連載小説
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6 帰還
「帰るってどういうこと!」
「文字どおりの意味じゃよ、エル。襲撃してきた連中じゃがなかなか手ごわい相手じゃ、まずこの網じゃがな」
フィムは自分の全身を覆っている網を外しながら話した。
「連中は突入してきて真っ先に儂にこの網をかけおった、この網は魔力をとても流しやすい特殊な繊維でできておる、この状態で外部に攻撃魔法をかけようとしても網自体が魔力を散らしてしまうのじゃ。この状態で使える魔法といえば自分自身にかける魔法、たとえば転移魔法くらいじゃ。あとこれでは物理的に体を動かしにくくなるわな」
「すぐ網をって、じゃあ教団兵はどこから突入してきたの?いきなり爆発があって煙で何も見えなくなったから全然わからなかったわ」
「教団の主要施設のど真ん中にいたのだから儂もそれなりの対策はたてておった、昨日あの部屋の窓ガラスに発情したミノタウロスの体当たりにも耐えられるような強化魔法をかけたし、扉には儂とお主とスクル以外のものが開けられぬように鍵魔法をかけておいたわ。だからこそ油断してしまったようじゃ、連中は壁を破壊して突入してきおったわい」
「壁を破壊して!?」
「そこまでは予想しておらんかったわい、儂もまだまだじゃ。爆発時に魔力は感知できんかったから魔力を使わない爆発物を用いたのじゃろうな」
ようやく網を外したフィムは丁寧にたたんで懐に入れた。
「この繊維は魔界でも結構貴重なものなのじゃ、研究にも使えるし、高くも売れる」
「爆発物を使ったって・・・、スクルが巻き込まれたらどうするつもりだったのかしら」
「儂もお主も埃はかぶっておるが怪我はしておらんじゃろう、量はちゃんと調整しておったようじゃ、爆発が大きすぎると天井が落ちる可能性もあるし、部屋の中ががれきだらけになるとむしろ連中のほうが動きにくくなるからの」
そういわれて私は自分が埃をかぶっていることに気付いたのであわてて払い落した。
「覚えておるか、スクルが本を拾いに部屋の隅に行った直後に爆発が起き突入してきた、あの部屋は監視されておったようじゃな。監視していた連中と突入してきた連中は魔法通信のできる魔道具を使用してやり取りしておったのじゃろう、お主も知っての通りそれ専用の魔道具がないと魔法通信の魔力を感知することはバフォメットの儂にでも困難じゃからな。それにしても監視されていたことにも気付けなかったのじゃからやはり油断大敵じゃ」
フィムも自分が被った埃を払い落し、「どっこいしょ」と声を出してその場に座った。
そこまで聞いて、転移魔法を使いそこねていたら私は今頃網をかけられ捕えられていたかもしれないことに気がついてぞっとした。
突入してきた教団兵はかなり用意周到な人たちなようだから、私の最大の武器である魅了にも何らかの対策を立てていたに違いない。
ただでさえ青ノリの件で自信喪失気味だったというのに。
考えてみると私には辞書的な意味での実戦経験がほとんどない、だからとっさの事態に対応できずおろおろしているだけだった、リリムが生来持つ強力な魔力も宝の持ち腐れだ、今度からはもう少しまじめに戦闘訓練を受けることにしよう。
そこまで考えて別のことに気がついた。
「そういえばどうして私たちのことを教団は知ったのかしら、スクルにかけた呪いが解けたの?」
「呪いが解けたかどうかはスクルをじかに見れば儂にはわかる。あ奴にかけた呪いは解けておらん、一度解けてまた同じ呪いをかけたということもない」
「それなら魔物の魔力に反応する警報が大学のどこかに仕掛けてあったとか?」
「教団がそういう警報の研究をしているという話は聞いておった、だから儂らが着ている制服には魔力漏れを防ぐ加工をしておる。お主の魅了の力も意図的に使おうとしない限りはある程度抑えられると説明はしておったはずじゃ」
「じゃあフィムが『てっぱん亭』の前で駄々をこねていたのを見ていた人たちが気付いたってことね」
「あの時はたいして騒ぎにはなっておらんかったわい、みんな儂とお主を生温かい目で見ていただけじゃたろうが」
「気付いていたならやめなさいよ!すごく恥ずかしかったんだから。本気で息の根を止めようと思ったくらいよ」
私とフィムが泊まっていた宿の従業員やほかの宿泊客が気付いたという可能性も考えたが、それならば宿で襲撃してくるはずだ。
「もしかして教団にきわめて強力な探知系の魔法が使える勇者がいるとかは?」
「可能性はあるが推測にすぎぬな」
「じゃあ結局分からないってこと?」
「現時点ではそうとしか言えぬ」
「スクルは襲撃のことは知っていたのかしら?」
「もし教団が儂らの侵入に気付いたのなら、連中は何らかの形でスクルに接触するのではないかと予想はしたので、本人に気付かれぬようにスクルのことはそれなりに注意しておった。儂の見たところあ奴はうそをついたり演技をするのが下手な方じゃ、襲撃の直前まであ奴に不自然なところはなかったから教団はあえて接触しなかったのじゃろう。この点でも連中のほうが一枚上手じゃったわい」
そこまで言ってフィムは立ち上がった。
「ここまで話せばいいじゃろう、教団も儂らが逃げたことに気付いたらすぐ周辺の捜索を始めるじゃろう。お主の想像通りに強力な探知系の魔法を使える勇者がいる可能性もあるのじゃ、ぐずぐずしていたらここも見つかってしまうぞ。また儂らの裏をかいた奇襲をかけられたら今度こそ二人ともつかまってしまうわい」
フィムはカバンを探し始めた、休憩室に持ってきた手持ち用のカバン二個と、宿の部屋に置いてあった旅行用の大型カバン二個の計四個、いずれにも緊急避難用の転移魔法が発動した時に連動して、同じ場所に転移するようにフィムが魔法をかけてあった。
カバンはしばらく探して四個共見つかった。
「結局帰るしかないってわけ?」
「別に儂らは戦い(男漁り)に来たわけではないのじゃからこれ以上ここにいる理由がないぞ」
「スクルはどうなるの?」
「落ち着けエル、スクルはもともと教団の人間じゃし、好奇心と金銭欲で儂らに一時的に協力していたにすぎん。教団があ奴をおとりに儂らをおびき出すことだってあり得るのじゃぞ。それとも何かあ奴に思うところでもあるのか?」
「でも・・・」
これ以上の反論はできなかったので私たちは魔王城へ帰った。

耳元で「確保しました」と叫ばれた時には誰に引っ張られているのか分からなかったが、いつの間にか別の建物に入れられた時には教団兵が突入してきたんだということに気付いた。
どの建物なのかははっきりとは分からなかったが、別館との位置関係からして大学本部の管理棟らしい。
窓のない部屋に入れられたらまず兵隊に見張られながら、医療系魔道士らしい人に体中調べられた。
「怪我やインキュバス化の兆候はありません、ですが体全体に呪いがかけられています」
「どういう種類の呪いだ、解くことは可能か?」
僕は呪いについて話そうとしたが、ここでも呪いが発動して何も話せなかった。
何も話せなかったのは、聞かれない限り余計なことは話さないほうがいいと考えていたからだ。
「特定の行為を禁止する系統の呪いです、複雑な呪いですが、解くことは容易です、副作用無しに解けます」
「よし、至急解け」
魔道士が呪文をいくつか唱えたところ、僕の体のなかで何かが外れたような感じがした。
「解けました」
「よし、君の名前と所属は?」
「名前はスクル、歴史学科所属の大学生です」
「どのような呪いをかけられたのかはわかるかね?」
「リリムとバフォメットが図書別館に現れたということを会話や文章で他人に伝えることができないという呪いです・・・って言える!呪いが解けた!」
この三日間自分を悩ませていた問題が解決したので頭の中でファンファーレが響いた。
「一旦司教に報告だな」
そう言って兵隊と魔道士は部屋から出て行こうとした。
「え?あのー、僕はどうしたらいいんですか?」
「リリムとバフォメットが君を口封じする可能性がある、現在捜索中だから君はここにいるように」
「あ、はい」
調べものが終わったら、口封じのために魔界に連れて行かれてしまうかもしれないと考えていたので素直に従うことにした。
扉が閉まったら、どうやら鍵をかけられたようだ。
一人になったので部屋を見回してみたところどうやら応接室らしく、それなりの調度品はあった。
はてこれからどうなるんだろうということをぼんやり考えていたら、扉の鍵が外れる音がして、扉を開けて良く見知った人物が入ってきた。
「スクル!無事だったか!」
「ローキ!ということは僕の部屋に入ったのは君か?」
「当たり前だ、お前の部屋に俺以外に入るやつがいるか!」
言われてみればその通りだ、ローキ以外にも友人といえるのは少々いるが同じ寮に住んでいるのは彼だけだった。
「お前の部屋に入ったときはびっくりしたぞ、一瞬壁紙をいつ換えたんだと思って良く見たら壁中に『リリム』『バフォメット』ってびっしり書いてあるんだからな」
おとといの夜ノートに『リリムとバフォメットが図書別館の休憩室に現れた』という趣旨の文章を書こうとしたら呪いが発動して別の文章になってしまったが、そのとき『リリム』や『バフォメット』と単語を書くだけなら呪いが発動しないということに気がついた。
単語を並べるというやり方でリリムとバフォメットが現れたことを他人に伝えられるのではと考え、自分の部屋の壁にまず『リリム』とひたすら書いて、三分の一くらい埋ったら次の三分の一を『バフォメット』とひたすら書いた、残り三分の一の半分は『図書別館』、残りは『休憩室』と書いた。
これならば他人が見たら『図書別館の休憩室にリリムとバフォメットに関する何かがある』ということが分かる。
ローキにそう説明したところ呆れた顔をされた。
「なんで自分の部屋の壁なんだ?ノートに書いて一ページごと切り離してみんなに配るなり、壁や掲示板に張るというやり方でも良かったんじゃないのか?」
「・・・・・・?」
言われてみればその通りだ、自分の部屋に入る人なんてローキ以外はまずいないんだからな、なんでそんな簡単なことに気付かなかったんだ?
あのときはだれかに相談するなんてことはできなかったし、夜遅くまで考えていたので発想が変な方向へ進んだらしい、徹夜で書き続けたのでそれで満足してしまい他に何かすると考えなかったようだ。
そう説明したところ「お前も疲れていたんだな」と同情するような顔をされた。
「それより僕の部屋にいつ入ったんだ?臨時の実習が入ったから簡単には来られないって言ってなかったっけ?」
「あー・・・それはな」
ローキは言いたくなさそうだったが、僕はあえて続きを促した。
「昨日の午前中、実習の真っ最中に大事な道具を自分の部屋に置き忘れていたことに気付いたんだ。それであわてて部屋に戻ったら、間違えてお前の部屋に入った」
「はぁ?またか、おい」
僕がローキと知り合ったのは彼が間違えて僕の部屋に入ってきたのがきっかけだ、そのことについて話すと長くなるので今回は省略する。
「それで壁に書かれていたことにびっくりして、しばらく放心していたんだが、忘れ物を取って実習に戻ったら見つかってとても怒られたんだ」
「だろうな」
「理由を聞かれたんで、正直にお前の部屋の壁に書かれていることを話したら、実習の相手の部隊の隊長である司教が興味を持って部屋まで案内させられて、『これは一大事かもしれない』って実習は中止しておまえが監視されることになったんだ」
「じゃああの人たちってお前の実習の相手なのか、見たことないけどどこの部隊なんだ?」
「今回の実習は実戦部隊との合同演習だったんだ、なんかの特殊部隊らしいんだけど詳しくはおれも知らない」
「なんだよそれ」
またドアが開いてさっきの兵隊と同じ制服を着た人が二人入ってきて、ローキは出るように言われた、そして僕は今回の事件について事情聴取を受けることになった。
別に嘘をつく必要もないし、あの二人をかばう義理もないので聞かれたことは正直に答えた、そもそも僕はうそをついたり演技をするのが得意ではない。
魅了されそうになったこと、青ノリリムのこと、『てっぱん亭』のこと、呪いをかけられたこと、壁に書きまくったこと、お礼に金貨を受け取ったこと、バシリューの日記のこと、ラービスト大司教の日記のこと。
夕方になったらしく僕は部屋を移された、初めて入る部屋だったが、寮の部屋にトイレや風呂が付いているような部屋だった、たぶん外部講師用の部屋だろう、寮に戻りたくはあったがリリムとバフォメットは捜索中なのでしばらくここで寝泊まりするようにと言われた、事情聴取もまだ続きそうだ。

結局事情聴取は四日間続いた、後半になってくるとあの二人が泊まっていた宿が見つかったとか僕が知らなかったことをわざわざ教えてくれた、それについても質問されたがこちらとしては知らないとしか言いようがない。
考えてみると僕には魔物への協力者という容疑がかかっている可能性が高い、情報を小出しにして僕の反応をうかがっているのだろう、幸いにもよく聞く強引な取り調べというものは無かった。
四日目に僕の前にキハルス司教という人が現れた、どうもこの人が例の特殊部隊の隊長らしい。
「スクル君への事情聴取は今日で終わりだよ、四日間すまなかったね、もう寮に帰っていいよ」
「はあ、ありがとうございます」
司教用の服を着てはいるがあまり聖職者とも軍人とも思えないような人だった、あまり威圧感とかすごみとかが感じられない、かといってひ弱そうというわけでもない、そのため疑問に思っていたことがつい口に出た。
「僕には魔物への協力者の疑いがかかっていると思っていたんですけど、それは晴れたのですか?」
「君は金貨の件も含めて正直に答えていたし、特に怪しいところはなかったよ、わざと窓がある一階の部屋に泊めたのに窓から抜け出すこともなかったしね」
「・・・・・・それでは失礼します」
「ああ、忘れていたけど今回の件は他言無用だよ、気をつけてね」

寮の部屋に戻ったらローキが待っていた。
「無罪放免おめでとう」
「やはり君も疑っていたのか」
「お前と話した後その内容についてさんざん聞かれたんだよ、お前が罪に問われないようにいろいろと気を使ったんだぜ」
「事情聴取が始まる前に君と会話できたのは変だなと思っていたんだけど、あれも事情聴取の一環だったんだな」
「それよりもお前のところの教授から出頭するように連絡が着ていたぞ、伝言を忘れるなって何度も念を押されたんだ」
「キルムズ教授から?分かった、まだ昼過ぎだし今すぐ行ってくる」
「まさか退学処分じゃ・・・」
「退学なら主任教授がわざわざ呼び出さなくても退学通知一枚で足りるよ、大丈夫、大体見当は付いている」

予想通りキルムズ教授からはリリムとバフォメットがこの大学に来た理由を聞かれたので、正直に答えた。
その結果、即日教授を委員長とする特別調査委員会が設置されラービスト日記についての調査が始まった、もちろん僕も参加した。
歴史学科が大騒ぎになったのはその三日後である。
それがエルゼルとの再会のきっかけになったのだから、ほんとに世の中一寸先は闇である。
13/09/17 00:11更新 / キープ
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■作者メッセージ
フィームズにかけられた網の元ネタはストレイツォのマフラーです、と言ってどれくらいの人が理解できるでしょうか?

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