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第八話「魔王」



人のいない帝都を駆けるダン、時折警備の兵士と鉢合わせることもあったが、そこは英雄、危なげなく敵兵はなぎ倒していく。

「へっ、あれがそうか」

ダンの前には静かに佇む巨大な教会があった。

教会というよりも修道院か何かのように街の一角がそのまま一つの施設群になっているようだ。

エデン大聖堂、この教会の地下に大魔王メルコールの骸が封印されているわけだ。

「さて、一息に破壊してしまうとメルコールの骸にいらん刺激を与えそうだな」

メルコールは完全には滅びていない、それ故にアメイジア大陸は未だ外界より隔絶されている、それがダンの持論だ。

かつて猛威をふるった大魔王の力、呼び覚ましてしまうわけにはいかない。

「ひとまず、攻め込むか」

裏からこそこそという選択肢はこの英雄には初めからない。

扉を素手で破壊すると、堂々と中へと侵入した。



「・・・遅かったみたいだね」

ラグナスはエディノニア帝都桜蘭へと続く城塞の有様を見て嘆息した。

「ひどい、これを一人で・・・」

ラグナスの背中に乗る九重は、あまりの光景に、目を疑うほどだった。

「それほどまでに七大英雄ダンは強力、というのかしら」

隣をふわふわと浮遊するリエンはそう呟いていた。

現在先行部隊として九重を先頭に、素早い飛行を得意とするリエン、ラグナスの三人が桜蘭に向かい、後の五人はルクシオンを護衛しながら桜蘭に近づいている。

「警備兵も随分倒されたみたいだね」

エデン大聖堂前に降り立ち、ラグナスはあちこちで気絶している兵士たちを見た。

「ここに何かがあると踏んだみたいだね」

エデン大聖堂の扉は木っ端微塵に破壊され、廊下の奥にも複数の兵士が倒されている。

「・・・いくしかない、よね?」

不安げな九重だが、後ろからラグナスがぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫、君は命に代えても僕が守るから」

セイレーン特有の羽毛からは暖かい体温が伝わり、女性らしい匂いに九重はドキマギした。

「・・・いつまでそうしているつもりかしら?」

リエンの冷たい声に、ハッとした九重は、急いでラグナスから離れた。

「さて、行こうか、何だか嫌な予感がするからね」

ラグナスの言葉を裏付けるように、廊下の先からは沈鬱な空気が漏れていた。



「のう、クインシー」

ルクシオンの一室、クオンとクインシーの二人が向かい合っていた。

「なに?、クオン?」

訝しげなクインシーに、クオンは嘆息した。

「そなた、何故九重を鍛える?」

「九重には、才覚がある、まだまだ強くなる、だから、鍛える」

息巻くクインシーに対して、クオンのほうは少し悲しそうだ。

「そうじゃな、あやつはたしかに才能がある、じゃが儂は、あのような子供が戦いに出なくていい世の中を目指しておったはずじゃ」

クオンは指先から糸を出しながら呟いた。

「このままで良いのじゃろうか?、確かに九重はこれからどんどん強くなるやもしれぬが・・・」

この間の修行を見ていてクオンは九重がどんどん強くなっていくのを見て、寒気がした。

戦時中は強い者、気高い理想の者から死んでいく。

九重はその両方を満たし、おまけにまだまだ強くなるのだろう。

「なにが正しいのじゃろうな・・・」

クオンの言葉に、クインシーは静かに頷いていた。





聖堂内はたくさんの兵士が倒れており、いきなり襲撃されるということはなさそうだ。

「・・・ダンはどこに行ったのかな?」

聖堂内をあちこち探してみたが、他の区画に繋がる廊下にも、聖堂に設置されていた懺悔室にもダンの姿はなかった。

「いきなり消えた、とは考えにくいわね」

リエンはそう呟きながら聖堂にある長椅子を調べ始めた。

「九重きゅん?」

少し目を離した隙に、九重は聖堂最奥にある神々しいタペストリーを見ていた。

タペストリーの中央にはヴェールをまとった神々しい女性がおり、その周りを人間や魔物、天使が回っていた。

「そのタペストリーが気になるかい?」

ラグナスの言葉に九重は頷いた。

「この人は時空の女神、一にして全なるものの化身、『最古なる者』ウマル・アト=タウィル、太古の昔、魔物も人間も、善悪すらなかった時代から存在する外なる神」

外なる神、三次元的なこの世界ではなく、別の次元や空間に存在し、同時にこちらにも存在する別の地より来たりし強壮なる神。

すべての世界、宇宙が産まれた一点より現れたのかもしれない、そうラグナスは呟いた。

「時空の女神は本来人間には認知出来ない超次元的な姿をしているらしいけど、人間の姿もとることがある、それが・・・」

「ウマル、この女の人が」

そう呟きながら九重はタペストリーがかすかにはためくのを見た。

「?」

屈んでタペストリーの裏を調べてみると、そこには内側に開け放たれ、地下へと続いていく階段があった。


「この下、みたいね」

下を調べながらリエンは口を開いた。

階段の先からは凄まじい闇の気運が漏れており、身体が悲鳴をあげるほどだ。


「・・・行こうか、この先にダンはいるのだろう」

三人は決意を固めると、階段を下って行った。


下へ下へと下る度に闇の気運は濃くなり、あたかも侵入者を押し返すかのようだ。

「この力、やはりメルコールみたいだね」

一万年前に戦ったラグナスはその恐ろしさがよくわかっているのか、その表情は厳しい。

やがて道が開け、三人の前に巨大な空間が現れた。




「これはっ」

そこには数百メートルはある巨大な存在があった。

あちこち石化し、部分的に骨が見えている部分もあるが、蟻のような胴体に禍々しい瞳、周りに放つ強い力、間違いないこれこそが大魔王メルコールの骸だ。


「美しいだろう?」

ゆらりと、メルコールの陰から仮面の少女が現れた。

「お前っ」

いきり立つリエン、先の砦でウルクソルジャーを放った桜蘭のリーダー、キバだ。

「この骸こそが、アメイジア大陸を救う切り札だ」

キバはそう告げると、メルコールの前に立った。

「愚かな英雄どもよ、貴様らにはわかるまいがこの世界はいずれ終わり、我ら人による時代が幕を開ける」

「人による時代だと?、やっぱロクでもねぇこと考えてやがったか」

ゆらりと闇の中からダンが現れた。

「ダンっ、その怪我・・・」

真紅に染まった少女の右腕に驚くラグナスだが、ダンはどこ吹く風だ。

「あん?、ラグナスじゃねえか、なんだか知らねー奴らもいる、まあいい」

はあ、と嘆息してからダンは続ける。

「ラグナス、この女、メルコールの力でアメイジア大陸の封印を破って外界の魔物を皆殺しにするつもりだぜ?」


「皆殺し、そんなっ」

驚愕するラグナスに目を見開く九重、リエンは黙って瞑目したが、その表情は険しい。

「魔物に奪われたものを取り返し、昔に戻るだけだ、どうかな英雄どもよ、もと人間のよしみ、貴様らは助けてやってもいいぞ?」

キバのあまりにあまりな提案に、九重は猛る。

「ふざけるなっ、みんな必死に生きてるのに、そんな勝手、許されないっ」

「おう小僧、なかなか言うじゃねえか」

ダンは九重を見てにやりと笑った。

「ちいせぇくせに大した玉じゃねぇか、小僧」

「小僧じゃない、僕は雨月九重っ」

九重の啖呵にダンは嬉しそうだ。

「そうか、覚えとくぜ?、九重とやら」

ダンは背中から巨大な突撃槍を引き抜く。

「キバとか言ったな?、俺たち七大英雄、てめえみたいなやつをゆるしちゃおけねぇっ」

「魔物によりどれだけ外界に悲劇が満ち溢れ、今尚闇を生み出しているのか貴様らにはわからないのか?」

キバは巨大なクレイモアを引き抜くと、ダンに切っ先を向けた。

「知らねぇな、知っててもそれを判断するのはてめえじゃねぇ、俺自身だっ」

飛びかかるダンに対してキバはうっすら笑った。

「愚かな、まだわからぬか?」

キバが右手をメルコールの骸にかざした瞬間、何らかの魔力が走り、ダンの動きが止まった。

「っ!?」

否、止まったなどと生易しいものではない、ダンごと周辺の空間が凍結したのだ。

「せいっ」

悠々とキバはダンに肉薄すると、クレイモアの柄でダンの左肩を殴打した。

「ぐっ」

一瞬後、ダンはようやく動き出し、後ろに跳ね飛ばされた。

「・・・まさか今のは、メルコールの時空制御か」

唖然とした表情でラグナスは呟いた。

大魔王メルコール、彼女が圧倒的な力でアメイジア大陸を制圧出来たのは時空の女神より簒奪した時と空間を操る力を発揮したため。

今キバは、メルコールの骸を通して、時空の女神の力を使ったのだ。

「ちっ、卑怯だなキバ、てめえの力じゃ俺には勝てねぇか」

挑発するダンではあるが、キバは余裕綽々である。

「ふん、負け惜しみは聞く必要はない、そろそろとどめといくか?」

瞬間、リエンが動いた。

背中にある二つの剣の内、普段は使わない剣を引き抜いたのだ。

「無駄な足掻きを・・・」

またしてもキバは時間を止めるべく、メルコールに右手をかざす。

だが、空間が固まったにも関わらず、リエンはそのまま動き、キバの持っていたクレイモアを弾き飛ばした。

「な、何故だっ、何故動ける・・・」

慄くキバ、その隙を見逃すラグナスではない。

「精神束縛《サイコバインド》っ」

特殊な歌声、キバはその歌に取り込まれ、身体が動かせなくなった。

「うぬっ、セイレーンごときが・・・」

「はあっ」

続いて九重の攻撃、剣を引き抜いて、キバの仮面目掛けて斬りつけた。

「っ!」

慌てキバは頭を振るって、無理やり精神束縛を解除すると、後ろに下がった。


しかし、一瞬だけ動きが遅れ、仮面を九重に切り裂かれることになった。


「うぬ、よくも、よくも・・・」

仮面の奥にあったのは、九重とリエンがよく知る人物だった。

「サーガ皇女っ」

額から血を流し、四人を睨みつけているのは、エディノニア皇国の皇女サーガ、その人だったのだ。


「貴様らごときに我が野望、潰えさせはせんぞ」

キバは指を鳴らして、見知った石板を大量に呼び出すと、もう一度指を鳴らしてメルコールの骸ごとどこかに消えた。

「なっ」

驚く九重の前で、石板が割れて、ウルクソルジャーが大量に現れた。

「ちっ、まずはこいつらを片付けるしかねぇな」

いらいらとダンは叫ぶと、口から光波熱線を放ち、ウルクソルジャーを一掃した。

「さて、僕も久しぶりに戦うとしようかな」

美しい声でラグナスは歌い始めたが、声が響くたびにウルクソルジャーが破裂したり、炎に焼かれたりしている。

二人の英雄の活躍により、無数にいたウルクソルジャーは一瞬にして片付いた。



「・・・厄介なことになったね」

ルクシオンに向かいながらラグナスは呟いた。

「まったくな、サーガ皇女さま、メルコールを復活させようとしてるのが、エディノニアのお姫様かよ」

ダンは毒づいたが、明らかに困惑している。

だが、困惑しているのは九重も同じであり、七大英雄説得のたびに送り出してくれたサーガが敵とは信じられなかった。

「サーガお姉ちゃん、どうして・・・」

「九重・・・」

リエンは何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。

七大英雄は揃った、しかし新たな暗雲が、アメイジア大陸に立ち込めようとしていた。

15/05/09 18:45更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんにちは、鏡花水月であります。

最近は暑くなりつつありますので、体調管理もしないといけない今日この頃であります。

さて、いよいよ桜蘭の黒幕がその正体を明かしました、もっとも二話目の時点で伏線はあり、あちらこちらに桜の紋章をばらまきまくっていたので、エディノニアに関する人だとわかっていた方もいるかもしれませんね。

旧魔王メルコールの力の元になった存在、これも有名なのでもうわかってらっしゃる方もおられるかもしれませんが、こちらもそのうち本編で明かしますのでお待ち下さい。

はてさて今回はこの辺りで、次は修羅場や苦難に立たされる九話目でお会いしましょう。

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