」

他の客もいるが、そこまでいっぱいというわけではないので、すぐにアメリちゃんとイリスちゃんを見つける事ができた。二人とも頭にタオルを乗せながら、肩まで温泉に浸かって蕩けていた。

「おまたせ。アメリ、温泉は気持ち良いかい?」
「うん。気持ち良いよブランカお姉ちゃん。アメリ温泉大好き……♪」
「そっか。それは良かったよ」

ブランカさん達も丁度体を洗い終えたので、皆でアメリちゃん達を囲うように温泉に入る。熱過ぎず、かといってぬる過ぎない水温であり、アメリちゃんの言う通り気持ちが良い。今日一日の疲労が温泉に溶けていくようだった。

「なんかこうして顔だけ出して並んでるとブランカとアメリちゃんは瓜二つに見えるな」
「そりゃ姉妹だもの。髪型は兎も角、翼や角の形状は近いし、余計に似てると思うよ」
「だね〜♪」

頭にタオルを乗せ、アメリちゃんとイリスちゃんの間に割り入るブランカさん。やはり3人並ぶと、アメリちゃんもブランカさんの娘みたいに見えてくる。娘が居るせいで、お姉さんというよりお母さんに見えてしまうからだろう。
そんな中、イリスちゃんはと言うと……

「ふぃ〜極楽極楽……ん? なんや?」
「あ、いや、カリンさんおっぱい大きいなって」
「なんや藪から棒に……サマリみたいな事言うてどないしたん?」
「私みたいって何よ……」

ジーっとカリンのお湯に浮かぶ脂肪の塊を見つめていた。

「だって、お母さんぺったんだし、私も大きくなってもぺったんなのかなって……」
「はは……でも、それはわからないよ。確かにボクはバフォメットも驚きの無乳だけど、他の姉妹は大きいからね。アメリも大きくなるんじゃない?」
「大きくなるよ! 大きくなってたしね!」
「あー、そういえばちと前に年齢弄れる布被せられて少しの間だけ10歳成長しとったな」
「え、何それ怖い」
「あったねそんな事。羨ましい程大きかったね……」
「サマリお姉ちゃんちょっと目が怖い……」

自分の胸をペタペタと触りながら、将来大きくなってくれるか不安がるイリスちゃん、その気持ちはとてもよくわかる。そして私は無理だった。
そして、サラシで胸の大きさを偽っているカリンと違い、服の上から見たのと同じく、ブランカさんの胸はそんな私よりも無い。艶もあるし、乳首も綺麗な色をしており、綺麗で魅力のある胸ではあるが、膨らみはない。親がそれでは、イリスちゃんが不安に思うのも無理はなかった。

「というか、失礼ですがどうしてブランカさんはそんなに貧乳なんです?」
「あんたほんま失礼やな……まあ、ウチもちと気にはなっとったけど……」
「ああ、それは簡単だよ。ね、ガウル?」
「ちょっと待てブランカお前全部俺に押し付けるつもりか?」
「やだなぁ8割強だけだよ。実際嘘ではないしね」
「ん?」

今まで出会ったリリムは、その大きさに差はあれど、その全員が巨乳と言える大きさだった。それなのにブランカさんはパッと見男性と思えるほどの胸なのだ。どうしても不思議に思ってしまう。
なので思い切って聞いてみたところ、何やらガウルさんにその理由がある様子だ。いったい何事だろうかと頭を捻っていたら、その答えをブランカさんがニヤリとちょっと黒い笑顔を浮かべつつ教えてくれた。

「ボクら魔物は、愛する夫の好みに合わせて身体が少しずつ変化していく。で、ガウルはおっぱいが小さいどころか全く無く、それでいて大人の女性が大好きな変態さんなのさ」
「おまっ」
「事実だろ?」
「間違ってはいないが、言い方がなぁ……それに、初めて見た時から既に薄かっただろ?」
「それでももうちょっとは膨らんでいたよ。今のサマリさんより少し小さいくらいにはね。無乳になったのはガウルと結ばれてからさ」

どうやら夫のガウルさんが無乳の女性が好きで、その性的嗜好に合わせて身体が変化した結果らしい。だからこそ、膨らみがなくても哀しくは思っていないのだろう。
それにしても、ボクら魔物は、という言い方からして、私もユウロが巨乳好きなら大きくなるのかもしれない……なんて思いながらユウロを見たら、露骨に視線を逸らされた。いったい何だというのか。

「ん? 私より少し小さい?」
「まあ、ガウルの言う通り元々姉妹と比べたら小さかったね。多分、ボクが男の子になる事に憧れていたからだと思う」
「男の子に、ですか?」
「ああ。魔王城に住む男の人と一緒にチャンバラとかスポーツとか小さい頃からやっていたからか、あるいは心は男として生まれてしまっていたか……なんでおちんちんが生えていないんだろうとか思っていたし、魔物、特にリリムにあるまじく、ガウルと出会うまでは男と結婚したいとか微塵も思っていなかったからね。リリムじゃなくて人間として生まれていたら絶対男として生まれてたと思うよ。で、最終的にはアルプになってガウルと結ばれてたと思う」
「それは、そうかもな。例えブランカが男として生まれたとしても、俺もブランカ以外と結婚するとは思えん」
「ラブラブだね〜♪」
「んー、親の惚気話が最近ちょっと恥ずかしく思えてくる……」
「ははは……でも、折角だからもっとしちゃうよ?」
「イリスお姉ちゃんには悪いけど、アメリもっと聞きたい! 二人はどうやって出会ったの?」
「仕方ないなぁ……私はさっきのアメリちゃんが大きくなったって話が聞きたいけど、それはまあ夜で良いか」

それだけではなく、ブランカさんは元々男の子っぽい人というか、男の子の心を持っていたらしい。今でも男物の服を着ているのはその時の名残のようだ。
それでも今は立派に女性として、お母さんとして過ごしているのは、ガウルさんに恋をしたからとの事だ。それをデレデレと語る二人にイリスちゃんが少し赤面しつつ、私達はその惚気話に聞き入る。

「ボクがふらっとこの街に来てたまたまガウルと出会ったのは話したよね」
「はい。詳しくは聞いてませんが……一目惚れですか?」
「まあね。とは言っても、ボクじゃなくてガウルが、だけどね」
「ああ。ボーっと夕暮れの海を眺めているブランカを見て、なんて美しい人なんだって魅了されてしまったよ」
「まあ、本当にぼけーっと海を見ていたところだったからちょっと恥ずかしいんだけどね……」

そう言ってはにかみながら温泉の熱で赤らんでいた肌をより紅く染めるブランカさん。外見や言動が男の子っぽくても、こういう仕種は女性……恋する乙女そのものだ。

「それで、ガウルに声掛けられてさ。アメリはまだわからないかもしれないけど、あ、この人ボクに魅了されてるって一瞬でわかってね。ボクらリリムって、その気がなくても相手を魅了しちゃう事があるからさ、またそのパターンかなって」
「うん、まだわからないかなぁ……それで、どうなったの?」
「ガウルが正気に戻るまで適当にあしらおうとしてたんだけどね……しばらくしたら、ちょっと今までと違うなって気付いたんだ」
「どうちごうたん?」
「淫魔に魅了されたら、そりゃあ下心満載って感じになるはずなんだけど……ガウルはそういうのが全然なかった。純粋にボクに惚れていたのさ。胸やくびれじゃなくて、ジッと目だけを見て話をしていた」
「ああ。友人でもいい、ただお近づきになりたい。そう思って話しかけた。今は兎も角、当時はエッチな事をしたいって気持ちは全然なかったな。正直に言えば、見た目でサキュバスなのはわかったけど、言われるまでリリムとは思ってなかったしね」
「酷いなぁ……まあ、リリムなのにボンキュッボンじゃなかったし、わからなくもないけどね」

馴れ初めを語る二人は、当時を思い出しながらだからかどこかしみじみとした表情を浮かべていた。私達は勿論、なんだかんだ言いながらイリスちゃんも二人の話を聞き入っていた。

「今は兎も角、ですか……」
「それはまあ……女として目覚めたブランカはそれはもう凄いからね。リリムとしてその才能を遺憾無く発揮しているよ」
「平然とした顔をしてるけど、今もボクの裸を見ておっ勃てているもんね」
「その通りだが態々言わなくていい。愛する妻の裸体を見て反応しない男なんかいない!」
「もう、お父さんったら……」

堂々とそう宣言するガウルさん。これにはイリスちゃんも嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といったところだ。魔物の子供ならそういった類の話は目を輝かせて聞きそうなものだが、案外イリスちゃんの感性は人間に近いのかもしれない。
それにしても、愛する妻の裸体を見て反応しない男はいない、という言葉を受け、ふとユウロの方を向いてみたが、どうも反応している感じがない。確かに今の私は裸ではないが、それにしても無関心過ぎる。というか、私含めて誰の身体も見ようとしていないのか、妙に上を向いていたり、壁の方を見ている様子だ。

「……」
「えっとなサマリ。言いたい事はわかるが、まあ、わかってくれ。俺はそういうの恥ずかしいんだ」

じとーっとユウロの方を見ていたら、そう返された。

「反応は?」
「しなきゃ何時も搾られねえよ」
「ふふんっ、なら良し!」

だがまあ、しないようにしているだけで反応自体はきちんとするようなので良しとする。

「サマリさんとユウロさんの二人も仲良いんだね」
「それはええけど張り合う必要はないんちゃうかな……」
「だよね……サマリお姉ちゃん、最近ずっとそういうところ気にするよね」
「今までの反動ちゃうん?」
「え、今までは何かあったの?」
「うん。イリスお姉ちゃんにも後で教えてあげるね」

気分も良くなり話に戻ろうとしてふと見ると、カリンとアメリちゃんが何か呆れたような溜息を吐いている様子を浮かべていた。なんだか最近妙に二人にこういった反応されることが多い気がするが……まあ、気にせず行こうと思う。

「さて、話が逸れたね。そんな感じで話も盛り上がって、すっかり仲良くなってね。とはいえ、この時はまだ表面上は気の合う友人って感じだったけどね」
「ああ、友達から始めようってハッキリと言われたしな。それでも、繋がりができたから嬉しかった」
「まあ、ガウルと友達になったから、ちょいちょいこの街に遊びに来るようになったね。毎回楽しみにして向かっていたし、今にして思えば、この時点で心の奥では惚れていたのかもしれないな」

少し脱線していた話は、ブランカさんとガウルさんの馴れ初め話へと戻る。

「じゃあ、何時からラブラブになったの?」
「あれは忘れもしない13年前。いつものように遊びに来たのは良いんだけど、その日は海が荒れに荒れていてね……」
「あ、もしかしてブランカさんが海に溺れて、それをガウルさんが助けたとか?」

話を遮り予想したカリンの発言に、ゆっくり首を横に振るガウルさん。どうやら違うようだ。

「まさか。ブランカは嵐を察知してすぐ灯台に来たから無傷だったよ。思えば、その時が初めて俺の仕事場に来た時か」
「そうだね。嵐だから部外者なのに追い出されなかったのも一つのきっかけだね。で、ボクが灯台にお邪魔している時に、事故が発生した」
「街の男性が、嵐によって飛ばされてきた木片にぶつかり、浜辺で倒れてしまったんだ。その時の魔物の当番はシー・ビショップ。嵐の海でも問題なく泳げるけど、陸ではそうもいかない。それで、俺が行く事になったんだ」
「当時のボクは止めようとした。勿論人命救助だからただ止めたわけじゃなくて、ボクが代わりに行こうとした。人間じゃ危ないから、ボクに任せるんだってね。そしたら……怒られちゃった」

当たり前だよね、と続けながら苦笑するブランカさん。

「君を危ない目に遭わせるわけにはいかない、ここで無事を祈っていてくれと言って、その男性を助けに飛び出していってね。その時の真剣な表情に、ボクは惹かれてしまったのさ。その時までは気さくで明るい笑顔や照れた顔しか見た事がなかったから余計にね」
「確かに、お父さんって仕事中はキリッと格好良い顔してるけど、家にいる時は気が抜けてるね。休みの日はお母さんにデレデレしっぱなしだしさ」
「そ、そうかな……まあ、人の命に係わる仕事だからね。仕事は真面目にやるさ」
「そう、そんな真面目なガウルに、ボクは初めて恋というものを自覚した。怪我人を救助し、何事もなく戻ってきたガウルに安堵してつい抱き着いて……あ、ボクはこの人が好きなんだって思い知らされたよ」
「あれは驚いたな……まさか、灯台に戻った瞬間力強く抱き着かれるとは思っていなかったからね」

イリスちゃんの言う通り、ガウルさんは仕事中は真面目でキリッとしていたけど、その後からは気さくに話しかけてくれていた。慣れたのかと思っていたが、どうやら公私の使い分けがきっちりしている人のようだ。
そんな姿にブランカさんも惚れ、ガウルさんの事を異性として意識し始めたそうだ。そして、より深い仲となって二人は結ばれ……一人娘のイリスちゃんを授かった。

「娘を産んでから両親に会いに行ったらまあ驚いていたよ。恋愛事に興味なさそうだったブランカが母親になっているなんてって、特に父さんがね……って、おや?」
「ふにゅぅ……」

話しが一段落したところで、急にブランカさんの肩に凭れ掛かったアメリちゃん。その顔は真っ赤に染まり、視線も定まっていなかった。

「おっと!? のぼせちゃったのかい?」
「そうかも……くらくらする……」
「それは大変や! はよ温泉から上がり!」
「立てるかい? 無理そうなら背負うよ」
「私お水貰ってくるね!」

どうやら話を聞くのに夢中になるあまり、自分でも気付かないうちに逆上せてしまったようだ。ふらふらと振れるアメリちゃんを抱え上げ、急いで休憩所に横たえた。

「ごめんね、話が長すぎたかな?」
「ううん、そんな事は無いよ。面白かった……ふにゃぁ……」
「もう、気を付けないと駄目だよ?」
「はぁい……」
「はいこれお水!」
「ゆっくり飲むんだぞ」
「うん、ありがとイリスお姉ちゃん……美味しー」

備え付けの団扇でパタパタとアメリちゃんを仰ぎ、身体を冷まさせる。気持ち良さそうに風を受けるアメリちゃんに注意しつつ、皆でアメリちゃんを介抱するのであった。
19/05/04 23:02更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ
正式サブタイトル:王女とボクっ娘王女と姪っ子と

という事で旅行初のお姉さん、ボクっ娘リリムのブランカさんのお話でした。
え?ボクっ娘の必要性?私がボクっ娘好きだからですが何か?
それと正式タイトルにある通り姪っ子が登場しました。今までで結婚していたリリムは数あれど娘はいなかったですからね(正確には1人いますが……前作旅52参照)

今回はそんな親子と街観光。食べて施設回って最後に温泉。旅行0で意図的に外したので前作未読の人は疑問に思ったかもしれませんが、サマリさんは胸に関してはやけに執着する娘ですw
そして、これできままな旅での基本的な話(何気ない旅先での交流、『テント』内での生活、サマリとユウロの性事情、アメリのお姉さん、観光)を書き終えました。ここから、きままな旅行が本格的に始まっていきます。

次回は……とりあえずきままに旅を続ける一向の前に、一人の女性が現れます。賊に追われているから匿ってほしいと頼まれますが、どうも様子が……の予定



ここからおまけ

作中でサマリが「リリムはブランカさんで丁度20人目」と言ってますが、その内訳を乗せておきます。数字は何人目、名前の後ろの括弧内はコラボキャラだった場合登場している作品とその作者様です

1.アクチ
2.リリス(白勇者と黒勇者〜白と黒の交わり語り〜/ネームレス様)
3.フィオナ(リリムルート 純白と私と貴方と漆黒 他/ノワール・B・シュヴァルツ様)
4.メーデ
5.ノーベ
6.アミナ(海賊と人魚 他/シャークドン様)
7.アイラ
8.ミリア(リリムの散歩/エンプティ様)
9.セラ(リリムの散歩/エンプティ様)
10.ナーラ(孤独のレシピ〜とある淫魔(リリム)の食事録(レシピリスト)/初ヶ瀬マキナ様)
11.レンジェ(MAGENTA/『エックス』様)
12.レミィナ(風来リリムと異界の鳥人 他/空き缶号様)
13.ユーリム
14.ミリア(極めて近く限りなく遠い世界 他/テラー様)
15.ヴィオラート(あなたがほしい/バーソロミュ様)
16.トリー
17.ロレン
18.キュリー
19.ブランカ

以上が幼き王女ときままな旅、及びこの作品で登場したリリムです。
しかし、このうち

14.ミリア

の事をサマリはリリムだと知らないのでカウントに含めません。
これだとブランカは18人目になるのですが……実は、他作者様がきままな旅とのコラボで書いた作品がいくつかあり、その中で出会った分もカウントしてあります。
それが下記になります。

20.メアリー(Legend of pirate 〜幻の大秘宝〜(コラボタイトル:幼き王女と海賊王女のきままな一日)/シャークドン様)
21.ヘカテー(変態リリムと執事長(コラボタイトル:執事と皇女と幼い皇女)/ランス様)

それぞれ11と12、15と16の間で出会っています。
なので、ブランカで丁度20人目となるのです。
また

22.エルゼル(エルゼルとスクルの魔界歴史学 他(コラボタイトル:勇者の誕生)/キープ様)

も居ますが、彼女は時系列的に旅行3〜旅行4で出会っているのでカウントされていません。次回冒頭でちょっとだけ触れる予定(迷惑なら申して下さい)

おまけは以上になります。コラボ先の作品も名作揃いなのでもし未読作があれば是非とも如何でしょうか?
(一部未完のまま更新止まってしまった作品もありますが……読んだ結果続きが気になって仕方ないのですがという苦情は受け付けないのであしからず。私も同じなので。万が一でも復活する事もあるかもしれませんしね)
あれ、自分のが抜けてる、もしくはこの人居なくない?等あれば申して下さい、ガチで失礼ながら忘れているので……

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33