さよなら、またよろしく
俺の姉貴がゾンビになった。
俺との散歩中、トラックに轢かれ、病院に運んでいる途中で一旦脳死したと思ったら、突然ゾンビとして目覚めたのだ。
それにしても誰だろうか……救急隊員に、魔王クラスの魔力を持つバフォメットを採用したのは。
まあいい、そんなことよりゾンビになる前の姉を説明する。
バランスのとれたスレンダーな体つき、整った可愛らしい顔立ちで、黒い髪をツインテールにしていた姉貴こと三島 理香子は名門校の生徒会長を務め、新体操部のエースだった。
勉強もできたし、最早超人としか言えなかった怖い姉貴。
そんな姉貴が突然、幼児並みの知能しか持たないゾンビになった。
「うー……? あー!」
病院の特殊待合室で、幼児のように指をくわえながら辺りを見回し、俺を見つけると無邪気な笑顔になってハイハイで近づいてくる姉貴は、何とも可愛らしい。
ゾンビになる前は骨折したって、一人で家に帰ってたんだけどな。
「今日、家に帰れるからな」
「あー」
家という単語がわかったのか、少し嬉しそうな様子で首を傾げる。
「お袋と親父は今はいないけど」
「いー」
ちょっと口を尖らし、不満そうだ。
ゾンビになる前から、両親にあれこれ言われてた姉貴は二人を嫌っていた。
どうやら本能的とゆうか、幼児がわかることはわかるらしい。
とりあえず外に出てからコンビニに寄って、
「何か食べたい?」
と、聞いてみた。
姉貴は辺りを見回して、何かを見つけて、
「これー」
と、指差した。
それはツナマヨネーズのお握りで、姉貴は口の端から涎を垂らしている。
急いでお握りを買って、外のゴミ箱の隣で袋からお握りを取り出し、姉貴の手に持たせる。
「まーす」
口を大きく開け、よく噛んで食べていく。
お握りを食べる姉貴は満面の笑顔であり、この辺は食いしん坊だった姉貴と変わらない。
ゾンビになっても基本的なことは変わらないモノだと医者は言っていたが、真実だった。
「おーし!」
「もしかして、おいしい?」
「ん、おいしい!」
オウム返しに返すのは、変わってしまったけど。
てゆうか明日から学校はどうするんだろう、入院していた時は俺がいなきゃ泣きわめくわ暴れるわで、姉貴を押さえる為だけにミノタウロスの看護婦さんが、わざわざ都会からやってきた程だった。
「かえるー」
「ん、帰ろうな、姉貴」
俺と姉貴は年齢に似合わず、手を繋いで家まで帰った。
***
姉貴は買ってきた落書き帳の紙に絵を描きながら、何の歌かわからない歌詞の歌を歌っている。
クレヨンを適当に使う姉は幼児そのものだが、制服でやられると転がった時とかに下着が見えて目のやり場に困る。
「姉貴、ご飯」
「ごはん!」
目をキラキラと輝かせ、姉貴はクレヨンと落書き帳を放って、すぐに机の前に座る。
昨日の残りの冷凍デミグラスハンバーグを食べやすいように切って、出来る限り姉貴にも食べやすいようにしたものだ。
「まーす」
「はい、いただきます」
黙って食べていた姉貴だが、しばらくすると遊び食いを始めたので注意しながら食べる。
やはり幼児がやることはやるらしい。
「遊び食いするな、ダメだ」
「あい」
俺の言葉に素直に頷いて、普通に食べ始める。
昔は立場が逆だったのかな、姉貴とは年は二つしか離れていないが。
食べ終わると自分で食器をシンクに入れて、また落書きを始める。
「姉貴、顔拭こう」
「あーい」
ウェットティッシュで口についたソースを拭いてから、頬の汚れを取る。
あまり強いと嫌がるので、丁寧に、優しくやってやる。
「はい、終わり」
「あーと」
頬にキスをされ、ちょっとドキドキしたが姉貴はすぐに落書きを始めている辺り、幼児がよくやる行動だったらしい。
「俺は昼寝するから、ピンポーンなっても出るなよ?」
「あーい」
疲れのせいだろうか、俺はすぐに眠ってしまった。
***
目が覚めると、姉貴と俺は喫茶店にいた。
……ん?
今のはまさか夢だったのか?
「どうした、拓哉?」
「いや、姉貴がゾンビになった夢を見た」
「お前をゾンビにしてやろうか、この野郎。それにしてもゾンビかあ」
姉貴はコーラを一気に飲んで、ため息をついた。
「いっそのこと、そうなったら楽だと思うわー」
「なんでだよ」
「超人扱いとかガチで疲れんのよ、ただ人より努力したらこうなっただけな訳よ?」
「そりゃ知ってる」
「だもんねー、あんたが一番見てきてくれたもん」
ゲラゲラと笑う姉貴は、隣に座る俺の背中をバンバンと叩いた。
「だから拓哉」
「何?」
「もう一人の私をよろしく」
姉貴はそのまま喫茶店から出て行った。
俺はすぐに追いかけようとしたが、頭に強い何かの衝撃を受けて意識がブラックアウトした。
***
「たくやぁああああ! うわぁあああああ!」
「……姉貴」
どうやらあちらが夢だったらしい。
ゾンビの姉貴が涙や鼻水で、俺のシャツを濡らしている。
時計を見ると昼寝をしてから五時間、流石に姉貴も不安になったんだろう。
「ごめん、姉貴」
「たくや!」
グチャグチャになった顔で俺に抱きついて、しゃっくりをあげながら静かに泣き出す。
――もう一人の私をよろしく頼んだ。
あの夢の姉貴はそう言った。
確かに、今の姉貴には自分が必要だ。
「姉貴」
「たくや……」
もう、あの超人だった姉貴はいない。
ここにいるのはただの、普通のゾンビの女の子なんだ。
***
数年後。
姉貴がいなくなったおかげで、姉貴のカリスマと指揮で成り立っていた生徒会は身勝手な副会長のせいで荒れ始めて、新体操部はどんどん人がやめていった。
最終的には学校自体も荒れ始め、最近は入学者が少なくなってきたとか。
「たくや、たくや」
そんな原因となったことも知らず、姉貴は無邪気に絵を見せてくる。
俺と姉貴がなぜか教会にいる絵だ。
「たくや、りかことけっこんするー」
「命令形かよ!」
だけど良かったな、と今更ながらに思っている。
超人と言われてプレッシャーをかけられ、毎日胃薬を飲んでから学校に行って、生徒会と部活を両立させつつ、家に帰ったら勉強して……。
休日だって休まらなかった姉貴は、見てるこっちがつらかった。
「いや?」
「無理なの、姉弟だから!」
「やー」
「やーじゃないの」
でも今はこの通り。
三歳児並からは脱出したが、これ以上の成長は考えにくいし、何よりゾンビとしての本能が働いているのか、最近は俺に襲いかかったりもしてくる。
両親は半ばヤケクソ状態であり、近親結婚奨励の政治家の支援をし出した。
はっきり言えば迷惑だ。
「たくやとずっと、いっしょ」
「あん? ……! 姉貴、それっ」
姉貴が突然出した絵に、思わず驚いてしまう。
「たくや、ずっといっしょだよ」
「……ああ、姉貴」
「えへへっ」
***
姉貴が見せたその絵は、姉貴と俺が喫茶店でケーキを食べている絵だ。
しかも描いてあるそのケーキは期間限定のケーキであり、姉貴が事故に遭う三日前に出たのみとゆう、ゾンビだというのに記憶が戻ったように鮮明に描かれた、ありえないものだった。
医者に見せたら、医者は驚愕の表情をした。
無理もないだろう、精を吸収してないただのゾンビが細かな記憶を持って、それを描いたというんだから。
けど、俺はあえて詳しく調べるようには頼まなかった。
何故かって?
「姉貴は姉貴なんだからな」
「うん?」
姉貴なんだから、姉貴の記憶があってもいいじゃないか。
例えそれが、何のことかわからなかったとしても。
「さて、喫茶店で何か食べて帰るか」
「こーら!」
「病院では静かに」
「こーら……」
とりあえず姉貴を静かにさせて、俺は手を繋いで喫茶店に向かう。
頬を膨らまし、こーら!と叫びそうな姉貴に注意しながら行くのは少し疲れるけど。
そして途中、姉貴が事故にあった喫茶店前の十字路で立ち止まった。
俺は心の中で、こう呟いた。
さよなら、超人で不器用だった姉貴。
これからもよろしく、ゾンビの姉貴。
何となくだけど、「バーカ、お前はスケルトンになっちまえ」と聞こえた気がした。
とりあえず「うっせー」と言って、きょとんとする姉貴を連れ、俺達は喫茶店に入った。
(完)
俺との散歩中、トラックに轢かれ、病院に運んでいる途中で一旦脳死したと思ったら、突然ゾンビとして目覚めたのだ。
それにしても誰だろうか……救急隊員に、魔王クラスの魔力を持つバフォメットを採用したのは。
まあいい、そんなことよりゾンビになる前の姉を説明する。
バランスのとれたスレンダーな体つき、整った可愛らしい顔立ちで、黒い髪をツインテールにしていた姉貴こと三島 理香子は名門校の生徒会長を務め、新体操部のエースだった。
勉強もできたし、最早超人としか言えなかった怖い姉貴。
そんな姉貴が突然、幼児並みの知能しか持たないゾンビになった。
「うー……? あー!」
病院の特殊待合室で、幼児のように指をくわえながら辺りを見回し、俺を見つけると無邪気な笑顔になってハイハイで近づいてくる姉貴は、何とも可愛らしい。
ゾンビになる前は骨折したって、一人で家に帰ってたんだけどな。
「今日、家に帰れるからな」
「あー」
家という単語がわかったのか、少し嬉しそうな様子で首を傾げる。
「お袋と親父は今はいないけど」
「いー」
ちょっと口を尖らし、不満そうだ。
ゾンビになる前から、両親にあれこれ言われてた姉貴は二人を嫌っていた。
どうやら本能的とゆうか、幼児がわかることはわかるらしい。
とりあえず外に出てからコンビニに寄って、
「何か食べたい?」
と、聞いてみた。
姉貴は辺りを見回して、何かを見つけて、
「これー」
と、指差した。
それはツナマヨネーズのお握りで、姉貴は口の端から涎を垂らしている。
急いでお握りを買って、外のゴミ箱の隣で袋からお握りを取り出し、姉貴の手に持たせる。
「まーす」
口を大きく開け、よく噛んで食べていく。
お握りを食べる姉貴は満面の笑顔であり、この辺は食いしん坊だった姉貴と変わらない。
ゾンビになっても基本的なことは変わらないモノだと医者は言っていたが、真実だった。
「おーし!」
「もしかして、おいしい?」
「ん、おいしい!」
オウム返しに返すのは、変わってしまったけど。
てゆうか明日から学校はどうするんだろう、入院していた時は俺がいなきゃ泣きわめくわ暴れるわで、姉貴を押さえる為だけにミノタウロスの看護婦さんが、わざわざ都会からやってきた程だった。
「かえるー」
「ん、帰ろうな、姉貴」
俺と姉貴は年齢に似合わず、手を繋いで家まで帰った。
***
姉貴は買ってきた落書き帳の紙に絵を描きながら、何の歌かわからない歌詞の歌を歌っている。
クレヨンを適当に使う姉は幼児そのものだが、制服でやられると転がった時とかに下着が見えて目のやり場に困る。
「姉貴、ご飯」
「ごはん!」
目をキラキラと輝かせ、姉貴はクレヨンと落書き帳を放って、すぐに机の前に座る。
昨日の残りの冷凍デミグラスハンバーグを食べやすいように切って、出来る限り姉貴にも食べやすいようにしたものだ。
「まーす」
「はい、いただきます」
黙って食べていた姉貴だが、しばらくすると遊び食いを始めたので注意しながら食べる。
やはり幼児がやることはやるらしい。
「遊び食いするな、ダメだ」
「あい」
俺の言葉に素直に頷いて、普通に食べ始める。
昔は立場が逆だったのかな、姉貴とは年は二つしか離れていないが。
食べ終わると自分で食器をシンクに入れて、また落書きを始める。
「姉貴、顔拭こう」
「あーい」
ウェットティッシュで口についたソースを拭いてから、頬の汚れを取る。
あまり強いと嫌がるので、丁寧に、優しくやってやる。
「はい、終わり」
「あーと」
頬にキスをされ、ちょっとドキドキしたが姉貴はすぐに落書きを始めている辺り、幼児がよくやる行動だったらしい。
「俺は昼寝するから、ピンポーンなっても出るなよ?」
「あーい」
疲れのせいだろうか、俺はすぐに眠ってしまった。
***
目が覚めると、姉貴と俺は喫茶店にいた。
……ん?
今のはまさか夢だったのか?
「どうした、拓哉?」
「いや、姉貴がゾンビになった夢を見た」
「お前をゾンビにしてやろうか、この野郎。それにしてもゾンビかあ」
姉貴はコーラを一気に飲んで、ため息をついた。
「いっそのこと、そうなったら楽だと思うわー」
「なんでだよ」
「超人扱いとかガチで疲れんのよ、ただ人より努力したらこうなっただけな訳よ?」
「そりゃ知ってる」
「だもんねー、あんたが一番見てきてくれたもん」
ゲラゲラと笑う姉貴は、隣に座る俺の背中をバンバンと叩いた。
「だから拓哉」
「何?」
「もう一人の私をよろしく」
姉貴はそのまま喫茶店から出て行った。
俺はすぐに追いかけようとしたが、頭に強い何かの衝撃を受けて意識がブラックアウトした。
***
「たくやぁああああ! うわぁあああああ!」
「……姉貴」
どうやらあちらが夢だったらしい。
ゾンビの姉貴が涙や鼻水で、俺のシャツを濡らしている。
時計を見ると昼寝をしてから五時間、流石に姉貴も不安になったんだろう。
「ごめん、姉貴」
「たくや!」
グチャグチャになった顔で俺に抱きついて、しゃっくりをあげながら静かに泣き出す。
――もう一人の私をよろしく頼んだ。
あの夢の姉貴はそう言った。
確かに、今の姉貴には自分が必要だ。
「姉貴」
「たくや……」
もう、あの超人だった姉貴はいない。
ここにいるのはただの、普通のゾンビの女の子なんだ。
***
数年後。
姉貴がいなくなったおかげで、姉貴のカリスマと指揮で成り立っていた生徒会は身勝手な副会長のせいで荒れ始めて、新体操部はどんどん人がやめていった。
最終的には学校自体も荒れ始め、最近は入学者が少なくなってきたとか。
「たくや、たくや」
そんな原因となったことも知らず、姉貴は無邪気に絵を見せてくる。
俺と姉貴がなぜか教会にいる絵だ。
「たくや、りかことけっこんするー」
「命令形かよ!」
だけど良かったな、と今更ながらに思っている。
超人と言われてプレッシャーをかけられ、毎日胃薬を飲んでから学校に行って、生徒会と部活を両立させつつ、家に帰ったら勉強して……。
休日だって休まらなかった姉貴は、見てるこっちがつらかった。
「いや?」
「無理なの、姉弟だから!」
「やー」
「やーじゃないの」
でも今はこの通り。
三歳児並からは脱出したが、これ以上の成長は考えにくいし、何よりゾンビとしての本能が働いているのか、最近は俺に襲いかかったりもしてくる。
両親は半ばヤケクソ状態であり、近親結婚奨励の政治家の支援をし出した。
はっきり言えば迷惑だ。
「たくやとずっと、いっしょ」
「あん? ……! 姉貴、それっ」
姉貴が突然出した絵に、思わず驚いてしまう。
「たくや、ずっといっしょだよ」
「……ああ、姉貴」
「えへへっ」
***
姉貴が見せたその絵は、姉貴と俺が喫茶店でケーキを食べている絵だ。
しかも描いてあるそのケーキは期間限定のケーキであり、姉貴が事故に遭う三日前に出たのみとゆう、ゾンビだというのに記憶が戻ったように鮮明に描かれた、ありえないものだった。
医者に見せたら、医者は驚愕の表情をした。
無理もないだろう、精を吸収してないただのゾンビが細かな記憶を持って、それを描いたというんだから。
けど、俺はあえて詳しく調べるようには頼まなかった。
何故かって?
「姉貴は姉貴なんだからな」
「うん?」
姉貴なんだから、姉貴の記憶があってもいいじゃないか。
例えそれが、何のことかわからなかったとしても。
「さて、喫茶店で何か食べて帰るか」
「こーら!」
「病院では静かに」
「こーら……」
とりあえず姉貴を静かにさせて、俺は手を繋いで喫茶店に向かう。
頬を膨らまし、こーら!と叫びそうな姉貴に注意しながら行くのは少し疲れるけど。
そして途中、姉貴が事故にあった喫茶店前の十字路で立ち止まった。
俺は心の中で、こう呟いた。
さよなら、超人で不器用だった姉貴。
これからもよろしく、ゾンビの姉貴。
何となくだけど、「バーカ、お前はスケルトンになっちまえ」と聞こえた気がした。
とりあえず「うっせー」と言って、きょとんとする姉貴を連れ、俺達は喫茶店に入った。
(完)
13/03/11 12:17更新 / 二酸化O2