前章らしきもの
梅雨は退屈だ。
田舎だからバイト先の喫茶店には、ただでさえ客が入らないのに、この雨でさらにいない。
それに乗っかってサボっている奴がいる上に、店長までが「お客さんドカッと入ったら呼んでね〜」と、店の奥に入ってしまった。
サキュバスの奥さんとハッスルするのはいいけど、きちんと仕事しろよ。
「はあ」
とりあえず気分を落ち着かせる為、大量のストックがあるサバト豆コーヒーを挽いて、砂糖とミルクをちょっと入れてからそれを飲む。
新しく出来上がったというサバト印のコーヒー豆は、かなり甘くてノンカフェインなので、甘党の俺でも少ない砂糖とミルクで気軽に飲めるのだ。
ただ、媚薬成分がちょこっとあるのが傷だけど。
『神山君っ! ちょっとコーヒーを三時間後に入れておいて……うっ!』
「アンタ仕事する気ねえだろ!」
店長へ怒鳴ってから、俺は仕返しに二杯目のコーヒーと、最後のレアチーズケーキを食べてやる。
仕入れに苦労しちまえ。
しばらくレアチーズケーキの味を楽しんでいると、カランカランと入り口の鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
そこに来たのは、黄色いレインコートを着てメガネを掛けたバフォメットだった。
いかにも子供っぽい服装だが、バフォメットという種族はこのような格好で男に近づいて、騙して犯すと聞いたことがある。
「サバトコーヒーを一つ……へくちっ」
「あ、ただいま」
可愛らしいくしゃみをしたバフォメットの注文を受け、俺はちゃっちゃとコーヒーを淹れる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
震えた手で受け取っていたので、とりあえず暖房を点ける。
風邪を引いても困るし。
「……美味しいわ」
バフォメットってみんながみんな「〜じゃ」とか「〜のう」みたいな、婆口調だと思っていた。
ちょっと驚いてから、俺は自分のインスタントのアップルティーを、一杯作って飲む。
「ここのマスターかしら、若いわね」
「いや、バイトっす。マスターつか店長は奥で色々……」
「バイトねえ、でもあなたがマスターって言っても違和感ないんじゃない?」
「まあ、マスターより店に出てる時間は長いけど」
クスクスと笑うバフォメット。
俺はしばらく考えて、ストックは十分にあるショートケーキを取り出す。
「あら、私はコーヒーだけ……」
「余ってるし、賞味期間ももう少しだからタダで。気前のいい代理マスターのサービスっす」
「……ありがとうね、小さいマスターさん」
バフォメットは首を傾げてはにかんだ。
可愛いな……こりゃロリコンが一向に減らないわけだ。
「そういえば代理マスターさんは、何てゆう名前なのかしら」
「神山 乙姫(おつき)です、オトヒメって書いて乙姫です」
「私は野々村 ライチっていうの。ライチでいいわよ。よろしくね、乙姫君」
「あ、こちらこそ、ライチさん」
手を繋ぐとプニプニした肉球が気持ちよくて、ライチさんにちょっといいかも、なんて思ってしまう。
いや、ロリコンじゃないぞ、ライチさんだからいいんだからな!
「こんなナリでも二十五なの。一応大学生」
「俺は十七です、高校行かずに親父の農業手伝ってます」
なんて。
そんな他愛もない会話をしていると、いつの間にか夕方になっていた。
どんだけ話し込んでいたんだ、俺。
「店長ぅー! 俺帰るからなぁー!」
返事が来る前にタイムカードを押して、俺はライチさんと共に外へ出る。
「ライチさん、途中まで送っていきますよ」
「あら、ありがとう乙姫君……へくちっ!」
またくしゃみをして、鼻をすするライチさん。
鼻をかんでからレインコートにティッシュをしまい、フードを被る。
「マンションに住んでるんだけど、たまにストーカーみたいな人がいるから怖いの」
「物騒な所になっちゃったなあ、ここも」
昔あった事件は、野生動物や山住の魔物が麓に降りてくるぐらいだったんだけど。
てゆうか微妙な都会化で変質者が増えた気がする。
夜歩いていた男が、魔物にレイプされて強姦罪で魔物が捕まることが毎日あるし。
「乙姫君みたいな子がたくさんいると、私も安心なんだけど」
「え、どういう意味なんですか」
「ナイショ」
笑顔のライチさんに追求することもできず、俺は黙ってライチさんの隣に続いていく。
しばらく歩いて、着いたのは最近建てられたマンション。
防音性、耐震性、耐久性どれもミサ〇ホーム以上だとか。
「どうせなら上がってく?」
「え、い、いいんですか!?」
「勿論。雨が止むまでまったりお話したいな、なんて」
中学の頃は男子学校で、女性の家に上がるどころか話す機会がなかった。
ドキドキしながらライチさんに着いていき、やってきたのはマンションの十二階。
その隅にある部屋には「野々村」とゆう表札がかかっていた。
「独り身で汚いかもしれないけど」
玄関に入り、リビングらしき部屋に案内される。
ガラステーブルに数個、ビールの空き缶が置いてある事を除けばスッキリした部屋だ。
少なくともパソコンやらゲームやらで片付いてない、俺の部屋よりは。
「あら、服びしょびしょね……」
「傘は差したはずなんだけどなあ」
「お風呂入っちゃいましょうか、どうせ乾くの時間かかるから」
「ああ、はい。先にどうぞ」
「何言ってるの、乙姫君も一緒に入るのよ?」
「……は?」
***
お風呂。
湯気で隠れるとかはなく、ライチさんは全裸で、俺は股間を隠しながら浴場へと入る。
楽々とライチさん七人は入れそうな広い風呂場は、驚いたことに檜製。
すっげえ家賃高いんだろうな、ここ……。
「そんなに気にしなくてもいいのに、私はバフォメットなんだし、小学生の妹と入ってる気分でいいのよ?」
「う、ううむ」
確かにそうなのだけれど、ライチさんが年上だとわかると複雑な気分だ。
「髪洗ってくれないかしら、自分でやると時間がかかるの」
「あ、わかりました」
並んだシャンプーを迷っていると、これと指(爪?)を差してくれる。
そのシャンプーは弱酸性のメ〇ットだった。
「髪を痛めないの」
「へえ……あ、目は瞑っててください」
「はーい」
ワシャワシャと優しく洗うと、ライチさんは口を顔文字の猫みたいにした。
可愛いなあ畜生、年上なのに。
「慣れてるのかしら」
「デッカいクセに、甘えん坊なウシオニの妹がいるんで」
「妹がいて羨ましいわ、私は一人っ子だから」
「一人っ子のが羨ましいっす」
シャワーで泡を落とし、俺が自分で洗おうとすると、ライチさんが肉球にシャンプーをつけて、俺の頭をワシャワシャ撫でる。
「嫌かな?」
「いや、嬉しいっす」
幼女に頭を洗われる光景はなんともおかしいけれど、嬉しいし気持ちいい。
爪がけっこういい感じに頭皮を掻いてくれるし。
「流すよー」
「うい」
バシャア、とお湯をかけられる。
数回すれば泡も流れ、俺は目を開ける。
もう慣れたライチさんの体を見て、ある提案を思いついた。
「良かったら背中洗いますよ」
「本当? ありがとう」
椅子に座り、網みたいなタオルで優しくライチさんの背中を擦る。
「久しぶりね……人に背中をやってもらうのは」
「お母さんにでもやってもらってたんすか」
「まさか、元カレよ」
元カレ。
それを聞いて俺の手が思わず止まってしまった。
「意外?」
「ライチさんみたいな人が趣味なら別に……」
「あはは、ちょっと理由があるのよ。実は私、元は普通の人間だったの」
「え……」
背中越しだと角でライチさんの顔は見えないから、どんな表情をしているかはわからない。
けど悲しそうな、そんな声だった。
「一昨年ね、夜中にコンビニの帰りに酔っ払いのリリムに襲われたらしいの。私も飲み会帰りで酔ってたからよくわからなかったんだけど、気がついたら病院で、いつの間にかこの姿になってたわ」
「……そう、だったんすか」
「その時には元カレも姿が変わったって愛してるって言ってくれたんだけど。私なんかより胸も大きいし、可愛かったサキュバスに盗られちゃった」
振り向いたライチさんは泣いてはいないけど、苦笑していた。
「まあ、仕方ないかな。私はバフォメットだからこれ以上成長はしないし、元カレの子もロリコンって言われたくなかったんだろうし」
「ライチさん……」
「ふふっ、ごめんね。乙姫君を見てたら、元カレ思い出しちゃって」
グシグシと手で顔を拭き、こちらを振り返ったライチさんは必死に笑おうとしていた。
「気にしなくて、いいから、ね!」
そして泡も流さずに風呂から出て、ライチさんはタオル一枚で向かいの部屋に入っていった。
俺は置いてあったタオルをひっつかみ、水を拭かないままライチさんの入った部屋の前に立った。
田舎だからバイト先の喫茶店には、ただでさえ客が入らないのに、この雨でさらにいない。
それに乗っかってサボっている奴がいる上に、店長までが「お客さんドカッと入ったら呼んでね〜」と、店の奥に入ってしまった。
サキュバスの奥さんとハッスルするのはいいけど、きちんと仕事しろよ。
「はあ」
とりあえず気分を落ち着かせる為、大量のストックがあるサバト豆コーヒーを挽いて、砂糖とミルクをちょっと入れてからそれを飲む。
新しく出来上がったというサバト印のコーヒー豆は、かなり甘くてノンカフェインなので、甘党の俺でも少ない砂糖とミルクで気軽に飲めるのだ。
ただ、媚薬成分がちょこっとあるのが傷だけど。
『神山君っ! ちょっとコーヒーを三時間後に入れておいて……うっ!』
「アンタ仕事する気ねえだろ!」
店長へ怒鳴ってから、俺は仕返しに二杯目のコーヒーと、最後のレアチーズケーキを食べてやる。
仕入れに苦労しちまえ。
しばらくレアチーズケーキの味を楽しんでいると、カランカランと入り口の鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
そこに来たのは、黄色いレインコートを着てメガネを掛けたバフォメットだった。
いかにも子供っぽい服装だが、バフォメットという種族はこのような格好で男に近づいて、騙して犯すと聞いたことがある。
「サバトコーヒーを一つ……へくちっ」
「あ、ただいま」
可愛らしいくしゃみをしたバフォメットの注文を受け、俺はちゃっちゃとコーヒーを淹れる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
震えた手で受け取っていたので、とりあえず暖房を点ける。
風邪を引いても困るし。
「……美味しいわ」
バフォメットってみんながみんな「〜じゃ」とか「〜のう」みたいな、婆口調だと思っていた。
ちょっと驚いてから、俺は自分のインスタントのアップルティーを、一杯作って飲む。
「ここのマスターかしら、若いわね」
「いや、バイトっす。マスターつか店長は奥で色々……」
「バイトねえ、でもあなたがマスターって言っても違和感ないんじゃない?」
「まあ、マスターより店に出てる時間は長いけど」
クスクスと笑うバフォメット。
俺はしばらく考えて、ストックは十分にあるショートケーキを取り出す。
「あら、私はコーヒーだけ……」
「余ってるし、賞味期間ももう少しだからタダで。気前のいい代理マスターのサービスっす」
「……ありがとうね、小さいマスターさん」
バフォメットは首を傾げてはにかんだ。
可愛いな……こりゃロリコンが一向に減らないわけだ。
「そういえば代理マスターさんは、何てゆう名前なのかしら」
「神山 乙姫(おつき)です、オトヒメって書いて乙姫です」
「私は野々村 ライチっていうの。ライチでいいわよ。よろしくね、乙姫君」
「あ、こちらこそ、ライチさん」
手を繋ぐとプニプニした肉球が気持ちよくて、ライチさんにちょっといいかも、なんて思ってしまう。
いや、ロリコンじゃないぞ、ライチさんだからいいんだからな!
「こんなナリでも二十五なの。一応大学生」
「俺は十七です、高校行かずに親父の農業手伝ってます」
なんて。
そんな他愛もない会話をしていると、いつの間にか夕方になっていた。
どんだけ話し込んでいたんだ、俺。
「店長ぅー! 俺帰るからなぁー!」
返事が来る前にタイムカードを押して、俺はライチさんと共に外へ出る。
「ライチさん、途中まで送っていきますよ」
「あら、ありがとう乙姫君……へくちっ!」
またくしゃみをして、鼻をすするライチさん。
鼻をかんでからレインコートにティッシュをしまい、フードを被る。
「マンションに住んでるんだけど、たまにストーカーみたいな人がいるから怖いの」
「物騒な所になっちゃったなあ、ここも」
昔あった事件は、野生動物や山住の魔物が麓に降りてくるぐらいだったんだけど。
てゆうか微妙な都会化で変質者が増えた気がする。
夜歩いていた男が、魔物にレイプされて強姦罪で魔物が捕まることが毎日あるし。
「乙姫君みたいな子がたくさんいると、私も安心なんだけど」
「え、どういう意味なんですか」
「ナイショ」
笑顔のライチさんに追求することもできず、俺は黙ってライチさんの隣に続いていく。
しばらく歩いて、着いたのは最近建てられたマンション。
防音性、耐震性、耐久性どれもミサ〇ホーム以上だとか。
「どうせなら上がってく?」
「え、い、いいんですか!?」
「勿論。雨が止むまでまったりお話したいな、なんて」
中学の頃は男子学校で、女性の家に上がるどころか話す機会がなかった。
ドキドキしながらライチさんに着いていき、やってきたのはマンションの十二階。
その隅にある部屋には「野々村」とゆう表札がかかっていた。
「独り身で汚いかもしれないけど」
玄関に入り、リビングらしき部屋に案内される。
ガラステーブルに数個、ビールの空き缶が置いてある事を除けばスッキリした部屋だ。
少なくともパソコンやらゲームやらで片付いてない、俺の部屋よりは。
「あら、服びしょびしょね……」
「傘は差したはずなんだけどなあ」
「お風呂入っちゃいましょうか、どうせ乾くの時間かかるから」
「ああ、はい。先にどうぞ」
「何言ってるの、乙姫君も一緒に入るのよ?」
「……は?」
***
お風呂。
湯気で隠れるとかはなく、ライチさんは全裸で、俺は股間を隠しながら浴場へと入る。
楽々とライチさん七人は入れそうな広い風呂場は、驚いたことに檜製。
すっげえ家賃高いんだろうな、ここ……。
「そんなに気にしなくてもいいのに、私はバフォメットなんだし、小学生の妹と入ってる気分でいいのよ?」
「う、ううむ」
確かにそうなのだけれど、ライチさんが年上だとわかると複雑な気分だ。
「髪洗ってくれないかしら、自分でやると時間がかかるの」
「あ、わかりました」
並んだシャンプーを迷っていると、これと指(爪?)を差してくれる。
そのシャンプーは弱酸性のメ〇ットだった。
「髪を痛めないの」
「へえ……あ、目は瞑っててください」
「はーい」
ワシャワシャと優しく洗うと、ライチさんは口を顔文字の猫みたいにした。
可愛いなあ畜生、年上なのに。
「慣れてるのかしら」
「デッカいクセに、甘えん坊なウシオニの妹がいるんで」
「妹がいて羨ましいわ、私は一人っ子だから」
「一人っ子のが羨ましいっす」
シャワーで泡を落とし、俺が自分で洗おうとすると、ライチさんが肉球にシャンプーをつけて、俺の頭をワシャワシャ撫でる。
「嫌かな?」
「いや、嬉しいっす」
幼女に頭を洗われる光景はなんともおかしいけれど、嬉しいし気持ちいい。
爪がけっこういい感じに頭皮を掻いてくれるし。
「流すよー」
「うい」
バシャア、とお湯をかけられる。
数回すれば泡も流れ、俺は目を開ける。
もう慣れたライチさんの体を見て、ある提案を思いついた。
「良かったら背中洗いますよ」
「本当? ありがとう」
椅子に座り、網みたいなタオルで優しくライチさんの背中を擦る。
「久しぶりね……人に背中をやってもらうのは」
「お母さんにでもやってもらってたんすか」
「まさか、元カレよ」
元カレ。
それを聞いて俺の手が思わず止まってしまった。
「意外?」
「ライチさんみたいな人が趣味なら別に……」
「あはは、ちょっと理由があるのよ。実は私、元は普通の人間だったの」
「え……」
背中越しだと角でライチさんの顔は見えないから、どんな表情をしているかはわからない。
けど悲しそうな、そんな声だった。
「一昨年ね、夜中にコンビニの帰りに酔っ払いのリリムに襲われたらしいの。私も飲み会帰りで酔ってたからよくわからなかったんだけど、気がついたら病院で、いつの間にかこの姿になってたわ」
「……そう、だったんすか」
「その時には元カレも姿が変わったって愛してるって言ってくれたんだけど。私なんかより胸も大きいし、可愛かったサキュバスに盗られちゃった」
振り向いたライチさんは泣いてはいないけど、苦笑していた。
「まあ、仕方ないかな。私はバフォメットだからこれ以上成長はしないし、元カレの子もロリコンって言われたくなかったんだろうし」
「ライチさん……」
「ふふっ、ごめんね。乙姫君を見てたら、元カレ思い出しちゃって」
グシグシと手で顔を拭き、こちらを振り返ったライチさんは必死に笑おうとしていた。
「気にしなくて、いいから、ね!」
そして泡も流さずに風呂から出て、ライチさんはタオル一枚で向かいの部屋に入っていった。
俺は置いてあったタオルをひっつかみ、水を拭かないままライチさんの入った部屋の前に立った。
13/03/21 21:58更新 / 二酸化O2
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