連載小説
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ほうりつ!
去年のエイプリル・フールの嘘ニュースが「大好評」だったため、今年もお願いしますと日刊魔界新報より依頼があったので引受けた。
さてどうしようかと考えていたところ、スクルより「今回は僕にやらせてくれないか」と言いだしたので譲ることにした。


スクルは本棚より分厚い本を取り出し、それを読みながら書き始めた。
いろいろ推敲していたが、3日ほどして何とか書き上げた。
「エルゼル、なんとかできたから読んでみて」
スクルは私に原稿を渡した。
「スクル、どんな嘘ニュースを書いたの?」
「『新しい法律が魔王城で検討されている、その法案の一部をスクープする!』という内容」
「法律!?」
これはまた意外な言葉がでてきた、しかし嘘ニュースであるからには当たり前の法律であるはずがない。
「むちゃくちゃな内容の法律なの?」
「違うよ、たいていの人間の国にはある法律だね、ほとんどの反魔物国にはあるし、たぶん一部の親魔物国にもある、主神様を信仰しているか否かは関係ない」
スクルは読んでいた分厚い本を私に渡した。
「この本はある国の法律をまとめたものだけど、その国は魔王様にも主神様とも縁もゆかりもない国だよ、内容を一部改変してこの原稿を書いたんだ」
たいていの国にはある法律が、魔界では嘘ニュースになる…?
「とりあえず読んでみてよ」
妙にうれしそうなスクルの顔に何故か不安を感じながらスクルの書いた原稿を読み始めた。


(強姦)第××条 暴行又は脅迫を用いて人または魔物を姦淫した者は、強姦の罪とし、三十年以上の有期懲役に処する。


………………………………………………………………
私はしばらく固まっていた、顔を上げたらスクルがさきほどよりもっとうれしそうな顔をしていた。
「何を驚いているの、当たり前のことだろう?」
「いや…その…」
私は何とか声を絞り出した。
「だって、ほら、魔物娘は人間に暴行や脅迫なんてしないし…」
「それが事実なら、こういう法律を作っても魔物娘は誰も困らないはずだね。だけど判例によると、暴行・脅迫については『相手方の反抗を著しく困難にする程度のものであれば足りる』ということになっている。魔法で抵抗できなくされるとか、組み伏せられるとか、人体をぐるぐる巻きにされるとか、怖そうな外見の魔物に睨まれて(見つめられて)なお反抗できるのはごく一部の勇者だけだと思う」
スクルは顔も口調も実にうれしそうだった。
「でも…相手も気持ち良くなるんだから…」
「たまに警察や裁判で、本気でそう主張する強姦犯がいるけど認められたのは聞いたことがない」
「見た目は無理矢理でも、相手に合意があれば…」
「『あれは合意の上の行為でした』は強姦犯の言い訳の定番だね」
「…」
反論できず口ごもってしまったら、スクルが声を出して笑い始めた。
「エルゼル、何本気にしてるんだよ、これはエイプリル・フールだよ?」
「そ、そうよね、エイプリル・フールだったわね」
私も一緒に笑ったが、なぜか心の底から笑えなかった。
「私とスクルが結ばれた時、私がベッドに押し倒したから根に持たれているのかと思っちゃった」
「それはないよ、僕は自分の意思で魔王城に来たんだ。あれを根に持つのは、自分の意思で肉食動物の檻に入った草食動物が『私を食べるなんてひどい!』と批判するようなものだからね」
随分ひどい言われようだが一安心した。
「それにしても三十年以上なんてずいぶん重い罪なのね」
「そこは改変した、元の条文では三年以上だ」
「なんで?」
「だっていくら長生きしてもせいぜい百年の人間と、不老長寿、不死の種族すらいる魔物娘が同じ懲役なんて不公平じゃない?」
「?うーん、不公平なのかな?」
「この後の刑罰も元の十倍にした、エイプリル・フールなんだから考え込むことじゃないだろ」
「まあ…ね」
あまり複雑に考えない方がいいだろうか
「それにしても不思議なのが、魔物娘は自分たちが強姦の被害者になることは想定してないことだよな」
スクルはいきなり話題を変えた。
「え?だって身体能力や魔力では魔物娘と人間にはかなりの差があるじゃない」
「もし今の教団に、勇者様に匹敵する実力と精力の勇者が現れたとして」
「お父様に匹敵する勇者?」
「その勇者は生娘に興味はなく根っからの人妻派で、なおかつ本気で嫌がる相手を無理矢理犯すのが好みの超ド外道でした」
想像するだけでぞっとした、そんなの既婚の魔物娘にとって悪夢でしかない。
「魔界に強姦を罰する法律がないということは、相手がだれでも強姦して良いとその勇者は解釈するかもしれないよね。法律にはそういう効果もあるんだよ」
嫌なたとえ話だがスクルの言いたいことは分かった。


落ちついて考えてみれば「人の嫌がることをしてはいけません」というのは一般常識としては基本中の基本である、それは人間も魔物娘も同じはずだ、あれ?ということは…。
「暴行・脅迫がなければ問題ないということね?」
「それならいいというわけでもないよ、次を読んでみて」


(準強姦)第××条 人または魔物の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による。


「えっと…?どういう意味?」
「一般的には寝ている時や、酒や薬で判断力が鈍った時にヤルのも罪になるということ、ちなみに罪の重さ自体は強姦罪と変わらないよ」
スクルの言いたいことが分かって来た。
「魔物娘なら強力な媚薬や、催眠術、魅了等で相手の判断力を奪ったり、相手から襲わせるようにするのも罪になると言いたいわけね?」
「結局は相手の同意なしにヤルのはだめですよってことだよ」
「それもそうね」
あくまでもエイプリル・フールの嘘ニュースなんだから深く考えないことにした。


(営利目的等略取及び誘拐)第××条 営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人または魔物を略取し、又は誘拐した者は、十年以上百年以下の懲役に処する。


「略取と誘拐ってどう違うの?」
「略取は暴行・脅迫で無理矢理、誘拐は嘘やうまい話でだまして連れて行くこと」
たしかに夫にするために無理矢理連れ去るというのも魔物娘の定番の一つだ、種族によってはそういう発想しかないのもいるからなあ。
「これを禁止しないということは、魔物娘を夫の元から連れ去る、あるいは夫を魔物娘の元から連れ去る、ということをしても罪にならないということだよ」
正論すぎて反論の余地がなかった。


(人身売買)第××条 人または魔物を買い受けた者は、三十月以上五十年以下の懲役に処する。
2 未成年者を買い受けた者は、三十月以上七十年以下の懲役に処する。
3  営利、わいせつ、結婚又は生命若しくは身体に対する加害の目的で、人または魔物を買い受けた者は、十年以上百年以下の懲役に処する。
4  人または魔物を売り渡した者も、前項と同様とする。
5  所在国外に移送する目的で、人または魔物を売買した者は、二十年以上の有期懲役に処する。


「魔物娘が同じ魔物娘を奴隷という形で人間に売り飛ばしているという話を聞いたけど本当?」
「あれは夫探しの一環なのよ、裏でいろいろ動いて望む相手に売られるようにしているの」
「間違った相手に売られたら悲劇以外の何物でもないよね」
「うまくいっているはずよ……たぶん」
スクルはわりと悲観的な方だ「失敗する可能性のあるものは必ず失敗する」という法則を信じている。
「だけど反魔物国でも奴隷はいるそうじゃない?」
「いる国といない国がある、教団は奴隷制度を黙認しているけど教団の聖職者で反対している人も多い」
「スクルはどうなの?」
「僕の故郷には奴隷はいなかったから以前は無関心派かな」
「今は?」
「今から五十年ほど前ある王国で、国王がいきなり奴隷制度の廃止を宣言した」
話題がいきなり変わったように見えるかもしれないが、スクルとの会話では良くあることだ。
「いきなり正義と人道に目覚めたの?」
「違う、その国王は正妻との間に子供ができなかったけど、女奴隷に手をつけたら子供ができた」
「その子のため?」
「後継ぎが奴隷の血を引いているというのは外聞が悪いというのが理由らしい」
「とても分かりやすい理由ね」
正義のためというよりはよっぽど説得力がある。
「廃止の宣言が突然だったので、国内の奴隷の所有者や奴隷商人たちからは猛反発を受けた」
「いくら正しいことでも、強引なのは良くないということね」
歴史の本をひも解けば良くある話だ。
「彼らの説得に失敗した国王は強硬手段に出たんだ」
「まさか皆殺し…?」
「違う、国王は彼らとその家族を捕えて外国の奴隷商人に売り飛ばしたんだ『奴隷制度に賛成ということは、自分や家族が奴隷として売り飛ばされても文句は言わないということだろ』という理屈でね」
「理屈として正しいのかしら…?」
国王の言いたいこともわかるけど、言行不一致とはこのことだ。
「僕はこの話を知って奴隷反対派になった、自分や家族が奴隷として売り飛ばされるのは絶対にごめんだからね、別に具体的な活動をしたわけではないけれど」
「その王国はどうなったの?」
「奴隷制支持者による大規模な内乱が発生して、他国の介入を受けて滅亡した」
私も奴隷にされるのはまっぴらごめんだ、魔物娘夫婦の中には奴隷とご主人さまプレイを楽しむのもいるが、それとはまったく別の話だ。


(艦船転覆)第××条 現に人または魔物がいる艦船を転覆させ、沈没させ、又は破壊した者は、無期又は三十年以上の懲役に処する。


「これって…もろに海神ポセイドン様に喧嘩を売っているような…」
「エルゼル、繰り返すけどこれはエイプリル・フールだよ」
私は冷や汗を流したが、スクルはとてもうれしそうな顔をした。
「そ、そうよね、ポセイドン様は神様だから無罪よね」
「神様だから無罪なら、主神様に何をされても文句は言えないということだね」
「…!」
詰まってしまった私に対し、スクルは相変わらずにこにこしていた。
「前聞いた話では、旧魔王時代にはポセイドン様は主神様に命じられて嵐を起こし船を沈めて、現在は眷族たちに夫を与えるために船を沈めているということだよね」
「そうよ」
「ということは、以前は命じられてやったことだから責任は軽くなるかもしれないけど、現在は自分たちの利益のためにやっているんだから責任は100%ポセイドン様にあるということだ」
「…今は人を死なせてはいないわよ」
これだけは言わなければならない。
「船を沈めても船員や乗客は魔物娘の(性的な意味で)餌になる、死ぬわけじゃないからべつにいいだろ。というのは魔界的な価値観では正当化できるわけだ、だけどね、船が沈んで損害を受けるのは乗っている人だけでは無いよ」
「ほかに…いるの?」
とっさには思いつかなかった。
「船主、荷主と呼ばれる人たちだよ」
「あ…」
要するに船の所有者、船の荷物の所有者だ。
「だけどそういう人たちはお金持ちじゃない、損害を受けても大したことは無いんじゃないの?」
「必ずしもそうとは限らない、例えば…」


さあ晩ごはんよ

わあい、ごちそうだあ

ごはんが終わったら家族みんなで出かけるから準備するのよ

どこへ行くの?

遠いところ、ずっとずっと遠いところ…

子供たちは寝ちゃったわ

そのほうがいいかもな、苦しまずにすむ

あの船さえ沈まなければこんなことにならなかったのに…

いまさら言ってもしょうがない、ポセイドン様は主神様を裏切って魔王についたから俺たち人間のことをなんとも思っていないのさ、主神様もきっと天国に連れて行ってくれるだろう


「エルゼル、顔色悪いよ、作り話だって」
スクルは心配そうな顔をしていた、よほど顔色が悪かったらしい。
「そうよね、実際にそんなこと起こらないわよね」
笑おうとしたが、顔がひきつってしまい失敗した。
「ま、本当にあってもおかしくないけどね」
スクルは再度にこにこしていた。
「もちろん船の一隻や二隻沈んでも平気な大商人もいるけど、大部分は借金を抱えながら商売をしている零細商人だよ」
「でもポセイドン様はそこら辺は注意しているんじゃ…」
「ポセイドン様がどれくらいの力を持っているか知らないけど、船主や多数いる荷主たちがどこに住んでいて、どういう経済状況かすぐにわかるくらいの千里眼の持ち主だとは思えないんだよねえ」
ポセイドン様は海の中では全知全能に近いが、陸の上では大した力は持たないと聞いたことはある。


(正当防衛)第××条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。


「これは魔界でも当たり前だと思うけど」
「当然よ」
「つまり魔物娘が人間を強姦や誘拐する時に、たまたま勇者が居合わせて『この邪悪にして淫猥なる魔物め!主神様の名において成敗してくれるわ!』とばっさりやられても文句は言えませんということだね」
「…………そうね」


「スクル、ひょっとして魔界が嫌いなの…?」
私がおそるおそる聞いたところ、スクルは少し考えて。
「エルゼルのことは好きだよ」
と答えた、回答になっていないのだが、全ての魔物娘は夫のこのセリフにちょろインと化す。
「ちょっと真面目な話をすると、ある歴史学者は『戦争とは異なる常識や価値観の衝突により発生する』と言った。仮に主神様や教団という要素を除いても人間と魔物の間には常識や価値観の大きな違いがある『夫を手に入れるためなら、人間にとって犯罪とされる行為でもたいていのことは正当化される』というものだ。しかも魔物側は人間を自分たちの常識や価値観に染めることしか考えていない、だがそれだと人間は『最後の一人まで』戦うことを止めないだろう、戦争を早く終わらせたいのなら魔物側からの歩み寄りも必要だと思う」
「スクルはその話も記事に載せるつもり…?」
「あくまでもエイプリル・フールのお遊びだから真面目な話は載せない、他人から言われるのではなく自分で気付かないと意味がないからね」
スクルは架空の家族の話も付け加えて原稿を完成させて、日刊魔界新報に引き渡した。


結果からいえば去年をはるかに上回る「大反響」だった。
日刊魔界新報は過去最高の販売部数だったとのことだ。
だけど正直なところ私はあまり思い出したくは無い、当時魔界にいたのなら一連の騒動を知らないはずはないから説明の必要はないだろう。
お母様とお父様は騒動が治まるまで寝る暇はほとんどなく、ヤル暇は全くなかった。
エイプリル・フールの嘘ニュースは信じる方が悪いというのが魔界では一般常識なので、私とスクルにはなんのおとがめも抗議も無かった。
しかし日刊魔界新報に魔王城から多少のおしかりはあったらしく、来年はできるかどうかわからないとのことだ。
スクルは騒動を眺めながら嬉しそうに笑っていた。
17/04/01 01:44更新 / キープ
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■作者メッセージ
おひさしぶりです、去年のエイプリル・フールの話が好評をいただきましたので、今年も書いてみました。
ファンタジーの世界と18禁コンテンツの世界は無法地帯というのが基本設定ですが、そこに現代社会並みの法治主義をもちこんだらさぞ面白いことになるだろうと考えてこの話を作りました。
元ネタは日本の刑法です。
なお、作者は法律については素人ですので、専門知識による突っ込みは優しめにお願いします。

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