連載小説
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伏魔都市クロスボール 〜樹霊の願いと、宝石箱〜
「魔術師に、動く人形に、樹木の精霊か。もはやおとぎ話だな」
「ドラゴンの君が言うかい?」
 サーラの呆れたような言葉に、アシュリーが楽しそうに指摘する。
 そう。クロスボール伯爵は魔術師だった。それも、何百年も生きている。
 初めに僕たちが会ったのは伯爵が操る人形で、本当の伯爵はトーィルさん――ドリアードの奥さんと一緒に、この大木の中で暮らしてるのだとか。
 世間には『代々の当主は、同じ名を襲名している』と言ってごまかしているのだけれど、やっぱり不思議がる人はいる訳で。いい噂話の種になっているみたい。
 お人形の伯爵は、夫婦の側で微動だにせず立ち尽くしている。
 仲睦まじそうなご夫婦だな、と思う。
 常にピッタリ寄り添い、奥さんはニコニコ微笑んで、旦那さんはその人を守るみたいに背筋を伸ばしている。
(これが、理想の夫婦の形なのかな?)
 夫婦って、みんなこうなんだろうか。それとも、魔物だからこうなんだろうか。
 僕がボンヤリそんなことを考えていると、また、“あの声”が聞こえた。
 今度は、辛うじて聞き取れる声が。

『た……けて……』

「だぁれ? どこにいるの?」
「リーフィ?」
「……」
 サーラとアシュリーの視線を感じる。それに、訝しそうな伯爵夫妻の視線も。
 だけど僕は、凄く不躾だとは思いながら、意図的に皆を無視した。目を閉じて、耳を澄ませる。
 すると。
『たすけて……』
 聞こえた。
 目を閉じたまま、声のした方にゆっくり近づく。たぶん、ここら辺からだろうと思う場所に手を伸ばし――指先に触れた感触に、目を開ける。
 眼前には、大木の根元。そのゴツゴツした幹の一部をびっしり覆い尽くす、ツル草。屋敷を覆うツル薔薇とは違う感じがする。麗らかな春を謳歌するように萌え出づる草木たちと違い、葉がなく、花も咲かず、実も付けていない。そもそも、緑を置き忘れてきたみたいに白っぽく、どこか病的にすら見える。
 触れた指先から、その子の想いが伝わってくる。
『だれか、たすけて。だれか、ころして』
 胸が切り裂かれる思いがした。
「どうして、ころしてなんて、言うの?」
 慎重に喋らないと、涙が零れてしまいそうで。
 背後で、誰かのはっとする気配が感じられた。
『わたしを、ころして。おかあさんを、たすけて。だれか、だれか』
 僕はもうそれでダメになって、しゃくりあげてしまった。



 急に泣き出した僕を、サーラが抱きしめてくれた。身長差がありすぎて、胸に顔を埋める形になってしまう。幼なじみの体温と、胸の柔らかさと、心臓の鼓動とが、心を落ち着かせてくれる。
 アシュリーも、たおやかな手で僕の手を握ってくれた。いつもは……なんだかこんなことを言うと失礼だけど、やりたい放題している普段と違い、控え目な気遣いが伝わってきて、胸が温かくなる。
「もう、だいじょうぶ。二人とも、ありがとう」
 そう告げると、二人はそっと離れて――けれど、側に寄り添ってくれる。夫婦の形も、愛の意味も分からないけど、この二人は僕の大切な人で、そして家族なんだと、胸を張って言える。

「ミリシュフィーン殿下」

 柔らかな声がした。トーィルさんだった。
 こちらへ歩み寄る彼女を、伯爵が付き添って横に並ぶ。
「足が……」
 サーラの呟き。
 見れば、トーィルさんは片足を引きずっている。だから伯爵は常に寄り添い、腕を回し彼女を支えているんだ。
「恥ずかしい所をご覧に入れてしまいました。それから、僕はもう王族ではありませんので、ただ名前でお呼び下さい。その……その方が、親しみも感じられますし」
 僕の言葉に夫妻は顔を見合わせ、頷いた。
「ではミリシュフィーン。わたし達のことも名前で呼んで頂戴ね?」
 そう言って微笑んでくれたその顔は、やっぱり優しくて。『おかあさんをたすけて』と言ったあの子の声が甦り、こらえるために唇をかんだ。
「あなたには、あの子の声が聞こえたのかしら?」
 前後の説明は省かれたけど、僕にはそれで解った。
「はい。『たすけて』って。『おかあさんをたすけて』って。……それから『わたしをころして』とも」
 夫妻の顔が曇る。
「どういうことなのか、説明して貰えないかい? 君たちは、事情を知ってるんだろう?」
 それまで見守ってくれていたアシュリーが、静かな声で促す。
「はい、アストライア様」
 トーィルさんの言葉に、アシュリーの白い眉が寄ったけど、結局彼女は何も言わない。きっと立場とか色々あって、気安くできないこともあるんだと思う。
「あの子の――わたし達の子供のことを、お話しします」



「宿り木、か」
 サーラの言う通り、夫妻の話によれば、トーィルさんの木の根元に根付いたのは宿り木だった。夫妻の子供じゃなく、鳥が落とした種から芽吹いたものだ。
 けれど夫妻はその子を『我が子』と愛し、受け容れた。
 ただ、根付いた場所が悪かった。
 枝なら、大した影響はなかった。だけど、根元だと話が違う。
 宿り木というのは他の木に寄生して生きる植物なのだそうだ。宿主から栄養を吸い、育つ。根付いた場所が枝なら、本来枝に行くはずだった栄養を横取りし、枝を枯らすくらいに吸う。でもそれなら枯れるのは枝一本で済む。
 けれど、根元だったら……。
「その足は、悪化しているのかい?」
「……はい」
 アシュリーの問いに頷くトーィルさん。
「命には代えられんだろう。あなた方の子ではないのでしょう?」
 厳しい言葉だけど、これがサーラの優しさだって、僕は知ってる。言い辛いことを、あえて自分が言ったんだ。
「血の繋がりという意味でなら、そうかもしれません。ですが、家内と話して決めたことです」
 伯爵――クロシュさんがキッパリ断言し、隣のトーィルさんも頷く。
「君たちは、馬鹿だな」
 言葉は突き放すみたいだけど、アシュリーの言葉は、とっても温かかった。
「愚かな夫婦の愛が呼び水となり、魔力が集まり、その宿り木に心が生まれたんだろうね。魔物になりかけている」
 夫妻は……嬉しげに微笑んだ。
「しかし、弱ったね。根は幹と同化して、引きはがすことも他の場所へ植え替えることもできそうにないようだ」
「だが放っておけば、奥方の身が危ういぞ」
「クロシュもこの木に同化してるからね。一蓮托生だ」
「……魔物を診る医者などはおらんのか?」
「いるかもしれないが、我々魔物は皆頑丈だ。あまり病に罹ることもなければ、負った傷もすぐに塞がる。医者いらずなんだよ」
「つまり、知らんのだな?」
「うん。伝はない」
「役立たずめ」
「風呂焚きトカゲに言われたくないね」
「貴様っ、風呂の薪にしてやろうか!?」
 白熱の末、サーラが叫んだ時だった。
「おーっ、こっちでしたかー! 毎度ありー、ご注文の品をお届けに――」
「くせ者ッ、焼き殺すぞ!!」
「ひっ、ひえぇぇぇーーー!? おた、おたすけーーー!?」
「その人は怪しい人ではないんです!」
「サーラ、だめ!」
 突然やって来た男性にサーラが牙を剥き。
 トーィルさんが慌て、僕は怒れるドラゴンにしがみついた――。



「いやぁ〜、伯爵様のお客さんでしたか。……俺はてっきり、そこのお嬢さんに喰い殺されちまうとばかり」
 ドレーッドさんは蜜売りをやっている男性で、〈アルラウネ〉という魔物の奥さんが作る蜜を売って生計を立てているんだとか。
「彼の売る蜜は、滋味豊かで体に良いのです」
 トーィルさんは、にこにこ顔でスプーンを口に運び、壺の蜜を美味しそうに食べている。
 そして、可哀想な蜜売りさんを脅かした張本人は、
「うぅ」
 地面に正座して項垂れていた。
 きっとサーラも反省したからそろそろ足を崩しても良いと思うんだけど……。
 それにしてもこの蜜、本当に美味しそうな匂いがするんだ。とっても甘そうで、それになんだ変な気分になるというか。
「ところで蜜売りさん、君は商売柄色んな魔物と接すると思うんだが、魔物を診る医者に心当たりはあるかな?」
「医者?」
 アシュリーの問いに、ドレーッドさんは首をひねる。
「さあ? あんたみたいな別嬪さんのお役になら立ちたいところだが、生憎と心当たりはねぇなぁ」
「そうか」
「……いや、だがひょっとすると、知ってる奴がいるかもしれねぇ」
「ほう?」
「お嬢さん方、〈宝石箱〉って店に行ってみるといい。あすこなら情報が集まるからよ」
「宝石箱か、顔を出してみるとしよう。感謝するよ」
「いやいや、良いってことよ!」
 僕たちは、ドレーッドさんが教えてくれたお店に、早速向かうことにした。



「ここが〈宝石箱〉なの?」
 読み書きを習ってない僕は、字が読めない。だから、看板に何が書いてあるかが解らなかった。ただこぢんまりとして、質素な建物が目の前に建っていることしか解らない。
「そのはずだけど……。ご大層な店名の割りには、小さな店だな」
「そもそも何屋なんだろうね? さあ、入って確かめてみよう」

 ギィィ。

 立て付けの悪い扉を開け、ドアベルの代わりにきしむ音を聞きながら、店内へ入る。
 そこは、やはり外からの印象通りに小さく殺風景な部屋で、何か古そうな道具が棚に並んでいた。
 そして奥にはカウンターがあり、その向こう側には、頬杖をついた少女が一人。
 その少女の瞼はピッタリ閉じられていたのだけれど、うっすらと目が開き、茶色の瞳が露わになる。
 ――一瞬だったから自信がないけど、なんだかその目が、サーラの目みたいに縦長だったような気がして……。けれど今は、普通の人みたいに真ん丸だった。
「商品にゃ触んなよ。汚したり壊したら弁償。ほな、ごゆっくり」
 それだけ言うと、その子はまた眠たげに目を閉じてしまった。
「おい、店員。話がある」
 ズカズカと近づいたサーラは、少女を見下ろして言った。僕も後に続く。
「あぁ?」
 苛立たしげな声と共に上げられた瞼から、剣呑な眼光が漏れる。……どうしてお店に入った瞬間に、こんなにも空気がピリピリしてるんだろう?
「あの、少々お尋ねしたいのですが……」
 サーラの背後から顔を出し、店員さんに声をかける。
「ん、なんや? お嬢ちゃん、人にもの尋ねるんやったら、やること――」
 そこまで言って、その人は急に鼻をヒクヒクさせた。それから、横目で見ていた顔を、体ごとこっちへ向ける。
「こら、かいらしーお坊ちゃんやなぁ。しかも、やらしー匂いようけ振りまいて。護衛かなんかよー分からんけど、このノッポの無礼は水に流したる。そやからキミ、ウチと付きおーてみーひん? 取り敢えずお茶行こか? おぜぜは気にせんでえーんよ、ウチがなんぼでも出したる。キレーな服も買うたるさかいな。おねーさんのモンになったら、ぜーたくさせたるでー? それに、気持ちえーことも、ひひ♪」
「え、え、あの……?」
 独特の言葉遣いで捲し立てられて、半分も聞き取れなかった。なんだかよく分からないけれど、気圧されて一歩後退ってしまう。
「おいこら、店員」
「なんやジブン、まだおったんかいな? お帰りはあちらです、しっしっ」
 こめかみに青筋を浮かべるサーラに、店員さんは手をヒラヒラ振ってあしらう。
 ど、どうしよう?
 オロオロしていると、後ろから声が挙がった。
「ドレーッドという蜜売りからこの店を聞いて来たんだがね」
「ドレーッドはん?」
 茶色の瞳が、つい、と逸れ、アシュリーの白い顔を真っ直ぐ見る。
 しばらくジーッと紅い瞳を見上げていたけれど、店員さんはいきなり椅子から転げ落ちた。
「だ、だいじょうぶですか?」
「リーフィ、放っておきなさい。そんな教育のなってない店員」
 僕たちのことなんて眼中にないみたいで、その子は慌てて起き上がると、今度はペコペコと頭を下げ始めた。
「こら、こらえらいこっちゃ、えらい失礼を! 皇女殿下がこないチンケな、ちゃう、弊店に足をお運び下さるとは、恐れ多くも畏くも」
「いやいや、そんな風に畏まらなくてもいいよ。他の客と同じ様に扱ってくれればね。で、店員さん」
「五十節(いよ)と申します! 刑部狸の五十節です!」
「イヨさん、我々は魔物を診る医者を探してるんだ。ここに来れば何か情報が得られると聞いて来たのだがね」
「医者の情報ですか? わかりました、そういうことでしたら奥へご案内しましょう。どうぞこちらへ」
 イヨさんに手招きされ、カウンターの奥に入る。すると、死角に位置する場所に扉があり、その中に彼女は入っていった。僕たちも続くと、そこは小さな倉庫になっていた。店内の棚に並べられた商品らしきものと、そう大差ないものが置かれているだけで、他には何もない。
「貴様、こんな所へ我々を連れ込んで、一体どういうつもりだ? よからぬことを企むならば」
 サーラの雰囲気が明らかに変わった。姿は何一つ変わっていないというのに、これじゃあ……。
「ド、ドラゴン!?」
 イヨさんは飛び上がって驚く。その途端、彼女に劇的な変化が訪れた。
 頭に耳、お尻に尻尾、茶色の瞳は金の輝きを帯び、竦み上がるように細くなる。
「ちゃうっ、ちゃうちゃうちゃいますって! ここに秘密の扉があるんです! 普段はウチの幻術で隠しとりまっさかい見えへんだけで。ほれ、こうすれば」
 泡を飛ばしながら捲し立てたと思ったら、見惚れるような素早さで何か印を組んだ。すると、
「あ、扉が」
 イヨさんの言う通り、倉庫の壁に扉が現れたのだった。
「この奥に行けば、知っとるモンがおるかもしれまへん」
「ははあ、なるほどね」
 その言葉だけで、アシュリーは何か得心したみたいだった。
「みな、奥へ行ってみよう。イヨさんと話すのも楽しいが、我々は時間が惜しいからね」
「む、そうだな」
「うん。店員さん、お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
 ペコリと頭を下げると、アシュリーに続いて僕たちも扉を潜った。
「あないに美味しそうな“ご馳走”見せつけられて、みんな可哀想に……」
 背後で聞こえた、意味の解らない言葉に首をかしげながら……。



 ――目が。

 無数の目が、一斉にこちらを向いた。
 血のように赤い目が、炎のように赤い目が、海のように深い目が、氷のように冷たい目が、金貨のように煌めく目が、琥珀のように年経た目が、扉を潜った僕たちを見ている。
 僕は怖くなり、サーラの後ろに身を隠す。
 そこにいたのは魔物だった。
 彼女たちは異形だった。
 角のある者、鱗のある者、下半身が蛇の者、肌の黒い者……。だけど外見が怖いんじゃなくて、なんだかその視線に寒気を感じる。僕は……魔物が怖いんだろうか? アシュリーも、サーラも、トーィルさんも、さっき会ったばかりのイヨさんだって怖いなんて思わないのに。心の狭さに悲しくなる。
「リーフィ、大丈夫よ」
 サーラの温かな手に頭を撫でられ、僕は――恥じた。
 こんな所で怯えている場合じゃないんだ。あの素敵なご夫妻と、お母さんが大好きな子を助けるんだ。
 安心できる背の後ろから、一歩踏み出す。
 途端に突き刺さる視線に、思わずギュッと目を閉じてしまう。
(神よ、臆病な僕に勇気をお与え下さい)
「うわっ、なにあの子、めちゃめちゃ可愛いんですけど!?」
「きゃあ〜ん♥ お持ち帰りした〜い♪」
「でもヒモ付きなんでしょ? 分かってるんだから!」
「え、ヤダ、フリーじゃない? だって匂いが……」
「うっそ、マッジ!?」
「わたし、今日で処女卒業するから! ……勝負下着穿いてきて良かった〜★」
「行かせるもんですか!」
「っていうか、あれ、誘ってるよね? エロい匂いがプンプンするよ……ジュルリ♪」
 祈りを捧げている間に、なんだが急に賑やかになった。シンとしているよりはマシかもしれない。
 目をそっと開け、辺りを見回す。
 広い空間だった。
 あの外観からはとてもじゃないけれど、こんな場所が隣り合っていただなんて、想像できなかった。
 四人がけのテーブルが十卓。埋まった席は半分ほど。各々、飲み物や軽食が載っている。更に驚いたことに、奥には池のような水場があり、その中にも女性がいた。
 意匠を凝らした調度品や、珍しい観葉植物が目に映る。高い天井には水晶玉のような物がぶら下がっており、不思議なことに光を放っていて、窓のないこの部屋を昼のように明るくしている。ランプの明かりとは雲泥の差だ。
 これも、魔術……なのかな? そう言えばジェドゥーナチャッハ城にもあったかもしれない。
 僕は……そうやって、現実逃避をしていた。
(どうしてみんな、目が合うと片目をパチパチ閉じるの? なんで腕を組んで胸を持ち上げるの? あと、誰かがヨダレをすすった気がするけど、きっと気のせい……だよね?)
 やっぱりここ、怖いよ。
 その時だった。僕たちに近づいて来る人影があった。
 丈の短いスカートと小さなエプロンを身につけた、可愛らしい服装の女性だった。そしてその人も魔物だった。
「サロン〈宝石箱〉へようこそ〜♪ ウェイトレスのリンケでぇす。見ての通りインプでぇす。彼氏募集中で〜す♥」
「無駄口を叩くな、席に案内しろ」
「は〜い♪」
 アシュリーやサーラのように角と翼のある店員さんは、僕と同い年くらいに見える。こういう子を『愛嬌がある』って言うのかな?
 尻尾をフリフリ先導するリンケさん。時折こちらを見てニッコリ微笑んでくれる。いい人なのかもしれない。
 席に着くと、メニューを置いてくれた。
「ご注文がおきまりになりましたらぁ、お呼び下さいねぇ? それから特別メニューがありましてぇ。『リンケちゃん★』をご注文いただけますと〜、お持ち帰りできちゃいま〜っす♪」
「その緩い口をさっさと閉じろ」
「え〜? ユルいなんてヒド〜い! 初物・新鮮・きっつきつ〜の三拍子そろった新品なんですぅ〜。おねーさんの方がアタシより体おっきいんだしぃ、ユルユルなんじゃないんですかぁ〜?」

 ぶちん。

 何かが切れる音が聞こえた気がした。
 サーラの頭に角が生える。インプの少女なんて比べものにならない、恐ろしい角が。背には、地獄の業火を背負ったみたいな、深紅の翼が広がり。腰から流れ落ちた尾が、苛立たしげに床を叩いた。

 バッシーン!

 良かった、手加減してくれたんだ。床は砕けてないみたい。
 けれど、店員さんの腰は砕けちゃったみたいで。
「あわ、あわわ、おたおた、おたすけ〜〜〜ぇ!」
 ペタンと尻餅をついたまま、ズリズリと後退ってる。
 そんなリンケさんには目もくれず、サーラは言った。
「魔物を診る医者を探している。この中に、心当たりのある者はいるか?」
 碧眼がグルリと見渡せば、視線を逸らす者、首をすくめる者、ブルブルと震える者……みんな怯えちゃってる。
「やれやれ、ラウディサウルス(乱暴トカゲ)の面目躍如だね」
「ルーナサウラだ!」
「分かっているから、音量を下げたらどうだい? ここはお店の中なんだからね」
「サーラ」
 呼びかけて袖を引っ張ると、
「リーフィが言うなら……」
 不承不承だったけれど、矛を収めてくれた。
 それからリンケさんに近寄り、助け起こすために手を差し出す。
「あの、だいじょうぶですか? 起きられますか?」
「……あ、ありがと〜ぅ」
 軽い体を引き起こすと、彼女は満面の笑顔で片目を閉じた。パチンと音が聞こえそうなくらい鮮やかな仕草で――後で知ったんだけど、それはウィンクという親愛の情を示す仕草だったみたい。それを知っていたら、お客さん達を怖がったりもしなかったのに。
 けれど。そのリンケさんの笑顔が恐怖に歪み、
「し、失礼しましたーーー!!」
 脱兎のごとくお店の奥に駆けて行ってしまった。
「ふんっ」
 後ろから、サーラの鼻息が聞こえた。
「やれやれ」
 振り向けば、アシュリーが肩をすくめている。
 と、そんな僕たちへ声をかけた人がいた。

「わたし、知ってる」

 声のした方を見れば、その人は顔の真ん中に大きな目を一つだけ持った、青い肌の女性だった……。
16/05/08 20:52更新 / 赤いツバメと、緑の淑女。
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