旅53 あなたとコラボ〜リリムの姉妹の大切な事
「……では、貴様にはニトロの部隊に入ってもらう。異論は無いな?」
「……はっ!」
司教に呼び出されたオレは、膝をついて命令を受けていた。
正直なところセレンを失ってから未だ精神的に滅入っているのだが……ペンタティア所属の勇者として無視するわけにもいかなかった。
「……嫌そうだな……」
「……いえ、そんな事は……」
たしかに、司教から出された命令は受け入れ難いものなので嫌だなと思っていたが……どうやら顔に出てしまっていたようだ。
ニトロというのはペンタティア軍の大隊長の一人の事だ……性格は最悪と言っていいだろう。
本人の性格は残忍で、部下を自分の道具のようにしか思っていない人物だ……自身の戦闘力が皆無であれば馬鹿にも出来るが、自ら前線に向かって指示を飛ばしながら闘うタイプであり指示もたしかに的確であり負け無しなので性質が悪い。
そんな奴の下に就いて戦うのは正直嫌だが、勇者であってもオレに拒否権なんかなかった。
「嫌だと言ってもお前に拒否権は無いぞ?パートナーを魔物化させた挙句止めもさせぬとはな……」
「はい……え?」
そう、オレはかつてのパートナーであったセレンを魔物化させてしまった罪を負っている。
だからこそオレに向けての眼は以前より厳しく冷たいものになっており、些細な事で裏切り者扱いされる可能性だってある……信頼を取り戻すならどんな命令だってこなさないといけない。
そんな事を考えながら聞いていたのだが……今そんな考えが吹き飛ぶような事を言われたような……
「止めを……させなかった……?」
「ああそうだ。その様子ではやはりお前は知らなかったようだな……まあこれでお前が裏切り者ではない事は判明したわけだが……」
「じゃあ……セレンは生きて……」
「さあな。ただお前が刺し殺したという場所に堕天使の死体は落ちていなかった。その場から移動して力尽きている可能性もあるが、調べたものによれば血の跡はその場にしかなかったそうだ。他の魔物や新魔派の堕落した人間に助けられた可能性がある」
「そう……ですか……」
どうやらセレンの奴が生きている可能性があるらしい。
たしかにオレはセレンを刺した後息絶えるのを確認せずにその場から立ち去った……オレの事が好きだと言ってくれたかつてのパートナーの死をずっと見てなんていられなかったからだ。
だから、セレンが息絶える前に誰かに助けられていたら生きながらえている可能性もあるだろう……
「おい、嬉しそうな顔をしてるように見えるのは気のせいか?」
「……どう、でしょうね……自分でも今の気持ちがわかってません……」
指摘された通り、セレンが生きていた事にオレは少しだけ嬉しく思っていた。
いくら魔物化したとはいえ元パートナーが生きている可能性があると言われたのだ……オレの事は忘れて幸せに生きてもらいたいものだ。
そう……オレに構わずに生きてほしい……間違ってもオレに会いに来るなんてしてほしくない……
「そうか。では表面上だけでもがっかりしておく事だな。堕天使が生きていて嬉しがるのはお前の立場が危うくなると思え」
「……はい……」
もし生きているのならば、オレとしては会いたいと思う気持ちもある。
勇者としての適性を幼い頃から発現させてたオレは、産まれてから今まで誰かに対等な恋愛という好意をもたれた事は無かった。
だから、オレの事を好きだと言ってくれたセレンの事が、オレも好きだと思っている。
今更ながらなんて都合の良い事かと自分でも思うが……あいつに告白されて、初めて自分の気持ちがわかった。
だが、この考えは、この気持ちはこの国では重罪だ。魔物を好きだというこの考えは、どんな罪よりも重いものだ。
「わかったならもう下がれ。明日からニトロの元へ行き、奴の指示に従え」
「承知しました」
しかも……セレンがこの国に来てオレに会おうとするのは、自らの命を捨てに来るようなものだ。
ここは巨大な勇者輩出国……かつてのレスカティエには劣るものの、国に所属している勇者の数はかなりのものだ。
そんな国に魔物が足を踏み入れたら……生きて帰る事は出来ないだろう。
もし命が奪われないとしてもそれは奴隷として働かされるだけだ……いくらでも代わりの利く奴隷としてだ。
現にこの国には奴隷の魔物が少数ながら存在する……公には出ていないが、この教団でも過労や体罰でボロボロになっており、眼から光を失っている魔物を何体か見た事がある。
これではどちらが魔物なのか……いくら魔物と言えどあまりにも酷い事をするもんだ……そう思ったとしても、勇者という身分としては文句を言う事は出来ない。
「では……」
セレンの無事と、オレに会いに来ようだなんて考えにならないように祈りながら、オレは自室に戻って行った……
=======[サマリ視点]=======
「くしゅんっ!」
「ん?どうしたのセレンちゃん?風邪?」
「いえ、誰かが噂でもしているのかと……」
「そう?」
現在13時。
私達はペンタティアに向かう途中、食糧や生活用品を補充するために親魔物領に立ち寄っていた。
その買い物途中に突然セレンちゃんが大きな声でくしゃみをした。
セレンちゃん本人は風邪じゃないと言うが、自分で気付かない場合もあるし、もしかしたら風邪かもしれない。
「まあ噂だろ。魔物がそう簡単に風邪引くとは思えないし」
「ん〜……そういうものなの?」
「サマリお姉ちゃんだってワーシープになってからかぜとか引いてないでしょ?」
「あ〜言われてみれば……最後に風邪引いたのはまだ人間の時だったし、よく考えれば魔物になってから体力もついて身体が丈夫になった気がするな……」
しかし、よく考えたら私も魔物になってから病気に罹った記憶が無い。
それどころか滅多に疲労感が出てくる事も無くなったような気がする……これはワーシープになった事で毎日ぐっすり寝ているからだと思ったが、魔物になって基本的に身体が丈夫になったからなのかもしれない。
そういえばアメリちゃんも魔力が切れて倒れた事はあっても風邪などの病気になったのは見た事が無い……リンゴにカリンやスズなど、他の魔物の皆も特に病気になったような事はなかったな……
「まあそういうものです。人間がちょっとひ弱……という言い方はよくありませんが、実際人間でなければ人間が罹るような病気には滅多には罹りませんよ」
「まあ魔物がかかる病気もあるけどね。お姉ちゃんが魔界熱にかかったりして大変だったもん」
「へぇ〜……」
また一つ知らなかった事を知れたなと思いつつ、私達はお店を探しながら町中をうろついていた。
「でも……自分で言っといてなんだが、噂だとしても誰がセレンの噂なんてするんだ?」
「ん〜……セニックとか?」
「だとちょっと嬉しいですけど……いや、それは私が生きてるかもって噂つまりセニックが任務失敗したという噂になるからやっぱり良くないかも……う〜む……」
「考えすぎだってセレンお姉ちゃん。とにかく今はセニックお兄ちゃんに会いに行くんでしょ?」
「そうでしたね……」
なんとなくいろんな話をしながら買い物を続けていた私達。
とりあえず安くて新鮮な食糧や切れかかっていた包帯などを購入しながら、話を弾ませていた。
「さてと、あとはなにを買おうかなっと」
「まあ必要な物は大体買ったし、あとはお菓子作る材料でも買えばいいんじゃねえか?前材料が無くなったとか言ってなかったか?」
「あ、そうだったね。買っておけばまた何かしらのお菓子が作れるし、買っておこうか」
「わーいサマリお姉ちゃんのおかし〜……ん?」
そんな感じに買い物をしている最中、突然アメリちゃんが何かに気付いたようでピタリと動きを止めた。
「どうしたのアメリちゃん?」
「ん〜……お姉ちゃんの魔力を感じる気がする……」
「え!?」
そして……この街にお姉さんが……リリムが居ると言ったのだ。
「しかも……アメリの知ってるお姉ちゃんな気がする……」
「へ?という事はつまり魔王城に住んでるお姉さんって事?」
「うん、たぶんね……ぜったいとは言えないけど、感じた事ある魔力だなと」
しかも、もう既にアメリちゃんが知っているお姉さんの可能性が高いという事だ。
「じゃあそのお姉さんのところに向かってみるか?知ってるお姉さんでも会いたいだろ?」
「うん!でもお買い物が終わってからでいいよ!」
「そう?まあアメリちゃんがそう言うならいいけど……」
早速会いに行こうかとアメリちゃんに尋ねたところ、あった事あるお姉さんだからか、それとも買い物途中だからと気を遣ってか後で良いと言うアメリちゃん。
アメリちゃんはこうして遣わなくてもいいところで気を遣う事が多いなと思いつつ、ささっと買い物を済ませてアメリちゃんが魔力を感じた場所に急いで向かう事にした。
…………
………
……
…
「ん〜……たしかここら辺に感じたと思うんだけどなぁ……」
「それっぽい人は見当たらないね……ナーラさんの時のように変装しててもアメリちゃんにはわかると思うし……」
「買い物しているうちに移動したのでしょうかね……」
現在14時。
アメリちゃんがお姉さんの魔力を感じたと言う場所までやって来たのだが……そこにそれらしき人影はなかった。
「どうアメリちゃん?」
「ん〜……あっちのほうかなぁ……」
買い物や移動したりしているうちにお姉さんの方も移動したのだろう……という事でまたアメリちゃんに魔力を探らさせて、それっぽい場所に移動する。
どうやら転移の魔術とかで遠くの街に行ったわけではなさそうなため、すぐに会えるだろう。
そう思いながらある建物の前を通り過ぎようとした時だった……
「ねえヴィオラ、なんで気分転換に出掛けた先でいつもと同じ事してるの?」
「仕方ないじゃない。ユング君といるといろんな妄想が浮かんできて……」
「だろうね。まあそこはヴィオラらしいけどさ、これじゃおちおち小旅行も出来ないよ」
その建物……いかにもその為にあるような休憩所の中から一組の男女が現れた。
会話からして恋仲か夫婦だろう……男性のほうが女性よりも背が高いようだ。
そして女性の方はと言うと……白い髪と翼と尻尾、黒い角を持ち強力な魔力を持っているサキュバスと同じような悪魔型の魔物……って事はつまり……
「あ、ヴィオラお姉ちゃん!」
「ん?私を呼ぶ声がどこからか……あっ!」
アメリちゃんの反応からしてやはりお姉さんだったようだ。
お姉さんを見つけた瞬間駆け寄るアメリちゃん……どうやらあっちもアメリちゃんを見つけたようだ。
「誰かと思ったらアメリじゃない!どうしたのこんな場所で?たしか……他の姉や妹達を探すからって家出してたよね?」
「お母さんにちゃんと言ってるから家出じゃないけど……そうだよ!たまたま立ち寄った町でお姉ちゃんの魔力を感じたから探してみたんだよ。ヴィオラお姉ちゃんこそだんなさんといっしょにこんなところで何してるの?お姉ちゃんがおでかけなんてめずらしいじゃん」
「私はユング君と一緒にお買い物兼お散歩兼デートよ!たまには外に出ようってユング君も言う事だしね」
腰に手を充てそうアメリちゃんに説明するヴィオラさん……
なんとも元気なお姉さんな事だ……今の言葉からして、やはり隣の男性は旦那さんなのだろう。
「えっと……アメリのお姉さんって事でいいんだよね……?」
「うん。ヴィオラートお姉ちゃん……短くしてヴィオラお姉ちゃんっていうんだ。おうちに住んでいるお姉ちゃんで、となりにいるユングお兄ちゃんとけっこんしてるんだよ!」
「ん……そういえばアメリ、この人達は?なんか一緒にいるようだけど……」
「アメリといっしょに旅してるの!」
ようやく私達の存在に気付いたヴィオラートさん……短く言ってヴィオラさん。
ヴィオラさんの紹介はアメリちゃんに一通りしてもらった事だし、こちらも自己紹介しようと思う。
「どうも。私はワーシープのサマリです」
「俺はユウロです。訳あってアメリちゃんと一緒に旅してます」
「エンジェルのセレンです。ユウロとは違いますがワタシも訳ありでアメリと旅してます」
「なるほどね〜」
紹介を終えた後、まじまじと私達を見てきたヴィオラさん。
やはり私達は珍しい組み合わせなんだろうか……隣にいるユングと呼ばれた男の子と一緒に物珍しげに私達を見ていた。
「あ、紹介が遅れたわね!私はヴィオラート。もちろんアメリの姉の一人よ!私の愛はユング君専用だから私に惚れないでね!」
「あ、はい……」
「もちろんユング君に惚れるのも無しね!」
「え……まあそれはそうかと……」
「ん〜……なんか反応が釈然としないけどわかればいいわ!」
そう注意されたが、私もユウロもセレンちゃんもそんな気は微塵もなかった。
それもそうだ……ユウロは誰かと恋仲になろうなんて思わないし、リリムの魅了すら防ぐペンダントを持っている。
セレンちゃんだってセニックの事が好きだから他の男に恋するなんてありえないし、私は……うん、そもそも恋心がわからないのだから。
まあとにかく、そんな気が無い事が伝わったのかヴィオラさんの警戒心は無くなったようだ。
「それで隣の男の子は……さっきのアメリちゃんの言ってた事や今のヴィオラさんの言葉からして旦那さんって事でいいんですよね?」
「やっと紹介が出来そうだね。僕はユング。その通りヴィオラの旦那さ」
という事で、先程から静かにしていた男の子に話を振ってみた。
やはりヴィオラさんの旦那さんらしい……まだまだユウロと同じ位の若い旦那さんだ。
「年齢は……俺とほぼ同じ位かな?俺は19だけど……」
「ちょっとだけ僕のほうが上のようだね。まあ畏まった言い方はしなくていいよ。ちょっと前までは9歳の身体だったしね」
「あ、そう……へ?」
「ええ?」
やはりユウロよりちょっとだけ年上だったようだけど……今なんだかよくわからない発言をされたような気がする。
ちょっと前までは9歳の身体……?
「そういえばお姉ちゃんのけっこん式の時だんなさんもっと小さかったような……アメリまだ小さかったから覚え間違いかなぁ?」
「ううん、そうだよ。僕がヴィオラと結婚式を挙げた時はまだちょっとしか解けてなかったからね……セレンだっけ?君はエンジェルだし知ってるかもしれないけど、教会の少年聖歌隊って言えばわかるかな?」
「サンダリヨン中央教会って言葉も添えたら完璧ね」
「……そういう事ですか……」
「え?なになに?」
「そうですね……ここで軽々しく話していいものではないって事だけ言っておきます」
よくわからないけど……どうやら教団のよくない人達がユングさんに何かしたらしかった。
セレンちゃんは何かわかったみたいだけど、明らかに空気が一気に重くなったので、その事は置いておく事にした。
「そういえば……お二人はデートに来てたんでしたっけ?」
「そうよ!いつもは魔界で永続的性活してたり楽器の練習してたりしてるけど、たまには外界に出掛けようってユング君が言うからね!!」
「へぇ〜……もしかしてワタシ達邪魔ですか?」
「う〜ん……全否定はしないというか出来ないわ!!でもまあ家出した妹に久々に会えたと考えれば問題ナッシング!」
「だから家出じゃないってば……ちゃんとお母さんにもお父さんにもいってきますって言ってあるからね!」
とりあえず話を変えてみた。
どうやら普段は魔物らしく性行為に夢中になって魔界に籠っているようで……ん?
「楽器の練習……ですか?」
「そうだよ。僕もヴィオラも楽器の演奏をよくしているんだ」
「そうなのよ!元々はユング君がやってるのを見てやってみたいなと思ってて、ユング君に言われたからやってみたら案外簡単に吹けるようになったのよね!まあ最初は失敗してたりしたけど……」
「結婚式の時は大変だったな……」
「そうよね……まさかあんな大勢の前で演奏する事になるとは思ってもなかったわ……あれから数年は経ってるけど未だに思い出せるもの」
どうやら二人は楽器を嗜んでいるらしい。
「ヴィオラお姉ちゃんのけっこん式の時、演奏すごかったよねー!」
「そ、そう?私としては大勢の前で演奏する破目になってちょっと恥ずかしかったけど……」
「はは……まさかああなるなんて思わなかったよね……」
「まあアメリが凄かったというなら凄くよくできてたのね!さすが私!」
「うん!アメリ感動したもん!!」
「あれぐらい私に掛かれば余裕よ!!だって私に出来ない事なんかないんだからね!!」
「そこ、調子に乗らない。最後のほう大失敗して笑い物だっただろ?」
「う……でも笑いが起きて盛り上がったから大成功よ!!」
しかもお二人の結婚式の時に演奏して……失敗したらしい。
いったいどんな感じだったのか……少し気になる。
なんて思っていたら……
「ねえねえヴィオラお姉ちゃん」
「何アメリ?もしかしてまた私達に素晴らしい演奏をしてくれとか?」
「え……なんでわかったの?」
「そりゃあもちろん私の読心術よ!!」
「いや、話の流れから予想付いただけでしょ……」
アメリちゃんの提案で、その演奏が聴ける流れになってきた。
「あの〜……私もぜひ聞きたいなと……」
「あらそうなの?じゃあ私の素晴らしい演奏を聴かせてあげましょう!しかと感動するといいわ!!」
なので頼んでみたら、案外あっさりと承諾してくれたヴィオラさん。
もしかしたらこの話になってから私達に聴かせたかったのかもしれない……そう思う程ノリノリであった。
「そうは言うけどさヴィオラ……僕達今楽器持ってないでしょ?」
「あ……」
「それに僕達だけじゃなくてノワール達もいないと成り立たないだろ?」
「たしかにユング君の言う通りだわ……」
しかし、冷静に考えればこの二人は今気晴らしでデートしているのだ。もちろん楽器なんて持っているわけがない。
残念だが二人の演奏は聴けなさそうである。
それに、どちらにせよどうやら二人以外にも演奏メンバーがいるらしいので不可能であろう。
「という事で、悪いですが諦めて下さい」
「そうですか……まあ仕方ないですね」
「ざ〜んね〜ん……アメリもう一回ききたかったな〜」
ちょっぴりがっかりしながらも、仕方が無いので演奏は諦める事にした。
「さてと、二人のデートの邪魔も悪いし、俺達そろそろどこかに行くか?」
「それもそうですね。ここに立ちっぱなしと言うのも良くありませんし」
「あーそうだね。という事で私達邪魔者はこれで……」
「僕は別に大丈夫だよ。今まさにヴィオラと愛し合ってたしね」
「私はちょっとそうしてほしいところもあるけど、ユング君がそう言うし別にいいわよ。それにアメリの旅の話も少し聞きたいなって思ってたしね」
「ほんと?じゃあアメリの旅の話してあげる!」
だからこのままお話していてもデート中の二人の邪魔かなと思ってどこかに行こうとしたが、そうでもないようだし更には旅の話も聞きたいと言ってきたので、私達は一緒にこの街の中央公園に向かったのであった。
……………………
「すごい……世界にはそんなにいろんな街があるんだ……ねえヴィオラ、今度行ってみようよ」
「そうね。アメリじゃないから他の姉妹の挨拶は別にいらないとしても世界のいろんな場所をユング君と回るのはいいかもね♪」
現在15時。
中央公園にあったベンチに座り、近くで売っていたジュースとクッキーを買って摘みながらヴィオラさん達とお話していた。
どうやら二人とも普段は魔王城に籠って性交三昧らしい……まあ、魔王城に住むリリムの夫婦だし不思議ではない。
私としてはずっと性交してるよりは旅してたいと思うところだけど……それは今私に夫となる人物がいないからだろうか。
まあユウロのように旅をしている人が夫になったらそうなっていくのだろう……前にアメリちゃんがそんなようなこと言ってたしね。
「旅は楽しいし面白いよ!」
「そうみたいね。でも私はユング君との交わりが一番楽しいし面白いわ!!」
「ちょっと!?そんなに大きな声でそんな事言わないでよ」
「う〜ん……アメリまだわかんないな……」
「あと数年もしたらわかるようになるわよ!」
「なってもアレだと思いますが……まあリリムなら当たり前なんですね……」
まあ……何が楽しいのかは人それぞれだ。
夫との性行為が楽しいというのもいいだろうとは思う……なんたって愛する人との愛を確かめ合ってるようなものだから。
「サマリもユウロ……は駄目だったわね。まあ誰か男の人を好きになれば多分わかるわ!」
「はぁ……まあその時になってみないとわかりませんが……」
そして相変わらず私は何故かユウロとくっついちゃえみたいな事を言われた。
まあ考えなくもないけど……ユウロにだって事情はあるしそんな事望むのは良くないだろう。
「まあ私の事は置いといて……お二人はこの後帰られるのですか?」
「何か府に落ちないけどまあいいわ……そうね、本来ならそうしようかと思ってたけど……」
「皆さんの旅の話を聞いたら、もう少し観光したくなってきたよね」
「まさにその通り!やっぱ私とユング君は何も言わなくてもお互いを理解しあえてるわ!!素晴らしい!!」
「は……はは……」
すぐにユングさんと相思相愛である事に持っていくヴィオラさん。
まあ……魔物のあるべき姿と言えばそうなのかもしれないし、本人達が嬉しそうに笑いあっているのでいいのだろう。
「そうね……次はこの秀麗なる魔界のプリンセス、ヴィオラート様の活躍劇を語ってあげようじゃない!」
「あ、ではそれで……ん?」
そんなヴィオラさんがやたらハイテンションで自身の活躍を語ろうとした、その時だった。
急にヴィオラさんの後ろで空間が歪んだかと思えば……
「まったく、活躍劇を語るのはいいですが大きな声で騒ぐ事は無いのです」
「うわあっ!?フェルリ!いつからそこに!?」
「今まさに現れたところです。帰りが言っていた時間よりやけに遅いからと召使達が心配してるので見に来たのです。どうやら特に事件に巻き込まれてたりはしないようですね」
ピンク色の巻き毛ドリル、そして頭にぶかぶかの帽子を被った幼女……もといバフォメットだった。
「そりゃあ旅にでてた妹と会ったら話すに決まってるじゃない。遅くもなるわよ!」
「旅にでてた妹?ああ……たしかアメリですね?お久しぶりです」
「うん!おひさしぶりフェルリお姉ちゃん!」
どうやらこのバフォメットも魔王城にいるバフォメットらしい……なんだかピンクで可愛らしい。
とは言ってもやはりバフォメット……そこから感じる魔力は私でもハッキリわかる程見た目に似合わず強力である。
「まあそういう事ならいいのです。精々二人でデートでも演奏でもセックスでもしているといいです。私は帰ってアメリに会ってて話してた事を言いに行って夫といちゃつくです」
「言われなくてもそのつもり……あっそうだ!ひらめいたわ!!ちょっと待ってフェルリ!」
「わわっ!?何するのですか!?」
ヴィオラさんの無事を確認してそのまま帰ろうとしたフェルリという名前らしいバフォメット。
しかし、その途中で急に何かをひらめいたヴィオラさんに肩を掴まれて……
「ねえフェルリ、お城から私達の楽器とノワちゃん達呼んできてくれない?」
「へ?」
「アメリたち御一行が私達の演奏を聴きたいって言ったのよ。戻るとまた行きたくなくなるかもしれないからさっきは断ったけど、いい所に来たわねフェルリ」
「使いっぱしりですか……まあそういう事ならいいです。少し時間が掛かりますが呼んでくるです」
どうやら先程頼んだ演奏の事をきちんと覚えていてくれたらしく、楽器と演奏メンバーを連れてきてとフェルリさんに頼んだヴィオラさん。
「それじゃあ……」
「ええ。私達の演奏聴かせてあげるわ!」
「やった〜!!お姉ちゃんの演奏がまたきけるんだ!!」
「場所は……流石に野外は人混みが出来そうだしユング君を取られない為にも避けたいかな」
「じゃあこの街の北にある小ホールとかどうです?一応空いていれば貸してくれるらしいですし」
「決まりね!フェルリが皆を呼びに行ってる間に借りに行きましょ。もし予約が入っていてもそこはリリムである私がなんとかしてみせるわ!!」
という事で、私達は早速街の小ホールまで移動したのであった。
…………
………
……
…
「さてと、無事に借りれたわね!」
「普通に空いてて実力行使しなくてよかったよ……」
「……どんな人なんですかヴィオラさんって……」
現在16時。
小ホールの管理人であるフェアリー……じゃなくてリャナンシーっていう芸術家なフェアリー属の人に問い合わせてみたところ予約は入ってないという事で借りる事が出来た私達は、フェルリさんが戻ってくるのを待っていた。
場所を移動したので大丈夫なのかと心配になったが、いわくヴィオラさんの魔力を辿ってくるからこちらが移動したところで何も問題は無いとの事である。
「まあ自身に満ち溢れてる性格だよ……っと、来たようだね」
「お待たせです。ノワール達を連れてきたです」
という事でしばらく喋っているとホールの入口あたりに魔法陣が浮かび上がり、その中からフェルリさんと他に数人の人影が現れた。
「やっほーヴィオラちゃん!妹のアメリちゃん御一行さんに演奏聴かせるんだってね」
「そうよノワちゃん。私達の素晴らしい演奏をぜひ聴きたいって言うからね!」
「ほうほう……たしかに小さなリリムがいるな」
「こんにちはー!」
その人影は……クラリネットを手に持った銀色の長髪に赤い瞳の……一瞬リリムに見えたけど角や尻尾は見当たらないしよく見たら牙がみえるのでおそらくヴァンパイアの女性と、その旦那さんらしき三味線を手にした男性がこちらに向かってきた。
「やっほー!!小太鼓マスターエナーシア参上!!どこどこどここどー!!」
「あ、相変わらずうるさいわね……」
「私のホットな小太鼓ビートを聴きたいと言ったのはヴィオラちゃんの妹であってるかー!」
「え、ああ、うん……」
「……もしかしてアメリってエナーシアみたいなタイプって苦手?」
「ふぇ!?そ、そんなことないよ!!ちょっとおどろいただけだよ!!」
「私は苦手です」
「おっとぉ!エンジェルのお譲ちゃんは厳しいね!!」
そして、やたらとテンションが高く小太鼓をドコドコと叩きながらこちらに近付いてくるデュラハンが一人……自分の首をたまに持ち上げてるからデュラハンとわかったけど、あのテンションの高さは本当にデュラハンなのだろうかと疑問が湧く。
アメリちゃんも若干引いてるし……正直私もセレンちゃんと同じくちょっぴり苦手だ。
「ほら、ユングとヴィオラ様の楽器です。重くは無いけど持ちにくいからさっさと受け取るのです」
「ありがとう。さて、メンバーも揃ったし、早速演奏の準備をするよ」
ユングさんがリュート、ヴィオラさんがフルートをそれぞれフェルリさんから受け取り、ホールの舞台へ上がって行った。
私達はおとなしく席について準備を待つ……
「……あれ?フェルリさんは演奏メンバーに入ってないのですか?」
「私の手では外見に沿った子供っぽい楽器しか合わないのです。カスタネット叩くぐらいなら見てるだけのほうが良いのです」
「カスタ……ぷふ……」
「何笑ってるですか?私の手にかかればお前みたいな男一人ぐうの音も出ない程にボコボコにするのは楽勝ですよ?」
「え……あの……すみませんでした……」
フェルリさんだけは私達と同じように席についた。
まあたしかにバフォメットが演奏出来る楽器は少ないだろう……しかしカスタネットか……想像してみると、なんととまあ可愛らしい事か。
「さて、準備は出来たわね皆!曲は勿論結婚式の時に演奏した曲よ!!」
「ばっちりだよ♪ヴィオラちゃんも緊張して結婚式の時みたいに失敗しないようにね!」
「いやしないから!2度も同じミスはしないからね!!」
「はいはい、口論はいいから……それじゃあ始めるよ」
少しドタバタしつつも皆さん定位置についたようで、ユングさんが全員に準備できたかを確認をして……
「それじゃあいくよ。3,2,1……」
カウントが終わると同時に……
「♪〜〜♪〜♪〜〜♪〜〜〜」
小さいとはいえ、ホール全体を響き渡らせる壮大な演奏会が始まった。
「♪〜〜♪♪〜〜」
ヴァンパイアのノワールさんが奏でるクラリネットの音色が、深くその独特な音色を音に乗せている……
「♪〜♪〜〜〜♪〜」
デュラハンのエナーシアさんが軽快にスナップを利かせ叩く小太鼓の音が、まるでリズムの鼓動のように響いている……
「♪〜〜〜♪〜♪〜〜〜」
ノワールさんの旦那さんであるジオさんが弾く三味線……一人だけジパングの楽器なので一見合わなそうだったが、全く不自然無く調和している……
「♪〜♪♪〜〜♪♪♪〜♪〜〜」
ヴィオラさんのフルートは……ついウットリと聴き入ってしまうほど、柔軟に演奏の中に溶け込んでいた……
「♪〜〜♪♪〜〜〜♪〜〜♪♪〜〜〜」
そして……ユングさんの奏でる優しく澄みきったリュートの音と相まって聴こえてくる綺麗な歌声が……全ての楽器の演奏を味方にして私達に届いていた。
「♪〜〜♪〜♪〜〜」
私達は誰一人一言も話さずに……いや、話せずにこの演奏を聴き入っていた。
ユウロは少し興奮しているのか目を見開いて若干前のめりになっているし、セレンちゃんはユウロとは逆に目を閉じてウットリと聴き入ってるようだ。アメリちゃんもニコニコと嬉しそうに大人しく歌を聴いていた。
私も……身体を駆け抜ける歌や音に身を震わせながら、一瞬の音も聴き落としたくないと耳を傾けて聴いている。
「♪〜〜♪♪〜〜♪〜〜♪〜〜〜」
サビに入ったのか一層盛り上がる演奏。
ホール中を駆け巡る音楽は、その場にいるもの全ての心を高ぶらせる。
これが結婚式の時に演奏されたとなると……アメリちゃんがまた聴きたいと言ったのもうなずける。
「♪〜♪〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜」
心が高ぶっているのは勿論私達だけじゃなく、演奏してるヴィオラさん達もそうだった。
全員真剣な表情を浮かべながらも決して顔を強張らせる事無く、楽しそうに笑顔を浮かべながら演奏を続けていた。
「♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜〜……っ」
そして……盛り上がった演奏も、失敗する事無く終わり……
「……うぉおおっ!!」
「凄かったです!!」
「やっぱりお姉ちゃんたちの演奏すごかったー!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ……
私達は余韻が残る中、自然と拍手をしていたのであった。
「……ふう……どう、よかった?」
「最高でした!私達の為に演奏して下さり本当にありがとうございました!!」
「ふふ……まあこのくらい私にとっては朝飯前よ!!」
「もう夕飯前だけどね……それにヴィオラ、一音だけ間違ってたじゃないか」
「う……ほとんど目立たない時だったから気付かれてないと思ったのに……」
「あははは……でもアメリはわからなかったよお姉ちゃん。すごかったよ!!」
興奮醒め止まぬ中、感想やお礼を言ったり、駄目出しされてるのを笑ったり……それぞれが盛り上がっていた。
「ん〜やっぱり演奏は楽しいね!今度は自慢の剣で小太鼓のリズムを刻んでみせる!」
「そんな事出来ないと思うけど……きゃあっ!?」
「おっと。我が妻よ、足下には段差があるから注意して歩くのだぞ?」
「あうぅ……また転んじゃうところだった……ここに来る前も階段で滑っちゃったんだよね……」
「だ、大丈夫なんですかそれ……」
「もう、ノワちゃんらしいんだから!」
相変わらずよくわからないテンションでよくわからない事をエナーシアさんが自身の首を回しながら言っていたり、舞台の上を歩いていたノワールさんが落ちそうになったところをジオさんが間一髪助けたりと、演奏が終わった後もその場で盛り上がっていたのだった……
……………………
「それじゃあ私達はお城に帰る事にするわ。フルートの演奏した後ソーセージなんて食べてたらユング君のソーセージみたいな笛も演奏したくなってきちゃったしね!」
「またそれ?まあヴィオラらしいけど……」
「ははは……」
現在19時。
折角だからと皆さんと夕食を一緒に食べた後、ヴィオラさん達がムラムラして来たからとそれっぽい理由で帰る事になったので、私達は再び公園に行きお別れの挨拶をしていた。
「しかしサマリってホント変わってるわね。元人間だと言っても魔物になれば男の子とエッチしたいと思うものだと思うんだけど……エナーシアもそうだし」
「否定は全くできないけど常日頃から脳内お花畑ピンク色のヴィオラちゃんよりはマシだよ!」
「どうだか……」
「私達魔物だからそんな気持ちになるのは仕方ない事だと思うよ♪」
「ん〜……そう言われましてもね〜……」
今日1日、なんだかやたら性に消極的な私について絡まれた気がしないでもない……そう言われても困るのだが、どうにもヴィオラさんは納得してないようだ。
「まあ私の手にかかればサマリをエッチな気分にさせる事もたやすいけど……」
「だめだよヴィオラお姉ちゃん!!」
「冗談よ冗談。アメリもこんな感じに怒るし、それにあまり強制的にそういう気分にさせてもよくないかなって思わなくもないからやらないわよ」
「はぁ……」
まあ、旦那さんがいるリリムなのでちょっぴりお節介もしたくなるのであろう……こればかりは私自身どうしたらいいのかわからないので放っといてもらう事にしよう。
「それじゃあそろそろ行くです。別にヴィオラ様なら置いて行っても問題無いですが皆で帰るなら別れの挨拶を済ませるのです」
「そんなにせかさなくても……」
「そうね。ユング君との性活が短くなっちゃうもんね!という事で皆さようなら!妹の事よろしく頼むわね!」
「はい!」
「バイバイヴィオラお姉ちゃんたちー!!またおうちの近く通るような事あったらその時は会いに行くからねー!!」
そうこうしてるうちにフェルリさんが急かし始め、ヴィオラさんも早くユングさんと交わりたい気持ちが蘇ってきたので、あっさりと挨拶を済ませて魔王城まで転移したのだった。
「なんか……元気な人だったね」
「うん!ヴィオラお姉ちゃんあんまり悩みがないお姉ちゃんだからね〜」
賑やかな人達が一辺に居なくなった事で、辺りが急に静まり返った。
「さーて、宿を探しに行くか!」
「結構な時間ですからもう空いてないかもしれませんが……まあ探してみますか。あの素晴らしい演奏を聴けたおかげかまだ元気はありますからね」
「本当に凄かったよねヴィオラさん達の演奏……失敗したって言ってたけどあまり目立ってなかったからわからなかったしね」
「けっこん式の時はものすごい失敗しててアメリも大笑いしちゃったけどね!でも今日は最初から最後まですごかった!!」
その静けさもすぐに無くなり、私達のお話で賑やかに変わった。
今日の感想を言い合いながら、私達4人は宿を探しまわるのであった。
「……はっ!」
司教に呼び出されたオレは、膝をついて命令を受けていた。
正直なところセレンを失ってから未だ精神的に滅入っているのだが……ペンタティア所属の勇者として無視するわけにもいかなかった。
「……嫌そうだな……」
「……いえ、そんな事は……」
たしかに、司教から出された命令は受け入れ難いものなので嫌だなと思っていたが……どうやら顔に出てしまっていたようだ。
ニトロというのはペンタティア軍の大隊長の一人の事だ……性格は最悪と言っていいだろう。
本人の性格は残忍で、部下を自分の道具のようにしか思っていない人物だ……自身の戦闘力が皆無であれば馬鹿にも出来るが、自ら前線に向かって指示を飛ばしながら闘うタイプであり指示もたしかに的確であり負け無しなので性質が悪い。
そんな奴の下に就いて戦うのは正直嫌だが、勇者であってもオレに拒否権なんかなかった。
「嫌だと言ってもお前に拒否権は無いぞ?パートナーを魔物化させた挙句止めもさせぬとはな……」
「はい……え?」
そう、オレはかつてのパートナーであったセレンを魔物化させてしまった罪を負っている。
だからこそオレに向けての眼は以前より厳しく冷たいものになっており、些細な事で裏切り者扱いされる可能性だってある……信頼を取り戻すならどんな命令だってこなさないといけない。
そんな事を考えながら聞いていたのだが……今そんな考えが吹き飛ぶような事を言われたような……
「止めを……させなかった……?」
「ああそうだ。その様子ではやはりお前は知らなかったようだな……まあこれでお前が裏切り者ではない事は判明したわけだが……」
「じゃあ……セレンは生きて……」
「さあな。ただお前が刺し殺したという場所に堕天使の死体は落ちていなかった。その場から移動して力尽きている可能性もあるが、調べたものによれば血の跡はその場にしかなかったそうだ。他の魔物や新魔派の堕落した人間に助けられた可能性がある」
「そう……ですか……」
どうやらセレンの奴が生きている可能性があるらしい。
たしかにオレはセレンを刺した後息絶えるのを確認せずにその場から立ち去った……オレの事が好きだと言ってくれたかつてのパートナーの死をずっと見てなんていられなかったからだ。
だから、セレンが息絶える前に誰かに助けられていたら生きながらえている可能性もあるだろう……
「おい、嬉しそうな顔をしてるように見えるのは気のせいか?」
「……どう、でしょうね……自分でも今の気持ちがわかってません……」
指摘された通り、セレンが生きていた事にオレは少しだけ嬉しく思っていた。
いくら魔物化したとはいえ元パートナーが生きている可能性があると言われたのだ……オレの事は忘れて幸せに生きてもらいたいものだ。
そう……オレに構わずに生きてほしい……間違ってもオレに会いに来るなんてしてほしくない……
「そうか。では表面上だけでもがっかりしておく事だな。堕天使が生きていて嬉しがるのはお前の立場が危うくなると思え」
「……はい……」
もし生きているのならば、オレとしては会いたいと思う気持ちもある。
勇者としての適性を幼い頃から発現させてたオレは、産まれてから今まで誰かに対等な恋愛という好意をもたれた事は無かった。
だから、オレの事を好きだと言ってくれたセレンの事が、オレも好きだと思っている。
今更ながらなんて都合の良い事かと自分でも思うが……あいつに告白されて、初めて自分の気持ちがわかった。
だが、この考えは、この気持ちはこの国では重罪だ。魔物を好きだというこの考えは、どんな罪よりも重いものだ。
「わかったならもう下がれ。明日からニトロの元へ行き、奴の指示に従え」
「承知しました」
しかも……セレンがこの国に来てオレに会おうとするのは、自らの命を捨てに来るようなものだ。
ここは巨大な勇者輩出国……かつてのレスカティエには劣るものの、国に所属している勇者の数はかなりのものだ。
そんな国に魔物が足を踏み入れたら……生きて帰る事は出来ないだろう。
もし命が奪われないとしてもそれは奴隷として働かされるだけだ……いくらでも代わりの利く奴隷としてだ。
現にこの国には奴隷の魔物が少数ながら存在する……公には出ていないが、この教団でも過労や体罰でボロボロになっており、眼から光を失っている魔物を何体か見た事がある。
これではどちらが魔物なのか……いくら魔物と言えどあまりにも酷い事をするもんだ……そう思ったとしても、勇者という身分としては文句を言う事は出来ない。
「では……」
セレンの無事と、オレに会いに来ようだなんて考えにならないように祈りながら、オレは自室に戻って行った……
=======[サマリ視点]=======
「くしゅんっ!」
「ん?どうしたのセレンちゃん?風邪?」
「いえ、誰かが噂でもしているのかと……」
「そう?」
現在13時。
私達はペンタティアに向かう途中、食糧や生活用品を補充するために親魔物領に立ち寄っていた。
その買い物途中に突然セレンちゃんが大きな声でくしゃみをした。
セレンちゃん本人は風邪じゃないと言うが、自分で気付かない場合もあるし、もしかしたら風邪かもしれない。
「まあ噂だろ。魔物がそう簡単に風邪引くとは思えないし」
「ん〜……そういうものなの?」
「サマリお姉ちゃんだってワーシープになってからかぜとか引いてないでしょ?」
「あ〜言われてみれば……最後に風邪引いたのはまだ人間の時だったし、よく考えれば魔物になってから体力もついて身体が丈夫になった気がするな……」
しかし、よく考えたら私も魔物になってから病気に罹った記憶が無い。
それどころか滅多に疲労感が出てくる事も無くなったような気がする……これはワーシープになった事で毎日ぐっすり寝ているからだと思ったが、魔物になって基本的に身体が丈夫になったからなのかもしれない。
そういえばアメリちゃんも魔力が切れて倒れた事はあっても風邪などの病気になったのは見た事が無い……リンゴにカリンやスズなど、他の魔物の皆も特に病気になったような事はなかったな……
「まあそういうものです。人間がちょっとひ弱……という言い方はよくありませんが、実際人間でなければ人間が罹るような病気には滅多には罹りませんよ」
「まあ魔物がかかる病気もあるけどね。お姉ちゃんが魔界熱にかかったりして大変だったもん」
「へぇ〜……」
また一つ知らなかった事を知れたなと思いつつ、私達はお店を探しながら町中をうろついていた。
「でも……自分で言っといてなんだが、噂だとしても誰がセレンの噂なんてするんだ?」
「ん〜……セニックとか?」
「だとちょっと嬉しいですけど……いや、それは私が生きてるかもって噂つまりセニックが任務失敗したという噂になるからやっぱり良くないかも……う〜む……」
「考えすぎだってセレンお姉ちゃん。とにかく今はセニックお兄ちゃんに会いに行くんでしょ?」
「そうでしたね……」
なんとなくいろんな話をしながら買い物を続けていた私達。
とりあえず安くて新鮮な食糧や切れかかっていた包帯などを購入しながら、話を弾ませていた。
「さてと、あとはなにを買おうかなっと」
「まあ必要な物は大体買ったし、あとはお菓子作る材料でも買えばいいんじゃねえか?前材料が無くなったとか言ってなかったか?」
「あ、そうだったね。買っておけばまた何かしらのお菓子が作れるし、買っておこうか」
「わーいサマリお姉ちゃんのおかし〜……ん?」
そんな感じに買い物をしている最中、突然アメリちゃんが何かに気付いたようでピタリと動きを止めた。
「どうしたのアメリちゃん?」
「ん〜……お姉ちゃんの魔力を感じる気がする……」
「え!?」
そして……この街にお姉さんが……リリムが居ると言ったのだ。
「しかも……アメリの知ってるお姉ちゃんな気がする……」
「へ?という事はつまり魔王城に住んでるお姉さんって事?」
「うん、たぶんね……ぜったいとは言えないけど、感じた事ある魔力だなと」
しかも、もう既にアメリちゃんが知っているお姉さんの可能性が高いという事だ。
「じゃあそのお姉さんのところに向かってみるか?知ってるお姉さんでも会いたいだろ?」
「うん!でもお買い物が終わってからでいいよ!」
「そう?まあアメリちゃんがそう言うならいいけど……」
早速会いに行こうかとアメリちゃんに尋ねたところ、あった事あるお姉さんだからか、それとも買い物途中だからと気を遣ってか後で良いと言うアメリちゃん。
アメリちゃんはこうして遣わなくてもいいところで気を遣う事が多いなと思いつつ、ささっと買い物を済ませてアメリちゃんが魔力を感じた場所に急いで向かう事にした。
…………
………
……
…
「ん〜……たしかここら辺に感じたと思うんだけどなぁ……」
「それっぽい人は見当たらないね……ナーラさんの時のように変装しててもアメリちゃんにはわかると思うし……」
「買い物しているうちに移動したのでしょうかね……」
現在14時。
アメリちゃんがお姉さんの魔力を感じたと言う場所までやって来たのだが……そこにそれらしき人影はなかった。
「どうアメリちゃん?」
「ん〜……あっちのほうかなぁ……」
買い物や移動したりしているうちにお姉さんの方も移動したのだろう……という事でまたアメリちゃんに魔力を探らさせて、それっぽい場所に移動する。
どうやら転移の魔術とかで遠くの街に行ったわけではなさそうなため、すぐに会えるだろう。
そう思いながらある建物の前を通り過ぎようとした時だった……
「ねえヴィオラ、なんで気分転換に出掛けた先でいつもと同じ事してるの?」
「仕方ないじゃない。ユング君といるといろんな妄想が浮かんできて……」
「だろうね。まあそこはヴィオラらしいけどさ、これじゃおちおち小旅行も出来ないよ」
その建物……いかにもその為にあるような休憩所の中から一組の男女が現れた。
会話からして恋仲か夫婦だろう……男性のほうが女性よりも背が高いようだ。
そして女性の方はと言うと……白い髪と翼と尻尾、黒い角を持ち強力な魔力を持っているサキュバスと同じような悪魔型の魔物……って事はつまり……
「あ、ヴィオラお姉ちゃん!」
「ん?私を呼ぶ声がどこからか……あっ!」
アメリちゃんの反応からしてやはりお姉さんだったようだ。
お姉さんを見つけた瞬間駆け寄るアメリちゃん……どうやらあっちもアメリちゃんを見つけたようだ。
「誰かと思ったらアメリじゃない!どうしたのこんな場所で?たしか……他の姉や妹達を探すからって家出してたよね?」
「お母さんにちゃんと言ってるから家出じゃないけど……そうだよ!たまたま立ち寄った町でお姉ちゃんの魔力を感じたから探してみたんだよ。ヴィオラお姉ちゃんこそだんなさんといっしょにこんなところで何してるの?お姉ちゃんがおでかけなんてめずらしいじゃん」
「私はユング君と一緒にお買い物兼お散歩兼デートよ!たまには外に出ようってユング君も言う事だしね」
腰に手を充てそうアメリちゃんに説明するヴィオラさん……
なんとも元気なお姉さんな事だ……今の言葉からして、やはり隣の男性は旦那さんなのだろう。
「えっと……アメリのお姉さんって事でいいんだよね……?」
「うん。ヴィオラートお姉ちゃん……短くしてヴィオラお姉ちゃんっていうんだ。おうちに住んでいるお姉ちゃんで、となりにいるユングお兄ちゃんとけっこんしてるんだよ!」
「ん……そういえばアメリ、この人達は?なんか一緒にいるようだけど……」
「アメリといっしょに旅してるの!」
ようやく私達の存在に気付いたヴィオラートさん……短く言ってヴィオラさん。
ヴィオラさんの紹介はアメリちゃんに一通りしてもらった事だし、こちらも自己紹介しようと思う。
「どうも。私はワーシープのサマリです」
「俺はユウロです。訳あってアメリちゃんと一緒に旅してます」
「エンジェルのセレンです。ユウロとは違いますがワタシも訳ありでアメリと旅してます」
「なるほどね〜」
紹介を終えた後、まじまじと私達を見てきたヴィオラさん。
やはり私達は珍しい組み合わせなんだろうか……隣にいるユングと呼ばれた男の子と一緒に物珍しげに私達を見ていた。
「あ、紹介が遅れたわね!私はヴィオラート。もちろんアメリの姉の一人よ!私の愛はユング君専用だから私に惚れないでね!」
「あ、はい……」
「もちろんユング君に惚れるのも無しね!」
「え……まあそれはそうかと……」
「ん〜……なんか反応が釈然としないけどわかればいいわ!」
そう注意されたが、私もユウロもセレンちゃんもそんな気は微塵もなかった。
それもそうだ……ユウロは誰かと恋仲になろうなんて思わないし、リリムの魅了すら防ぐペンダントを持っている。
セレンちゃんだってセニックの事が好きだから他の男に恋するなんてありえないし、私は……うん、そもそも恋心がわからないのだから。
まあとにかく、そんな気が無い事が伝わったのかヴィオラさんの警戒心は無くなったようだ。
「それで隣の男の子は……さっきのアメリちゃんの言ってた事や今のヴィオラさんの言葉からして旦那さんって事でいいんですよね?」
「やっと紹介が出来そうだね。僕はユング。その通りヴィオラの旦那さ」
という事で、先程から静かにしていた男の子に話を振ってみた。
やはりヴィオラさんの旦那さんらしい……まだまだユウロと同じ位の若い旦那さんだ。
「年齢は……俺とほぼ同じ位かな?俺は19だけど……」
「ちょっとだけ僕のほうが上のようだね。まあ畏まった言い方はしなくていいよ。ちょっと前までは9歳の身体だったしね」
「あ、そう……へ?」
「ええ?」
やはりユウロよりちょっとだけ年上だったようだけど……今なんだかよくわからない発言をされたような気がする。
ちょっと前までは9歳の身体……?
「そういえばお姉ちゃんのけっこん式の時だんなさんもっと小さかったような……アメリまだ小さかったから覚え間違いかなぁ?」
「ううん、そうだよ。僕がヴィオラと結婚式を挙げた時はまだちょっとしか解けてなかったからね……セレンだっけ?君はエンジェルだし知ってるかもしれないけど、教会の少年聖歌隊って言えばわかるかな?」
「サンダリヨン中央教会って言葉も添えたら完璧ね」
「……そういう事ですか……」
「え?なになに?」
「そうですね……ここで軽々しく話していいものではないって事だけ言っておきます」
よくわからないけど……どうやら教団のよくない人達がユングさんに何かしたらしかった。
セレンちゃんは何かわかったみたいだけど、明らかに空気が一気に重くなったので、その事は置いておく事にした。
「そういえば……お二人はデートに来てたんでしたっけ?」
「そうよ!いつもは魔界で永続的性活してたり楽器の練習してたりしてるけど、たまには外界に出掛けようってユング君が言うからね!!」
「へぇ〜……もしかしてワタシ達邪魔ですか?」
「う〜ん……全否定はしないというか出来ないわ!!でもまあ家出した妹に久々に会えたと考えれば問題ナッシング!」
「だから家出じゃないってば……ちゃんとお母さんにもお父さんにもいってきますって言ってあるからね!」
とりあえず話を変えてみた。
どうやら普段は魔物らしく性行為に夢中になって魔界に籠っているようで……ん?
「楽器の練習……ですか?」
「そうだよ。僕もヴィオラも楽器の演奏をよくしているんだ」
「そうなのよ!元々はユング君がやってるのを見てやってみたいなと思ってて、ユング君に言われたからやってみたら案外簡単に吹けるようになったのよね!まあ最初は失敗してたりしたけど……」
「結婚式の時は大変だったな……」
「そうよね……まさかあんな大勢の前で演奏する事になるとは思ってもなかったわ……あれから数年は経ってるけど未だに思い出せるもの」
どうやら二人は楽器を嗜んでいるらしい。
「ヴィオラお姉ちゃんのけっこん式の時、演奏すごかったよねー!」
「そ、そう?私としては大勢の前で演奏する破目になってちょっと恥ずかしかったけど……」
「はは……まさかああなるなんて思わなかったよね……」
「まあアメリが凄かったというなら凄くよくできてたのね!さすが私!」
「うん!アメリ感動したもん!!」
「あれぐらい私に掛かれば余裕よ!!だって私に出来ない事なんかないんだからね!!」
「そこ、調子に乗らない。最後のほう大失敗して笑い物だっただろ?」
「う……でも笑いが起きて盛り上がったから大成功よ!!」
しかもお二人の結婚式の時に演奏して……失敗したらしい。
いったいどんな感じだったのか……少し気になる。
なんて思っていたら……
「ねえねえヴィオラお姉ちゃん」
「何アメリ?もしかしてまた私達に素晴らしい演奏をしてくれとか?」
「え……なんでわかったの?」
「そりゃあもちろん私の読心術よ!!」
「いや、話の流れから予想付いただけでしょ……」
アメリちゃんの提案で、その演奏が聴ける流れになってきた。
「あの〜……私もぜひ聞きたいなと……」
「あらそうなの?じゃあ私の素晴らしい演奏を聴かせてあげましょう!しかと感動するといいわ!!」
なので頼んでみたら、案外あっさりと承諾してくれたヴィオラさん。
もしかしたらこの話になってから私達に聴かせたかったのかもしれない……そう思う程ノリノリであった。
「そうは言うけどさヴィオラ……僕達今楽器持ってないでしょ?」
「あ……」
「それに僕達だけじゃなくてノワール達もいないと成り立たないだろ?」
「たしかにユング君の言う通りだわ……」
しかし、冷静に考えればこの二人は今気晴らしでデートしているのだ。もちろん楽器なんて持っているわけがない。
残念だが二人の演奏は聴けなさそうである。
それに、どちらにせよどうやら二人以外にも演奏メンバーがいるらしいので不可能であろう。
「という事で、悪いですが諦めて下さい」
「そうですか……まあ仕方ないですね」
「ざ〜んね〜ん……アメリもう一回ききたかったな〜」
ちょっぴりがっかりしながらも、仕方が無いので演奏は諦める事にした。
「さてと、二人のデートの邪魔も悪いし、俺達そろそろどこかに行くか?」
「それもそうですね。ここに立ちっぱなしと言うのも良くありませんし」
「あーそうだね。という事で私達邪魔者はこれで……」
「僕は別に大丈夫だよ。今まさにヴィオラと愛し合ってたしね」
「私はちょっとそうしてほしいところもあるけど、ユング君がそう言うし別にいいわよ。それにアメリの旅の話も少し聞きたいなって思ってたしね」
「ほんと?じゃあアメリの旅の話してあげる!」
だからこのままお話していてもデート中の二人の邪魔かなと思ってどこかに行こうとしたが、そうでもないようだし更には旅の話も聞きたいと言ってきたので、私達は一緒にこの街の中央公園に向かったのであった。
……………………
「すごい……世界にはそんなにいろんな街があるんだ……ねえヴィオラ、今度行ってみようよ」
「そうね。アメリじゃないから他の姉妹の挨拶は別にいらないとしても世界のいろんな場所をユング君と回るのはいいかもね♪」
現在15時。
中央公園にあったベンチに座り、近くで売っていたジュースとクッキーを買って摘みながらヴィオラさん達とお話していた。
どうやら二人とも普段は魔王城に籠って性交三昧らしい……まあ、魔王城に住むリリムの夫婦だし不思議ではない。
私としてはずっと性交してるよりは旅してたいと思うところだけど……それは今私に夫となる人物がいないからだろうか。
まあユウロのように旅をしている人が夫になったらそうなっていくのだろう……前にアメリちゃんがそんなようなこと言ってたしね。
「旅は楽しいし面白いよ!」
「そうみたいね。でも私はユング君との交わりが一番楽しいし面白いわ!!」
「ちょっと!?そんなに大きな声でそんな事言わないでよ」
「う〜ん……アメリまだわかんないな……」
「あと数年もしたらわかるようになるわよ!」
「なってもアレだと思いますが……まあリリムなら当たり前なんですね……」
まあ……何が楽しいのかは人それぞれだ。
夫との性行為が楽しいというのもいいだろうとは思う……なんたって愛する人との愛を確かめ合ってるようなものだから。
「サマリもユウロ……は駄目だったわね。まあ誰か男の人を好きになれば多分わかるわ!」
「はぁ……まあその時になってみないとわかりませんが……」
そして相変わらず私は何故かユウロとくっついちゃえみたいな事を言われた。
まあ考えなくもないけど……ユウロにだって事情はあるしそんな事望むのは良くないだろう。
「まあ私の事は置いといて……お二人はこの後帰られるのですか?」
「何か府に落ちないけどまあいいわ……そうね、本来ならそうしようかと思ってたけど……」
「皆さんの旅の話を聞いたら、もう少し観光したくなってきたよね」
「まさにその通り!やっぱ私とユング君は何も言わなくてもお互いを理解しあえてるわ!!素晴らしい!!」
「は……はは……」
すぐにユングさんと相思相愛である事に持っていくヴィオラさん。
まあ……魔物のあるべき姿と言えばそうなのかもしれないし、本人達が嬉しそうに笑いあっているのでいいのだろう。
「そうね……次はこの秀麗なる魔界のプリンセス、ヴィオラート様の活躍劇を語ってあげようじゃない!」
「あ、ではそれで……ん?」
そんなヴィオラさんがやたらハイテンションで自身の活躍を語ろうとした、その時だった。
急にヴィオラさんの後ろで空間が歪んだかと思えば……
「まったく、活躍劇を語るのはいいですが大きな声で騒ぐ事は無いのです」
「うわあっ!?フェルリ!いつからそこに!?」
「今まさに現れたところです。帰りが言っていた時間よりやけに遅いからと召使達が心配してるので見に来たのです。どうやら特に事件に巻き込まれてたりはしないようですね」
ピンク色の巻き毛ドリル、そして頭にぶかぶかの帽子を被った幼女……もといバフォメットだった。
「そりゃあ旅にでてた妹と会ったら話すに決まってるじゃない。遅くもなるわよ!」
「旅にでてた妹?ああ……たしかアメリですね?お久しぶりです」
「うん!おひさしぶりフェルリお姉ちゃん!」
どうやらこのバフォメットも魔王城にいるバフォメットらしい……なんだかピンクで可愛らしい。
とは言ってもやはりバフォメット……そこから感じる魔力は私でもハッキリわかる程見た目に似合わず強力である。
「まあそういう事ならいいのです。精々二人でデートでも演奏でもセックスでもしているといいです。私は帰ってアメリに会ってて話してた事を言いに行って夫といちゃつくです」
「言われなくてもそのつもり……あっそうだ!ひらめいたわ!!ちょっと待ってフェルリ!」
「わわっ!?何するのですか!?」
ヴィオラさんの無事を確認してそのまま帰ろうとしたフェルリという名前らしいバフォメット。
しかし、その途中で急に何かをひらめいたヴィオラさんに肩を掴まれて……
「ねえフェルリ、お城から私達の楽器とノワちゃん達呼んできてくれない?」
「へ?」
「アメリたち御一行が私達の演奏を聴きたいって言ったのよ。戻るとまた行きたくなくなるかもしれないからさっきは断ったけど、いい所に来たわねフェルリ」
「使いっぱしりですか……まあそういう事ならいいです。少し時間が掛かりますが呼んでくるです」
どうやら先程頼んだ演奏の事をきちんと覚えていてくれたらしく、楽器と演奏メンバーを連れてきてとフェルリさんに頼んだヴィオラさん。
「それじゃあ……」
「ええ。私達の演奏聴かせてあげるわ!」
「やった〜!!お姉ちゃんの演奏がまたきけるんだ!!」
「場所は……流石に野外は人混みが出来そうだしユング君を取られない為にも避けたいかな」
「じゃあこの街の北にある小ホールとかどうです?一応空いていれば貸してくれるらしいですし」
「決まりね!フェルリが皆を呼びに行ってる間に借りに行きましょ。もし予約が入っていてもそこはリリムである私がなんとかしてみせるわ!!」
という事で、私達は早速街の小ホールまで移動したのであった。
…………
………
……
…
「さてと、無事に借りれたわね!」
「普通に空いてて実力行使しなくてよかったよ……」
「……どんな人なんですかヴィオラさんって……」
現在16時。
小ホールの管理人であるフェアリー……じゃなくてリャナンシーっていう芸術家なフェアリー属の人に問い合わせてみたところ予約は入ってないという事で借りる事が出来た私達は、フェルリさんが戻ってくるのを待っていた。
場所を移動したので大丈夫なのかと心配になったが、いわくヴィオラさんの魔力を辿ってくるからこちらが移動したところで何も問題は無いとの事である。
「まあ自身に満ち溢れてる性格だよ……っと、来たようだね」
「お待たせです。ノワール達を連れてきたです」
という事でしばらく喋っているとホールの入口あたりに魔法陣が浮かび上がり、その中からフェルリさんと他に数人の人影が現れた。
「やっほーヴィオラちゃん!妹のアメリちゃん御一行さんに演奏聴かせるんだってね」
「そうよノワちゃん。私達の素晴らしい演奏をぜひ聴きたいって言うからね!」
「ほうほう……たしかに小さなリリムがいるな」
「こんにちはー!」
その人影は……クラリネットを手に持った銀色の長髪に赤い瞳の……一瞬リリムに見えたけど角や尻尾は見当たらないしよく見たら牙がみえるのでおそらくヴァンパイアの女性と、その旦那さんらしき三味線を手にした男性がこちらに向かってきた。
「やっほー!!小太鼓マスターエナーシア参上!!どこどこどここどー!!」
「あ、相変わらずうるさいわね……」
「私のホットな小太鼓ビートを聴きたいと言ったのはヴィオラちゃんの妹であってるかー!」
「え、ああ、うん……」
「……もしかしてアメリってエナーシアみたいなタイプって苦手?」
「ふぇ!?そ、そんなことないよ!!ちょっとおどろいただけだよ!!」
「私は苦手です」
「おっとぉ!エンジェルのお譲ちゃんは厳しいね!!」
そして、やたらとテンションが高く小太鼓をドコドコと叩きながらこちらに近付いてくるデュラハンが一人……自分の首をたまに持ち上げてるからデュラハンとわかったけど、あのテンションの高さは本当にデュラハンなのだろうかと疑問が湧く。
アメリちゃんも若干引いてるし……正直私もセレンちゃんと同じくちょっぴり苦手だ。
「ほら、ユングとヴィオラ様の楽器です。重くは無いけど持ちにくいからさっさと受け取るのです」
「ありがとう。さて、メンバーも揃ったし、早速演奏の準備をするよ」
ユングさんがリュート、ヴィオラさんがフルートをそれぞれフェルリさんから受け取り、ホールの舞台へ上がって行った。
私達はおとなしく席について準備を待つ……
「……あれ?フェルリさんは演奏メンバーに入ってないのですか?」
「私の手では外見に沿った子供っぽい楽器しか合わないのです。カスタネット叩くぐらいなら見てるだけのほうが良いのです」
「カスタ……ぷふ……」
「何笑ってるですか?私の手にかかればお前みたいな男一人ぐうの音も出ない程にボコボコにするのは楽勝ですよ?」
「え……あの……すみませんでした……」
フェルリさんだけは私達と同じように席についた。
まあたしかにバフォメットが演奏出来る楽器は少ないだろう……しかしカスタネットか……想像してみると、なんととまあ可愛らしい事か。
「さて、準備は出来たわね皆!曲は勿論結婚式の時に演奏した曲よ!!」
「ばっちりだよ♪ヴィオラちゃんも緊張して結婚式の時みたいに失敗しないようにね!」
「いやしないから!2度も同じミスはしないからね!!」
「はいはい、口論はいいから……それじゃあ始めるよ」
少しドタバタしつつも皆さん定位置についたようで、ユングさんが全員に準備できたかを確認をして……
「それじゃあいくよ。3,2,1……」
カウントが終わると同時に……
「♪〜〜♪〜♪〜〜♪〜〜〜」
小さいとはいえ、ホール全体を響き渡らせる壮大な演奏会が始まった。
「♪〜〜♪♪〜〜」
ヴァンパイアのノワールさんが奏でるクラリネットの音色が、深くその独特な音色を音に乗せている……
「♪〜♪〜〜〜♪〜」
デュラハンのエナーシアさんが軽快にスナップを利かせ叩く小太鼓の音が、まるでリズムの鼓動のように響いている……
「♪〜〜〜♪〜♪〜〜〜」
ノワールさんの旦那さんであるジオさんが弾く三味線……一人だけジパングの楽器なので一見合わなそうだったが、全く不自然無く調和している……
「♪〜♪♪〜〜♪♪♪〜♪〜〜」
ヴィオラさんのフルートは……ついウットリと聴き入ってしまうほど、柔軟に演奏の中に溶け込んでいた……
「♪〜〜♪♪〜〜〜♪〜〜♪♪〜〜〜」
そして……ユングさんの奏でる優しく澄みきったリュートの音と相まって聴こえてくる綺麗な歌声が……全ての楽器の演奏を味方にして私達に届いていた。
「♪〜〜♪〜♪〜〜」
私達は誰一人一言も話さずに……いや、話せずにこの演奏を聴き入っていた。
ユウロは少し興奮しているのか目を見開いて若干前のめりになっているし、セレンちゃんはユウロとは逆に目を閉じてウットリと聴き入ってるようだ。アメリちゃんもニコニコと嬉しそうに大人しく歌を聴いていた。
私も……身体を駆け抜ける歌や音に身を震わせながら、一瞬の音も聴き落としたくないと耳を傾けて聴いている。
「♪〜〜♪♪〜〜♪〜〜♪〜〜〜」
サビに入ったのか一層盛り上がる演奏。
ホール中を駆け巡る音楽は、その場にいるもの全ての心を高ぶらせる。
これが結婚式の時に演奏されたとなると……アメリちゃんがまた聴きたいと言ったのもうなずける。
「♪〜♪〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜」
心が高ぶっているのは勿論私達だけじゃなく、演奏してるヴィオラさん達もそうだった。
全員真剣な表情を浮かべながらも決して顔を強張らせる事無く、楽しそうに笑顔を浮かべながら演奏を続けていた。
「♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜〜……っ」
そして……盛り上がった演奏も、失敗する事無く終わり……
「……うぉおおっ!!」
「凄かったです!!」
「やっぱりお姉ちゃんたちの演奏すごかったー!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ……
私達は余韻が残る中、自然と拍手をしていたのであった。
「……ふう……どう、よかった?」
「最高でした!私達の為に演奏して下さり本当にありがとうございました!!」
「ふふ……まあこのくらい私にとっては朝飯前よ!!」
「もう夕飯前だけどね……それにヴィオラ、一音だけ間違ってたじゃないか」
「う……ほとんど目立たない時だったから気付かれてないと思ったのに……」
「あははは……でもアメリはわからなかったよお姉ちゃん。すごかったよ!!」
興奮醒め止まぬ中、感想やお礼を言ったり、駄目出しされてるのを笑ったり……それぞれが盛り上がっていた。
「ん〜やっぱり演奏は楽しいね!今度は自慢の剣で小太鼓のリズムを刻んでみせる!」
「そんな事出来ないと思うけど……きゃあっ!?」
「おっと。我が妻よ、足下には段差があるから注意して歩くのだぞ?」
「あうぅ……また転んじゃうところだった……ここに来る前も階段で滑っちゃったんだよね……」
「だ、大丈夫なんですかそれ……」
「もう、ノワちゃんらしいんだから!」
相変わらずよくわからないテンションでよくわからない事をエナーシアさんが自身の首を回しながら言っていたり、舞台の上を歩いていたノワールさんが落ちそうになったところをジオさんが間一髪助けたりと、演奏が終わった後もその場で盛り上がっていたのだった……
……………………
「それじゃあ私達はお城に帰る事にするわ。フルートの演奏した後ソーセージなんて食べてたらユング君のソーセージみたいな笛も演奏したくなってきちゃったしね!」
「またそれ?まあヴィオラらしいけど……」
「ははは……」
現在19時。
折角だからと皆さんと夕食を一緒に食べた後、ヴィオラさん達がムラムラして来たからとそれっぽい理由で帰る事になったので、私達は再び公園に行きお別れの挨拶をしていた。
「しかしサマリってホント変わってるわね。元人間だと言っても魔物になれば男の子とエッチしたいと思うものだと思うんだけど……エナーシアもそうだし」
「否定は全くできないけど常日頃から脳内お花畑ピンク色のヴィオラちゃんよりはマシだよ!」
「どうだか……」
「私達魔物だからそんな気持ちになるのは仕方ない事だと思うよ♪」
「ん〜……そう言われましてもね〜……」
今日1日、なんだかやたら性に消極的な私について絡まれた気がしないでもない……そう言われても困るのだが、どうにもヴィオラさんは納得してないようだ。
「まあ私の手にかかればサマリをエッチな気分にさせる事もたやすいけど……」
「だめだよヴィオラお姉ちゃん!!」
「冗談よ冗談。アメリもこんな感じに怒るし、それにあまり強制的にそういう気分にさせてもよくないかなって思わなくもないからやらないわよ」
「はぁ……」
まあ、旦那さんがいるリリムなのでちょっぴりお節介もしたくなるのであろう……こればかりは私自身どうしたらいいのかわからないので放っといてもらう事にしよう。
「それじゃあそろそろ行くです。別にヴィオラ様なら置いて行っても問題無いですが皆で帰るなら別れの挨拶を済ませるのです」
「そんなにせかさなくても……」
「そうね。ユング君との性活が短くなっちゃうもんね!という事で皆さようなら!妹の事よろしく頼むわね!」
「はい!」
「バイバイヴィオラお姉ちゃんたちー!!またおうちの近く通るような事あったらその時は会いに行くからねー!!」
そうこうしてるうちにフェルリさんが急かし始め、ヴィオラさんも早くユングさんと交わりたい気持ちが蘇ってきたので、あっさりと挨拶を済ませて魔王城まで転移したのだった。
「なんか……元気な人だったね」
「うん!ヴィオラお姉ちゃんあんまり悩みがないお姉ちゃんだからね〜」
賑やかな人達が一辺に居なくなった事で、辺りが急に静まり返った。
「さーて、宿を探しに行くか!」
「結構な時間ですからもう空いてないかもしれませんが……まあ探してみますか。あの素晴らしい演奏を聴けたおかげかまだ元気はありますからね」
「本当に凄かったよねヴィオラさん達の演奏……失敗したって言ってたけどあまり目立ってなかったからわからなかったしね」
「けっこん式の時はものすごい失敗しててアメリも大笑いしちゃったけどね!でも今日は最初から最後まですごかった!!」
その静けさもすぐに無くなり、私達のお話で賑やかに変わった。
今日の感想を言い合いながら、私達4人は宿を探しまわるのであった。
13/07/14 23:51更新 / マイクロミー
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