7 再会
主な反魔物国家からできるだけ親魔物国家や他の魔界を経由せず魔王城に船で行く場合、港町トーポシームは上陸地点といえる場所にあった。
トーポシームまでは中立国の船で来ることができるので、船が魔物に襲われることを心配せずに済んだ。
中立国の船はだいたい魔物侵入禁止区画があるので、船内で魔物に襲われることも心配せずに済んだ。
問題はここから先魔王城までどうやって行くかだ。
普通に歩いて行ったら途中で魔物に襲われるのはほぼ確実だ、研究・調査のためにあちこち旅はしたが、なるべく治安のいいところを選んで歩いたので荒事には全く自信がない。
護衛を雇うという方法もあるが、僕はこの町には全くコネがない。
安全、確実に魔王城に行くにはどうすればいいか。
船の中で考える時間は充分あったので、下船してすぐ通りすがりの人に道を聞くことができた、その人は不思議そうな顔をしたが目的地への道を教えてくれた。
トーポシームは前述のように魔王城への進行ルートの一つであるので、過去何度も反魔物国家や教団の軍隊が上陸しようとしたり、近辺で海戦がおこなわれたりした、そのためこの町には平時から魔王軍が駐屯していた。
駐屯地は港のすぐそばにあった、そこの入り口に立っていた魔物の兵士(外見からしてたぶんリザードマン)に「用件があるのですが隊長か司令官あたりに会わせていただけませんか?」とお願いしたところ不審人物を見るような眼で見られたが、しばらくして隊長室と思われる部屋に通してくれた。
さきほどたぶんという言葉を使ったが、つい先日リリムとバフォメットに会うまで僕は魔物をじかに見たことがない。
親魔物国に来るのは初めてで、この後魔王城まで行く予定なので、大学を出発する前に禁書扱いになっている魔物娘図鑑をキルムズ教授に頼んで見せてもらった。
図書館の禁書庫に入れるかと期待していたら、教授が一冊持っていた。
大丈夫なんですかと聞いたが、禁書扱いにされると読みたくなるのが学者というものだ、とのことだった。
話を元に戻すが、魔王軍の隊長(鎧を着ていて剣をさしているということ以外特徴がないのでたぶんデュラハン)に自己紹介と用件を伝えたところ奇妙な物体を見るような眼で見られた。
「確認するがお前の用件とやらは、われわれにお前を魔王城に連れて行ってほしいということか」
「できることなら安全、確実、迅速にお願いします」
「そしてお前は教団の人間だと」
「はい」
前にも言ったが僕はうそをつくのが下手なので、正直に答えた。
それにここの魔王軍の中に、他人が考えていることを読める魔物がいるかもしれない、そうならうそをつくだけ無駄だし、より疑われる。
「魔王様を倒しに来たわけではなく、勇者どころか斥候、間諜の類でもないと」
「その通りです」
僕は大学では制服を着ているが、現在は普通の旅装束を着ている。
持ち物で武器と言えそうなのは、自炊用の料理ナイフくらいである、これで勇者に見えるようなら魔王軍の隊長としては問題ありだ。
「大学の学生で、目的は学術調査だと」
「これ学生証です」
ここで通用するかは分からないが、教団の施設なら学割も使えるすぐれものである。
隊長は頭痛をこらえるような顔をしたあと、僕が入り口で声をかけたリザードマンの兵士を呼びつけた。
「おい、なんでこんな奴を中に入れた」
「てっきり隊長や司令官のお知り合いかと思いまして」
「こんなわけのわからん知り合いはおらん、その程度のことも自分で判断できないのか?」
「お言葉ですが隊長、普段から上司への報告、連絡、相談の『報、連、相』を忘れるなと、司令官も隊長もおっしゃっていたはずですが」
上司と部下のこの手の問題というのは人間も魔物も変わらないらしい。
しかし話が進まない、このままでは断られてしまうかもしれない、学術調査の詳しい中身も説明した方がよいだろうかと考えていたところ、隊長は僕に告げた。
「お前の言うことが本当かどうかは分からない以上、誰かの紹介でもなければ連れていくことはできないぞ」
「紹介はありませんが、魔王城に知り合いはいますよ」
「本当か?」
「エルゼルというリリムと、フィームズというバフォメットです」
「リリムとバフォメットだと!?」
エルゼルから聞いた話から推測すると普段は魔王城に住んでいるようだし、フィームズはエルゼルとかなり親しい関係なようだから魔王城にいる可能性は高そうだ。
今二人とも魔王城にいない可能性もあるが、この際利用できるものは何でも利用しよう。
隊長が魔王城に連絡を取って、二人のどちらかに確認が取れれば、すぐ僕を魔王城へ送ってもらえるだろう。
隊長はしばらく考えていたが、やがて兵士に魔法通信用の魔道具を持ってくるように指示した。
しばらくしたら兵士は手ぶらのまま戻ってきた。
「魔法通信ですが、あまりに私用で使う者が隊長も含めて多すぎるので、先日司令官しか使えないように設定してしまったようです」
「そういえばそうだったな」
「どうします、近所で借りてきますか?」
「緊急時でもないのにそんな恥ずかしいことができるか」
魔王軍はいろいろと問題のある組織なようだ、というか僕が間諜だったらどうする気だ。
「あのー、司令官は今どこにいるのですか?」
つい聞いてしまった。
「司令官は現在夫探しのため休暇中だ、今どこにいていつ帰ってくるか私にもわからない」
他人事ながら不安になってきた、いま教団が攻めてきたら大丈夫なのか。
隊長はまた考えていたが、ついに決断したようだ。
「私が手紙を書くからパーピーの伝令兵に魔王城へ届けさせろ、お前は今すぐ魔王城まで魔界豚で送ってやる」
「えっ、いいんですか?ありがとうございます」
早くても2、3日ここで待たされるかと覚悟したので実にありがたい話だった。
「気にするな、めんどくさそうな事は自分で解決せずに上に押し付けるのが一番だからな」
処世術としては間違っていないが大丈夫か魔王軍。
魔界豚は話には聞いたことがあったがじかに見るのは初めてだった。
豚というよりはイノシシが巨大化したような生き物だ。
その魔界豚の後ろに馬車のような車両がロープで結ばれていて、僕はそれに乗ることになった。
自分の荷物と一緒に乗ってみたところ、かなり頑丈に作られていて窓には格子が取り付けられていた。
「これは捕虜護送用の車両なのよ、これに乗るのが一番安全だから我慢してね」
御者を務める兵士(特徴らしい特徴がないからたぶんサキュバス)が教えてくれた。
このまま別のところに連れていかれないだろうかという不安が頭をもたげたが、サキュバスの隣にもう一人御者が座った、二人の会話からしてサキュバスの夫らしい、なら安全だ。
「頑丈なのは捕虜の逃亡を防ぐためというよりは、捕虜を魔物娘の略奪から守るためにあるんだ、乗り心地はそんなに悪くないから安心してくれ」
夫のほうが丁寧に教えてくれた、略奪されそうになったことがあるような言い方だった。
「ではお願いします」
「出発!」
魔界豚は勢いよく走りだした。
魔界に入ると昼と夜の区別がつきにくくなるので時間の感覚が怪しくなってくる、それでも走り始めて丸二日は立ったかなと思うころに「魔王城が見えてきたわよ」と御者が知らせてくれた。
前方の窓から目を凝らしたところ、はるか前方に黒い城が見えてきた、あまり大きくは感じられないが、まだ遠くにあるからだろうと思った。
走っているうちに奇妙な感覚におそわれた、近づいているのに城の見た目の大きさが全然変わらないのだ、普通近づけば見た目が大きくなるはずなのにそうならないのは変だ。
さらに走っていてその理由がやっとわかった、城があまりに大きすぎて多少近づいただけでは見た目の大きさがほとんど変わらないのだ。
見え始めてから魔王城に到着するまで半日はかかったようだ。
「でかっ!!」
思わず叫んでいた、以前教団の本部に行ったことがあって、その時も大きな建物に驚いたが、それと比べ物にならないほど大きかった。
魔王城の入り口に着いた時はすでに連絡が来ていたらしく、十人くらいの兵隊が待っていた。
御者にお礼を言って自分の荷物を持って降りたらすぐに取り囲まれた、一人で十分なのに大げさな話だ。
名前を確認された後、そのまま連行同然に連れていかれて、一つの部屋に入るように言われた、そこで懐かしい顔が待っていた。
「スクル!!なぜお主が魔王城に来るのじゃ!?連絡が来た時にはびっくりしたぞ!」
「2か月ぶり・・だったっけ?」
フィームズが待っていた、部屋を見回したがエルゼルはいなかった。
「ちょっと確認したいことがある、お主その椅子に座れ」
言われたとおりに座ったところ、フィームズは自分の椅子を僕の真ん前に持ってきて、向かい合う形で座った。
「口を大きく開けて、アーンして、舌を出すのじゃ」
「あーん」
フィームズはどこからか金属製のへらを取り出し、僕の舌を押さえつけて、喉の奥を覗き込んだ。
「ふむ、次は着ている服の前を上げて腹を出すのじゃ」
「こう?」
今度はどこからともなく聴診器を取り出しフィームズはそれを自分の耳に付けて、反対側を僕の腹や胸にあてた。
「息を吸ってー、はいてー、今度は背中を向けて服を上げて、吸ってー、はいてー、終わりじゃ」
フィームズは聴診器を耳から外して首にかけて、僕に宣告した。
「スクル、お主すでにインキュバス化しているぞ、魔王城に来ればどんな勇者でも一日も持たずそうなってしまうわ」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりって・・・お主知っていて来おったのか?」
「知識としては知っていた、道理で二日以上もゆられていたのにあんまり疲れていないし、荷物も軽くなったような気がしたし」
「大学にもう戻れないというのにずいぶんお気楽じゃの」
「別にお気楽というわけじゃないんだけど、覚悟はすでにしていたし・・・。ああ、言うの忘れてた『さがしもの』は見つかったよ、だだし、追加で調査をする必要があるので魔王城に来たんだ」
「なんじゃと!?するとお主は教団や大学を追放されたというわけではないのか?」
「それはちがう、教団や大学からはなんのおとがめもなかった。ここに来たのは教団や大学には内緒だけど教授の許可はもらっている、まあ正式なものじゃないけど」
「教団にばれたら殺されるというのにそれでも良いのかお主は?」
「戻らなければ殺されないし、別に強制されたわけでなく志願してきたんだ。志願したのは僕だけじゃないよ、リリムとバフォメットに知り合いがいるという理由で選ばれたんだけどね。魔王城に無事着けるかというところも含めてリスクはあったけど、歴史学者のはしくれとしてどうしても来たかったんだ」
「見つかった内容はよほど衝撃的なものだったようじゃな」
「魔王城での調査の結果によっては、むしろ魔物側のほうが衝撃が大きいかもしれない・・・。そういえばもう一人の姿が見えないけどどこかに出かけているの?」
「エルか?お主が来たという連絡を受けてエルの部屋に行ったのじゃがいなかったぞ、ここ最近は城下町も含めて城の周りをあちこちうろうろしているらしいのじゃ」
「へえ、何かあったの?」
「お主のことが気になっていたのじゃ」
「え、なんで?」
「大学から逃げた後、二人してすぐ魔王城に戻ったのじゃが、エルはお主のことを気にしておった。魔物に協力した罪で教団に処刑されるのではないか、一生牢に閉じ込められるのではないか、良くて大学から永久追放されるのではないかとな。そうなったら自分の責任じゃと」
「そこまで考えていてくれたの?それはうれしいなあ」
「一人でお主のところへ行こうとしたから儂は必死で止めたわい、儂らを襲撃した教団兵は侮れん奴らじゃったからの」
「それは正解だったよ、僕がおとがめなしと決まった後も、しばらくは僕の周りでひそかに監視していたようだったから」
「ここしばらくは幾分落ち着いたようじゃったが、部屋に一人でいると落ち着かないとのことで城の中や城下町をうろうろしていたようじゃな。部屋に伝言は残しておいたし、主なうろつき先にも見つけたら伝言するように頼んでおいたからしばらくすれば来ると思うぞ」
「そちらもいろいろと大変だったようだね、ところで喉が渇いたから飲み物がほしいけどどこにあるのかな?」
「部屋の外には誰かいるじゃろうから頼めば何か持ってきてくれるぞ、儂も喉が渇いたから何か頼もうかの」
フィームズが外に出ようと扉のノブに手をかけた瞬間、扉が勢いよく内側に開いた。
激しい衝撃音が起こり、フィームズは扉と壁に挟まれた。
「大丈夫かおいっ!って、え?」
「スク・・・ル?」
入り口のところには勢いよく全力で走ったかのように息を切らして、髪を振り乱し、うつろな目をしたエルゼルが立っていた。
「スクル・・・無事だったの?」
「僕は無事だけど、今は君の横にいる人の無事を確認すべきじゃ」
「迷惑かけて・・・ごめんね」
「いやそれほど迷惑には」
「私に・・・会いに来てくれたの?」
「それもあるけど魔王城に来た理由は・・・って、エルゼルさん人の話聞いてます?」
エルゼルは一歩ずつ僕に近づき、僕は無意識に一歩ずつ後ろに下がっていき、壁際まで追いつめられた。
「フィームズさん、無事ならばこの人何とかしてください!」
思わず僕はフィームズに助けを求めた。
扉の裏側から平べったくなったフィームズ(たぶん目の錯覚だろう)があらわれて僕に告げた。
「スクル、この魔王城で独身の男が一人でうろついているのはとてつもなく危険じゃ、相手は早く決めた方が良いぞ、お主もエルのことを嫌っているわけではないのじゃろう?」
「そりゃそうかもしれないですけど」
「エル、スクルはすでにインキュバス化しておるぞ、もう大学には戻る気がないそうじゃ」
「そう・・・スクル・・・ごめんね・・・私が責任取るから・・・」
「いえべつに君に責任とれなんて一言も」
「スクル、調査の話はあとで聞くから二人でゆっくりしてくるのじゃ」
「行きましょ・・・スクル・・・」
「あの、ちょっ」
次の瞬間転移魔法で移動した。
「ここは・・・?」
「私の部屋・・・」
部屋の中には大きいベッドがあり、テーブルの上には本が何冊か置いてあったが、よく見るとバシリューの小説だった。
気が付いたらベッドの上に押し倒されていた。
たしかリリムに対抗するための呪文があったはずなのだが、頭の中が混乱していて、短い呪文のはずなのに思い出せなかった。
「スクル・・・責任とって私と結婚しましょ・・・」
もうここまできたら覚悟を決めるしかない、男は度胸だ、思い切ってエルゼルに告げた。
「初めてだから、やさしくしてね」
かくして僕は責任をとらせられた。
「二日目で戻ってくるとはほぼ計算どおりじゃの」
「どういう計算をしたか興味がありますが調査の話をしましょう」
「そうじゃな、エルにはどこまで話をしたのじゃ?」
「あなたに話したのとほぼ同じところまでです」
「スクル、日記のどこにどんなことが書いてあったの?」
「日記に手紙が隠してあったんだ、その手紙とはエルのお父様・・・『勇者様』が主神と教団を裏切り魔王側に寝返った後にラービスト大司教にあてて書いた手紙だったんだ」
トーポシームまでは中立国の船で来ることができるので、船が魔物に襲われることを心配せずに済んだ。
中立国の船はだいたい魔物侵入禁止区画があるので、船内で魔物に襲われることも心配せずに済んだ。
問題はここから先魔王城までどうやって行くかだ。
普通に歩いて行ったら途中で魔物に襲われるのはほぼ確実だ、研究・調査のためにあちこち旅はしたが、なるべく治安のいいところを選んで歩いたので荒事には全く自信がない。
護衛を雇うという方法もあるが、僕はこの町には全くコネがない。
安全、確実に魔王城に行くにはどうすればいいか。
船の中で考える時間は充分あったので、下船してすぐ通りすがりの人に道を聞くことができた、その人は不思議そうな顔をしたが目的地への道を教えてくれた。
トーポシームは前述のように魔王城への進行ルートの一つであるので、過去何度も反魔物国家や教団の軍隊が上陸しようとしたり、近辺で海戦がおこなわれたりした、そのためこの町には平時から魔王軍が駐屯していた。
駐屯地は港のすぐそばにあった、そこの入り口に立っていた魔物の兵士(外見からしてたぶんリザードマン)に「用件があるのですが隊長か司令官あたりに会わせていただけませんか?」とお願いしたところ不審人物を見るような眼で見られたが、しばらくして隊長室と思われる部屋に通してくれた。
さきほどたぶんという言葉を使ったが、つい先日リリムとバフォメットに会うまで僕は魔物をじかに見たことがない。
親魔物国に来るのは初めてで、この後魔王城まで行く予定なので、大学を出発する前に禁書扱いになっている魔物娘図鑑をキルムズ教授に頼んで見せてもらった。
図書館の禁書庫に入れるかと期待していたら、教授が一冊持っていた。
大丈夫なんですかと聞いたが、禁書扱いにされると読みたくなるのが学者というものだ、とのことだった。
話を元に戻すが、魔王軍の隊長(鎧を着ていて剣をさしているということ以外特徴がないのでたぶんデュラハン)に自己紹介と用件を伝えたところ奇妙な物体を見るような眼で見られた。
「確認するがお前の用件とやらは、われわれにお前を魔王城に連れて行ってほしいということか」
「できることなら安全、確実、迅速にお願いします」
「そしてお前は教団の人間だと」
「はい」
前にも言ったが僕はうそをつくのが下手なので、正直に答えた。
それにここの魔王軍の中に、他人が考えていることを読める魔物がいるかもしれない、そうならうそをつくだけ無駄だし、より疑われる。
「魔王様を倒しに来たわけではなく、勇者どころか斥候、間諜の類でもないと」
「その通りです」
僕は大学では制服を着ているが、現在は普通の旅装束を着ている。
持ち物で武器と言えそうなのは、自炊用の料理ナイフくらいである、これで勇者に見えるようなら魔王軍の隊長としては問題ありだ。
「大学の学生で、目的は学術調査だと」
「これ学生証です」
ここで通用するかは分からないが、教団の施設なら学割も使えるすぐれものである。
隊長は頭痛をこらえるような顔をしたあと、僕が入り口で声をかけたリザードマンの兵士を呼びつけた。
「おい、なんでこんな奴を中に入れた」
「てっきり隊長や司令官のお知り合いかと思いまして」
「こんなわけのわからん知り合いはおらん、その程度のことも自分で判断できないのか?」
「お言葉ですが隊長、普段から上司への報告、連絡、相談の『報、連、相』を忘れるなと、司令官も隊長もおっしゃっていたはずですが」
上司と部下のこの手の問題というのは人間も魔物も変わらないらしい。
しかし話が進まない、このままでは断られてしまうかもしれない、学術調査の詳しい中身も説明した方がよいだろうかと考えていたところ、隊長は僕に告げた。
「お前の言うことが本当かどうかは分からない以上、誰かの紹介でもなければ連れていくことはできないぞ」
「紹介はありませんが、魔王城に知り合いはいますよ」
「本当か?」
「エルゼルというリリムと、フィームズというバフォメットです」
「リリムとバフォメットだと!?」
エルゼルから聞いた話から推測すると普段は魔王城に住んでいるようだし、フィームズはエルゼルとかなり親しい関係なようだから魔王城にいる可能性は高そうだ。
今二人とも魔王城にいない可能性もあるが、この際利用できるものは何でも利用しよう。
隊長が魔王城に連絡を取って、二人のどちらかに確認が取れれば、すぐ僕を魔王城へ送ってもらえるだろう。
隊長はしばらく考えていたが、やがて兵士に魔法通信用の魔道具を持ってくるように指示した。
しばらくしたら兵士は手ぶらのまま戻ってきた。
「魔法通信ですが、あまりに私用で使う者が隊長も含めて多すぎるので、先日司令官しか使えないように設定してしまったようです」
「そういえばそうだったな」
「どうします、近所で借りてきますか?」
「緊急時でもないのにそんな恥ずかしいことができるか」
魔王軍はいろいろと問題のある組織なようだ、というか僕が間諜だったらどうする気だ。
「あのー、司令官は今どこにいるのですか?」
つい聞いてしまった。
「司令官は現在夫探しのため休暇中だ、今どこにいていつ帰ってくるか私にもわからない」
他人事ながら不安になってきた、いま教団が攻めてきたら大丈夫なのか。
隊長はまた考えていたが、ついに決断したようだ。
「私が手紙を書くからパーピーの伝令兵に魔王城へ届けさせろ、お前は今すぐ魔王城まで魔界豚で送ってやる」
「えっ、いいんですか?ありがとうございます」
早くても2、3日ここで待たされるかと覚悟したので実にありがたい話だった。
「気にするな、めんどくさそうな事は自分で解決せずに上に押し付けるのが一番だからな」
処世術としては間違っていないが大丈夫か魔王軍。
魔界豚は話には聞いたことがあったがじかに見るのは初めてだった。
豚というよりはイノシシが巨大化したような生き物だ。
その魔界豚の後ろに馬車のような車両がロープで結ばれていて、僕はそれに乗ることになった。
自分の荷物と一緒に乗ってみたところ、かなり頑丈に作られていて窓には格子が取り付けられていた。
「これは捕虜護送用の車両なのよ、これに乗るのが一番安全だから我慢してね」
御者を務める兵士(特徴らしい特徴がないからたぶんサキュバス)が教えてくれた。
このまま別のところに連れていかれないだろうかという不安が頭をもたげたが、サキュバスの隣にもう一人御者が座った、二人の会話からしてサキュバスの夫らしい、なら安全だ。
「頑丈なのは捕虜の逃亡を防ぐためというよりは、捕虜を魔物娘の略奪から守るためにあるんだ、乗り心地はそんなに悪くないから安心してくれ」
夫のほうが丁寧に教えてくれた、略奪されそうになったことがあるような言い方だった。
「ではお願いします」
「出発!」
魔界豚は勢いよく走りだした。
魔界に入ると昼と夜の区別がつきにくくなるので時間の感覚が怪しくなってくる、それでも走り始めて丸二日は立ったかなと思うころに「魔王城が見えてきたわよ」と御者が知らせてくれた。
前方の窓から目を凝らしたところ、はるか前方に黒い城が見えてきた、あまり大きくは感じられないが、まだ遠くにあるからだろうと思った。
走っているうちに奇妙な感覚におそわれた、近づいているのに城の見た目の大きさが全然変わらないのだ、普通近づけば見た目が大きくなるはずなのにそうならないのは変だ。
さらに走っていてその理由がやっとわかった、城があまりに大きすぎて多少近づいただけでは見た目の大きさがほとんど変わらないのだ。
見え始めてから魔王城に到着するまで半日はかかったようだ。
「でかっ!!」
思わず叫んでいた、以前教団の本部に行ったことがあって、その時も大きな建物に驚いたが、それと比べ物にならないほど大きかった。
魔王城の入り口に着いた時はすでに連絡が来ていたらしく、十人くらいの兵隊が待っていた。
御者にお礼を言って自分の荷物を持って降りたらすぐに取り囲まれた、一人で十分なのに大げさな話だ。
名前を確認された後、そのまま連行同然に連れていかれて、一つの部屋に入るように言われた、そこで懐かしい顔が待っていた。
「スクル!!なぜお主が魔王城に来るのじゃ!?連絡が来た時にはびっくりしたぞ!」
「2か月ぶり・・だったっけ?」
フィームズが待っていた、部屋を見回したがエルゼルはいなかった。
「ちょっと確認したいことがある、お主その椅子に座れ」
言われたとおりに座ったところ、フィームズは自分の椅子を僕の真ん前に持ってきて、向かい合う形で座った。
「口を大きく開けて、アーンして、舌を出すのじゃ」
「あーん」
フィームズはどこからか金属製のへらを取り出し、僕の舌を押さえつけて、喉の奥を覗き込んだ。
「ふむ、次は着ている服の前を上げて腹を出すのじゃ」
「こう?」
今度はどこからともなく聴診器を取り出しフィームズはそれを自分の耳に付けて、反対側を僕の腹や胸にあてた。
「息を吸ってー、はいてー、今度は背中を向けて服を上げて、吸ってー、はいてー、終わりじゃ」
フィームズは聴診器を耳から外して首にかけて、僕に宣告した。
「スクル、お主すでにインキュバス化しているぞ、魔王城に来ればどんな勇者でも一日も持たずそうなってしまうわ」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりって・・・お主知っていて来おったのか?」
「知識としては知っていた、道理で二日以上もゆられていたのにあんまり疲れていないし、荷物も軽くなったような気がしたし」
「大学にもう戻れないというのにずいぶんお気楽じゃの」
「別にお気楽というわけじゃないんだけど、覚悟はすでにしていたし・・・。ああ、言うの忘れてた『さがしもの』は見つかったよ、だだし、追加で調査をする必要があるので魔王城に来たんだ」
「なんじゃと!?するとお主は教団や大学を追放されたというわけではないのか?」
「それはちがう、教団や大学からはなんのおとがめもなかった。ここに来たのは教団や大学には内緒だけど教授の許可はもらっている、まあ正式なものじゃないけど」
「教団にばれたら殺されるというのにそれでも良いのかお主は?」
「戻らなければ殺されないし、別に強制されたわけでなく志願してきたんだ。志願したのは僕だけじゃないよ、リリムとバフォメットに知り合いがいるという理由で選ばれたんだけどね。魔王城に無事着けるかというところも含めてリスクはあったけど、歴史学者のはしくれとしてどうしても来たかったんだ」
「見つかった内容はよほど衝撃的なものだったようじゃな」
「魔王城での調査の結果によっては、むしろ魔物側のほうが衝撃が大きいかもしれない・・・。そういえばもう一人の姿が見えないけどどこかに出かけているの?」
「エルか?お主が来たという連絡を受けてエルの部屋に行ったのじゃがいなかったぞ、ここ最近は城下町も含めて城の周りをあちこちうろうろしているらしいのじゃ」
「へえ、何かあったの?」
「お主のことが気になっていたのじゃ」
「え、なんで?」
「大学から逃げた後、二人してすぐ魔王城に戻ったのじゃが、エルはお主のことを気にしておった。魔物に協力した罪で教団に処刑されるのではないか、一生牢に閉じ込められるのではないか、良くて大学から永久追放されるのではないかとな。そうなったら自分の責任じゃと」
「そこまで考えていてくれたの?それはうれしいなあ」
「一人でお主のところへ行こうとしたから儂は必死で止めたわい、儂らを襲撃した教団兵は侮れん奴らじゃったからの」
「それは正解だったよ、僕がおとがめなしと決まった後も、しばらくは僕の周りでひそかに監視していたようだったから」
「ここしばらくは幾分落ち着いたようじゃったが、部屋に一人でいると落ち着かないとのことで城の中や城下町をうろうろしていたようじゃな。部屋に伝言は残しておいたし、主なうろつき先にも見つけたら伝言するように頼んでおいたからしばらくすれば来ると思うぞ」
「そちらもいろいろと大変だったようだね、ところで喉が渇いたから飲み物がほしいけどどこにあるのかな?」
「部屋の外には誰かいるじゃろうから頼めば何か持ってきてくれるぞ、儂も喉が渇いたから何か頼もうかの」
フィームズが外に出ようと扉のノブに手をかけた瞬間、扉が勢いよく内側に開いた。
激しい衝撃音が起こり、フィームズは扉と壁に挟まれた。
「大丈夫かおいっ!って、え?」
「スク・・・ル?」
入り口のところには勢いよく全力で走ったかのように息を切らして、髪を振り乱し、うつろな目をしたエルゼルが立っていた。
「スクル・・・無事だったの?」
「僕は無事だけど、今は君の横にいる人の無事を確認すべきじゃ」
「迷惑かけて・・・ごめんね」
「いやそれほど迷惑には」
「私に・・・会いに来てくれたの?」
「それもあるけど魔王城に来た理由は・・・って、エルゼルさん人の話聞いてます?」
エルゼルは一歩ずつ僕に近づき、僕は無意識に一歩ずつ後ろに下がっていき、壁際まで追いつめられた。
「フィームズさん、無事ならばこの人何とかしてください!」
思わず僕はフィームズに助けを求めた。
扉の裏側から平べったくなったフィームズ(たぶん目の錯覚だろう)があらわれて僕に告げた。
「スクル、この魔王城で独身の男が一人でうろついているのはとてつもなく危険じゃ、相手は早く決めた方が良いぞ、お主もエルのことを嫌っているわけではないのじゃろう?」
「そりゃそうかもしれないですけど」
「エル、スクルはすでにインキュバス化しておるぞ、もう大学には戻る気がないそうじゃ」
「そう・・・スクル・・・ごめんね・・・私が責任取るから・・・」
「いえべつに君に責任とれなんて一言も」
「スクル、調査の話はあとで聞くから二人でゆっくりしてくるのじゃ」
「行きましょ・・・スクル・・・」
「あの、ちょっ」
次の瞬間転移魔法で移動した。
「ここは・・・?」
「私の部屋・・・」
部屋の中には大きいベッドがあり、テーブルの上には本が何冊か置いてあったが、よく見るとバシリューの小説だった。
気が付いたらベッドの上に押し倒されていた。
たしかリリムに対抗するための呪文があったはずなのだが、頭の中が混乱していて、短い呪文のはずなのに思い出せなかった。
「スクル・・・責任とって私と結婚しましょ・・・」
もうここまできたら覚悟を決めるしかない、男は度胸だ、思い切ってエルゼルに告げた。
「初めてだから、やさしくしてね」
かくして僕は責任をとらせられた。
「二日目で戻ってくるとはほぼ計算どおりじゃの」
「どういう計算をしたか興味がありますが調査の話をしましょう」
「そうじゃな、エルにはどこまで話をしたのじゃ?」
「あなたに話したのとほぼ同じところまでです」
「スクル、日記のどこにどんなことが書いてあったの?」
「日記に手紙が隠してあったんだ、その手紙とはエルのお父様・・・『勇者様』が主神と教団を裏切り魔王側に寝返った後にラービスト大司教にあてて書いた手紙だったんだ」
13/09/24 00:33更新 / キープ
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