読切小説
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ふえるわかめ
「お兄さん、お兄さん。頭なんて抱えてないで早く私を食べてよう」
 私は今、激しく後悔していた。
 やはり買い物するときは産地を確認することは大事なことだったのだと。
「ほらほらぁ、冷めないうちにねっ? ねっ?」
 甲高い少女の声とともに、身体が揺さぶられる。
 自業自得ではあるのだが、誰が想像できよう。
 
 スーパーで買ってきた乾燥わかめを戻していたら、手鍋サイズの女の子が出来上がってましたなど。




 仕事の帰りがてら、私は食料品を買うため自宅近くのスーパーへと足を運んだ。
 ご飯とおかずを適当に見繕い、汁物の具材は何にするか悩んでいた矢先。
 乾燥ものコーナーの一角で『新発売』と銘打ち、フルーツバスケットの中に並べられたそれを見つけた。
 透明なパッケージ一杯に詰められた深緑色の細長い海藻。
 その見た目はわかめを彷彿とさせたが、尋常じゃなく長い。
 ざっと30センチはあろうそれは昆布のようにも見えた。
 持ち上げると、やはり乾物らしく軽い。が、中心部分に奇妙な重みがあるのを感じた。
 よく見ると、中心に波打つ起伏のところどころに膨らみがあることに気づいた。
「珍しいでしょう?」
 突如かけられた若い女性の声に、思わずびくりと肩を震わせる。
 振り返るとやけに肌が青白い、長い白髪の女性が立っていた。
 スーパーの制服であるオレンジ色のエプロンをつけている。
「突然声をおかけしてすみません。でもお客様、運がいいですね。それ今日入ったばかりの新商品なんですよ」
「ああ、確かに新発売って書いてあるしね」
「数はそこにある限りで早いもの勝ちなんですよ。これは海外の海でしかとれない大変貴重な海藻でして……」
 女性は朗らかな笑顔で、手にもつ商品の説明を始めた。
 しまった、これは長くなるパターンだ。
 おとなしくインスタントでも買っておけばよかったと後悔するが、女性は説明を続ける。
「日本に入ってくるのは半年に一回あるかどうかでして、原産国はレスカ――」
「わかりました、今日はそれ買ってくことにしますんで」
「あら、よろしいのですか? この子の調理方法や育て方などの説明は」
「いやありがたいんですけど、仕事帰りで疲れてまして。お腹も空いてるんで……」
「それは申し訳ありません、私ったら長々と……」
 いい加減空腹が我慢できなくなってきたので女性の話を切り上げる。
 この手の奴は相手が買うまで話を止めないだろう。
 説明の途中で変な言葉が聞こえたような気がするが、多分ニンジンやダイコンみたいな感じで育てられるといったようなものだろう。
 値段も345円と少々割高だが買うといった手前、今日の夕食にするほかないだろう。
「戻し方とかってわかめとかといっしょですよね?」
「ええ、だいたい一緒です。その場合沸騰はさせずにぬるま湯で、塩をおおさじで二杯ほど入れるといいですね。よくつけ込めば良い出汁が取れますよ」
「そうですか、ありがとうございます。それでは」
「お買い上げありがとうございます」
 女性が軽くお辞儀をしたところを見計らい、足早にレジへと向かった。
 まったく、1人暮らしだというにこの量を消費するのは骨だぞ。
 袋には軽く見積もって30本ほど入っている。
 細かいのを入れればかなりの量だ。
 私はしばらくわかめの味噌汁が続くであろう日々を想像し、ため息をついた。


「ふふふ、せっかちねえ。話は最後まで聞かないと……貴方がメインディッシュにされちゃうわよ?」
 新製品コーナーに佇む女性は、黒い瞳を細めて笑っていた。
 そこに製品の整理をしている恰幅の良いパート女性が通りかかる。
「あら? 可笑しいわね、さっきここにコーナーがあったような気がするけど……」
 目を細めて訝しむ女性。
 視線の先には、先程の女性店員と新製品コーナーはなく、棚の側面のフックに『ふえるわかめ』の袋がぶら下がってた。




「もー、お兄さん私の何が不満なの? 胸とお尻がぺたんこだから? もっとこう、ぐらまらーすな感じが」
「シャラップ。静かにしてくれ、今この状況を必死に飲み込んでる最中だから」
 ああ、畜生。
 なんなんだこれは。なんの冗談だ。
 心の内で毒づくも、状況は変わらず。



 手鍋一杯の水に塩を入れ、I弱火で熱して湯気がたってきたところで件の海藻の細かいほうを一つまみ、入れたのだ。
 火をおとし、戻している間風呂に入る。
 そして着替え終わり台所へ戻ってくるとそこには……。

 一言で形容するなら、手鍋の中から緑色の貞子の頭が現れていた。

 うおっと、思わず声をあげて飛び上がった。
 その間も手鍋からはむくむくと、尋常じゃない量の海藻があふれ出てくる。
 直感的にやばいと感じた私は手鍋を掴み、流し台へと運ぼうとした。
 そのとき、ぴとりと海藻が手についた感触がした。

 鍋のふちに、緑がかった白い小さな手が触れていた。

 絶叫して腰を抜かしたのは、小学生2年生のころ遊園地のお化け屋敷に入って以来だ。
 幸い放り投げてしまった手鍋は、流し台の中へと派手な音を上げて投げ出されていた。
 ……幸いではなかった。
 流し台にぶちまけられたであろうそれは、その場で床に尻餅をついている私から見えるほどに溢れてくる。
 そして見た。
 海藻の隙間からわずかに、人の顔と腕らしきものがあるのを。

 身体が動いていた。
 考えるなど二の次、私は居間に駆け込む。
 座椅子の隣にいつでも取れるように置いてある、護身用兼観賞用のUSP拳銃を手に取る。
 一発撃つたびに球を込めなければならないエアーコッキング式ではあるが、18禁指定されている強力なやつだ。
 安全装置を解除し、スライドを引いて球を込める。
 武器を手にしたことで若干の安心感と冷静さが戻ってきた。
 幽霊に玩具の弾が効くのか甚だ疑問ではあるが、相手は元は人間、物理攻撃ぐらいこちらの信念で効く筈と納得させる。
 F.E.A.R.だって実弾でやれてただろう、相手はアルマっぽいけど乾燥わかめもどきの輩にそこまで力などない。
 支離滅裂ではあるが、なんとか勇気を奮い立たせ銃を構えつつ台所へと向かう。
 海藻はすでに換気扇のフィルターにまで届きそうなほど盛り上がっていた。
 背丈は、屈んで見えるが立てば150センチほどはあるだろう。
 子供の幽霊はとりわけ強力と聞いたが、このまま引き下がるわけにはいかない。
 狙いを海藻のてっぺん、頭部の辺りにつけて引き金に指をかける。

 瞬間、海藻の合間から二対の眼と視線が合った。
「手前なんかこわかねえ! 野郎ぶっ殺してやる!」
 威勢の良いセリフで奮い立とうとするも、某元コマンドーの悪役っぽい言葉が出てしまったが気にはしない。
 引き金を絞ろうとしたそのとき。
「……くああ〜〜〜〜っ」
 目の前の物体は、いかにも人間臭く両手を天にあげて背伸びをしてみせた。
 海藻がはだけ、素顔が露わになる。奇妙なことに、その顔立ちはおどろおどろしい幽霊ではなく、純真無垢な幼い少女そのもので。
 唖然とする私を、海藻少女はぼんやりと見つめる。
「おっす。なにやってんのお兄さん?」
 片手をあげて能天気に挨拶してくる少女に、脱力してその場に座り込んでしあった。



「あ、これってけんじゅーっていうんだっけ? へんなかたちー」
「勝手に触るな、危ないだろっ」
 少女が興味津々にいじくるエアガンをひったくるように奪い、安全装置をかける。
 目に当たれば即失明の代物をこっちに向けるな。
「うー、いじわるぅ……」
「お前は一体何者なんだ?」
「え、なにって……そもそもここどこなの?」
「質問を質問で返すな。こっちの質問に答えてくれないか」
「名前なんてないよ、みんなそうだし。あ、でも男の人と一緒になった娘たちはみんな名前付けてもらってたなぁ……そーだ! お兄さんが名前つけてくれればいいんだよ! そしたら私もみんなみたいに男の人と……えへへ」
 話の内容から察するに、この少女と似たようなのがほかにもいるようだ。
 それにしてもとんでもないことになった……この場合、呼ぶのは警察だろうか。それとも救急車か。もしくは保健所か……引き取ってもらえるのだろうか、これ。
「ねえ、聞いてる!? お兄さん名前つけてなーまーえっ!」
「うるさいな、今夜中だぞ。ここ壁薄いんだから隣の人に怒られちまうだろ……」
「そんなのどうだっていいよ! 名前つけてくれたらお兄さんのおよめさんになるの!」
「はい?」
「みんなそうしてたもん! 名前つけてもらったら、みんな男の人と一緒になってたもん! それでそれで、いっぱいきもちいいことしてたの!」
 ……この子はなかなかどうして早熟且つエキセントリックなようだ。
 親の顔が見てみたいものだ。
「ねえ……お兄さん、私のこと嫌いなの?」
「む?」
「そんなのやだよぉ、ぐすっやだぁ……」
 先ほどまでの元気はつらつぶりが嘘のように、今度はしおれたように泣き始めている。
 拳をギュッと握りしめて肩を震わせ、俯いた幼い顔の眼尻からはぽろぽろと滴が零れ落ちる。
 冷静に考えてみれば、この子の正体はどうあれまだ子供に違いないのだ。
 どこの誰かはまったく知らないが、少女の言うみんなから突然引き離され、見知らぬ男の部屋にいたら情緒も不安定になるだろう。
 私は泣き出す少女を不安から脱するべく、そっと抱きしめた。
「ぐずっ、ふぇぇ、お兄さん……?」
「すまん、少し気が動転していた」
「わたしのこと、きらい?」
「自分は理由もなく泣いている子供を嫌わないよ。不安にさせてごめんな」
 そっと少女の頭をなでる。
「すんっ……それじゃあ、わたしのこと、すき? 名前つけてくれる?」
「ああ、つけてやる。だから泣き止んで」
「ぃやっっっっったあ〜〜〜〜〜!!」
「くれ……っておい」
 しおれていた少女は、水を得た魚ならぬ海藻のように声を張り上げてぴょんぴょん飛びあがる。
 再び頭を抱えることとなっていしまった。
「お兄さん! どんな名前つけてくれるの!?」
「あー、うん。モジャコでいいんじゃないかな?」
「……すっごい適当だね、なんか。ふぅぅ、やっぱりわだじのごどぎらいなんだ、ぐずっ」
「わかった、ちゃんとした名前つけてやるから泣くんじゃない!」
「ホント!?」
 泣いたり明るくなったり。
 単純ここに極まれりというべきか。
 とはいえ名前か……一体なににしよう。
 そう考えていると、私の腹部からぐうっと怪音が鳴る。
「……そういえば夕食作ってたんだった」
「え? ゆーしょくって、ごはんのこと?」
「きみとごたごたしてたせいで忘れてたよ。とりあえず今日は味噌汁はやめてご飯とコンビーフにしようかな、うん」
「お兄さんわたしの名前は?」
「夕食食べてからで」
「駄目! 今決めて!」
「じゃあ味噌汁子にするぞ」
「……ぐすっ」
「待ってくれ、とりあえず食べてる合間に考えるから、な?」
「ホントに? 嘘ついたらお兄さんの水分全部絞っちゃうからね」
「善処するよ」

 ひとまず夕食の続きにすることにした。
 そういえば今更気づいたが、この娘全裸じゃないか。
 海藻からちらりとのぞく、わずかな膨らみ。
 幼い体つきとはいえ、てらてらと濡れている身体は艶っぽさを醸し出している。
 視線に気づいたのか、少女はわざとらしく胸を見せつけてきた。
「えへへ、おにーさんおっぱい好きなのー? えっちだなぁ」
「馬鹿言うんじゃない」
「おにーさんにだったら、いいよ……? いっぱいえっちなことしてあげる……」
「そんなことより飯だ飯。ほらどいたどいた」
「ぶー、いけずー。あとちゃんと名前考えてよね?」
「あいよ」
 腹が減っては戦はできぬ。といってもその気はさらさらないが。
 とはいえこれからこの子をどうすべきか……あとで考えることにしよう。
 足元に抱き着いてくる少女をいなしつつ、棚からコンビーフの缶を取り出した。




 このとき、私は気づいていなかった。
 開けっ放しの海藻の入った袋に盛大にお湯を被っていたことに。
 そして徐々に30本以上のそれらが人の形を呈してきていることに。

 



 そんなことよりおなかがすいたのでおわり
16/03/11 15:33更新 / 小林プラスチック

■作者メッセージ
 ここ最近仕事が忙しくて執筆がまともに出来ないっす。
 タイトルはオチにあるとおり、袋に水被って大量増殖したところを主人公野郎が風呂場に拉致されヤラれるみたいなの想像してつけました。
 ご飯食べるついでに幼女ケルプに味噌汁味の指先にしゃぶりついてアレなカンジになったり、風呂場で成長した幼女ケルプと仲良く和姦みたいな描写もかきたかったんですけど、お腹がすいたのでカットしました。
 本当に申し訳ない。

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