連載小説
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第三幕:結婚初夜
 気が付けば俺は部屋を飛び出して街中を走り回っていた。
 蛇の半身を持つ女性を探す。ヒルダ。ヒルダを早く見つけなければ……。元の世界に帰ってしまう前に、探し出さなければ。
 そうしなければ、もしかしたらもう会えないのかも……。
 いつも一緒に行くスーパー。たまに寄るコンビニ。帰りの通り道。どこを探してもヒルダはいない。
「……ヒルダ。ヒルダぁ!」
 名を呼んでも、誰も答えてはくれない。
 まだ俺からは何も伝えてないのに。良くしてもらった恩返しだって出来ていないのに。
 帰らないでくれ。俺のそばに居てくれ。
 ……居た! 蛇の尻尾だ!
「ヒルダ! ……あ」
「な、何なの?」
 蛇の半身を持ったその女性は、しかしヒルダどころかエキドナでも無かった。
 確かに少し似てはいたが、髪の色も、肌の色も全く違う。何より顔つきが全然違った。多分この娘はラミアだ。
「すみません、間違えました」
 俺は頭を下げて、力なくその場から離れる。
 もう、帰ってしまったのかもしれない。だとすれば、こんなところを駆けずり回っていても仕方が無い。
 もし元の世界に帰ってしまっていたとしたら、どう探せばいいんだろう。
 俺はヒルダがどうやってこの世界に来たのかも知らない。異世界との出入口があったとしても、その場所が分からなければあちらの世界に探しにも行けない。
 足を引きずるように歩くうち、いつの間にか自分のアパートの近くにまで戻って来ていた。
 前が良く見えなかった。景色が歪んで滲んで見える。
 俺がいけなかったんだ。俺が、彼女の気持ちを素直に受け入れていたら……。全然嫌いじゃ無かったのに。一緒に居れば安心出来て、飯も美味くて、美人で、愛しささえ感じていたのに。
 魔物だからって、躊躇っていたばっかりに、俺は、大切な人を……。

 角を曲がって、アパートに敷地に入った途端、見慣れた後姿が目に入って。
 俺は何も言わないまま、相手の確認もしないまま、後ろからその身体を抱きしめていた。
 いつもの優しい匂いのする、蛇の半身を持つその後ろ姿を。

「きゃあっ。何? 何だ、そなたか。いきなり驚かすでない」
「ヒルダ。良かった。本当に良かった。てっきり出て行ってしまったのかと」
 ヒルダは驚き、身をよじるが、俺は彼女に回した腕を離す気は無かった。
 離してしまったらまたどこかに行ってしまうかもしれない。そんな事は無いだろうと頭では分かってはいても、不安で体が震えてしまう。
 彼女の温もりを肌に感じていたかった。確かにそばに居るのだと肌に感じていたかった。
 ヒルダは俺が体を離す気が無いのが分かると、彼女の方から尻尾を巻きつけてきてくれた。
「……そなた、泣いているのか? 一体どうしたのだ。誰かに何かされたのか」
 ヒルダの声が、急に真剣な色を帯びる。
「我が夫の敵は、私の敵だ。何者であろうとも夫を傷つける事は許さん。言ってくれ。誰にやられたのだ」
「違う。違うんだよ。俺は、急にお前が居なくなったから、てっきり元の世界に帰っちまったのかと思って」
「な、え? 何で、私があなたを置いて、い、いや。妾が夫を置いて一人で帰るわけ無いだろう。むしろそなたが逃げるのならどこまでも追いかけるくらいのつもりで居るというのに」
「だってお前」
「まぁ待て、その様子だと話が長くなりそうだ。どうせならそなたの顔を見て話したい。
 今、綺麗な三日月が出ている。折角だから、月を見ながらあそこで話をしよう。明日は休みだし、少しくらい夕食が遅くなっても構わないだろう?」
 ヒルダはそう言って、アパートの屋根の上を指差した。
 二階建ての安アパートだからそんなに高くは無いが、確かにここよりは見晴らしは良さそうだ。俺の部屋の上ならば、他の住人への迷惑にもならないだろう。
 ヒルダが見つかった安堵感と、急な提案に面食らって妙に冷静になってしまった。
「まぁ、そうだな」
「ふふ、しっかり捕まっていろ」
 言うが早いか、ヒルダは俺を抱えて一気に屋根の上まで跳躍した。
 蛇の身体でよくもここまで、と思ったが、考えてみれば確かに蛇も獲物に飛びかかったりしていたか。それにヒルダは魔物なのだから、これくらいお手の物なのかもしれない。


 ヒルダは屋根の上にとぐろを巻き、自分の蛇の腹をぽんぽんと叩いた。座れ、という事だろうか。
「重くないか?」
「妾はそなたを抱えたまま跳んだのだぞ? 平気だよ」
 それもそうか。俺はゆっくりとそこに腰かけた。蛇の鱗が俺の体重で少し曲がるが、彼女の言う通り特に苦しそうな様子も無い。
 ヒルダが微笑みながら俺の肩に頭を預けてくる。少し驚いたが、俺はすぐに彼女の肩を抱いた。
「この世界の夜は、少し寂しいな」
「そうか? いつまでも明るいし、人で騒がしくないか?」
「だが、星が見えぬ」
 ああ、なるほど。
 俺はヒルダと一緒に夜空を見上げた。
 雲も出ていないのに、見えるのは三日月と、大きな星が数える程だけだった。他の小さな星々は地上の光に追いやられ、今はどこかに行ってしまったらしい。
 確かに、そう考えると少し寂しいな。
「妾の世界では。少なくとも妾が住んでいたところでは、夜の空にはいつも数えきれないほどの星が煌めいていた。
 一つ一つの星が、鮮やかで。周りに自分より光る星が居ても、月が出ていても、そいつらには関係ないらしい。どの星も自分なりに輝いて、自分がそこに居る事を証明していた。
 妾は、いつもそれを見上げて寂しさを紛らわせていた物だ」
 夜空を見上げるヒルダの横顔は、息を忘れてしまう程に美しかった。
「ヒルダは、どこに住んでいたんだ」
「打ち捨てられ、忘れられた迷宮の奥深くさ。
 何の戦略的価値も無い。近くに町も街路も無い。珍しい鉱石が出る山も、貴重な薬草が取れる森も無い。辺鄙な場所だった。
 腕試しをしたい人間たちはもっと近場の手軽な迷宮に挑んでばかりでな、誰も来たことが無かった。
 迷宮の最奥にある金銀財宝も、無用の長物に過ぎなかったよ」
「でもお金があるんだったら、仲間の魔物と一緒に楽しく暮らせたんじゃ」
 ヒルダは小さく、寂しげに笑った。
「そんなところになど商人も来やしない。
 仲間も最初はたくさんいたが、一人、また一人と迷宮を後にしていったよ。
 皆連れ合いが欲しいのに、誰も会いに来てくれないのだ。その場にずっと留まるより、別の迷宮に引っ越すか、街路で男を襲った方が早いと思ったんだろう。
 ……気付いた時には迷宮に残っていたのは妾だけになっていた」
「ヒルダ……」
「ふふ、こんな話をするつもりは無かったのだが……。誰かと眺める夜空というのも、いいものだな」
 ヒルダは何でもない顔をしているが、その心中は察して余りあった。
 家か屋敷のように言っていたが、実際は本物の迷宮なのだろう。遊園地のアトラクションとはわけが違う。広さもかなり大きなものに違いない。
 そんなところで一人で、誰も来ないのを分かっていて暮らしていくというのは。
 考えただけで、孤独で心が壊れてしまいそうだった。
 彼女を抱く手に、思わず力が籠る。
「馬鹿、そんな顔をするな。今はそなたが居てくれるからな。寂しくは無い」
 ヒルダは少し照れたように笑う。
 でも、その言葉は嘘だ。寂しくないのなら昨日みたいに泣いたりしない。寝ている相手に、ずっと呼びかけたりするはずが無い。
「だから妾が一人で出て行くわけが無いのだ。帰る場所も何もかも全部捨ててこの世界に来たのだからな。大体、なぜ妾が出て行ったなどと考えたのだ?」
「そりゃ、昨日の夜は寂しいとか言って泣いていたし、今日の帰りだってそろそろ潮時かとか暗い顔で言ってたし」
「潮時と言ったのは料理の事だ。知っている料理の底がついたのでな、和食という物に手を出そうとしたのだが、上手く作れるか自信が無くて、ちょっと悩んでいたのだ」
 言われてみれば、これまで同じ料理が出てきたことが無かったな。作れる料理の幅広さもさることながら、そこまで気を回していたことに対して驚きを通り越して尊敬の念すら覚える。
「肉じゃがという物を作ろうと思ったのだが、調味料が足りなかったのでな、買いに出たのだが……。何も言わずに出て行って済まなかった」
「いや、いいんだよ。俺の早とちりだった」
「だが、少し買い物に出ただけでここまで心配されるというのも嬉しい物だな。流石は我が夫だ」
 ここで話が終わっていたら、心温まる若い男女の心の交流だったのだが……。ヒルダは、やはりその事に気が付いてしまったようだった。
 急に俺の肩から離れて、首を傾げだす。
「だが、ちょっと待て。そなた今妾が昨日寂しいと言って泣いたと言ったな」
「い、言ったっけ?」
「言った。間違いなく言ったぞ。妾は泣いてなど居ないのに何を言って……。まさか」
 その目が大きく開かれていき、顔が真っ赤に染まっていく。
「……起きていたのか」
「いや」
「起きていたんでしょ。全部見てたんでしょ? 私がした事、全部知ってるんでしょ!」
「し、知らないよ」
「嘘! だって私が寂しいって言ったの、最後だもん。
 一人の夜が耐えられなくて、一人で、おな……、その、とにかく、全部終わって、寂しくなって言ったんだから! 知らないわけないでしょ!」
 そりゃ怒るよなぁ。俺は覚悟を決める。
 だが、ヒルダは目じりを釣り上げるどころか逆に下げて、涙を溜めはじめる。
「いつも、寝たふりしてたんだね……」
「いや、あの」
「全部、聞いてたんでしょ」
「……うん。ごめん」
「私の身体を抱くのがそんなに嫌だった? やっぱり怖い? 魔物だから」
 いつかの夜。聞いた言葉だった。
 俺は今度こそ、偽りの無い自分の気持ちを告白する。もう嘘を吐いたり騙したりして、ヒルダが悲しむ顔は見たく無い。
「確かに最初は少し怖かった。魔物と一線を越えるという事がどういう事なのか、人として本当に許されるのか、最近までずっと悩んでいた。
 でも、今では怖くなんかない。悩んでいたのも、それだけヒルダが魅力的だったって事なんだよ。毎晩毎晩抱きつかれるたびに欲情してしまって、自分を抑えるのが大変だった。昨日してくれた事もとても嬉しかったし、気持ち良かった。
 だけど、性欲だけでヒルダを抱いたら、俺に尽くしてくれてるヒルダに失礼だと思ったんだ。心の底から愛さなきゃ駄目だと思ったんだ。……だから」
 俺はヒルダの肩を掴み、目をまっすぐ見つめながら、続ける。
「ヒルダ。俺と、セックスしよう」
 赤かった顔が、さらに真っ赤になっていく。
「ばばばばばばか! いきなり何真顔で言ってるのよ。いいわよ。気にしなくていいから、無理しなくても寝たふりしてたのは許してあげる。別に焦らなくていいから。そばに居られるだけでも私は」
「いや、俺は本気だ。今晩は無理矢理にでも、お前を抱く。
 ……お前が帰ってしまったかもしれないと思って、凄く怖くなって、ようやく自分の気持ちに覚悟が付いた。
 俺は今、お前の心も体も欲しくてしょうがない。一生お前と一緒に居たい。ずっとそばに居てほしいんだ。……俺と結婚してくれ」
 ヒルダはあわただしく視線を彷徨わせ、何か言おうと口を開いては言うのを躊躇ってを繰り返す。いつもの落ち着き払った姿とのギャップでなんだかすごく可愛く見える。
 さんざん慌てた後、ヒルダは唇をとがらせてそっぽを向いた。
「馬鹿。体に欲情されるだけでも、魔物娘にとっては十分喜ばしい事なのだ。……だが、心を求められるというのは、存外に、嬉しい物だな。
 しかし今更言う事では無いぞ。妾はずっとそなたの嫁であったのだ。いつでも抱いてくれて良かったのに……」
「ごめん。あと、謝りついでに言うと、結婚したと思い込ませる魔法も一日で切れてたんだ」
「それは気付いていた」
「え、そうだったの?」
「嫁の観察眼を舐めるでない」
 その割には寝たふりは見抜けなかったみたいだけど。
「何だその顔は」
「い、いや、お腹すいたなぁ。そろそろヒルダの美味い飯が食いたいなぁ」
 ヒルダはしばらくじろりと俺を睨んでいたが、ふっと笑うと俺の身体を横抱きにして立ち上がった。
「飛び切り精の付く料理を作ってやる。今晩はたっぷり愛してもらわなくてはな」
 

 夕食は予告の通り肉じゃがだった。
 俺は全部食べ終え、箸を置く。
「ど、どうだった?」
「美味かった。本当に作るの初めてなのか?」
 ヒルダは表情をやわらげて息を吐く。俺が飯を食っている間中、ヒルダはずっと難しい顔をしていた。あの様子ではヒルダはろくに味わえもしなかっただろう。
「良かった……」
 お前の作ってくれるものなら何でも喜んで食べるよ。そう言いかけて、飲み込んだ。それじゃあ不味くても何でもいいようにも捉えられかねない。
「また作ってくれよ」
「ん。構わんぞ。そなたの為なら何だって作ってやる」
 腹もいっぱいになり、ヒルダも帰ってきて人心地つくと、急に気になっていたことを思い出してしまった。
「……俺も頑張るよ。ヒルダに相応しい男になれるように。
 今はまだ、たまたま倉庫で出会っただけの、ただの稼ぎの悪いサラリーマンでしかないけど、身体も鍛えて、稼ぎも、何とか頑張るからさ」
「どうしてそんな事を頑張るのだ?」
「だって、エキドナは勇者とかそういうのが好みなんだろ? 俺なんて言ってみりゃただの村人Aじゃないか」
 課長が教えてくれたのだ。エキドナは本来迷宮の奥地にひそみ、罠や魔物を乗り越えてきた強者を連れ合いに選ぶのだと。
 はっきり言って、俺はそんな器じゃない。本当にどこにでもいるただの男に過ぎないのだ。だから……。
「妾の魔法を自力で、たった一日で解呪した男が、ただの雑魚なわけがあるまい。そなたは自覚しておらんのかもしれないが、そなたは他の誰よりも我が夫として相応しい男なのだ。だからもっと自信を持ってくれていい。
 それにな、筋肉を付けたり金を稼ぐために頑張ってくれるより、一緒に居る時間を増やして、たくさん愛してくれた方が妾は嬉しい」
「そう、なのか?」
「妾だけに限らないぞ。筋肉が好きな魔物娘は居るかもしれないが、男より金が良いというような魔物娘はおらんだろうな」
「魔物娘ってのは考え方も違うんだな。種族も多いみたいだし、なかなか覚えるのも大変だよ。最初はラミアもエキドナも同じだと思ってた。
 全く、ある日突然世界が変わるなんて言うけど、本当に起こるなんてなぁ」
 それを聞いたヒルダは急に怪訝そうな顔をする。
 何か変な事を言ったかなと思ったが、嫁の種族の区別が付かないと言ったのだから、そりゃ怒るのも当たり前だ。
「いや、あのだな。ヒルダは別格だぞ。ヒルダを見間違えたりは」
 やばいな、そう言えば焦って今日見間違えた気が……。
「そなた、魔物が居なかった頃の事を覚えておるのか?」
「そりゃまぁ、ついこの間までそうだったしさ」
 何だろう。大事だったのはそこだったのか? 種族を間違えるってのはそこまで気にはならないんだろうか。同じ蛇の化生だからかな。
「まさか、あの方の魔力さえも跳ねのけているというのか? 魔王では無いとは言え、あの方の魔力も街一つ変えてしまうくらいには強力だというのに」
「良く分からないんだけど、どういう事?」
「そなたは本当に大した奴だったという事だ」
 ヒルダは満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。なんだか要領を得ないままだが、ともかく俺は彼女の身体を抱きしめ返す事にした。
「そなたこそ、妾でいいのか? 妾には、そなたの好きな太腿は無いぞ?」
「いや、何で太腿なんだよ」
「よく見ておるではないか。妾以外の女子の太腿を」
 確かにスカートやホットパンツから覗く白い太腿には男として目が行ってしまうけれど、それは仕方が無いというか、なんというか……。
 しかしよく見ているのはどっちなんだろうか。
「お前がいいんだよ。太腿なんて関係ない」
「本当か? ならば行動で」
 顔を上げるヒルダの唇めがけて、俺は唇押し付けた。
 唇で彼女の唇を挟むようにして、感触を味わう。少しおかずの味が残っていて、それが生々しくて逆に興奮してしまい、息の続く限り貪るように唇を重ね続けた。
 顔を離すと、彼女は顔を染めながら唇に指を当てた。
「これでいい?」
「するならするって、ちゃんと言ってよ。初めてだったのに。……じゃなかった。な、なかなか上手かったぞ。悪くなかった。よ、よい物だな、口づけという物は」
「なぁ、俺達ちゃんと夫婦になるんだし、ヒルダも無理にその話し方を続けなくても」
「何を言う、妾にとってはこれが普通のしゃべり方なのだ。偉大な種族であるエキドナである以上、ある程度の尊厳を持って。あ、やめ、くすぐったいって」
 仰々しい話し方を続けるヒルダのお腹に顔を埋め、そのへそを舐める。
 少ししょっぱい、汗の味。
 なんかもう、キスをしたら全部吹っ飛んでしまった。細かい事はどうでもいいから、とにかくヒルダの身体が欲しい。その身体を、俺の身体で確かめたい。
「もう、俺のものなんだよな。俺のものでいいんだよな?」
 ヒルダはふっと表情を緩めて、安らかな表情で俺の髪を撫でた。
「最初からそなたのものだったのだぞ。身も、心もな」
「ああ、もう我慢しなくていいんだな」
「それはこっちの、あ、やん。舐めるでない。妾こそ、ずっと抱かれずに不安だったのだぞ。我が夫は幼児体型の方が好みなのか、それとも蛇の身体を嫌っているのかなど、悩まずにいれた日は無かった」
「本当に済まなかったと思っている。お前の寂しそうな顔を見るたび俺も……。
 でももう迷わない。遠慮もしないよ」
「ならば妾も遠慮するのは止めにする。妻に極上の精を与え、満足させ、そして子を孕ませるのも夫の役目だ。不服は無いな?」
「ああ、もちろんだよ」
 ぎゅうっと苦しくなるくらい強く俺を抱きしめながら、ヒルダは少し目を潤ませながらもにぃっと口の端を上げる。
「まずは風呂だ。夫の背中を流してやるのが、妾の子どもの頃からの夢だったのだ」
「でも俺、もう風呂には」
「子どもの頃からの、夢だったのだ」
「入ろう。実は俺も嫁さんと風呂に入るのが夢だったんだ」


 まず俺が浴室に入り、そのあとにヒルダが続いた。
 尻尾の先まで余すところなく入った頃には、既に足の踏み場も無いような状態だった。当然、背中を流してもらえるほどのスペースはあるわけも無い。 
 動ける隙間も無くなった浴室を見て、ヒルダはがっくりと肩を落としてしまった。
 うちの浴室は本来独り暮らし用なのだから、もともと広さもあまり無いのは分かっていた事だ。
 そこに大人が二人入ればどうなるのか、少し考えれば想像がつくはずだった。おまけにただでさえ片方は人の背丈程の蛇の身体を持っていて大きいのだから。
 俺がもっと気を回せていたら、ヒルダを失望させることも無かったのに……。
 だが、ヒルダは転んでもただでは起きないタイプらしい、気を取り直すのは意外にも早かった。
「いい事を思いついた。別に背中にこだわる必要は無いではないか」
 肉食獣にような笑みに、俺は一瞬被食者の気分を味わう。
 無性に逃げ出したい気持ちになったのだが、だからと言って狭い浴室に逃げ場は無い。
 俺は嫌な予感を覚えながらも彼女が全身にボディソープを塗りたくってゆくのを見守っているしかなかった。
「さぁ、来るのだ」
 俺に向かって、両手を広げて見せるヒルダ。泡にまみれているとは言え、その青白く艶めかしい身体を覆う物は何一つ無く、ふっくらとした乳房も、その上の色素の薄い乳首も、秘部でさえも何一つ隠れていない。むしろ見せつけるように身をくねらせているほどだ。
 尻尾も心なしか楽しげに揺れている。
 だが流石に恥ずかしさも残っているらしく、その頬は少し赤い。 
「……来るってったって」
 言いたいことは分かるが、流石にちょっと、度胸と言うかなんというか……。
 そりゃヒルダの身体には触りたいけど、これじゃあその、そういうプレイみたいじゃないか。……まだ一度だってしてないのに、いきなりレベルが高すぎるというか。
「やっぱり、妾の身体は嫌か」
 見る間に顔を曇らせていくヒルダ。尻尾も力なく湯船に垂れ下がり、びしゃりと音を立てた。
 その目が昨日の夜のように寂しさで満ちてしまう前に、俺は真正面から彼女の身体を抱きしめた。
 ぬるりと滑るヒルダの肌は予想以上に官能的だった。下半身に血液が集まり始め、あそこが少しずつ硬くなり始めるのが分かる。俺のそこが起き上がって、ヒルダの鱗に触れる。
 こういうの、交わる前には見せたくなかったんだけどな。
「で、これからどうすればいいんだ」
「そなたも素直ではないな。まぁ、こっちの方は嘘はつけんようだが」
 ヒルダは泡だらけの手で俺の男根を掴む。ローションのように石鹸を塗り付けて、前後に擦り上げ始める。
「お、おい」
「安心しろ。洗ってやるだけだ。妾だって初めては寝所でゆっくり交わりたい」
 ヒルダは男根の手洗いを終えると、次に玉袋を揉み上げ、そしてそのあとには尻の方にまで腕を回してきた。
 そのころにはもう全身が蛇の身体に巻き付かれて締め上げられていて、俺には抵抗のしようも無かった。
「やめて。お願いやめて」
「ふふ、愛い奴よのう。力を抜いて妾に身を任せるが良いぞ。なに、痛いのは一瞬だけだ。あとはだんだんと良くなってくる」
「なんかキャラ違うぞ」
「いいのだ。これくらいさせろ。寝たふりをした仕返しだ」
 両手が俺の恥部を離れ、背中をまさぐり始める。
 さらに尻尾もうねり始め、俺の全身をぬるぬると這い回り始める。言い様も無い感触に、全身に鳥肌が立つようだった。
 そして前の方は前の方で、ヒルダは俺の身体を抱きしめたまま身体を上下に動かし始める。
 柔らかい弾力が胸の上を滑る。その膨らみの先端の、ちょっと堅い部分がどうしようもなく俺の獣欲を刺激して……。
「き、気持ちいいか? わ、我が夫よ。……んっ」
「う、くっ。あ、ああ、あまり無理は、するなよ」
 我慢するので精一杯になる。
「だが、立ちっぱなしと言うのも疲れるだろう。洗える場所も限られるしな、体勢を、変えるぞ」
 一瞬蛇の尻尾がうねるのが見えた。
 次の瞬間には、真正面からヒルダに抱きつかれていたはずの俺の身体は、とぐろを巻いたヒルダの蛇の身体の上に腰を下ろし、今度は後ろから抱きかかえられている。
 背中に泡まみれの乳房がねっとりと当たる。そして両腕が俺の肩や胸元、腹を洗い始める。
 足も忘れられていない。片足ずつ丁寧に蛇の下半身によって優しく巻き付くように洗われる。時には足の間にさえ尻尾の先端が入って来ようとする。
 全身を同時に彼女の身体に包まれて、擦られて……。正直俺はどうにかなってしまいそうだった。
 性的な快楽もさることながら、ヒルダは本当に丁寧に、俺の身体のすみずみまで手や尻尾を回してくれて。恥ずかしい反面で、俺はなんだか胸がいっぱいになっていた。
 そういうサービスをする大人向けの風呂屋には行った事は無いが、おそらくこんな暖かくて幸せな気持ちにしてくれることは無いだろう。
 愛しい人に全身を包まれて、ただ体を洗われるわけでは無く、その指先の一つ一つにまで気遣いを感じられるというのは、愛し合っている相手でなければ出来ない至上のスキンシップだった。
 それに蛇の身体と言うのも悪くない。泡塗れの尻尾はぴったりと体にまとわりついて来て、その密着感が何とも言えずにいいのだ。
 おかげで俺の股間の物はずっといきり立ったまま、静まる気配も無い。必死で自分を抑えなければいつ暴発するかも分からなかった。
 しかし、気を静めようと努めているのはヒルダも同じらしい。
「んっ。あ、はぁん」
 ちょうど俺の耳元にヒルダの口元があるのだが、さっきからずっとこんな風に熱っぽい悩ましげな吐息を続けているのだ。
「ヒルダ、辛いなら」
「辛いの、ではない。動くたびに、敏感な、部分が、……その、擦れて、だな」
「感じやすいのか?」
 触れている肌が少し熱くなった気がする。
「べ、別にそんなんじゃ……。い、いや、違うのだ。妾に限った事では無い。魔物と言うのは、夫に触れてもらえるだけでも悦びを感じる物なのだ」
 なるほどなぁ。
 俺は彼女の手を取って、指を絡めて握りしめる。
「俺も凄く気持ちいいのは、抱きしめてくれてるのがヒルダだからなんだろうなぁ」
 ヒルダは一瞬びくりと体を震わせる。何かと思って振り返ると、真っ赤な顔をされて思い切り抱きつかれた。
「本当に、本当にあなたって人は……大好き!」
「おい、ちょっと、痛い痛い痛い」
 流石に魔物だけあって膂力も人間離れしているらしい。こりゃあ足に鱗型の痣が出来たかもしれないなぁ。


 布団の上で、正座になって全裸で向かい合う。
 いや、正座なのは俺だけで、相手はいつもみたいにとぐろを巻いているだけなのだが。
「そう、硬くなるな。妾まで緊張するではないか」
「ごめん」
「謝るでない。まぁ、嫌な緊張感では無い」
 ……無理矢理にでも抱くなんて言った手前、実は経験無いなんて言えないよなぁ。
「妾もそなたが初めてだ。その、遠慮するな。夫婦の間に隠し事はよくない。……だから、そんな顔をしないでくれ」
「いや、その」
 も、ってことは、ばれてるって事か。
「妾は、私は光栄だよ? あなたの最初の相手になれて」
 頬を染めながらもにっこりと笑いかけるヒルダ。
「私を、あなただけの女にしてください」
 俺は胸の中の気持ちを抑えきれなくなり、彼女の身体を強く抱き締めながら、布団に押し倒した。
「痛かったら、ごめんな」
「ふふ、そなたにされるのであれば痛みも喜びだ」
 ヒルダはいつもの調子に戻って口の端を上げる。
 俺はそのふっくらした唇に口づけして、唇を割って舌を入れる。
 舌先同士が絡み合い、唾液が混じり合って音を立てる。ヒルダの味が、匂いが、鼻腔を登って脳を満たし始める。
 彼女の腕が俺の首に回される。もう逃がさないとばかりにきつく抱き締められる。
 お互い、目は開けたままだった。相手の瞳を覗き込んだまま、俺達は口づけし続けた。
 そして、今度は彼女の舌が俺の口の中に入ってくる。
 俺の舌に巻き付きながら、その先端が歯茎の裏を舐めたり、わざと唾液腺を刺激してよだれを出させようとする。
 呼吸が詰まる。苦しくなっていくが、呼吸をするよりもずっとこうしてキスしていたかった。
 何も考えられなくなりそうなところで、ようやく舌が引いていった。
「ご、ごめんなさい。加減が分からなくて」
 俺は息を整えながら、手を上げて応える。
 涙目になりながら覗き込んでくるヒルダはとても綺麗で、よだれに濡れる口元が口づけの激しさを物語っていた。
「これでも、エキドナの、夫だ。何の、これしき」
 息も絶え絶えで格好もつかなかったが、ヒルダは喜んでくれたらしい。
 今度は逆に押し倒されながら、雨のように何度も口づけしてくれた。頭から伸びている蛇も感情を共有しているらしく、俺の頬や首筋に何度も頭をこすり付けたり、口づけをしてくる。
 前から思っていたが、この蛇たちも目がくりくりしていて結構可愛い。
「そなたは、やっぱり世界で一番の旦那さまだ」
 世界で一番と来たか。大分ハードルが上がってしまったなぁ。
 内心苦笑いしながらも、その背に腕を回してしっかりと抱きしめる。
 俺の胸の上で柔らかな弾力が潰れ、何とも言えない快楽と幸福感をもたらしてくれる。
 そっとその横乳に指を這わせ、そこから少し骨の浮く脇腹へ。
 きゅっとしたウエストラインを通り過ぎて、胸に負けずに揉みがいのある肉付きのいいお尻を撫で、そして艶めく鱗の継ぎ目をなぞり……強く力を入れて腰を抱き寄せる。
「はぅっ。こ、こら、あまり戯れを」
「夫に触られるのは嫌かい?」
「い、嫌では無いが、こそばゆいのだ。……まぁ、そなたが焦らしたいのならそれでもいい。今日まで何日も待たされたのだ。一時間や二時間くらい、なんという事も無い」
「そう? じゃあ、もう少し楽しませてもらおうかな」
 肩に甘噛みして、音を立てて口づけ。それから首筋に沿って、つうっと耳元へ向かって舐め上げていく。
 その傍らで、片手で豊かな乳房を揉みしだく。こんな風にじっくり触るのも初めて会った時以来か。
 先端の突起を優しく摘み、撫でるくらいの力加減で弾いたり、こね回す。
 その度に熱くなっていく吐息が耳に掛かる。「だめ」とか「はぅ」とか漏れる声が可愛くて、ついつい時間を忘れて虐めたくなってしまう。
 耳を甘噛みして、外を立ててぴちゃぴちゃと舐める。そのまま調子に乗って奥まで舌を入れていくと、急にヒルダの身体が強く痙攣した。
 まさか……。いっちゃったのか?
 顔を離すと、ヒルダが真っ赤な顔で涙をこらえていた。
「旦那さまの、ばかぁ」
「い、嫌だった?」
「いやじゃない、でも私は偉大なエキドナの一人なのに、これじゃ威厳も何も」
「夫の前でまで体面を気にしなくたっていいだろ。ほら、こっちは正直じゃないか」
 蛇と人の身体の付け根。彼女の入り口はそこにあった。
 もうすでに期待で蜜が溢れ出て、蛇の鱗が淫らに光っている。
 手のひらをあてがって振動を与えるように小刻みに動かすと、それだけでヒルダは声を上げて俺の身体にしがみついてきた。
「やだ、だめぇ」
「やっぱその口調も可愛いなぁ」
 言いつつも俺は彼女の中に人差し指を入れてみる。
 熱い。そして入れたのがまだ指であるにもかかわらず、彼女の身体は俺を求めて、きつく締め上げるように蠢いている。
 ここに挿入してしまったら、もう俺に攻めが回る事なんて無いだろうなぁ。もうちょっと恥じらうヒルダの顔を見て居たくもあるんだけど、それももう無理そうだ。
 痛みを感じなかったから気が付かなかったが、いつの間にかヒルダの蛇二匹が俺の首筋に噛み付いていた。そして彼女自身も俺の肩に歯を立てていた。
 彼女が蛇の化生である以上、きっと今何かの毒か、魔力を流し込んでいるのに違いない。
 現に手足に力が入らなくなってきている。
 だからといって怖くは無かった。
 上司から、魔物は全てサキュバス種の魔王の影響下にあると聞いている。仮に何か流し込まれているにしても、精を効率よく奪い取るような精力剤のようなものであっても、命を奪うようなものでは無いはずだ。
「ふふ、そなたの攻めもここまでだぞ。ここからは妾が攻める番だ」
 蛇の身体で無理矢理抱き寄せられるようにして、対面座位の姿勢にさせられる。
「ほら、正直なのはそなたも同じだ」
「うっ」
 滑らかな彼女の手が、俺の下半身のそれを掴んで扱く。
 鈴口から零れ落ちていた我慢汁が全体に塗され、ぬるぬると光りを照り返し始める。
 自分の物なのだが、いつもより大きくて、赤黒くなっているような気がする。血管も浮き出ていて、少し怖いくらいだ。
 これを、彼女の中に入れるのか? 指を入れるのにも狭いあの中に?
「ヒルダ。無理するな。こんなの入るわけ」
「甘く見るでない。大丈夫だ。このくらい」
 ヒルダは自分で位置を調節する。あとは腰を動かすだけ、と言うところで、ちらりと俺の目を見てきた。
「ほ、本当はな、胸とか、口とか、手とか、全身で妾を感じて欲しいのだ、もっと楽しませてやりたいとも、思っているのだぞ。で、でも、その」
「いいよ。お前の好きなところに出してやる。全部中に出してほしいなら、それだって望むところだ。何日も寂しい思いさせた罪滅ぼしさ。
 口とかも楽しみだけど、明日でもいいだろ。何せこれから永久に一緒に居るんだからさ。だろ?」
「ありがとう。嬉しい」
 そう言って目を細めると、彼女は腰を一気に落とした。
 引き裂くような感触を伴いながら、狭い膣壁が一気に俺の怒張を包み込む。温かく、ぬめった無数の襞が蛇のようにぎゅうぎゅうと絡み付いて締め上げてきて、それだけで射精しそうになってしまう。
「あうぅぅっ」
 だが肌から伝わってくるヒルダの震えと、その歯を食いしばる表情が俺を重いとどまらせた。
「ヒルダ」
 力の入らない手で何とか背中に手を回し、抱きしめる。
「だ、大丈夫。でも、ごめんなさい。しばらく、動かないで、このままで」
 俺は頷いて、彼女の背を撫でる。やはり痛かったのだろう、心臓の鼓動に合わせて、膣の中も小刻みに震えているようだった。
 呼吸を合わせながら、ただ背を撫で続けた。そうするうちに、荒かった彼女の息も次第に落ち着いてくる。
「ありがとう、もう平気だ。……情けないな、魔物なのに」
 繋がり合った部分から滴る愛液に、赤い物が混ざり始める。その痛々しさに俺は改めてヒルダの身体に優しく腕を回した。
「ヒルダ、今日はもう」
「駄目だ。そなたが何と言おうと続けるぞ。それにそなたももう、こうなってしまってはおさまりが付かないだろう?」
 玉の汗を浮かばせながら、ヒルダは不敵に笑う。
 確かに、こんなに腫れ上がるように勃ち上がってしまっては一度や二度抜いたところで元には戻らないだろうが……。
「それにな、確かに少し痛かったが、それ以上に、その、良かったんだ。動けなくなってしまう程にな。
 だから、もっと、その、何だ」
 ヒルダが控えめに腰を振り始める。にちっ、にちっというガムを噛むような濡れた擦過音が、二人の繋がっている部分から漏れ出し始める。
「もっとそなたを感じたいのだ。そなたの子種を、胎いっぱいに受けたいのだ」
 照れながらも本格的に腰を動かし始めるヒルダ。
 男根そのものが引き抜かれそうなほどの吸い付きと、ただ入れているだけで達しそうになってしまう膣内の蠕動。それはまるで俺の肉棒と言う獲物に、無数の小さな蛇が巻き付いて仕留めようとしているようでもあった。
 出て行こうとすれば逃がすまいと巻き付きを強め、押し込めば丸呑みにされる。どうあがいても、俺は性的に食われるしかない。
 腰の動きが激しくなるほどに、身体に巻き付く尻尾の締め上げも強くなっていく。二人の肌は密着度を更に増し、腰も尻尾に押されてより深く彼女の中へと沈み込んでいく。
 だんだんと上気していくヒルダの頬。理性を失っていくその瞳。
 二人の息遣いは絡み合いながら昂り、どちらからともなく唇を貪り合う。
 膣内を犯し、口内を犯される。
 ヒルダの唾液は、甘かった。夢中になって舌を絡め、腰を振る。
 頭の中がヒルダの恥じらう姿で、その匂いで、甘い味で、二人の混ざり合う音で、全身に絡み付く感触で、パンクする。
 もう限界だった。
 だが、伝えようにも口は彼女の舌でいっぱいだ。
 彼女の目を覗き込む。快楽に酔いしれながらも、俺の姿を焼きつけようとでもするかのようにじっと俺から目を離さない。
 目が合うと、ヒルダは小さく頷いた。視線だけで俺の事を分かってくれたのだ。今日初めて身体を重ねたというのに。
 俺は、彼女の中心めがけて、少ししか動かせない腰を必死に突き上げながら自分自身を解放した。
 あそこが二つ目の心臓になったみたいに強く脈動しながらヒルダの中に欲望を吐き出していく。
 それに応えるように、ヒルダが声も上げずに全身をきつく締め上げてくる。
 彼女もまた絶頂を迎えたのだろう、白い喉をのけぞらせ、俺の口から長い舌が離れていく。混ざり合った唾液が光りながら飛び散って、部屋中に二人の匂いが満ちていく。
「あ、うぁ、ああ。すごいの。塊、が、叩きつけ、られて。私、あ、あああ」
 抱きついた俺の身体に爪を立てながら、彼女は痙攣を繰り返した。その顔は蕩けきっていて、目じりも口元も緩み切っている。
 引っ掻かれる肩と背中に、甘い痛みが走る。それがさらに射精を長引かせる。
「すごい、まだ、出てる」
 そう、射精はまだ続いていた。次第に弱まっては来ているが、自分でも驚くべき量だった。
 治まるにつれて、心地よい疲労感がじわりと広がってくる。目の前の胸の谷間に顔を埋めたいと思い、そして思った時には既に顔を埋めていた。暖かくて、ヒルダの鼓動が聞こえてくる。
 いい匂いだ。本当に。ずっとこうして居たくなる程に。
「駄目よ。今日は枕にしちゃ駄目」
 少し余裕を取り戻したヒルダが、目じりに涙を溜めながら口の端を上げて見せる。
「落ち着いたか?」
「うん。……こんなに、涙が出る程いいものだとは思わなかった」
「俺もだよ。少し休もうか? 夜は長いし」
「嫌だ。このまま二回目をするの。だってほら、あなたのこっちもまだこんなに元気なんだし」
 ヒルダは器用に膣の中を蠕動させてみせる。いったばかりで敏感になっている俺は、そうされただけで変な声が出てしまった。
 ヒルダのしたり顔が悔しくて、俺は目の前の乳房に吸い付いた。
 歯で甘噛みし、舌先で乳首を転がし、ねぶる。
「ちょっ、や、やめ。そこは、はぁん」
 目だけで見上げると、楽しそうに笑う金色の目と目が合った。
 どちらからともなく笑い、再び口づけを交わし合い。それからまた、愛を交換し合う。


 一晩中、俺達は絡み合っていた。
 俺の意識が飛べば彼女の二匹の蛇が噛み付いて性欲を昂らせ、彼女が気絶しても俺は構わず腰を振り続けた。
 朝になり、少し膨れたヒルダの下腹を見た時は自分でもやり過ぎたと思ったが、穏やかな顔でお腹をさするヒルダの姿を見ているうちに、どうでも良くなってしまった。
 これが魔物の倫理なのだろう。世界が変わったのなら、俺はそれに合わせて生きるだけだ。
 彼女の生きる世界と、共に。
12/09/01 00:37更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
自分で見直してて「あれ、なんか締めが最終回っぽい」と思ったけど、とりあえずまだ続きます。

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