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第十話「片鱗」


アダマニウム鉱山、もとはただの鉱山だったが、いつ頃からか溢れんばかりのアダマンタイトやミスリルが掘り出され始めた。

当初は様々な種族がいたが、ミスリルはドワーフにしか加工出来ず、アダマンタイトに至ってはドワーフでも僅かな一族にしか扱うことは出来なかった。

それ故にアダマニウム鉱山はいつしかドワーフの本拠地になり、採掘の中で広がった地下の大洞窟はドワーフの都となった。

今でも冶金術の修練を大洞窟でするドワーフもいるほか、一流の武具を求める剣士もこぞって鉱山に向かった。


「・・・ふうん、ならどうしてみんな大洞窟には入らないの?」

九重はギムから話しを聞いていたが、そこでそう質問した。

「アダマニウム鉱山に入るには大洞窟の前にドワーフの知恵の結晶、大迷宮を抜けないといけねぇんだ」

大迷宮、なんとも不吉な響きだ。

「まあ、簡単に言えば大洞窟に来るのはいい奴ばかりじゃなかった、てこったな」

自衛のため、というわけか、しかし今回はアダマニウム鉱山に詳しいギムもいるため、面倒なことにはならなさそうだ。


「・・・九重」

二人がいる部屋にクオンが入ってきた。

何やらその表情は暗く、言いたくないことを言わねばならないような、そんな表情だ。

「クオンお姉ちゃん?」

「少し、良いかのう?」




艦橋には七大英雄を始め、リエンやレオラなどこの船にいる首脳が揃っていた。

「来たね、九重きゅん」

ラグナスは表情を険しくしていたが、どことなく複雑な面持ちだ。

「・・・九重くん、君は見事に勤めを果たしました」

エルナの言葉にツクブは軽く頷いた。

「あんたは本来私たち七大英雄を説得するために旅に出たのよね」

九重が頷いて見せると、今度はクオンが語り始めた。

「故にそなたはこれ以上先へ進むべきではない」

英雄より与えられた言葉に、九重は愕然としたが、たしかにその通りかもしれない。

「ちっ、おいクオンっ、そりゃあくまでてめえとエルナ、ヴィウスの考えだろが?」

いらいらとしたダンの声に、クインシーは頷く。

「桜蘭の手に、メルコールの骸がある以上、下手に隠れるより、私たちの、近くにいるほうが、安全」

「わかっていますわ、だから誰か一人はつけないといけないという話しになったのでは?」

ヴィウスの言葉に、今度はラグナスが口を開く。

「とまあそんなわけさ九重きゅん、君が僕たちと桜蘭と戦うのか、それとも大洞窟にかくまってもらうのか、それを決めかねてるのさ」

現在見たところ、クインシー、ダン、ツクブは九重の同行を押し、エルナ、クオン、ヴィウスは反対している。

ラグナスに関しては徹底して集計に入らないようにしているようだ。

「それは九重、あなたが決めることよ?」

リエンは静かに口を開いた。

「同行するにしても、隠れるにしても、あなたが後悔しない道を選んで」


後悔しない道、だがそんなことまだ二桁の年齢になって間もない少年には判断が出来ないのではないか。

戦いの中で傷つき、死ぬことは確かに恐ろしいが、それは現在アメイジア大陸にいる人間全員が背負っていること。

アダマニウム鉱山は少しは安全かもしれないが、それでもまだ危険なことに変わりない。


結局何処へ行こうが桜蘭をどうにかしない限り安全な場所などないのではないか。

「・・・僕は」





「目標を捕捉、今なら攻撃できそうか」

「はい、ルクシオンは先日のダメージから復帰しきってはいません、今ならば落とせるはず」

「・・・九重、くん、あなたはどうして・・・」




九重が何事か答えようとした瞬間、船体を凄まじい衝撃が襲った。

「ちっ、何事か?」

ラグナスの言葉にオペレーターは慌てふためく。

「わ、わかりません、十二時の方角からいきなり攻撃が来ましたっ」

いきなり、どういうことだ、レーダーには何の反応もなかった、それがいきなり砲撃とは。

「ぜ、前方に高エネルギー反応っ、もう一撃来ますっ」

「っ!、魔法シールドを展開っ、防御・・・」

ラグナスが言い切る前にまたしても艦橋が揺れた。

「だ、駄目です、二撃目が障壁発生装置に直撃っ、さらに主砲、副砲ともに使用不可っ」

どうやら推進もろくに出来ないようで、ルクシオンはゆらゆらと下降を始める。

「このままでは・・・」




「さて、では絶望を刻むか」

巨大な艦橋、そこでキバはほくそ笑むと、指令を出した。

「次元潜行回路解除、奴らにウィークボソンの姿を見せてやれ」



「なっ」

突如としてルクシオンの前に巨大な戦艦が現れた。

否、それは戦艦と呼ぶには陳腐な大きさ。

「す、推定全高5,000メートル、馬鹿な、あまりに大きすぎますっ」

それは巨大な移動要塞、ルクシオンも霞んで見えるほどのオーバーテクノロジーの産物。

違う、あれは存在してはならない、あれほどの要塞を動かすための技術は九重の世界ですら限られている、そればかりかラグナスの反応を見ても、魔法の領域を遥かに越えているのがわかる。


「・・・メルコールの骸」

ぽつりとリエンは呟いていた。

「時空に干渉する旧魔王の力ならば、あんな出鱈目兵器も建造、運用できるわ」

なるほど、たしかにそうだ。

いかなる技術が働いたにせよ、キバはメルコールの骸を制御出来る当てがあった、最初から彼女はメルコールの骸で大陸を破壊しうる兵器を造ろうとしていたのだ。


「なんとかあれを破壊できないかな?」

ラグナスの言葉にレオラはびくりとした。

「なっ、あんな化け物相手に、正気?」

「ええ、あれをなんとかしないと、間違いなくアメイジア大陸は滅びますよ?」


エルナは軽い調子で言うが、勝ち目の薄い戦いに挑むなどレオラには理解出来なかった。


「ひとまず総員退艦っ、ルクシオンを放棄するっ」

生きていればどうにかなる、そうラグナスは結論付けた。



「くっくっくっ、逃げているな」

キバの視界、ルクシオンからは複数の人影がばらばらと脱出している。

「主砲発射、ルクシオンを沈めて威力を見せろ」




「・・・僕は」

一人甲板に上がり、九重はウィークボソンを睨み据えた。

もう間もなくして主砲が発射されれば九重はひとたまりもないだろう。

ぐっと剣を握りしめると、少年は走り出すとともに、甲板から飛び出し、ウィークボソンに向かった。

「戦うっ」

瞬間発射された主砲に、ルクシオンは大爆発した。

「うわああああああああああああ」

九重はその凄まじい爆風に吹き飛ばされ、ウィークボソンの上部に取り付いた。


「・・・くっ」

恐るべき運の強さだ、少しでもタイミングがずれていれば爆発に巻き込まれ、もしくは下に落下して、命を落としていただろう。

しかし九重はどうしてかはわからないがこの手が最善のように感じたのだ。

まるでかつて同じことをして成功した過去があるかのように、そんな既視感があったのだ。


アダマンタイトの剣を壁に突き立て、九重はゆっくりと登っていく。


甲板まで上がると、扉を切り裂いて、中に入っていった。


廊下に入ると、すぐさま九重は見知った人物に見つかった。

「九重、くん?」

勇者アベル、すなわち安部瑠璃だ。


「安部、さん」

両者ともに驚いているが、アベルはすぐさま剣を引き抜いた。

「九重くん、もしも君が桜蘭に来てくれるならサーガ様は君をゆるしてくれるわ」

いきなり仕掛けてくるでなく、アベルはそう九重に語りかけた。

「桜蘭は魔物を絶滅させようとしている、魔物は人間と一緒に生きていけるのに・・・」

「九重くん、それは仕方のないことなの、人間の世界を取り戻さないと、世界は・・・」

話しの途中でアベルは九重に剣を向けた。

「もしかしてあいつが、あの魔物が九重くんを?」

「・・・え?」

よくわからないまま空気が不穏になっていく。

「サファエル様の言う通り、九重くんは魔物に洗脳を・・・」

アベルの剣の切っ先が微かに輝き、九重の顔を照らす。

「そんな、安部さ・・・」

「問答無用っ」

いきなり斬りかかってきたアベルの攻めを九重はなんとかかわす。

「安部さんっ、どうして・・・」

「魔物に堕とされた者はもう戻れない、せめてわたしの手で・・・」

ひゅんひゅんと風を切る剣に、九重は覚悟を決めた。

「やるしか、ないっ」

アベルの斬撃を剣で受け止めると、左足で勇者の足を押さえ、そのまま虎拳をかける。

「うぐっ」

慌ててアベルは九重の拳を避けたが、剣の力が弱まった。

「はあっ」

今度は剣を返して、柄頭でアベルの左手を殴打し、剣を弾き飛ばす。

「痛っ」

「これでっ」

剣をアベルに突きつける九重、エルナとクインシーの両英雄から剣術を伝授された九重の実力は、すでにアベルの予想を遥かに超えていた。


「・・・わたしを斬るの?、九重くん」

心配そうなアベルに、九重は剣を突きつけたまま首を振る。

「そんなことはしないよ、ただメルコールの骸がある場所まで案内してもらうだけ」


じっと見つめる九重、アベルは瞑目すると、軽く首を振るった。

「・・・わかったわ、案内してあげる」


九重の前に立ち、アベルは廊下を歩き始めた。


廊下にはたくさんの兵士がいたが、アベルと九重が歩いていても、誰も気に留めていなかった。

どうやらアベルと同じく、九重も桜蘭側の勇者か何かかと思われているようだ。



「ここよ」

廊下の先には巨大な鋼の扉があり、表札には機関室と書かれている。

「・・・メルコールの骸を破壊する」

そうすればウィークボソンは無力化し、キバも主力を失うことになるだろう。

意を決して九重は機関室に足を踏み入れた。



「・・・むっ」

地上でエルフたちの避難誘導をしていたラグナスは、嫌な予感に空を見上げた。

そこには何もなく、移動要塞ウィークボソンもどこかへ消えていた。

「・・・九重きゅん」

なんとも言えない嫌な気配に、ラグナスは目を細めた。




「来たか」

機関室には鎧に身を固め、頭にはヘッドギアのような兜を被った少女がいた。

「キバっ」

アベルは心底バツが悪そうな顔をすると、どこかへ去っていった。

「・・・全て、計算通り」

何やら怪しげな装置に組み込まれたメルコールの骸の前で、キバはほくそ笑む。

「最早貴様は逃げることすら出来ぬ、ここで死ぬさだめだ」

最初からアベルは九重をキバのもとまで案内するつもりだったのか。

「どうする?、貴様が桜蘭に来ると言うならば処断は考えてもいいが?」

キバの提案に九重は黙って首を振って見せた。

「ふん、そうか、私は貴様が別に嫌いではない、が」

クレイモアを引き抜くと、キバは九重に切っ先を向ける。

「邪魔立てするならば、貴様も魔物と同じく処刑する」

「っ!」

九重は隙を伺いながらキバの背後にあるメルコールの骸に注目する。

あれさえ止められれば、あとは七大英雄がなんとでもしてくれるだろう。


ここまで来た以上、退くわけにはいかない。

「ほう、あくまでもやるつもりか、だが貴様がいかほどのものかっ」

クレイモアを振り上げるキバ、あまりの気迫に九重は背筋が凍りついたように感じた。


瞬間、何者かがキバのクレイモアを止めていた。

「っ!、貴様・・・」

キバとまったく同じ鎧に同じ武器、唯一違うのはヘッドギアをかぶっておらず、露わな額には傷がないことだ。


「っ!、サ、サーガ皇女が二人っ?」

そうだ、今九重の目の前では二人のサーガ皇女が切り結んでいるのだ。

「・・・もうやめよ」

「邪魔をするかっ、サーガよっ」

キバ、ヘッドギアを被ったほうは後ろに飛ぶとクレイモアを構え直す。

「魔物を滅ぼし、『未来』を変えるのだっ、貴様ならばその必要性がわかるはずだっ」

猛るキバに対して静かにサーガはクレイモアを向ける。

「そんなことで変えても世界は安定せん、そればかりかマイナスの是正にしかなり得ない」

「このっ、裏切り者があっ」

斬り込むキバに対してサーガは素早く斬撃をかわしてみせる。

「九重っ、こちらは私が抑える、汝はメルコールの骸をっ」

「わ、わかりましたっ」

九重は慌て剣を抜くと、後方に鎮座するメルコールの骸に近づく。

「やらせんっ・・・うぐっ」

「汝の相手は私だっ」



近くで見るメルコールの骸はやはり大きく、強大な気運を放っていた。


一人頷くと、九重は近くにあった脚立からメルコールの上層部に駆け上がり、上に接続されたいくつものコードに剣を向けた。

「はあああああっ」

「や、やめろおおおお」

キバの悲鳴が木霊する中、九重はコードを全て斬り裂いた。


変化は一瞬にしておこる、ウィークボソンが傾くとともに、メルコールから異様な光が溢れ始めたのだ。

「これ、は・・・」

光の中見えたとある景色に、九重は絶句するとともに魅入ってしまった。


「く、九重っ、早くっ」

サーガの声、だが九重は景色から目を離すことは出来ず。


メルコールの骸ごと光とともに消えた。



15/05/20 20:04更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
皆様こんばんは、鏡花水月であります。

今回はいよいよ九重くんが岐路に立たされる場面であり、メルコールの骸をどうにかする回でもあります。

さらにはサーガ皇女も現れ、ますます混乱を見せ始めております。

果たして九重くんは無事帰ってこれるのか、サーガ皇女の真意はどこにあるのか、次回に持ち越し内容ばかりとなっておりますので、応援のほどよろしくお願いします。

それではキバの正体や九重くんがいきなり強くなった理由が明かされる次回にてお会いしましょう。

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