連載小説
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11 原因
変わった・・・、確かに大事な奥さんと子供を殺された、いや殺させられたならのなら変わるのかもしれない。
それにしても昔はずいぶんとひどいことをする魔物もいたもんだ、そんな話聞いたこともなかった・・・、ん?ひょっとして?
「幾人かのお姉様が『お母様とお父様に旧魔王時代の人間との戦いの話を聞こうとしたが教えてくれなかった』とおっしゃっていましたが、もしかしてラービストさんのような話ばかりだからですか?」
私の質問にお母様が答えてくれた。
「そうよ、昔の魔物のなかには人間を殺すだけでなく、いたぶったり苦しめたりすることが得意な種族もいたのよ。聞いてしまうと、自分が魔物であることに罪悪感を覚えてしまうような話も多いわ。あなたの姉さんの中にはデルエラに負けないくらいの過激派だったのに、私やこの人から昔の話を詳しく聞いて、すっかりおとなしくなってしまった子もいるのよ」
なにそれこわい、そうなるとデルエラお姉さまは昔の話には興味が無い方なのかな?
あるいは自分が生まれる前のことなんか知ったこっちゃあない、という考えなのかも。
私は別に過激派ではないけど、そういう話を聞いてしまったらどうなるんだろう?
「おーい、そろそろ話を戻していいか」
考え込んでいたら、お父様に声をかけられた。
「ごめんなさい、話を戻してください」
「前にも言ったがラービストは理性的で感情を表に出さないから、見た目は変わったように見えなかったんだが、あいつの立てる作戦が明らかに変わった」
「どういう風に変わったのですかな?」
作戦と聞いてフィムは興味が出てきたようだった。
「それまで俺は魔物と戦うというのは、魔物の戦闘部隊と戦って勝つというふうにしか考えていなかった、いや俺だけでなく教団のほとんどもそうとしか考えていなかった。あいつは戦闘部隊と戦うのはなるべく避けて、魔物の本拠地をねらうという作戦を立てることが多くなった」
「ですが夫様、相手の主力を避けて砦や城といった拠点を狙うのは戦の常道ではないのですか?」
「いや、魔物の本拠地とはそういう意味じゃない、種族によって異なるが、その種族の戦闘に参加しない連中が日常生活を送っている場所、分かりやすく言えば繁殖する場所だ。獣系の魔物なら『まず子供をねらえ、そうすれば雌が出てくる、雌の中では孕んでいるのを優先して殺せ、その後子供を殺せ、引き揚げる際には餌場を焼き払うのを忘れるな』というのが基本的な指示だった」
それを聞いたお母様はつらそうな顔をして、フィムは少し驚いたような顔をした。
スクルはお父様の話すことをひたすら記録していた。
それって虐殺ってことじゃあ・・・。
私の表情を見てお父様は私の言いたいことが分かったようだ。
「俺や教団の中にもそれはちょっとやりすぎじゃないか?という意見もあったんだが、あいつは魔物のやっていることを真似しているだけし、魔物を滅ぼすには一見遠回りだがこれが確実なやり方だと言って取り付く島もなかった」
「当時は、魔物は戦闘員、非戦闘員の区別なんて付けずに人間を襲っていましたからなあ。ある意味、今でも変わってはいませんが」
フィムの冗談に誰も反応しなかった、フィムは少し傷ついたような顔をした。
「それでも俺は食い下がったんだが、『自分の両親や祖父母、兄弟姉妹は誰も魔物を傷付けたことがないのに魔物に殺されたんだぞ』と言われるとそれ以上何も言えなかった、あいつは故郷の村を魔物に襲われて一人だけ生き残って、魔物への復讐のために教団に入ったんだ。当時は教団にはそういう奴が多かった」
なんだかラービストさんの方に味方したくなってきた。
「他に、特に仲間意識の強い種族を相手にするときの作戦として、生け捕りにした一匹を逃げることができないくらいに半殺しにして見晴らしのいい場所に放置するというのを考案した」
「それでどうするのですかな」
「助けようと近づいてくる仲間を弓矢や遠距離魔法で狙い撃ちにするやり方だ、これは最初の生け捕りに成功すれば実に効率のいい作戦だった」
「狙われる側としてはずいぶんといやな作戦ですな、だが効果的なのは確かですのじゃ」
「そのほかアンデッド対策として、死体は火葬する、ということも推し進めようとした。こちらは教団の信仰の問題もあるからうまくはいかなかったが、疫病の流行を防ぐためという名目で進めていたな」
「たしか反魔物国家の一部でも火葬しているところがあるはずじゃな、ラービスト殿の努力も無駄では無かったらしいのお」
ラービストさんはなかなか頭のいい方だったようだ、だけどお父様が敵に回したくない相手と言うほどのことなのかなあ?
「ですが夫様、いずれのやり方も今の魔王様に代替わりしてすべての魔物にサキュバスの魔力が含まれているようになってからは、必ずしも有効なやり方とは限りませんぞ。夫様が魔王様と結ばれた後にラービスト殿をそれほど恐れる必要はなかったのではないですか?」
フィムも同じことを考えたようだ。
お母様が魔王になった後なら、繁殖地を襲ったところで魔物娘の夫になってしまうだけだし、魔法や弓矢が使える種族も増えたから遠距離攻撃も一方的にやられるだけではないし、アンデッドも自分で子供を産めるようになったから、死体を火葬してもアンデッドが増えることを防ぐことはできないからだ。
「話はこれで終わりじゃない、今までのやり方はあいつが一から考え出したというものではなく、小規模ながらあちこちで行われていたものを、まとめて大規模に行ったものなんだ。だが、次から言うのはそれまでだれも考え付かなかったやり方で、魔物に与えた損害はとてつもなく大きく、もし俺が教団を裏切った後に再度やられたら、とんでもない被害が出るんじゃないかと俺は恐れたんだ」
そんなのってあるの?お母様やフィムも驚いたような顔をしていた。
「ラービストは策略を仕掛けて魔物同士を仲違いさせることができたんだ」
策略で仲違い?
フィムは驚いた口調で反論した。
「いや、夫様それはあり得ませんぞ。旧魔王時代は知能を持った魔物は一部の上級種族だけですし、その知能も人間とはだいぶ異質のものでしたぞ。策略をしかけるというのは同等の知能がなければ成立しませんぞ」
その通りだ、たとえて言えば、人間や魔物が知能を持たない獣や虫(非魔物)には策略を仕掛けるなんてことはできないし、その逆もあり得ない。
「俺もそう思うのだが、あいつはそれができたんだ。もちろん仕掛けた相手は今言ったような一部の上級種族だけだったけど、そいつらは旧魔王軍の幹部や有力者だったから効果は抜群だったんだ」
「いったいどうやって?」
「俺の知っている範囲でいえば、旧魔王軍の伝令兵を捕まえて手紙を書きかえる。複数の種族を同時に生け捕りにしたときは特定の種族は無条件で解放して、他は皆殺しにして疑心暗鬼の種をまくなんていうのもあった。ただ詳しくは俺も知らないんだよ、正直言って俺は頭を使った作戦なんていうのは苦手だったからあいつの言うとおりに動いていただけだったんだ。ただ一番初めに策略を仕掛けたのはあいつの妻子を魔物にした種族だったから、かたき討ちに協力するつもりで俺もがんばったがな」
私がその時代にいたのなら、ラービストさんの妻子のかたき討ちのために協力したかもしれない。
「それでかたきは討てたのですか?」
どうしても聞きたかった。
「まず旧魔王にその種族が反乱を起こそうとしていると信じ込ませた、その結果旧魔王の周辺にいた連中はことごとく粛清された。残りはその種族の本拠地に閉じこもったから俺たちがそこを襲撃して全滅させた、そしてその種族は滅亡したんだ」
「滅亡した・・・?ということは今、その種族はいないということですか?」
私の質問にお母様が答えてくれた。
「そのとおりよ、当時は魔物の間でもかなり話題になったわ。人間と魔物の長い戦いの歴史の中でも一つの種族が滅亡したというのは数えるほどしかないのよ」
「それを達成できたのですからラービスト殿の非凡さがよくわかるのじゃ」
私は魔物なのだから、旧魔王の時代とはいえ一つの種族が絶滅したのは本来なら悲しむべきことなのだが、むしろかたきを討てて良かったと思ってしまった。
だがお母様のおかげで現在はすべての魔物が人間を好きになっているから、むしろ良かったと思う方が正しいのかもしれない、どちらが正しいのだろうか?考え込んでしまった。
「その後、あいつは他の魔物にも策略を仕掛けて、ことごとく成功した。魔物同士で争ったり、旧魔王に粛清されたりして、弱体化したところを俺たちが襲撃して倒す、ということを何度か繰り返した。俺が勇者と言われるようになったのはこのころからだな」
ということはお父様が勇者になったのはラービストさんのおかげ?
そんなことを考えていたら、お母様がまさか・・・という顔をしながら話し始めた。
「たぶんその頃だったと思うけど、私の親友が旧魔王に覚えのない謀反の疑いで処刑されたことがあったのだけど、それも策略だったのかしら」
そんなことがあったの?
「その可能性は高いな、種族の中には旧魔王に従順なのと反抗的なのがいたが、あいつはむしろ従順な種族を策略の対象にしていた、なぜかと聞いたら、その方が魔物の旧魔王に対する反抗心を高めるのに効率が良いからだと言っていた」
「ラービスト殿は策略の真髄を究めていたようじゃな。ところで魔王様、魔王様が旧魔王を倒して自らが魔王になったのは親友が無実の罪で殺されたのがきっかけですか?」
フィムの質問に対してお母様は少し怖い顔で話し始めた。
「そうよ、直接のきっかけはかけがえのない友達が冤罪で処刑されたこと。当時の私は人間と戦うことには興味がなく、旧魔王にもあまり近づかないようにしていたのだけれど、あの子は旧魔王に対する忠誠心はとても高く熱心に働いていたわ。謀反の罪で捕えられたときは、私は何とか助けようと駆けずり回ったけどどうにもならなかった。旧魔王は殺された友達の他にも無実の者を次々と処刑して、続発する魔物の反乱に有効な手が打てず、教団にはかなり押されていたの。旧魔王をなんとか排除しないとこのままでは魔物が滅ぶと思ったわ」
「それで魔王になることを決心されたわけですか」
フィムに対して、お母様は多少自嘲が入った顔になって答えた。
「今にしてみればずいぶんと無謀なことをしたと思うわ、勝つ望みなんか全くない状態で旧魔王への戦いを始めたのだけれど、有力な種族が次々と協力してくれて、旧魔王の側近たちもかなりこちら側についてくれたの」
「ラービスト殿の策略が功を奏して、旧魔王は魔物達から見放されていたわけじゃな」
「当時の私はラービストさんのことなんか全く知らなかったから、私ってとても人気があったのねってうぬぼれていたわ」
「あいつの恐ろしさがよくわかるだろ」
あのーお父様、ここはお母様に『いや、おまえは自分の人気と実力のおかげで魔王になれたのだ』と言うべきなのではないですか?
私はお父様にテレパシーを送ろうとしたが、よく考えたら私はテレパシーをあまり使ったことがない、間違えてお母様に送ったらおおごとなのであきらめた。
そういえばお父様ってあまり気のきいたことを言える人ではない、逆にその場の雰囲気をぶち壊すようなことを言って夫婦喧嘩になったことはなんどもあったなあ。
私がその時のことを思い出していたら、フィムがお父様に質問した。
「今の魔王様に代替わりした時はラービスト殿や教団はどうしたのですかな?」
「そりゃもちろん教団は混乱したさ、魔物達がいきなり目の覚めるような美人になって人間を殺すのをやめたんだからな。だが魔物が人間を襲った、とかさらったという報告はあちこちから来ていたから敵対するのをやめたわけではないとみんな考えていた」
「襲う、さらう、の意味が全く異なることにはなかなか気付かなかったのじゃな。というか想像もつかなかったでしょうな」
私もフィムと同じ考えだった、さすがのラービストさんもわけがわからなかったろうな。
「俺も混乱していたんだが、ラービストだけは冷静だった。あいつはすぐに調査を始めた、その結果人間と魔物の間には魔物しか生まれないということに気付いた、魔王の代替わりから2年もたっていなかったな」
お母様はかなり驚いた。
「人間と魔物の間には魔物しか生まれない、ということを私はうすうす予想していたのよ。だけど魔物はなかなか妊娠しないから、私がそのことを確信するのには3年はかかったわ」
へー、いまさらながらラービストさんってずいぶんと頭のいい人だったんだ。
「あいつはすべての魔物が雌になり、人間と魔物の間には魔物しか生まれないということから、新魔王は今までとは異なる方法で人間を滅ぼそうとしている、と結論付けた」
「お母様の真意を知らなければ当然そう思うわね」
「その事実がいまだに改善してないから教団や人間は我々を敵視するのじゃな」
私とフィムの感想を聞いてお母様は「私だってがんばっているのよ・・・」とすねたような口調で言った。
いまよ、お父様、傷付いたお母様をフォローするのよ!とお父様に心の中で呼びかけたが、お父様は全く気付かず話を続けた。
「人間に敵意を持たなくなった魔物を攻撃することをいやがる連中が教団内部に出始めたことにあいつは危機感を持った、このことも新魔王の巧妙な策略の一環だと考えた」
「策略のことばかり考えていると、相手も同じことを考えているという発想にはまってしまうのじゃな、でも間違っているわけではないのじゃ」
「お父様はどうだったのですか?」
「俺か?まあ俺も敵意を待たない相手を攻撃するのには抵抗があった。だがあいつは頭もいいし弁もたつ、それも新魔王の策略なんだと説得されたら当時の俺はそうかとしか思えなかった」
お父様も含めて当時の人間はずっと魔物と殺し合ってきたんだから、新魔王・・・お母様の巧妙な策略と考える方が説得力があったのね。
「教団の上層部で新魔王の策略にどう対抗すべきか会議が開かれた。そこでラービストはそれまでの戦いで魔物は弱体化しているし、魔王の代替わりで魔界は混乱しているので、魔界に乗りこんで魔王を直接倒すべきだと提案してそれが認められた」
「それでお父様が選ばれたの?」
「すぐに選ばれたわけじゃない、当時の教団には俺以外にも強いやつは何人もいた、ラービストが俺を強く推したので俺が行くことになったんだ」
「そして夫様は魔王様から、主神と魔物と人間の関係の真実を聞かされ、魔王様の理想を聞かされて主神と教団を裏切ることを決心したわけじゃな」
「そのとおりだ」
「ラービスト殿はさぞ怒り狂ったでしょうなあ、自分が信頼して推薦した勇者がよりにも寄って裏切ったのですから」
「俺もそれは気になっていた、それとすべての魔物が人間と変わらないほどの知能をもつようになったということを知ってこれはやばいと思った」
「ラービスト殿お得意の策略がすべての魔物に通用するようになったからじゃな?」
知能を持ち、意思のやりとりができるということは、騙されることがあるということだ。
「それでお父様はあの手紙を書いたというわけですか」
ついさっきまで手紙のことなんかすっかり忘れていた。
「そうだ、俺の意思を伝えたいと思ったからな」
「お父様、私がラービストさんだったら、自分を裏切った相手からどう見てもラブレターとしか思えないあんな手紙がきたら、自分を馬鹿にしているのかと怒り狂って手紙を引き裂きますよ」
「その手紙が残っているということだけで、ラービスト殿の冷静さがよくわかるのじゃ」
いくらなんでもあの手紙は無いと思う、もしかしてお父様はまともに学校へ行ってないのだろうか?
スクルの話からするとお父様はかなりの悪ガキだったようだから、学校があったとしてもまじめに行ってないかもしれない、ここでスクルに聞くとまた話がわきにそれるので後で聞こう。
それよりもここまで聞いて、とんでもないことに気付いてしまった。
「ここまでのお母様とお父様の話が正しいのなら、お父様が勇者になったのも、お母様が魔王になったのも、お母様とお父様が出会ったのも、みんなラービストさんのおかげということになりませんか?」
「「「え・・・?」」」
お母様とお父様とフィムがハモった。
しばらく三人とも考えていたが、やがてフィムが口を開いた。
「ラービスト殿の意思はさておいて、結果からみるとそうなるのじゃな」
フィムは皮肉めいた口調で続けた。
「ラービスト殿もお気の毒に、家族のかたきを討つために魔物を滅ぼそうとして、結構いいところまでいったのに、自らの策略がもとで最強最悪の魔王を生み出してしまい、あげくに親友に裏切られたのじゃからな」
お父様は何か言おうとして・・・、何も言えなかった。
私はフィムの話を聞いてあることを思いつき、スクルに話しかけた
「ねえスクル、ラービストさんはとっくの昔に亡くなっているんでしょ」
ずっと私たちの話を書き記していたスクルは久しぶりに口を開いた。
「そうだよ、ラービスト大司教は普通の人間だったからね、98歳で亡くなったよ」
「ずいぶんと早死にしたのね、お気の毒に」
「魔物の基準で考えないでくれ、人間は100歳まで生きれば相当なものなんだから、たとえ現代だとしても、かなり長生きしたほうだよ」
そういえばそうだった、口惜しさのあまりに早死にしたかと一瞬勘違いしてしまった。
「それで、お墓はあるの?」
「あるよ」
そこで私はお母様とお父様に提案した。
「一度ラービストさんのお墓参りに二人して行ってみたらいかがですか?お父様だけでなくお母様も縁があることが分かったわけですし」
お母様とお父様は私の提案に乗り気であるように見えた。
しかし意外なとこから反対意見があがった。
「お二人がラービスト大司教のお墓参りをすることにはいろいろな意味で問題があります、行かないほうがいいですよ」
反対したのはスクルだった。
「いろいろな意味でって・・・、どういう意味?」
「それはですね・・・」
まさかラービスト大司教があんな恐ろしい、どんな呪いよりも効き目のある巧妙な策略を自分の死後に仕掛けていたとは想像もできなかった・・・。
13/11/13 23:18更新 / キープ
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■作者メッセージ
予定では後2話で終了です。
ここしばらくシリアスな話ですが、次回からはギャグ話の予定です。
ラービスト大司教が自らの死後残した罠とは・・・?

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