第十八話「神炎」
ウリエルは挨拶代わりとばかりに巨大な火の玉を放り投げる。
「『火炎反射』っ!」
一瞬だけ遮那の身体に赤い光が走り、火炎を跳ね返して見せた。
「何っ!」
「真由っ!」
弾き返された火炎を慌ててかわすウリエルだが、大きく飛び上がり、真由が斬りかかった。
「はあっ!」
雄叫びとともに一閃、真由の小太刀がウリエルに襲いかかる。
「このっ!、『物理反射』っ!」
だが、直後ウリエルの身体を不思議なシールドがつつみこみ、真由の一撃を跳ね返してしまった。
「がっ!」
後ろに弾き飛ばされ、真由は涙目で頭をこする。
「ほう、一刀両断したかと思ったが、やはりアンデットは頑丈だな?」
ウリエルは感心したように剣を構えなおす。
「だが、貴様らの力では大天使に及ばぬことを知るが良い」
凄まじい速度で真由に斬りかかるウリエル、真由は小太刀でそれを受け止めると、左手から電撃を放った。
「うぬ、ちょこざいなっ!」
ウリエルは素早く剣を返して雷を弾くと、後方に下がった。
「遮那さま」
小太刀を油断なく構えながら、真由はウリエルを睨みつける。
「どうやらウリエルは物理反射は出来ても、魔法反射の術は持ち合わせてはいないようです」
ここは魔法も扱える私が、そう真由は呟いた。
「・・・勝てるのか?」
遮那は心配そうに真由を見つめた、前回真由は大天使ミカエルによって致命傷を負わされている、そのことを遮那は思い出したのだ。
「はい、遮那さまのご心配には及びません、それに・・・」
にっこりと、真由は遮那に向かって微笑んだ。
「遮那さまは私の命を助けてくれました、今度は私がそのご恩に報いるときです」
小太刀を構えなおすと、真由は刀身に雷を纏うと、ウリエルに放つ。
「小癪なっ!」
雷をかわすと、ウリエルは翼を広げ衝撃波を放った。
「甘いですね」
真由は素早く飛び上がると、ウリエルに斬りかかった。
「しまった、『物理反・・・』」
「遅いっ!」
回転するように真由はウリエルの真上に移動し、大天使が物理反射を発動する前に強烈な当身を食らわせた。
「ぐはっ!」
もんどりうって倒れるウリエル、なんとか立ち上がったが、ダメージはかなり大きい。
神の炎とすら呼称され、ミカエルと同じく四大天使に位置するウリエルを相手にこうも見事に立ち回るとは。
どうやら真由の実力は、修羅人となって強くなった遮那同様、魔物となったことで、さらに高められているようだ。
「うぬぬ、やってくれる」
ウリエルは剣を仕舞うと、右手を掲げた。
「修羅人、そしてそれに付き従うワイトの小娘よ、貴様らはこのミカドの都国、美しいとは思わぬか?」
魔物娘が存在せず、さらには神による加護と、あまねく人々の平和が約束された世界。
「・・・たしかに、神の秩序が浸透すれば人間は争う必要はなくなる」
だが千年前のことだろうと、遮那の目には未だに京都の最後の姿が目に焼き付いている。
「しかし、そのために大を切り捨て、純化された小のみに生存を許し、その先に管理社会が待つのならば、それは平和ではない、『停滞』だ」
縛られ管理されているだけでは羽ばたくことは出来ない。
遮那は市場や、広場で見かけた市民が、みな一様に人形のような感情を感じさせないような表情だったことを思い出した。
「結局神の意志という耳触りの良い言葉を利用して、やってることは管理の押し売りではないか?」
遮那の言葉に、ウリエルはたじろいだ。
「遮那さまの言う通りです、純化された秩序は大を切り捨てるという意味では、結局混沌と変わりません」
「っ!、行けっ!」
巨大な炎の壁紙、それが一瞬にして真由の四方に現れ、彼女を取り囲んだ。
「ほう、やってくれますね」
ウリエルが右手を振り下ろすとともに、真由目掛けて四方の炎が、同時に襲いかかる。
「対処します」
炎が爆発し、真由の姿が掻き消える。
「ふっ!、やったか?」
ウリエルは爆発の後、もうもうと立ち込める煙の中に人影がいないのを確認した。
「ふん、跡形もなく消え失せたか、手間を取らせてくれる」
ウリエルは剣を抜くと、遮那に向けた。
「修羅人、次は貴様だ、あのワイトと同じ場所に送ってやろう」
「同じ場所?、それはここのことか?」
遮那の言葉に首を傾げた瞬間、ウリエルは後頭部に凄まじい衝撃を感じて前のめりに倒れた。
「ぐあっ!」
「・・・油断し過ぎですよ?、神の炎」
顔を上げるウリエルの前には、小太刀を突き出し、構え直す真由の姿があった。
「ば、馬鹿なっ!、貴様は跡形もなく消え失せたはず・・・」
「あれしきの攻撃、かわすのは造作ありません、油断しましたね」
ウリエルは、かつてこれほどまでに追い込まれたことなど一度もなかった。
しかも彼女をほぼ一方的に追い詰めているのは、主神の造形物である人間が変じた魔物娘ではないか。
「・・・(道に迷い、身体も脆い人間よりも、我々大天使のほうが格段に位が上のはず)」
だのにどうして、なぜここまで、大天使である己に対して、これほどまでに戦えるのか。
「ふふっ、貴女にはわからないでしょうね、私がどうしてここまで強いのか」
真由は左手から素早く雷撃を放ったが、ウリエルはこれをかわす。
「・・・このっ!」
「見るからに貴女は、誰かを、否人間を好きになったことがなさそうですからね」
雷をかわして斬りかかるウリエルだが、真由は一時的に小太刀を上空に投げると、両手から電撃を放った。
「なっ!」
かわす暇はない、ウリエルは正面からまともに電撃を喰らった。
「一途に恋する魔物娘は、無敵なのです」
天使だろうと魔王だろうと負けません、そう告げると、真由はウリエルに背中を向けた。
「な、貴様、まだ勝負は・・・」
「ついてますよ?、動けないでしょう?」
先ほどの電撃が残っているのか、真由の言葉通りウリエルはまったく動くことが出来なかった。
「おのれ、この私が、魔物娘ごときに敗れるとは・・・」
悔しそうに歯噛みするウリエル、油断したのは事実だが、それ以上に真由の実力は彼女の予想を遥かに越えていた。
「大天使ウリエル、私に勝てないようならば、遮那さまに勝つことなど不可能ですよ?」
雷を受けたかのような表情のウリエルに対して、真由は穏やかそのものだ」
「馬鹿な、修羅人の力は貴様以上、だと?」
「ま、惚れた弱み、でしょうか?」
ぽっ、と真由は頬を染めたが、すぐにもとの真白の肌に戻った。
「言ったでしょう?、恋する魔物娘は無敵、ですよ?」
小太刀を腰に納め、真由はウリエルににっこりと微笑んだ。
「恋か、ふんっ、くだらんな、所詮人間と魔物娘のお遊びに過ぎん」
ウリエルはぷいっと顔を背けたが、かすかに頬を赤らめた。
「・・・だが、私が貴様に負けたのは事実、そこに油断があったにせよ負けは負け、恋か・・・」
しばらくウリエルは遮那と、それから真由を見ていたが、やがてを頭を振った。
「ふん、私には暖か過ぎて、似合わん、な」
「・・・ウリエル」
遮那は何かを言おうとしたが、結局何も言わず、腰に手を当てガヴリエルの牢屋の前に立った。
「離れていろ、『死亡遊戯』っ!」
瞬間、光の刃が空間を走り、幾重にも重なっていた鉄檻をバラバラにしてしまった。
「・・・ふふっ、また助けられちゃったね」
牢屋の奥から現れた大天使ガヴリエルは、遮那を見た後、地面に倒れているウリエルを見つめた。
「ウリエル、これでわかったでしょう?、人間は君やミカエルが思うほど愚かじゃないって、主神さまの管理がなくても魔物娘と生きていけるって」
「・・・それを認めてしまえば、神の使徒として生きてきた私は、どうすれば良い?」
徐々に痺れはなくなってきているようだが、もうウリエルは戦うつもりはないようだ。
「これから考えれば良いよ、まだ時間はたくさんある、人間や魔物娘と関わりながら考えれば良いよ」
ガヴリエルの言葉に、ウリエルは静かに頷いた。
「・・・そうだな、恋愛は私にはわからないが、新たに学ぶのも良いかもしれない」
ウリエルはゆっくり立ち上がると、遮那と真由に目を向けた。
「礼を言う修羅人、そしてワイトの少女、私はこれから人間についてを学ぶ、またどこかで会おう」
二人に一礼すると、ウリエルはそのまま地下から去っていった。
「・・・ふう」
遮那はリストバンドの宝石をいじると、また人間に擬態した。
「なんとかなったな?」
「はい、大天使ウリエル、中々の相手でした」
割と余裕だったのでは?、そう遮那は言おうとしたが、やめておいた。
「サナト、マユ、また助けてくれてありがとう」
「・・大天使ガヴリエル、どこかで会ったことが?」
遮那の問いに、ガヴリエルは口を尖らせた。
「ひっどいなー、ボクのこと、覚えてないの?」
瞬間、ガヴリエルの背中から翼が消え、姿も普通のものに変わった。
人間に擬態したようだったが、その姿に遮那は見覚えがあった。
「まさか、ジブリルっ!」
そう、その姿はレジスタンスのリーダー、ジブリルそのものだった。
16/08/25 14:52更新 / 水無月花鏡
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