9 質問
調査がこれからってどういうこと?なぜフィムはそのことがわかるの?
「魔王様、夫様、エル、この手紙が夫様ののろけの手紙であるという結論が大学で出ていたのなら、スクルがわざわざ魔王城に来る必要はないのじゃ。そうであろう?スクル」
「はい、この手紙は勇者様からラービスト大司教への愛の告白、いわゆるラブレターであるというのが歴史学科での大多数の考えなのです」
お母様の機嫌が目に見えて悪くなった。
「まさかスクルもそう考えていたの?」
「僕も最初はそう思ったけど、勇者様の文章の癖に気付いてからは、別の意味があるんじゃないかとは思うようになりました。ですが、ラブレターではないという考えは僕も含めて少数派なのです」
「この手紙を読んでラブレターだと思わない方がどうかしているのじゃ、魔王様もそう思ったのじゃろう?」
「え?まぁ・・・その・・・」
お母様は実に歯切れが悪かった。
「この手紙がラブレターでないということを大学の連中に納得させるのには、夫様の『この手紙は俺が母さんをいかに愛しているかということを書いたものなんだ』という言葉だけではまるで足りないのじゃ」
「ということは俺と母さんが大学に行って、みんなの前でいちゃつきながら説明すればいいということなのか?」
お父様の言うことを聞いてお母様は顔を赤らめた。
「お父様・・・それはちょっと・・・」
「夫様・・・主神や教団との戦いに一気に片を付けるおつもりなら止めはしませんが、大学は反魔物国家連合のど真ん中ですぞ」
「冗談だ」
お父様は一貫して鷹揚に構えていた。
お母様が手紙を見たときに魔王城を全壊させかねない雰囲気だったのとは正反対だった。
スクルは荷物の中から厚い紙の束を取り出した。
「この手紙の真意をはっきりさせるために、歴史学科で『勇者様への質問書』を作成して持ってきました。勇者様が問題なければご協力お願いします、回答はまとめて大学に送ります」
「大学は反魔物国にあるのよね、そんなことできるの?」
「中立国の中には手紙の転送サービスをしているところがあるんだ、その点については教授と打ち合わせ済みだよ」
「もしこの質問に協力しなかったらどうなるのかしら」
お母様が不安そうな顔でスクルとフィムに質問した。
「こちらとしてはお願いする立場ですので、断られたらその旨を手紙に書いて送るだけです」
「協力しなかったら大学の連中は間違いなく『魔王城の連中は都合が悪いことがあるから答えなかったんだ』と考えますな、可能な限りこちら側にとって最悪の解釈をするでしょう」
「最悪の解釈って・・・?」
フィムの説明に対してお母様はますます不安そうになった。
「儂の考えられるところでは夫様は真正の同性愛者で、魔王様との中は仮面夫婦である、ということくらいかのう」
スクルが私だけに聞こえるように耳打ちをしてきた。
(歴史学科で話し合っていたときに今のよりもっとひどい解釈もあったんだ、このことは言わない方がいいかな?)
私は全力で首を縦に振った、このやり取りは幸いにも他の人には気づかれなかった。
お母様は追いつめられたような顔でお父様に頼み込んだ。
「あなた、スクルさんの質問に協力してあげて、教団の中であなたや私の悪いうわさが広まるなんて耐えられないわ」
「分かった、母さんが望むのなら協力するぞ」
このやりとりをスクルはハァ?というような顔で見ていた、たしかに教団ではお母様やお父様の悪いうわさなんて山ほど流れているだろうけど。
今度は私がスクルに耳打ちした。
(お母様は外聞や世間体を気にする方なのよ)
(外聞や世間体を気にする魔王様?)
スクルはどう考えても理解できないようだった。
スクルの質問にお父様が回答することに同意したので私たちは部屋を移動した。
それまで使っていた部屋はすぐ前が人通りの多い廊下で、壁もそんなに厚くは無かったので他人に聞かれる可能性があった。
お母様はお父様の変なうわさが教団の中で広まる前に、魔王城の中で広まることをも恐れているようだった。
私たちが移動した部屋は魔王城の中でも奥の方で、執務室のすぐ隣にある会議場だった、ここなら他人に聞かれる心配はあまりしなくていい。
会議室のテーブルにスクルとお父様が向かい合う形で座り、スクルの隣には私が、お父様の隣にはお母様が座った、フィムは私たちから90度斜めの場所に座った。
「先ほどは言い損ねたのですが、この手紙以外の質問もありますがよろしいでしょうか?」
「一向に構わないよ、始めたまえスクル君」
「最初から10個ばかりは、最も大事な質問ですのでお願いします」
「ああ」
スクルは質問書の表紙をめくった。
「では始めます、100引く7はいくらですか?」
「?93だろ」
「では93引く7は?」
お父様は少し考えて言った。
「87・・・じゃなくて86だ」
「僕が言う数字の列を逆に並べてください、9、2、7」
「7、2、9だな」
「ちょっと待つのじゃスクル」
フィムが口を挟んだ。
「その質問はひょっとして認知症のテストか?」
「はい、そうです」
私とお母様はハァ?という顔になった。
「ちょっと、スクル、なんでお父様が認知症のテストを受けなければならないのよ!」
「いや、魔王城に行って直接勇者様に質問するということを決めたときに、このことが最大の議論の的だったんだよ。もう相当な歳のはずだからちゃんと昔のことは覚えているのか、まともに質問の受け答えができるのかって」
「お父様が認知症なんかじゃないことは私もお母様も保証するわ」
「認知症の判断は難しいんだよ、本人が認めたがらないことが多いし、時には家族も認めたがらないこともあるんだ」
「あのなあスクル、お主は魔物の知識もそこそこあるようじゃがまだ足りないようじゃな」
フィムはスクルに魔物娘の夫のインキュバスの寿命や健康について一通りの説明をした。
「要するに魔王様の夫であるのなら寿命は非常に長いし、これくらいで認知症になることなぞないわ」
スクルは納得したようだった。
「よかった、昔のことをすっかり忘れていたら魔王城に来たのが全くの無駄になるところだった」
このやり取りを聞いてお父様は笑っていた。
「たしかに、普通の人間を基準にしていたら俺なんか認知症どころか骨さえ残ってないよな」
「ではスクル、認知症の件はもう良いな」
「分かりました、大学への手紙に書いておきます」
ようやく質問の本番が始まった。
「ではあらためまして質問します。この手紙が見つかってから、同時代の他の教団幹部や、勇者様の戦友、友人、知人といった人たちの日記等各種記録を調べましたが、他の人に勇者様から手紙が来たという記録は見つかりませんでした。勇者様は教団を裏切った・・・いや離れた後に他の人には手紙を送ってはいないのですか?」
「気を遣わなくても裏切ったと言って構わないぞ」
「ありがとうございます」
「質問の答えだが、俺が送ったのはラービストへの手紙だけだ」
「それはなぜですか?ラービスト大司教にしか送っていないということが、ラブレター説の有力な傍証になっているのですよ?」
ラブレターと聞いてお母様がピクリと反応した。
「まさかお父様には友達といえる人はラービストさんしかいなかったとか?」
つい思いついたことを口に出してしまった。
「エル!あなたの目から見てお父様は友達がいない人に見えるの!」
お母様に叱られてしまった。
「お父様、お母様、申し訳ありませんでした」
素直に謝った、やはり思いつきで物を言うとろくなことにならない。
「ラービスト日記には『あいつも勇者になってからずいぶん友達が増えた』と書いてあるからそれは無いよ」
スクルにも言われた、でもそれって勇者になるまでは友達が少なかったってことじゃあ・・・と思ったが口には出さなかった。
「ラービストにしか手紙を送らなかったのは、俺にとってその頃の教団で敵に回して勝つ自信がなかったのはラビットの奴だけだったからだ」
お父様の回答には驚かされた、伝説の勇者とも言われたお父様が勝つ自信がない相手ってどれだけ強かったの?
「お父様、ラビットの奴ってラービストさんのことですか?」
ささいなことだが気になったので質問した。
「ああ、俺とあいつはあだ名で呼び合う仲だったからな」
「ラービスト日記にも書いてありました」
「そうだろう」
「日記に『人をあだ名で呼ぶのをやめてくれと何度言ってもやめようとしない、なんであいつは人の嫌がることを進んでやるのだ、自分のこともあだ名で呼んでくれと言っているが誰が呼ぶか』と書いてありました」
「え?ああ、そう書いてあったの?」
スクルの指摘にお父様は少々間の抜けた返事をした。
「もしかしてお父様が思っているよりは、ラービストさんはお父様のことを友達と思ってはいなかったのではないですか?」
また思いついたことを口にしてしまった。
「エル!そういうことは思っても口に出して言うものではありません!」
またお母様に叱られてしまった、でもその言い方ってお母様も同じ考えだっていうことだよね?
「そう・・・だったのか?」
お父様は少々傷ついたような表情だった。
「勇者様、ラービスト大司教のこと勝つ自信のない相手と言いましたが、そう思う理由を詳しく教えていただきますか?」
スクルの質問を受けて、お父様は気を取り直したようだった。
「いいけど少々長くなるぞ」
「お願いします」
「魔王様、夫様、エル、この手紙が夫様ののろけの手紙であるという結論が大学で出ていたのなら、スクルがわざわざ魔王城に来る必要はないのじゃ。そうであろう?スクル」
「はい、この手紙は勇者様からラービスト大司教への愛の告白、いわゆるラブレターであるというのが歴史学科での大多数の考えなのです」
お母様の機嫌が目に見えて悪くなった。
「まさかスクルもそう考えていたの?」
「僕も最初はそう思ったけど、勇者様の文章の癖に気付いてからは、別の意味があるんじゃないかとは思うようになりました。ですが、ラブレターではないという考えは僕も含めて少数派なのです」
「この手紙を読んでラブレターだと思わない方がどうかしているのじゃ、魔王様もそう思ったのじゃろう?」
「え?まぁ・・・その・・・」
お母様は実に歯切れが悪かった。
「この手紙がラブレターでないということを大学の連中に納得させるのには、夫様の『この手紙は俺が母さんをいかに愛しているかということを書いたものなんだ』という言葉だけではまるで足りないのじゃ」
「ということは俺と母さんが大学に行って、みんなの前でいちゃつきながら説明すればいいということなのか?」
お父様の言うことを聞いてお母様は顔を赤らめた。
「お父様・・・それはちょっと・・・」
「夫様・・・主神や教団との戦いに一気に片を付けるおつもりなら止めはしませんが、大学は反魔物国家連合のど真ん中ですぞ」
「冗談だ」
お父様は一貫して鷹揚に構えていた。
お母様が手紙を見たときに魔王城を全壊させかねない雰囲気だったのとは正反対だった。
スクルは荷物の中から厚い紙の束を取り出した。
「この手紙の真意をはっきりさせるために、歴史学科で『勇者様への質問書』を作成して持ってきました。勇者様が問題なければご協力お願いします、回答はまとめて大学に送ります」
「大学は反魔物国にあるのよね、そんなことできるの?」
「中立国の中には手紙の転送サービスをしているところがあるんだ、その点については教授と打ち合わせ済みだよ」
「もしこの質問に協力しなかったらどうなるのかしら」
お母様が不安そうな顔でスクルとフィムに質問した。
「こちらとしてはお願いする立場ですので、断られたらその旨を手紙に書いて送るだけです」
「協力しなかったら大学の連中は間違いなく『魔王城の連中は都合が悪いことがあるから答えなかったんだ』と考えますな、可能な限りこちら側にとって最悪の解釈をするでしょう」
「最悪の解釈って・・・?」
フィムの説明に対してお母様はますます不安そうになった。
「儂の考えられるところでは夫様は真正の同性愛者で、魔王様との中は仮面夫婦である、ということくらいかのう」
スクルが私だけに聞こえるように耳打ちをしてきた。
(歴史学科で話し合っていたときに今のよりもっとひどい解釈もあったんだ、このことは言わない方がいいかな?)
私は全力で首を縦に振った、このやり取りは幸いにも他の人には気づかれなかった。
お母様は追いつめられたような顔でお父様に頼み込んだ。
「あなた、スクルさんの質問に協力してあげて、教団の中であなたや私の悪いうわさが広まるなんて耐えられないわ」
「分かった、母さんが望むのなら協力するぞ」
このやりとりをスクルはハァ?というような顔で見ていた、たしかに教団ではお母様やお父様の悪いうわさなんて山ほど流れているだろうけど。
今度は私がスクルに耳打ちした。
(お母様は外聞や世間体を気にする方なのよ)
(外聞や世間体を気にする魔王様?)
スクルはどう考えても理解できないようだった。
スクルの質問にお父様が回答することに同意したので私たちは部屋を移動した。
それまで使っていた部屋はすぐ前が人通りの多い廊下で、壁もそんなに厚くは無かったので他人に聞かれる可能性があった。
お母様はお父様の変なうわさが教団の中で広まる前に、魔王城の中で広まることをも恐れているようだった。
私たちが移動した部屋は魔王城の中でも奥の方で、執務室のすぐ隣にある会議場だった、ここなら他人に聞かれる心配はあまりしなくていい。
会議室のテーブルにスクルとお父様が向かい合う形で座り、スクルの隣には私が、お父様の隣にはお母様が座った、フィムは私たちから90度斜めの場所に座った。
「先ほどは言い損ねたのですが、この手紙以外の質問もありますがよろしいでしょうか?」
「一向に構わないよ、始めたまえスクル君」
「最初から10個ばかりは、最も大事な質問ですのでお願いします」
「ああ」
スクルは質問書の表紙をめくった。
「では始めます、100引く7はいくらですか?」
「?93だろ」
「では93引く7は?」
お父様は少し考えて言った。
「87・・・じゃなくて86だ」
「僕が言う数字の列を逆に並べてください、9、2、7」
「7、2、9だな」
「ちょっと待つのじゃスクル」
フィムが口を挟んだ。
「その質問はひょっとして認知症のテストか?」
「はい、そうです」
私とお母様はハァ?という顔になった。
「ちょっと、スクル、なんでお父様が認知症のテストを受けなければならないのよ!」
「いや、魔王城に行って直接勇者様に質問するということを決めたときに、このことが最大の議論の的だったんだよ。もう相当な歳のはずだからちゃんと昔のことは覚えているのか、まともに質問の受け答えができるのかって」
「お父様が認知症なんかじゃないことは私もお母様も保証するわ」
「認知症の判断は難しいんだよ、本人が認めたがらないことが多いし、時には家族も認めたがらないこともあるんだ」
「あのなあスクル、お主は魔物の知識もそこそこあるようじゃがまだ足りないようじゃな」
フィムはスクルに魔物娘の夫のインキュバスの寿命や健康について一通りの説明をした。
「要するに魔王様の夫であるのなら寿命は非常に長いし、これくらいで認知症になることなぞないわ」
スクルは納得したようだった。
「よかった、昔のことをすっかり忘れていたら魔王城に来たのが全くの無駄になるところだった」
このやり取りを聞いてお父様は笑っていた。
「たしかに、普通の人間を基準にしていたら俺なんか認知症どころか骨さえ残ってないよな」
「ではスクル、認知症の件はもう良いな」
「分かりました、大学への手紙に書いておきます」
ようやく質問の本番が始まった。
「ではあらためまして質問します。この手紙が見つかってから、同時代の他の教団幹部や、勇者様の戦友、友人、知人といった人たちの日記等各種記録を調べましたが、他の人に勇者様から手紙が来たという記録は見つかりませんでした。勇者様は教団を裏切った・・・いや離れた後に他の人には手紙を送ってはいないのですか?」
「気を遣わなくても裏切ったと言って構わないぞ」
「ありがとうございます」
「質問の答えだが、俺が送ったのはラービストへの手紙だけだ」
「それはなぜですか?ラービスト大司教にしか送っていないということが、ラブレター説の有力な傍証になっているのですよ?」
ラブレターと聞いてお母様がピクリと反応した。
「まさかお父様には友達といえる人はラービストさんしかいなかったとか?」
つい思いついたことを口に出してしまった。
「エル!あなたの目から見てお父様は友達がいない人に見えるの!」
お母様に叱られてしまった。
「お父様、お母様、申し訳ありませんでした」
素直に謝った、やはり思いつきで物を言うとろくなことにならない。
「ラービスト日記には『あいつも勇者になってからずいぶん友達が増えた』と書いてあるからそれは無いよ」
スクルにも言われた、でもそれって勇者になるまでは友達が少なかったってことじゃあ・・・と思ったが口には出さなかった。
「ラービストにしか手紙を送らなかったのは、俺にとってその頃の教団で敵に回して勝つ自信がなかったのはラビットの奴だけだったからだ」
お父様の回答には驚かされた、伝説の勇者とも言われたお父様が勝つ自信がない相手ってどれだけ強かったの?
「お父様、ラビットの奴ってラービストさんのことですか?」
ささいなことだが気になったので質問した。
「ああ、俺とあいつはあだ名で呼び合う仲だったからな」
「ラービスト日記にも書いてありました」
「そうだろう」
「日記に『人をあだ名で呼ぶのをやめてくれと何度言ってもやめようとしない、なんであいつは人の嫌がることを進んでやるのだ、自分のこともあだ名で呼んでくれと言っているが誰が呼ぶか』と書いてありました」
「え?ああ、そう書いてあったの?」
スクルの指摘にお父様は少々間の抜けた返事をした。
「もしかしてお父様が思っているよりは、ラービストさんはお父様のことを友達と思ってはいなかったのではないですか?」
また思いついたことを口にしてしまった。
「エル!そういうことは思っても口に出して言うものではありません!」
またお母様に叱られてしまった、でもその言い方ってお母様も同じ考えだっていうことだよね?
「そう・・・だったのか?」
お父様は少々傷ついたような表情だった。
「勇者様、ラービスト大司教のこと勝つ自信のない相手と言いましたが、そう思う理由を詳しく教えていただきますか?」
スクルの質問を受けて、お父様は気を取り直したようだった。
「いいけど少々長くなるぞ」
「お願いします」
13/10/06 23:49更新 / キープ
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