連載小説
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SIDE:B
 いつもは外に行きたがらない彼が、珍しく海に誘ってくれた三日後。


 私は彼の運転するレンタカーの助手席に座っていた。
 ……車の微かな揺れと共に、心を揺らしながら。
 サイドミラーに映る自分の姿。額にはごつごつした可愛くない角が生えていて、肌は血色の悪い青色で、おまけに目は一つしかない。
 私は人間じゃない。サイクロプスという、醜い魔物なのだ。
 こんな私が人でごった返す夏の海になんて行ったら、きっとみんなから嘲笑の目で見られる。汚い物を見る目で、場違いな奴がいると顔をしかめられるに決まってる。
 本当は人の目が多い場所には行きたくなかった。出来ればずっと彼と一緒の家の中で、プラモを作って過ごしたいと思っていたけど。
 ちらり、と運転席の彼を見る。
 彼はいつになく真剣な顔をしていた。見た事の無い彼の姿に、少し胸がきゅんとする。
 今日の為に免許まで取ってくれた彼ががっかりする顔だけは見たく無かったから……。それに比べたら変な目で見られるのなんてへでもない。
 でも、一緒に居る彼まで同じように見られてしまったらと思うと、少し怖い。
「まどか。寝ててもいいよ」
「え?」
「退屈でしょ? それかラジオでもつけようか」
 彼は危なっかしい手つきで、左手でラジオのスイッチを探し始める。
 私は彼の手を取って、一緒にスイッチを押した。
 ラジオDJの曲紹介と共に、ゆったりとしたバラードが車の中に流れ始める。
 ……退屈なんて、あるわけない。彼と一緒に居て、つまらないなんて思ったことなんて全然ない。
 一緒に居ると安心出来る。いつだって私が一番欲しいと思っているものをくれる。
 それに、最近なんて一緒に居るだけでその気になってしまう事も多くなってしまって、プラモデルに集中して気を紛らわせていないと、襲い掛かってしまいかねない程なんだから。
 現に今だって、私は……。
「この曲、結構いいね」
「私、流行の曲とか良く分からなくて。誰の曲?」
「えっと……。ごめん、僕もそこまでは良く分からないんだ。僕も流行に疎くて」
 彼は苦笑いを浮かべる。また彼を困らせてしまった。
 私はあまりしゃべるのが得意では無くて、口を開くと変な空気にしてしまう事が良くある。
 どうしたら、もっと自然に仲良くおしゃべり出来るんだろう。


 彼と出会った時もそうだった。
 サークルの新人歓迎コンパ。他の一年生の子や先輩達がみんな楽しそうにおしゃべりする中、俯きがちで一人で居るのは私だけだった。
 先輩たちは親切に声をかけてくれたけれど、口下手な私は上手く言葉を返せなかった。
 そのうちに周りに誰も居なくなって、私だけが一人別世界に取り残されてしまった。
 そんな私を、彼が見つけてくれたのだ。
 することも無くぼうっとしているうち、いつの間にか彼が隣に座っていて、私の方をじっと見つめていた。
 私はこんな外見だから、嫌でも視線を集めてしまう。
 珍しい物を見る視線、汚らわしい物を見る視線、そういうものには慣れているつもりだったのに、彼の視線は不思議と私を落ち着かない気持ちにさせた。
 私はその気持ちの正体が良く分からなくて、ついじろじろ見ないで欲しいなどと心無い言葉を掛けてしまった。
 だけど、それからも彼はことあるごとに私を見つめてきた。大学内、サークル、ふとした瞬間に彼がそばに居た。
 彼は不思議なまなざしの持ち主だった。嫌悪や奇異を感じさせない、生まれて初めて感じる視線。
 そのうち、私もなぜか彼の事が気になるようになって、彼の姿を探すようになっていった。
 でも、いつの頃からか私は変わってしまった。彼が居るだけで、胸がそわそわして苦しくなるのだ。
 自分でも良く分からない気持ちに居心地が悪くなっていって……。
 彼がどんな気持ちで私を見ていたかも聞かず、一度は彼から逃げてしまった。
 近づかないで欲しいとか、そんな様な事を言ってしまった覚えがある。今では忘れてしまいたい記憶でもあるから、よく覚えてはいないけれど。
 それでも、彼は再び私の前に立って、一生懸命気持ちを伝えてくれた。
 今でもはっきり覚えている。
 二号棟の三階。彼は初めて私に好きだと言ってくれた。
 こんな私を、好きだと言ってくれたのだ。


 長い長いトンネルを抜けた先に、視界いっぱいの青が広がった。
 青空の下に、さらに深い青色が広がっている。
 細かい雲のような白い物が動いている。あれが波というものだろうか。これが、海というものなのだろうか。
 空のように、水平線の果てまで続いている。あれが全部塩水なんて、信じられない。
「ようやく見えたね。海」
「うん」
「空も晴れてるおかげで、すごく綺麗だ。いい海水浴日和だよ」
 海を見るのは、生まれて初めてだ。
 太陽の光を反射して、きらきら輝いている。
 青い宝石みたいだった。世界の果てまで広がる大きな大きな宝石。
 私は思わず見とれてしまった。すごく綺麗だった。


 海沿いの道をしばらく走る。
 平日だけど夏休みだけあって、海水浴客も結構いるみたいだ。魔物の姿もちらほらと目に付く。
 家族連れのエキドナ、ビーチボールを抱えたリザードマンとサラマンダー、何か食べながら歩いているベルゼブブのカップル。二人のサキュバスに両手を引かれている男の子。
 ようやく人間同士のカップルを見つけたと思ったら、よく見れば女の方はダークプリーストだった。
 空の上ではブラックハーピーが旋回して、多分男を狙ってる。
 魔物がこれだけ居るのなら、人間なんてもっといるに決まっている。
 ……本当に人のいない浜辺なんてあるのかと不安になってきた。
 進んでいくうちに、海水浴のお客さん向けだろうか、駐車スペースもいくつか見え始めてきた。
 そんな中に、あまり車の止まっていない駐車場があった。見ていると、なぜみんな停めないのか何となく分かった。
 駐車場に一組のカップルが居るのだ。
 男の方は大柄で、筋骨隆々とした体は浅黒く日焼けしていて、まさに海の男って感じの人だった。これから海に行くのか、裸で派手な柄のビキニパンツをはいていた。
 羽飾りの付いた帽子も被っているけれど、その格好にはあんまり似合ってない気もする。
 女の方は彼に抱えあげられている。やっぱり海に行くのだろう、彼女も貝殻を模した水着しか着ていなかった。
 私の硬い髪と違う、桃色の柔らかそうな髪。サンゴや巻貝の形をしたアクセサリーもおしゃれで羨ましい。
 魚の下半身の鱗もハート形をしていて、可愛い。私に比べて、すっごく女の子っぽい。
 見たのは初めてだけど、話には聞いたことがある。あれは多分メロウさんだ。
 二人ともお互いを見つめ合っていて、二人の世界って感じだ。確かにこれじゃあ誰も入っていけないだろう。
 ところが、そんなカップルの居る駐車場に車は進んでいく。
 運転席の彼が苦笑いをしていた。
「あれが僕の先輩」
「あんなにたくましい人と知り合いなんて、ちょっと意外」
「たくましい? あぁ、僕の先輩はメロウの方だよ。男の人は先輩の彼氏」
 あの可愛い人が、彼の先輩?
 先輩……。私の知らない時代の、彼の先輩……。
 何だろう、胸が苦しい。
「さ、降りよう。ここから先はモーターボートで行くんだってさ」


 海上を滑るモーターボートの上で、私はぼんやりと流れる海面を見ていた。
 前の席では、私の恋人とメロウさんの恋人が世間話に興じていた。
 ちなみにメロウさんは姫子という名前で、姫子さんの恋人は吉岡さんと言うそうだ。
 駐車場で簡単に自己紹介をしたのだ。
 その時の事がなんだか胸に引っかかっていた。
 姫子さんは吉岡さんに抱かれながらも、私の彼に「君も水着になっちゃいなよー」なんて楽しげに話しかけていたのだ。
 「浜辺に着いてから脱ぎますよ」なんて言ってたけど、彼もまんざらでもなさそうな顔をしていて……。
 頭の中に不穏な考えが浮かぶ。彼は先輩に穴場の浜辺を教えてもらったのだと言う。それってつまり、実家に帰っている間に姫子さんと会ってたって事だよね。
 あんなに可愛い人と一緒に居て、何も思わない事なんてあるんだろうか。
 ひょっとしてあの人と海に行って、また会うために、海に来たとか。
 ……本命は、あの人だとか。
 暗い考えが胸を重くする。
 私、嫌な女だな。
「まどかさん、どうしたの? 暗い顔して」
 海面から姫子さんが私の方を見ていた。
 姫子さんはボートに乗るくらいだったら自分で泳ぐと言って、ボートに並走するような形で一緒に付いてきているのだった。座るより泳ぐ方が楽なのだろうか。半身が魚なのだからおかしくは無いのかもしれないけど。
 器用に背泳ぎしながら、私に笑顔を向けてくる。その笑顔が、私にはとてもまぶしい。
「いえ、あの。姫子さんは彼の高校の時の先輩なんですよね」
「うん、そうだけど」
「彼は、どんな高校生だったんですか」
 彼とどんな関係だったんですか。聞きたいけれど、聞けなかった。
「無口で何考えてるのか良く分からないって感じかなぁ。……あ、違うのよ? いいやつだっていうのは何となく分かるんだけどね。まぁでも、色んな事を無意味に深刻に考え込むタイプというか」
 遠慮の無い口調。彼との距離の無さを感じさせる。
「でも、大学行ってっからちょっと明るくなったかな。君のおかげかもね」
 姫子さんは私に向かって片目を瞑ると、尾で海面を叩いてしぶきを上げる。
 思わず目を閉じてしまって、再びそこを見た時には既に彼女の姿は無かった。
「あ、おい姫子」
「あはは。ダーリン私を捕まえに来てー」
 姫子さんの姿は海のだいぶ先、いつの間にか目的地の小島近くまで移動していた。
「相変わらずですねぇ」
 彼は苦笑いを浮かべている。
 私の知らない、彼の高校の先輩、か。


 ボートは目的の小島の裏側に回る。
 そこの小さな入り江で、私達は一度ボートから降りた。
 ビーチパラソルやビニールシート、私と彼の荷物に、それから大きめのクーラーボックスを下ろして、一息つく。
 この島は小さな無人島で、人が来ることも稀なのだという。
 人目を気にせず遊びたい地元民が来ることもあるらしいけど、入り江もいくつかあるので既に人が居れば別の場所に行ってしまうのだという。
 砂浜の先はちょっとした雑木林になっている。蛇には気を付けた方がいいという話だったけど、他に危険な動物は特にいないらしい。
「ねぇねぇ、いいじゃん人目も無くなったんだから脱いで見せてよ」
「嫌ですよ。セクハラじゃないですか。それに、吉岡さんの身体の前じゃ恥を晒すだけですって」
 彼と姫子さんがまた楽しげに話しを始める。……私の前じゃ、あんなふうにすらすら話してくれないのに。
 二人の方を見ていられなくて、私は目を逸らした。
「ダーリンだって気になるでしょ」
「そうだな。教え子がどれだけ鍛え上げたのか、確認したいところではある」
「……吉岡さんは水泳部の顧問であって、文芸部には関係ないでしょう」
「屁理屈こねない。ダーリン、やっちゃえ!」
「ちょっ、吉岡さん? 吉岡さん。や、やめて。あっー!」
 仲、良さそうだなぁ……。
「こら。変な声を出すんじゃない。って、おい、こりゃすごいな」
「虫刺され、じゃなさそうね」
「……あまり見ないで下さいよ」
「こりゃ、男の勲章だな」
「……あの子、見た目に寄らず激しいのね」
 なんだか、視線を感じる。
 恐る恐る三人の方を向くと、三人とも私の方を見ていた。
 にやにや笑う姫子さん。目を丸くしている吉岡さん。それから赤くなりながら、照れ笑いを浮かべている彼。
 彼の白い肌には、いくつもの小さな内出血の跡があって……。
 それはこの間、久しぶりに彼に会った時に我慢できなくて付けてしまったキスマークで、激しく交わった証で、誰かに取られたくない、私の気持ちの、私の……。
 三人の視線の意味に気が付いて、顔が急に熱くなる。
 あ、あ、あ。
 だめ、見ちゃだめ。
 考えるより先に体が動いていた。
 隠すものなんて無い。だから私は、彼に抱きついて姫子さんと吉岡さんの視線を遮った。
「まどか?」
「み、見ないで下さい」
 恥ずかしくて、誰の顔も見られなかった。
 私は目をつぶって、必死で彼の身体に覆いかぶさっていた。
「高校のころは大人しい子だと思ってたのに、あんたやるようになったわねぇ」
「いや、それほどでも」
「ああでも、いいわねぇ。羨ましいわぁ。ねぇダーリン」
「……姫子、だめだぞ。真似は駄目だ。仕事にならなくなる。
 駄目だったら。おい、手を放してくれ。溺れる、溺れるからがぼがぼがぼ」
 何か不穏な音が聞こえているけど、私は顔を上げられない。
 音が遠ざかっていく。
「……ボートも使わず帰るとは、流石吉岡さん。と言うよりは、先輩の強引さが成せる業か」
「あ、そうそう。あんたたち、そのクーラーボックスの中身は差し入れだから好きに使ってね。じゃ、夕方には迎えに来るからー」
 遠くの方から、姫子さんの声。
 彼の手が、肩にそっと触れる。
「二人は行っちゃったよ。だからそんなに泣かないで」
 顔を上げると、彼が優しく微笑んでくれていた。
 頭の中が真っ白になってとっさに抱きついてしまったけど、私二人になんて失礼な事をしちゃったんだろう……。
「ごめんなさい。私」
「あぁ、別にあの二人には見られても仕方ないと思っていたし、それに僕としては嬉しいからさ。その、まどかがそれだけ僕の事を、想ってくれてるって事だし」
「そうじゃなくて。あの、キスマークもそうだけど、じゃなくて、私二人にろくにお礼も出来なくて」
「あぁ、気にしなくていいよ。あの二人はいつもあんな感じだからさ。さぁ、とりあえず場所を整えようか」
 俯く私の肩を軽く叩き、彼は荷物を広げ始めた。


 ビーチパラソルを立てて、ビニールシートを広げた上に、私達は隣り合って座った。
 波の音が聞こえる。でも、私の心は曇ったままだった。
 何を話せばいいんだろう。何を言っても、姫子さんの事を聞いてしまいそうで。
「しっかし暑いよねぇ。何か飲もうか」
 言われてみれば、体中汗だくだった。私はそんなに暑さが気になる方では無いので、言われるまで気が付かなかったけど、確かに夏の砂浜だけあって暑い。
 彼はクーラーボックスを覗き込んで、顔を引きつらせた。
「うわ、あの人何考えてるんだ」
 私も近づいて覗き込んでみる。中身の半分が栄養剤だった。しかも精力増強系の……。
 もう半分はペットボトルの炭酸飲料だった。ヤギと三角帽子のロゴのあしらわれた、聞いた事の無い名前の飲み物だ。
 地元の品とかなのかな。
「こっちならまだ大丈夫かな」
 差し出された炭酸飲料を受け取るも、私はそれを持て余してしまう。
 彼は手で仰ぎながらペットボトルのキャップを開ける。ぷしっ、と言う小気味よい音が涼しげに響いた。
「あのさ、まさかとは思うけど、もしかして何か疑ってる?」
「え?」
「僕が先輩と昔付き合ってたんじゃないかとか、今も関係があるんじゃないかとか、さ。
 ありえないからね。もしそんな事になってるならこんな体さらさないし」
 彼は喉を鳴らして炭酸飲料を飲み込んでいく。汗の浮かぶ喉仏が上下して、ちょっぴりエッチな感じ。
 私の考えている事は、いつもすぐにばれてしまう。
「どうして分かったの」
 彼は突然飲んでいた物を噴き出して、激しくむせ始める。私は慌てて彼の背をさすった。
 咳払いしてから、彼は困ったような笑みを私に向ける。
「海に誘った時もそんな事言ってたじゃないか。全く、少しは僕を信用してよ」
「だって、あの人私なんかよりずっと可愛いし、君と話していても楽しそうだし」
「好きな人の前だとどうしても喋りがぎこちなくなっちゃうんだよ。僕にはまどかが一番だって、信じてよ。
 それにあの二人、見たでしょ? 先輩はもう帽子を渡してるんだよ」
「帽子?」
「メロウって、結婚相手に帽子を渡すらしいんだ。近々あの二人も結婚するんだってさ」
「本当に、何とも思ってない?」
「思ってない」
 ……だめだ私。こんなにしつこく聞いちゃうなんて。
 彼は海を見ながら、語りかけるように話しはじめた。
「吉岡さんは今、僕の母校で先生をやってるんだ。先輩と付き合いだしたのは、うちの高校に教育実習で来ていた時からさ。
 流石恋愛好きのメロウと言うかなんというか、教師と恋に落ちるなんてねぇ。本人は教育実習生はセーフだって言って聞かなかったけど。
 何が言いたいかっていうと、僕が先輩と出会った時にはもう先輩は恋する乙女状態だったってわけさ。
 こんな風に一途に想われてみたいなぁって思う事はあっても、先輩個人をどうこう思ったことは無い。誓ってもいい」
「信じる。……ごめんね。しつこく聞いて」
「いいって。気にしない気にしない」
 彼は本当に優しすぎて、私はいつだって甘えてばかりになってしまう。
 申し訳なく思いつつも、でも、やっぱり優しくしてくれるのはとても嬉しい。
「さ、せっかく海に来たんだし、何かして遊ぼうよ。っと、その前に。水着になろう? まどか」
 期待に満ちた彼の目。感謝の気持ちをちょっと返してもらいたい気にもなるけど、彼を困らせたのは私でもあるし。
 彼以外に誰もいないし、お詫びの気持ちも込めて、もったいぶらずに服を脱ぐ。
 海に入る事が分かっていたので、服の下は既に水着だ。Tシャツとショートパンツを脱げば、赤い花柄の紐ビキニが現れる。
 水泳なんてしたことなかったから、昨日急遽ドワーフの友達と一緒に買ってきたのだ。
「ど、どう? おかしくない?」
 彼は目を見開いて私の姿を見るばかりで、何も言ってくれない。
 ぽかんと口を開けているばかりで、やっぱりおかしかったかな。
 マイクロビキニじゃないだけマシだけど、背中なんてほとんど裸同然だし。
 ……本当はもっと生地が多い水着が良かったのに、いつの間にか友達が私の水着を勝手に買ってしまったのだ。
 信じられない事に試着もしていないのにサイズはばっちりだった。いつも事あるごとに私の胸を触ってくるから、そのせいかもしれない。
 ……お返しに彼女には子供が着そうなフリルの付いた水着を買ってあげた。
「……いい。すごくいいよ!」
「ほ、ほんと?」
「うん、凄くえろ……じゃなくて可愛くてセクシーで」
 露出、多いもんなぁ。やっぱり彼の前以外じゃ着られないなぁ。
 肌を撫でる風が落ち着かなくて、どうしても腕で体を隠すようにしてしまう。
「さぁ、行こうよ」
 彼の差し出してくれる手を、私は素直につかめなかった。
「あ、あのね。本当の事言うと、私泳げないの」
「うん。知ってる。でも基本くらいだったら僕も教えられるし、海の中を見るだけでも面白いと思うよ」
 彼は荷物の中から大きめのシュノーケルを取り出した。
 真ん中が分かれていない、私でも使える様なタイプだった。
 たまたまそういう形の物を持っていただけかもしれない。でも、私は彼の小さな気遣いが嬉しくて、その手を取って抱きついてしまった。
「泳ぎ方、教えて? 海の中も見てみたい」
「もちろんだよ。さ、行こう」
 照れる彼を見ていると、気持ちが高ぶりそうになる。
 でも、今は海を楽しもう。せっかく彼が連れてきてくれたんだから。


 泳ぐというのは、結構難しい事だった。
 水中で足が付かないというのはとても怖くて、彼に手を引いてもらってもバタ足するのにも勇気が必要だった。
 最初は全然水に慣れなくて、海水を飲んで咳き込んだり、鼻から入ってしまってつんとしたり、彼に恥ずかしいところばかり見せてしまった。
 でも彼は馬鹿にしたりなんかせずに、気長に私に付き合ってくれた。
 おかげで、何とか水に浮けるようになり、余裕を持って海の底を見るくらいの事は出来るようになった。
 大きな貝殻を背負ったヤドカリ、小さなエビやカニ、鮮やかな色をした魚。意外とたくさんの生き物が浅瀬の砂の上を行ったり来たりしていた。
 星形のヒトデも、大きなナメクジみたいな生き物もいた。流石に近づけなかったけど。
 あまり人も来ない場所だからこんなに生き物がいっぱいいるのかな。
「海って凄いね。こんなに綺麗だと思わなかった」
 私は彼に話しかけるが、彼は夢中で海の中を探っていて聞こえていないみたいだった。
 私ももうちょっと見ていようかな。
 ちょうど赤い魚が泳いでいるのを見かけた。どこに行くのかな? と追いかけていると、不意に肩を叩かれた。
「まどか、こんなの見つけたよ」
 彼の手のひらの上には、黄色い綺麗な巻貝や、ピンク色の小さな貝が乗っていた。
「かわいい」
「記念に持って帰ろうか」
「うん!」
 彼はにっこり笑った後、申し訳なさそうに切り出した。
「実はちょっと疲れちゃってさ。砂浜で休まない?」
 それも当然だ。ここまで運転してきてくれて、私の泳ぎの面倒まで見てくれたんだから。
「そうしよう。ありがとね、色々教えてくれて」
「もっとうまく教えてあげられたら良かったんだけど。ともかく上がろうか」
 私達は魚たちをあまり驚かせないよう、ゆっくりと陸に上がった。


 私は今、一人で砂遊びに興じていた。
 しばらく二人でビーチパラソルの陰で休んでいたのだけれど、急に気持ちが落ち着かなくなってしまったのだ。
 何かしていないと彼の事ばかり考えて、彼に抱きついて離れられなくなってしまいそうだった。
 彼を見ているとどうしてもキスマークが目に入ってしまって、あの日の夜を思い出してしまうのだ。それに、今は二人とも裸同然だし。
 お互いに汗をかいているから、その、彼の匂いも強くなっていて……。
 匂いをかいでいるだけで頭がぼうっとしてきてしまって……。
 だから私は、ただ無心で砂の山に向かう事にした。いつもプラモデルに向かっているときのように。
 でも、プラモは別に逃避の為に利用しているわけじゃ無い。プラモはプラモで大好きなのだ。
 自分の指で何かが形作られていくのは、やっぱりとても面白い。
 この世界のロボットというものも格好良くて好きだ。流線型の物もあれば、ごつごつした質感の物もある。私はプラモデルはどちらかというと重量的でマッシヴな形の方が好きだけど、細身のデザインもいいと思っている。
 しかも、数限りなくたくさんの種類のプラモデルがあるんだから、この世界は凄い。最初は乗り気じゃなかったけど、本当にこっちの世界に来て良かったなぁと思っている。


 ふと、生まれた世界の事を思い出した。
 あの世界だって別に嫌いじゃない。父さんや母さん、お姉ちゃんもいるし。
 でも、母さんやお姉ちゃんはプレッシャーでもあった。
 二人は私なんかよりずっと腕のいい鍛冶師で、噂を聞いて買い物に来る剣士や、色々と商品を発注しに来る商人なんかも多かった。
 誰もが母さんやお姉ちゃんの腕を必要としていた。私が作ったものは、数が足りない時の数合わせくらいにしかならなかった。
 それは仕方が無い事だったけど、でもやっぱり私は誰かに必要とされたくて……。
 二人は、あなただっていずれは私達をしのぐくらいになるわよ。と言ってくれていたけど、私にはそんな風には思えなかった。
 そのうち、若い男の剣士が定期的に家を訪れるようになった。お姉ちゃん目当てなのは、見ていればすぐわかった。
 単眼で、肌も不気味な色で。腕の良くないサイクロプスの元になんて、誰も来てくれるわけがない。もしかしたら、私は誰からも愛してもらえないんじゃないだろうか。誰かを好きになっても、迷惑がられるだけなんじゃないだろうか。
 私は日に日にそんな事を考えるようになっていった。
 あの人が家を訪れたのは、そんな時だった。
 白銀のように煌めく真っ白な長髪に、雪のように白い肌。切れ長の目は生気で満ちていて、ルビーのように鮮やかだった。
 女の、魔物の私でも見惚れてしまう程の美貌。溢れ出る魅惑の魔力。彼女が力の強い魔物であろうことは、肌で分かった。
 変わった服を着ていて……でも今なら分かる。あれはこちらの世界の服装だったんだ。
 その人は家の中をぐるりと見渡して、私の方を見て、こう言ったのだ。
「良かったら、私の手伝いをしてくださらない?」
 母さんでも、お姉ちゃんでもなく、その人は私に向かって注文をしてくれた。
 私は二つ返事で引き受けた。
 ……まぁ、手伝いというのは別に鍛冶の仕事というわけでは無くて、別の世界に行くという事であったのだけれど。
 その事が分かってからも、私は不思議と彼女の頼みを断る気にはなれなかった。
 彼女自身が、その魔力とは別に、人柄も魅力的で可愛らしくて。何というか、不思議と一緒に居たいと思ってしまったのだ。
 それに、彼女が語る現代世界も、とても面白そうだった。彼女はいつも楽しそうに話していて、話を聞くうちに私も行ってみたいと思った。
 でも、実際に来てみれば楽しいばかりでも無かった。
 この世界では男の人も女の人もおしゃべりで、話の流れに付いていけなくて。おまけに恋愛もすぐにくっついたり別れたり。
 子供が出来る事が悪い事のように扱われる事も、良く分からなかった。愛する人との間に子供が出来るなんて、私達にとっては至上の幸せでしかないのに。
 もし私に子供が出来たら、彼はどう思うだろう……。それを考えると、また少し怖くなった。


 物音がして、私は我に返った。
 いつの間にか砂でお城を作ってしまっていた。前の世界から私を連れ出した彼女が住んでいたお城だ。
 集中し過ぎてしまっていた。彼は退屈してたんじゃないだろうか。
 振り返った私は、言葉を失った。
 彼が横たわって、苦しそうに息をしている。
 今の音、まさか彼が倒れた音だったの?
 駆け寄って、真っ赤になった顔に触れる。……すごく熱い。こんなに暑いのに、汗をかいていない。
 ど、どうしよう。彼が。彼が。
「まど、か。だ、だいじょう、ぶ。だから」
「大丈夫じゃないよ! だってこんなに熱い……」
 彼は何とか笑おうとしているようだったが、口調もおぼついていない。とにかく冷やさないと。
 彼を担ぎ上げて、雑木林へ向かう。砂浜よりは涼しいはずだ。
 下草の少ない木陰に彼を下ろした。
 荷物の中からタオルを取り出して、クーラーボックスの溶けかけた氷で濡らす。ペットボトルも冷えていたので、それも何本か持っていく。
 こういう時は体温を冷やした方がいいと聞いたことがある。
 ペットボトルを彼の腋の下に入れて、冷やしたタオルで顔や首筋、身体を拭いた。
 頭が痛くならないように膝枕をして、私は彼の身体を拭きながら必死で涙をこらえた。
 荒れた呼吸は一向に落ち着かない。肌も熱くて、タオルがぬるくなってしまうばかりだった。
 氷水でまたタオルを冷やして、彼の身体を拭いた。
 どうしよう。私にボートの運転は出来ないし。陸までの距離を考えたら泳いで渡る事も出来ない。
 このまま彼が良くならなかったら……。
 ぽたり、と彼の頬に滴が垂れる。
 だめなのに。辛いのは彼なんだから、私が泣いてちゃだめなのに。
「ありがとう、少し楽になったよ」
 私の膝の上で、彼が小さく笑う。赤い顔で、そんな余裕なんてないはずなのに。
 返事の代わりに、私は濡らしたタオルで彼の身体を拭く。
「ごめんな、まどか。せっかく海に来たのに嫌な思いさせちゃって」
 首を振る。涙がぽろぽろ彼の身体に掛かった。
「海、見たことないって言ってたから、見せてやりたくて、初めての海に、僕も一緒に行きたいなんて、欲が出てさ。
 僕もそんなに外に出る方じゃないし、体力も無いし。思い返せば、海に来てから何するかだって、良く考えて無くってさ。昨日も期待と不安で、良く眠れなくて。
 こんなんじゃ、彼氏失格かなぁ」
「そんな事、そんな事全然無いから。私凄く嬉しかったんだよ。
 海に行くために免許取ったって言われた時も、心臓が止まるくらい嬉しかったし。海を一緒に見た時も、泳ぎを教えてくれた時も、貝殻くれたのも、すっごく、すっごく」
 この言葉にならない想いは、どうしたら伝えられるのだろう。何を言っても気持ちを全部表現し切れない。もどかしくて、もどかしくて、涙だけがこぼれる。
「駄目だなぁ。体が弱ってると弱音ばかりが出ちゃって。へへ、でもついでに聞いちゃおうかな。
 まどか、僕なんかが彼氏で本当に良かった? もっと格好良くて、性格も明るくて、体つきも男らしい奴なんていっぱいいるだろ? 気を回せる先輩だっていっぱいいるし。たまに思っちゃうんだ、まどかには、僕よりもっと」
「や、やめてよ。私には君しかいないから。君しか考えられないから。他の人の方が似合ってるとか、好きな人の口から聞きたくないよ」
 思わず悲鳴のような声が出てしまう。でも、本当の気持ちだった。もし彼が、別の男の方が私に相応しいと言って去ったとしても、私はその人を無視して彼を追いかける。
 彼は意に介した様子も無く、力なく笑い続けるだけだった。
「今の科白、胸に沁みたなぁ。
 まどかも少しは僕の気持ち、分かってくれた?」
「あ」
 自分に自信が持てなくて、彼がもっと可愛い子に惹かれてるんじゃないかなんて考えて。私はいつも彼にこんな思いをさせてしまっていたんだろうか。
 私が顔を曇らせるたび、彼はこんな気持ちになっていたんだろうか。
 彼は身じろぎして、私の太腿に触れた。
「へへへ、まどかの膝枕、気持ちいいなぁ」
 私は、何も言わずに体温の下がり始めた彼の身体を拭き続けた。
 謝るタイミングも無くなってしまった。これも優しさなのだろうか。それとも天然でやっているのだろうか。
 なんだか胸が熱くなってきて、さっきとは別の涙があふれた。
「喉乾いちゃったよ。これ飲んでいいよね」
 彼は腋の下にあった炭酸飲料を、喉を鳴らして飲み始める。
 汗もかいていなかったし、水分は取った方がいい。
 私も一本開けて、一口飲んだ。
 甘い香りが広がって、そのあとに炭酸が舌の上ではじける。どこかで覚えのある匂いだったけど、炭酸が強いせいで良く分からなかった。
 彼は休み休み飲み続け、一本開けてしまう。
「少しは気分良くなった?」
「あぁ、もう一本飲もうかなぁ」
「はい。あまり急いで飲んじゃだめだよ。……頭痛とか、無い?」
「うん。軽く眩暈はしてたけど、それも良くなったよ。この飲み物もエナジードリンク系なのかな。なんかちょっと元気になってきた気がする……」
 言いながら、彼はすぐにペットボトルの中身を飲み干していく。
「ねぇまどか。もうちょっとこうしていてもいい?」
「いいよ。ゆっくり休んで」
 彼は子供のように笑って、私の太腿に髪をこすり付けた。
 私はそんな彼の髪に指を通して、愛おしむように撫でた。


 木陰に居ると、そよ風が心地よかった。
 気が付けば彼は飲み物を三本も開けていて、私も二本目の半分くらいに差し掛かっている。
 飲みやすい事もあって、どんどん飲んでしまうのだ。
 でも、水分を取ったせいか、彼の顔色も大分よくなってきた。
 心配事が無くなると、途端に思考は別の方向に向かい始める。
 今、誰もいない島で私と彼は二人きりで、身を寄せ合っている。手を伸ばせばすぐに彼の身体に触れられる。彼の手も、私に触れられる。
 胸が、どきどきしている。初めて彼と交わった日のように。


 彼が気持ちを伝えてくれてから、私達は何度かデートを重ねた。
 そのころには彼の視線の意味に気が付いていた。それは異性を見る、好意の視線。向けられると胸が暖かくもなり、少し恥ずかしくもなる。
 だけど、私は彼の気持ちを信じ切れずにいた。彼は、あまり肝心な行動に踏み切ってくれなかったから。
 デートしているだけでも、男の人、いや、彼と二人っきりで居られるだけでも、それまで感じられなかったほど気持ちは高ぶったけれど、でも私はもっと気持ちを確かに感じたくて。
 そんなある日の事だった。珍しくお酒を一緒に飲んだ日。彼が初めてキスしてくれた。
 酔った勢いだったのかもしれないけど、私はとても嬉しくて。
 お互いの歯や、角と額がぶつかりあってしまうような不格好なキスだったけど、私の中にわだかまっていた彼の気持ちを疑う心は、その口づけによって溶かされてしまった。
 言葉だけじゃなくて、行動からも彼の気持ちを知ることが出来て。
 私は喜びのあまり、彼を押し倒してしまった。
 夢中で彼の肌に触れて、抱きしめて、一つになって。彼もそれに応えてくれて。
 お互いにぎこちない動きしか出来なかったけど、でも、触れ合うだけで胸が熱かった。
 ただ彼の精液を中に貰った時、少し怖くなった。
 私としては嬉しかったのだけど、彼に嫌われないかと思って心配になった。この世界の男の人は、子供が出来る事を嫌がる人も多いと聞いていたから。
 オモイオンナと言う物は嫌われるらしい。私は彼に嫌われたく無くて、だからセックスの時には気を使うようにしているつもりだ。
 でも本当は、彼の精を体の中に欲しくてしょうがない。
 彼の子供を、この身に宿したい。


 欲しい。
 ……はっと私は我に返る。何を考えているんだろう。倒れたばかりの彼を求めようとするなんて。
 私は気持ちを誤魔化すように、ジュースを飲む。
 ぬるくなって、炭酸は抜けかけてしまっていた。やっぱりどこかで嗅いだ香りがする。魔界の果実のような……。まさか、いえ、でもヤギと三角帽子と言ったら……。
 成分表を見ると、可愛いフォントで『ヒ・ミ・ツ』と書かれていた。
 この世界で内容物がこんなにあいまいなものが流通するはずが無い。
「まどかぁ」
 彼がにこにこ笑いながら、寝返りを打って私の太腿の間に顔を埋める。
「ちょっと、恥ずかし、ひゃん。な、舐めないでよぉ」
 太腿の内側で、彼の舌が蠢いている。柔らかい唇を押し付けてみたり、軽く吸い付いてみたり。
 少し力を入れて押せば身を離せるけど、だんだん体が疼いて来てもいる。あそこが彼を欲しがって、きゅうきゅうと鳴いている。
「ん、んっ!」
 堪えようとすると、余計に声が出そうになる。
「まどかの匂い、いい匂いだなぁ」
「へ、変な事言わないで」
 彼の顔は明らかに私の股の間に埋まっている。濡れ始めた私のそこに……。
「え、あれ?」
 いつの間にかビキニの紐が緩んでいた。布切れは重力に逆らえずに流れ落ちていく。手を伸ばしても間に合わない。
 女の子の部分が、彼の目の前に晒されてしまう。
「可愛いなぁ。んちゅぅ」
「や、やめ。……あ、あぁぁ」
 ためらいも無く彼は私のそこに口づけする。
 ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて舐め、中に舌を入れて掻き回す。
 全身に桃色の電流が駆け抜けていく。それは皮膚感覚を麻痺させて、容赦なく私の意識をあそこに集中させた。
 彼の舌が穴から出て、私の小さくて敏感な部分をこねまわしはじめる。
 だめ、そこは一番感じやすいところだから。あ、あ、あ。
 舌が動くたびに、全身を流れる快楽はどんどん強くなっていく。体から、意識が、とんじゃう。だめ、や、やだ。……私、あ、ああっ。
 抑えられない。体が強くびくんと痙攣する。その度におっぱいや脚の肉がぷるんと震えて、自分で見ていてもいやらしい。
 口だけで達してしまった……。きっとあのジュースのせいだ。
 彼は私がいったのにも気が付いていないようで、変わらず舐め続けている。
 指で広げて、花びらの皺の一つ一つまで丁寧に。
「も、もういいから、や、やめて」
 彼はぼんやりした目で、ようやく頭をどける。
 唇とあそこの間に糸が引いて、見ているだけで全身が熱くなってしまう。
「まどかは可愛いなぁ」
 彼は私の身体に抱きついて、耳元に息を吹きかけてきた。
 首筋がぞくりとして、身体の芯の熱が強くなる。
 彼の熱、彼の鼓動。おへその下に、堅くなった彼が水着越しに当たる。
「めちゃくちゃにしていい?」
 そう言って、耳たぶを噛んでくる彼。
 ここで折れたら、きっと抑えが効かなくなってしまう。きっと満足するまで搾り取ってしまう。
 私は、えっちな子だから。彼に引かれるくらいに没頭してしまうかもしれないから。
「だ、誰かに見られちゃうよ」
「じゃあ、もう少し林の奥に行けばいい?」
 私は何も言えなかった。本当は期待していたから。
 嫌なんて、言えるわけがない。
 彼は私の耳に口づけすると、私を横抱きにして、奥に向かって歩き始めた。


 少し進んだだけでも、木や藪が海辺からの視線を遮ってくれた。
 もともと誰も居なかったけど、もし知らない人がボートか何かで遊びに着たらと思うと、やっぱり怖かった。
 彼は私を下ろすと、太めの木に向かわせて両手を付かせた。
「え? これって」
「たまには、立って後ろからっていうのもいいでしょ」
 衣擦れ音の後、彼の硬くなった先っちょが私のお尻にこすり付けられる。
 濡れてる。こんなになってたのに、私の為にここまで移動してくれたんだ……。それを思っただけで、少しだけあった怖さはとろけてしまう。
「お尻、もうちょっと突き出して」
 私は言われたとおりにする。
 彼の手が、私の脇腹から腰のラインを撫でる。
「綺麗だよ。まどか」
「こ、ここでそういう事、言う?」
「へへ、ごめん。でも、本当に綺麗だ。背中の曲線、腰のくびれ」
 背筋に、腰に、お尻に、彼の視線を感じる。じっくりと観賞されているかと思うと、恥ずかしくって全身が真っ赤になりそうだ。
 彼がお尻の割れ目に硬くなったそれをあてがう。しかしすぐには入ってこない。先端が、迷子になったように上下を彷徨っていた。
 お尻の穴の方へ行ったり、通り過ぎて前に突き抜けてしまったり。
 私は彼を掴んで、私の入り口に、導いた。
 だらしなくよだれを垂らして愛しい人を待つそこに。
「ここ、だよ?」
「分かってるよ、よく知ってるから」
 どんな顔をしているんだろう。きっといつもの、えっちな顔をしているに違いない。
 ちょっと意地悪で、だらしなく緩んだ顔。私しか知らない顔。
 私の中に、彼が入ってくる。
 いつもより少し大きくて、長い。一気に奥まで届いて、そんなの分かるわけないのに、子宮が押し上げられたような、そんな感じがした。
 身体が震えて、声も出せない。快楽で胸が押し上げられて、肺の中の空気が全部出て行った。
 ……軽くだけど、いっちゃった。
 彼はそれに気が付いているのか、居ないのか。腰を前後に振り始める。
 突き上げられるたびに、足りない物が満ちる充足感で胸がいっぱいになる。子宮の入り口がノックされて、全身に閃光のように悦びが駆け抜けていく。
 そして、引き抜かれるたびに子宮が切なくなって泣きそうになる。
 手の指も足の指も、白くなるほど力んでしまう。そうして何かにしがみついていないと、どこかに飛んで行ってしまいそうだった。
 視界がゆがんでいく。気持ちいいだけなのに、涙があふれてきた。
「まどかの中、すごくきつい。これじゃ、長くもたないよ」
 息も切れ切れなりながら、彼はピストン運動を緩めた。
 私の背筋を、生暖かくてねっとりした物が這い上がっていく。
 彼の舌だ。背骨の窪んだ部分を進んで、肩にキスして、首筋に歯を立てて……。彼が触れている場所が、どんどん蕩けていってしまうようだ。
「しょっぱい。海水かな。それとも汗かな?」
 耳元でそんな風に囁いて、また一気に奥まで突き上げられる。
「ふぁあぁっ」
 だめ、もう立っていられない。腕からも足からも力が抜けちゃう。
 でも彼は許してくれない。無理矢理腰を引き寄せて立たせて、感じやすい部分を執拗に擦り続けてくる。
 弱い部分はもう全部ばれてる。私は官能の波に身を任せるしかなかった。
 木にしなだれかかって、生まれたての小鹿みたいに足を震わせながら、さらに大きな波を恐れながらも、心のどこかで期待していた。
 彼の息遣いが、我慢と焦りを帯びる。
 来る、もうすぐ来る。
「まど、かぁ。いくよっ」
 奥まで突き上げられた彼のものから、彼の精液が迸り、私の中心に叩きつけられる。
 全身の感覚が遠くなる。あそこの感覚しかしない。彼をぎゅうぎゅう締め付けて、欲望のままに欲し続けている。
 何度も何度も脈動を繰り返して、私の中が彼の思いで満たされていく。
 ついには収まりきらなくなって、ぐちゅっという音と共に外に漏れ出て、太腿を伝い始める。
 すごい。まだ出てる。奥に叩きつけられてる。……こんな彼は初めてだ。
 朦朧としながら、私は口元を緩ませる。
 やがて彼の呼吸も落ち着いていき、射精も収まっていく。
 でも、彼のそれは硬いままだった。
 少し動かれただけで、いった後の柔らかくて感じやすい膣の中が掻き回されて、悲鳴を上げそうになるほどの快楽が突き抜ける。
 でも、このままじゃいや。
 私は思い切って一気に腰を引き抜く。
「ぅああああっ」
 かりに膣の中を引っ掻き回されて、でたらめな刺激が腰を突き抜ける。
 倒れそうになる体を、彼に預ける。
 いやなの。もっと触れられる体勢がいい。彼の顔が見える体位がいい。
 驚く彼に口づけする。少し荒っぽく、舌同士をこすり付ける。鼻の奥まで好きな人の匂いで満たされる。
 彼は片手で私の背を支え、もう片方の手で水着を脱がせて、直に私の胸に触れる。
 感覚がばかになっていて、乳首が痛いくらいにつねり上げられても快楽にしか感じない。ちょっともったいないな。でも、どうしちゃったんだろう、私の身体。
 動きも視線も、息遣いですらも、彼のもたらすものすべてに感じてしまう。
 彼の手が胸から急に離れる。
 おへその上を通り過ぎ、太腿を下から持ち上げるように握りしめる。
 私は彼の意図をくんで、片足を持ち上げた。
 彼は膝の下に腕を回して、私の足を高く持ち上げる。……大股開きになって、白く汚れてひくつくあそこが外気に晒されてしまう。
 片足立ちになってしまったけど、両腕を彼の首に巻きつけているから立っていられそうだった。
 音を立てて唾液を交換しながら、彼の目を覗き込む。
 好色そうにゆがんで、快楽に浮ついた瞳。やる事しか頭にない、獣のような眼光。
 立ったままで、足を広げさせて。あそこを丸見えにさせて……。
 入れる気だ。二人の体液でぐちゃぐちゃになってる私を、さらにめちゃくちゃにするために。
「い、いいよ。入れて」
 彼のものが、私の入り口をふさぐ。
「私の全部で、受け止めるから。あなたの全部、ちょうだい」
 きた。入ってきた。今度はゆっくり、焦らすように。でも止まらない、奥まで入ってくる。
 それからまた大事な部分が擦られ始める。さっきよりも遠慮が無かった。亀頭が子宮をずん、ずん、と叩いている。腰から全身に響き渡って、どんどん体がとろけて、柔らかくなっていく。
 どこまでが私で、どこまでが彼なのかも良く分からなくなってきた。
 お互いの身体を決して離さないように、強く抱き締めあいながら、私と彼は、一緒に快楽の海へと沈んでいく。


 どんなふうに、何回やったかなんて覚えていなかった。
 我を取り戻した時には、口の中もあそこの方も精液でいっぱいだった。
 おへそや胸まで染まっていて、そんな私を抱きしめたからだろう、私の上で腰を振る彼のお腹も白く汚れてしまっていた。
「気が付いた?」
「ふえぇ?」
「これが、ほんとに、最後だ……。いくっ」
 彼は私の身体にしなだれかかってきて、強く強く腕を回した。
 私の身体の中で、彼が強く脈打っている。今日だけで何回こうしてくれたんだろう。
 もう勢いは無かったけど、すごく熱くて、耐える様な顔をする彼が凄く愛おしかった。


 海は夕日で真っ赤に染まっていた。
 あれから、冷静になった私達は浜辺に戻って海水で身を清めた。
 今は二人で並んで座って夕日を見ている。波の音しかしない、静かでロマンチックなはずなのに、頭の中はさっきまでの爛れきった交わりでいっぱいだった。
 多分、彼もそう。夕日が無かったら、二人の顔が真っ赤になっているのが良く分かったことだろう。
「ま、まどか。あの」
「何も言わないで」
「でも、その、……痛かったり、しなかった?」
 ちらりと彼を見ると、本当に心配そうな顔をしていて。
「大丈夫。ありがとう」
 全然痛くなんて無かった。むしろ、彼に激しく求めてもらえてとても嬉しかった。
 仮に痛かったとしても、彼がしてくれるんだったら私は……。
「ごめん。良く分からないんだけど、気が付いたらまどかの事だけしか考えて無くて、ひたすら夢中になっちゃって。
 まどかの気持ちも聞かずに、その、中にいっぱい……」
 彼はうなだれてしまう。
 そんな顔して欲しくない。悪いことしただなんて思って欲しくない。だって私は……。
「嬉しかったよ。本当は、ずっと中に欲しかった。……嫌がられるんじゃないかと思って、言えなかったけど」
「別に僕に気を使ってくれなくても」
「嘘じゃない。本当だから、私はいつだって君の事ばかり考えてて、大事で、だからその」
 なんて言えばいいのか分からなくて、ついつい変な事を口走ってしまう。
 顔を上げた彼と目が合って、さらに思考は空回りしていく。
「き、君に見つめられると、いつも胸が熱くなっちゃって、えっちな事ばかり、考えちゃって。でも、淫乱すぎると嫌われるんじゃないかって」
 何言ってんだろう私。
「だから、その、そのぉ……本当に、欲しかったんだよ?」
 彼は何も言わず、真面目な顔で私の話を聞いていた。
 ……なんだかちょっと泣きそうになる。嫌な女って思われちゃったかな。
「分かった。今度から遠慮しなくていいからね。いや、僕の方が遠慮しないで出せばいいのか」
 彼は急に照れたように笑って、私の肩を抱いて自分の方へ引き寄せる。
 目を閉じて、私は彼の肩に頭を預けた。
「うん、遠慮しないで。その、もっと積極的に、求めてきてくれてもいいし。わ、私を、その、毎日、ご、強引に押し倒すくらい、してくれても……」
 えっちな子だって思われるのは恥ずかしいけど、でも、もう遅い。そもそも彼はベッドの上の私を全部知っているわけだし。
 それに、ここまで話してしまったのだから、もう隠す事だってない。
「遠慮してるつもりは無いんだけどね。ムードも無しにおっぱい触りに行ったりさ。
 ……僕の方だって、まどかに会う度やらしい事ばかり考えちゃうんだよ? 触りたいって思って、抱きしめたいって思って、キスしたいって思って。でも、思うままにしてたら迷惑かなって思ってさ。
 毎日さっきみたいにされたら、まどかだって身が持たないだろ?」
 さっきみたいに……。立ったまま、前から後ろから、それを毎日なんて……。だめだ、そんな事になったら私はだめな子になってしまう。他に何も出来なくなってしまう。
 今でさえ彼の事しか考えられないのに、そんな事になったら彼から離れられなくなっちゃう。彼の都合を考えずに、彼の全てを求めてしまう。
 ……ちょっぴりいいなぁとは思うけど。
「他に何も出来なくなっちゃいそうだしね……。言われてみれば、今のままでも十分なのかも」
 彼は私をこんなにも求めてくれている。身に余る程の幸せだ。
 本当はもっと私だけにある物も求めて欲しい。おっぱいだけじゃなくて、角や一つ目を可愛いって言って、毎日キスして欲しいけど……。でもそれは欲張り過ぎだ。
 一緒に居てくれるだけでも、私はこんなに満たされているんだから。
 急に私に影が落ちる。
 彼が私の正面に回って、両肩を掴んだ。
「目、開けててね」
 彼の顔が近づいてくる。私の目をじっと見つめたまま、息がかかるくらいまで近くに。
「んっ」
 唇が重なる。彼の瞳の中に、私の唯一の目がしっかりと映り込んでいた。
 舌を入れる様な淫らなキスでも、むしゃぶりつくような荒々しいキスでもない。
 唇を使って、お互いの唇の形を確かめ合うような、優しくて繊細な口づけ。胸がどきどきした。えっちな事してる時とは違う、胸の高鳴り。
 ゆっくりと押し倒される。
 両肩は抑えられて、足の間には彼の膝が入っていて、動きは取れない。
 彼は唇を離すと、はにかむように微笑んでから私の角に軽くキスして、身を離した。
 息をするのを、忘れていた。
「こんなのはどうかな。おはようとおやすみにキスをするのをルールにするとかさ。もちろんまどかが嫌じゃなければだけど」
「嫌じゃない。嫌なわけない!」
 私は思わず大きな声を出して、彼に勢いよく抱きついた。
 二人して砂浜に倒れ込んで、砂まみれになってしまって、声を上げて笑った。
「来てよかった。初めての海が君と一緒で、本当に良かった」
「僕の方こそ、まどかと一緒で楽しかった。こんなに楽しいと思わなかったよ」
 夕日のおかげで、世界はバラ色に染め上げられていた。
 彼はやっぱり私にとってかけがえのない人で、最高の……。
「ぉーぃ」
「ん、あれ」
「そろそろ帰る時間よ―!」
 聞き覚えのある声。赤く染まる海の波間から、姫子さんが顔を出して手を振っていた。
「そっか、もう時間なんだ……」
「気に入ったなら、また来ようよ」
 差し出された手を掴みながら、私は頷いた。
 また海に来たい。彼と一緒に。


 荷物を積み終え、再びボートに乗り込む。
 吉岡さんは今度はちゃんと服を着ていた。その理由は何となく想像つくけれど、流石に聞くのは止めておいた。
 帰りは姫子さんも一緒に後ろの席に座った。
 近くからだと、その魚の半身の美しさがさらに良く見えた。鱗の一枚一枚が磨き上げられた鉱石のように艶やかだ。
 思わず見とれていると、突然身を寄せられた。
 微笑む姫子さんの顔が付いてきて、いきなりの事に私は胸がどきりとした。
 顔を通り過ぎ、彼女は私の耳元で囁いた。
「差し入れのジュース、どうだった? いっぱいえっちできた? 中にたっぷりもらえた?」
 顔が熱くなる。私は何を言っていいのか分からなくなり、口を魚みたいにぱくぱくさせるしかなかった。
 姫子さんはにやりと笑う。私の様子から察されてしまったようだ。
「私の事、最初は疑ってたでしょ?」
「そのっ。ご、ごめんなさい」
「ま、今じゃそんな様子も無いからいいけどね。慣れてるし。
 恋バナ聞いてるうちに面倒見始めて、上手くいったと思ったら今度は誤解されてなんてことも日常茶飯事よ」
 わざとっぽく肩を竦めて見せる姫子さん。
 明るくて可愛くて、その場の雰囲気も読めて、誰だって少しくらい嫉妬してしまうだろう。
「姫子さんは可愛いですしね」
「否定はしないけどねー」
 姫子さんは歯を見せて笑った。
 それから急に真面目な顔をして、頭を下げてくる。
「後輩をよろしくね。男女の感情は全然ないけど、やっぱり可愛い後輩だからさ。面倒臭い奴だけど仲良くしてあげて」
「いえ、私の方こそ、いつもよくしてもらってばっかりです」
 前の席で彼は、吉岡さんと談笑している。
 そこまで顔立ちが整っているわけでも無い。たくましい体つきと言うわけでも無い。でも、いつだって優しくて、私に笑いかけてくれて。私の事が分かっていて。
 今日みたいに、時には予想以上の行動力も見せてくれる。
「あー、何か杞憂だったみたいね」
「え?」
「何でもないわ。それより、あなたも将来の事を考えてたっぷり愛してもらいなさいね」
 姫子さんは穏やかな笑顔で、下腹部を撫でていた。
「欲しくても、なかなか出来なくって。魔物と人間ってやっぱりちょっと子供が出来にくいみたいなのよね。あぁあ、毎日朝も夕も晩もしてるのになぁ」
 まるで食後のデザートみたいな扱いだ。まぁでも、甘いのには変わりは無いかも。
 私は苦笑いで頷いた。
「また来てね、まどかさん」
「ありがとうございます。絶対来ます」


 姫子さん達と分かれて、レンタカーで来た道を戻る。
 そのころには星が出ていた。星空と夜の海。なんだかお祭りが終わってしまったような物悲しさ。
 運転に集中する彼の腕に、そっと触れる。
「誘ってくれて、ありがとね。また来ようね」
 彼は微笑んで、頷いた。
 そして何かつぶやいたのだけど、小さすぎて聞こえなかった。
「何か言った?」
「いや。疲れたろ、寝てていいよ」
 そんなわけにはいかない。むしろ彼の方が疲れているんだから。朝も運転していたし、海についてからも倒れたり、あんなにいっぱいしたんだから。
 少しくらい、優しさに応えなくちゃ……。
 大好きな人と、一緒なんだから……。世界で一番心を許せる、相手と。
「……どか、まどか。着いたよ」
 気が付けば、もう車を借りたお店の前だった。周りの景色も見慣れた街並みだ。いつの間にか眠ってしまっていたんだ。
「ごめん、私」
「いいよ。おかげで可愛い寝顔が見られた」
 軽口を言う彼の二の腕を、私は軽くたたいた。
「い、いいから。早く荷物下ろすよ」
「ああ、そうしよう」
 車を返して、あとは歩いて十分くらいだ。
 私の分まで荷物を持って、歩き出す彼を追いかける。
 背中、こんなに大きかったかなぁ。
 隣に並んで、その手を握る。彼はちょっと驚いた後、表情を崩した。
 それから二人で並んで、ゆっくり歩いて帰った。
12/08/08 23:53更新 / 玉虫色
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