連載小説
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伏魔都市クロスボール 〜樹霊の願いと、乙女の有り様〜
 サイクロプスのコーリュールさん、お仕事は鍛冶職人。紫の髪に青い肌は珍しいけれど、それよりも、一本角の下にある一つの大きな目が凄く印象的な人だった。
 雨雲に、海の青を垂らしたみたいな色合いで、濡れた剣のような煌めきを帯びている。後でアシュリーが教えてくれたんだけど、青鈍色(あおにびいろ)って言うんだって。
「あ、あのぅ……」
 コーリュールさんの青い頬が赤くなった。
「ミー君、レディの顔をそんな風にマジマジと見てはいけないよ?」
「も、申し訳ありません!」
 アシュリーにたしなめられ、慌てて頭を下げる。とんだ不作法を働いてしまった。
「い、いや、わたしは別に……」
 大柄な体を小さく縮め、お向かいに座る彼女は恥ずかしそう。
「顔なら、私が後でいくらでも見せてあげようじゃないか。ベッドの上で、嫌と言うほど、ね」
「おい、淫魔」
「なんだい? ああ、君もいつもみたく、涙と涎で二目と見られぬ顔にしてもらうといい」
「きさっ、貴様こんな衆目の中で!? しかも日中に! 恥を知れ!」
「恥なら知っているよ。興奮を引き出す最高の調味料さ」
 サーラは頭に血が上りすぎて、言葉が出ないみたい。かく言う僕も、顔が真っ赤なのが解る。
「さ、三人は、夫婦なの、か?」
 とつとつと紡がれた言葉には、なんだか切羽詰まった響きがあって。
「今はまだ婚約関係に甘んじてはいますが、いずれは然るべき場所で式を挙げたいと思っています」
 恥ずかしかったけれど、大事なことだからハッキリ言葉にした。
「リーフィ♥」
「ミー君♥」
 両隣から腕を抱かれ、体温と柔らかさが伝わってくる。

 そして、

「うそ〜、そんなぁ〜〜〜」
「女の匂いがしなかったからてっきり……」
「まだ結婚してないならワンチャンあるって!」
「隣にいるの、ドラゴンでしょ? 喰い殺されるわよアンタ」
「美少年おちんちんで処女卒業しようと思ってたのにぃ!」

 なんだか周りの席から変な会話や呻き声がきこえてくるんだけれど……。
 でもそんなことより、今はコーリュールさんだ。それにお医者様のことも聞かないといけない。
 そして当のコーリュールさんは。
「じ、実はあなた達に相談がある! い、医者は知ってるから、その代わりっ、その代わり……」
 勢い込んで話し始めたのは良かったけれど、だんだんと尻すぼみになっていく。
「僕たちでお役に立てるなら。ね、二人とも?」
「うん、リーフィに従うよ、良き妻として」
「ああ、旦那様の仰せのままに」
 僕たちの返答に、大きな目の中で瞳孔が広がった。安心して力が抜けるみたいに。サイクロプスという種族の人達は、みんなこんな風に表情が豊かなのかな?
 表情って、伝染するんだ。それを僕は最近知ったのだけど。だから、僕の頬が緩んでしまっても仕方がないこと。
「……きみは、わたしがこわくないか?」
 唐突なコーリュールさんの言葉に、理解が追い付かない。
「こわいって……何がですか?」
「い、いや、わたしを見て、その……」
 言葉に促され、改めて彼女を見る。けれど、怖い所なんて見当たらない。強いて言うなら――。
「そこに置いてある物が凄く大きいから、当たったら痛そうで怖いです」
 『ハンマー』と言うらしい、彼女の隣に置いてある物体を指さして言った。
 すると、

「――プッ」

 え、なに? 
「くくっ、あは、あはははは!!」
 いかにも寡黙そうだったコーリュールさんが、大声で笑い始めてしまった。
 僕は訳が分からなくて。助けを求めて左右を見たけれど、サーラもアシュリーも、ただ嬉しそうに笑って僕の頭を交互に撫でるだけで、何も言ってはくれなかった。



 ひとしきり笑うと、コーリュールさんは謝罪した。目許に涙を溜めたまま。それで、質問の意図を打ち明けてくれたんだ。
「わたし、皆と違って目が一つだから、怖がられることが多いんだ。でもこんなわたしを、その、好きだと言ってくれる男性がいて。嬉しかったけど、怖かった。からかわれてたらどうしよう、って。けど、きみの言葉でふっきれた。その人と付き合ってみる」
 『ハンマーが怖い』なんて言葉のどこが切っ掛けになったのか、僕にはさっぱり解らなかったんだけど。コーリュールさんのお役に立てたみたいで嬉しい。
 彼女の笑顔に釣られて僕も笑うと、

 ――ワアアアァァァ。

 喚声が上がった。

 見れば、周囲のお客さん達が皆立ち上がって、喜びの声を上げたり、隣の人と抱き合ったり、拍手したりしてる。
「コーリュールおめでとう!」
「やっと踏ん切りが付いたか」
「あぁ、独り身同盟がまた一人減った……」
「付き合うかどうかで悩んでたなんて、なんて贅沢な!?」
「ちょっとそのハンマー触らせてよ。御利益があるかも」
「私も勇気出してみようかなぁ……相手いないけど」
「今日は幸せ者の奢りよ! じゃんじゃん注文しましょ!」
 群がってきた女性達に取り囲まれ、コーリュールさんはもみくちゃにされる。
「ひゃぁっ?」
 誰かの手が僕のお尻に偶然触れて、ビックリして変な声が出ちゃった。恥ずかしい。
「ちょっ、ちょっとみんな! わたし、この人達を案内しないと!」
「そんなのあとあと! そこの三人も一緒にお祝いよ!」
「そのお誘いは有り難いんだがね、我々は少し急いでるんだ。だが祝いの場に水を差すつもりはないよ。コーリュール、場所を教えてくれないかな?」
「場所は、北東区画。南北通りの中程から東に入って一筋目に、白澤がやってる診療所があるから」
 そこまで言うのがやっとで、大柄な彼女の体は女性陣の中へと消えた。
「行こうか」
「ああ」
「うん」
 そうして僕たちは、〈宝石箱〉を後にした。



 〈宝石箱〉のあった南区画から〈噴水広場〉を経由し、南北通りを北上する。
 この街は広い。以前の僕だったらとてもじゃないけど体力がもたなかったと思う。けど、インキュバスになった今では大して疲れもせずにこうして歩き回れるんだ。もとより体力自慢のサーラや、そもそも魔物であるアシュリーは言うまでもなく。
 馬車に乗らず自分の足で歩くのって、なんて楽しいんだろう。それも、こうして風景を楽しみながら。

 花屋の香りを胸いっぱいに吸い、宝石店の煌めきに目を奪われ、オープンカフェで語らう楽しげな声を耳にしながら……。
 見上げれば、青空を白い雲が泳ぐ。
 視線を戻せば往来を人々が行き交い、それぞれの歩調で石畳を奏でる。

 ここら辺は特に賑やかな空気がある。若い人達が多く、みな着飾っているのかな? 服装に使う色合いが多彩だ。それから、よく東の筋に入っていく男女を見かける。
「ミー君は、彼らが気になるのかい?」
 若い男女を目で追っていたのを、アシュリーが気付いたみたい。つば広帽子の下で、紅い目が楽しげに細められている。
「うん。似たような雰囲気の人達が、よくあっちの方に曲がっていくなぁ、って」
「よし、じゃあ行ってみようか」
「何かあるのか?」
「それは行ってのお楽しみさ」
 勿体ぶった言い回しに興味をそそられ、僕たちも東へと角を曲がった。



 ズラリと並んだ宿屋の通り。
 その至る所にある宿屋から、男女が出入りしているみたいだった。
「ここはね、〈逢瀬通り〉って言うんだ」
「逢瀬?」
「逢い引き、密会のことだよ。恋人同士が忍んで会うんだ」
「どうして人目を忍ぶの?」
 見たところ、あまり忍んではいないように見えるんだけど。
「あれは、シェーペールの民か。相手は……フーァルスタイレ人だろう。あっちは恐らく、モールギャータ人とシェーペール人。なるほどな」
「どういうこと、サーラ?」
「トリフォリウム島の三国はね、決して仲が良いとは言えないの。国境を越えた恋愛は、法で禁じられている訳ではないけど、その……周りからは祝福されないのよ」
「どうして?」
「遠い昔に血みどろの戦があって、その恨みがまだ消えていないの。他にも細々とした問題があるわ」
「そうなんだ……」
 知らなかった。王族なのに、自分の国のことをちっとも解ってなかったんだ。すごく、恥ずかしい。
「ミー君は今、こうして島の歴史を知った。世情もね。その知識は宝になるし、将来きっと役に立つよ」
「うん」
「それからね、逢瀬を楽しんでいるのは人間だけじゃないんだよ」
「え?」
 知らず、下がっていた目線を上げて、白い顔を見る。
「例えば、あそこのカップルは人とマーメイドだし、あっちは人とワーウルフ、向こうは人とトロールだね」
 ほっそりした指が女性達を指し示す。どの女性も人にしか見えない。きっと人化の術を使ってるんだね。
「国境などに縛られぬ魔物が、なぜ忍んで会う? いや、魔物なのだから人目は忍ぶだろうが、“ここ”でなくとも良かろう」
「まずは距離の問題だろうね。ちょうど中間地点で、会うのに都合が良い。それから国境はないけれど、彼女たちにも住処がある。どちらかが片方の“家”に引っ越せばいいんだが、それぞれに生活があるからね。人間側も、家族や仕事を気軽には捨てられまい。〈親魔物領〉のように、大手を振って魔物が暮らせる国ならば、色々と楽な話しなんだけれど」
「親魔物領、か。その様な国があろうとは、にわかには信じ難い。が、お前が言うならあるのだろうな」
「親魔物領?」
 サーラはなんだか聞いたことがあるみたいだけど、僕は初耳だった。
「魔物に理解があり、彼女たちに友好的な国のことさ。中には魔物自身が統治する国もある。ここ中立都市もそう言った傾向はあるけれど、この島自体が〈教団〉の強い影響下にあるからね。なかなか難しいところかな」
「そうなんだ。魔物が治める国……」
 そこは一体、どんな国なんだろう。
 僕が、乏しい知識と経験を総動員させて、あやふやな夢想に浸りかけた時だった。

「――私にはね、夢があるんだ」

 その声は力強くて。
 紅い瞳は……僕の知らない遠くを見ているみたい。

「アシュリーの、夢?」
 その横顔を見上げながら、僕は問う。
「ほう? お前にそんなものがあったとはな」
 言葉自体は揶揄するようだけど、サーラの表情は真剣そのもの。
「このトリフォリウム島を、人と魔物が手を取り合って暮らせる、平和で豊かな島にしたい。差別も、争いもない、ね。そう、『物語』の中に出てくるような理想郷に。…………一人の愚者の、馬鹿げた望みでございます」
 噴水広場で見かけた道化師みたいな、大仰で、どこか滑稽なお辞儀。だけど外連味の奥には、隠しきれない“熱”みたいなものがあったと思う。
「いいや、そんなこともなかろう。こうして魔物になり、長い寿命も得たのだ。退屈しのぎに見届けてやってもいい」
「アシュリーの夢、素敵だと思う」
「そうかな? ……ふふ、ありがとう」
 黒い帽子と、白い髪とに隔てられた向こう側で、いつもより少しだけ幼く感じる声がした。
 けれど、上げられた顔はいつも通りの大人なお姉さんで。
「きっとミー君のお陰だね」
 そう言って、アシュリーは何故だか僕の頭を撫でた。
「僕の?」
「うん……おや?」
 何が僕のお陰なのか、気になって話しの続きをせがもうとしたんだけど、紅い目が何かを見付けたみたいだった。
「どうしたの、アシュリー?」
「見てごらん、あれは珍しい組み合わせだ。ドワーフの女性と、男性の方はエルフだね」
 目を向けると、すらりと背の高い男性と僕よりも小さな女の子とが、仲睦まじげに歩いているのが視界に入る。
「エルフとドワーフというのは、伝え聞くところによると仲が悪かったのではなかったか?」
「そうだね。だから、とても珍しいカップルだよ」
「そうなんだ……あ」
 お話しに夢中だったエルフ男性が、人にぶつかっちゃった。

 ガチャン。

 何かが地面に落ちて割れた。
 そして――エルフさんはいきなり相手の人から胸倉を掴まれた。
「おいこらテメェ、どうしてくれんだ、え? ジパング伝来の焼き物がパァ〜だぞ。コイツに金貨何枚はたいたと思ってんだ? 弁償だな」
「うわっ、粉々じゃあねーか! ジパングもののトージキはたっけーぞぉ?」
「べんしょーだ、べんしょー」

 揉め事の当事者だけじゃなく、周囲から複数の男性が集まってきて、エルフとドワーフの男女を取り囲んだ。総勢六人もいる。
「これはこれは、目の覚めるようなあくどいやり口だね」
「どうせ詐欺師の類いだろう、虫唾が走る。リーフィを頼む」
「待ちたまえ、私が行くよ」
 一歩を踏み出そうとしてたサーラを押し止め、アシュリーが渦中に向かう。
 二人は凄く強い……僕とは違って。だからこういう時、きっと出しゃばらない方が良いんだと思う。情けないけれど。
「詐欺師って、騙す人だよね?」
「そうね。自分では何も生み出さないどころか、人を陥れて金品をせしめる、人間のクズよ」
「でも、実際に何か落ちて割れてるけれど」
「どうせ安物よ。この〈逢瀬通り〉に来る人達は忍んで来てる人達。何かあっても大事にして耳目を集めたくないはず。ましてや衛兵なんてね。お金で解決できるなら、そうするんでしょう。それを見越してるんだわ」
 サーラと話している間に、アシュリーは集団に話しかけていた。

「どうしたんだい? 何か揉め事かな?」
「んだテメ……ェ……」
 胸倉を掴んでいた男性も、周囲を取り巻く人達も、絡まれていた男女さえも、アシュリーを見てポカンと口を開けている。
「ちょっと失礼。おや、焼き物が割れてしまってるね。これが揉め事の種かい?」
「……え……あ、あぁ……」
 問われた方は完全に気勢を殺がれ、険を帯びていた顔は、今ではだらしなく緩んでいる。お仲間らしい男性達も似たようなもので。
「不注意から、ぼくがこの人にぶつかってしまいまして」
 エルフ男性――人化の術で人にしか見えない――が口を開いた。
「グラースラ、人が好すぎだよ! 絶対コイツらわざと――」
「まあまあ」
 捲し立てようとしたドワーフ女性を、アシュリーが手で制する。
「お兄さん、この焼き物はどういった謂れの物なのかな?」
「あ? ……あ、ああ、えぇと……ジパングの舶来モンで、名のある職人が手掛けたトージキだ」
 その人の語り口は、なんだか覚えたことをそらんじるみたいに不自然だ。
「ほう、ジパングの? それでこれは、陶器かな? 磁器かな?」
「は? え……えぇと……」
 問われた男性は助けを求めるみたいにキョロキョロ周りを見るけど、お仲間のはずの男性陣は、みな視線を逸らすばかり。
「……と、トーキだ」
「ふぅむ。私はこう見えてジパング通でね。見たところ」
 アシュリーは、白い指で割れた欠片をそっとつまみ上げる。ただそれだけの仕草が、みんなの視線を惹き付けてしまう。
「ああ、これは陶器ではないね」
「おっと間違えちまったぜ! ジキだ! そいつはジキだった!」
 慌てて言い直す男性を余所に、持ち上げた欠片を陽に透かし。
「光を透さず、こうして指で弾いても」

 カツン、と鈍い音。

「これは、磁器ではない。そもそも『うわぐすり』が塗られてないから陶磁器ではない」
「は、はあぁ!? なに言ってんだアンタっ、まさイチャモンつけてんじゃねーだろーな! だいたい、トーキだかジキだか知らねーがよ、コイツは金貨五枚で買った一級品なんだよ! それをッ――」
「まあまあ。お兄さんの気持ちは痛いほど解るよ。大切な物なんだろう? 恋人にでも贈るつもりだったのかな?」
「え? ……あ、ああ、そうさ!」
「しかしこれは単なる素焼き物で、大した値打ちはない。というか、これと全く同じ物を骨董市で見かけたよ」
「なっ? うっぐ」
 男性は焦ったみたいに表情を歪め、周囲の人達も気色ばむ。
 でも、そんな雰囲気には全く臆せず、アシュリーは言った。
「お兄さん、きっと騙されたんだね。世の中には悪い奴がいるものだ。けれど、ここにいる誰もが被害者で、誰も悪くないのさ。悪いのは、お兄さんの心に付け込んだ“詐欺師”だけさ」

 炯眼が、男性の目を射る。

「うぅ……」
 その紅に圧されたように、いつの間にかエルフ男性の胸元から手を離してたその人は、一歩、後退った。
 周囲も、どうしていいのか判らないみたいで、目配せしあっている。
「今日は運が悪かったね。ささやかだが、これでお酒でも飲んで“忘れてしまう”ことさ。そちらのお友達もご一緒にどうぞ」
 完全に場の空気を支配してしまったアシュリーは、銀貨を二枚取り出して男性の手に握らせる。
 手渡された男性は、目を白黒させながらも『何が何だか解らない』といった感じに頭を下げ、この場を去って行った。周囲の男性陣も、戸惑いながら後に続いて。

 残されたのは、絡まれていたカップルと、僕たちだけになった。

「困っていたところを、有り難う御座います」
 グラースラと呼ばれていたエルフ男性が、アシュリーに頭を下げる。
「あんた凄いじゃないか! あのロクデナシどもを口八丁で追い払うなんてさ!」
 小さな体をピョンピョン弾ませ、悦びを露わにする女性。
「こ、こらパーシュテっ、そんな物言いは失礼だよ!」
「だって本当のことだろ? まあ、あたしが本気を出しゃあ、あんな連中ギッタンギッタンに伸して、畳んで、丸めてポイ、だったのに!」
 言葉に合わせてリズム良く、パーシュテさんの身振りは見ていて楽しい。
「そんなのは野蛮だよ。ぼく達には考える頭と意思疎通を可能とする口があるんだからさ」
「なにおう!? あたしが山育ちの野蛮人だってか!」
「そんなことは言ってないだろう? こちらの女性みたいに、もっと平和的解決を――」
「あんたっ、グラースラ! この人がちょっと美人だからってっ……いや、だいぶ美人だからってそんなこと言うんだろ! 顔か!? それともおっぱいか!?」
「こんな往来でやめておくれよパーシュテ! ああ……」
「ふふ、仲の良いことで」
 笑ったアシュリーは、声を潜めて続けた。
「ところでお二人さんはエルフにドワーフとお見受けしたが、珍しいカップルなんだね」
「へえぇ? よく判ったね? お察しの通り、あたしはフーァルスタイレのドワーフで、名はパーシュテってんだ」
「ぼくはシェーペールのエルフで、名はグラースラと申します。先程は本当に助かりました。後ろにおられるのはお連れの方ですか?」
「ああ、そうだよ」
 言ってアシュリーは僕たちを手招きした。
「私達は皆、シェーペールから来た旅行者でね。私はアシュリー。こっちの子はミー君で、隣はサーラ」
「おお、シェーペールからの。旅行ですか……。ところで、つかぬ事を伺いますが、この街で一番安い宿をご存じではありませんでしょうか?」
「安宿かい? 一番となると……心当たりはないねぇ。しかし、どうしてそこまで安さを? 路銀が心許ないのかな?」
「はい、恥ずかしながら」
「あたしら、ドワーフとエルフだろ? 恋愛は御法度なもんでこうして逢瀬通りで会ってるんだけどね……何度か逢い引きを繰り返してたら、金がなくなっちまってね」
「お互いの里を出て一緒になろうにも、伝もなく暮らす場所にも困ります」
「大陸に行けば親魔物領があるんだろうけどさ、そんな旅費はないしねぇ」
 いやぁ〜困った困ったと、あっけらかんと笑うパーシュテさん。
「なるほど、そういうことなら」
 一つ頷くと、アシュリーは外套の下から短剣を取り出した。
「これを持ってクロスボール伯爵の所へ行くと良い。『アストライアからの紹介だ』と言って訳を話せば、悪いようにはしないだろう」
「なんと、中立伯と誼のある御方でしたか。アストライアさん……ん? アストライア?」
 何か引っかかったみたいに首をひねるグラースラさんと、その隣では、短剣を見るパーシュテさんの顔が見る見る強ばっていく。
「こ、これ、この紋章! 魔王陛下の……じゃあ、あなた様は?」
「野暮な詮索は不要に願うよ。さ、早く行くと良い」
 二人はマジマジと顔を見合わせていたのだけれど、やがて、真剣な表情でアシュリーに正対した。
「……重ね重ね、お礼申し上げます」
「ありがとございます!」
 深々と頭を下げる二人を、笑顔のアシュリーが手を振って急き立てる。すると、名残惜しそうにしながら、二人は〈常葉の森〉のある西へと去って行った。

「お前の独擅場だったな」
「凄く格好良かったよ!」
「ふふ、惚れ直したかい、ミー君?」
「うん!」
「そ、そうかい……?」
 自分で聞いたことなのに赤くなるアシュリーが、なんだか可愛らしい。
「おほん」
 サーラが咳払いをした。
「あの男女のことは良いとして。ならず者どもへの対応は、ちと甘過ぎはしなかったか?」
 サーラの視線は鋭い。僕はとっても良い解決方法だったと思ったのだけど、ダメだったのかな?
「君の言いたいことは判るつもりだ。彼らは手慣れていた。また繰り返す可能性は……残念だが、高いだろうね」
「ならば、何故?」
 紅玉みたいに透き通った瞳が、碧眼と向き合う。それから同じ色した青空へと視線を上げて、彼女は言った。

「人を、信じたい」

 この言葉に、虚を衝かれたみたいにサーラの強ばった雰囲気が揺らぐ。
「暗い場所でこそ輝く星々のように、誰人の心にも善なる光が灯ることを……愛の輝きを、私は信じたい。母様が信じる人間を。君たち二人が教えてくれた、綺麗な輝きを……」

 そう語ってくれたアシュリーの瞳は、まるで星のように紅く瞬いていて。僕は、その煌めきを忘れることは無いと思った――。



   * * * * * * * * *



 ルーナサウラに『ならず者』呼ばわりされた六人は、歓楽街へ向かう最中だった。
 五人が往来の真ん中を我が物顔で闊歩し、遅れて一人――銀貨を握らされた男が思案顔でついていく。

「さっきは横やりさえなけりゃあなぁ」
 先頭の男が舌打ちすると、後続がそれを引き継ぐ。
「しかしよ、銅貨一枚が銀貨二枚だぜ、え〜とぉ?」
「二百倍だ、バカ」
「その前はもっとせしめただろ」
「そりゃ、何回か繰り返した合計が、だろ? 今回は一発で銀貨二枚だぜ!」
「おめでてー女もいたもんだ」
「貴族のお嬢がお忍びで来てたのさ」
「あんな安宿街にか?」
「今頃ァ、男とズッコンバッコンってか?」
「クソッ、あんな上玉とかよ! オレもヤりて〜」
「相手にされるかよ! テメーはそこらの立ちんぼでも買ってろ」
 ぎゃはは、と下卑た笑いが上がる。
 最後尾の男は、上の空で話しには混じらない。

 ぽすん。

 先頭の男が子供とぶつかり、その子は尻餅をついた。
「ご、ごめんなさい」
 あどけない、まだ十にもなってない年頃だろう。地べたに座ったまま、男の子は謝った。
 だが。
「いてぇな、こらクソガキ」
 ぶつかった男は、そんな年端もいかぬ子供相手に凄むと、石ころを蹴り飛ばす気軽さで、足を振る。
 身なりが良ければ親を捕まえて金をふんだくるつもりだったが、相手はどう見ても平民の子。価値は、無い。

 男の足が子供に当たる、その直前だった。

「いてえッ?」
 蹴り出した足のふくらはぎ辺りに、飛んできた石ころがぶつかった。体勢を崩し軌道の変わった蹴りは、標的から逸れる。
 足を抱えてうずくまる男と、何が起こったのか理解の追い付かないゴロツキ達。

 そこへ、一人の女性がやって来た。

「大丈夫? 怪我はないかしら?」
 噴水広場でリュートを奏でていた少女――静流であった。
 しかし、あの時は簡素な平服姿だったのに対し、今は『水干』というジパングの着物に身を包んでいる。烏帽子は被らず、太刀も佩いてはいない。たが、純白の上下には領巾(ひれ)と呼ばれる羽衣状の飾り布が十条、歩みに合わせて緩やかになびいている。
 静流は男達になど目もくれず、子供の側にしゃがむと顔を覗き込んで尋ねた。
「うん、けがしてない」
「そう、良かったですわ」
 ふわりと笑んで、そっと子供を立たせてやる。
「ちゃんと前を見て歩くのですよ?」
「うん。ばいばい、おねえちゃん」
「ふふ。ええ、ばいばい」
 手を振って子供を見送る少女に、やっと痛みの和らいだ男が勢いよく立ち上がった。
「この石ァ、てめぇかアバズレ!」
 品性の欠片もない癇癪声に、黒髪の乙女は振り向く。
 夜空を思わせる黒髪と、整った相貌の中で、何色にも染まらぬ黒曜石の瞳が煌めいている。未だ汚れを知らない白雪を纏った姿は、この乙女によく似合った。
 男達はみな惚け。
 だが、怒れる男は、その清らかさにこそ、獣欲をたぎらせた。
「おい」
 丁度、女の話をしていたのだ。この女を、商売女とは比べるのもおこがましい白百合の乙女を、好き放題抱いてやろう。今日は運が良い。
 無造作に手を伸ばし、着物の胸元を掴んだ。

 刹那。

 静流がくるりと身を翻す。
 それで、着物に巻き込まれた男の指は、全部折れた。ついでに手首も。
「っギャアアアァァァーーーッッッ?」
 男の絶叫が往来に響き渡る。
 だが、そこで終わりではなかった。
 男と背中合わせになった体勢から、深々とお辞儀をする。まことに綺麗な所作で……こんな場面でなければ、見物人も見惚れただろう。
 腕を極められた状態で、乙女の背に担がれた男は、

 ボキリ。

 肘は折れ、肩は外れて――背負い投げで石畳に打ち付けられた。
 男に意識は、ない。
 この間、静流は指一本動かしてはいない。恐るべきことに。

 場を、静寂が包む。

 下げていた頭を優雅に起こし、静流は言った。
「気安く触れるな、下郎」

 顎が落ちそうなほど度肝を抜かれたならず者達であったが、一人が硬直から立ち直り、静流へ殴りかかった。他も、後に続く。
 だが、結果は同じで。
 ある者は着物に、ある者は領巾に巻き取られ、硬い石畳に投げられる。またある者はただ躱されて壁にぶつかり、足を払われて顔面から転ぶ者もいた。
 そうして、五人全部が地に伏した。

「お〜い、シズル〜って、すっげー叫び声が聞こえたと思ったら、なぁに暴れてんだよ」
 群衆をかき分けて現れたのは、踊り子のナスィームである。
 いや、楽士と踊り子に身をやつしてはいるが、二人は勇者候補なのだ。
「ナスィーム。いえ、害虫駆除をしていただけですわ」
「あ〜……。どうせこいつら、子供でもいじめてたんだろ?」
「あら、よくお分かりで」
「シズルは子供がらみだとキレやすいからなー。しかしこりゃ、衛兵への説明が面倒臭ーなー」
「わたくしとしたことが、つい、我を忘れてしまいました」
「あ〜んと……なぁ、そこの兄さん」
「……は? オレ?」
 ナスィームが声をかけたのは、一人だけ騒ぎに荷担しなかった、最後尾にいた男だった。
「そう、あんた。一部始終を見てたんだろ? 衛兵に説明すんの、手伝ってよ」
 一応この男も一味であるとは知らず、ナスィームは人好きのする笑顔で言ったのだった。
16/05/09 20:32更新 / 赤いツバメと、緑の淑女。
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■作者メッセージ
話の展開が遅くて、本当に、本当に申し訳ありません。次話で白澤の医者が出ます。エロは……もしかすると出せる、かも?

他の作家さんのSSみたく、イチャイチャやエロエロが少なくて心苦しいです。どうにかこうにか頑張ろうと思いますので、読んで下さってる方、どうか見捨てないで下され...

……『暴力表現』タグを追加した方がいいでしょか? え?それよりもお前のは『エロなし』だろーが詐欺師め、ですって?

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33