連載小説
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10 昔話
お父様は昔のことを思い出しながら話し始めた。
「ラビットの奴・・・、いや、ラービストの奴は自ら前線で戦うというタイプではなかった、武器を使うのは得意じゃなかったし、攻撃魔法はそこそこに使えるが平均より少し下、という程度だった」
あだ名で呼ばれることを相手が嫌がっていた、ということを今頃知ったお父様はあだ名を使うのをやめたようだ。
「お父様、ではラービストさんは教団で何をしていたのですか?」
戦いが得意ではない人をお父様が敵に回したくない相手、と表現する理由が分からなかった。
「最初に出会ったときは、あいつは教団で事務仕事をしていた」
「事務仕事?」
「事務仕事といってもたんに書類を整理しているだけの仕事じゃあない、出会った場所は魔物との戦いの最前線から少し下がったところの砦だった」
一瞬あれ?と思ったが当時のお父様は教団にいて、魔物と戦う側だったということ今更ながら気付いた。
「そういうところでの事務仕事というと、単に机に縛りついているような仕事ではないじゃろうなあ」
私もフィムと同じ考えだった、最前線のすぐ後ろなんて、いつそこが最前線になってもおかしくない場所だ。
「そのとおりだ、あいつの仕事もいろいろあった。武器や食料の調達、教団本部からの命令や情報の伝達、砦の維持管理、食事の配給、戦死者の埋葬や遺族への連絡」
「戦死者!?」
驚いて大声を出してしまったけど、旧魔王時代は魔物と人間は殺し合いをしていたということを思い出した。
「ということはその頃はお母様が魔王になる前だったのですか?」
「それはもっと先の話だ、俺もそのころは勇者ではなくて教団の一兵士だったからな」
「え?」
また驚いた、伝説の勇者とも言われるお父様なのだから、生まれたときから勇者になる定めだったとかばかりと思っていた。
「じゃあなぜお父様は教団に入ったのですか?」
「俺の生まれ故郷はチク村というところなんだが、村長の息子というのが父親の権威を笠に着たいやなやつでな。ろくに働かない、嫌がる女性に絡む、昼間から酒を飲むといったありさまで、ある日俺は我慢できなくて奴と決闘したんだ」
「それでどうなったのですか?」
「俺が勝ったんだがな、村長からにらまれる羽目になって結局村を追い出されたんだ。そのあといろいろあって教団兵になったんだ、まあ、その頃は腕っ節に自信のあるやつは教団兵になるのがほとんどだったからな」
「そう・・・だったんですか」
お父様がお母様と出会う前の話は今まで聞いたことがなかった、故郷を追い出されるなんてどれだけつらい思いをしてきたのだろうか・・・。
感傷的な気分に浸っていたところ、それまで黙ってお父様の言葉をノートに書き記していたスクルが疑問を呈した。
「勇者様の故郷を出奔したところの話ですが、僕の読んだ話とはだいぶ異なりますが?」
どういうこと?と思ったらフィムがスクルに尋ねた。
「なんじゃ?スクル、ラービスト日記にはそんなことまで書いてあったのか?」
「いや、そんなはずはないな、俺はラービストにその時のことを話したことは無いはずだ」
「いえ、ラービスト日記ではないです。勇者様、その村長の息子の名前はグムトですか?」
「その通りだが、よく知っているな」
「グムトは父親の後を継いで村長になりました。その後、複数の人から勇者様が村に住んでいた時のことを聞かれたのですが、勇者様こそろくに働かない、嫌がる女性に絡む、昼間から酒を飲む、グムトをカツアゲする、というような人だったと証言しています」
は・・・・?お父様ってそういう人だったの・・・?どっちが正しいの?
お母様もハァ?というような顔をしていた。
お父様はやばい!といいたげな感じの顔をしていた。
「ちょっとまてスクル、グムト村長がそう証言したのは夫様が教団を裏切り、魔王様と結ばれた後のことじゃないのか、そうならば悪く言うのも当然じゃろ」
フィムは焦ったような感じでスクルに詰め寄った。
「グムト村長が証言したのは確かにその頃です、ですが他の記録もあります。勇者様、当時チク村を担当していた巡回神父のサキテスという人を覚えていますか?」
「あ・・・あぁ覚えているな」
お父様は肉食獣に追いつめられた小動物のような雰囲気を漂わせていた。
「サキテス巡回神父の業務日記にも勇者様のことが書かれています、こちらはグムト村長の証言と異なりリアルタイムで書かれたものです。どうしようもない不良で、手がつけられない暴れ者で、村一番の鼻つまみ者と書かれています、このままでは村中から集団リンチされてしまうので、無理やりにでも教団兵にするということでおさまったと記されています」
「あなた・・・、スクルさんの言っていることってホントなの・・・?」
お母様はジト目でお父様をにらんでいた。
「いや・・・その・・・まあ・・・」
歯切れの悪い返事がすべてを物語っていた。
「お父様・・・、私に嘘はいけないって言ったことあったわよね・・・」
「夫様、下手にかっこつけようと思って嘘をついても、歴史の専門家であるスクルに突っ込まれるだけですぞ。伝説の勇者なのだから資料はたくさん残っているし、研究もたくさんされているじゃろうし。これ以上嘘をつくと本当のことを言っても、みんなスクルの言うことの方を信用するようになりますぞ」
フィムの追求をうけてお父様は降参した。
「あ・・・すまない、昔のことを話すのは久しぶりなもので、ついかっこつけてしまった、これからはまじめにやるから勘弁してくれって、どこまで話したんだっけ?」
「ラービストさんがどういう仕事をしていたかというとこまでです」
考えてみると私が余計な事を聞いたから話がずれた、少し自重したほうがいいかな。
「そうだったな、その頃のラービストは地道な仕事をまじめにこなしていて、俺みたいな前線で戦う兵士からみても文句のない仕事ぶりだった。あまり人付き合いはいい方ではなかったけど、なんだかんだで友人といえる仲にはなったな。そのうち俺はいくつかの戦いで功績を立ててそれなりに出世して、あいつもまじめな仕事ぶりを評価されて出世した」
お父様がラービストさんのことを話すときは少し楽しそうな顔をする、さぞ仲が良かったのだろうなあ。
「出世した直後あたりは魔物との戦いが少し落ち着いていた時期だったこともあって、あいつは知り合いから紹介された女性と結婚したんだ。女性に対して積極的な方ではなかったからほとんどお見合いみたいなものだったがな」
じゃあお父様は女性に対してはどうだったのですか、という質問がもう少しで口から出そうになったけど、また話がずれそうなのと、お母様が確実に不機嫌になるから、危ういところで自重した。
「実に仲のいい夫婦でな、結婚して一年ちょっと経った頃に子供が生まれた。ラービストは出世してからは単なる事務仕事から魔物の情報収集や分析、作戦立案とかいわゆる参謀の仕事に就いた。これが実に適任だった、俺はあいつと組んで連戦連勝だった、俺とあいつの名コンビは味方だけでなく敵にも知られるようになったが、それが悲劇の原因だったんだ」
悲劇・・・?
「あいつの子供が4歳になったころに妻と子がいっしょに魔物にさらわれて、返してほしいのなら教団を裏切れと脅迫されたんだが、あいつはそれを直ぐに断った。俺や他の仲間もびっくりしてそれでいいのかと聞いたんだが、あいつはここで要求を受け入れたら同じことが繰り返されるから、絶対に受け入れられない、妻と子のことは覚悟していると言った」
誘拐されて、脅迫されたけど断ったってことは・・・。
「じゃあラービストさんは家族を愛してはいなかったの?」
「いや、それはない。あいつは普段は理性的であまり感情を表に出さなかったが、家族と一緒にいるときはいつも嬉しそうだった、妻や子だってあいつのことを愛していた。それだから俺たちはなおさら驚いたんだ、念のために言っておくがどこに捕らわれているのかさんざん探したし、仮に要求を受け入れても戻ってくる保証はどこにもなかったんだ。感情を一切表には出さなかったが、とてもつらい決断をしたというのは俺にはよくわかったから、それ以上何も言えなかった」
「感情はともかく理性的には正しい判断じゃな、ラービスト殿は常に理性を優先する方なのじゃろう」
フィムの言葉にお父様はその通りだと返した。
「ラービストさんの奥さんと子供は殺されちゃったの?」
「そうじゃなかった、ある意味殺されるよりひどい話だった。ほとんどあきらめていたころ、ある魔物の集団と戦って勝ったんだが、その中に魔物化したあいつの妻と子がいた、とどめをさす前に気付いたから死にはしなかったが」
「え?生きていたのだから良かったんじゃないの?」
私はその話を聞いて安心したのだが、お父様は苦い薬を飲んだような顔をした。
「今の魔物の感覚からいえばそうなるがな、その頃は魔物と人間が殺し合っていた時代だ、その二人も人間に危害を加えようとして俺に返り討ちにされたんだ。あいつの妻と子をさらった魔物は、当時ではむしろ珍しかった人間を魔物化して忠実な部下にする能力を持っていた、もちろん戻す方法なぞない。俺はこの二人をどうしたらいいのか分からず、あいつに連絡した、すぐにあいつは駆け付けた」
ここでラービストさんの妻子の話が始まってからずっと黙っていたお母様が口を開いた。
「もしかして・・・ラービストさんは自分の妻と子を自ら・・・」
「そうだ、あいつは自らの手で妻と子にとどめをさした」
お父様の話でこれほどの衝撃を受けたことは無かった。
「どうして・・・なんで殺さなきゃならないの!?」
「魔物化した二人は人間としての記憶や理性は残していなかった、逃がしたところで他の人間を襲うだけだし、ラービストがなんとか助けようとしてもあいつを殺すだけなんだ」
今度はお母様が私に話しかけた。
「ラービストさんの妻と子をさらった魔物の種族は私も知っているけど、その種族が人間を魔物化するのは仲間を増やすためでは無いの。元人間の魔物と人間を戦わせて労せずして人間を減らすのと、ラービストさんみたいに人間を精神的に苦しめるのが目的なのよ」
「さっき俺は、どうしたらいいのか分からなかったと言ったが、最終的には殺すしかないというのは分かっていた。でもまさかあいつが自らとどめをさすとは思わなかったから、驚いて問いだたしたところ『もしお前が殺していたら、俺はお前を一生恨むことになる。だが俺が殺せば誰も恨まずにすむ』と答えた。その時俺は、涙を流さなくても、嗚咽を上げなくても、顔に感情を一切出さなくても、人間は泣くことができるんだということを初めて知った。そしてあいつは変わった」

13/10/27 22:58更新 / キープ
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■作者メッセージ
楽しみにしていた方申し訳ありません、前回からかなり時間がかかってしまいました。

今回はシリアスな話ですのでカテゴリを一部変更しました。


あと2、3話で終わる予定です。

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