連載小説
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ご注文は魔物娘ですか?
世の中完璧な人間(魔物娘を含む)なんているわけない、どんな人だって欠点や弱点はある、お母様とお父様のおかげで私はそのことをまだ幼いうちに知った。
もちろん私にもあるが、ここではスクルの欠点の話をさせてもらう、スクルの欠点とは『歴史に関する話になると、どんなところでも熱中してしまう』ことだ。
それほどたいしたことではないように思う方もいるかもしれないが、このせいで、はなはだ気まずい思いをしたことを語らせてもらう。

魔王城の城下町には様々な店があり、食事を提供する店も高級レストランから道端の屋台までいろいろある、その日私とスクルは肉料理をメインとした、平均よりはやや高級よりなレストランにやって来た。
メイン料理の牛肉のステーキが出てきて、私はナイフとフォークを両手に持った時、スクルが自分のステーキを凝視していることに気付いた。
最初、スクルは自分のステーキと私のステーキのどちらが大きいかを見ているのかと思ったが、よく見るとスクルの顔は『このステーキを食べてもよいのだろうか』と考えている顔だった。
「スクル、どうしたの? 食べられないものは特にないって言ってたよね」
「いや…その…」
スクルは言いづらそうだったが、決心したような顔で私に尋ねた。
「エルゼル、この牛肉さぁ、まさか…、ミノタウロスやホルスタウロスの肉ということはないよね…」
「ハァ?」
またなんていうことを言うのかこの男は。
「そんなわけないでしょ、お母様が魔王になってからは魔物同士で共食いなんてしないわ。この肉は魔物娘では無い牛の肉よ」
「そうだよね、いや念のため確認したかっただけだよ、一安心」
スクルはほっとした顔で納得した。
「ひょっとしてずっとそう思っていたの?」
「旧魔王時代は、魔物同士で共食いしたというのは教団の記録にもたくさんあったから、気にはなっていた。結構旧魔王時代の本能や習慣を残している魔物は多いし」
たしかに、人間を(性的な意味で)襲う魔物娘はまだ多い、そういえば私とスクルが結ばれた時も私が無理やり襲ったっけ、そのことについてスクルは何も言わないが…。
「でもそうなると新たな疑問が出てくるんだ」
「今度は何?」
「動物系の魔物、たとえば今言ったミノタウロスやホルスタウロスをこういう店に連れて来て、牛肉料理を食べさせるというのは魔界の常識的にどうなのかな」
また変なことを聞くなあ、だけどスクルの知りたいことはだいたい分かった。
「スクルが知りたいことは、動物系の魔物娘が、魔物では無い動物を仲間や同族と思っているかっていうことでしょ」
「そう、そのとおり」
「一般論からいれば『仲間とは思っていない』ね、あるお姉さまから聞いたのだけど、店主がミノタウロスで、店員がオークの食堂で豚肉料理を食べたそうよ」
スクルに説明するには具体的な経験談を入れた方がやりやすい。
「一般論と言うからには例外もあるの?」
「肉食を禁止する活動をしているホルスタウロスがいるそうだけど、はっきり言って少数派ね、協力するのはほとんどいないわ」
「教団にも肉食禁止の宗派はあるよ、そのホルスタウロスは彼らと手を組んだ方がいいかもね」
スクルは皮肉っぽい口調で話した。
「それにお母様から、動物系の魔物娘と動物とか、植物系の魔物娘と植物は別物という公式見解が出ているのよ」
「公式見解!?」
スクルは意外そうな顔をした。
「またずいぶんと役人的というか政治的な言葉が出てきたね」
「意外?」
「魔界では本音と建前の使い分けというのはあまり見たことがないから」
「お母様…、魔王くらいになるとそうとも言っていられないのよ、知りたい?」
「ぜひ」
スクルの目は期待で輝いていた。

「先ほどの豚肉料理を食べたお姉さまとは別のお姉さまから聞いた話だけど」
「ふむ」
「そのお姉さまは親魔物国を増やすことに熱心な方なんだけど、デルエラお姉さまみたいに攻め込んで無理やりというようなことはしない主義だったのよ」
「具体的にはどういうやり方で?」
「時間をかけてでも、魔物娘は人間にとって愛する仲間であるということを理解してもらうという平和的なやり方ね」
「魔物は人間より寿命が長いから、時間をかけられると人間には対抗しにくいね」
スクルは納得した顔をした。
「今から百年ほど前にある国を親魔物国にしたの、そこは国王の権力が強い国だったから国王と魔物娘を結婚させるやり方でね」
そう言うやり方を頂上作戦というらしい。
「国王とホルスタウロス、王弟とワーシープ、その従兄弟とオークという組み合わせでね」
「動物系というより家畜系だね」
「その国は酪農が盛んだったからその方がいいと思ったそうだけど、それが大失敗、国王たちはスクルと同じような勘違いをしたのよ」
「いやな予感がする…」
スクルは不安そうな顔をした。
「その予感はたぶんあたっているわ。国王はいかなる理由でも家畜を殺すことを禁止して、人間と同じように面倒をみなければならないという法律を作ったのよ」
スクルはうわあ…というような顔をした。
「そんなことをしたら精肉業と皮革業は全滅、酪農家たちは売り上げが激減の上コストが急上昇だ。彼らにしてみれば絶対に呑めない話だ」
「その通り、国内のあちらこちらで暴動が発生して内乱寸前、親魔物派になりかけていた国民も一気に反魔物派。魔物にたぶらかされてそんな法律を作ったと思いこんだのよ」
「国民からしてみれば、それ以外考えられないよな」
「あわてたお姉さまが国王に魔物娘と動物は違うと説明して、その法律はすぐ廃止されたけど、国民の反魔物、反国王感情は下がらなかったのよ」
「一度民の信頼を失った国王の信頼が回復したことは、歴史上一度もない」
スクルが歴史家の顔をして述べた。
「その通りね、結局国王は退陣することになったのよ、次の国王は遠縁から人間の女性と結婚済みの人が即位したの」
「新国王は反魔物派だったの?」
「反魔物派では無いけど慎重な方だったようね、国民を安心させるためにお母様…魔王に動物系の魔物娘と動物は別物だという公式見解出すように要求したわけ」
「それで魔王様は要求を受け入れて公式見解を出したわけだね」
「とりあえず暴動は収まったけど、国民の反魔物感情はそのまま。形式上は反魔物国だけど実質は親魔物国という国は結構あるけど、そこは現在でも形式上は親魔物国で実質が反魔物国という扱いづらい国なのね」
「なかなか興味深かったよ、魔界の歴史を研究する上で外せない話だね。いずれじっくり調べてみよう」
スクルは満足そうに微笑んだ。

しばらく食事しながら別の話をしていたが、スクルが何かを思いついたようで、先ほどの話題をもちだした。
「最近魔物娘図鑑に載ったケット・シーやクー・シーはどうなんだい?彼女たちは普通の動物である犬や猫が魔物娘化したんだよね」
私は最初、スクルが何を言いたいのか分からなかった。
「え?だって犬や猫なんて食べないでしょ」
「いや、食べるよ」
スクルがごく当たり前そうに言うので驚いた。
「スクルって犬や猫を食べたことがあるの!?」
「いや…、食べたことはない…、ということになっている」
「ハァ?」
「僕の話はひとまず置いといて、霧の大陸では犬も猫も食べる人達はいるそうだよ、あの大陸では『四本足で食べないのは机と椅子だけだ』と言われるくらい何でも食べるから」
その話は私も聞いたことがある。
「僕の話だけど、厳密に言うと『犬や猫の肉と言われた料理を食べたことがない』かな」
何を言っているのか理解できなかった。
「魔界ではどうかは知らないけど、反魔物国全体ではたぶん常識だと思うことだけど、少々怪しげな食堂や屋台で何の肉かと明言されずに安い肉料理が出たら、ほぼ間違いなく犬や猫の肉と考えて間違いない。それに貧しい人たちには肉はそれくらいしか食べられない」
「スクルはそういう店で食事をしたことがあるの?」
「大学にはそこまで怪しい食堂はなかったけど、研究のため旅をしていろんな宿に泊まったときに、食堂で不自然に安い肉のスープがでてくるということはよくあった」
「そういうときに何の肉かって聞くの?」
「豚や鳥ならちゃんと言うから、なにも言わない時は犬や猫の肉と考えるのはほとんど常識だから、食べたくないなら断ればいいだけ、食べるのなら何も聞かないのが礼儀…とまでは言わないけど、常識…かな?」
「それでスクルは食べたの?」
「旅の途中はおなかがすくからね、田舎だと宿が一軒しかないから贅沢は言っていられない。もちろん反魔物国では犬や猫をペットとしてかわいがる人も多いから、食べたことを公言はしないけどね、分かった?」
「分かった」
スクルは別にやましさは感じていないようだ、反魔物国界隈ではこれが一般的な感覚なんだろう。
「ところでケット・シーやクー・シーの場合はどうなのかな」
「魔界では犬や猫を食べるという話は聞いたことがないから、あまり意味のない仮定だと思う。でもケット・シーは猫をいじめる人間を猫の王国に連れて行ってしまう、という話を聞いたことがあるから仲間意識はあるのかな?」
「だけど猫を食べるのがごくあたりまえな人から見たら、その方が勝手な理屈だよね」
「そうだけど…、すぐに結論は出ないわよ」
「そうだね、食事中でもあるしいったんやめにしよう」

食事もデザートが出るようになった頃、今度は私の頭に疑問が浮かんだ。
「反魔物国界隈では公言はしないけど犬や猫を食べることもある、ということは教団で勇者をしていたころのお父様も?」
「勇者様は食のタブーは無い方なようだから、たぶん食べたろうね。ラービスト卿の記録では魔界での戦いが長引いて食料が不足した時に『人肉以外は何でも食べた』とあるし、当時は魔物の臭いを感知するために犬を連れていくのは良くあることだったけど、何故か途中で犬がいなくなってしまうのもよくあったよ」
「魔物探知犬、兼食料だったのね」
お気の毒と言うべきか、魔物との戦いの尊い犠牲と言うべきか。
「それにしても『人肉以外は何でも食べた』なんて、まるで魔物も食べたみたいな話よね」
冗談のつもりだった。
「食べたよ」
あっさりとスクルは言った。
「はい?」
耳を疑った。
「教団は魔物を食べてもいいなんて言っていたの?」
「いや、教団にしてみれば魔物は不吉な存在だから、死体は捨てておくか場合によっては燃やすように指導していたね」
「それじゃあお父様は…」
「最初はこっそり食べていたけど、勇者として有名になってからは堂々と食べていたそうだよ、ミノタウロスやオークと戦うときは『今晩はごちそうだ』と喜んだそうだ。さすがにアンデッド系は食べなかったそうだけど」
「当時のゾンビなんか食べたら食中毒で死んじゃうわ、でもお父様なら死なないかな?」
ほ乳類系、鳥類系の魔物はその気になれば食べたということね…、他には…。
「ラミアやリザードマンなどのは虫類系、ジャイアントアントやハニービーなどの虫類は…」
「慣れれば栄養満点でとてもおいしいってコメントしていたよ」
「いくらなんでもデビルやデーモンといった悪魔系は食べないよね」
「くせが強いけど、珍味で酒の肴にぴったりだって」
「……」
そうか、お父様にとって魔物は憎むべき敵ではなく、単なる食料、食材にすぎなかったのね…。
「ラービストさんはそのことについて何も言わなかったの?」
ラービストとはお父様が教団にいたころ、一緒に戦っていた人だ、お父様に関する記録もたくさん残している。
「ラービスト卿はむしろ勧めていたらしいね、勇者様の魔物を食べた記録と感想をまとめて本にして出版したくらいだから」
「何で出版したの!?」
「その本を魔物と戦う前線の兵士たちに配ったんだ、前線の食糧問題が一気に解決して兵士たちからはとても感謝されたそうだ」
当時の魔物達にしてみれば、自分たちを恐怖か憎しみの目で見る人間たちが、ある日突然ごちそうを見るような目つきになったのだからさぞ不気味だったろう。
「スクルはその本を読んだことがあるの?」
「ないよ、その本はしばらくして教団から禁書に指定されたんだ、なぜかというとおいしい魔物をこっそり飼って、繁殖を試みる人がでてきたからなんだ。教団からしてみれば論外な話だからね」
現在の魔界でも絶対禁書扱いになるな。
「隠し持っている人はいて、大学の先生の中にそれを読んだことがある方がいる。『とてもおいしそうに書かれていて、読むとおなかがすいてくる』という感想だった」
ラービストさんはグルメガイドを書いても成功したろうなあ。
「申し訳ありませんが、お客様…少々よろしいでしょうか」
いきなり話しかけられて私もスクルも驚いた。
サキュバスのウェイトレスが困った顔をして私たちのテーブルの脇に立っていた。
「もう少し会話を小さな声でお願いできませんでしょうか」
「あ…」
ここがほぼ満席なレストランのど真ん中だということをすっかり忘れていた、スクルは歴史に関する話になると、とことん空気が読めなくなるが、私もだいぶ影響されたらしい。
周りを見回したところ、話題にしていた魔物(娘)がほぼそろっていて、私たちを人間が人食い人種を見るような目つきで見ていた。
スクルもこの気まずい雰囲気に気付いた、幸い食事はほぼ終わっていたので、あわてて勘定を済ませて、私たちはレストランを後にした。
「ごめんエルゼル、いくらなんでもレストランのど真ん中で魔物を食べる話はなかった、教授は『どんなところでも空気を読まずに議論を交わせるのが一流の研究者だ』と言っていたけど、もう少し気をつけるよ」
スクルにはぜひ一流の研究者になってもらいたいから、そういうところは私がフォローするしかないと心に決めた。
「でもあのレストランしばらく行けないね…」
私たちは魔王城に帰った。

「食べる(食う)」という動詞がある、スクルの辞書によると「食物をかんで飲みこむ」「かみつく」「相手をやっつける」「費やす」「人からあることを受ける」「くわえる」などの意味がある。
しかし、この言葉は魔界ではもう一つ意味が増える、「性行為を行う」という意味だ。
対等な行為ではなく、どちらかというと一方的な行為の意味が強い。
この動詞は目的語に食料、料理がつくと「食物をかんで飲みこむ」という意味になるが、目的語が人間、魔物娘だと「性行為を行う」という意味になる、もちろんこのことは現在の魔界での常識だ。

レストランでの私とスクルの話題のうち「お父様が昔魔物を食べた」というところだけが、うわさとなってお母様の耳に入った。
当然お母様はこの言葉を現在の魔界の常識で解釈した、しかし、ここ最近我慢強くなったらしく、お父様をぶっ飛ばすということはしなかった。
その代りお父様を徹底的に問い詰めた、お父様は誤解を解くのに不眠不休で一週間かかった。
後日、げっそりやつれたお父様は「あれだけ苦労するならぶっ飛ばされる方が一瞬で済むからましだ」とコメントした。
16/01/11 15:44更新 / キープ
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■作者メッセージ
お久しぶりです。
図鑑世界に限りませんが、ファンタジーの世界では、動物を擬人化して人間と同等の知能を持つ種族やキャラクターは良く出てきます。
そういう世界で肉を食べることはどう解釈されるのか、というのは長年の疑問でした。
そこで自分なりに考察して、この作品を書きました。

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