リリムのひみつ
『日刊魔界新報』は魔界で発行されている新聞の中では一番古い、そこの記者であるエフタという名前のラージマウスから私とスクルは取材を受けていた。
以前お父様が倒れて、魔界中に教団の勇者の仕業といううわさが広まった時には、うわさを打ち消すために新聞の取材を受けたことがあるので私は顔見知りだった。
今回の取材はスクルの歴史研究についてのことだった、スクルは取材を受けるというのは初めての経験だったので、少々たどたどしい受け答えだった、質問することには慣れていてもされることには慣れていなかった。
スクルの現在の目的であるお母様の出自探しについては、スクルには絶対に言わないように事前に釘をさしておいた、もしこのことが記事になったら、私とスクルの身が危険なだけではなく、日刊魔界新報も今までお父様しか受けたことのない究極破壊魔法『魔王の怒り』の直撃を受ける危険があるからだ。
スクルとしては記事になって、お母様の出自を知っている人から連絡があれば研究がはかどると考えていたので残念そうだったが、歴史研究者のグループを作るきっかけになればいいかと考えたので取材を受けることにした。
「スクルとの『性活』について質問されたら答えてもいい?」
「身内に話すのはいいけど、不特定多数に話すのは頼むからやめてくれ」
エフタからスクルへの質問が終わった後、スクルからエフタへの質問が始まった、日刊魔界新報が魔界で最も歴史のある新聞であるということを知ったときにスクルの歴史学者スイッチが入ったのだ。
エフタも質問することになれていても、されることには慣れていなかったようなので目を白黒させていた、年齢は私やスクルとはそんなに離れていないようなので昔のことはほとんど答えられなかった、あげくのはてにはスクルに「あなた本当に日刊魔界新報の記者なんですか?」と言われた。
「失礼な!私は間違いなく日刊魔界新報の記者です!」
「スクル!ちょっと今のは無いんじゃない?」
「大変失礼しました、どうも興奮していたようです」
エフタと私に怒られてスクルは謝罪した。
「魔界で一番古い新聞なら魔界の歴史研究には欠かせないと思いましたので」
「別にその考えは間違ってはいませんが」
エフタは謝罪を受け入れた。
「一番古いと言っても創刊されたのはお母様が魔王になった後のことでしょ?」
「その通りです、オーナーによると第一王女様のご生誕が創刊のきっかけだったそうです、このことを魔界中に知らせたいと考えたからとのことです」
「第一王女の…」
スクルは何か考えはじめた。
「ひょっとしてオーナーはずっと変わっていないの?」
「オーナーはヴァンパイアですので」
「なるほど」
ということはオーナーなら昔のことをよく知っているということだ。
「ねえスクル、オーナーに会って昔のことを聞いてみる?」
「いや、いずれ話を伺いに行くけど、別に行きたいところがたった今できた」
「どこ?」
「日刊魔界新報」
「「は?」」
私とエフタでハモった。
「創刊号から現在までの新聞が一か所にためているとなかなかの壮観ね」
私とスクルは日刊魔界新報の保管庫に来ていた、スクルは古新聞が読みたいと言い出したのだ。
「それにしてもお母様が出産した記事を探すなんてねえ」
「魔王様の出自を調べるとは別の話だけど、基礎資料として全てのリリムのリストを作りたいと前から思っていたんだ。魔王城の図書室には個々のリリムの資料はあっても、全てのリリムが載っているのは無かったから」
「それで古新聞を探して調べようと思ったわけね、でもこの方法だと名前と生年月日しか分からないわよ」
「それで十分だよ、エルゼルだって会ったことが無い、名前を聞いたこともない姉妹は結構いるんだろう?」
以前魔王城に大勢の姉妹が来たことがあったが、それでも全体からみれば一部に過ぎなかった。
お母様とお父様はリリムが何人いるのか分かるのだろうか?そして、全員の顔と名前を覚えているのだろうか?
「それに魔界では誕生日を祝うという習慣があまり一般的ではないようだから、生年月日が分かるのも重要だ。人間界なら現役の国王や、初代国王の誕生日がその国の祝日なのは当たり前なのに、魔界の暦には魔王様の誕生記念日が無いんだから」
「誕生日を祝うのなら自分が今何歳かということが周りに知られるからね、自分が今いくつかは絶対の秘密という魔物娘はお母様だけでは無いわ。前に結婚してから年齢が夫にばれて喧嘩になった話はしたけど、付き合っている時に本当の年齢がばれてドン引きされて破局になったという話も結構あるのよ」
特にバフォメットや魔女、アリスといった見た目がロリな魔物娘には良くあることだ、外見が幼いからまだ大丈夫と思っているとロリコンの中にわりといる『外見より実年齢重視、ロリババアは絶対お断り派』という思わぬ罠にはまることになる。
私とスクルは手分けして古新聞を読み始めた、幸いだったのはお母様が妊娠したことやその後の経過のことも記事になっていて、出産した時は号外も出ていたので見落とすことはまず無かったことだ。
当然私が生まれたときの記事もあった、お父様のコメントも載っていて、読んでいるうちに親孝行したい気分になったが、他の姉妹が生まれたときのコメントと名前が違うだけで一字一句同じであることが判明し、お父様の文才の無さを再確認しただけだった。
作業は順調には進まなかった、私もスクルも調査の目的とは無関係な記事をついつい読みふけってしまうということが何度もあったからだ、スクルによると『古新聞の罠』というらしい。
結局3日かかったが何とか全てのリリムの名前と生年月日が載っているリストは完成した。
様子を見に来たエフタがこのリストを見て驚き、写しをくれないかとスクルに頼んだところ、スクルは快く了解した、もともとは日刊魔界新報の記事なのだから当然である。
しかし私はこのリストをもし公表して、日刊魔界日報にいかなる損害があっても、私とスクルは一切責任を負わないということをエフタに約束させた、リリムの中には自分がいま何歳か夫にさえ教えていなかったり、ごまかしていたり、わざと忘れているのがいるからだ。
そういうリリムが自分の生年月日を公表した相手に対してどのような制裁を行うかは想像したくなかった。
だが、こちらの正体がばれないようにうまく立ち回れば、脅迫のネタには使えるかもしれない。
私を含めた妹たちに百歳以上も年齢をごまかしている姉が複数いることが判明したし。
魔王城に戻ったらスクルはリストを見ながら、辞典を引き始めた。
スクルはその作業にかなり集中していて声をかけられる雰囲気ではなかったが、一段落したのを見計らって声をかけた。
「スクル、それ何の辞典?」
「人名事典」
「ええっ?私たちリリムの名前が載っているの?」
「載っていないよ、これは人間界で出版された本だから魔界の住人は魔王様と勇者様しか載っていない、ちょっと古いからデルエラ様も載っていないし」
デルエラお姉さまが人間界で悪名高くなるのは…じゃなくて有名になるのはレスカティエ陥落後の話だ。
「載っていないのに何で調べているの?」
「エルゼルに質問があるんだけどさ」
「何?」
「エルゼルの名付け親って誰なの?」
「へ?」
この質問は予想できなかった、意表を突かれた。
「お母様とお父様が話し合って決めたはずよ、最終的にはお父様が決めたはず…たぶん」
「名前の由来については聞いたことある?」
「無いけど…何でそんなことを聞くの?」
「他の姉妹の名前も魔王様と勇者様が決めたの?」
「聞いた話ではお父様がほとんど決めたって」
人間界では国によっては学者や聖職者に名付け親になってもらうことはよくあるそうだが、魔界ではそういう話はあまり聞いたことが無い。
「だとしたらますます分からなくなってきた」
「?」
スクルは例のリストを私に見せながら話し始めた。
「リストを作りながら疑問がわいてきたんだ、ここに載っている名前の半分くらいは聞いたことがある名前なんだ、聞いたことがあると言ってもリリムの名前としてではなくて同名の人物を知っているという意味でね」
「それで?」
「問題はリリムと同名の人物たちが出身地も時代もバラバラだっていうことなんだ」
「え?」
「僕の記憶違いということもあるからあらためて人名事典を引いたんだけどやはりそうだ、大体7割くらいはこの辞典に載っている」
「じゃあ私の名前も?」
「ここに載っている」
スクルは辞典を開いて私に渡した。
「えーと『キクカ王国第2代国王の第3王女エルゼル…』ってホントだ、はじめて知った!お父様が生まれたときから200年くらい前の人なんだ…へぇー」
他の姉妹の名前も引いてみた、確かに同名の人物たちは出身地も時代もバラバラだった、なんとなくスクルの言いたいことが分かって来た。
「スクルの疑問って、姉妹の名前なのに共通性とか法則性が全くないっていうこと?」
「まるで名付け親が全員違うかのようにね。後もう一つ、勇者様が名付け親ならこれらの名前をどこから引用してきたのだろうかということ、この人名事典に載っていない名前もある。実を言うとキクカ王国っていうのは歴史上かなりマイナーな国で知名度はかなり低く、勇者様のころにはとっくに滅びている、僕はキクカ王国を知っているけどエルゼル王女っていう人は今回辞典を引くまで知らなかった」
私はキクカ王国の存在自体知らなかったが、みんなに教えたくなってきた。
「お父様はそれほど歴史の知識がある人で無いし…確かに不思議ね」
お父様は一応学校には行っていたらしいが、基本的な読み書き計算ができる程度だったようだ。
「こうなったらお父様に直接聞きに行こうよ、お母様に聞かれてもたぶん問題ないでしょう」
私の提案に対し、スクルは困ったような顔をした。
「いや、リリムの名前の引用元について仮説を立ててみたけど、もしそれが正しくて魔王様に聞かれたら大変なことになる」
「どんな仮説?」
「勇者様が昔付き合っていた女性の名前」
「い?」
お父様が教団の勇者だったころは、大の女好きで、関係のあった女性の数は相当なもの、というのは私とスクルにとっては周知の事実である。
「昔の女の名前を娘に付けたことを妻に知られて、夫婦関係どころか母娘関係までまずくなったというのは良くある話なんだ」
「そういえば『主神様の教え』にそんな話が載っていたような…」
『主神様の教え』とはお父様が教団にいたころに出版されていたゴシップ紙のことだ、当然お父様の話もかなり載っている。
スクルの仮説が事実だったら最悪、お母様の嫉妬が全てのリリムに向かい、魔王VS全リリムという魔界最終戦争が勃発する…、いや、そんな、まさか…。
「スクル!大至急確認に行きましょう!」
「どこへ?」
「トセウチ地方の図書館よ!あそこにある『主神様の教え』ならお父様の昔の女の名前が確認できるはずよ!」
私とスクルは再びトセウチ地方へ向かった、前回は急いでいなかったので歩いて行ったが今度は転移魔法を使った。
「どうやら僕の仮説は外れたらしいな」
「そうね、ほとんど重複していない」
『主神様の教え』に載っていて、お父様と関係があった女性で名前が判明した人の数は結構なものだったが、そのうちリリムと名前が重複しているのは2人しかいなかった。
2人の名前とも女性の名前としては珍しくないものだったので、偶然の一致と考えて間違いない。
「魔界最終戦争は何とか回避できた…」
心底ほっとしたが、スクルは「いったい何を言っているんだ」と理解してくれなかった。
「そうなるとリリムの名前の由来はいったい何なのか」
「今度こそお父様に直接尋ねてもいいんじゃない?」
「そうだね」
一段落したので、不幸な事故により焼失してしまった以前私が複写した記事を再度複写することにした。
複写が終わったので次は『主神様の教え』を普通に読むことにした、前回見落とした連載小説やエッセイを読んでみたがなかなか面白く、挿絵も味のある絵が多かった、スクルによると後に有名になった小説家や画家もかなりいるとのことだ。
とあるエッセイを読んだら、最近ペットを飼うのが流行している、犬や猫といった普通の動物だけでなく、珍しい動物を飼う人も多いという内容だった。
『私の友人知人にも流行に弱くペットを飼っている人が多い、おととい十年来のつきあいがある友人から招待されて…』
「あ!」
読んでいる最中思わず大声を上げてしまった、幸い周りにはあまり人がいなかったが、スクルには「図書館で大声を出すな」と怒られた。
「スクルごめん!でもここを読んでみて!(小声)」
スクルは私から本を受け取り読み始めたら「!!」と声を出さずに驚いた。
『友人はそのブロブフィッシュに「デルエラ」と名付けてかわいがっていた』
「まさかデルエラお姉さまの名前ってここからきたの?」
「ラービスト卿の日記によると勇者様も『主神様の教え』を読んでいたようだからその可能性は高いな」
「ブロブフィッシュって初めて聞く名前なんだけど、魚類かしら?」
「僕も聞いたことが無い、生物図鑑を借りてこよう」
こういうとき図書館は便利である、分厚い生物図鑑を借りてきてブロブフィッシュを引いてみた。
「………なにこれ」
その図鑑はほとんどの動物にとても精密に書かれた絵もついていたが…。
「えーと『ブロブフィッシュは深海魚の一種でありその生態には不明なところが多い、体は筋肉が少なくほとんどゼラチン状の物質で構成されている、きわめて特徴的な外見から学会で“世界一醜い動物”と認定された。魔物と間違われることも多い』とあるね」
「世界一醜い動物…」
実にひどい言われようだが私も納得してしまった、普通の魚に比べて人間に似た顔つきをしているが、その顔たるや人生と仕事に疲れた中年男性が、心底だらけているような顔なのだ。
「顔つきが人間に似ているから醜いと感じるんだろうね」
「お父様はブロブフィッシュがこういう魚であることを知っていてデルエラお姉さまに名付けたのかしら…」
「このエッセイではブロブフィッシュのことを『一度見たらまず忘れられない外見の魚』としか書いてないからそれは無いと思う」
私たちリリムもよく一度見たら忘れられない外見と言われるけどこの魚とは絶対に違う。
「そうよね、いくらお父様でも知っていたら同じ名前は付けないわね」
絶対ない…と思いたい。
「こうなると他の号のこのエッセイも読む必要があるな」
「ここまで一致すると偶然の一致とは考えられないわ」
「そうだね『リリムの名前の6割はこのエッセイに出てくるペットの名前が元ネタ』と判断して間違いないと思う」
このエッセイは連載されているので私とスクルで手分けして他の号のコラムを見たが、そこに書かれていたペットの名前はリリムの名前とかなり重複した。
リリムの名前の元ネタのペットの大部分が犬や猫、鳥といった比較的メジャーな動物だったが…。
「ねえスクル『ヨーロッパタヌキブンブク』って刑部狸の親せきなのかなあ」
「図鑑によるとウニの一種らしいな、でもこれのどこが狸なんだ?」
ついこないだあった刑部狸を思い出してしまった、彼女に聞いたらなんていうだろ言うか?
ヨーロッパタヌキブンブクと同じ名前を付けられたお姉さまは、会ったことは無いがうわさを聞いたことはある、リリムの中ではかなり「ふっくら」しているそうだ、特に体の一部分が。
「『トゲアリトゲナシトゲトゲ』ってトゲが有るの?無いの?どっちなの?」
「『トゲトゲ』という虫がいたけど、その仲間にトゲが無いのが見つかって『トゲナシトゲトゲ』という名前がついた、更にその仲間にトゲが有るのが見つかって『トゲアリトゲナシトゲトゲ』と名付けられたようだ」
「その名前を付けた人をぜひ小一時間問い詰めたいわ」
トゲアリトゲナシトゲトゲ同じ名前を付けられたお姉さまは、感情の起伏が激しい人で、とげとげしかったり丸くなったりころころ変わるらしい。
「『オジサン』って言う魚がいるのね…」
「下あごにひげが生えているから『オジサン』というそうだ」
(前略)酒もたばこも大好きだわ、言葉使いは下品だわ、セクハラはかますわ根っからの「オヤジ」である。
「『プラナリア』っていくら切っても再生してしまう生物よね、フィームズに教えられて実験したこともあるわ」
「刃物で殺すのは不可能だ、と図鑑に書いてある」
内気でおとなしくあまり目立たない妹だが、今度会ったら手足を切断してみたくなる衝動に耐えられるだろうか?
「『メクラチビゴミムシ』っていくらなんでもひどすぎる…」
「地面の中や洞窟に住んでいるから目が退化してしまったらしい」
会ったこともうわさを聞いたこともないが、会うのがなんだか怖い…。
念のために言っておくが姉妹の名前が『ヨーロッパタヌキブンブク』や『トゲアリトゲナシトゲトゲ』ではなく、ペットの名前がリリムの名前に付けられたのである、そこら辺を勘違いしないでいただきたい。
「結局私の名前は無かったわね」
「エルゼルも含めた残りの4割は、もっとほかの由来が有るか、魔王様が名付けたかだろう。後は魔王様と勇者様に直接聞くのが早いだろうね」
「もういい、知るのがなんだか怖い、あの全リリムが載ったリストでさえ十分危険な代物だし、もしも『エルゼル』が『ブロブフィッシュ』や『メクラチビゴミムシ』の名前だったと分かったらお父様に何をしでかすか自分でも分からないから。名前の由来については姉妹たちにも知られないように門外不出にしていいかしら」
「名前の由来については魔界史の研究に必要不可欠と言うほどでもないからなあ…、分かったよ」
「ありがとう」
私とスクルは魔王城に帰った。
何とか隠し通せた様でほっとした、実は例のエッセイの中に『エルゼル』と名付けられたペットの話は載っていた、幸いにも僕が読んだ『主神様の教え』に載っていたのでエルゼルに気付かれなかった。
この秘密は墓場まで持っていくことにする、いや魔物娘と夫は冥界でも一緒だったっけ?それなら勇者様が亡くなったら教えてもいいかな?いや結局冥界で再開することになるし…。
いずれにしろエルゼルに親殺しの大罪を犯させるわけにはいかないから、当分は秘密にしなければならない『エルゼル』と名付けられた『ミジンコ』がいたということを…。
以前お父様が倒れて、魔界中に教団の勇者の仕業といううわさが広まった時には、うわさを打ち消すために新聞の取材を受けたことがあるので私は顔見知りだった。
今回の取材はスクルの歴史研究についてのことだった、スクルは取材を受けるというのは初めての経験だったので、少々たどたどしい受け答えだった、質問することには慣れていてもされることには慣れていなかった。
スクルの現在の目的であるお母様の出自探しについては、スクルには絶対に言わないように事前に釘をさしておいた、もしこのことが記事になったら、私とスクルの身が危険なだけではなく、日刊魔界新報も今までお父様しか受けたことのない究極破壊魔法『魔王の怒り』の直撃を受ける危険があるからだ。
スクルとしては記事になって、お母様の出自を知っている人から連絡があれば研究がはかどると考えていたので残念そうだったが、歴史研究者のグループを作るきっかけになればいいかと考えたので取材を受けることにした。
「スクルとの『性活』について質問されたら答えてもいい?」
「身内に話すのはいいけど、不特定多数に話すのは頼むからやめてくれ」
エフタからスクルへの質問が終わった後、スクルからエフタへの質問が始まった、日刊魔界新報が魔界で最も歴史のある新聞であるということを知ったときにスクルの歴史学者スイッチが入ったのだ。
エフタも質問することになれていても、されることには慣れていなかったようなので目を白黒させていた、年齢は私やスクルとはそんなに離れていないようなので昔のことはほとんど答えられなかった、あげくのはてにはスクルに「あなた本当に日刊魔界新報の記者なんですか?」と言われた。
「失礼な!私は間違いなく日刊魔界新報の記者です!」
「スクル!ちょっと今のは無いんじゃない?」
「大変失礼しました、どうも興奮していたようです」
エフタと私に怒られてスクルは謝罪した。
「魔界で一番古い新聞なら魔界の歴史研究には欠かせないと思いましたので」
「別にその考えは間違ってはいませんが」
エフタは謝罪を受け入れた。
「一番古いと言っても創刊されたのはお母様が魔王になった後のことでしょ?」
「その通りです、オーナーによると第一王女様のご生誕が創刊のきっかけだったそうです、このことを魔界中に知らせたいと考えたからとのことです」
「第一王女の…」
スクルは何か考えはじめた。
「ひょっとしてオーナーはずっと変わっていないの?」
「オーナーはヴァンパイアですので」
「なるほど」
ということはオーナーなら昔のことをよく知っているということだ。
「ねえスクル、オーナーに会って昔のことを聞いてみる?」
「いや、いずれ話を伺いに行くけど、別に行きたいところがたった今できた」
「どこ?」
「日刊魔界新報」
「「は?」」
私とエフタでハモった。
「創刊号から現在までの新聞が一か所にためているとなかなかの壮観ね」
私とスクルは日刊魔界新報の保管庫に来ていた、スクルは古新聞が読みたいと言い出したのだ。
「それにしてもお母様が出産した記事を探すなんてねえ」
「魔王様の出自を調べるとは別の話だけど、基礎資料として全てのリリムのリストを作りたいと前から思っていたんだ。魔王城の図書室には個々のリリムの資料はあっても、全てのリリムが載っているのは無かったから」
「それで古新聞を探して調べようと思ったわけね、でもこの方法だと名前と生年月日しか分からないわよ」
「それで十分だよ、エルゼルだって会ったことが無い、名前を聞いたこともない姉妹は結構いるんだろう?」
以前魔王城に大勢の姉妹が来たことがあったが、それでも全体からみれば一部に過ぎなかった。
お母様とお父様はリリムが何人いるのか分かるのだろうか?そして、全員の顔と名前を覚えているのだろうか?
「それに魔界では誕生日を祝うという習慣があまり一般的ではないようだから、生年月日が分かるのも重要だ。人間界なら現役の国王や、初代国王の誕生日がその国の祝日なのは当たり前なのに、魔界の暦には魔王様の誕生記念日が無いんだから」
「誕生日を祝うのなら自分が今何歳かということが周りに知られるからね、自分が今いくつかは絶対の秘密という魔物娘はお母様だけでは無いわ。前に結婚してから年齢が夫にばれて喧嘩になった話はしたけど、付き合っている時に本当の年齢がばれてドン引きされて破局になったという話も結構あるのよ」
特にバフォメットや魔女、アリスといった見た目がロリな魔物娘には良くあることだ、外見が幼いからまだ大丈夫と思っているとロリコンの中にわりといる『外見より実年齢重視、ロリババアは絶対お断り派』という思わぬ罠にはまることになる。
私とスクルは手分けして古新聞を読み始めた、幸いだったのはお母様が妊娠したことやその後の経過のことも記事になっていて、出産した時は号外も出ていたので見落とすことはまず無かったことだ。
当然私が生まれたときの記事もあった、お父様のコメントも載っていて、読んでいるうちに親孝行したい気分になったが、他の姉妹が生まれたときのコメントと名前が違うだけで一字一句同じであることが判明し、お父様の文才の無さを再確認しただけだった。
作業は順調には進まなかった、私もスクルも調査の目的とは無関係な記事をついつい読みふけってしまうということが何度もあったからだ、スクルによると『古新聞の罠』というらしい。
結局3日かかったが何とか全てのリリムの名前と生年月日が載っているリストは完成した。
様子を見に来たエフタがこのリストを見て驚き、写しをくれないかとスクルに頼んだところ、スクルは快く了解した、もともとは日刊魔界新報の記事なのだから当然である。
しかし私はこのリストをもし公表して、日刊魔界日報にいかなる損害があっても、私とスクルは一切責任を負わないということをエフタに約束させた、リリムの中には自分がいま何歳か夫にさえ教えていなかったり、ごまかしていたり、わざと忘れているのがいるからだ。
そういうリリムが自分の生年月日を公表した相手に対してどのような制裁を行うかは想像したくなかった。
だが、こちらの正体がばれないようにうまく立ち回れば、脅迫のネタには使えるかもしれない。
私を含めた妹たちに百歳以上も年齢をごまかしている姉が複数いることが判明したし。
魔王城に戻ったらスクルはリストを見ながら、辞典を引き始めた。
スクルはその作業にかなり集中していて声をかけられる雰囲気ではなかったが、一段落したのを見計らって声をかけた。
「スクル、それ何の辞典?」
「人名事典」
「ええっ?私たちリリムの名前が載っているの?」
「載っていないよ、これは人間界で出版された本だから魔界の住人は魔王様と勇者様しか載っていない、ちょっと古いからデルエラ様も載っていないし」
デルエラお姉さまが人間界で悪名高くなるのは…じゃなくて有名になるのはレスカティエ陥落後の話だ。
「載っていないのに何で調べているの?」
「エルゼルに質問があるんだけどさ」
「何?」
「エルゼルの名付け親って誰なの?」
「へ?」
この質問は予想できなかった、意表を突かれた。
「お母様とお父様が話し合って決めたはずよ、最終的にはお父様が決めたはず…たぶん」
「名前の由来については聞いたことある?」
「無いけど…何でそんなことを聞くの?」
「他の姉妹の名前も魔王様と勇者様が決めたの?」
「聞いた話ではお父様がほとんど決めたって」
人間界では国によっては学者や聖職者に名付け親になってもらうことはよくあるそうだが、魔界ではそういう話はあまり聞いたことが無い。
「だとしたらますます分からなくなってきた」
「?」
スクルは例のリストを私に見せながら話し始めた。
「リストを作りながら疑問がわいてきたんだ、ここに載っている名前の半分くらいは聞いたことがある名前なんだ、聞いたことがあると言ってもリリムの名前としてではなくて同名の人物を知っているという意味でね」
「それで?」
「問題はリリムと同名の人物たちが出身地も時代もバラバラだっていうことなんだ」
「え?」
「僕の記憶違いということもあるからあらためて人名事典を引いたんだけどやはりそうだ、大体7割くらいはこの辞典に載っている」
「じゃあ私の名前も?」
「ここに載っている」
スクルは辞典を開いて私に渡した。
「えーと『キクカ王国第2代国王の第3王女エルゼル…』ってホントだ、はじめて知った!お父様が生まれたときから200年くらい前の人なんだ…へぇー」
他の姉妹の名前も引いてみた、確かに同名の人物たちは出身地も時代もバラバラだった、なんとなくスクルの言いたいことが分かって来た。
「スクルの疑問って、姉妹の名前なのに共通性とか法則性が全くないっていうこと?」
「まるで名付け親が全員違うかのようにね。後もう一つ、勇者様が名付け親ならこれらの名前をどこから引用してきたのだろうかということ、この人名事典に載っていない名前もある。実を言うとキクカ王国っていうのは歴史上かなりマイナーな国で知名度はかなり低く、勇者様のころにはとっくに滅びている、僕はキクカ王国を知っているけどエルゼル王女っていう人は今回辞典を引くまで知らなかった」
私はキクカ王国の存在自体知らなかったが、みんなに教えたくなってきた。
「お父様はそれほど歴史の知識がある人で無いし…確かに不思議ね」
お父様は一応学校には行っていたらしいが、基本的な読み書き計算ができる程度だったようだ。
「こうなったらお父様に直接聞きに行こうよ、お母様に聞かれてもたぶん問題ないでしょう」
私の提案に対し、スクルは困ったような顔をした。
「いや、リリムの名前の引用元について仮説を立ててみたけど、もしそれが正しくて魔王様に聞かれたら大変なことになる」
「どんな仮説?」
「勇者様が昔付き合っていた女性の名前」
「い?」
お父様が教団の勇者だったころは、大の女好きで、関係のあった女性の数は相当なもの、というのは私とスクルにとっては周知の事実である。
「昔の女の名前を娘に付けたことを妻に知られて、夫婦関係どころか母娘関係までまずくなったというのは良くある話なんだ」
「そういえば『主神様の教え』にそんな話が載っていたような…」
『主神様の教え』とはお父様が教団にいたころに出版されていたゴシップ紙のことだ、当然お父様の話もかなり載っている。
スクルの仮説が事実だったら最悪、お母様の嫉妬が全てのリリムに向かい、魔王VS全リリムという魔界最終戦争が勃発する…、いや、そんな、まさか…。
「スクル!大至急確認に行きましょう!」
「どこへ?」
「トセウチ地方の図書館よ!あそこにある『主神様の教え』ならお父様の昔の女の名前が確認できるはずよ!」
私とスクルは再びトセウチ地方へ向かった、前回は急いでいなかったので歩いて行ったが今度は転移魔法を使った。
「どうやら僕の仮説は外れたらしいな」
「そうね、ほとんど重複していない」
『主神様の教え』に載っていて、お父様と関係があった女性で名前が判明した人の数は結構なものだったが、そのうちリリムと名前が重複しているのは2人しかいなかった。
2人の名前とも女性の名前としては珍しくないものだったので、偶然の一致と考えて間違いない。
「魔界最終戦争は何とか回避できた…」
心底ほっとしたが、スクルは「いったい何を言っているんだ」と理解してくれなかった。
「そうなるとリリムの名前の由来はいったい何なのか」
「今度こそお父様に直接尋ねてもいいんじゃない?」
「そうだね」
一段落したので、不幸な事故により焼失してしまった以前私が複写した記事を再度複写することにした。
複写が終わったので次は『主神様の教え』を普通に読むことにした、前回見落とした連載小説やエッセイを読んでみたがなかなか面白く、挿絵も味のある絵が多かった、スクルによると後に有名になった小説家や画家もかなりいるとのことだ。
とあるエッセイを読んだら、最近ペットを飼うのが流行している、犬や猫といった普通の動物だけでなく、珍しい動物を飼う人も多いという内容だった。
『私の友人知人にも流行に弱くペットを飼っている人が多い、おととい十年来のつきあいがある友人から招待されて…』
「あ!」
読んでいる最中思わず大声を上げてしまった、幸い周りにはあまり人がいなかったが、スクルには「図書館で大声を出すな」と怒られた。
「スクルごめん!でもここを読んでみて!(小声)」
スクルは私から本を受け取り読み始めたら「!!」と声を出さずに驚いた。
『友人はそのブロブフィッシュに「デルエラ」と名付けてかわいがっていた』
「まさかデルエラお姉さまの名前ってここからきたの?」
「ラービスト卿の日記によると勇者様も『主神様の教え』を読んでいたようだからその可能性は高いな」
「ブロブフィッシュって初めて聞く名前なんだけど、魚類かしら?」
「僕も聞いたことが無い、生物図鑑を借りてこよう」
こういうとき図書館は便利である、分厚い生物図鑑を借りてきてブロブフィッシュを引いてみた。
「………なにこれ」
その図鑑はほとんどの動物にとても精密に書かれた絵もついていたが…。
「えーと『ブロブフィッシュは深海魚の一種でありその生態には不明なところが多い、体は筋肉が少なくほとんどゼラチン状の物質で構成されている、きわめて特徴的な外見から学会で“世界一醜い動物”と認定された。魔物と間違われることも多い』とあるね」
「世界一醜い動物…」
実にひどい言われようだが私も納得してしまった、普通の魚に比べて人間に似た顔つきをしているが、その顔たるや人生と仕事に疲れた中年男性が、心底だらけているような顔なのだ。
「顔つきが人間に似ているから醜いと感じるんだろうね」
「お父様はブロブフィッシュがこういう魚であることを知っていてデルエラお姉さまに名付けたのかしら…」
「このエッセイではブロブフィッシュのことを『一度見たらまず忘れられない外見の魚』としか書いてないからそれは無いと思う」
私たちリリムもよく一度見たら忘れられない外見と言われるけどこの魚とは絶対に違う。
「そうよね、いくらお父様でも知っていたら同じ名前は付けないわね」
絶対ない…と思いたい。
「こうなると他の号のこのエッセイも読む必要があるな」
「ここまで一致すると偶然の一致とは考えられないわ」
「そうだね『リリムの名前の6割はこのエッセイに出てくるペットの名前が元ネタ』と判断して間違いないと思う」
このエッセイは連載されているので私とスクルで手分けして他の号のコラムを見たが、そこに書かれていたペットの名前はリリムの名前とかなり重複した。
リリムの名前の元ネタのペットの大部分が犬や猫、鳥といった比較的メジャーな動物だったが…。
「ねえスクル『ヨーロッパタヌキブンブク』って刑部狸の親せきなのかなあ」
「図鑑によるとウニの一種らしいな、でもこれのどこが狸なんだ?」
ついこないだあった刑部狸を思い出してしまった、彼女に聞いたらなんていうだろ言うか?
ヨーロッパタヌキブンブクと同じ名前を付けられたお姉さまは、会ったことは無いがうわさを聞いたことはある、リリムの中ではかなり「ふっくら」しているそうだ、特に体の一部分が。
「『トゲアリトゲナシトゲトゲ』ってトゲが有るの?無いの?どっちなの?」
「『トゲトゲ』という虫がいたけど、その仲間にトゲが無いのが見つかって『トゲナシトゲトゲ』という名前がついた、更にその仲間にトゲが有るのが見つかって『トゲアリトゲナシトゲトゲ』と名付けられたようだ」
「その名前を付けた人をぜひ小一時間問い詰めたいわ」
トゲアリトゲナシトゲトゲ同じ名前を付けられたお姉さまは、感情の起伏が激しい人で、とげとげしかったり丸くなったりころころ変わるらしい。
「『オジサン』って言う魚がいるのね…」
「下あごにひげが生えているから『オジサン』というそうだ」
(前略)酒もたばこも大好きだわ、言葉使いは下品だわ、セクハラはかますわ根っからの「オヤジ」である。
「『プラナリア』っていくら切っても再生してしまう生物よね、フィームズに教えられて実験したこともあるわ」
「刃物で殺すのは不可能だ、と図鑑に書いてある」
内気でおとなしくあまり目立たない妹だが、今度会ったら手足を切断してみたくなる衝動に耐えられるだろうか?
「『メクラチビゴミムシ』っていくらなんでもひどすぎる…」
「地面の中や洞窟に住んでいるから目が退化してしまったらしい」
会ったこともうわさを聞いたこともないが、会うのがなんだか怖い…。
念のために言っておくが姉妹の名前が『ヨーロッパタヌキブンブク』や『トゲアリトゲナシトゲトゲ』ではなく、ペットの名前がリリムの名前に付けられたのである、そこら辺を勘違いしないでいただきたい。
「結局私の名前は無かったわね」
「エルゼルも含めた残りの4割は、もっとほかの由来が有るか、魔王様が名付けたかだろう。後は魔王様と勇者様に直接聞くのが早いだろうね」
「もういい、知るのがなんだか怖い、あの全リリムが載ったリストでさえ十分危険な代物だし、もしも『エルゼル』が『ブロブフィッシュ』や『メクラチビゴミムシ』の名前だったと分かったらお父様に何をしでかすか自分でも分からないから。名前の由来については姉妹たちにも知られないように門外不出にしていいかしら」
「名前の由来については魔界史の研究に必要不可欠と言うほどでもないからなあ…、分かったよ」
「ありがとう」
私とスクルは魔王城に帰った。
何とか隠し通せた様でほっとした、実は例のエッセイの中に『エルゼル』と名付けられたペットの話は載っていた、幸いにも僕が読んだ『主神様の教え』に載っていたのでエルゼルに気付かれなかった。
この秘密は墓場まで持っていくことにする、いや魔物娘と夫は冥界でも一緒だったっけ?それなら勇者様が亡くなったら教えてもいいかな?いや結局冥界で再開することになるし…。
いずれにしろエルゼルに親殺しの大罪を犯させるわけにはいかないから、当分は秘密にしなければならない『エルゼル』と名付けられた『ミジンコ』がいたということを…。
15/03/22 15:32更新 / キープ
戻る
次へ