第九話「再会」
「馬鹿な、サーガ殿が、エディノニア皇国が敵についたというのかっ」
祭礼の谷、儀仗園庭には実に数日ぶりに各種族の代表が集まっていた。
各種族とはエルフ、ドワーフ、人間であるが、数日前に人間代表サーガが座っていた場所は空席となり、代わりに七大英雄代表ラグナスと九重の席が増えていた。
さて、先ほど九重は七大英雄全員の説得を終えたことを報告し、その最中に現れた反魔物結社の話をして。
ラグナスは九重の後に桜蘭での戦いについて解説していたのだが、エルフのレオラは信じられないようで、声を上げた。
「ああ、そうだ、レオラに賛成するのは癪だが、何かのまちがいじゃねぇのか?」
レオラに同意するはドワーフのギム、彼女らは九重やリエンよりもサーガとの関わりが長い、ゆえに反魔物結社を率いていることが信じられないのだ。
「・・・けれど見た顔は確かにサーガ皇女だったわ」
淡々とリエンはそう告げたが、レオラは険しい表情で思案している。
「・・・仮にそうだとして、どうすれば我々でエディノニアと渡り合える?」
サーガ皇女の率いるエディノニア皇国はアメイジア大陸一の統一国家、魔物たちが協力すれば打倒できなくはないかもしれないが、甚大な被害を受けるだろう。
おまけに桜蘭には未だその全容を明らかにしていないメルコールの骸まであるのだ、真っ当な手段では勝ち目は薄いかもしれない。
「・・・まだサーガ皇女が桜蘭のリーダーと決まったわけじゃ・・・」
そう言う九重ではあるが、リエンは九重に視線を向ける。
「九重、あなたはキバの正体を見ている、あの顔はサーガ皇女のもの、そして・・・」
エディノニア皇国皇位継承権一位であるサーガが桜蘭を率いている以上、エディノニアとの戦いは避けられない、そうリエンは考えていた。
「ともかく当初の予定、七大英雄との交渉は完了したわ」
ちらっとレオラは九重を見る。
「ならば九重に関しては、もう任務を解いてもいいかもしれないわ」
レオラがそう告げた瞬間、ラグナスの瞳に激しい感情が浮かび上がったが、そんなことには気付かずにレオラは続ける。
「七大英雄は桜蘭との戦いが終わるまでは力を貸してもらえるのかしら?、大魔王メルコールすら倒す実力者揃い、一軍の将にしてもまだ足りないかもしれないわね」
それなりのポストは用意する、だから協力しろ、とレオラは言外に告げていた。
「・・・そうだね、この世界のためならば英雄もみんな命をかけるかもしれないね」
なら、とレオラが口を開こうとしたがラグナスはそれを制した。
「ただしその対価は支払って貰わないといけない」
「各自一軍の将、勝利したならば直轄領の支給、いかがかしら?」
ふるふるとラグナスは首を振った。
「そんなものに興味はない、僕が欲しいのはただ一つ」
ラグナスは九重に笑いかけた。
「九重きゅんだけだよ」
儀仗園庭全体に戦慄が走った。
レオラは目を見開き、ギムも顔色を変え、リエンに関してはこめかみを押さえている。
「聞き捨てならないわね」
いきなり儀仗園庭にツクブが入ってきた。
「九重は私のもの、最初からそう決まっているわ、ねえ九重?」
ツクブの瞳がまた妖しく輝き始めたが、ぐりんと不自然に首が曲がった。
「あにすんのよっ、クオンっ」
ツクブの睨みつけた先には指を折り曲げているクオンと静かに圧力を与えているクインシーがいた。
「たわけがっ、魅了魔眼を使おうとするなっ、第一九重はそなたのものではない」
「そう、九重は、私の・・・」
ばちばちと火花を散らすツクブとクインシー、右往左往する九重だが、いきなり後ろから誰かに抱えられた。
「ダンお姉ちゃん?」
「九重、ちょっと鍛錬に付き合えよ、こんな会議飽き飽きだろう?」
ニヤッと笑うダンだが、それに対してラグナスの危機センサーが発令する。
「ダン、抜け駆けはやめたまえ、第一君のような脳筋に九重は似合わない」
「ほう、自分が似合うと言いてえのかな?、引きこもりの鳥が、九重はまだまだ若い、俺とともに外に飛び出すべきだ」
またしてもダンは嗤ったが、今度は攻撃的な笑みだ。
本来笑顔は攻撃的な、獣が牙を剥く行為が原点とされるが、まさしく今のダンの笑顔もそうだ。
「ダン、貴方に賛成ですが、連れ出すはあなたの役目ではありません」
いやにテンポよく人が来るが、今度はエルナとヴィウスだった。
「あなたの道は自由過ぎるアウトローな道、九重は剣術の師匠たる私が正道に導きます」
「剣術の、師匠なら、私もそう」
負けじとクインシーがエルナを睨み、右手は剣の柄を握り、左手もすでにもう一人の剣士に向けて翳している。
「あなたは無理やり九重の師匠になったのでしょう?、私はしっかり本人からの願いによる指南、正当な師匠は私です」
エルナもまた両手で剣を掴み、普段の温厚な姿からは考えられない攻撃的な威圧を放っている。
ラグナス、ツクブ、クオン、ヴィウス、ダン、エルナ、クインシー、七大英雄が九重を挟んで一瞬即発の空気を醸し出す。
この状況にレオラは唖然とし、九重の方を向いた。
「貴方、一体どんな交渉を・・・」
「お、お姉ちゃんたちっ、喧嘩は止めてっ」
九重の叫びに、七対の瞳が向けられる。
「ならばこの場で」
「判定なさい?」
「儂たちのうち」
「誰を選びますの?」
「選べないっ、つー選択肢は」
「存在しません」
「さあ、誰を、とる?」
今度はレオラも含め、儀仗庭園にいるすべての者の視線が向けられる。
「うっ、ううっ」
あまりのプレッシャーに、九重は身体中が震えた。
どのくらい時間が経っただろうか。
一時間かもしれないし、ものの数秒かもしれない。
七大英雄たちの視線が強張り、全員臨戦態勢をとった。
「結論は先延ばしみたいだね」
ラグナスの言葉に呼応してか、空中から複数の兵士が舞い降りてきた。
「禁軍、それにウルクソルジャー」
エルナの指摘通り、空から現れたのは禁軍とウルクソルジャーの混成軍だった。
油断なく身構えながらツクブは呟く。
「なるほど、桜蘭と禁軍は手を組んだみたいね」
「さあ、もしかすると最初から絡んでおったのかもしれぬぞ?」
クオンは何事か考えながらそう告げた。
「魔物の首魁が集まっているようだな」
空から複数の天使に支えられ、キバが舞い降りてきた。
すでに仮面はつけておらず、額には閉ざされた第三の瞳を思わせる、九重のつけた傷跡がある。
「サーガ皇女、まさか本気で・・・」
唖然とするレオラに対してキバは薄っすらと嘲笑的な笑みを浮かべた。
「愚かな、一度でも魔物と共存するなどと思ったことはないわ」
儀仗庭園、否祭礼の渓谷全体を凄まじい衝撃が襲った。
「くくく、貴様らが死ねば我らに刃向かう者はいなくなる、エルフの棲家ごと滅びるがいい」
下からは砲弾の音や銃声が聞こえてくる、どうやら桜蘭は祭礼の渓谷を破壊するつもりのようだ。
「なに、死を恐れる必要はない、汝らに続いて魔物の仲間たちもまとめて送ってくれるわっ」
キバが手を挙げると、いきなり光が走り一同光のドームの中に閉じ込められた。
魔法シールド、いかなるものも寄せ付けない光のバリア、これでは逃げ出すことも出来ない。
「そこで仲良くあの世に行くがいい」
高笑いを残し、キバは配下たちを連れて立ち去っていった。
「ちっ、あの野郎、よくも・・・」
ズズンと大地が揺れている中、ダンは魔法シールドを何度も叩きながら毒づいた。
「わたくしたちが集まるのを狙い、一網打尽にするつもりだったようですわね」
上を眺めるヴィウスだが、完全にシールドは頭上を覆っており、上からの脱出も出来そうにない。
「・・・万事休す、だね」
ラグナスはそう呟いたが、リエンは黙って剣を引き抜いた。
キバとの戦いで時間停止を破った、あの剣だ。
「・・・え?」
どういうわけだか、一瞬ギムが目を見開いたが、リエンは構わずシールドを両断して見せた。
本来ならば斬れるようなものではない、にも関わらず、リエンの一太刀でシールドは切り裂かれた。
「早くここから離れましょう、祭礼の渓谷のエルフを救わねばならないわ」
リエンの言う通りだ、キバの言葉が確かならばこの谷ごと連中は滅ぼすつもりかもしれない。
急いで助けねば。
祭礼の渓谷にあるエルフの村はすでに焼き払われていたが、不幸中の幸いか、死者はまだ出ていないようだ。
「やめろっ」
燃える村を走りながら九重は剣を振るい、無数の敵を薙ぎはらう。
しかし中々の剣技である、骨子にあるのはエルナとクインシーから伝授された動きだが、九重はそこにさらなるアレンジを加え、発展させていた。
しかも無意識のうちに、である。
「・・・いつの間にあんなに強く」
ツクブはエルフの避難を急ぎながらそう漏らしていた。
内心ここ数日のうちにあそこまでの力を身につけた才能に感嘆していた。
否、そればかりではない、九重の剣術、とある人物に似過ぎるほどに似ているため、驚いていた。
そう、エルナとクインシー、守備と攻撃を自在に切り替えながら戦うリエンの剣術だ。
「ただの偶然、とは思えないわね」
ツクブは静かに頷いた。
ウルクソルジャーを斬りはらいながら九重は無数のエルフをルクシオンに誘導する。
能力に関してはすでにウルクソルジャーくらいならば倒せる領域にいるようだ。
そんな九重の動きが止まった。
「君は・・・」
目の前に、見たことのある少女、しかもここにいるはずのない少女が立っていたからだ。
「九重、くん?、どうして・・・」
ミスリルの鎧に桜蘭のマーク入りのマント、それを着ていたのは九重のクラスメート、安部瑠璃だったからだ。
「・・・あの娘」
ツクブは瑠璃を知っていた、というのも前にエルナとともにルクシオンの甲板で戦った少女勇者だったからだ。
「どうして九重くんがここに?、それに魔物を庇っているの?」
瑠璃に対して、九重は何とか落ち着きを取り戻し、口を開いた。
「安部さんこそ、どうして魔物を殺そうとするの?、魔物は平和に暮らしているだけなのに・・・」
ばさりと瑠璃の後ろにヴァルキリーのサファエルが降り立つ。
「どうやら彼は魔物に魅了されている様子、助けるには身柄を拘束し、治療しなければなりません」
サファエルは剣を引き抜くと、瑠璃の前に立った。
「御使いごときに彼は殺させないわよ?」
ツクブはゆっくりと前に進み出ると、サファエルを睨みつけた。
「あなたが、九重くんをおかしくさせたの?」
瑠璃、否アベルは剣を構えると、ツクブに斬りかかった。
「やれやれ」
ツクブはいくつもの鬼火を呼び出すと、それを束ねてアベルの斬撃を弾いた。
「っ!」
「それで強くなったつもり?」
続いてツクブは両眼から閃光を放ち、アベルの瞳を晦ませると、鬼火を放って勇者を弾き飛ばした。
「かっ・・・」
「安部さんっ」
地面に倒れるアベル、心配そうに九重は叫んでいた。
「大丈夫、致命傷には至っていないわ」
悠然と微笑むツクブ、だがその瞳は静かに剣を構えるサファエルに向けられている。
「七大英雄ツクブ、中々の腕前のようだな」
すっとサファエルは上段に剣を構える。
「で、出来るよ、あのヴァルキリー・・・」
ちらっと九重がツクブを見たが、彼女は黙って頷いた。
「魔物に変じた時点で貴様ら英雄も魔物と同じ邪悪の権化、主神さまの名において滅ぼす」
「・・・御託はいい、正直に言ったら?」
まるでサファエルの内面を見抜こうとするかのように、ツクブは瞳を細める。
「魔王を倒した英雄が同じ魔に堕ちたりしたら、勇者のプロパカンダに響くって」
無言でサファエルはツクブに斬りかかったが、素早く彼女は攻撃をかわした。
「・・・ふふん、図星かしら?」
「黙れっ」
軽やかな動きで攻撃をかわすツクブ、対するサファエルは何度も剣を振るううちに肌も上気し、苦しそうだ。
「っ、はあはあ、こんな、馬鹿な・・・」
「ヴァルキリー、そんな借り物の正義じゃ七大英雄には誰も勝てないわ、諦めて楽になれば?」
からかうようなツクブの言葉に、サファエルは激怒した。
「ふざっ・・・」
剣に力を集めて、一気に放つ。
「けるなあああああ」
凄まじい光波熱線に、ツクブはなすすべもなく巻きこまれた。
「・・・こんなもの?」
周囲は随分焼け焦げたが、ツクブも、その後ろにいた九重も無傷だ。
「所詮育ちのいい戦乙女さまじゃこんなもの、あなたに比べたらアベルのほうがまだ強そうね」
鬼火による障壁を解除し、せせら笑うようにツクブは告げた。
「き、さま・・・」
怒りに満ちたサファエル、だがどうにも出来ない。
『九重、ツクブ、エルフの保護が完了しましたわ、離脱しますわよ?』
上空からヴィウスの声が聞こえ、二人は吸い込まれるようにルクシオンに収監された。
「おのれ、おのれっ、七大英雄ツクブっ」
後には精神をへし折られたサファエルと、九重との再会に呆然とするアベルのみが残った。
「さて、どこに行けばいいかな?」
ルクシオン艦橋、何とかエルフは収容出来たものの、ラグナスはどこに行くべきか考えていた。
「ラグナス船長、アダマニウム鉱山はどうだ?、あそこなら隠れるところはたくさんあるぜ?」
ギムの言葉にエルナは頷いた。
「ドワーフの本拠地で地下に広がる大洞窟は巨大な街の姿、採掘するドワーフたちによって年々ひろがっているとか」
なるほど、大洞窟は途方もなく広い、桜蘭が攻め込んできても逃げ切れるだろう。
「お断りよ、下賎なドワーフの鉱山に逃げてまで生き延びたくはないわ」
レオラはそう言って嫌悪感を露わにしたが、近くにいたクオンは鼻で笑った。
「生き延びたくない、のう?、そなたら永遠を生きる種族が簡単に使う言葉ではないぞ?」
「・・・やむを得ない、エルフ全体のために許可するわ」
行き場所は決まった、ルクシオンはゆっくりと山岳地帯に向かうのであった。
15/05/14 10:06更新 / 水無月花鏡
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