第十一話「末裔」
アダマニウム鉱山近くの森、閃光とともに空間が裂け、ウィークボソンが落ちてきた。
一体どれほどの高度から落ちたのか、船体はぼろぼろになっており、あちこちから煙を吹いている。
「九重が、やったのかしら?」
近くの森で九重を探していたリエンたちは、ウィークボソンに駆け寄る。
「・・・九重」
中からぼろぼろになりながらサーガ皇女が出てきた。
「キバっ」
すぐさまエルナの剣はサーガの首に狙いを定め、クインシーは籠手をかざし、ツクブは魔力を集中している。
「・・・違う、キバではないみたいだね」
ラグナスはサーガの額に傷がないのを見て嘆息した。
「察するに君はサーガ皇女、かな?」
「そうだ、私はキバではなくサーガ、エディノニア皇国の皇女サーガだ」
なにやらこんがらがって来た、そう思いながらラグナスはぼろぼろになったウィークボソンを睨んだ。
「う、ん?、ここは?」
気がつくと九重は光に包まれた真っ白な空間にいた。
『ようこそ、『契約の大英雄』九重よ」
「え?」
いきなりの声に振り向くと、そこにはヴェールをまとった美しい女性がいた。
否、美しいと評するのはおかしい、眩いばかりの閃光が背中から放たれ、その女性は輪郭しかわからないのだ。
にも関わらず、何故美しい女性と思ったのか。
『九重よ、余は汝を知り、汝もまた余を知っている、汝が今立っているのはかつてでありこれからであり、今でもある』
謎めいた言葉、ヴェールをまとった姿に、九重は彼女の正体に思い至った。
「じ、時空の女神っ、ウマル・アト=タウィル様っ」
九重の言葉に女神、ウマルは首をかしげた。
『余をそう呼ぶ民もまたいる、が余の本来の名前はそうではない』
女神は判断のつかないような言語で九重に告げたが、九重にはその本来の発音を聞き取ることも出来なかった。
ちょうど英語がわからない子供が、洋楽の歌詞を聴いたときに自身に都合のいい読み方を聞くようなものだ。
「ヨグ=ソトース?」
そう、そのように聞こえた、だが本来は違うのかもしれない。
ヨウグ=ソトホース、もしくはヨグ=ソトホウプスかもしれないし、どれも違うのかもしれない。
『それで良い、汝には余の真名を理解することは出来ぬし、する必要もない、知れば汝はただでは済むまい』
時空の女神ヨグ=ソトースはそう告げた。
「ここはどこなのですか?、メルコールの骸はどこに・・・」
『答えは先ほどと変わらぬ、ここはかつてであり、これからであり、今である、わかりやすく言えばあらゆる時間の流れぬ場所だ』
ヨグ=ソトースはそう告げると、微かに頷いた。
『そして汝をここへ導いた骸はその身にある力により一つの時間より消滅し、二度とは三次元世界に現れることはないだろう』
九重はチンプンカンプンだったが、とりあえずメルコールの骸が消滅したことはわかり、胸を撫で下ろした。
しかしその次にヨグ=ソトースの告げた言葉に、またしても驚愕させられた。
『が、汝がここにいて、未だ帰れぬのと同じように我が時空の力は未だ余の外に存在する』
アダマニウム鉱山にある大迷宮の入口にある広間、クインシーは剣を引き抜いてサーガに突きつけていた。
「すべて、話して?、桜蘭のことも、キバのことも、メルコールの骸のことも・・・」
「止めたまえクインシー」
ラグナスは鋭い目でサーガを見ている。
「・・・キバ、彼女はこの時代よりも未来より来たエディノニア皇国の皇帝だ」
『汝の来た時間から数年前、メルコールの骸に宿っていた力が未来の世界と共鳴した』
ヨグ=ソトースはそのように九重に解説した。
『汝により大魔王の骸が飛ばされし時間軸、そこでキバ、エディノニアの後継者が骸に触れたことで、この世界に特異点が増えた』
特異点、ヨグ=ソトース曰く別の時間軸より来た別の時間軸の人間。
いや、それよりも。
「メルコールの骸が、未来に?」
『左様、汝があの骸を斬った際、汝のその身にあった異世界の力と骸の中の時空の力が反応し、大魔王の骸は、汝に力を与えた者がいる未来に飛ばされた』
ヨグ=ソトースの説明に、九重は一瞬くらっとするのを感じた。
メルコールの骸が未来に飛び、キバがこちらの時間に来たのは己の所為?。
それに、誰かが力を与えた?。
『知らなかったか?、汝の身の内には奇妙な力が宿っている、汝は一つの時間軸にいながら別の時間軸とも繋がっている』
それが何を意味するのか、九重にはわからなかった。
『したことがないにも関わらずした覚えがあったり、無意識的に実力以上の実力を発揮したりしたことはないか?』
「・・・あります」
思い当たることはいくつもある、剣術をあり得ないような速度でマスターしたり、頭のなかに思いもしなかった最善の手が浮かんだり、今考えるとおかしなことばかりだ。
『汝の記憶の内には極めて古いものから未来の記憶がある、汝は未来の時間にいる汝自分自身の記憶を無意識下に刷り込まれている』
無意識下に刷り込まれた未来の記憶、それこそが九重に与えられた異界の力。
『・・・本題だ、キバの時代より昔、とある人物によりアメイジア大陸は次元の歪みから解き放たれ、元の場所に戻っていた、しかし・・・』
「外に戻る方法を得る過程で、その人物は主神や魔王すら揺るがしかねない二つの重大な事項を手にしてしまった」
サーガの言葉を七大英雄たちは固唾を飲んで聞いている。
「重大な事項?」
エルナは首をかしげたが、それは七大英雄全員が思っていたことであった。
主神はおろか魔王すら無視できない事項とはなんなのか、予想もつかないからだ。
「・・・もったいぶらずに話して頂戴、その事項とはなんなのか」
ツクブの言葉にサーガはすぐさま口を開いたが、その内容は七大英雄の予想をはるかに越えていた。
「そんな・・・」
ヨグ=ソトースの話した内容に、九重は愕然とした。
『アメイジア大陸の封印を破った際には気づかなかった、がキバの時代にはその事項は確立され、実現するに至る』
そんなことがこれから、その『とある人物』が誰かはわからないが、もしそんなことになれば魔王の宿願には王手がかかり、同時に主神勢力には多大な牽制となる。
『かくして彼は何としても手にしたい二つの勢力、主神と魔王により奪い合いにされることになり、キバの時代その狭間となった人間社会に現在よりも苛烈な抗争を産むことになった』
現行でも人間社会は親魔物と反魔物に分かれている、これがさらに苛烈となり国家間はおろか同盟軍や連合軍といった、世界規模の戦争に至ることすらあったと言う。
『キバがエディノニア皇国皇帝だった時代、ついに反魔物連合により桜蘭は陥落、数万の民が亡国の民になってしまった』
そんな時に、エディノニア皇国にメルコールの骸が現れたのだと言う。
「自身をエディノニア皇国『最終皇帝』にしないためにも、また未来のエディノニア皇国のためにも、キバは時間遡行を決意、過去に共鳴したその瞬間骸に触ると、封印時代のアメイジア大陸にたどり着けた、というわけだ」
サーガの一連の説明が終わり、七大英雄たちは瞑目した。
知らず知らずの内に未来を知ってしまい、後悔しているのかもしれない。
しかしただ一人だけ、クインシーは少しだけ意外そうな表情をしただけで、すぐに顔を上げた。
「・・・して、そんな未来を止めるためにそなたはキバと協力しておったのじゃろう?、何故裏切ったのじゃ?」
そんなクインシーの様子に気づかずに、クオンの質問は飛ぶ。
核心を突くような質問に、サーガはうつむいた。
「・・・未来はそれを知る未来人が変えるべきではない、九重が未来を知らずともキバを止めようと戦うのを見て、今を生きる若者が変えるべきだと、考えさせられた」
それ故に桜蘭を裏切った、サーガはそう呟いた。
「・・・それに我もキバも封印を破った存在をさがしたが、結局見つからなかった」
どうにもならないために、キバはメルコールの骸を利用して彼女の時代の技術で兵器を使うことを思いついたのだ。
しかしそのアメイジア大陸の封印を破った人物とは誰なのだろうか。
『汝らのこれから戦いはより激しさを増すことであろう』
ヨグ=ソトースのその言葉に、すぐさま九重は首を傾げていた。
「ですがメルコールの骸はすでに・・・」
『それが唯一にして最大の問題だ、切り札を失った以上キバはなりふり構わず目的を遂げようとするだろう』
メルコールの骸は確かに失われたが、それ故にキバはあらゆる方法で魔物の殲滅をはかる、ウィークボソンならば空間制御と圧倒的な火力で魔物を殲滅できたかもしれない。
だが今キバにはそれがない、かと言って今更諦めるような性格でもない。
『契約の大英雄よ、汝は今から一つの時間へ行く』
ふっと九重の全身を何やら不可視の力が回り始めた。
『そこで汝は一つの答えと新たな力を得るだろう』
続いて虹色の光が煌き、九重はまたしてもどこかへ飛ばされた。
「封印を破った人物、それが誰か教えてもらいますわよ?」
ヴィウスの言葉にサーガは頷いたが、なんとも申し訳なさそうだ。
「それがキバの時代にも名が伝わっていないどころか、どこの人物かもわからないそうだ」
長い歴史の中で名前が失われることは良くあるが、それだけの功績を残した人物、名前が伝わっていないのは妙だ。
「誰かが、意図的に、消した?」
クインシーの質問にサーガは首を傾げた。
「そうかもしれない、結局残っていたのは別名だけだった」
「封印を破りし者、七大英雄を下し、太古の力と契約を交わせし存在、『契約の大英雄』」
「九重くんっ」
息を荒げ、少女は、アベルはアダマニウム鉱山大迷宮前にいた。
「・・・来たね」
入口にはラグナスとツクブの二人が守りについていた。
「返して、わたしの九重くんを・・・」
アベルは剣を引き抜くと、大地を揺るがすほどの気迫を放った。
「返してよっ」
「っ!、ラグナス様っ」
ツクブは何かに気がついたようで、ラグナスもまた黙って頷いた。
「この感覚、間違いない、彼女はすでに目覚めているね」
アベルは二人に剣を向けると、一息に斬りかかった。
「『仙術』、厄介だね」
15/06/14 20:14更新 / 水無月花鏡
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