連載小説
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後編:二次元厨の俺が愛の天使と永遠の愛を誓えるはずが無い
 日曜日が終わると、当然月曜日がやってくる。
 あんなに過激な週末を過ごした次の週ではあったが、生活に何か変化が現れたかと言えばそんな事も無かった。学校の景色は先週までと何も変わらなかったし、俺は普段と同じように教室の端っこで独りだった。いつもと全く何も変わらない一週間の始まりだった。
 天野は相変わらずグループの中で談笑していて、俺の方には見向きもしてくれなかった。
 俺の方も俺の方で、天野に話し掛けに行けるだけの勇気も出せなかった。
 変わった事があったとすれば、俺が天野を目で追う回数が増えたくらいだった。
 自分でもまずい兆候だと思った。
 このままだと、天野の事を好きになってしまう。
 いや、もう好きになってしまっている。
 俺なんかが女の子を好きになったって、振り向いてくれないのは悟っているのに。話し掛けたってキモがられるのは分かっているのに、アプローチすればするほど馬鹿にされて笑われるって理解しているのに。
 その子が他の男と話しているだけで嫌な気持ちになって、笑顔を向けているだけでそいつの事が好きなんじゃないかと疑って、けど自分からは動けなくて、結局他の誰かとくっついたって言う話を聞いて、死にたくなる気持ちになるに決まっているというのに。
 それでも俺は、天野の事を好きになってしまった……。


 胸が苦しいばかりで何も起きない、変わらない一週間が過ぎ去り、そしてまた新しい一週間が始まる。
 月曜の朝、天野の眩しい笑顔を盗み見ながら、俺は決意する。
 もう、天野の事は見ない。天野の事は考えない。天野の事は想わない。天野で抜かない。
 そうすれば、この病気もきっと治る。恋という病も、落ち着いていってくれる。
 叶わない夢は見ないのが一番。
 そんな風に自分に言い聞かせながら一週間を乗り切りかけた金曜日の昼休みだった。普段はろくに着信が無い俺のスマホに、メールが一件届いた。
 差出人を見て、俺は絶句する。
 天野だった。
 アドレスを教えた覚えは無い。あの日も交換は出来なかった。可能性があるとすれば……ラブホで油断したときに、いつの間にか勝手に抜かれていた?
 教室内には天野は居なかった。確か昼休みの初めごろ、グループのみんなで今日は学食でお昼ご飯を食べようとか話していたんだった。
 俺は再びスマホの画面へ視線を落とす。
 本文には、端的にこうあった。
『今すぐ、体育館裏に来て』


 体育館裏に向かうのに迷いは無かった。結局俺は、まだ天野を好きだという気持ちが捨てきれていないのだ。
 どんな形でもいい。馬鹿にされる結末でもいいから、とにかく天野との繋がりが欲しかった。
 だが、実際に到着した体育館裏に居たのは天野一人だけでは無かった。そこには、天野が所属しているグループの魔物娘達がみんな揃っていた。
「うわぁ、ほんとに来たよ」
「すご、これもう決まりじゃない?」
「唯っちー。やったじゃーん。これで彼氏、ゲットだね」
「う、うるさい。あんた達はちょっと黙ってて」
 天野ははやし立てる周りを睨みつけながら、一歩踏み出してくる。
「天野、これはどういう事?」
「苗字呼びぃ?」
「唯って呼んであげなよー」
 何だか、女子特有の悪ふざけのようにしか思えない。この雰囲気は苦手だ。正直、こんな風に嫌なからかわれ方をした記憶しかない。
 天野は俺に近づいてくると、俺にだけ聞こえる声で囁いた。
「……ごめんね。あんたとラブホでしたって言っても、みんな納得してくれなくて」
「え?」
「罰ゲーム。続きが必要になったの。だから」
 天野は俺を見上げて、声を張った。
「ここでズボン脱いで、パンツ下ろして」
「……は?」
 女子達の間から歓声が上がった。
「ちんぽ出せって言ってるの。分からなかった?」
「ちょっと何を言っているのか……。いや、言葉の意味は分かるよ。だけど、何でそんな」
「うるさいわね。もういいわ、脱いでくれないなら力ずくで脱がすから」
「おい天野。ちょ、何してるんだよ。やめろって」
 天野が俺の腰にしがみついてくる。ファスナーを下ろされて、ズボンとパンツの隙間から天野の指が侵入してくる。
「何よ、やめろって言ってるくせに勃起しかけてるじゃない」
 天野は衣服の隙間から俺のペニスを露出させると、迷うことなく反応し始めているそれを咥え込んだ。
「やだ、ほんとにしゃぶってるよぉ?」
「凄い顔ぉ。あんな顔になってまでしてるんだから、唯ってやっぱり……」
「なんだかんだ言ってさぁ、やっぱ唯っち、あいつの事好きだったんだねー」
 女子達が口々に天野の事を茶化し始める。
「おい天野。やめろよ。こんな事する事無いだろ。それに、人が来るよ」
 俺は天野の肩を押すが、天野の身体はびくともしなかった。仕方なく頭を掴んで引き離そうとするが、全力で掛かっても引き剥がせなかった。
 細い身体のどこにそんな力があるのか不思議だった。魔物娘は人間よりも遥かに力が強いと聞いてはいたが、本当だったようだ。
 どうしよう。どうしたらいい。このままじゃ天野がみんなのオモチャにされてしまう。みんなの前で口内射精なんてしたら、天野の一生の恥に、傷になってしまう。
 しかしそうやって焦れば焦る程に、逆に身体の芯から妙な衝動が溢れ始めてくる。この間の時のように、ペニスが堅くなってしまう。
「あっという間に勃たせちゃった」
「テクニシャンー。今度あたしにも教えてよ、唯ちゃん」
 何だよこれ。一体何なんだよ。
 クラスメイトの女子の前で自分のちんこを晒されて、好きな人がフェラする姿を見世物みたいにされて、こんなの、耐えられるかよ。
 視野が狭くなってくる。身体が熱いのに、震えてくる。俺は、俺は……。
「ふざけるなよ!」
 考えるよりも先に、叫んでいた。
 途端に周りがしん、と静まり返った。天野も、口を動かすのを止め、驚いたような目で俺を見上げていた。
「お前ら、友達なんだろ。なら友達にこんな恥ずかしい姿させんなよ。悪ふざけがすぎるんだよ。人の気持ち考えたことあんのかよ!」
 魔物娘達は困惑気に顔を見合わせる。その様子は本当に、こいつは何を言っているんだろう、と言うような表情で、俺の怒りは更に昂ってしまう。
「友達が好きでもない男のちんこしゃぶってるところ見て楽しいのかよ。お前らはそんなに」
「ちょっと待ってよぉ。好きじゃなきゃこんな事しなくない?」
「別に見られたって恥ずかしいことでもないしさー」
「唯っちがやりたくてしてるだけなんだし。私達は呼ばれただけだし」
「まぁ見てて羨ましくなっちゃうのは否定しないけどぉ」
「それにさぁ、唯ちゃんは本気なんでしょー?」
 そんなわけ無いのに、今更言い訳か? 感情的になり過ぎて、俺は言葉も出ない。
「ちょっと、もういい。もういいからあんたは黙って」
 天野は立ち上がり、なだめようとするかのように俺の前に立ち塞がる。
 その顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
 やっぱり辛いんじゃないか。悲しいんじゃないか。なのに、どうしてそんな風に振る舞うんだよ。俺はお前の事が、苦しい思いをしてるんじゃないかって心配で、こんな意味の無い嫌がらせみたいなことをやめさせたいだけなのに……。
「天野、俺は」
 魔物娘達が、俺達の方を覗き込んでくる。
「唯っち、お取込み中?」
「なんか二人にしか分からない事があるっぽい?」
「あたし達、お邪魔みたいだから先教室戻ってよっか」
 口々にそんな事を言うと、彼女達はまるで何事も無かったかのようにあっけなく教室へと帰っていってしまった。
「じゃねー唯っちー。お幸せにー」
 残されたのは、俺と天野の二人だけだった。
 天野は歯を食いしばっていた。潤んだ瞳から、必死で涙が流れないように堪えているようだった。
「天野。もうあんな奴等とは……」
「馬鹿! あんた、何であんな事言ったのよ!」
 天野は俺を壁に押し付け、そして糾弾してきた。その瞳から、ついに涙が零れ落ちる。
「だって」
「だってじゃないわよ。あんたは黙ってフェラされてれば良かったのよ。みんなが見ているところで私の口に射精してれば、全部丸く収まったのに」
「な、何言ってんだよ。そんなんで収まるわけ無いだろ。お前は弱み握られて、いずれもっと酷い目に」
「酷い目なら、もうあってるわよ。……それなら、あんた責任取ってよ」
「せ、責任って?」
 天野はきっと俺を睨み上げる。
「ここでして。私とセックスして」
 頭が真っ白になった。何を言っているのか分からない。だってもう見物客である魔物娘達も居ないのに、どうしてそんな事をする必要があるんだ。
「何でそうなるんだよ」
「こうなった責任取りなさいって言ってんのよ」
 天野は唇を噛んで、スカートをたくし上げた。
 小さなリボンのついた、ピンク色の可愛いショーツ。いつからそうだったのか、割れ目のあたりがぐっしょりと濡れて、陰毛がはっきり透けて見えてしまっていた。
「もう、我慢出来ないのよ。あんただって勃起してるんだし、いいでしょ。? ねぇ、しようよ。一緒に気持ち良くなろうよ」
 天野は俺にしなだれかかるように、肌を密着してしなを作って笑う。
 こんな時にも関わらず、俺はその涙で濡れた笑顔をこれ以上ない程美しく、そして色っぽいと思ってしまう。
 だけど……。
「な、何言ってんだよ。もう授業も始まるし、誰か来る。こんなところでエッチしてるところ見られたら……。俺はもう学校の底辺の人間だからいいけど、天野が」
「構わないわよ。それであんたが私だけのものになるなら、全校生徒の前でエッチしたって構わない」
「……え? なん、だって?」
 今、何て言ったんだ? どういう意味なんだ? 言葉の意味は理解出来るから、外国語でも無ければ魔界語でも無い。そうじゃない、違う、俺が言葉の意味を納得出来ていないだけだ。
「それでも、してくれないのよね。あんたは。……分かってたわよ。あんたはそう言う男だって。十分わかってたのに」
 天野は、顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流し始めた。
 俺は狼狽して、慌てる事しか出来なかった。自分の何がいけなかったのか分からなかった。天野の為を思ってした事なのに、どうして天野を怒らせて、泣かせる結果になってしまうんだ。
「エッチしたじゃん。あんなにいっぱいしたじゃん。なのになんで学校で声も掛けてくれないの? 連絡先も教えてくれなかったし、私がホテルで勝手にあんたのアドレス控えて無かったら、メールもくれないつもりだったの? キモオタの癖に、一回やった女は『はい、さよなら』ってわけ?」
「ちょ、ちょっとまってくれよ」
「童貞って、一回エッチすればあいつと一生添い遂げようとか思うもんなんじゃないの? 恋人気取りで、結婚とか妄想しちゃうものなんじゃないの?」
「いや、そりゃ、したとしたって、俺にとって天野は高嶺の」
「あの時一緒にラブホに行った事ばらすぞって、脅迫めいた近づき方でも構わなかったのに、とにかく声かけて欲しかったのに。なのにあんたは、相変わらず遠くから見ているだけだった。
 ……何で、何でよ。何で私、こんな男の事好きになっちゃったんだろう」
「あ、天野?」
 嘘、じゃないのか。今、俺の事、好きって言ったのか?
「優柔不断で、度胸も無くて、顔も悪くて、キモいオタクで、デリカシーも無くて、空気も読めなくて。ほんっとキモくて最低だって思うのに、でも気が付けばあんたの事ばっかり考えてる。……好きなのよ、あんたの事。自分でも、認めたく無くて、意味わかんないけど。好きなのよ……」
 天野は、俺を見上げた。
 涙を流しながら微笑みを浮かべるその顔は、文字通り天使みたいに可愛くて清らかだった。
「……あ、あの。ごめん。俺、鈍くて、本当に気が利かなくて、気付かなくて。俺がもっと顔が良くて、性格も良かったら、天野ももっと」
「そういう事じゃ無いんだよ、ばぁか」
 天野はにぃっと歯を見せて笑ってみせると、踵を返して歩いて行ってしまった。
 俺は、なぜだかそのあとを追いかけられなかった。今は追いかけてはいけないような、そんな気がしたのだ。
 天野さえ居なくなり、一人になった体育館裏で、俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
 予鈴が鳴ってようやく我に返った俺は、しなびたナニをズボンに仕舞って、午後の授業へと向かった。


 昼過ぎの授業には、結局天野は出てこなかった。
 俺は授業の間中、ずっと天野の席の方を見て、天野の事を考え続けた。
 キモいのに、好きなのに、認めたくないのに、好き? わけがわからなかった。わけが分からなかったけれど、天野の泣き顔を思い返すと、胸が締め付けられるような気持ちになった。
 天野は生の感情をぶつけてきた。けど俺はどうだった?
 考えているうちに放課後になっていた。クラスメイト達は席を立って、それぞれ各々の居場所へと向かっていく。
 結局、考えても考えても天野の気持ちは分からなかった。ただ、自分の気持ちにだけは覚悟が出来た。
 天野と話がしたかった。けれど、天野がどこに居るのか見当もつかなかった。ダメ元でメールを送ってみてもいいが、返事がすぐ返って来るかは分からない。
 月曜日には顔を見せてくれるだろうか。そうしたら、勇気を振り絞ろう。……でも、それはいつもと変わらない、やらないパターンだよなぁ。等と悩みつつも、しかし他に出来る事も無い。俺は教室を出るしかなかった。
 と、その時、ちょうど天野が教室にやってきた。
 教室の入り口で、俺達二人は真正面から向かい合う。
 このチャンスを逃すわけにはいかなかった。身体が少し震えるが、今こそ男を見せる時だ、俺!
「あ……。天野。そうか、まだ荷物置きっ放しだったもんな」
「うん。あんたもまだ居たんだ……。ちょうどいいわ。話があるの。付き合ってくれない?」
「分かった。俺も、話したい事があるんだ」
「じゃあ、ついて来て」
 天野は俺の手を取ると、つかつかと歩き出した。
 クラスメイトや学校の生徒がこっちを見ていたが、俺はもう気にもしなかった。


 天野の目的地は、本来立ち入り禁止になっている学校の屋上だった。
 屋上への廊下は荷物でふさがり、扉には鍵も掛かっていたが、天野がちょっと指を動かしただけで簡単に荷物は道を開けて、扉もひとりでに開いてしまった。
「魔法よ。便利でしょ」
「凄いんだな。やっぱり魔物娘なんだな」
 屋上は風が強かった。
 天野の髪が荒々しくなびいて、スカートも翻ってパンツが見えた。風に乗って、天野の匂いがした。
 俺達は校庭が見える手すり沿いに並んで、練習している陸上部や野球部を一緒に見下ろした。
 聞こえるのは運動部の掛け声と、吹奏楽部の調子はずれの練習音。あとは風の音だけだった。
 俺は堪らなくなって、口を開いた。
「天野。さっきの本当なのか? 俺の事、好きだって」
「本当よ」
「なんでだよ。ブサイクでキモオタで根暗で、キモくて最低だって天野自身言ってたじゃないか。それに、罰ゲームって何だったんだよ」
「自分でも分かんないわよ。ただ、あんたがちらちら私の事見てくるうちに、私もあんたの事気になって、それで」
「天野は可愛いし、見てくる男なんて他にも居ただろ」
「怯える子犬みたいにこっち見てたのはあんただけだったのよ。他の男は下心や下品な興味丸出しの視線だったけど、あんたは何か、眩しい物でも見るかのような、叶わない夢でも見てるみたいな、そういう視線だった。それでいてあんた、見ているだけでも悪い事してるみたいに怯えてたじゃない。そんな奴、他に居なかったし。
 あんたが何考えてるのか気になって、私もあんたを見るようになった。あんたの事見ているうちに、あんたがまるで、自分はきっと誰からも愛されるわけ無いって、そんな悲しい気持ちを抱えてるように見えて来て。何だかほっておけないって気持ちになっちゃって。気付いたら目が離せなくなってた。他の女の子には取られたくないって思うようになってたの。それに、あんたなら私だけを愛してくれるかもって、そんな風にも思えて来て。
 最初は自分の気持ちさえ、自分でも受け入れられなかった。なんであんたみたいな奴の事、私が好きにならなきゃいけないんだって。だからずっと私も様子を見ていたの。
 でも、グループの子達があんたにちょっかい出そうとし始めて……。やっぱりあんたが他の誰かの男になっちゃうなんて、絶対嫌だって思った。
 自分でもごちゃごちゃした気持ちのまま、これは罰ゲームなんだって妥協点を見つけて、それで勇気を振り絞ってあんたを誘って、えっちまでしたのに……。
 あんたはそのあと声も掛けてくれなかった」
「それは、その、……天野が、嫌がるかと思って」
「私も悪かったのよね。そう言う態度取ってたんだし」
 天野はくすくすと笑う。
 何だか、今までの天野と全然違っていた。いつもは硬い表情でどこかに壁を作っているようだったのに、今は少しリラックスしているように見えた。
「あんたが何もしてこないから、グループの子達は私とあんたがセックスしたって言っても信じてくれなくってさ。しょうがないから、あんたを呼び出してみんなの前でフェラして見せようとしたの。そしたら、あんたは変に勘違いしてあの子達に怒っちゃうし」
「しょ、しょうがないだろ? だってあんなの、普通じゃないよ」
「魔物娘の感覚からすると、そうでもないみたいなのよね。人前でエッチするのも、むしろ愛の深さを見せつけるって言う感じみたいだし。
 ……まぁ、元人間だった私にはまだちょっと付いて行けてない感覚ではあるんだけど」
「元、人間? 人間から魔物娘に変化したって事なのか? そんな事あり得るのか?」
「そう言う魔物娘も居る。けど、私は違う。私は人間として一度死んで、生まれ変わったの。愛の女神の使い、天使『フーリー』として転生したの」
 天野は俺に向き直って、少し寂しそうに微笑んだ。


 天野は天使だ。思い返してみれば、たまに腰のあたりから羽衣っぽい羽も出ていた事がある。間違いなく人間では無い。魔物娘は異世界の存在では無かったのだろうか。人間が魔物娘に生まれ変わってしまうという事は、つまり異世界の神様もこっちの世界に出張に来ているのか?
 魔物娘の価値観や生態に理解が付いていけなくなりかけた俺は、とりあえず思い付いたことをそのまま口にしてみた。
「……愛の天使って割には、口悪くないか」
「うっさい」
 ひっぱたかれた。
「て、転生とかもあるんだな」
「自分でも、どうして私が選ばれたのか分かんないの。別に、誰かを愛しながら未練を残して死んだってわけじゃないし。むしろ、恋愛には嫌な記憶しか無いくらい」
「前の記憶、あるのか?」
「あるわよ。普通の女子高生だった」
 天野はそれ以上、何も言おうとしない。
「それだけ?」
「聞きたいの?」
「そこまで言われたら、ちょっと気になるだろ。どうして死んだのか、とか。言いたくないならいいけど」
 天野は風になびく髪を抑えて、苦笑いする。
「じゃあ、話してあげるけど、後悔しても知らないわよ」
 どうしよう。やっぱりやめてもらおうか。と迷っているうちに、天野は話し始めてしまう。こうなったら、もう覚悟を決めるしかなかった。
「私は、本当にどこにでもいる女子高生だった。友達も普通に居たし、人並みに人を好きになったりもした。付き合った、と言えるのか分からないけど、そう言う人も居た。……何よその顔、やっぱり処女じゃねーのかみたいな顔しないでよ」
「そんな顔してたか?」
「してた」
 俺は押し黙るしかない。そりゃ、男としては初めての相手でありたいと思うのは当然言えば当然だろう。でも生まれる前の前世の話だし、ここはノーカンにすべきか? ……いや、こういうのがキモいのかな。
「まぁいいわよ。で、その付き合った相手、同じクラスの男の子だったんだけど、そいつが最悪だったの。
 好きになったきっかけは、クラスマッチ、だったかな。一緒にチームになった時に、ちょっと格好良くて、優しくしてくれて。ちょっといいなって思って。
 それから色々話したりしているうちに仲良くなって、文化祭の日に告白されて、私も好きだったし、付き合う事にしたの」
 何だろう。自分から聞いておいたのに、凄く胸が苦しくなってきた。
 もちろん天野は俺の所有物でも、彼女でさえ無いのだが、天野の口から他の誰かの事を「好き」だと言われると、胸が引き裂かれるような気持ちになる。
 似たような事は何度だって経験して来た事なのに。好きになった女の子が他の男と並んで歩いているところだって何度も見て来たのに、やっぱり何度経験しても、こういう事は凄く辛い。
「一緒に遊びに行ったりもした。でも、キスとかセックスとかはしようとは思わなかった。迫られた事もあったけど、私は何だか怖くて、受け入れられなかったの。
 だけど、一緒にカラオケに行ったとき、飲み物に薬を入れられて……」
 天野の表情が引き攣る。
 自分の身体を抱き締めるようにする彼女の姿に、俺は初めて自分よりも誰かの方がずっと辛いんだと心から理解して、胸が痛くなった。
「身体も意識も朦朧とし始めて、そんな私を見てあいつは、ゆっくり休めるところに行こうなんて言って、ホテルに連れて行った。
 服を脱がされて、無理矢理舐めさせられたり、抵抗出来ない私を、あいつは」
 硬い表情の天野の頬を、透明な雫が流れ落ちる。彼女の身体は震えていた。
「怖かった。抵抗しようにも身体が動かなくて、気持ち良くなんて全然無いのに、痛いだけだったのに、喘がないと叩かれたから、必死で演技して……。」
「天野、もういいから。ごめん、俺が悪かった」
 俺は天野に手を伸ばしかけて、躊躇してしまう。
 男に酷い目に遭わされた天野に、男の方から手を出しても、嫌がられてしまう気がして。
 天野はそんな情けない俺の姿を見て、少し表情を緩めて、彼女の方から俺の胸の中に身を預けてくれた。
「抱き締めて。最後まで聞いて。お願い」
 俺は恐る恐る、天野の背中に腕を回して抱き締める。
 か細くて、小さくて、温かい身体。少しずつだけど震えが収まってゆく。
「全部終わった後、あいつは何て言ったと思う? 『そんなに勿体つける様な身体かよ』『思ったより気持ち良く無かった』『これならあいつの方が気持ち良かった』って。私の親友の名前を挙げて、そんな事言ったのよ。
 そう。あいつは私が思っているような相手じゃ無かったの。付き合ってたのは私だけじゃ無かった。他にも何人もの女の子と付き合っていて、おまけにナンパとかしてどこの誰とも知らない相手とでも簡単にセックスするような、最低のクズ男だったのよ。
 馬鹿な私は、簡単に騙されて喰い散らかされちゃったってわけ」
 俺は黙って聞き続けた。胸の中にぐつぐつと煮え滾ってどうしようもない感情が湧きあがっていたが、必死で堪え続けた。
「もちろん私はすぐにそいつと別れたわ。でも、それですべて解決、というわけにはいかなかった。
 学校に行くと、私は友達のグループからシカトされた。それから嫌がらせもされ始めた。
 最初は理由も教えてくれなかったけど、後々になってようやくグループの一人が教えてくれた。理由は、私が親友の彼氏を寝取ったから、だって。多分あの男がある事無い事吹き込んだんだと思う。単純に二股されてただけだったのにね。……笑っちゃうよね。
 何でも話せる、一番の友達だと思ってたのに。でもあの子は、私との友情よりも男との恋愛を優先した。
 馬鹿みたいだって思った。初めて付き合った男は抱いた女の数だけが自慢みたいな最低の男で、そんな男に親友まで取られて。
 嫌がらせはエスカレートして、変な男をけしかけられたりもされた。……まぁ、何とかうまく逃げ回って事なきを得ていたけど、本当に怖かった。
 学校で独りになって、生きるのが辛くなっちゃって。でも、男も女もそう言う奴等ばかりじゃないって信じたくて、いい人もきっといるって思いたくて、きっと大学に行けばまた違った人間関係があるだろうからって、頑張って勉強し始めたんだけど。
 ……ある日突然、交通事故で死んじゃった」
 天野は自分を誤魔化すように、小さく笑い声をあげた。
 こんなに悲しい笑い声は、今まで聞いた事が無かった。
「痛かったり、苦しんだりはしなかったわ。本当に、突然撥ねられて死んじゃったから。
 気が付いたら、地面も空も、上下左右もよく分からない所で、魂だけがふわふわしてるみたいになってた。
 死んじゃってもね、後悔とか全然なかったんだ。むしろ凄くすっきりしてたの。
 人間なんて、結局男も女も信じられないままだった。みんな薄汚くて大っ嫌いだった。生まれ変わりがあるとしても、人間にだけはなりたく無いって心の底から思った。……このまま消えていきたいって、思った。
 でも、気が付いたらまた肉体を得て現世に戻ってた。
 女神様や仲間である天使たちが色々と教えてくれて、私は自分が天使として生まれ変わったんだと知った。
 女神様の命令は一つだけだった『誰かを愛していきなさい』って。それだけだった。それ以外の事は何も無くて、思うがままに好きに生きろって言われた。
 私はどうしていいか分からなくて。でも生まれたからには、生きなければならないと思って。
 他の天使達が住む場所とかも用意してくれていたから、とりあえず普通に生活し始めて、学校にも通い始めて。それで、あんたと出会って、恋に落ちた。
 ……私の話は、こんなところかな」
 天野は俺から離れようとしたが、俺は天野を抱き締め続けた。天野を離したく無かった。
「……天野」
「何?」
 声が震えるのが自分でも情けない。
「その男と、お前をいじめた女達はどこに居るんだ」
「……そんなこと聞いてどうするのよ」
「ぶん殴ってやる。復讐してやるんだよ。そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃお前の気持ちが……」
「馬鹿ね。今更あいつらが酷い目にあったって、ちょっと気持ちがせいせいするだけで、それだけよ。辛かった思い出は無くならない……。何よ、ちょっとあんた、泣いてるの?」
 目頭が熱くなってどうしようも無かった。鼻の奥がツーンと熱くなって、涙と鼻水が垂れて来るのが止められなかった。
「ちょ、きったないわねぇ。ちょっと待ってなさい、ほら」
 天野は俺の腕の中からひょいと抜け出すと、ポケットからハンカチを出して俺の顔を拭いてくれた。
 俺は子供のようにされるがままだった。泣きべそかいて、顔を拭いてもらって、慰めようとした天野に、逆に慰められている。
「あ、天野は、強いなぁ。弱虫の俺なんかより、ずっと強い。
 ごめん。ごめんなぁ。俺そんな事知らずに、この間、お前に、レイプまがいの事、しちゃったのに、なのに天野は、天野は」
「こら、動かないの。上手く拭けないでしょ。
 ……それはいいって、誘ったの私だし、あの時あんたも謝ってくれたし、許したでしょ? それにあの日は私も最初からセックスする気で……もう、何言わせるのよ。
 ほら、綺麗になったわ。全く、ガキじゃないんだから」
「あ、天野ぉ……。俺、俺、お前は幸せにならなきゃって思うんだ。俺に出来る事だったら何でもする。だから、だからぁ」
 天野は、ちょっとムッとしたように俺を見る。
「何? 同情で言っているんならお断りなんだけど」
「違うよぉ。俺、天野の事ずっと可愛いなって思ってて、だけど俺はこんな、ぐずで、ブサイクで、キモオタで、だから釣り合うはずなんてなくて、だから何も思わないようにしようとしてた。
 デートに誘われたときだって、どうせ悪ふざけの延長なんだって思って。でも嬉しくて、デートの後は天野の事ばっかり考えてて、すごく好きになってて。天野の事、幸せにしてやりたいって」
 天野は、女神みたいに優しい表情で俺を見上げる。
「あんたが、私を幸せにしてくれるって言うの? どうやって?」
「俺、絶対浮気しないし、天野の事一生大事にする。これから、楽しい思い出をいっぱい作って、昔の事なんて思い出せないくらい、楽しい毎日にしていくから。頑張って幸せにしてみせるから。だから、だから天野唯さん。こんな俺で良かったら、付き合って下さい」
 俺は頭を深々と下げて、両目をぎゅっと瞑る。
 天野は受け入れてくれるだろうか。それとも、やっぱりこんな俺なんかよりは、他の顔や趣味のいい男を探すのだろうか。
 怖くて、まっすぐ天野を見ていられなかった。
「いつの時代の告白よ。ほんとに、キモいんだから」
 そう言う天野の声は、その言葉とは裏腹に凄く嬉しそうで、優しくて。
「……でも、凄く嬉しい。私もあんたの事大好きよ。これからよろしくね」
 驚いて顔を上げると、天野の顔が近づいて来て、唇同士が触れ合った。
 前にもラブホでしていたけれど、その時とは刺激が全然違った。全身にさざ波のように快感が走り抜けてゆく。まるで体中の細胞が歓喜で震えるようだった。
「ただし、二つ条件があるわ」
「じょ、条件?」
「一つ目は、私だけじゃなくて、あんたも楽しんで幸せになる事。私一人が楽しんだり幸せになったって意味ないもの。二人で一緒じゃなきゃ駄目よ」
「でも俺、天野が彼女になってくれるだけで。一緒に居られるだけで楽しくて幸せなんだけど」
「ば、バッカじゃないの。ほんとキモい、キモすぎ」
 ちょっと酷くないか?
 けどまぁ、そうこう言いながらも天野は真っ赤になってまんざらでもなさそうだった。そんな天野の様子がまた、俺は堪らなく嬉しくて仕方ない。
「二つ目はその呼び方よ。天野ってやめて。名前で呼んで」
「ゆ、唯?」
「そう。名前で呼んでよね」
「唯」
「な、何よニヤニヤして。気持ち悪いったらありゃしないわ。本当にもう……」
「ごめん。でもどうしようもない。だって嬉しいしさ」
 生まれて初めて彼女が出来た。しかも、こんな可愛い天使が彼女になってくれたんだから、にやけてしまうのもどうしようもないではないか。
「でも、あんた良かったの? 一応この身体は処女……。まぁ、処女はあんたにこの間散らされちゃったけどさ、しかも前も後ろも。
 とにかく、身体は清らかだったけど、前世の記憶とか、前世処女じゃ無かったとか、き、気にしない? あんたって処女厨とかじゃないの?」
「いやまぁ……。話聞いてるときは気になったけど、不本意でって話なら気にしないというか、むしろ気の毒というか。
 ……ん、ちょっと待って、処女? 唯、処女だったのか!?」
 唯はちょっと怒ったような、ばつが悪そうな顔になる。
「この身体はって意味よ。前は、その、ね。……でも何? 私が他の男と遊んでるとでもまだ思ってたの?」
「い、いや、遊んでるって言うんじゃなくて、だって凄く可愛いし、前に彼氏とか居たんじゃないかって思ってた」
 今度は本当に、照れたように目を伏せる。
「い、居ないわよ。あんたが、初めてよ。悪いわけっ!」
「悪く無いです。身に余る光栄です」
「で、どうなの、処女厨としては」
「それな。だって唯は処女だったわけだろ。その時点で俺大勝利みたいなもんだろ。
 まぁ、前世誰かと付き合ってたとしても、ようは生まれる前の話だろ。俺は処女厨でも無いけど、仮に処女厨だとしても、流石に前世まで遡って処女とか言ってたらきりないだろ常考」
「……ところどころ何言ってんのか分かんなかったけどさ、急に何言ってんだこいつみたいな顔するのやめてくれる? むかつくんだけど」
「とにかくさ、唯は今は俺だけを好きでいてくれてるんだろ? 別に二股とかしてないんだろ? だったら俺は、前世の話なんて気にしない。……これで浮気されたり、高い壷を紹介されたり、宗教の話が出て来たら血の涙を流しながら全世界の女を呪うかもしれないけど」
「お、重いわね」
 そりゃあ、女には色々と嫌な目にあわされてきているからなぁ。こんな話まで聞かされて、ここまでのやり取りをしておいて唯に裏切られたら、同じ事があってももう絶対三次元を信じる事は無くなるだろうな。
「大丈夫よ。魔物娘って言うのは浮気しない生き物だから」
「そうなのか? 気持ちの問題じゃ無くて?」
「身体が拒絶するのよ。エラの無い動物は水の中では呼吸できないでしょう? それと同じようなものよ」
 唯ははにかんだ笑顔を浮かべる。その立ち姿は、本当に天使みたいだった。
「つまり、この身体も心も、もうあんただけのものって事。どう、嬉しい?」
「嬉しいです! このまま死んでもいいくらい嬉しいです!」
「死んじゃ駄目。一緒に幸せになるんだから」
 俺の天使は、俺に抱きついてきてそう言った。


 一通り話が終わると、俺は何を話せばいいのか分からなくなってしまった。少し気まずい沈黙を押しのけるように、俺はちょっと気になった事を聞いてみる。
「けど、女子グループにそんな嫌な思い出があるのに、よく今もグループに入っていられるな」
「魔物娘はそもそも人間とは価値観も倫理観も違うからね。関係性も人間同士に比べてさっぱりしたものだし、人間の女子のグループに入っているよりずっと気楽よ?
 人間のグループはリーダーがこうしようって言ったら従わなきゃいけなかったり、みんなでこうしようって決めたら、それ以外の事したら仲間外れにされたり、なんだかんだで裏表あってドロドロしてるけど、魔物娘のグループは、何だろうなぁ、効率良く彼氏を見つけるための同盟みたいな感じかな。基本、男の事にしか興味ないし」
「なんかすげー軽薄に聞こえるけど」
「それが、一生添い遂げる為の、決して裏切らずに愛し続ける為の伴侶探しだって言ったら」
「途端にロマンチックになるな」
「そう言う事」
「男の取り合いとかにはならないのか」
「あるけど、陰湿なのはあまり無いわね。相手を蹴落とすよりも、自分をアピールに行く事の方が多いし。どうにもならなければ重婚って言うのも、魔物達にとっては選択の一つではあるし。
 ……だ、だからって、私はあんたが他の女と付き合うのなんて絶対嫌だからね。あんたは私だけを愛しなさい?」
「も、もちろんだよ」
「本当かしら。エロゲで色んな女の子攻略してるようなあんただから、信用できるかなぁ」
「信じてくれ。俺は、唯だけを愛し続けるから」
「……ちょっとキモい。けど分かった。信じてあげるわ」
 唯は恥ずかしいのを無理矢理仏頂面で誤魔化そうとするかのような表情で頬を染める。
「そ、それじゃあ、気持ちも確認し合ったところで」
「うん」
「エッチ、しよっか」
「……うん?」
「な、何よ、したくないの?」
「そう言うんじゃないんだけど、いや、改めて唯って凄くエロいよなって思って」
「エッチな女の子は、嫌い?」
 唯は俺から身を離すと、ちょっと不安そうな顔で見上げてきた。
 しかしその質問は愚問だった。エッチな女の子が嫌いな男なんてそうそういまい。……いや、程度にもよるかもしれないが。
「大好きです。いや、リアルな子と付き合うのは初めてだけどさ。けど、話ぶりからすると前世からってわけでも無さそうだし、魔物娘だから、なのか?」
「多分そうだと思う。
 私も自分の感情に戸惑ってはいるの。前は性的な事になんて全然関心なかったし、むしろちょっと怖いくらいだったのに、あんたの事を考えると、そんなこと忘れて、身体が熱くなっちゃって……。気持ちも、あんただったらきっと私の事大事にしてくれるかなって思えて来て……。
 百歩譲って、あんたみたいに顔も悪くてオタクな男の子の事を好きになる事はあったとしても、ここまでセックスの事ばっかり考えたり、身体が反応しちゃうのって、人間ではありえない事だし」
 百歩譲っちゃうんだ。まぁ、仕方ないかもしれないが。
「魔物娘って、もともとサキュバスの魔王の影響を受けてるのね。だから、セックスの技術や知識が本能的に刷り込まれてるのよ。鳥が教わらなくても飛べるのと同じようにね。
 もっとも、生きていくのに人間の精が必要だって言うのもあるし、魔物の男は居ないから子供を作るのにも人間の男とのセックスが必要って言うのもあるから、当然と言えば当然なんだけど」
 そこで唯は言葉を途切れさせ、真っ赤になる。
「けど、ね。私はその、セックス自体が好きってわけでは無くて、その、私は魔物娘というか、やっぱり愛の女神に連なる天使だから、その、好きになったあんたと、身も心も、その、あの」
「愛し合いたい気持ちが深いって事だな!」
「うっさい!」
 ひっぱたかれた。
「じゃ、じゃああれ、昼休みのもう一回言ってくれよ」
「あれ?」
「もう、我慢出来ない。って。あの時の唯、クッソエロかったんだよ」
 真っ赤だった唯が、更にゆでだこみたいになってしまった。
「ほんっとキモいのよ! もう! もうっ!」
 唯は涙目になってなんだかんだ言いながらも、あの時のようにスカートをたくし上げてくれた。
 スカートの中身を見て、俺は絶句してしまった。ショーツはもう本当にびしょびしょになってしまっていて、太もものあたりにまで愛液が滴っている程だった。
「冗談じゃないわよ。私、本当にもう限界なんだからね。……週末に、あんなにメチャクチャにされて、精液の味とセックスの気持ち良さを身体に覚え込まされて。
 久しぶりにあんたに触れただけできゅんってしちゃったんだからね! フェラしてるだけで、もういきそうになっちゃったんだからね! ちゃんと、こんな身体にした責任取ってよね!」
「と、取ります。取らせていただきます」
「何よ、あんただってまだ何もしてないのにテント張ってるじゃない。このスケベ変態オタク」
 ふん、と唯に顔を背けられてしまった。
「そりゃ、好きな子からそんだけエロい顔でエロい事言われたらさぁ。けど、どこでするんだ。ここじゃ、床が痛いだろ?」
「あっちにマットがいくつか敷いてあるから、そこでしましょ」
 唯は貯水タンクの方を指差す。
「準備がいいんだな」
「べ、別に私が準備したわけじゃ無いからね? 魔物娘達の休憩所の一つなのよ。他にも体育器具室とか、音楽準備室とか、図工準備室とか、旧校舎奥の使われてない教室とか」
「じゃあ、今度一回ずつそこ回ってしようか」
 またひっぱたかれるかと思ったが、意外にも唯はちょっと嬉しそうな顔で頷いただけだった。


「来て」
 唯に手を引かれ、俺は貯水タンク裏に連れて行かれた。確かに言っていた通りに、マットが何枚か並んでいた。
 俺達は壁沿いのところを選んで、向かい合って腰を下ろした。
「じゃあ、始めよっか」
「改めてこうなると、ちょっと恥ずかしいな」
 唯は俺の頬に手を伸ばしてくる。うっとりとした表情で顔を近づけて来て、唇を押し付けてきた。
 柔らかい感触が開いて、そこから濡れそぼった舌が伸びてくる。
 舌先同士をちろちろと動かしてくすぐり合い、絡め合う。
 ん、ちゅう。くちゅ、くちゅ。
 卑猥な水音が奏でられる。
 俺は唯の髪を撫で、制服越しにその細い肩を、背中を、腰を撫でる。制服越しにも彼女の柔らかさや温かさが伝わってくる。
 唇が離れると、糸が引いた。
「脱がせて」
 俺は唯のリボンを外して、ブラウスのボタンを外していく。白いブラウスの間から、健康的な褐色の肌があらわになる。
 傷や染み一つない、艶のある肌。緩やかな曲線を描く身体のラインが、浮き出た鎖骨がセクシーだ。
 ピンク色のブラも唯らしくて可愛かった。
 外そうと背中側に腕を回すが、これがなかなか難しくて上手くいかない。
「え、っと、ごめん、上手く出来ない」
「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」
 その間、唯は俺の頭を撫でながら、俺のシャツのボタンを外し、ズボンのファスナーを下ろして俺のペニスを露出させる。
「頑張って、ほら、もう少し」
 唯に髪と亀頭を撫でられながら、俺は必死でブラのホックと格闘する。きっと荒い鼻息が首元や胸元に掛かっているだろうに、唯は何も言わずに微笑んでいてくれた。
 しばらくの後、ようやくホックが外れて、張りのある唯のおっぱいと対面できた。
「良く出来ました。ご褒美だよぉ」
 唯はそう言って、解放された胸元に俺を誘った。
 唯のいい匂いがした。柔らかいおっぱいを揉みしだき、舌で舐め回し、吸い、甘噛みした。温かくて優しい唯の味がした。
 そのまま、しばらく唯に抱きついておっぱいをしゃぶり続けた。
 唯に抱きしめられていると、とても安らかな気持ちになれた。正式な恋人同士になった事や、唯の事を良く知って、唯の事を信じられるようになったおかげでもあるだろうが、それだけでは無いように思えた。
 唯が天使だからだろう。だからこんな風に、いい気持でいられるんだ。
「ふふ、ほんと、おっぱい好きなんだから。赤ちゃんみたい」
「唯の肌、なんか美味しくてさ、舐めるのやめられないんだ」
「ばーか。ほんとに、キモい奴なんだから」
 愛しそうにそう言って、俺の頭を撫でる唯。こんな風に言われるなら、いくらでもキモいとでも何とでも言われたって構わない。
「ねぇ、そろそろ入れて。私も気持ち良くなりたい」
 唯はそう言って、濡れたパンツを指でずらして見せた。濡れそぼったクレバスが、俺を求めてひくひくしていた。
「でも、コンドームが」
「そんなのいいから。生の方が気持ちいいし、精液膣内に欲しいし」
「その言い方、すげーエロくてビッチっぽい」
「だって……」
 唯は頬を染める。しゃべりはビッチで、態度は初心な乙女、そのギャップの破壊力はなかなかのものだった。
「喉乾いている時に、水飲むの我慢できないでしょ? 同じ感覚なの。我慢したら、死んじゃいそう。
 妊娠の心配なら、大丈夫だよ? 私達と人間は子供が出来辛いし、それに私……あんたの子なら、その、嫌じゃないよ。嬉しい。
 それにね、私達の出産は人間の程大変じゃないし、お金も掛からないし、産むのも育てるのも仲間が助けてくれるし」
「唯がそうしたいなら、そうするよ。まぁ、もう一回散々膣内出ししちゃってるし。
 ……本当にさ、子供が出来たら、ちゃんと責任取るから」
「どうやって?」
 改めて聞かれると、ちょっと答えに窮してしまう。
「え、えーと、働いたり、とか。子育て手伝ったり、とか?」
 唯は笑った。ちょっと呆れたように、ちょっと嬉しそうに、屈託なく笑った。
「学生無勢に何が出来るのよ。でも、あんたってさ、やっぱりなんだかんだでいい奴よね。デートの日も、自分の身体大事にしろって言ったり、エッチした事をネタに脅迫めいた迫り方もしてこなかったし、私がみんなの前でフェラしたときも、いじめられてるって思って助けてくれようとしたり。
 悪い奴だったら、やれるんならとことん犯してやろうって思ったり、ハメ撮りして飽きるまで性奴隷扱いしたり、みんなの前で犯したりするだろうし」
「まぁ、あの日はそんなに優しくは出来なかった気もするけど。でも、普通は唯が言うような事はしないだろ」
「そうかもしれない。でも私は、いい奴だと思うわ。だから私が遣わされたのかも。愛の女神は、善行を積んだ人間のところに使いを送ったりもするから」
「どうかなぁ。俺はやっぱり、自分はクズだと思うよ。多分唯の前世があまりにも悲惨だったから、神様が憐れんで天使にしてくれたんじゃないかな。今度はいい恋が出来る様にって」
「キモオタのあんたと?」
「ウ……。頑張るよ。唯を世界一幸せにする」
「いいのよ。無理に頑張んなくても。あんたはそのままで、いいのよ。……だから、ね、入れて?」
 俺は頷いて、唯の入り口に先っちょを押し当てた。
 腰を突き出しながら、唯の腰を掴んで引き寄せる。
「あぁ、入ってくるぅ。硬いの、いいよぉ」
 甘い囁きが耳元をくすぐる。唯は堪えるように背中を丸め、時折びくびくと身体を痙攣させる。
 濡れた柔肉が亀頭に、竿に吸い付き、絡み付く。唯は優しく俺を受け入れ、包み込んでくれた。そしてもう離さないとばかりに、その腕で、脚で、膣全体で、強く強く抱き締めて、締め付けてくれた。
 最後に唯の方からも腰を動かしてくれて、俺の全てが唯の中に納まった。
 唯はめくり上げていたスカートを戻した。接合部が隠れるが、その下で性器同士が擦れ合い、絡み合っていると思うと、逆に卑猥だった。
「唯。気持ちいいよ」
「わ、私も……。気持ちいい」
 お互い、制服を着たままというのがまたそそった。着崩れた制服がやたらにエロかった。
 だけど胸元だけはお互いに肌蹴ているから、抱き締めあえば肌と肌の密着感もちゃんと味わえた。
「唯。しばらくこのままでもいいかな。俺、このままでも気持ち良くて、長くこの感じを味わっていたい。出来るだけ長く、唯をこのまま抱きしめていたい」
「いいよ。一晩中でもいいよ。抜かずに、ずっと居よう?」
 唯はそう言って、キスしてきた。舌を絡める深いキスだ。
 お互いの舌を味わい、唾液を啜り合う。
 それから肌を触り合ったり、舐め合ったり、時折噛み付いたり。
 あとは耳元でささやき合ったり、ちょっとエッチな冗談を言い合ったり。
 そんな事をしていると、萎えてしまうなんてことは全く無かった。
 射精感はゆっくりゆっくり時間を掛けて登りつめて来た。唯もまた、高い絶頂への道をゆっくりと歩んでいっているようだった。
 お互い少しずつ息が荒くなって、肌が朱を帯びて来る。
 言葉は無く、見つめ合っているだけで互いの事が分かった。
 やがてどちらからともなく口づけを交わし合い、強く強く抱き締めあい、絶頂を迎えた。
 強烈すぎる官能に押し流されてしまいそうで、俺達はお互いの身体にしがみつき合った。登りつめるまでの道が長かっただけあって、絶頂もまた高く、そして長引いた。
「うっ。ぐっ。射精が、止まらない。俺、空っぽになりそう、だ」
「私も、イクの止まんない。あっ、あっ、だめ、またい、いっちゃ、あ、あぅ……。あぁ! またなんか来る、あああっ」
 射精はいつまでも続き、唯もまた小さく喘ぎ声を上げながら震え続けた。
 やがて快楽の波が引いていって、そこでようやく、俺達は一息つくことができた。
 お互い汗だくで、制服もどろどろだった。
 けれど俺達の気分は不思議と爽やかで、見つめ合っているうちに、何だか笑ってしまった。
「こんなに気持ちのいい事があるんだな。こんなの生まれて初めてだよ。唯のおかげだ」
「私も気持ち良かった。この前のセックスも良かったけど、それよりも、ずっと。……生まれ変わって、良かった、かな」
 射精が終わっても、俺の勃起は収まらなかった。唯の方も膣肉が蠢き続けていて、あれだけ激しい快感を貪り合ったというのに、お互い満足しきれていないようだった。
 唯はお腹をさすりながら、ちょっと恥ずかしそうに言う。
「お腹の中、あんたの精液でいっぱいになっちゃった。ねぇ、お願いしたい事があるんだけど、いいかなぁ」
「お願い?」
「今度はこの前みたいに、私の中の隅々にまで精液を塗り付けて染み込ませるみたいに、してくれる? あれ、凄く気持ち良かったの」
 今度はこっちが照れてしまう番だった。
 初めてのセックスで、少しいじけてがむしゃらにやった行為が、まさか気に入ってもらえているとは思わなかった。
「あ、あんなんでいいのか。俺、よく分からなくて、ただ無我夢中で」
「だってあんたがしてくれた事だもん。気持ち良くないわけ無いじゃん」
 なんだかもう、胸がいっぱいだった。本当に、本当に一生唯の事を大事にしようと誓った。
「いいよ。あんなので良いならいくらだって、一晩中だってやってやる」
「毎晩じゃ、だめ?」
 しなを作って、甘えてくる。
 言ってくれる。俺の天使は、本当にクッソエロい天使だ。
「あぁいいさ。唯がしてほしい事は、なんだってやってやる」
 俺は唯を押し倒して、腰を振り始める。
 一番奥を擦り付けると、唯は喘ぎながら弓なりに仰け反った。下手くそな愛撫でも喜んでくれる唯が可愛くて、愛しくて、俺は剥き出しになった乳房や、首筋に唇を這わせた。
 もう、唯さえ居てくれたら何もいらないとさえ思えた。
 若さゆえの情熱とか、そう言うものなのかもしれなかったが、その時は本当に、唯が俺の世界の全てだった。


 そのあとも、俺達は愛し合い続けた。
 だが、残念ながら一晩中、というわけにはいかなかった。
 日が暮れて月が昇る頃になって、当直の先生がやって来て帰るようにと言われてしまったからだ。
「続きは明日にしなさいね」
 と言ってくれたその先生も愛の女神に連なる天使のキューピッドだったらしい。注意はされたが、旧校舎なら見回りも来ないから明日はそこでしなさいとアドバイスしてくれた。
 そんなわけもあって、俺達はその日は一度帰り。
 そして次の日から、旧校舎を始めとする色んなところでセックスをした。


 ………………

 …………

 ……

 気になっていたエロゲの全ルートをクリアした俺は、程よい満足感と共に大きく息を吐いた。
 思いもよらない、本当に思いもよらない奇跡のような出来事があったおかげで、予定していたより大分時間がかかってしまったが、ようやくの完全クリアだった。
 やはり二次元はいい。三次元に比べるべくも無い。この考えは、俺の中ではいまだに不動だ。
 エロゲのおかげで、生きる楽しみを貰っていると言っても過言では無い。
 けれどここ数日の出来事のおかげで、俺の中には新たにもう一つ基準が出来た。
 二次元はいい。けれど魔物娘は、更にその上をゆく、最高の存在だという事だ。
 俺にとってエロゲが生きる楽しみなら、魔物娘は生きる糧、生きる事そのものだ。
 魔物娘、というか、正確には天使の唯が、という事なのだが。
 時計を見と、そろそろ家を出なければならない時間だった。
 俺は早々に準備をして家を出て、待ち合わせ場所である駅前に向かった。


 待ち合わせの時間から三十分前。幸いにも唯はまだ来ていなかった、と思ったのだが。
「あら、早いわね。まだ三十分も前なのに」
 振り向くと天使が居た。ピンク色のポロシャツに、チェックのスカート。相変わらず俺の天使は可愛い。
「もう来てたのか」
「べ、別にデートが楽しみだったわけじゃ無いから。駅前の本屋に用があったのよ」
「お、おう」
 前も思ったが、この時間は本屋はまだ開いていないはずなのだが……。まぁ、あえて指摘する事も無いだろう。
「それより、あんたまたエロゲしてから来たんでしょ」
 訝しげな目で睨まれる。途端に背筋が寒くなった。
「え、分かるのか」
「やっぱりね。匂いで分かるもん。へぇ勃起もしたんだ。ヌいては……無いみたいだけど。ふーん、さぞかしお気に召したエロいシーンだったんでしょうね」
「そ、それなりに……。唯とこんな風にしたいなって思うくらいには……。キモい、かな」
「その発言がキモいわ。キモいけど、ま、まぁ、私としたいって言うなら……許してあげない事も無い、けど。
 そのかわりに一度でもヌいたら、浮気と見なす」
「ゲ」
「ゲって何よ。抜くぐらいなら、私としなさいって事よ」
 通行人がちらちらと凄い目で見てくる。けれど中には魔物娘や、魔物娘のカップルも混じっていて、そう言う人達は頷いたり微笑みながらこっちを見ていた。
 周りのこんな反応にも、もう慣れた。まぁ汚物を見るような目で見られる事には慣れていたし、唯の方も、俺と一緒に居られるならそれ以外はどうでもいい、というような事を言ってくれているので、もう怖い物も何も無かった。
「さぁ行くわよ。久しぶりのデートなんだから、目いっぱい楽しまなくちゃ」
「お、おう」
 俺は手を引かれて、引っ張られるようにして歩き出す。
 考えてみれば、唯はあまり恋愛に関していい思い出を持っていないのだった。恋愛の楽しみや嬉しさというのは、唯はこれから知っていくのだ。
 ……まぁ、俺がそれらを知っているのかと言えば、俺も知らないのだが。
「なぁ唯」
「何よ」
「これから、いっぱいデートしような。文化祭とか体育祭とか、二人で色々やろうな。三年生になったら一緒に勉強して、大学も一緒のところに行って、そこでもずっと一緒に、色々楽しもうな」
 唯は立ち止まり、不機嫌そうな顔で振り返った。
「はぁ、何言ってんのよ、キモいわね」
「え……。えー」
「そ、そんなの当たり前の事でしょ? いちいち言わないでよ。恥ずかしいし、どんな顔していいか分かんなくなるじゃん。全くもう、これだから童貞が抜けない男は……。でも、ありがと、嬉しい」
 思わず、顔がゆるんでしまう。
「顔、キモい! もう、早く行くわよ」
 これからもキモいキモい言われるんだろうなぁ。多分一生、言われ続けるんだろうなぁ。でも唯がこんな風に言ってくれるなら、一生だって言われたいくらいだ。
 色々言いながらも、唯は俺と一緒に居てくれるし、大事にしてくれるんだから。
「唯。一生一緒に居ような」
「〜〜ッ だからっ、キモいってばぁ。そういう事いちいち言うなぁ」
 ひっぱたかれた。
 なかなか痛かったが、照れ隠しの唯の姿が可愛くて仕方なくて気にもならない。
 あぁ、顔がにやけずにいられない。やっぱりキモいなぁ俺!
15/06/24 00:41更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
というわけで、後編です。
今回オタクの高校生が主人公だったのですが、書いているうちに「普段よりちょっとラノベっぽいな」と思い、タイトル等も意識してそんな感じにしてみました。

一部弁明、というわけでは無いですが。
物語中で魔物娘がいじめっ子みたいな描写になっていますが、彼女達には別にそんなつもりはなく、ただ素直に夫を手に入れた仲間を祝福しているだけだったりします。
魔物娘を良く知らない主人公は勘違いして、そう言う見方になってしまっているという感じです。

天野の方も、人間から魔物娘になったために、感覚や感情が混乱してこんな態度になってしまっている。というつもりで書きました。


こんなSSもあんまり無いかもしれませんので、色んな感想を持つ方がいらっしゃると思いますが、私としては、ここまで読んで頂けているだけでも嬉しくてありがたい事です。
そして楽しんで頂けていたら、それが何よりです。

次もいつになるか分かりませんが、新しい物語でお会い出来たら嬉しいです。

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