連載小説
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第五章
 霊園からフランの住む親魔物国まで、歩けばどれほどの時間がかかったことだろう。教国の外に出た事の無い俺では全く目星を付けられなかった。
 歩けば十日は掛かるだろうか。いや、途中から目も開けていられなかったから、どれほどの距離を移動したのかは分からない。
 ハーピー三姉妹の脚に掴まれて運ばれる事半日。身を切るような極寒の風に耐えぬき、俺はフランの居る親魔物国の地面を踏んでいた。
 長期にわたる旅路を半日まで縮める、それだけの無理をすれば相応の代償もあった。
 城門前には無事に到着したものの、俺は寒さで全身が震えてしまって上手く立つことが出来なかった。
 よくあれだけの長い時間、冷気に耐えられたものだ。あるいは、これでもハーピー三姉妹の魔法で守られていたのかもしれない。
 その三姉妹も無事では済まなかった。次女も三女も、ばったりと地面に倒れ込んで胸を大きく上下に動かしている。荒い呼吸の音がここまで聞こえてくるようだ。
 長女もまた片膝をつき、喘ぐように息をしていた。だがそれでも、彼女はまだ俺に向かって片目を瞑るだけの余裕は持っていた。
「ちゃんと……届けました……。フラン様を……頼みます」
 俺は震えながら頷く。
 だが、凍えすぎて上手く声が出ず、身体を動かすことも難しい。
 目の前にフランの待つ城が見えている。だが、堅牢な城門は固く閉ざされたままだった。
 何とかして中に入りたいが、果たして事情を話したところで、突然やってきた異邦人を容易く入れてくれるものだろうか。
 しかし、思案する俺の目の前でその城門が開き始めた。門に出来たわずかな隙間から、見たことのある少年と一人の男がこちらに駆け寄ってきた。
 男はハーピー達の様子に気が付くなり慌ててそちらに駆け寄っていき、介抱を始める。慣れた手つきから察するに、医療従事者だろう。三姉妹も安心した様子で身を任せている。
 彼女達には、あとでちゃんとお礼を言わなければならないな。
 少年は、あの時のククリだった。彼はハーピーの長女と視線を交わしてから、ゆっくり俺の方に歩み寄ってきた。
「流石に三姉妹は仕事が早いの。巷で流れる二つ名の通りじゃわい。
 ……ところでお主、なんじゃその様は。青い顔をして、酔ったのか?」
 俺は出てきた少年、ククリに体が凍えて動かない事を伝えようとするのだが、口すらも震えるばかりで声にならなかった。
「なるほどの。そういう事じゃったか、ならば」
 ククリがぱちんと指を鳴らすと、何もないところから黄金の盃が現れる。彼は震える俺の手にそれを握らせ、自らの手で支えながらそれを俺の口元へと導く。
 盃の中には深い紅色の液体が入っている。湯気の立つ暖かそうなその飲み物は、凍える体にはありがたかった。
「飲むのじゃ」
 一口あおる。甘く、濃い味が口の中に広がる。温かいというよりは熱いそれは、しかし何の抵抗も無く喉元を過ぎていった。果実のような酸味がほんのりと残り、花のような香りが鼻を抜けていく。
 もう一口。さらに一口。飲んでいくうちに、体の芯がかぁっと熱くなってくる。熱が血液と共に体中を巡る。全身に熱を送るため、指先でも鼓動を感じられるくらいに、心臓が強く打っていた。
「全部飲んでしまったのか? 大した奴じゃのう」
 ククリは驚いたような呆れたような表情を浮かべる。
 一体これは何だったのだろう。高価なものだったのか、あるいはアルコールの強いホットワインか何かだったのだろうか。
「ワインではない。それはわしが作った魔法薬……いや、素敵な愛のジュースじゃ」
 少年は胸を張る。いや、実際は少年ではないだろう。
 馬車で去った後に突然現れたり、魔物のような姿になったり、風のように消えてしまったり。今の盃と言い、ただの人間では無いのだけは確かだろう。
「その通りじゃ。わしは魔物娘のバフォメット」
 女の子だったのか。
「まぁ、男の子に変身しておるからの。分からないのも当然じゃ」
「ククリ、お前心が読めるのか」
 既に震えは収まり、声も出せるようになっていた。流石は魔法の薬だ。体があっという間に暖かくなってしまった。しばらく収まりそうにない。
 ククリはにやりと笑う。
「この程度の魔法ならば朝飯前じゃ。さぁ付いて来い。フランのところに案内してやろう」


 石造りの廊下を、ククリの後に付いて歩いた。
 昔は兵士をやっていたことがあるが、城の中に入ったことなど無かった。これが生まれて初めてだった。
 入ったことがあるのは訓練のときに泊まった兵舎くらいのもので、俺のような下賤の者には教国の城に近づくことすら許されなかった。
 ところがこの国の城の中と来たら、明らかに平民と思われる人間もちらほらと歩いていた。
 魔物娘も多数。
 爬虫類の尻尾を持っている女性、下半身が蜘蛛の女性、獣の耳を持っている女性。
 皆平然と歩いていて、人間の男も女も特に臆することなく立ち話に興じていたりする。
 こういう世界もあるんだな。俺はついついあたりを見回して歩いてしまう。
「鼻の舌を伸ばすでない」
「魔物が珍しいだけだよ。そんなつもりは無い」
 どんな女性よりもフランが一番に決まっている。
「それにしても、時間をかけすぎじゃ。なぜもっと早く来られなかった」
「いや、あのハーピー達は全力でやってくれた。俺は運んでもらっただけで」
 ククリは俺を振り返ると、俺を睨み上げた。
「馬鹿者。お主の事じゃ。何日もうじうじと悩みおって。お前が覚悟を決めるまで、切符に掛けた魔法は発動しなかったんじゃぞ。
 あと少しでも遅れていたら……」
「魔法?」
「そうじゃ。お前が心の底からフランを欲したとき、その覚悟が出来た時に、お主をここに連れてくるための切符じゃ」
「切符って」
 宅配便の注文書だったじゃないか。
「あれはわしなりの素敵な気遣いじゃ。どうせお前は、無駄に遠慮するじゃろうと思ったのでな」
 それは確かに遠慮しただろう。フランに会うと決意したなら、やはり自分の足で会いに来たかった。
 だが、もうすぐフランに会えると思うと変なプライドなど張らなくても良かったとも思える。
「お主一人連れ去るのは容易いことじゃった。じゃが、覚悟の決まらない男を連れてきても、城の中で悩まれては迷惑じゃからな。
 三姉妹には偵察を兼ねてあの地域に待機していてもらったのじゃ。ただの紙が素敵な愛の片道切符に変わるまでな」
 ふん、と鼻を鳴らし、ククリは俺に背を向けて歩きはじめる。
「さっきの言葉、ちゃんとフランに伝えてやるのじゃぞ」
 さっきの言葉。何の事だか分からなかった。
「フランが一番なんじゃろ」
 顔中、耳まで熱くなる。そうだった、こいつは心が読めるんだったか。
 隠し事は一切出来ないという事か。厄介というか。これでは一方的にからかわれるばかりだ。
「馬鹿者、人を悪ガキのように思うでない。
 さて、真面目な話をしてやろうか。実はな、フランはお主と別れてから一滴も精を体に取り入れておらんのじゃ」
「別れてからって……。あれから何日も経っているじゃないか」
 日数を数え上げるたび、背筋が寒くなっていく。
 それだけの日数食事を取っていなかったら、人間だったら……。
「わしらは人間ほどやわではないがな。それでも、飢餓というものは苦しくて苦しくて仕方が無いのは同じじゃ。体が乾いていき、内臓がずたずたに引き裂かれるように痛む……。
 思考もままならなくなり、ただ精を得る事しか考えられなくなるのが普通じゃ。じゃがフランは、いつまでも精を得ようとはしないのじゃ。全く、大した精神力じゃよ」
「でも、他に男はいくらでも居るだろ? どうしてフランは」
 冷静なククリの言葉が、不安な俺の心を逆撫でするようだった。感情的になり、俺は思わずその細い肩に掴みかかってしまう。
 彼女はため息を吐きながら簡単に俺の手を払いのける。対して力は入っていないようだったのに、俺は赤子のようにいなされてしまった。
「そう興奮するでない。わしらだってフランに精を採るように勧めたさ。じゃが、フランはどの男にも、触れようとさえしなかった。明らかに嫌がっておったよ。見れば分かる」
「そんな。どうして……」
「さて、な。まぁ魔物娘にはこういう時期があるんじゃよ」
「体が男を受け付けなくなるのか? ……でも、だったら俺なんかが行っても」
 くくく、とククリは笑った。笑うような状況ではないというのに、俺には彼女がなぜ笑うのか理解できなかった。
「ならお前はフランを見殺しにするか? 嫌がっても、組み伏せてでもフランの身体をお前の精で満たし、生き長らえさせてやろうとは思わんのか?
 まぁ、強引にされたら嫌がるかもしれんな。嫌われるのを恐れるのであればそれも出来んじゃろうが」
 ああそうか。そういう事か。
 いいだろう。ここまで来たら後には引かない。フランにどう思われても、俺は彼女を抱いて、ありったけの精を注ぎ込んでやる。
 仮にそれで嫌われたとしても構わない。嫌われるより、フランが死んでしまう方がもっと嫌だ。
「ふふ、いい覚悟じゃ。さぁ、部屋に着くぞ」


 通されたのは小さな部屋だった。
 置いてあるものは衣装棚と書き物をするための机、あとはベッドだけと言う、あまり生活感のない部屋。それがフランの部屋だった。
 フランはベッドに横になっていた。目元から額にかけて濡らした布が置いてある。熱も出ているのだろうか。
 前に会った時より頬がこけているような気がする。
 初めて来た部屋なのに、懐かしい感じがした。フランの匂いがしているからだろうか。
 ずっと会いたいと思っていた。ようやく覚悟を決めて、予想外の早さではあったが、こうしてフランのそばまで来ることが出来た。
 だが、何と声を掛けたらいいだろう。どんな言葉を掛ければいいのか。俺には分からなかった。
 手をつなぐことが出来たら、素直に気持ちの全てを伝えられそうな気がするのに。
 フランはククリに気が付き、声をかける。俺は話しかけるきっかけを失い、口をつぐんだ。
「ククリ、ですか」
 フランの声。胸の鼓動が激しくなった。心臓を掴まれたような気さえした。
 だが、以前聞いた時よりも声に力が無かった。息も絶え絶えで、見ていられないほど痛々しい。
「具合はどうじゃフラン。まだ男を食う気にはならんのか」
「その気が無いわけでは、ありません……。生きるために、これまでもしてきましたから。
 でも、なぜか駄目なんです。男の人に、触られそうになるだけで、嫌な感じがするんです。あまり触られたく、無いんです」
 ククリはため息を吐いて、俺の方を見た。
「じゃが、精を得なければお前は死んでしまうかもしれんのじゃぞ」
「男の人を、愛することも出来ず、ただの食べ物としか、見て来れなかった私です。これは罰なのかも、しれません。
 でも……でも死ぬ前にもう一度だけあの人に会いたかった」
 フランを庇って死んだという、騎士の事だろうか。ククリの話によれば、フランが剣の腕を磨き、命がけで戦場を渡り歩いてきたのはひとえに彼の為だったのだ。それも当然だろう。
 顔を伏せたくなる。だが、目を逸らすわけにはいかない。俺は全部受け入れたうえで、それでもフランに気持ちを伝えるのだ。

 彼女の唇が、ゆっくりと名前を呼ぶ。
 優しく、しかし心の底から絞り出すような声で。
 俺の名前を、呼んでくれた。

 身体が震えた。フランが、俺に会いたがってくれていた?
「そいつの精なら、身体も受け付けそうか」
「彼は食べ物じゃないんです。そんな風に考えたくない。でも確かに彼になら……。
 あぁククリ。私、自分の気持ちが分からないんです。彼の精はとても美味しかった。彼の優しい気持ちが体に染み渡るようで……。
 肌を触れ合わせているだけで満たされました。こんな事、初めてでした。
 でも、結局それは食べるために、生きるために彼を利用していたに過ぎないんです。こんなに気味が悪くて傷だらけの身体なのに。こんな体の事を人がどう思うかも忘れて、ずっと甘えて、抱いてもらって。
 別れる時に、もう忘れてしまおうって決めたのに。……なのに彼がそばに居てくれないのがすごく寂しくて。辛くて。首で蓋がされているのに、体の中が空っぽになってしまったみたいで。
 食べ物みたいに考えたくないのに。彼が欲しくてたまらないんです。肌に触れたいんです」
 ククリは肩を竦めてため息を吐いた。
「やれやれじゃな。そんなにあの男がいいのか? 人殺しで、戦争の恐怖を誤魔化すために女を買っていたような男じゃぞ。しかもその事をいつまでもうじうじと悩んでいたような男じゃ。
 お前の事も、都合のいい女体としか思っていなかったのかもしれんぞ? もっといい男はいくらでも居ように」
 俺は目を剥いてククリに食って掛かりそうになる。だが彼女は片目を瞑って唇の前で人差し指を立てた。
 フランは俺の過去を知って何と言うだろうか。いずれ言わなければならない事だとは思っていた。
 死ぬまで隠し通すという選択肢は初めから考えなかった。俺は好きな人に嘘を吐き通せるほど強くないから。
 フランは口元に小さな笑みを浮かべる。
「それが何だと言うのですか。私にとって彼は優しい墓守さんでしかないんです。昔どんな人だったかなんて、そんなの関係無いですよ。
 こんな体でいいのなら、喜んで差し上げます。
 ……過去がどうであれ、私は彼にそばに居てほしい。私欲にまみれた願いですが、私は彼が欲しい」
 俺はベッドのそばに膝をついて、フランの手を握り締める。
 その手が一瞬ぴくりと震える。そして、いつものように俺の手をしっかり握り返す。
 目元の布の隙間から、滴が流れ落ちる。一筋、二筋と。
「どうして、どうしてあなたがここに」
「君と一緒に居たいと思ったんだ。時間がかかったけど、やっと覚悟が決まった。だから気持ちを伝えに来た」
「う、嘘です。だってあなたは別れの日に抱きしめてくれなかった。最後になるかもしれなかったのに、あなたからは触ってもくれなかったじゃないですか」
「それは……。触れてしまったら、もう君を意地でも手放したく無くなってしまいそうだったから。あの時はそうするのが正しいと思い込んでいた。
 でもそれは間違っていた。自分の気持ちに嘘をついて、君の気持ちも考えていなかった。
 本当は君を帰したくなかった。フランと一緒に居たかったんだ。明日も明後日も、その先もずっと一緒に居たい。だから俺はここに来たんだ」
「そんなわけ、そんなわけないです。
 そうだ、ククリに言われて来たんでしょう。気を使わないで下さい。私は大丈夫ですから」
 元の居場所に戻してやる。それがフランのためだと思っていた。でもそれが彼女の気持ちを傷つけてしまったとしたら……。
 フランの手は硬く強張っていて。俺の言葉を受け入れようとしてはくれない。
 俺はフランの背に腕を回して、そっと抱きしめる。これまでそうして来たように、嘘偽り無い気持ちを伝えるために。
『ずっと さびしかった』
 俺は指でフランの肌をなぞっていた。
『あいしている』
 フランの指が、ゆっくりと俺の指に絡み付き、優しく手をつなぐ。体から硬さが抜けて柔らかく、暖かくなってくる。
「言葉でも、聞かせてください」
 俺は彼女の耳元に口を寄せる。フランの気持ちに届くように、願いを込めて囁いた。
「愛してる。俺のそばに居てくれ。
 俺の本当の気持ちだ。もし君が嫌だというのなら、きっぱり諦めて」
 ぎゅっとつないだ手に力が込められる。
「嫌なわけありません。もう離しませんから。ぜったい、ぜったいに離しませんから。体も頭も、ずっとあなたと一緒です」
 その手は暖かくて、一緒に居た時と何一つ変わっていなかった。
 首が戻った時には遠く感じていたけど、やっぱりフランはフランだ。俺のよく知っているフランに違いなかったんだ。
 はぁ、と小さなため息が聞こえた。
「まったくもって回りくどい二人じゃったわ。初めから欲望に素直になっておればいい物を……。面倒をかけおって。
 いいかフラン、お前は今飢餓状態なのじゃ。感動の再開もいいが、旦那に腹いっぱいにしてもらうのを忘れるでないぞ。
 何、遠慮することは無い。事前に特別製の精力増強薬を飲ませておいたからな」
 ククリはにやりと笑い、ドアノブに手を掛ける。
「小僧、最後に教えておいてやろう。フランはお前を選んでいたんじゃ。じゃからお前以外の精を体が受け付けなくなった。あとは分かるな?」
 ククリは今度こそ出て行った。静かに扉が閉まる音がして、俺とフランは二人きりになる。


 俺はフランの額から布を取った。
 紅の濡れた瞳と目が合う。俺は何も言わず、フランの唇を貪った。柔らかいそこから、暖かくて濡れた舌が俺の口の中に入ってくる。
 舌を絡み合わせる。湿った淫らな音が部屋の中に反響する。
 唇を離すと、二人の間を糸が伝った。
「ずっとキスしたかった。君の顔を見ながら、君を抱きしめたかった」
「私もです。でも、後悔しませんか? 私、もうあなたを離しませんよ?」
 俺は答える代わりにフランの身体を抱きしめた。
 彼女は一瞬身を竦めたが、すぐに俺の背に柔らかな腕を回してくれる。
「俺も離したくない」
「あなたは、本当に……」
 俺の身体が、彼女に抱きしめられたままぐるりと一転する。馬乗りになる彼女を見上げる体制になる。初めて交わった時もこうだったな。
「じゃあ、もう遠慮しませんから」
 フランは俺のズボンを剥ぎ取り、下半身を露出させる。
 そして何の迷いもなくその桃色の唇で俺の物を咥え込んだ。
 ぬめる舌が亀頭に絡み付く。唇は食む様に俺の竿を愛撫してくる。
 唾液を絡められ、肉棒はもうびしょびしょだ。愛液を塗した手でしてくれるのも十分に淫らで心地よかったが、フランの口はそれ以上に官能的だった。
 フランの手が俺の衣服を手際よく脱がせていく。見れば、首だけが俺のまたぐらを咥えながらこっちを見上げていた。
 上目遣いの期待に満ちた瞳。肌に当たるさらさらとした銀髪。
 彼女自身も自分の衣服を全部脱ぎ捨て、二人して裸で向かい合った。
 フランは自分の頭を両手で掴み上げ、自分の首に戻した。
 口の端を伝うよだれが、俺の一物まで伸びている。フランの目は濡れていて、頬は上気して桃色に染まっている。
「口は初めてでしたよね」
「ああ、癖になりそうだった」
 フランは口の端を歪めると、腰の位置を調整する。
 俺の先っちょにフランの入り口が触れる。そこはもう濡れていて、とろとろと流れ出る愛液が竿を伝って陰毛を濡らした。
 フランは俺の胸に手を置いて、少しずつ少しずつ腰を落とし始める。
「あっ、ああっ!」
 喘いでいる。整った顔立ちのフランが、その表情を淫らに歪めさせて、いやらしい声をあげている。
 俺は獣欲を刺激されながらも、心のどこかで安心していた。フランは俺を嫌がっては居なかった。こんな風に求めてくれていたんだ。
 全てを飲み込まれる。フランは刺激に耐えるように背を丸める。
 そして大きく息をしながら、腰を上下に動かし始めた。
 何度交わっていてもフランの身体に慣れてしまうという事は無かった。彼女の膣肉は俺の物にぴっとりと吸い付いて締め上げてくる。
 最初に交わった時よりもきつく、俺の物に合わせて形が変わっているような気さえする。
「分かり、ますか」
 フランは息を弾ませながら、じっと俺の瞳を覗き込んでくる。
「私の身体。あまりにも、あなたと交わり過ぎて、もう、身体が、あなた専用に、なってしまった」
 フランは上半身を倒し、俺に抱きついてきた。
 その身体は筋肉質の割に、ベッドの上では柔らかく俺を包み込む。どちらからともなく口づけして、舌を絡ませた。
「んっ、ちゅ。最初より、ずっとずっと、気持ちよくて、あなたの事しか、考えられない」
 耳元で囁かれるフランの声。
 俺は彼女の尻を掴んで、深く深く挿入する。
「それ、いいっ。もっと、もっと奥、奥を擦って」
 ご希望の通りに俺は腰を動かす。奥の方をぐりぐりとえぐるようにしてやる。
「ふぁ、あああっ!」
 フランの身体が大きく跳ねる。彼女の中がぎゅっと締まり、俺は耐えられずに彼女の奥に向かって射精する。
 彼女が居なくなってしまってからずっと溜まっていた物を吐き出す。塊のような精液が尿道を通り抜け、腰から痺れるような快楽が突き抜ける。
「あったかい。やっぱりあなたの精は全然違う」
 フランの指が優しく俺の背を撫でる。
 俺はフランの髪を指で梳いた。銀色の髪。ずっと触ってみたかった彼女の髪。さらさらと流れ落ちるそれは星の輝きのようだった。
 フランが俺の背の肉を掴む様に強くしがみつく。俺は少し笑って、今度は彼女の身体が下になるように横に転がった。
 繋がったままのそこが擦れて、フランは小さく声をあげる。 
「フラン。もっと欲しいんだろ」
 フランは首まで赤くして、伏し目がちに頷く。
「もっともっと欲しい。あなたの精で私の身体をいっぱいにしたい。ご、ごめんね。こんなに節操の無い女で」
「男としては、嬉しいけどな」
 俺はフランの手に手を重ね、指を絡めて固く繋ぐ。
 そしてフランが動けないように押さえつけながら、一つ一つ傷跡を舐めていく。
「やめ、傷なんて、舐めても、面白く、ないでしょ」
「嫌か?」
 その割には舐めるたびに彼女の膣中は潤っていく。少し腰を動かせば、その証拠にぬちゅぬちゅと粘り付くような水音が響いた。
「やじゃ、ないけど……。醜いでしょ」
 彼女は唇を噛み、必死で声を殺している。
「綺麗だよ。フランの身体はどこも綺麗だ」
 あまりにも可愛らしい姿態に、俺は少し早いと思いながらも腰を振る事にする。本当は全部の傷を舐めてからと思ったが、それはもう一度出してしまってからでも構わないだろう。
 いや、一度や二度で済むのか……。すでに一回絶頂を迎えたというのに、俺の身体は全く疲れを感じていなかった。むしろ下腹は腰を振るたび、擦れるたびに彼女の中で暴れたいと疼く。
 絡み付く膣を無理矢理かき回しながら、俺は二度目の絶頂を迎える。
 弓なりに反るフランの身体。震える白い乳房。呼吸をするたびにその膨らみは俺を誘うように上下する。
 フランはとろんと弛緩した表情で、しかし熱っぽい視線を俺に絡み付かせる。
「もっと」
 一度自分の物を引き抜く。切なげなフランの声を聴きながら、その身体をうつぶせにする。
「ふぇ?」
 そして後ろから彼女を貫いた。
 声にならない声をあげるフランの口の中に指を入れて、熱くぬめった舌を愛撫する。
 もう片方の手を胸元に滑り込ませて、乳房の滑らかで柔らかい感触を楽しみながら、腰を上げては下ろす。
「ふごい、ひもひいい」
「まだまだいけそうだ。腹いっぱいにしてやるから、何も遠慮せずにがっついてくれ」
 指の感触から、フランが笑ったのが分かった。
 あとの俺達はもう、お互いの身体を味わい、お互いが満足するまで、抱き締めあって腰を振り続けた。
 思い返してみれば何のことは無い。霊園でしていたことと何一つ変わらなかった。


 それからまた数日の後、俺は墓場の見回りをしていた。
 遠くの森から聞こえてくる鳥の声以外には、何の音もしない。死者は何も言わない。やはり俺にとってはそれが心地よかった。今では二番目に、という形容詞が付くが。
 見回りを終えて小さな宿舎の部屋に戻ると、既にフランが待っていた。
 ベッドの上で横になって、穏やかな呼吸を繰り返していた。
 俺と一緒になったフランは周りの勧めで一線を退いた。フランは一度は断ったのだが、ククリに上手く言いくるめられてしまったらしい。
 今でも騎士団に所属してはいるが、戦士では無く剣術指南としてだ。
 戦場で兵士を死なせず、また無為に敵兵も殺させないようにと、フランの指導はかなり厳しく行われているらしい。
 当然指導する側の負担も大きい。疲れて寝てしまうのも仕方が無い事だ。
 穏やかな寝顔。頬に触れたいと思いつつも、俺はいつもの癖で手を握ってしまう。
 ゆっくりと目を開くフラン、何か言うよりも先に俺は唇でその言葉を封じる。
『ごめんなさい』
 フランの指がなぞる言葉。
『おつかれ』
 舌を絡めながら、俺は返事をする。
 そのまま俺達は互いの服を脱がせて行為に移る。
 あの日、ククリの薬を飲んで何度も交わった日に、気が付けば俺はインキュバスになってしまっていた。
 まだ新しい自分を制御しきれなくて、彼女を前にするとこんな風に欲情せずに居られない状態だ。インキュバスの身体は疲れ知らずで、一緒に居ると常に交わり続けてしまう。
 流石にそれはまずいと思い、俺は落ち着くまでフランから少し離れ、フランの国で霊園管理をさせてもらう事にした。
 だが、霊園は城から歩いてすぐのところにあるため、結局こうしてお互いに遊びに来て、一日の大半をベッドの上で過ごしてしまうのだが。
 フランの匂いに包まれる。至福のひととき。
 俺は今、幸福だ。生きていて良かったと、心から言える。
 愛しい人が今そばに居て、明日も一緒に居てくれる。こんなに幸せな事は無い。
 俺達は見つめ合って、声を上げて笑い合って、そしてまた肌を重ねた。
12/07/12 01:26更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
 これにて墓守とデュラハンのメインストーリーは完結となります。
 最初から読んで下さった方、長い旅路を暗めな主人公と共に歩いていただきありがとうございました。
 途中からでも読んで下さった方、長文で読みにくかったとは思いますが、ここまで読んでいただいてありがとうございます。
 最初にメッセージを読んでいただいている方、一章から数え上げると結構な分量ですが、お付き合いいただけると、とてもうれしいです。

 近日中にデュラハンの出ないおまけを付け、それをもって連載の形式に完結を付けたいと思っております。お時間があるときにでも読んでいただけると嬉しいです。

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