13 編集
借金の話だけでもラービストさんのお父様への恨みは相当なものだということがよくわかった、普通死後の恨みなんて時がたつほど薄れていくものなのに借金は時がたつほど増えていくものだから。
まあこれもお父様がラービストさんの死後ものうのうと生きているからだけど、憎まれっ子世にはばかるとはこの事かしら?
・・・私本当にお父様の娘なのかしら・・・。
ラービストさんはともかく他の人はどうだったのかな?
「ねえスクル、他の人はお父様のことをどう思っていたの?」
私の質問にお父様がビクッと反応した、たぶん今まで主神や教団を裏切ったことを全く後悔していなかったのだろうけど今日一日でずいぶん弱気になったようだ。
「他の人の私的な記録ではあまり非難するような内容はないね」
「え、そうなの?」
「『女好きで有名なあいつをサキュバスの魔王のところへ行かせればああなることは火を見るより明らかだ、あいつを選んだのはラービストの判断ミスだ』と書かれた日記があるけど、ラービスト大司教以外はだいたいそういう考えだったようだね、中には『今頃は魔王といちゃいちゃしているに違いない、ああ妬ましい、爆発しろ』なんていうのもあるよ」
今度はお母様が『女好きで有名な〜』のところでピクリと反応した、「サキュバスではなく本当はラミアなのではないか」「いや正体は白蛇だ」と噂されるほど嫉妬深いところがあるお母様にとっては自分と出会う前のお父様の女性関係は気になるのだろう、その反面現金なところもあり『今頃は魔王と〜』のところでにこにこしていた、どうやら機嫌を損ねずにすんだようだ。
「あれ、でもさっきお父様の裏切りを事前に予測するのは不可能に近いから、ラービストさんは公式的には罰せられなかったって言わなかった?」
「みんなうすうすと予想していたけど口には誰も出さなかったんだ、ラービスト大司教だけはそう考えていなかったらしい、さすがにそれで罰するのは気の毒だということになったらしいね」
ラービストさんはお父様のことをとても信頼していたのね、お気の毒に。
考えてみれば教団にいたときのお父様は高名な勇者だったのだからさぞや女性にもてただろう、本人は言いたがらないだろうから後でスクルに聞いてみよう、うまくいけば後日お父様をゆするネタに使えそうだ、けけけけけ。
「それなら公的な記録はどうなっているの?」
「『史上最悪の裏切り者』『恩知らずの恥知らず』『べちゃぼんてん』『うんつく』『もけけぴろぴろ』といった悪口が並んでいるよ」
「後ろの方の言葉はどういう意味?」
「悪口だということはわかるけど具体的な意味はわからない」
「フィムは知っている?」
「うむ、どこかで聞いたことがあるようなないような・・・」
「お母様とお父様は?」
「私は知らないわ」
「他はいいとして『べちゃぼんてん』はいくらなんでもないだろ・・・」
なにらやぶつぶつこぼしていた、私の声は聞こえていないようだ。
公的な記録では非難されるのは当然として、私的な記録ではあまり非難されていないというのは驚きだった、ただ人望のおかげというよりはそれくらいのことはやりかねない奴と思われていたからなようだ、どちらかというと悪名のおかげだ。
こうなると今度は現在の評判が知りたくなってきた。
スクルに聞いてみたところお母様とお父様は不安そうな顔になったが、なあに知ったことか。
「教団の正史では『決して許されない大悪人』なんて書いてあるけど、一般的なところでは必ずしもそうでないよ」
「ふーん」
これ又意外な話だ。
「伝説、民話、演劇、音楽、詩、小説、笑い話、いろんなところで題材にされていて、悪役もあれば正義の味方もある、まあ正義の味方は教団にいたころの話がほとんどだけど」
「笑い話というのはどういうの、ぜひ聞かせて」
後でみんなに教えよう。
「ちょっと本人の目の前で言えるようなものではないから・・・」
「じゃあ後で二人きりになったら教えて」
お父様は嫌そうな顔をした。
「ぜひ儂にも教えてくれ」
フィムが割り込んできた、私とフィムは笑いのつぼがよく合うのでさぞ盛り上がるだろう。
「そのほかで有名なのはどんなのがあるの?」
「エルにもわかりやすく言うならバシリューの書いた小説があるよ、読んだことは・・・無いみたいだね」
「無いわ」
ここでバシリューの名前が出てくるとは思わなかった、でも歴史小説家なのだからお父様の小説を書いていてもおかしくはない。
「もしかしてバシリューがラービスト日記を読んだのは!?」
「時期から言ってその小説を書くためだろうね」
バシリューがお父様の小説を書くためラービスト日記を読んだ、そのために私とスクルが出会うことになった、縁は異なもの味なものとはよく言ったものだ。
「どういう話なの」
「それまでは善悪いずれにしろ超人的に描かれることの多かった勇者様を等身大の人物として書いたところが特徴だね、記録や資料をよく調べていてラービスト大司教をはじめとするわき役もよく書かれているよ」
「お父様が超人や聖人ではなく健康優良不良中年だというのは今日一日でよくわかったわ、その小説は持ってきてないの?」
「ごめん、それは持ってこなかった」
スクルが魔王城に来たのはバシリューの小説を宣伝するためではないのだからしょうがない、今回の件が一段落したらもう一度レスカティエか中立国あたりへスクルといっしょに探しに行こう。
「お父様関連の作品で持ってきたのはないの?」
「一冊だけ持ってきたのがあるんだけど・・・」
スクルは荷物の中から一冊の本を取り出した、題名は書いてないが外見は立派そうな分厚い本だ。
「何の本?」
「詩集だよ」
「詩集?」
どこかの吟遊詩人がお父様のことを詠んだ詩集なのかな?
「なんでこの本だけ持ってきたの、とても感動的な詩だとか?」
「いや・・・、そういうわけでもない」
スクルは妙に言いにくそうだった。
「どれ、ちょっと見せるのじゃ」
フィムはスクルから本を受け取り読み始めた、10ページほど読んだら顔をしかめ、あきれた様な声を上げた。
「なんじゃこれは?スクル、最後までこんな感じなのかこの詩集は」
「最後までそんな感じだよ」
「どういう詩なの?」
「厨二病の末期患者が書いたような詩じゃ、よくもこんな恥ずかしい詩を臆面もなく書けるものじゃ」
「文学部の教授は『典型的な若さゆえの過ちだ、だれしもが通る道だ、だが決して真似をしてはいけない』と評していたよ」
二人の話を聞く限りでは相当できの悪い詩集みたいだ。
「お父様のことを詠んだ詩集とはいえなんでそんな本を持ってきたの?」
「ちがうぞエル、夫様『が』詠んだ詩集じゃ」
「へ?」
フィムは表紙を開いて私に見せた、確かに作者のところにお父様の名前が書いてあった。
「お父様、本当にお父様が書いたの?」
お父様に聞こうと顔を向けたが、お父様の体はガタガタ震え、顔は汗びっしょりで、顔色は土気色で、私の声が聞こえていないようだった。
「そんなはずはない・・・、ノートは全部捨てたはずだ・・・、間違いない・・・」
私とお母様が何度も呼びかけたがお父様はうわごとをくりかえすだけだった。
「エル、ちょっとこの本を音読してみるのじゃ」
フィムから本を受け取ったので、真ん中あたりを開いて口に出して読み始めようとした時。
「くぁwせdrftgyふじこ!!!」
お父様がいきなり奇声を上げ私にとびかかり本を奪ったと思ったら、次の瞬間に素手で本をばらばらに引き裂いた。
「きゃ!」
かなり分厚い、背表紙で人を殴り殺せるような丈夫そうな本なのに、それを素手で一瞬にしてばらばらにするなんて・・・、お父様の勇者としての実力を初めて目の当たりにした。
「ありえない・・・、絶対にあるはずがない・・・、あっていいはずがない・・・」
お父様は荒い息を吐きながらさっきと同じようなことを繰り返していた。
「あなた、お願いだから落ちついて」
お母様にそう言われてお父様は席に着いた。
「夫様、自分の書いたポエムノートは全部捨てたはずだから詩集なぞあり得るはずがない、ということですな?」
フィムの追及にお父様は何も答えなかったが、それは肯定を意味していた。
「詩集には作者のところに夫様の名前が載っていたが、編者としてラービスト殿の名前が載っていたのじゃ」
ラービストさんの名前を聞いてまたお父様はビクリとした。
「編者がラービストさんということは、詩を書いたのはお父様で、この本を作ったのはラービストさんということ?」
私の問いにスクルが答えた。
「この詩集を編集して出版したのはラービスト大司教だよ、80代後半になって教団の仕事をやめて領地で隠居したあとにこの本を出したんだ」
ここまで聞いたらだいたい読めてきた。
「お父様って教団にいたころは自分の部屋の掃除は誰かがやってくれるから自分ではやらない人だったのではないですか?」
「なんで・・・わかるんだ・・・?」
やっぱり。
「部屋の掃除をしていたのはラービストさんで、そのときノートとかメモとかは捨てずに大事に取っておいたんじゃないですか?」
私の質問にお父様は答えず、代わりにフィムが答えた。
「なるほど、夫様はポエムノートを捨てたと勘違いしていたが、実はラービスト殿が大事に保管していたということじゃな」
「隠居して暇ができたから本にまとめたということね」
「なぜ・・・そんなことを・・・?」
お父様はラービストさんの意図が理解できないようだった。
「今のお父様を見ればわかるわ、精神的にダメージを与えるためによ」
「うがああああああ!」
お父様はまた奇声を上げのたうちまわった、お母様は必死になだめていた。
「スクル、この詩集は反魔物国家ではどのくらい出回っているのじゃ?」
「かなりのものだよ、なにしろ主神様の教えが書かれている『聖典』の次に売れている本だからね」
「そんなに売れているのか?儂は一度も聞いたことがないぞ」
「出版している団体は教団の直轄で普段は宗教がらみのお堅い本ばかり出しているから、魔界では知られていなんじゃないかな」
「教団が!?なぜ裏切り者の本を出版するのじゃ?」
「あの詩集の売り上げはすべて教団が貧しい人たちのために運営する学校、病院、孤児院、養老院といった施設のために使われることになっているんだよ」
「なるほど、貧しい人たちへの寄付ということで買われるのじゃな」
「スクル、ひょっとして詩集の売り上げが貧しい人たちのために使われるということを決めたのはラービストさんなの?」
「そうだよ、出版するときにそこまで決めたんだ」
ここで私はまだうめいているお父様に声をかけた。
「良かったわねお父様、あの詩集が売れれば売れるほど貧しい人たちのためになるんだって」
「だああああああああああ!」
お父様の暴れようはまるで禁断症状を起こした麻薬中毒患者のようだった、私たちでは手がつけられなくなったのでフィムとお母様が超強力な睡眠魔法を使って眠らせ、使用人や警備兵たちを呼んでお父様を寝室へ運ばせた。
当然にスクルのお父様への聞き取りの残りは明日へ延期となった。
スクルと私は、私の部屋に戻った。
部屋に戻ってからスクルは私の書き物机で大学への報告書を書き始めた、聞き取り自体はまだ終わっていないが、今日までの分をまとめるとのことだった。
ベッドに座った私は詩集のことを考えていた。
ラービストさんはあの詩集でお父様に精神的ダメージを与えられるということをよく知っていた、だからあの詩集が売れるように売り上げが貧しい人たちへの寄付になるように取り計らったのだ。
「スクル、あの詩集は今でも売れているの?」
「売れているよ、小さな本屋でも少なくても一冊は置いてあるくらいだ。金持ちがまとめ買いすることもよくあるよ」
「ラービストさんは詩集の売り上げを銅貨一枚も自分のものにはしていないのね?」
「そうだよ」
もしラービストさんが詩集の売り上げを自分のものにすればお父様への借金はすぐに取り戻せたはずだ、だがそれをせずに貧しい人たちのために・・・いやお父様へのいやがらせのために使うことにしたのだ。
何という恐ろしい人だ・・・、お父様は生きている限りとんでもない金額の借金と、思い出すことすら苦痛となる詩集に苦しめられることになるのだ・・・。
それにしても残念なのはあそこまでぼろくそにけなされる詩集の中身だ、あそこまで言われるとぜひ読んでみたくなる、当然魔界には出回っていないし、レスカティエか中立国なら手に入るかな?
「ねえスクル、あの詩集手に入らないかな?」
「あの詩集なら・・・」
スクルがそう言いかけた時、部屋のドアがノックされた。
こんな時間に誰かなと思いながらドアを開けたらメイド服を着たハーピー、いやセイレーンが立っていた、私の部屋の周辺では見たことがない顔だ。
「あの・・・エルゼル様、私セイレーンのスーンと申します、こんな時間に申し訳ありませんがよろしいでしょうか・・・」
「いいけど、何の用?」
「先ほど廊下でフィームズ様とすれ違った時に『夫様が詩人だなんて思わなかった』とつぶやく声が聞こえましたので、聞いてみたところエルゼル様の夫であるスクル様が詳しいからと言われましたので参りました」
「お父様の詩に興味があるの?」
「はい」
「何で?」
「私は歌の作詞作曲は基本自分でするのですが、最近どうしてもいい詩が作れないのです。他の人の詩を借りることにしたのですが、なかなかいいのがみつからなくて行き詰っていたのです。魔王様の夫様が詠んだ詩をぜひ見せてもらいたいのですが、お願いできませんでしょうか?」
セイレーンにとって歌とは夫を探すために必要不可欠なものだ、ぜひとも協力はしたいのだが・・・。
「残念だけどお父様の詩集は壊れちゃったんで捨てたのよ、ここにはないわ」
「いや、あるよ」
私とスーンのやり取りを聞いていたスクルが口を挟んだ。
「へ?だってさっきお父様がばらばらにしちゃったじゃない」
スクルは自分の荷物の中から先ほどお父様が壊した詩集と寸分違わぬ本を取り出した。
「間違えてこの本だけ2冊持ってきたんだ、ほしければあげるよ」
なんだそうなら見せてもらえばよかった、でもまあいいか。
スクルから詩集を受け取ったスーンはとてもうれしそうだった。
「ありがとうございます!歌ができたら是非お聞かせします!」
スーンは嬉しそうに走っていった。
「私は読んでいないけど、お父様の詩で歌が歌えるのかなあ?」
「勇者様の詩に即興で曲を付けて歌うというのは良くやるよ」
「本当?」
「宴会芸で」
不安になったが恥をかくのは私じゃないことに気付いたので放っておくことにした。
翌日、お父様の気分がすぐれないので聞き取りは明日以降に延期してほしいという連絡があった、あれだけ強力な睡眠魔法をかけても翌日には目覚めるのだからさすがは勇者である。
スクルは朝から報告書の続きを書き始めた、昼ごろには終わりそうということだ、終わったらさっそく夫婦の営みをするとしよう、スクルは自分から言い出すタイプではないようなので私の方から押し倒すことにしよう、ふっふっふっ。
そんなことを考えていたら昼ごろになってスーンから連絡があった、一晩で曲ができたとのことだ、庭でコンサートをやるのでぜひ来てほしいとのことだった。
夫婦の営みは夜になってからすればいい、スクルといっしょにいくことにした。
「スクルはセイレーンの歌は聞いたことがある?」
「聞いたことはないよ、ていうか聞いたら夫にされるんじゃなかったっけ?」
「そういえばそうだっけ、でもほんとにいい歌よ、ぜひ聴く価値はあるわ」
中庭には私たち以外にも魔物娘やその夫が集まっていた、舞台の上に緊張した様子のスーンが出てきてあいさつの後歌い始めた。
お父様の詩はそれだけでなら単なる俺つえー、俺かっこいい、俺さいこーというまさに厨二病真っ盛りの詩だが、スーンの作った曲で歌うととても感動的だった、スクルも感動していた。
スーンの歌は魔王城の隅々にまで流れた、歌い終わったときは割れんばかりの拍手が起こった。
次の日、お父様の病状が悪化したという連絡があった、どうやらスーンの歌がお父様のところにまで聞こえたらしい。
高熱が出て、「ラービスト・・・許してくれ・・・」といううわ言を発し、幻覚、幻聴まで聞こえるらしい、スクルは病状を気にしていてお見舞いに行こうかと言いだしたが、スクルに責任はないとはいえかえって病気が重くなるので止めた。
当然にスクルの聞き取りは打ち切りとなった。
まあこれもお父様がラービストさんの死後ものうのうと生きているからだけど、憎まれっ子世にはばかるとはこの事かしら?
・・・私本当にお父様の娘なのかしら・・・。
ラービストさんはともかく他の人はどうだったのかな?
「ねえスクル、他の人はお父様のことをどう思っていたの?」
私の質問にお父様がビクッと反応した、たぶん今まで主神や教団を裏切ったことを全く後悔していなかったのだろうけど今日一日でずいぶん弱気になったようだ。
「他の人の私的な記録ではあまり非難するような内容はないね」
「え、そうなの?」
「『女好きで有名なあいつをサキュバスの魔王のところへ行かせればああなることは火を見るより明らかだ、あいつを選んだのはラービストの判断ミスだ』と書かれた日記があるけど、ラービスト大司教以外はだいたいそういう考えだったようだね、中には『今頃は魔王といちゃいちゃしているに違いない、ああ妬ましい、爆発しろ』なんていうのもあるよ」
今度はお母様が『女好きで有名な〜』のところでピクリと反応した、「サキュバスではなく本当はラミアなのではないか」「いや正体は白蛇だ」と噂されるほど嫉妬深いところがあるお母様にとっては自分と出会う前のお父様の女性関係は気になるのだろう、その反面現金なところもあり『今頃は魔王と〜』のところでにこにこしていた、どうやら機嫌を損ねずにすんだようだ。
「あれ、でもさっきお父様の裏切りを事前に予測するのは不可能に近いから、ラービストさんは公式的には罰せられなかったって言わなかった?」
「みんなうすうすと予想していたけど口には誰も出さなかったんだ、ラービスト大司教だけはそう考えていなかったらしい、さすがにそれで罰するのは気の毒だということになったらしいね」
ラービストさんはお父様のことをとても信頼していたのね、お気の毒に。
考えてみれば教団にいたときのお父様は高名な勇者だったのだからさぞや女性にもてただろう、本人は言いたがらないだろうから後でスクルに聞いてみよう、うまくいけば後日お父様をゆするネタに使えそうだ、けけけけけ。
「それなら公的な記録はどうなっているの?」
「『史上最悪の裏切り者』『恩知らずの恥知らず』『べちゃぼんてん』『うんつく』『もけけぴろぴろ』といった悪口が並んでいるよ」
「後ろの方の言葉はどういう意味?」
「悪口だということはわかるけど具体的な意味はわからない」
「フィムは知っている?」
「うむ、どこかで聞いたことがあるようなないような・・・」
「お母様とお父様は?」
「私は知らないわ」
「他はいいとして『べちゃぼんてん』はいくらなんでもないだろ・・・」
なにらやぶつぶつこぼしていた、私の声は聞こえていないようだ。
公的な記録では非難されるのは当然として、私的な記録ではあまり非難されていないというのは驚きだった、ただ人望のおかげというよりはそれくらいのことはやりかねない奴と思われていたからなようだ、どちらかというと悪名のおかげだ。
こうなると今度は現在の評判が知りたくなってきた。
スクルに聞いてみたところお母様とお父様は不安そうな顔になったが、なあに知ったことか。
「教団の正史では『決して許されない大悪人』なんて書いてあるけど、一般的なところでは必ずしもそうでないよ」
「ふーん」
これ又意外な話だ。
「伝説、民話、演劇、音楽、詩、小説、笑い話、いろんなところで題材にされていて、悪役もあれば正義の味方もある、まあ正義の味方は教団にいたころの話がほとんどだけど」
「笑い話というのはどういうの、ぜひ聞かせて」
後でみんなに教えよう。
「ちょっと本人の目の前で言えるようなものではないから・・・」
「じゃあ後で二人きりになったら教えて」
お父様は嫌そうな顔をした。
「ぜひ儂にも教えてくれ」
フィムが割り込んできた、私とフィムは笑いのつぼがよく合うのでさぞ盛り上がるだろう。
「そのほかで有名なのはどんなのがあるの?」
「エルにもわかりやすく言うならバシリューの書いた小説があるよ、読んだことは・・・無いみたいだね」
「無いわ」
ここでバシリューの名前が出てくるとは思わなかった、でも歴史小説家なのだからお父様の小説を書いていてもおかしくはない。
「もしかしてバシリューがラービスト日記を読んだのは!?」
「時期から言ってその小説を書くためだろうね」
バシリューがお父様の小説を書くためラービスト日記を読んだ、そのために私とスクルが出会うことになった、縁は異なもの味なものとはよく言ったものだ。
「どういう話なの」
「それまでは善悪いずれにしろ超人的に描かれることの多かった勇者様を等身大の人物として書いたところが特徴だね、記録や資料をよく調べていてラービスト大司教をはじめとするわき役もよく書かれているよ」
「お父様が超人や聖人ではなく健康優良不良中年だというのは今日一日でよくわかったわ、その小説は持ってきてないの?」
「ごめん、それは持ってこなかった」
スクルが魔王城に来たのはバシリューの小説を宣伝するためではないのだからしょうがない、今回の件が一段落したらもう一度レスカティエか中立国あたりへスクルといっしょに探しに行こう。
「お父様関連の作品で持ってきたのはないの?」
「一冊だけ持ってきたのがあるんだけど・・・」
スクルは荷物の中から一冊の本を取り出した、題名は書いてないが外見は立派そうな分厚い本だ。
「何の本?」
「詩集だよ」
「詩集?」
どこかの吟遊詩人がお父様のことを詠んだ詩集なのかな?
「なんでこの本だけ持ってきたの、とても感動的な詩だとか?」
「いや・・・、そういうわけでもない」
スクルは妙に言いにくそうだった。
「どれ、ちょっと見せるのじゃ」
フィムはスクルから本を受け取り読み始めた、10ページほど読んだら顔をしかめ、あきれた様な声を上げた。
「なんじゃこれは?スクル、最後までこんな感じなのかこの詩集は」
「最後までそんな感じだよ」
「どういう詩なの?」
「厨二病の末期患者が書いたような詩じゃ、よくもこんな恥ずかしい詩を臆面もなく書けるものじゃ」
「文学部の教授は『典型的な若さゆえの過ちだ、だれしもが通る道だ、だが決して真似をしてはいけない』と評していたよ」
二人の話を聞く限りでは相当できの悪い詩集みたいだ。
「お父様のことを詠んだ詩集とはいえなんでそんな本を持ってきたの?」
「ちがうぞエル、夫様『が』詠んだ詩集じゃ」
「へ?」
フィムは表紙を開いて私に見せた、確かに作者のところにお父様の名前が書いてあった。
「お父様、本当にお父様が書いたの?」
お父様に聞こうと顔を向けたが、お父様の体はガタガタ震え、顔は汗びっしょりで、顔色は土気色で、私の声が聞こえていないようだった。
「そんなはずはない・・・、ノートは全部捨てたはずだ・・・、間違いない・・・」
私とお母様が何度も呼びかけたがお父様はうわごとをくりかえすだけだった。
「エル、ちょっとこの本を音読してみるのじゃ」
フィムから本を受け取ったので、真ん中あたりを開いて口に出して読み始めようとした時。
「くぁwせdrftgyふじこ!!!」
お父様がいきなり奇声を上げ私にとびかかり本を奪ったと思ったら、次の瞬間に素手で本をばらばらに引き裂いた。
「きゃ!」
かなり分厚い、背表紙で人を殴り殺せるような丈夫そうな本なのに、それを素手で一瞬にしてばらばらにするなんて・・・、お父様の勇者としての実力を初めて目の当たりにした。
「ありえない・・・、絶対にあるはずがない・・・、あっていいはずがない・・・」
お父様は荒い息を吐きながらさっきと同じようなことを繰り返していた。
「あなた、お願いだから落ちついて」
お母様にそう言われてお父様は席に着いた。
「夫様、自分の書いたポエムノートは全部捨てたはずだから詩集なぞあり得るはずがない、ということですな?」
フィムの追及にお父様は何も答えなかったが、それは肯定を意味していた。
「詩集には作者のところに夫様の名前が載っていたが、編者としてラービスト殿の名前が載っていたのじゃ」
ラービストさんの名前を聞いてまたお父様はビクリとした。
「編者がラービストさんということは、詩を書いたのはお父様で、この本を作ったのはラービストさんということ?」
私の問いにスクルが答えた。
「この詩集を編集して出版したのはラービスト大司教だよ、80代後半になって教団の仕事をやめて領地で隠居したあとにこの本を出したんだ」
ここまで聞いたらだいたい読めてきた。
「お父様って教団にいたころは自分の部屋の掃除は誰かがやってくれるから自分ではやらない人だったのではないですか?」
「なんで・・・わかるんだ・・・?」
やっぱり。
「部屋の掃除をしていたのはラービストさんで、そのときノートとかメモとかは捨てずに大事に取っておいたんじゃないですか?」
私の質問にお父様は答えず、代わりにフィムが答えた。
「なるほど、夫様はポエムノートを捨てたと勘違いしていたが、実はラービスト殿が大事に保管していたということじゃな」
「隠居して暇ができたから本にまとめたということね」
「なぜ・・・そんなことを・・・?」
お父様はラービストさんの意図が理解できないようだった。
「今のお父様を見ればわかるわ、精神的にダメージを与えるためによ」
「うがああああああ!」
お父様はまた奇声を上げのたうちまわった、お母様は必死になだめていた。
「スクル、この詩集は反魔物国家ではどのくらい出回っているのじゃ?」
「かなりのものだよ、なにしろ主神様の教えが書かれている『聖典』の次に売れている本だからね」
「そんなに売れているのか?儂は一度も聞いたことがないぞ」
「出版している団体は教団の直轄で普段は宗教がらみのお堅い本ばかり出しているから、魔界では知られていなんじゃないかな」
「教団が!?なぜ裏切り者の本を出版するのじゃ?」
「あの詩集の売り上げはすべて教団が貧しい人たちのために運営する学校、病院、孤児院、養老院といった施設のために使われることになっているんだよ」
「なるほど、貧しい人たちへの寄付ということで買われるのじゃな」
「スクル、ひょっとして詩集の売り上げが貧しい人たちのために使われるということを決めたのはラービストさんなの?」
「そうだよ、出版するときにそこまで決めたんだ」
ここで私はまだうめいているお父様に声をかけた。
「良かったわねお父様、あの詩集が売れれば売れるほど貧しい人たちのためになるんだって」
「だああああああああああ!」
お父様の暴れようはまるで禁断症状を起こした麻薬中毒患者のようだった、私たちでは手がつけられなくなったのでフィムとお母様が超強力な睡眠魔法を使って眠らせ、使用人や警備兵たちを呼んでお父様を寝室へ運ばせた。
当然にスクルのお父様への聞き取りの残りは明日へ延期となった。
スクルと私は、私の部屋に戻った。
部屋に戻ってからスクルは私の書き物机で大学への報告書を書き始めた、聞き取り自体はまだ終わっていないが、今日までの分をまとめるとのことだった。
ベッドに座った私は詩集のことを考えていた。
ラービストさんはあの詩集でお父様に精神的ダメージを与えられるということをよく知っていた、だからあの詩集が売れるように売り上げが貧しい人たちへの寄付になるように取り計らったのだ。
「スクル、あの詩集は今でも売れているの?」
「売れているよ、小さな本屋でも少なくても一冊は置いてあるくらいだ。金持ちがまとめ買いすることもよくあるよ」
「ラービストさんは詩集の売り上げを銅貨一枚も自分のものにはしていないのね?」
「そうだよ」
もしラービストさんが詩集の売り上げを自分のものにすればお父様への借金はすぐに取り戻せたはずだ、だがそれをせずに貧しい人たちのために・・・いやお父様へのいやがらせのために使うことにしたのだ。
何という恐ろしい人だ・・・、お父様は生きている限りとんでもない金額の借金と、思い出すことすら苦痛となる詩集に苦しめられることになるのだ・・・。
それにしても残念なのはあそこまでぼろくそにけなされる詩集の中身だ、あそこまで言われるとぜひ読んでみたくなる、当然魔界には出回っていないし、レスカティエか中立国なら手に入るかな?
「ねえスクル、あの詩集手に入らないかな?」
「あの詩集なら・・・」
スクルがそう言いかけた時、部屋のドアがノックされた。
こんな時間に誰かなと思いながらドアを開けたらメイド服を着たハーピー、いやセイレーンが立っていた、私の部屋の周辺では見たことがない顔だ。
「あの・・・エルゼル様、私セイレーンのスーンと申します、こんな時間に申し訳ありませんがよろしいでしょうか・・・」
「いいけど、何の用?」
「先ほど廊下でフィームズ様とすれ違った時に『夫様が詩人だなんて思わなかった』とつぶやく声が聞こえましたので、聞いてみたところエルゼル様の夫であるスクル様が詳しいからと言われましたので参りました」
「お父様の詩に興味があるの?」
「はい」
「何で?」
「私は歌の作詞作曲は基本自分でするのですが、最近どうしてもいい詩が作れないのです。他の人の詩を借りることにしたのですが、なかなかいいのがみつからなくて行き詰っていたのです。魔王様の夫様が詠んだ詩をぜひ見せてもらいたいのですが、お願いできませんでしょうか?」
セイレーンにとって歌とは夫を探すために必要不可欠なものだ、ぜひとも協力はしたいのだが・・・。
「残念だけどお父様の詩集は壊れちゃったんで捨てたのよ、ここにはないわ」
「いや、あるよ」
私とスーンのやり取りを聞いていたスクルが口を挟んだ。
「へ?だってさっきお父様がばらばらにしちゃったじゃない」
スクルは自分の荷物の中から先ほどお父様が壊した詩集と寸分違わぬ本を取り出した。
「間違えてこの本だけ2冊持ってきたんだ、ほしければあげるよ」
なんだそうなら見せてもらえばよかった、でもまあいいか。
スクルから詩集を受け取ったスーンはとてもうれしそうだった。
「ありがとうございます!歌ができたら是非お聞かせします!」
スーンは嬉しそうに走っていった。
「私は読んでいないけど、お父様の詩で歌が歌えるのかなあ?」
「勇者様の詩に即興で曲を付けて歌うというのは良くやるよ」
「本当?」
「宴会芸で」
不安になったが恥をかくのは私じゃないことに気付いたので放っておくことにした。
翌日、お父様の気分がすぐれないので聞き取りは明日以降に延期してほしいという連絡があった、あれだけ強力な睡眠魔法をかけても翌日には目覚めるのだからさすがは勇者である。
スクルは朝から報告書の続きを書き始めた、昼ごろには終わりそうということだ、終わったらさっそく夫婦の営みをするとしよう、スクルは自分から言い出すタイプではないようなので私の方から押し倒すことにしよう、ふっふっふっ。
そんなことを考えていたら昼ごろになってスーンから連絡があった、一晩で曲ができたとのことだ、庭でコンサートをやるのでぜひ来てほしいとのことだった。
夫婦の営みは夜になってからすればいい、スクルといっしょにいくことにした。
「スクルはセイレーンの歌は聞いたことがある?」
「聞いたことはないよ、ていうか聞いたら夫にされるんじゃなかったっけ?」
「そういえばそうだっけ、でもほんとにいい歌よ、ぜひ聴く価値はあるわ」
中庭には私たち以外にも魔物娘やその夫が集まっていた、舞台の上に緊張した様子のスーンが出てきてあいさつの後歌い始めた。
お父様の詩はそれだけでなら単なる俺つえー、俺かっこいい、俺さいこーというまさに厨二病真っ盛りの詩だが、スーンの作った曲で歌うととても感動的だった、スクルも感動していた。
スーンの歌は魔王城の隅々にまで流れた、歌い終わったときは割れんばかりの拍手が起こった。
次の日、お父様の病状が悪化したという連絡があった、どうやらスーンの歌がお父様のところにまで聞こえたらしい。
高熱が出て、「ラービスト・・・許してくれ・・・」といううわ言を発し、幻覚、幻聴まで聞こえるらしい、スクルは病状を気にしていてお見舞いに行こうかと言いだしたが、スクルに責任はないとはいえかえって病気が重くなるので止めた。
当然にスクルの聞き取りは打ち切りとなった。
13/12/23 14:54更新 / キープ
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