連載小説
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SIDE:A
 彼女の部屋は、いつもシンナーの匂いがしている。


 八月も中旬に差し掛かり、日中に35度を超える日々ももう二週間を超えていた。
 ここまで暑い日が続けば少しは慣れてもいいものだけど、人間の身体と言うのは良くできているらしく、僕はこの暑さに生命の危機を覚える事はあっても慣れる事は全く無かった。
 太陽は喜び勇んでさんさんと照りつけている。きっと太陽は地球の事が愛しくてたまらないに違いない。想いを伝えようと熱視線を送っているのだ。
 直接近づく事の無い、控えめなアピール。
 それに照れた地球は温度を上げて……。まぁ近づかれたら人類は滅亡するんだけど。
 頭から汗が流れ落ちて顔を伝う感覚に、僕は我に返る。こう暑いと、どうしても意味の分からない事を考えてしまう。
 なぜ彼女のアパートは坂の上にあるのだろう。
 坂道を登りながら、僕はしばし考えたのち、答えが出ない事に気が付いて頭を振った。
 陽炎が立つアスファルトの坂道を恨めしく見上げながら、僕は汗ばむ手でバッグを背負い直す。
 着ているTシャツとジーンズが汗で体に張り付いて、気持ちが悪い。ひっきりなしに頭から汗が流れ落ちてくる。もう拭くのも諦めてしまった。
 坂道は山際に沿ってゆるいカーブを描いている。山側はガードレールのすぐ向こうが鬱蒼とした森になっていて、生暖かい湿った風が時折吹いてくる。
 反対側を見下ろせば、僕等の住む学生街が見えてくる。
 地方都市の大学に良くある、山に囲まれた学生街。僕と、僕の彼女の住む街。
 見慣れたアパートが見えてきて、僕はほっと一息つく。
 久しぶりに彼女に会える。そう思うと、自然と暑さなんてどうでもよくなってしまう。目が印象的で可愛い彼女の顔を思い浮かべながら、僕は坂道を一気に駆け上がった。


 ドアホンを鳴らしても彼女は出てこない。
 ノブを回すが、鍵が掛かっている。
 僕は合い鍵を使って鍵を開け、勝手に中に入った。とたん、いつもの臭いが鼻を突く。
 しかも、期待していた涼しさは無い。まぁ、覚悟はしていたんだけど。
 勝手知ったる他人の家。学生用の六畳間。間取りは僕の部屋とも大して変わらない。
 廊下の片側にキッチンが付いていて、その反対側にはトイレと浴室へつながる扉が一つずつ。
 僕は居間の扉を開けた。
 窓は空いていて、カーテンが気持ちよさそうに風に揺れていた。
 簡素なベッドに、大きな棚が二つ、本棚とテーブルが一つずつ。あとは今も稼働中の扇風機が一台。それがこの部屋の家具の全て。
 彼女はテーブルに向かっていて、ここからはその後ろ姿しか見えない。
 トルコ石で作られたような、玉の汗の浮かぶ滑らかな肌。一つに束ねて背中に流している、艶のある紫水晶のような髪。荒く削った翡翠を思わせる一本の角。
 ……流石にこんな表現では気取り過ぎかな。
 身に着けているのはあずき色のタンクトップと、同じ色のパンツだけ。背中とか汗で色が変わっていて……。なんというか、自宅だからって油断し過ぎな格好だと思う。
 まぁ僕としてはそこがたまらなく良くて、色気を感じるんだけど。
「まどか?」
 彼女は自分の手元に夢中で、僕の存在には気付いても居ないようだ。
 机の上にはいつものようにプラモデルの箱やランナー、ニッパーや塗料等が乱雑に散らばっていた。
 僕はため息を吐いて、彼女のその大きな目の前に手をかざした。
 その手が一瞬止まり、僕を見上げる。
「あ、いらっしゃい」
 どんな宝石も敵わない澄んだ紫色の瞳に、僕の姿だけが映し出される。だが残念なことにそれは一瞬だけで、彼女はすぐに意識を手元に戻してしまった。
 二週間ぶりに再会したっていうのに、ちょっと味気無い。
 ため息を吐きそうになるけど、よく見ればその瞳は少し揺れていて、ちらちら僕の方を伺っていた。
「久しぶり、だね。実家、どうだった?」
「うん、まぁまぁかな。でも、まどかの顔が見れなくて寂しかったよ」
 もっと言い方もあるだろうに、僕は彼女の前だとどうしても言葉を選べなくなってしまう。こんな事言われたって困るだろうなぁ。
「私も、寂しかった、よ?」
 彼女は手元と僕を交互に見ながら、つぶやく様に言った。
 僕は笑ってそれに応えて、彼女の斜め隣に座った。


 机の一部を開けてもらい、僕はもってきたノートパソコンを立ち上げる。
 まどかはランナーからパーツを取り外す作業にいそしんでいる。
 ぱちん、ぱちんという音をBGMに、僕はワープロソフトで作品の続きを書き始める。
 ぱちん、ぱちん、かたかたかた。
 ぱちん、ぱちん、かたかた。
 ぱちん、ぱちん、……。
 ぱちん。
 時計を見る。書き始めて十分、僕の頭はもう真っ白になっていた。何も浮かんで来ない。
 まどかは相変わらずランナーに立ち向かっている。前に聞いたことがあるのだが、彼女はとりあえず全部のパーツを切り離してから組み立てるのだという。
 おまけに説明書もあまり見ないらしい。なんというか、自分のフィーリングで作っていくのが楽しいのだそうだ。
 何気なく机の上を見ると、箱が三つ積み重なっていた。今日は三つ同時か。
「そう言えばさ、サイクロプスって鍛冶が得意だっていうイメージがあるけど、まどかはやらないの?」
「向こうのせか……、地元ではやってたよ。でも、こっちじゃ鍛冶場も無いし」
「プラモも作ってたの?」
「ううん。プラモはこっち来てから」
「へぇ、意外かも。そういえばエアコンとか無くても大丈夫なの? 暑くない?」
「暑いのは平気。エアコンの風に当たってると、喉が痛くなっちゃって」
 彼女はふっと顔を上げる。
「でも、君が暑いなら」
「大丈夫。僕も平気だからさ」
 表情を緩めて、彼女は再びプラモに集中する。
 嘘を言っているわけでは無い。ここまで来るのは大変だけど、実は意外とこの部屋はいい風が入ってくるのだ。
 少しは暑いけど、夏はどこに居たって暑いし、まどかと一緒に居たらどこであっても熱くなってしまいそうだし。
 現に、今だって……。
 タンクトップの隙間からは、わきの下とか、横乳とかがすごく良く見える。ふっくらして柔らかそうで、その先の突起もしっかり見えていて……。
 思わず生唾を飲み込んだ。
 いかんいかん。久しぶりに会ったからってすぐに欲情するなんて。僕は頭を振って、再びパソコンに立ち向かう。
 が、五分も持たなかった。熱いし、シンナーの臭いの中にまどかの匂いが混ざってるし、まどかはあんな格好だし、まともに考える事なんて出来ない。
 気分転換に立ち上がって、部屋の大きな棚を物色する。
 二つある棚は両方ともガラス張りで、中にはまどかが完成させたプラモデルがいくつも並んでいる。
 その全てが何かしらのロボットのプラモデルで、比率としてはいわゆるやられメカ系の量産機やモノアイのロボットが多い。
 特殊なエースの為のワンオフ機よりも万人にも扱いやすい量産機の方が洗練されているというのが彼女の弁だ。
 その気持ちは僕にも分からなくは無い。
 量産機には専用機のような華やかさは無い物の、独特の味がある。
 それに、ちょっと話はずれてしまうけれど、この歳になってくると普通の人間を超越した能力を持つ主人公よりも、量産機で泥臭い戦いをしている一兵卒のキャラクターの方にこそ感情移入してしまうのだ。
 いつのころからか、何となくだけど分かってしまう。自分は物語の主人公では無く、どちらかと言えばモブの有象無象に近いんだって。
 ……でも、そんな有象無象でも、まどかにとってだけは特別でありたい。
 僕が見下ろしているのも気付かず、彼女はプラモに集中している。
 まどかは僕の事をどう思ってくれているのだろうか。量産機が好きだと言っている彼女だけど、でも、そうだとしてもやっぱり僕は、まどかにとってのワンオフでありたい。
 ……とまぁ、恋する少年チックな事を考えつつも、僕は彼女の胸元の膨らみを伝う汗が気になって仕方なかった。
 ずいぶん長い事会って無かったし、久しぶりにスキンシップしてもいいよね。


 僕はまどかの背後ににじり寄る。まどかは全然気に留めている様子は無い。
 隙だらけの腋から腕を回して、後ろから、下からすくい上げるようにおっぱいを掴み上げる。
 柔らかくて、汗でしっとりと手のひらに吸い付いてくる。片手には収まりきらないくらい大きくて、形も良くて。
 僕にとって、世界で一番の癒し、と言ったら流石にくさすぎるかな。
 マッサージするように大きく揉み上げる。でも、まどかは何も反応しない。怒りもしないし、嫌がりもしないし、喜びもしないし、感じている様子も無い。
 ただ手元だけに集中していて、今はパーツ同士をくっつけている。
 まぁいいか。こうしてまどかの身体を抱いて、おっぱい触ってるだけで凄い幸せだ。
「私、なんかの、おっぱい触って、面白い?」
「面白いっていうか、こうしていると凄い幸せな気分になれるよ」
「おっぱい大きい子なら、他にもいるのに。わ、私なんか、肌の色も悪いし」
「まどかが一番だよ。肌の色も好きだし、匂いも好きだし、眼だって大好きだし」
 後ろ髪に顔を突っ込んで、髪の匂いを嗅いで、それから首筋にキスして、汗を舐める。
 しょっぱい。あぁ、でもまどかのだってだけでなんでこんなにいい匂いに感じるんだろう。ずっと舐めていたいと思えるんだろう。
 甘噛みしようとすると、ぴくりと彼女の手が止まった。
 やっぱり、怒ったかなぁ。まぁでも怒ったまどかの顔も可愛いしなぁ。
 まどかは持っていたパーツを置いて、僕の後頭部に手を回した。
 僕の頭が逃げられないようにしてから、僕の方を振り向いて、無表情のまま貪るように口づけしてきた。
 入ってきた舌が、砂漠で必死に水を求めるように僕の口の中を掻き回していく。くちゅくちゅと、卑猥な音を立てて。
 半分閉じられたまどかの瞳が、少しずつ潤んでくる。
 まどかはそのまま無理矢理体を僕の方に向ける。僕は彼女の身体を支えきれずに、押し倒される形になる。
 自然と口が離れてしまった。
 まどかの口は半開きで、まだ舌も僕を求めるように少し外に出ていて、そこから光る糸が引いていて……。
 そしてまどかは目を閉じて、もう一度僕の唇を奪う。
 その手が、僕のジーパンのベルトを外している。器用にホックを外して、ファスナーを下ろして、ついにはトランクスの中に忍び込む。
 僕は思わず腕を掴んで止める。
「んちゅっ。……まさか、嫌なんて言わないよね」
 瞳に僕だけ映したまどかが、抑揚のない声で言う。
 普通の人には分からないかもしれない。でも、僕には分かる。その声の僅かな震えから、まどかが単純に僕の欲望に付き合ってくれてるんじゃなくて、彼女自身にも火がついているという事が。
 まぁ、火をつけたのは僕なんだから、僕に付き合ってくれていると言っても間違いでは無いんだけど。
 でも、こういうところで僕はどうしても意地悪をしたくなってしまう。
「どうしようかなぁ。暑いし、まだ昼だしさ、夜にしない?」
 まどかは目を伏せて、口の端をちょっと下に向ける。僕にだけ分かる、彼女の貴重な不満げな顔。
 身を離そうとするまどかの身体を、僕は抱き寄せながら耳元で囁いた。
「でも、まどかがどうしてもって言うなら」
「……別に、プラモ作ってる途中だし夜でも」
「ごめん。嘘。しよう。今しよう。ここでしよう。痛てて、まどかごめんって」
 まどかは文字通り僕の首筋に噛み付いていた。ちょっと強めに。これは跡が残るかもしれない。
「……謝罪は行為で示して。あと、床は硬いから、ベッドがいい」
「喜んで」


 僕とまどかが出会ったのは、大学の文芸サークルの新歓コンパでの事だった。
 たまたま席が隣同士だった、というのが事の始まりだ。でも多分席が離れていたとしても、僕はまどかを好きになったと思う。
 僕は先輩から勧められた缶チューハイを飲みながら、適当に大学での生活について話を聞いていた。独り暮らしは初めてで、なんでもいいから話を聞いておきたかった。
 しかしずっとそんな話を続けていられるわけも無い。僕がお手洗いに立って戻ると、先輩たちは別のグループの話題に乗っかっていた。
 もともと人と話をするのが得意でもない僕は、自分の席で一休みすることにした。初めての酒もあって、少し酔いも回ってしまっていた。
 そこで僕は気が付いた。僕の隣で、僕と同じように独りで酒のつまみをぱくついていた彼女に。
 先輩や同学年の子にもまどかのような魔物の子は居たし、人間にだって可愛い子は居た。
 でも、僕は一目見てから彼女から目が離せなくなってしまった。
「何ですか? あまりじろじろ見ないで」
 彼女の第一声はそれだった。大きな一つ目に僕だけの姿が映っていて、ようやく僕は彼女を凝視してしまって事に気が付いた。
 僕は情けなく狼狽してしまって、「何食べてるのかと思って、あ、そのチータラ美味しいよね、僕も食べていい?」なんてことを適当に口走った覚えがある。
 彼女は怪訝な顔をしながらも、チータラを差し出してくれた。
 出会った日に話せたことと言ったらそれくらいで、まだ名前も、メールアドレスも聞き出すことは出来なかった。
 そして何も出来ないまま、他の男の先輩が彼女に話しかけている姿を見ては胸をもやもやさせていた。


 まどかを抱きかかえてベッドの上に移り、彼女を下ろして、上から見下ろす形になる。
 緩むタンクトップの肩紐。わずかに横に流れる乳房。乱れた着衣が……って、最初から乱れてたか。
「あんまり、見ないで」
「恥ずかしい?」
「だって、気味悪いでしょ? 青い肌に、一つ目に」
「最高に可愛いけど」
 まどかはそっぽを向いてしまった。僕は目の前に晒される首筋に舌を這わせる。
「あっ」
 唇も押し付けながら、耳の裏まで舐め上げて、耳たぶを甘噛み。
 まどかは指を咥えて、声を殺そうとしている。僕はその手に指を絡めて、ベッドに押し付けてしまう。
「ちょっ、や、あん」
 何か言われる前に耳の穴に舌を入れてしまう。
 くすぐるように嘗め回していると、だんだんとまどかの吐息に熱が混じり始める。
 空いているまどかの片手が僕の下着に入り込んで、堅くなったそれに触れる。
 服、邪魔だな。僕は彼女のタンクトップの裾を掴んで、めくり上げる。二つの柔らかくて大きな乳房が揺れながら顔を出した。
 今度はまどかが僕のTシャツを脱がしにかかる。汗で引っ付いてなかなか取れなくて、まどかは上半身を起こして僕に万歳の姿勢を取らせた。
 脱いでしまうと、何ともすがすがしい。
 さぁ、その胸に顔を埋めよう……と思ったのだけど、まどかは僕の下の方にご執心のようだった。ジーパンを膝元まで下ろして、トランクスの生地越しに僕のそれを撫でまわしている。
 欲望に濁った瞳で……。
「まどか」
 その目で見上げられる。期待に満ちた、熱っぽい目で。
「口でしてくれる?」
 こくん、と頷き、まどかは僕のトランクスを一気に引きずりおろす。
 僕の硬くなったそれが顔を出す。蒸れていた下着の中からの解放感を楽しむ間もなく、さらに熱く濡れたまどかの唇に包み込まれる。
「あ、ごめん。汗臭くない? やっぱりシャワー浴びてからに」
 まどかはふるふる首を振る。それだけで柔らかい内側の頬肉が擦れて、心地がいい。
「わらひらって、ひみをあひわひはい」
「え?」
「じゅぼっ。私だって、君の味を楽しみたいもの。いいでしょ。君だってさんざん私の身体を舐めたんだから」
 言いたいことだけ言って、まどかはまた僕の物にむしゃぶりついた。
 まどかは普段はそんな風に見えないし、何を考えているかも読みにくいんだけど、その実結構えっちな事を考えている。お互いむっつりスケベというか、まぁ僕はまどかに対しては隠しても無いんだけど。
 でも、エロさについてはまどかの方が濃厚で底なしかもしれない。僕はまだまどかを満足させられたことが無い……。その点ちょっと、いやかなり申し訳ないとも思っている。
 そんな僕の心中も知らず、まどかは舌でちょっと被り気味だった皮を剥いて、亀頭のくびれた部分を中心に舐めていく。
 僕は彼女の髪留めを外して、流れる彼女の髪の感触を楽しむ。
 シャンプーの匂いがふわりと香る。いい匂い。僕の胸が、彼女への愛しさでいっぱいになる。
 じゅぶじゅぶ、じゅるるる、というまどかが僕を吸い上げる音。彼女が欲しくて欲しくてたまらなくなる。
 まどかの頬肉と舌と唇が、僕の下半身をとろけさせる。腰全体からさざ波のように快楽が寄せてきて、僕は後ろに向かって腰を下ろしてしまう。
 まどかは口を離さず、器用に僕のジーンズとパンツを脱がせてしまう。
 それから自分の下着をわずらわしそうに下ろす。
 僕の物から顔を上げて、じっと僕を見つめる。
「入れていい?」
 僕は答えずに、彼女の髪を撫でる。
 まどかはずい、と身を乗り出す。片手で僕の物を掴んで、彼女の下の入り口に位置を合わせながら、あくまでも僕の意思を尋ねる。
「入れたいの。欲しいの。まだ、だめ?」
 潤んでいく瞳。卑猥な言葉を並べさせて、もっと淫らに求めさせることも出来る。実際されたこともある。でも本当の事を言えば、僕はあまり焦らすのは得意ではない。……こんな目で見つめられたら、なおさらだ。
 僕はまどかに口付けてから、答える。
「いいよ。まどかの好きなようにしていい」
 まどかは淫猥に微笑むと、一気に腰を落とした。


 僕とまどかがこうなるまでには、それなりに色々な経緯があった。紆余曲折という程の波風を越えたわけでは無いけど、ありがちなすれ違いはあった。
 新歓コンパの後、僕はサークルや学内で彼女を見つけるたび、その姿を目で追うようになってしまった。
 そのうち不思議と彼女の気配が分かるようになった。最初は気のせいだと思っていたのだが、探してみると実際に近くに居たり、ふと視線を向けたところに彼女が現れる、という事が起こるようになった。
 偶然だと思えばそれまでなのだけど、あばたもえくぼと言うように、僕にはそれが運命的に感じられて仕方が無かった。
 見ているだけじゃなくて、話がしたい。もっと彼女の事を知りたいと思うようになった。
 でも、だからといって内向きな僕だ。すぐに声を掛けられるわけが無かった。
 そのうち彼女の方からも僕に視線を向けてくれるようになり、ようやく勇気をもって話しかけてみようと考えていたある日の事だった。
 いつものサークルの日に、彼女の姿が無かった。
 部長に聞いてみると、彼女はサークルを辞めてしまったのだという。
 僕は一週間も迷った挙句、大学の構内で彼女を待ち伏せてサークルを辞めたわけを聞くことにした。
「あなたの視線が嫌だったの。……せいせいしたでしょ? 目障りな、怪物みたいなのが居なくなって」
 二号棟の三階の廊下だった。今でもあの時の言葉は一字一句間違いなく覚えている。
 彼女の言葉を聞いたその日、気が付けば僕は自分の部屋に戻って毛布をかぶっていた。
 嫌われてしまった。そりゃ、良く知らない相手にじろじろ見られれば誰でも変に思うし、嫌がるだろう。
 僕はそんな事にも気が付いていなかった。
 三日くらい眠れなかった。彼女の事が頭から離れなくて、その度に拒絶の言葉が頭の中をぐるぐる回って。
 ようやくただ単純に気になっていただけじゃなくて、好きになっていたんだって気が付いた。
 そして僕は、再び二号棟の三階の廊下で彼女を待ち伏せた。
 僕に気が付いても、無視して隣を通り過ぎようとする彼女の腕を掴んで止めて、僕は自分の気持ちを伝えた。
「い、嫌な気持ちにさせてごめん。でもそんなつもりじゃ無かったんだ。君の事が気になって、話してみたくて、もっと仲良くなりたかったんだ。
 だからその。君の事が好きで、いや、こんな事いきなり言っても信じてもらえないかもしれないけど、あの」
 必死だった。自分でも途中から何を言っているのか良く分からなくなってしまうくらいに。
 ただ、それを聞いても彼女は怒るでもなく、嫌がるでもなく、ただその大きな目をさらに見開いて、僕だけの姿を映し出してくれていた。
 そしてチャイムが鳴って、彼女は何も言わずに行ってしまった。
 はっきり言って、自分の口下手さ加減に絶望した。もう希望は無いと思っていた。
 だけど、次のサークルの日には彼女は再び顔を出してくれた。
 そしてサークルが終わった後、彼女の方から話しかけてきてくれた。
「この間は話を聞けなかったから。どうして私を見てたのか、ちゃんと話してくれる?」
 そのあと二人でご飯を食べながらゆっくりと話をした。
 それだけでも僕は舞い上がってしまいそうだったのだが、彼女との関係をこれで終わりにはしたくなかった。
 もっと話がしたい。一緒に居たい。その気持ちのままに、僕は気が付けば緊張しながらも彼女をデートに誘っていた。
 口説き文句もご飯の味も良く覚えていないけれど、彼女が頷いてくれた時に、息が出来なくなりそうな程嬉しかったのだけは今でも良く覚えている。


 まどかは僕の胸の上に手を置いて、夢中で腰を振っている。
 その度に目の前でおっぱいが揺れる。粘ついた水音が響き渡る。膣ひだの一つ一つが僕自身に絡み付いて撫で上げる。
 蕩けきった、まどかの淫靡な表情。したたる汗が僕の身体に降ってくる。彼女の体液が、僕に染み渡ってくる。
「まどか、気持ちいい?」
 こくん、とまどかは頷いた。
 僕は手を伸ばして、まどかのお尻を掴んで揉みしだく。
「ふぁあ」
 おっぱいに負けずに柔らかくて、形も良くて。ここからでは良く見えないけど、実はお尻を見ているだけでもムラムラしてしまったことは、一度や二度ではなかった。
 妙に感じてしまったらしい。まどかは一度腰の動きを落ち着けて、僕の指の感触を味わうように放心している。
 半分外に出てる舌がすごくえっちだ。
 腰のラインも、肉付きのいい太腿も、水色をした足の爪も、全部僕好みだ。正直、本当に足の先から頭の、角の先まで僕はまどかの全部が好きなのだった。
 僕は放心しているまどかを、下から突き上げる。
「ひゃうっ」
 自分から腰を振っているまどかもそそるものがあるけど、こうやって僕の動きに感じてくれるまどかも可愛い。
 ちょっと目を潤ませて、僕の肩に必死でつかまって。口の端から、よだれが一筋垂れていて。
 やばい。言葉に出来ない。
 本当はこのまま激しく突き上げて、彼女の中に全部出してしまいたい。僕の気持ちも欲望も全部、精液と一緒に開放してしまいたい。
 ただ、それにはちょっとまだ引っかかる物があって……。
「まどか、そろそろ、いきそう」
 僕の言葉に、我に返るまどか。
 小さく声を上げながら、腰を上げてしまう。
 外気に晒される僕の上を向いたそれ。温もりが消えてしまって、ちょっと切なくて、滴る愛液が涙のようにも見える。
 まどかは屈んで、僕の肉棒をしゃぶりながら、手で扱き上げる。根元から先端に向けてゆっくりと指が蠢き、舌先が急かすように鈴口をくすぐる。
「い、いくよ」
 口の中に射精してしまう。
 ここ数日、まどかに会っていなくて溜まっていた物が、一気に放出される。
 まどかは一瞬目を見開いて驚いたようだったけど、すぐに落ち着いて喉に落としていく。
 その喉が小さく動き、口の中では舌が尿道に残った精を舐め取ろうと動いている。
「うあ、ぁ」
 唇と舌で最後の一滴まで搾り取り、まどかはようやく僕を解放してくれた。
 恍惚の表情で、まどかは僕に覆いかぶさってくる。僕の胸の上で彼女の豊かな胸が潰れ、二人の汗が混じり合う。
 まどかの心音が、僕の鼓動と重なる。
 満足そうな吐息を耳元に感じつつ、僕はまどかの背に腕を回して、しっかり抱きしめる。
 やばい。今なら死んでもいいかも。
「良かったぁ」
「そんなに良かった? いや、男としては嬉しいけど」
「それもだけど、君がちゃんと帰って来てくれて。地元に戻るって聞いて、ちょっと怖かった。誰かに、取られるんじゃないかって」
「まぁ、夏休みだからね。親にも顔見せてやらないとさ。それに、僕が浮気なんてするはず無いじゃない。こんなに可愛い彼女が居るのに」
 まどかは何も言わず、ただ僕に髪をこすり付けて、身体に回した腕に力を込めた。
 まるで自分の匂いを強く残そうとでも言うように。


 一度デートに行ったことをきっかけに、僕はそれからも何度も彼女をデートに誘った。
 映画を見に行ったり、動物園や遊園地に行ってみたり。
 そのうちに二人で一緒に居る事が当たり前になっていった。
 でも、もともと誰かと付き合ったことも無かった僕はすぐにネタ切れになり、だんだんと互いの家に行ってだらだら過ごすだけという事が多くなった。
 彼女はいつも無表情で、あまり話してくれなくて、お互いの家に行くことが関係の進展なのかそうじゃないのかも良く分からなかった。
 もしかしたら、彼女は付き合いがいいだけで僕の事は何とも思っていないのかもしれない。
 そんな不安を抱いた僕は、彼女を家に呼び、一緒にお酒を飲む事にした。
 本当は彼女を酔わせて本音を聞いて、いい雰囲気に……。という策略があったのだが、予想以上に彼女は酒が強く、僕がべろんべろんに酔っぱらっても涼しい顔で飲み続けているありさまだった。
 自棄になった僕は、彼女の事が好きで好きでたまらないというような事を口走り、彼女は彼女で、だったらそれを証明して見せて、と挑発してきて。
 気が大きくなっていた僕は彼女を押し倒して唇を奪ってしまった。
 それから、意外にも彼女の方から僕を求めてきて、初めて彼女と交わったのだった。
 その時頭がもうろうとしていたせいで中に出してしまって、彼女は何も言わなかったけど、ちょっと複雑な表情をしていて。
 それからは、ちゃんと出そうになったら言う事にした。そして、まどかはその度に僕の精を口で受けて、飲み込んでくれるようになった。


 やっぱり、中で出すのは気にするのかなぁ。
 でも、生でしている時点で妊娠とかそういう観点からするとあんまり関係ない気がするし。
 僕はまどかの背中を撫でながら、背骨の上を指でなぞりながら、ちょっと想像する。
 僕とまどかの子供かぁ。まどかみたいに綺麗で大きな目をしてるんだろうなぁ。手足は細くて短くて、角もまだちょこんと乗ってるだけで。両手を広げて「ぱぱぁ」なんて言いながら飛びついて来るのかなぁ。
 ……やばい。鼻血が出そうだ。
「ねぇ」
「ん?」
 まどかが僕の胸の中からじっと見上げてくる。
「他の女の子の事、考えてない?」
「え、な、何言ってんの? そんなわけないでしょ」
 まどかは目を伏せる。そして何を思ったか、僕のみぞおちに唇を付けて強く吸い付いてきた。ちょっと痛いくらいに。
「ちょ、まどか?」
「ちゅっ。まだ、足りない」
 今度はわきの下のあたりに回って、同じように吸い付き始める。
 あぁあ、みぞおちの皮膚が少し内出血しちゃったよ……、ってこれキスマークか。
「ちょっと、まどか。本当に浮気なんてしてないから。まどかとの事しか考えてないから」
 二人の子供の事も駄目なのか? いや、勝手に子供の事考えてるのも、ちょっとあれなのかもしれないけど。
 まどかは僕の制止を聞かず、僕の身体にいくつもいくつも唇の痕を残していく。
 仕方ないので、僕は彼女の頭に両手を添えて、その唇を思い切り吸った。
 舌を奥まで突っ込んで、かき回すようにする。
 まどかの身体が一瞬ぴくんと跳ねて、それから彼女の方からも積極的に舌を絡めてくる。
 彼女が跨っている僕の太腿部分が湿り始めている。舌を動かす程、湿った部分はさらに広がって、僕の陰毛を濡らすくらいになる。
「ぷは。これで分かってくれた? それより、僕の方こそ君を誰かに取られないか心配なんだけど」
「私を好きなんて言う変な人はあなたくらいだもの……。でも、これだけ痕をつけておけば少しは安心」
 見下ろすと、僕の胴回りのそこかしこにキスマークが付いていた。
 身も心ももうまどかの物ってわけだ。
「君も私もべたべたになっちゃったし、シャワーでも浴びようか」
 まどかは身を離そうとする。僕は暑いくらいのその体温を離したく無くて、彼女のあそこに指を入れて掻き回した。
「あぅっ。やあぁ」
「本当にシャワー浴びたいの? ここはこんなに濡れてるのに。どうせ汚れてるんだから、もう一回くらいしようよ」
「いいの?」
「当たり前じゃないか」
 まどかは表情をほころばせて、再び僕の唇を奪った。


 さんざんベッドの上でいちゃいちゃしたあと、さして広くないシャワールームに二人で入った。
 お互い丸裸で、ちょっと恥ずかしがりながらもシャワーをかけて汚れを落としあう。
 なんというか、ベッドの上ではそれ以上に恥ずかしい事をしているはずなのに、なぜか風呂場でお互いの裸を晒し合うというのは、また別のベクトルで恥ずかしい物があるなぁ。
 背中を流し合ったり、無意味に抱きついたり。
 その度またぐらが反応してしまって、困ってしまった。
 欲情に任せてここで彼女を抱いてしまってもいいんだけど、ちょっと今日は大事な計画もあるので自制する。
 ここで抱いてしまったら、多分もう気怠さや惰性が理性に勝ってしまって彼女の身体を手放せなくなってしまいそうだし。
 それじゃ駄目なんだ。今日は。
 まどかは僕の身体を見て何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
「さっぱりしたね」
 僕が笑いかけると、まどかは僕に身を寄せて匂いを嗅ぐように鼻を近づける。
「匂い、消えちゃった」
「またつけてくれればいいじゃない」
 まどかは頬を染めて、頷いた。


 窓の外は既に日が暮れてしまっていた。
 僕たちは着替えて、部屋の床に大の字で寝転がる。
 ちょっと汗ばみ始める肌。ひぐらしの鳴き声。ほのかに香る、彼女の部屋のシンナーの臭い。
 心地よい倦怠感。あぁ、このまま気持ちよく眠れそうだなぁ。と思っていると、不意に自分のお腹が鳴った。
「食べたいものある? 何か作ってあげる」
「さっぱりした物がいいかなぁ」
 まどかは立ち上がって、キッチンの方へ歩いていく。
「ごめん。作ってあげるなんて言っておいて、そうめんしか無かった」
 僕は思わず吹き出してしまった。何というか、まどからしいというか。
「あはは。いいよ、暑い夏にぴったりだよ」
「本当にごめんね。今からスーパー行けば何か」
 胸に手を当てておろおろするまどか。自分の為にこんな風にしてくれるなんて、なんていうか凄い嬉しい。
「いいって。僕はまどかが茹でてくれたそうめんを食べたいよ」
「……ありがと」


 風鈴の音がする中、僕とまどかは仲良くそうめんをすする。
 そうめんしか無いと言っていた割に薬味はそれなりに充実していて、めんつゆのほかにゴマダレ、刻み葱、しょうが、等々、味に困る事は無さそうだった。
 僕はまどかの顔を盗み見る。
 麺をすするたびに形を変える唇。ふにふに動くほっぺた。飲み込むときの、喉の動き……。
 いかんいかん、そうじゃない。
 今日は、伝えたいことがあって来たのだから。
 胸が少しどきどきする。僕は箸を置いて、まどかの方に体を向ける。
「あ、あの。まどか、ちょっと聞いてくれる?」
 その目が、何? と問いかける。
「話があるんだ。大事な話」
 まどかも箸を置いて、僕に向き直ってくれる。
「あのさ、えっと。その、付き合い始めて、結構立つだろ? あ、いや、違うな」
 僕が言葉を選んでいると、まどかの顔がみるみるうちに曇ってくる。
 あれ、何か変な事を言ったかな。と思う間もなく、まどかは僕の足をぐっと掴んで詰め寄ってくる。
「いや、やだから。君と別れるなんて嫌だからね。言う事なんでも聞く。何でもするから、お願い。別れるなんて言わないで」
「え?」
「私に飽きちゃった? やっぱり一つ目は嫌だった? わ、私。二番目でも、何番目でもいいから君のそばに居たいよ」
「まどか、それ以上言ったら怒るよ?」
 大粒の、本当に大粒の涙を浮かべる彼女を、僕はそっと抱き寄せる。
「信じてよ。僕にとってまどかは世界で一番好きな人なんだから。
 その目だって綺麗だっていつも言ってるだろ? それに、仮に他のサイクロプスに言い寄られたとしても僕は揺るがないからさ。
 まぁそれ以前に僕は贔屓目に見ても外見も中身も中の下くらいだし、言い寄ってくる人なんていないよ」
 おまけにいつもスケベな事ばかり考えてるし。
 ……いや待て、自分の外見や中身が悪いとか彼女に言う事か? 付き合ってる男には、やっぱりそれなりで居てほしいと思うものなんじゃないのか?
「そ、そんな僕だけど、君への気持ちだけは誰にも負けないから」
 何言ってんだ僕は。完全に墓穴を深くしただけじゃないか。
「……私、君より素敵な人なんて見たこと無いよ」
 やばい。上目づかいでそんなこと言われて、完全にハートを打ち抜かれた。
 僕は思わずまどかをぎゅうっと抱きしめてしまった。いや、こんなはずじゃなかったんだけど、どうしてこうなった?
 まぁ、嫌では無いんだけど。むしろとても幸せなんだけど。
「それを言うんだったら、まどかだって自分が綺麗なのを認めてよね」
 ……ま、僕の場合は自他共に認める地味顔だから置いておくけど。
 何だか誤解させてしまって遠回りしたけど、ともかく本題に入ろう。
「話そうとしてたのはそういう話じゃないんだ。別れる気なんて全然ないし、僕にとってまどか以上に大事な物は無いけど、それはそれとして」
 僕はそこで一度言葉を切る。そうだ、いいことを思いついた。
「ねぇまどか。今、言う事なんでも聞くって言ったよね」
 まどかは頬を染めて、目を逸らした。
「……言ったけど。な、何。私に何をさせたいの?」
 何か、勘違いしてないか?
「あのさ、一緒に海に行こうよ」
 まどかは目を見開いて僕をじっと見つめた後、ぶんぶん首を横に振った。
「い、いやだ」
「そんな事言わずに」
「君だって、私が人ごみ苦手なの知ってるでしょ? それに人前で水着になるなんて嫌だよ。
 水着が見たいんだったら、ここでいくらでも見せてあげるから」
「いや、それは魅力的な提案ではあるけど、そうじゃなくてさ。先輩が教えてくれたんだよ。地元民にもあまり知られていない、いつも誰もいない小さな砂浜の事」
「で、でも、海なんて遠いじゃない。移動だって出来ないし」
「そのために地元に帰って免許を取ってきたんだよ」
 まどかは目を開いて、僕をまっすぐ見上げる。
「この辺、教習所無かったからさ」
「私と、海に行くために?」
「うん。結構試験とか頑張ったんだよ」
 まどかはうつむきがちになって、ぽつりと言った。
「分かった。海、行く」
 よっしゃ。僕は内心でガッツポーズを取る。
 彼女と海に行く。ようやく、ようやく僕のささやかな目標がかなう日が来たのだ。
12/08/05 20:53更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
ただ単純に海に行ってイチャイチャする読切を書くつもりが
海に行く前にかなりの文字量を費やしてしまうなんて……まだまだ修行が足りませんでした……。
次回は海編です。

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