連載小説
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8 手紙
「お父様からラービスト大司教にあてた手紙?お母様と出会った後で?そんなの初めて聞いたわ」
「儂も初めて聞いたな、スクル、まずその手紙が見つかった経緯を聞かせてくれぬか」
私もフィムも驚いた、お父様が教団や反魔物国家あてに手紙を送ったということ自体今まで聞いたことがなかった。
「僕がおとがめなしと決まった後に、君たちが大学に来た理由をキルムズ教授に聞かれたから、バシリュー日記やラービスト日記のことを述べたら教授はすごく興味を持って、すぐに歴史学科総出で調査が始まったんだ」
「教団としても歴史学者としても興味をひかれる話じゃからな」
「ねえスクル、手紙が見つかったということは、日記を読んでも魔物や魔界に詳しくないと分からないんじゃないかというスクルの考えは」
「ごめん、完全に間違いだった」
スクルは素直に謝った。
「別に謝るようなことじゃないわ」
「話を続けるけど、僕はもう一つ勘違いをしていた。図書別館に入館するには特別な許可が必要なんだけど、僕のときは許可を取るには申請書に調査の目的を書くだけでよかったんだ。だからバシリューのときもそうだったと思いこんだんだ」
「どういうことなの?」
「僕は大学の学生だから手続きは割と簡単だった、だけどバシリューみたいな大学の外の人の場合は申請書に閲覧を希望する資料や本の題名を、日記だったら教団歴何年というところまで、具体的に書かないと許可が出ないんだ。僕はそのことを知らなかったんだよ。でも教授や先生方は知っていたから、その当時の申請書を見つけだしてバシリューが読んだ日記を特定したんだ」
「でも私たちが読んだ日記に手紙を隠せるようなところは、なかったと思うのだけど」
「僕たちが読んだ日記は閲覧用の複製本なんだよ、あれをいくら調べても手紙なんか見つかるわけがない。ちなみにバシリューが読んだのは日記の原本だった」
「・・・じゃあ私たちのしたことって全くの無駄だったってことなの?」
「結果論ならね、学者のはしくれとして言わせてもらうなら、この世にまったくの無駄なんてことはあり得ないよ」
「お主の学者論はおいといて、儂らが日記の原本を見ることはできなかったのか?」
「原本はとても重要な資料だし劣化の問題もあるから、いくつも鍵がかかっていて、警報装置まで設置されている地下室に厳重に保管されているよ。もちろん僕は入ったことはないし入れない。バシリューは大学に多額の寄付をしてようやく閲覧できたそうだよ」
「そう言われるとぜひ侵入してみたくなるのお」
「今度行ったら捕えられるぞって言ったのは誰よ」
「話を戻すよ、日記の原本は表紙に分厚い紙を使っている、よく調べたところ裏表紙は2枚の紙を貼り合わせていて、その間に手紙があった。一度はがれて貼り合わせた跡があったからそれはバシリューのときのものだろう。なんかのきっかけで偶然発見して、結局戻したんだ」
「そしてその手紙の内容があまりにも衝撃的だったからスクルが危険を承知で、大学に戻れないのを承知で魔王城まで来たってことなのね」
「一体どのような内容なのじゃ」
「手紙の写しは持ってきたよ、僕が口で説明するより実際に読んでもらった方がいい、ただし破壊力は抜群だから気をつけて読むように。僕だけでなく教授や先生方もしばらく思考停止状態に陥った代物だよ」
そう言ってスクルは荷物の中から二重の封筒に入れられた手紙を取り出し、折りたたんだままで私たちに渡した。
「・・・フィムが先に読む?」
「・・・怖いから一緒に読もうではないか」
手紙の出だしは『親愛なるラービストへ』で始まっていた。

『親愛なるラービストへ
俺がお前や主神様や教団を裏切ったのは間違いない事実だ、だがどうしてもこのことだけはお前に伝えたいのでこの手紙を送る。
俺は愛しているんだ、愛しているからこそ裏切ったんだ。
洒落や冗談ではなく本気だ、この全身を貫く思いをお前にどう伝えたらいいのか分からない。
思うたびに体が震え、食事ものどを通らなくなる。
愛するということがこれほどつらいものだとは思わなかった、お前ならわかるだろう?
この手紙を受け取ったお前は怒るかもしれない、しかしどうしてもこの気持ちは分かってほしいんだ。
この気持ちは永遠に変わることはない、決して無い。
頼む、分かってくれ、分かってくれるためなら俺は何でもする、死んでもいい。
(以下同じような文章の繰り返し、最後にお父様の署名)』




(しばらくお待ちください)




ここは誰?私はどこ?




(エラーが発生したので一旦電源を切り再起動します)




気が付いたらスクルが目の前に座っていた、あれ?前からだったっけ?
「ようやく正気に戻ったようだね、僕や教授のときより長かったかな?」
「・・・・・・・・・・スクル、この手紙が本物か、偽物かの調査はむろん行ったのじゃろうな」
「もちろんしたよ、こんなむちゃくちゃな内容の手紙を何もなしに本物と信じるような清い心の持ち主は歴史学科にはいないよ」
そう言ってスクルは荷物の中から簡易な装丁の本を取り出し私たちに渡した。
「これはこの手紙の真贋鑑定に関する調査報告書だよ、詳しいことはこれに書いてあるよ」
「結果だけ教えて、気力を取り戻すのに時間がかかりそうなのよ」
「しょうがないなあ、いいけどその前に簡単な説明はさせてもらうよ。まずは紙から調べた」
「作られてからどれくらいたったかを調べたの?」
「いや、紙が作られてからどれくらいたったのかというのは調査方法が確立されてないんだ、だから紙の製法を調べたんだ、最近になって開発された製法で作られているのなら、偽物であることは間違いないから」
「それで?」
「製法は古いもので、この時代の紙で一番大量に作られているものだった」
がっかりした、ぜひ偽物であってほしいのに。
「次は何を調べたの」
「筆跡、勇者様の書かれた文書はいくつか残っているのでそれと比較した」
「結果は・・・」
「別人が書いたとは断定できない、ということだった」
「そう・・・」
「スクル、結論は『偽物と断定はできない』ということじゃな」
フィムは報告書をぱらぱらめくりながら読んでいた。
「そういうこと、その製法は今でもごく一部の地域で残っているから紙を手に入れるのは可能だし、筆跡の真似が得意な人なんていくらでもいる。手紙を紛れ込ませるために日記に触れることが可能な人間も、調べてみたら現在に至るまで何百人もいるんだ。だけど偽物の手紙をわざわざ非常に見つかる可能性の低いところに隠すというのも不自然な話なんだよ」
落ち着いて考えてみたらこの手紙が偽物と断定できたら大学での調査はそれで終わり、スクルが魔王城に来る必要がない、手紙自体を調べてもわからなかったから、書いた本人に確認するしかないわけでって・・・・・えええええ!
「じゃあスクルが魔王城に来た目的はお父様に会うことだったの!」
「そうだよ、もうそれしかないからね。まあ古文書の真贋鑑定で書いた本人が御存命なんてめったにない話だけど。エル、勇者様に会うことってできる?」
「お父様に会うことはそれほど難しいことじゃないわ、ときどき執務室や玉座の間にいる以外は寝室にいるのがほとんどだけど、面会を希望すれば大体は会えるわ。だけど今回はある意味とても危険よ。」
「ある意味ってどういう意味?」
「お父様とお母様はいつも一緒にいるのよ、お母様にこの手紙を見られるのはとても危険よ」
「まさかバシリュー日記に書いてあったように、怒り狂ってすべての人間を焼きつくすとか?」
「それはあり得ないわ・・・たぶん。でも夫婦喧嘩で魔王城が全壊するのはほぼ確実よ」
「そんなおおげさな」
「いや、まず確実じゃな」
「フィム、何かいい考えはない?」
「いきなり言われてもすぐには出ないぞ」
私たち3人は考え込んだ、いい考えはなかなか浮かばなかった。
しかし、こちらから行かなくてもまさか向こうから来てくれるとは、まるで予想していなかった。

「ねえエル、そちらの殿方を母さんたちに紹介してくれない?」
「あまり見たことのないタイプの勇者だな」
「おっ、お母様!?お父様まで!」
「魔王様に夫様!」
「え!うそ!?」
私たちが話し合いに使っている部屋に、いきなりお母様とお父様が転移魔法を使って現れた。
「ひさしぶりに教団の勇者がこの魔王城に乗りこんできたって聞いたから、ずっと玉座の間でわくわくしながらまっていたのよ、しかも一人で来たって言うじゃない!ひさしぶりに『ふっふっふっ、よくここまで一人でこられたな、ほめてやろう、しかしお前の旅もここで終わりだ!』とか『わしは まっておった。 そなたのような わかものが あらわれることを・・・もし わしの みかたになれば せかいの はんぶんを おまえに やろう。どうじゃ? わしの みかたに なるか?』ができると思ったから楽しみにしていたのよ。でもいくら待っても来ないから変だなぁって思ってあちこち聞いてみたら、エルが夫にしちゃったって聞いたから見に来たのよ」
お母様は嬉しそうに一気にまくしたてた。
「母さん『わしは まっておった。そなたのような わかものが あらわれることを・・・』は俺のときの口説き文句だったろう」
お父様があきれたような声で指摘した。
「あら、そうだったわね、ほほほほほ」
スクルは口を開けポカーンとした顔をしていた、たぶん魔王のイメージと実際のお母様が全く合わなかったのだろう。
ふと、ここで気付いた、お父様が今目の前にいるのだから、真っ先にこの手紙を見てもらえばよいのではないか?
お父様が『こんな手紙知らん』と言ってくれれば、偽物であることが確定するのでお母様が怒り狂うということはなくなる。
いくらなんでもあんなふざけた手紙が本物のはずがない、そうだ、そうに決まっている。
よし、思い立ったが吉日だ!
私はテーブルの上の手紙をわしづかみにして、立ち上がりお父様に突き付けた。
「お父様!!この手紙はお父様が書いたものですか!」
お父様はびっくりした顔で手紙を受け取り、読み始めた。
私はお父様の顔をひたすら凝視したが、顔をしかめたり不愉快な表情をしたりするということは無く、むしろ懐かしいものを見るような顔になってきた。
いやな予感が私の心の中でふくれあがってきた、ひょっとして私はとんでもない判断ミスを犯してしまったのでは?
「あなた、何を読んでいるの?」
お母様が気付いた!やばい!あわててフィムを見たら黙って首を横に振った、あきらめろってこと?
スクルはお父様とお母様をじっと見ていた。
やがて、手紙を読み終えたお父様はゆっくりと口を開いた。
「懐かしいなあ、この手紙は確かに俺がラービストに宛てて書いた手紙だよ、でも写しのようだが何でここにあるんだ?彼が持ってきたのか?」
最悪の展開だ、この手紙はまごうこと無き本物だった、でもなぜお父様はあんな内容の手紙をあっさり認められるんだ?お母様に見られたらどうしようとか全く考えていないのだろうか?
「あなた、それはなんなの?よければちょっと見せて」
「ああいいよ」
お母様に手紙を渡した!もうだめだぁ、おしまいだぁ!お父様はいったい何を考えているんだ!何も考えていないのか!

お母様が手紙を読み始めたら、すぐに周りの空気が重苦しく感じられるようになった。
不快な暑さとおぞましい寒気を同時にもたらす不気味な風が急に吹き始めた。
魔王城の上空に負の感情をすべて詰め込んだかのようなおぞましい色をした雲が渦巻き始め、遠くから世界の終わりを告げるラッパとも思えるような雷鳴が聞こえてきた。
どこからか
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
とか
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド
という地鳴りとも雷鳴とも思えぬ音が聞こえてきた。
お母様の顔はちょうど手紙に隠れて見えないが、どういう顔をしているか想像したくなかった。
「ねえあなた・・・・・・・・・・・・、この手紙はいったい何なの・・・・・・・・・・?」
聞いた人すべてに底知れぬ絶望をもたらすような地の底から響く声でお父様に尋ねた。
「どうしたんだおい、その手紙は俺がいかに母さんを愛しているかを友人に伝えようと思って書いた手紙だぞ」
お父様の返答は全く理解できないものだった、だめだ!このままでは魔王城の全壊は避けられない、私はフィムとアイコンタクトを行い、スクルを連れてこの場から逃げようとした。
しかし史上最悪の夫婦喧嘩を直前にとめたのは意外なことにスクルだった。
「やっぱりその手紙はそうだったんですか、なるほどね」
「「え?」」
私とフィムがハモった。
「スクル、それってどういう意味なの?」
「どういうって、文字通りの意味だよ、あの手紙は勇者様がラービスト大司教に自分はいかに魔王様を愛しているのか、ということを伝える手紙だってこと」
「それは今この場で説明できるのかスクル!」
切羽詰まったフィムがスクルを問い詰めた。
「できるよ」
「お母様落ち着いてください!!その手紙について今からスクルが説明します!!」
私は死ぬ覚悟でお母様とお父様の間に割り込んだ。
「え?」
破局は直前で回避された。

「その手紙の筆跡鑑定のために、勇者様の書いた他の文書を集めたときに僕も一通り目を通しましたが、その時勇者様の文章には特徴的な癖があることに気がつきました」
「はて、俺の文章にそんな特徴的な癖なんてあったかな」
お父様は首をひねった。
「夫様、癖というものは自分では気づかないものですじゃ」
「話を続けますが、その癖というのは目的語を省略することが多いというものです」
「あー、そういうことじゃったのか」
フィムはそれだけで理解したようだった。
「どういうことなの?」
私はまだ分からなかった。
「例文を挙げますと『私はパンを食べました』という文章では『パンを』という部分が目的語になります。この場合は目的語を省略すると『私は食べました』という文章になります」
「えーと、それって」
なんとなく私も分かってきた。
「よって例の手紙の文章に省略したと思える部分を補充すると
『俺は(魔王を)愛しているんだ、(魔王を)愛しているからこそ裏切ったんだ。
洒落や冗談ではなく本気だ、この全身を貫く(魔王への)思いをお前にどう伝えたらいいのか分からない。
(魔王を)思うたびに体が震え、食事ものどを通らなくなる。
(人を)愛するということがこれほどつらいものだとは思わなかった、お前ならわかるだろう?
この手紙を受け取ったお前は怒るかもしれない、しかしどうしてもこの(魔王への)気持ちは分かってほしいんだ。(以下略)』
ということになります。お分かりいただけましたでしょうか?」
「あら、あの手紙はそういう意味だったのね、こうも思ってくれるなんてとてもうれしいわ」
お母様はあっさり機嫌を直した、以外に単純なところもあるようだ、いや、お父様に関することだとそうなるのかな?
「だから言ったろう、あの手紙はそういう意味なんだって」
「お言葉ですがお父様、あの手紙だけで真意を読みとるのはたとえ主神でも不可能です」
「そうかなあ、ところでこの手紙が何でここにあるのかまだ聞いてなかったな、彼が持ってきたのかね?」
ここでお母様とお父様に一連の事情をやっと説明することができた。

「すると君は勇者でも何でもない一介の大学生だというのか」
「その通りです」
「勇者でもないのにたった一人で魔界に侵入して魔王城に乗りこんできたのか、大した度胸だ」
「ほんと、研究のためとはいえすごいわね」
「そう言っていただけると光栄です」
スクルはお母様とお父様にいろいろ聞かれて緊張していた。
「だけどこれで研究や調査も終わりね、エルの夫として歓迎するからゆっくりしていってね」
「いや、まだ調査は終わってはおらぬ、そうじゃろうスクル?」
「そのとおりです、魔王城での調査はまだ始まったばかりです」
「「「え?」」」
私とお母様とお父様がハモった。
13/09/29 23:38更新 / キープ
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■作者メッセージ
散々ひっぱった謎がこんなくだらないオチで気分を害した方がいたら謝罪します。

この話はあくまでも「ギャグ」ですのでご容赦ください。

次回も独自設定が入りますのでご容赦ください。

今回も謝ってばかりだなあ。

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