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第十二話「仙術」


「・・・この力は魔物に対する切り札よっ」

アベルが切り込むとともに、彼女の踏み込んだ地面が歪み、巨大な岩石と化してラグナスとツクブを襲った。

「・・・魔法じゃない、これは」

「仙術、ですね」

攻撃を避けながらラグナスはアベルを見据える。

仙術、遥かな昔に魔法を扱えない人間が編み出した力。

全ての人間に宿る心の力を具現化して自然の力を再現する力。

習得には長い修行期間が必要、古の昔には山に篭って長い年月修行する人間もいたそうだが。

「まさかこんな短期間で仙術を会得するなんて、何かあったかな?」

アベルはラグナスの問いかけには答えずに、淡々と攻撃を繰り出す。

「九重きゅんがとられたのが気に入らないかな?」

「っ!」

ラグナスの言葉に、アベルは目を見開いたが、構わずに岩石を投げつける。

「まずいね、仙術使いが相手じゃあ今の僕では対応仕切れないね」

岩石がかすった箇所が微かに爛れている。

少しかするだけでこれならば、直撃を受けたらどうなるか想像するに難しくない。

「手こずってる、ようね?」

入り口からクインシーが現れた。

「手を貸す?」

「助かるよ」

微かに頷くと、クインシーは籠手をアベルに向けた。

「一人増えようが・・・」

「魂魄隔離」

瞬間、クインシーの籠手にアベルの全身から放たれていた不可視の力が取り込まれた。

「・・・なっ」

驚きに瞳を見開きながら、ぐらりとアベルは地に倒れる。

「仙気を吸い込んだ?、そんな、魔物には仙術が、扱えない、はず・・・」

「普通なら、そう、けど私は、普通のデビルじゃ、ない」

クインシーは静かにロープを用意すると、アベルを拘束し、アダマニウム鉱山に運び込んだ。





「・・・なんだか、最近よく飛ばされるな」

そうひとりごちながら九重はどこかの荒地に降り立った。

「ここは、どこかな?」


少しだけ背伸びをしてみると、小さな村がすぐ近くにあることがわかった。

とりあえずあの村を目指そうと思い、九重は歩き始めた。



村はどこか懐かしい感覚を抱かせるような質素なものだった。

大半の家はすぐに取り壊せるような簡単なものであり、唯一村の中央にある古い井戸だけがしっかりした作りになっていた。

だが村にある家屋は残らずぼろぼろの、廃屋の様相を晒し、人気はおろか、ここ数年は暮らした形跡すらなかった。

「どこかな?、ヨグ=ソトース様はとある時間と仰っていたけど・・・」

「おや?、君は?」


いつの間にだろうか、九重のすぐ後ろに小柄な少女が立っていた。

小さな鉢巻に背中には大きな剣を背負った美少女だ、身体つきは華奢ながら、その身体の内からは研ぎ澄まされた力が感じられた。


何やらしばらく少女は九重を見ていたが、やがて首を振った。

「すまないね、知ってる人に似てたものだからつい・・・」

続いて少女は神妙な顔つきで口を開く。

「このローランの地は今は近づかないほうがいい、ジャイアントアントの女王メルコールが潜んでいるから」


少女の言葉に九重は絶句した。

現在九重はウルクがメルコールより産み出される遥か以前、即ち七大英雄誕生前の時代にいるのだ。



ローランの地にある無数の掘建小屋の一つに九重を招き入れると、少女は口を開いた。

「さて、自己紹介をしていなかったね」

少女はとん、と自分の胸に手を当てた。

「私はカイン、魔王サウロスを倒した大勇者アダム様の弟子さ」


魔王サウロス、ひょっとしてメルコール以前にいた魔王だろうか

いや、九重は一つ、大きな矛盾点に気がついた。

リエンの説明によると、魔王とその配下たる魔物は人間の数が増え過ぎないように存在し、程よく人類が追い込まれると、主神は勇者を使い、魔物を淘汰するのだという。


どうしてこの時代には、かくも連続して魔王が現れているのか、単に人類が予想以上に手強かったため難航したのか、それとも何か別の理由があるのか。


「私も師匠と同じく神の加護を得た、メルコールを倒すための力を主神さまは授けてくださった」

ふとそこまで話してカインは九重を見た。

「そう言えば君の名前を聞いてなかったね、何と言うんだ?」

「雨月九重です、よろしくお願いします」

クノエ、と呼んでみてカインはくくっ、と笑った。

「いい名前だがなんとも言いにくい、逆にしてエノクでいいかな?」

エノク、そっちのほうが九重としては慣れない名前だが、彼は黙って頷いた。



「エノクもメルコールを倒しに来たのかな?」

九重が首をかしげると、カインは掘建小屋の外にある巨大な井戸を指差した。

「メルコールたちジャイアントアントは日中巣から出ずに働き、夜間人を襲うために出てくる、魔物の食料は人間だからな」

やはりここは過去の世界のようだ、ヨグ=ソトースは何のために己をこの時代に飛ばしたのだろうか。



「さて、君は中々強そうだけど、どうかな?、メルコール退治に協力してくれないか?」

聞けばメルコールによって近隣に被害が出ており、中にはこのローランの村のように人がいなくなってしまった村もあるらしい。

そこで勇者としての適性を持つカインがローランまで出張り、メルコールと戦いに来たというわけだ。

「それに私には無敵の仙術がある、これならメルコールも倒せる」

「仙術?」

聞きなれない言葉だ、仙術とは何なのだろうか。

「天地二十法、様々な自然の力を再現して攻撃や防御なんかに転用出来る技さ」

仙術は字が示すように人間にしか扱えない神秘の力、人間の心の内から生まれた力であるため、人間の天敵にして対極に位置する魔物には絶大な威力を持つらしい。

「私は仙術の中でも金遁が得意だ、金属の力を借りて技を出すわけだな」

カインの言葉に、ふと九重は妙なことに気がついた。

仙術などという便利な力があるならば、何故七大英雄たちは魔物との同化を選んだのだろうか。

魔物と同化すれば仙術は使えなくなるし、むしろ魔物側の意識に引っ張られる可能性が高い。

つまりメリットもあるが、それ以上のデメリットもあるのだ。

ラグナス始め七大英雄が仙術のことを知らなかったとは考えにくい、何か理由があるのだろうか。


「君は仙術を扱えるのかな?、使えないときついよ?」

「僕は・・・」

九重が答えようとしてカインは手を振った。

「なんてね、君の身体には微かながら仙気がある、最初から仙術を扱えるのはわかってたよ?」

驚く九重、仙術という名前を聞いたのは今が初めてだが、扱えるとは一体。

否、たしかヨグ=ソトスは未来と繋がっていると言っていた、つまり未来の九重から今の九重に仙気が流れたのか。

しかし二人の英雄の剣術を使いこなすばかりか、仙術にすら精通する、一体未来の九重は何者なのだろうか。

「日遁、それとも月遁かな?、まだまだ伸び代があるみたいだね」


まだなんの訓練も受けてはいないのだが、訓練いかんによっては九重も仙術が扱えるようになるかもしれない。

「さて、と、僕は今から井戸に潜ってメルコールを倒しに行く、君も来るよね?」

静かに九重は頷いた、ここまできた以上、メルコールと相対し、何のためにこの時間へ来たか考えねばならない。


「・・・と、その前に」

いきなり九重の腹部に衝撃が走った。

カインがいきなり九重の腹部に掌打を放ったことに気がつくのには数秒かかった。

「げふっ」

堪らずえずく九重だが、吐瀉物とともに、何やら蠢く三匹の虫を吐き出した。

「三戸、こいつらがいる限り仙術はその力を発揮出来ないよ」

カインは三匹の虫を踏みつけて殺しながらそんなことを言った。

「こいつらは?、僕の身体から出てきたけど・・・」

気味が悪い、今まであんな虫が体内にいたのか。

「あれは三戸、主神さまに宿主の悪事を報告する虫さ、主神さまは三戸の報告から宿主の寿命を決める、あんなのがいたんじゃ仙術を極める前に寿命が尽きるね」

なんだかよくわからないが三戸を吐き出してから九重の身体に、力が漲り始めた。

「おや?、何だか君仙気が強くなったね」

カインは感心したように頷いた。

「これなら期待出来るね」





「・・・気が、ついた?」


「これは・・・」

目をさますとアベルは小さな小屋の一室に監禁されていた。

入り口には鉄格子が嵌められ、鉄格子を挟んで七大英雄クインシーとクオンがいた。

「悪く思うでないぞ?、桜蘭の捕虜なれば、この対応すら生ぬるいのじゃからな」

七大英雄や祭礼の渓谷を始め、エディノニアとも敵対する桜蘭は最早テロ組織、アベルのような前線に出てくる人物は、捕まれば拷問される可能性すらある。


「あなたは、九重を、知っていた、どうして?」

クインシーの言葉にアベルはそっぽを向いた。

「反抗的じゃな、どれ・・・」

くいっとクオンが指を動かすと、見えない植物の繊維が空間を走り、無理やりアベルの顔をクインシーに向けた。

「うっ、くっ・・・」


「無理に抵抗すれば骨が砕けるぞ?、こんなことは出来ればやりたくないが、そなたの首は折れ、傍目とは見られぬ姿になるじゃろうな」


「クオン、手荒な真似は、よして?」

クインシーの諭すような言葉に、クオンは剣呑な表情で指を戻した。

「・・・かっ」

瞬間アベルの身体に自由が戻り、涙目でクオンを睨みつけた。

「私に、他意はない、ただあなたと九重がどういう関係か、知りたい」

静かにクインシーは黒い瞳でアベルを見つめたが、アベルは首を振った。

「なら、知りたいことを、私も一つ、答える、それなら、どう?」

クインシーの言葉にアベルは首を上げた。

「・・・魔物の口約束なんて信じられるものですかっ」

「なら、こちらから答える、それなら?」

畳み掛けるようなクインシーの発言に、アベルは追い込まれた。

かなり嫌そうではあったが、結局は頷いていた。


「・・・あなたと九重の関係性は?」

アベルの質問にクインシーは頷く。

「師匠と、弟子、剣術の指南を私はしている」

「それ以上ではないの?」

クインシーを睨みつけながらアベルはそう呟いた。

「七大英雄で、彼と友達以上になりたくない者はいない、けど、私も仲間たちも、そこまではいけていない」


魔物の本性に身を任せてあの幼き英雄を手篭めにすることは七人とも考えたことがあるが、誰かを選ぶまでは実力行使に出ない、それが暗黙の了解になっていた。


「今度は、こちらの番、あなたと、九重の関係は?」

クインシーに尋ねられ、渋々アベルは異界からやってきたこと、九重は異界にいる時に通っていた小学校のクラスメイトであることなどを明かした。


「異界から、やはり・・・」

これで繋がった、彼は異界から来たために、同じくこの時代にとってのイレギュラーである時空の女神の力に反応したのだ。

さらに彼を連れてきたのはリリムのリエン、ラストシスターを名乗るあの魔物。

リリムの中には空間を歪めることすら可能なほど、強力な力の存在もいると聞いたこともある、リエンならば異界から人を連れてくることが出来るだろう。



「・・・なるほど、なら九重は、何のために呼び出されたのかしら?」

クインシーは考えてみたが、何も思いつかなかった。


「・・・(いよいよ私も、本気にならなければ、ならないかな?)」

微かにクインシーの瞳の中を複数の光が走ったが、それに気がついた者はいなかった。





九重がいるローランの村、そこの井戸を二人は覗き込んでみると、何やら湿り気のある音が聞こえていた。


「さて、そろそろ行こうか」

カインの言葉にこくりと九重は頷いてみせた。

「けれど君はまだまだ子供、危ないと感じたら逃げるように」

「・・・ううん、僕は逃げない」

メルコールのいる時代に来た以上は真相を明らかにしたい、それにどのみち井戸の中には逃げ道はない。

「中々勇敢だね、けどエノク、勇気と蛮勇は履き違えてはならないよ?」

そう告げるとカインは松明を井戸の中に投げ込み、続いて自身も飛び込んだ。

それに倣い、九重も素早く井戸の中へと入っていった。





「・・・九重、くん」

一人牢屋でぼんやりしながらアベルは呟いた。

「私も魔物なら、振り向いて貰えたのかな?」

「面白い、ことを、言う」

いつからいたのか通路にクインシーがいた。

「デビル」

「女性なら、魔物になれる、けど元には戻れない」

クインシーはそう呟くと、アベルに近づいた。

「それでも、魔物に、なりたい?」

「・・・いいえ、悪魔の誘惑には乗らないわ」

きっぱりとアベルは告げたが、クインシーは何やら満足そうだ。

「そう、なら・・・」

すっとクインシーはアベルに籠手を翳した、直後、彼女の頭の中に何やら凄まじい量の情報が流れ込んできた。

「え?、これは、ええ?」

わかりやすく混乱するアベル、だがクインシーは淡々と告げた。

「・・・禁じられた、時空の女神の、秘儀、『伝承霊法』、使う使わないは、あなた、次第」


それだけ言い残すと、クインシーは牢屋から出て行った。
15/06/23 20:15更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
皆様こんばんは、鏡花水月であります。

はてさて、今回はアベルちゃんの新しい力が覚醒したわけですが、早速噛ませにされています、付け焼き刃ではやはり英雄には勝てないということでしょうか。

さて、では前回予告させていただきました通り、少しくヨグ=ソトースについての解説をば。

ヨグ=ソトース
クトゥルフ神話に登場する神であり、現在、過去、未来に存在するとされる特殊な神。
別名は『一にして全なるもの』、『戸口に潜むもの』など、『這い寄る混沌』同様に外なる神に部類され、その全容を人間が掴むことは出来ない。

人間に危害を加えることはないものの(というより興味がない)、この神が人間との間に落とし子を設けた場合、その子供は極めて危険な性を持ち、周りに甚大な被害を及ぼす。
登場作品は「ダンウィッチの怪」など

あまりにスケールが大きすぎてピンとこない方ですが、本作では時空の女神としての一面のみの登場となります。

それでは今回はこの辺りで、次回は魔王メルコールとの決戦、十三話でお会いしましょう。

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