後編:冷たい闇夜と、暖かなひかり
どうして、こんな事になってしまったんだろう…
私達は深いショックと悲しみの中で、ただその事を考えていました。
私とエイムさんが、力を合わせて防いでいたはずなのに…
何よりも恐れていた事態、何よりも避けたかった結末が、現実に起こってしまいました。
…いずれ彼は全てを知り、そして騙されたのだと思い、傷ついてしまうでしょう。
彼は何も悪くないのに、ワタシのせいで…。
「…変えられなかった…のかな…?」
…せめて、何か一言でも言えれば。
本当に愛していたとか、貴方を傷つけるつもりじゃなかったなどと言えれば、
少しは違ったかもしれません。
でも…結局、ワタシ達は、自分の臆病さに負けてしまいました。
…いえ、そうでなくても、彼を騙していた張本人であるワタシに、
何を言う権利があるのでしょうか。
考えれば考えるほど、『ああなるのは仕方ない事だった』という思いと、
『言い訳だ。何も出来なかったんじゃなく、しようとしなかっただけだ』という思いが、
激しくぶつかり合って、ワタシを更に攻め立てました。
でも、悩んだところで、やってしまった事が変わるわけではありません。
今できる事…今、やるべき…事は………
「……わからない…。ワタシは…どうすれば、いいの…?」
とうとう堪え切れなくなり、ワタシの目からは、涙がこぼれ出しました。
正体がばれないように力を尽くしていたとはいえ、ばれた時の覚悟もしていたはずなのに、
いざ、ラエールさんと別れなくてはならないこの状況に置かれてしまうと、
ワタシの中から、大きな大きなものが抜け落ちてしまったように、
何も分からなくなってしまいました。
これから先、ワタシができる事は何か、何もわからない。したい事が何もわからない。
同時に、何も力が湧かなくなりました。
彼の事を忘れ、新しい人生を始めるなんて事、考えられるわけもないし、
だからといって、この世から消えてしまう勇気すら、ワタシには無い。
唯一、ワタシに残されている存在と言えば…
「エイムさん…」
ワタシの友達になってくれた、彼と同じくらい大切な女性。
でも、恥ずかしい事に、彼女と出会った当初のワタシは、
いきなり現れてどういうつもりだろうと警戒していました。
でも、ワタシの正体を見られて、彼の家でお互いの事を話している内に…
同じ悩みを持ち、同じ男性を心から愛している彼女に、次第に親近感を覚え、
『彼女となら、うまく行きそう…』という思いが生まれました。
それに何より、正体を偽らずに会話するのが、こんなに嬉しいとは知らなくて…
ワタシは、彼女の仲間になるという誘いに乗ってみる事にしました。
その思いは正しかったようで、ラエールさんが仕事でいない時に、
ラエールさんの意外な弱点や性癖、彼の家で読んだ本などについて会話したり、
たまにトランプやチェスで遊んだりしている内に、いつしかワタシ達は
親友と言ってもいい位の間柄になる事ができました。
彼女といた時間は、本物のワタシとして過ごせる唯一の時間でした。
その時間は、愛するラエールさんとの時間とは、また違った幸せを与えてくれました。
二人で力を合わせ、彼の疑念を完全に払えたことを喜び合った事も…
ラエールさんと離れて、ちょっと遠くの町に、二人で買い物に行った事も…
先日、同棲一周年を一足早く、ワタシ達だけでこっそり祝い、乾杯した事も…
…みんな、ワタシの一部。忘れる事のできない、大切な思い出でした。
願わくば、こんな3人の日常が、ずっと続けばいいな…そう、思っていました。
…
…なのに今、彼女は、ワタシと一緒に当ても無く逃げ続けています。
こんなワタシの事を受け入れてくれた優しい彼女が、どうしてこんな事に…?
彼女の背中には、悲しみがありありと映っているようで、余計に気持ちが沈みます…。
「…何?」
「…あの、もう少し…くっついても、いいですか?」
「…ええ。」
エイムさんの人の部分の背中に近付き、後ろから手を回します。
彼女の温もりと心臓の音に、わずかながら、安堵を覚えました。
「ノイア、ちゃん…」
「ワタシ達…これから、どうしましょう……
一体、どう、すればいいんでしょうか…」
「…わからない…
…わかんないよ、そんな事!私に頼らないでッ!!」
初めて、彼女に怒られました。
振り返った彼女の目には、ワタシと同じく、大粒の涙が溜まっていました。
…そうですよね。
彼女だって、悲しくて、不安で、どうしようも無かったはずなのに。
これからどうするか、どうなるのかなんて、彼女だって分からないはずなのに。
…きっと、何かにすがりたくて、思わずそんな事を言ってしまったんだと思います。
彼女の気持ちも考えずに。ワタシって、本当に身勝手ですよね…。
「ご…ごめんなさい…」
「…ううん、こっちこそ…ごめんね。悲しいのは貴女も同じなのに…」
「そんな…ワタシは…」
「私の方が年上なんだもの。私がしっかりしなきゃいけないよね…。」
「違うんです。そういう事が言いたいんじゃなくて…」
「ううん、いいの。……
……でも、ごめん、ノイアちゃん。ちょっとだけ、私の事見ないで…」
そう言うなり、彼女は前を向いて、俯いてしまいました。
ワタシも言われたとおりに顔を背けましたが、彼女の抑えきれない嗚咽と、
彼女の足が止まりそうなほどに遅くなり、全身を振るわせている所から、
彼女が今、泣いている事がはっきり分かりました。
「ぅ…く、ふぅ…ッ…」
「えうっ…わあ、あぁ……!」
いつしかワタシも、エイムさんと共に、声を上げて泣いていました。
本当に、どうしてこんな事になってしまったんだろう…
エイムさん…
彼と同じく、彼女にも、幸せになって欲しかったのに……
(そうだ…!)
…その時、ワタシの脳裏に、一つの考えが浮かびました。
今からでも戻って、ラエールさんに打ち明け、そしてワタシが全ての罪を被れば…
そうすれば…エイムさんは、これからも彼と幸せに暮らせるはず。
…やるなら、今この時しかありません。
そうだ。彼の傍に居るのに相応しい人は、エイムさんなんだ…!
ワタシは涙を拭い、エイムさんに呼びかけました。
「あの…エイムさん。」「ねえ…ノイアちゃん。」
…えっ?
「な…何でしょう?」
「あっ…そ、それじゃあ、言うわね…。」
まさか。
「い、いえ、ワタシから先に言わせて下さい…」
「ううん、ここは私から先に言わせて…」
……まさか…。
「お願いです。ワタシから先に…」
「いくらノイアちゃんでも、それは駄目。まず私から…」
「…駄目です!ワタシが先に言います!」
「嫌!私が言うの!」
「ワタシが先です!!」
「私が先よッ!!」
やっぱり…
だったら、何としてでも、ワタシが先に言わないと…!
「エイムさんに、先に言われるわけには行かない事なんです!!」
「貴女も分かっているんでしょう!?これは私が言わなきゃ、意味無いのよ!!」
「でも、これは譲れません。絶対に駄目です!貴女のためにも!!」
「強情はやめてよ!これは貴女のためなんだから!!」
「お願いします。わかって下さい…!」
「そっちこそ、私の気持ちをわかってよ…!!」
「分かった上で言ってるんです。だって…」
「私だって、分かった上で言ってるの。でも…「もう、黙ってて下さい…」
………
「だって…」
「…ワタシは…、ワタシは…ワタシは…!
貴女の事なんて、ずっと嫌いだったんです!!」
…………これで…
「……っ、
わ…私だって…私だって、
貴女みたいな地味な子、最初から…嫌いだったわよ…!!」
……!?
「…大体、いきなり現れておいて、手を組もうなんて…
図々しいにも程があります!ワタシが、そんな人と仲良くできると思ったんですか!?」
まさか
「いきなり現れたのは、貴女の方でしょう!
元はと言えば、私の見せた夢から生まれたくせに、何勝手な事を言ってるのよ!!」
駄目
「何を言ってるんですか!!一度、彼の所から逃げたくせに!!」
やめて
「初めて会った時、あんな馬鹿みたいに震えてた事、忘れたとは言わせないわ!!」
もう、諦めてよ
「一人じゃ何もできないから、ワタシと手を組んだんでしょう!?」
こんな事…
「そっちこそ、貴女の元の姿じゃ何もできないのに、よくそんな事が…!!」
…やっぱり神様は、魔物に対して意地悪みたいです。
エイムさんがワタシを切り捨てられるように、彼女に嫌われようとしているのに…
こんな所でも、二人の考えを一致させなくてもいいじゃないですか…。
相手の事が大切なのに、大切だからこそ、嫌われようとして傷つけあう。
…そんな、どこか滑稽な喧嘩は、止め処もなく延々と続き、
いつしかワタシ達は、ひどく泣き叫びながら、お互いを罵り合っていました。
「この、馬女ぁ…!!」
「うるさいっ、チビ…!!」
「デブ…!!!」
「ダサ貧乳…!!!」
「臆病者ぉ!!!」
「根暗ッ!!!」
やめて下さい。もう、これ以上言いたくない。傷つけたくない。だから、やめて…
誰か、助けて………
『『……ラエール、さん……!!!』』
「二人とも、避けろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「「!?」」
「うわっ、うわああああぁぁぁぁぁッ!!?」
ドザザァァァッ!!
「……」
「……」
声に気付いた私達が振り返ると、そこには、何とラエールさんが来ていた。
…しかも、空を飛んで。
その上、大量の砂埃を巻き上げて地面に激突し、そのまま気絶してしまって。
「……エ、エイムさん…」
「うん…」
どうして来たの?
それに、どうして空から?
というか、どうやって空から??
疑問は尽きねど…
「…どうしよう、か…?」
「放っておくわけにもいきませんよね…
このままだとラエールさん、風邪引いちゃいますよ?」
「うん…ちょっと怪我もしてるみたいだし…
…とりあえず、気絶してるうちに、彼の家まで運ぼう?」
「…そうですね。」
そして、私とノイアちゃんを挟むような感じで彼を私の背に乗せ、
だらんと垂れた彼の腕を私の肩に回して、彼の体を少し安定させた後、
私達は、来た道を引き返し始めた。
「…。」
「…。」
…そこから、また無言の時間が始まった。
いや、ただ無言だったんじゃなく、お互いに、色々と気持ちを整理してたんだと思う。
でも少なくとも、彼が登場したことにより、
さっきまでの喧嘩の元だった、どちらかが犠牲になる案は潰れてくれたようだ。
…それどころじゃなくなった、とも言えるけど。
「…あの…。」
その沈黙を破ったのは、ノイアちゃんだった。
「…何?」
「さっきは…本当に、ごめんなさい。
本当は、貴女を傷つけたくなんてなかったんです。
でも…あそこで貴女に言われたら、貴女が傷ついてしまう事になるのが分かって…
それでも、どうしても貴女を傷つけたくなくて、それで貴女が傷つくようなことを…
…うぅ、ご、ごめんなさい。うまく言えないんですけど…」
「ううん。ちゃんと分かってるから、大丈夫よ。
…それにあの時は、私も、貴女と同じ気持ちだったと思うから…
変な意地張って、貴女にあんなひどい事言っちゃって、本当に…ごめんね。」
「いえ、悪いのはワタシのほうですよ…」
「違うの、私がもっとしっかりしてれば…」
「そんな…だってワタシと来たら…」
「…う〜ん、やめよう。また喧嘩になっちゃう。
どっちも、同じだけ悪いってことで。おしまいにしよう?」
「…そうですね。」
やっぱり、似たもの同士なんだね。私達って…
「あ、あの…それで、図々しいんですけど…こんな時に、何なんですけど…」
「どうしたの?」
「さっきは、あんな事になってしまいましたけど…
…それでも、もし、こんなワタシでも、貴女が良ければなんですけど…
…これからもずっと、ワタシは貴女が大切な人です。
これからもずっと…ずっと、ワタシと…親友で、いてくれますか?」
「!!」
「…やっぱり、こんな時に言われても、迷惑でしたよね…。」
「…ううん、全然、迷惑じゃないよ。…ただ、嬉しくて…」
元はといえば、私から勝手に持ちかけた関係だったのに。
それでも、私なんかと、これからも関係を続けたいといってくれたのが、
単純に、それでも、ものすごく嬉しかった。
「よかった…。本当に、ありがとうございます…!」
「…うん。こんな私だけど…これからも、よろしくね。ノイアちゃん。」
「はい…!!」
後ろ手だったけど、私達は、手を固く握り合った。
「…ラエールさんを送ったら、気が付くまで待って、
それから…本当の事を、全部話しましょう。」
「そう…だね。それしか…無いよね。」
「…ひとりぼっちには、しません。
どんな結果になっても、二人なら、きっと…」
「…うん。
私も…何があっても、ずっと、貴方の傍に居るからね…。」
こんな優しい子なんだもの。これからも、私がしっかり守ってあげないと…。
「よかった…。何だか知らないけど、仲直りできたみたいだな。」
「「!!?!?」」
いつの間にか…彼が、気が付いていた!?
「い、いつの間に…?どこから…!?」
「いや、気が付いたのは、君の背中に乗せられてすぐだったんだけど…
なんだか気まずい感じだったから、少しの間、気絶したままのフリをしてさ…。」
「あ…あの、それで…ラエール、さん…。
ど、どうして、ワタシ達を…?」
「ああ、その事か。
今話すから、ちょっと降ろしてくれないか?」
「…」
…本当は、聞きたくなかった。でも、ごねた所で、先には進めない。
言われるままに彼を私の背から降ろすと、
彼は私達の前に立ち、話し始めた。
「…マスターから、だいたい聞いたよ。君たちの正体も…」
「そう、だったんだ…」
実際に話した事は無いけど、彼が働く酒場のマスターの事は、私も知っていた。
この親魔物になった町においても、なぜか魔物の特徴を隠していたけれど、
漂う魔力から、魔物、それもすごく強力な部類である事は感じられた。
彼女なら、私達の存在に気付いても不思議は無いだろう。
でも、あの心優しく、母親のような雰囲気を持った彼女が、どうしてそんな事を…?
「でも、俺は君達から直接聞きたいんだ。…本当のことを。
君達二人が、ノイア=ファントムなんだな?」
「…はい。」
「さっき、どうして逃げたのか、教えてくれないか?」
「…びっくりしたのと…」
「と…?」
「貴方が…拒絶するのを、直接聞きたくなかったから…です…。」
「…なんで、拒絶すると思ったんだ?」
「だって、本当の私は、こんなに魅力が無いのに…
臆病で、嘘つきで、暗くて、異形で…貴方の事を、騙していた。
貴方みたいな素敵な人とは、とても釣りあわないわ。」
「こんなちびで、地味で、嘘つきで、空っぽで、魅力の無いワタシが、
あの『ノイア=ファントム』の正体だなんて…
ずっと、貴方の事を騙していたんですから…幻滅しましたよね。
…でも、信じてください。
決して貴方を傷つけるつもりや、精が欲しいからとか、
そんな理由でやっていたわけじゃないんです。」
「なら、どうして?」
「…貴方を、幸せにしてあげたかった、から…」
「えっ…?」
「…貴方は、とても真面目で、優しくて、魅力的な人だと思った。
なのに今まで、貴方に振り向いてくれる女性はいなかったでしょう?
それが、凄く不公平だと思って…。頑張ってる貴方を、幸せにしてあげたいと思った。」
「…買いかぶりだよ。俺はそんな立派な人間じゃ…」
「違う!貴方が、それに気付いてないだけよ。
貴方は、報われなくちゃいけない、幸せにならなくちゃいけない、立派な人だと思うの。
…でも…こんな『私』じゃ、貴方を幸せにできないから…
だから、せめて貴方に幸せな夢を見せてあげたくて、私の持っている力で、
夜、貴方の夢に、あの私の分身を送り込んでいたの。」
「そうだったのか。
じゃあ、昼間に『ノイア』の姿をしていたのが…」
「…はい、ワタシです。」
「私は、現実で『ノイア』として接する事ができない。
彼女は、今日みたいに月の無い夜には、変身する事ができないの。」
「今日まで『ノイア』として貴方の許にいられたのは、
同じ想いを持っていた彼女と出会って、友達になって、
お互いにできない事を補い合って来たからなんです。」
「そうか。」
「…やっぱり、騙されたの、怒ってる…?」
「いいや、怒ってなんかないさ。
むしろ、嬉しいよ。同情だったとしても、そこまでしてくれるなんて…」
「違うの…!
ただの善意や同情なんかでやった訳じゃない!!」
「じゃあどうして?」
「それは…言えない。
言ったところで、応えてくれるわけが無いから…」
「…何でも決め付けないでくれよ。
全部言って欲しい。俺は、本当の事を聞きに来たんだ!
君達をそこまでさせたのは、一体何なんだ?
聞けるまで、帰るわけにはいかない。逃がすわけにもいかない!!」
…もう、正体はばれてしまった。逃げ場も無い。この関係も、終わりなんだ。
だから、彼の聞いてくる事を、全部答えてしまおう。
少し前のあの慌てぶりが嘘のように、私達は冷静だった。
もう大丈夫。親友が傍に居てくれる。何があっても、一人ぼっちにはならない…
さっきの告白で生まれた安心が、私達の勇気を後押ししていた。
…ダメでもいい。伝えなきゃ…!
「わ…私は…本当は…!」
「ワタシも…あ、あの…!」
「「貴方の事が…好きだった、から……!!」」
…やっと、言えた。けど…
「…そうだったのか。」
「うん。…好きなの。でも…駄目だよね。」
「そんな訳ない。
姿は違っても、たとえ一人から二人に増えたって、
俺の気持ちはまだ変わってないよ。」
「…それは、『ノイア』さんに、また会いたいからですか?」
「違う!!
…俺が好きになったのは、絶世の美女なんかじゃない。
俺に初めて、恋人と触れ合う事を教えてくれた…
仕事ばかりで、恋なんて気にしてなかった俺の世界を変えてくれた、
俺なんかの事を、幸せにしたいと言ってくれた人だ!」
「嘘…ッ!」
「…マスターに本当の事を聞いて、君達を追いかけて、
君達から直に話を聞いて、やっとハッキリ決められたよ。
姿形や、性格の明るい暗いなんて関係ない。
俺は…俺に恋をさせてくれた、君達二人の事が好きなんだ!!」
…!!
そんな言葉、絶対に聞けないと思っていた。
でも、心の底では、一番聞きたかった言葉だった。
「…信じて、いいの?」
「…いいんですか?」
「信じてくれると、俺は嬉しい。」
…だけど私達は、あんなに彼に拒絶されたくなかったにも関わらず、
逆に、彼に好かれる事を避けようとしていた。
本当に、どうして私達は、こんな性格なんだろう…。
「でも…自信ないよ。貴方の事、幸せにできない…」
「そんな事、やってみなくちゃ分からないだろう?」
どうしようもなく、臆病で…
「そんな事言ったら、離れませんよ?
…一生、こんな地味で嘘つきなチビがついて来ても、いいんですか?」
「ついて来て欲しいから、言ってるんだよ。」
どうしようもなく、後ろ向きで…
「魅力もないし、こんな異形だし…きっと、損するよ?」
「大丈夫、損なんて絶対しない。
それに俺には、君たちはとても魅力的に見えるよ。」
すぐ目の前にある欲しい物を、自ら捨てようとするほど、馬鹿で…
「絶対、たくさん迷惑かける事になると思います。
いくら優しい貴方でも、嫌になるくらいの…それでも、いいんですか?」
「大丈夫、もう覚悟はできてるさ。
それに俺だって、君達に迷惑かける事もあると思う。お互い様だよ。」
本当に、弱い…女で……
「でも…」
「もういいだろう?
何があっても、何を言われても、俺の気持ちは絶対に変わらないよ。
だから、さっき俺が言った気持ちへの返事を聞かせてくれ。
出来る出来ないとか、あるないとか、するしないじゃなくて、
君達自身はどうしたいのかをハッキリ言って欲しい。」
「…どう…」
「したいか…。」
変えたい。
「ああ。
君達が言えば、俺もきっとそれに応える。
…俺を、信じてくれ。勇気を見せてくれ。
騙して悪いって思ってるんなら、今ここで本当の事を言ってくれよ。
俺が聞きたいのは、君達二人の本当の心なんだ!」
「本当の、」
「こころ……」
変わりたい。
「私、達は…」
「うう…あの…」
こんな、どうしようもない私達だけど。…なけなしの勇気を出して、伝えたい。
変わりたい。踏み出したい。そして…!
「これからも、貴方と…一緒に居たい…!!」
「ずっと、貴方の傍にいたい、です…!!」
「ああ、いいよ。
俺も、君達にずっと傍に居てほしい。」
彼は、そんな私達の事を、優しく受け入れてくれた。
…ああ、勇気を出す事って…こんな、簡単な事だったんだ。
これで…ようやく彼の気持ちを信じられる。
ずっと望んでいて、ずっと諦めていた事が、現実になる…!
その嬉しさと、勇気を振り絞れた事への達成感と、我慢しなくてもいい、彼への愛しさ…
私達の胸に、それらが一気にこみ上げてきて、もう、止まれなかった。
「ううっ…ラ、エール…さん…ッ!!」
「ふぁ、あ、うっ…はっ、うわあぁ…!!」
それらの感情が抑えられず、熱い涙となって溢れ出した。
けれど、嫌な気分じゃなかった。むしろ、心の中は、幸せに満ちていたと思う。
私達は感情の制御を忘れて、ひたすら泣きじゃくった。
ラエールさんは何も言わずに、私達をその暖かな胸に受け止め、
泣き止むまで、ずっと抱きしめ続けてくれていた。
…長い間だったのか、ほんの短い間だったのかさえ分からなかったけど、
ずっとあふれ続けていた感情も収まり、私達はようやく落ち着きを取り戻した。
惜しみながらもラエールさんから顔を離すと、彼が口を開いた。
「…二人共。これからも、よろしくな。」
私達は、満面の笑みを浮かべながら応えた。
「こちらこそ…これからも、よろしくお願いします!」
「不束者ですが、精一杯頑張ります!」
「さあ、それじゃあ、家に帰ろうか。ノ……
……ああッ!忘れてた!!」
彼は急に、何か重大な事を思い出したようなリアクションをした。
「クソッ、何でこれを忘れてたんだろう…
全く締まらないな、俺って奴は…」
「な、何…!?」
「どうしたんですか…?」
「二人とも、こんなタイミングで、ホンットにごめん…
……君達の、本当の名前、教えてくれないか…?」
あー…そういえば、言ってなかったっけ…。
でも、怒るような気はしなかった。むしろ、思わず笑ってしまった。
「ふふふ…。なんだ、そんな事か。
私の本当の名前は、エイム。苗字は無いわ。そして、こっちが……!」
…そこまで言った時、私は、ノイアちゃんの異変に気付いた。
また悲しげな顔に戻り、俯いている。…そうだった。この子は…!
「ごめんなさい…ワタシには、本当の名前が、無いんです…。」
そうだった。『ノイア』の名は、私が仮に呼んでいるに過ぎなかった。
何で今まで忘れてたんだろう?彼女を守るとか言っておきながら…!
「…無いのかい?」
「はい…。ワタシは、親から生まれた魔物じゃありませんから…」
「そうか…。ん〜、そうだな…」
彼は、しばらく彼女の事を眺めると…
「………イオ…。」
「イオ…?」
「君の名前だよ。ちょっと考えてみたけど、『イオ』って言うのはどう?」
「イオ……。」
「確か、どこかの国の言葉で、『自分』っていう意味だったと思う。ピッタリだろう?」
彼女は何度も、「イオ、イオ…」と繰り返して言うと、
やがてゆっくりと顔を上げ、微笑みながら、大きな声でハッキリと言った。
「…ワタシの名前は、イオです。よろしくお願いしますッ!!」
言い終えた時には、彼女…いや、イオちゃんの顔には、
すごく可愛らしい、最高の笑みが浮かんでいた。
…彼女はずっと、自分の事を『ただの影』とか『空っぽ』とかって言っていたから、
彼に名前をもらった事で、ようやく、確固たる『自分』を手に入れられたようで、
きっと、もう、かつて無いくらいに嬉しかったんだろう。
「良かったね…。おめでとう、イオちゃん!」
「本当に…本当に、ありがとうございます。ラエールさん、エイムさん!!」
イオちゃんはその後も、飛び跳ねたり、歌いながらまた名前を繰り返したりして、
幼い子供みたいな外見相応に、あふれ出す喜びを表現していた。
そんな様子を見ていると、私も何だかとても嬉しくなり、
すこし体を屈め、イオちゃんの前に右手を掲げた。
「イオちゃん♪」
「何ですか?エイムさん。」
「ハイタッチ、しない?」
「ハイタッチ?」
「ええ。本で読んだんだけど、
嬉しい時に、誰かとその嬉しさを分かち合える方法なんだって。」
「わぁ…素敵です!やりましょう!!」
「わかった。それじゃあ、右手を高く構えてみて。」
彼女が右手を構えたのを確認すると、私は続けた。
「私の合図で、お互いの手を叩くの。いい?」
「はい!」
「それじゃあ、行くよ。せーの…」
「ハ〜イ…」
「ターッチ!!」
パチィン!!
いい音を立てて、私とイオちゃんの手の平が打ち鳴らされた。
そしてそのまま、お互いにニッコリと笑い合い、固く抱き合った。
私達が初めて出会った、あの夜のように。
「ハハハ…仲いいなぁ、二人とも。」
「ええ。だって私達は、ずうっと、親友だもんね♪」
「はい♪それに、これからは…」
「「二人とも、貴方の恋人になるんだから!」」
私達は深いショックと悲しみの中で、ただその事を考えていました。
私とエイムさんが、力を合わせて防いでいたはずなのに…
何よりも恐れていた事態、何よりも避けたかった結末が、現実に起こってしまいました。
…いずれ彼は全てを知り、そして騙されたのだと思い、傷ついてしまうでしょう。
彼は何も悪くないのに、ワタシのせいで…。
「…変えられなかった…のかな…?」
…せめて、何か一言でも言えれば。
本当に愛していたとか、貴方を傷つけるつもりじゃなかったなどと言えれば、
少しは違ったかもしれません。
でも…結局、ワタシ達は、自分の臆病さに負けてしまいました。
…いえ、そうでなくても、彼を騙していた張本人であるワタシに、
何を言う権利があるのでしょうか。
考えれば考えるほど、『ああなるのは仕方ない事だった』という思いと、
『言い訳だ。何も出来なかったんじゃなく、しようとしなかっただけだ』という思いが、
激しくぶつかり合って、ワタシを更に攻め立てました。
でも、悩んだところで、やってしまった事が変わるわけではありません。
今できる事…今、やるべき…事は………
「……わからない…。ワタシは…どうすれば、いいの…?」
とうとう堪え切れなくなり、ワタシの目からは、涙がこぼれ出しました。
正体がばれないように力を尽くしていたとはいえ、ばれた時の覚悟もしていたはずなのに、
いざ、ラエールさんと別れなくてはならないこの状況に置かれてしまうと、
ワタシの中から、大きな大きなものが抜け落ちてしまったように、
何も分からなくなってしまいました。
これから先、ワタシができる事は何か、何もわからない。したい事が何もわからない。
同時に、何も力が湧かなくなりました。
彼の事を忘れ、新しい人生を始めるなんて事、考えられるわけもないし、
だからといって、この世から消えてしまう勇気すら、ワタシには無い。
唯一、ワタシに残されている存在と言えば…
「エイムさん…」
ワタシの友達になってくれた、彼と同じくらい大切な女性。
でも、恥ずかしい事に、彼女と出会った当初のワタシは、
いきなり現れてどういうつもりだろうと警戒していました。
でも、ワタシの正体を見られて、彼の家でお互いの事を話している内に…
同じ悩みを持ち、同じ男性を心から愛している彼女に、次第に親近感を覚え、
『彼女となら、うまく行きそう…』という思いが生まれました。
それに何より、正体を偽らずに会話するのが、こんなに嬉しいとは知らなくて…
ワタシは、彼女の仲間になるという誘いに乗ってみる事にしました。
その思いは正しかったようで、ラエールさんが仕事でいない時に、
ラエールさんの意外な弱点や性癖、彼の家で読んだ本などについて会話したり、
たまにトランプやチェスで遊んだりしている内に、いつしかワタシ達は
親友と言ってもいい位の間柄になる事ができました。
彼女といた時間は、本物のワタシとして過ごせる唯一の時間でした。
その時間は、愛するラエールさんとの時間とは、また違った幸せを与えてくれました。
二人で力を合わせ、彼の疑念を完全に払えたことを喜び合った事も…
ラエールさんと離れて、ちょっと遠くの町に、二人で買い物に行った事も…
先日、同棲一周年を一足早く、ワタシ達だけでこっそり祝い、乾杯した事も…
…みんな、ワタシの一部。忘れる事のできない、大切な思い出でした。
願わくば、こんな3人の日常が、ずっと続けばいいな…そう、思っていました。
…
…なのに今、彼女は、ワタシと一緒に当ても無く逃げ続けています。
こんなワタシの事を受け入れてくれた優しい彼女が、どうしてこんな事に…?
彼女の背中には、悲しみがありありと映っているようで、余計に気持ちが沈みます…。
「…何?」
「…あの、もう少し…くっついても、いいですか?」
「…ええ。」
エイムさんの人の部分の背中に近付き、後ろから手を回します。
彼女の温もりと心臓の音に、わずかながら、安堵を覚えました。
「ノイア、ちゃん…」
「ワタシ達…これから、どうしましょう……
一体、どう、すればいいんでしょうか…」
「…わからない…
…わかんないよ、そんな事!私に頼らないでッ!!」
初めて、彼女に怒られました。
振り返った彼女の目には、ワタシと同じく、大粒の涙が溜まっていました。
…そうですよね。
彼女だって、悲しくて、不安で、どうしようも無かったはずなのに。
これからどうするか、どうなるのかなんて、彼女だって分からないはずなのに。
…きっと、何かにすがりたくて、思わずそんな事を言ってしまったんだと思います。
彼女の気持ちも考えずに。ワタシって、本当に身勝手ですよね…。
「ご…ごめんなさい…」
「…ううん、こっちこそ…ごめんね。悲しいのは貴女も同じなのに…」
「そんな…ワタシは…」
「私の方が年上なんだもの。私がしっかりしなきゃいけないよね…。」
「違うんです。そういう事が言いたいんじゃなくて…」
「ううん、いいの。……
……でも、ごめん、ノイアちゃん。ちょっとだけ、私の事見ないで…」
そう言うなり、彼女は前を向いて、俯いてしまいました。
ワタシも言われたとおりに顔を背けましたが、彼女の抑えきれない嗚咽と、
彼女の足が止まりそうなほどに遅くなり、全身を振るわせている所から、
彼女が今、泣いている事がはっきり分かりました。
「ぅ…く、ふぅ…ッ…」
「えうっ…わあ、あぁ……!」
いつしかワタシも、エイムさんと共に、声を上げて泣いていました。
本当に、どうしてこんな事になってしまったんだろう…
エイムさん…
彼と同じく、彼女にも、幸せになって欲しかったのに……
(そうだ…!)
…その時、ワタシの脳裏に、一つの考えが浮かびました。
今からでも戻って、ラエールさんに打ち明け、そしてワタシが全ての罪を被れば…
そうすれば…エイムさんは、これからも彼と幸せに暮らせるはず。
…やるなら、今この時しかありません。
そうだ。彼の傍に居るのに相応しい人は、エイムさんなんだ…!
ワタシは涙を拭い、エイムさんに呼びかけました。
「あの…エイムさん。」「ねえ…ノイアちゃん。」
…えっ?
「な…何でしょう?」
「あっ…そ、それじゃあ、言うわね…。」
まさか。
「い、いえ、ワタシから先に言わせて下さい…」
「ううん、ここは私から先に言わせて…」
……まさか…。
「お願いです。ワタシから先に…」
「いくらノイアちゃんでも、それは駄目。まず私から…」
「…駄目です!ワタシが先に言います!」
「嫌!私が言うの!」
「ワタシが先です!!」
「私が先よッ!!」
やっぱり…
だったら、何としてでも、ワタシが先に言わないと…!
「エイムさんに、先に言われるわけには行かない事なんです!!」
「貴女も分かっているんでしょう!?これは私が言わなきゃ、意味無いのよ!!」
「でも、これは譲れません。絶対に駄目です!貴女のためにも!!」
「強情はやめてよ!これは貴女のためなんだから!!」
「お願いします。わかって下さい…!」
「そっちこそ、私の気持ちをわかってよ…!!」
「分かった上で言ってるんです。だって…」
「私だって、分かった上で言ってるの。でも…「もう、黙ってて下さい…」
………
「だって…」
「…ワタシは…、ワタシは…ワタシは…!
貴女の事なんて、ずっと嫌いだったんです!!」
…………これで…
「……っ、
わ…私だって…私だって、
貴女みたいな地味な子、最初から…嫌いだったわよ…!!」
……!?
「…大体、いきなり現れておいて、手を組もうなんて…
図々しいにも程があります!ワタシが、そんな人と仲良くできると思ったんですか!?」
まさか
「いきなり現れたのは、貴女の方でしょう!
元はと言えば、私の見せた夢から生まれたくせに、何勝手な事を言ってるのよ!!」
駄目
「何を言ってるんですか!!一度、彼の所から逃げたくせに!!」
やめて
「初めて会った時、あんな馬鹿みたいに震えてた事、忘れたとは言わせないわ!!」
もう、諦めてよ
「一人じゃ何もできないから、ワタシと手を組んだんでしょう!?」
こんな事…
「そっちこそ、貴女の元の姿じゃ何もできないのに、よくそんな事が…!!」
…やっぱり神様は、魔物に対して意地悪みたいです。
エイムさんがワタシを切り捨てられるように、彼女に嫌われようとしているのに…
こんな所でも、二人の考えを一致させなくてもいいじゃないですか…。
相手の事が大切なのに、大切だからこそ、嫌われようとして傷つけあう。
…そんな、どこか滑稽な喧嘩は、止め処もなく延々と続き、
いつしかワタシ達は、ひどく泣き叫びながら、お互いを罵り合っていました。
「この、馬女ぁ…!!」
「うるさいっ、チビ…!!」
「デブ…!!!」
「ダサ貧乳…!!!」
「臆病者ぉ!!!」
「根暗ッ!!!」
やめて下さい。もう、これ以上言いたくない。傷つけたくない。だから、やめて…
誰か、助けて………
『『……ラエール、さん……!!!』』
「二人とも、避けろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「「!?」」
「うわっ、うわああああぁぁぁぁぁッ!!?」
ドザザァァァッ!!
「……」
「……」
声に気付いた私達が振り返ると、そこには、何とラエールさんが来ていた。
…しかも、空を飛んで。
その上、大量の砂埃を巻き上げて地面に激突し、そのまま気絶してしまって。
「……エ、エイムさん…」
「うん…」
どうして来たの?
それに、どうして空から?
というか、どうやって空から??
疑問は尽きねど…
「…どうしよう、か…?」
「放っておくわけにもいきませんよね…
このままだとラエールさん、風邪引いちゃいますよ?」
「うん…ちょっと怪我もしてるみたいだし…
…とりあえず、気絶してるうちに、彼の家まで運ぼう?」
「…そうですね。」
そして、私とノイアちゃんを挟むような感じで彼を私の背に乗せ、
だらんと垂れた彼の腕を私の肩に回して、彼の体を少し安定させた後、
私達は、来た道を引き返し始めた。
「…。」
「…。」
…そこから、また無言の時間が始まった。
いや、ただ無言だったんじゃなく、お互いに、色々と気持ちを整理してたんだと思う。
でも少なくとも、彼が登場したことにより、
さっきまでの喧嘩の元だった、どちらかが犠牲になる案は潰れてくれたようだ。
…それどころじゃなくなった、とも言えるけど。
「…あの…。」
その沈黙を破ったのは、ノイアちゃんだった。
「…何?」
「さっきは…本当に、ごめんなさい。
本当は、貴女を傷つけたくなんてなかったんです。
でも…あそこで貴女に言われたら、貴女が傷ついてしまう事になるのが分かって…
それでも、どうしても貴女を傷つけたくなくて、それで貴女が傷つくようなことを…
…うぅ、ご、ごめんなさい。うまく言えないんですけど…」
「ううん。ちゃんと分かってるから、大丈夫よ。
…それにあの時は、私も、貴女と同じ気持ちだったと思うから…
変な意地張って、貴女にあんなひどい事言っちゃって、本当に…ごめんね。」
「いえ、悪いのはワタシのほうですよ…」
「違うの、私がもっとしっかりしてれば…」
「そんな…だってワタシと来たら…」
「…う〜ん、やめよう。また喧嘩になっちゃう。
どっちも、同じだけ悪いってことで。おしまいにしよう?」
「…そうですね。」
やっぱり、似たもの同士なんだね。私達って…
「あ、あの…それで、図々しいんですけど…こんな時に、何なんですけど…」
「どうしたの?」
「さっきは、あんな事になってしまいましたけど…
…それでも、もし、こんなワタシでも、貴女が良ければなんですけど…
…これからもずっと、ワタシは貴女が大切な人です。
これからもずっと…ずっと、ワタシと…親友で、いてくれますか?」
「!!」
「…やっぱり、こんな時に言われても、迷惑でしたよね…。」
「…ううん、全然、迷惑じゃないよ。…ただ、嬉しくて…」
元はといえば、私から勝手に持ちかけた関係だったのに。
それでも、私なんかと、これからも関係を続けたいといってくれたのが、
単純に、それでも、ものすごく嬉しかった。
「よかった…。本当に、ありがとうございます…!」
「…うん。こんな私だけど…これからも、よろしくね。ノイアちゃん。」
「はい…!!」
後ろ手だったけど、私達は、手を固く握り合った。
「…ラエールさんを送ったら、気が付くまで待って、
それから…本当の事を、全部話しましょう。」
「そう…だね。それしか…無いよね。」
「…ひとりぼっちには、しません。
どんな結果になっても、二人なら、きっと…」
「…うん。
私も…何があっても、ずっと、貴方の傍に居るからね…。」
こんな優しい子なんだもの。これからも、私がしっかり守ってあげないと…。
「よかった…。何だか知らないけど、仲直りできたみたいだな。」
「「!!?!?」」
いつの間にか…彼が、気が付いていた!?
「い、いつの間に…?どこから…!?」
「いや、気が付いたのは、君の背中に乗せられてすぐだったんだけど…
なんだか気まずい感じだったから、少しの間、気絶したままのフリをしてさ…。」
「あ…あの、それで…ラエール、さん…。
ど、どうして、ワタシ達を…?」
「ああ、その事か。
今話すから、ちょっと降ろしてくれないか?」
「…」
…本当は、聞きたくなかった。でも、ごねた所で、先には進めない。
言われるままに彼を私の背から降ろすと、
彼は私達の前に立ち、話し始めた。
「…マスターから、だいたい聞いたよ。君たちの正体も…」
「そう、だったんだ…」
実際に話した事は無いけど、彼が働く酒場のマスターの事は、私も知っていた。
この親魔物になった町においても、なぜか魔物の特徴を隠していたけれど、
漂う魔力から、魔物、それもすごく強力な部類である事は感じられた。
彼女なら、私達の存在に気付いても不思議は無いだろう。
でも、あの心優しく、母親のような雰囲気を持った彼女が、どうしてそんな事を…?
「でも、俺は君達から直接聞きたいんだ。…本当のことを。
君達二人が、ノイア=ファントムなんだな?」
「…はい。」
「さっき、どうして逃げたのか、教えてくれないか?」
「…びっくりしたのと…」
「と…?」
「貴方が…拒絶するのを、直接聞きたくなかったから…です…。」
「…なんで、拒絶すると思ったんだ?」
「だって、本当の私は、こんなに魅力が無いのに…
臆病で、嘘つきで、暗くて、異形で…貴方の事を、騙していた。
貴方みたいな素敵な人とは、とても釣りあわないわ。」
「こんなちびで、地味で、嘘つきで、空っぽで、魅力の無いワタシが、
あの『ノイア=ファントム』の正体だなんて…
ずっと、貴方の事を騙していたんですから…幻滅しましたよね。
…でも、信じてください。
決して貴方を傷つけるつもりや、精が欲しいからとか、
そんな理由でやっていたわけじゃないんです。」
「なら、どうして?」
「…貴方を、幸せにしてあげたかった、から…」
「えっ…?」
「…貴方は、とても真面目で、優しくて、魅力的な人だと思った。
なのに今まで、貴方に振り向いてくれる女性はいなかったでしょう?
それが、凄く不公平だと思って…。頑張ってる貴方を、幸せにしてあげたいと思った。」
「…買いかぶりだよ。俺はそんな立派な人間じゃ…」
「違う!貴方が、それに気付いてないだけよ。
貴方は、報われなくちゃいけない、幸せにならなくちゃいけない、立派な人だと思うの。
…でも…こんな『私』じゃ、貴方を幸せにできないから…
だから、せめて貴方に幸せな夢を見せてあげたくて、私の持っている力で、
夜、貴方の夢に、あの私の分身を送り込んでいたの。」
「そうだったのか。
じゃあ、昼間に『ノイア』の姿をしていたのが…」
「…はい、ワタシです。」
「私は、現実で『ノイア』として接する事ができない。
彼女は、今日みたいに月の無い夜には、変身する事ができないの。」
「今日まで『ノイア』として貴方の許にいられたのは、
同じ想いを持っていた彼女と出会って、友達になって、
お互いにできない事を補い合って来たからなんです。」
「そうか。」
「…やっぱり、騙されたの、怒ってる…?」
「いいや、怒ってなんかないさ。
むしろ、嬉しいよ。同情だったとしても、そこまでしてくれるなんて…」
「違うの…!
ただの善意や同情なんかでやった訳じゃない!!」
「じゃあどうして?」
「それは…言えない。
言ったところで、応えてくれるわけが無いから…」
「…何でも決め付けないでくれよ。
全部言って欲しい。俺は、本当の事を聞きに来たんだ!
君達をそこまでさせたのは、一体何なんだ?
聞けるまで、帰るわけにはいかない。逃がすわけにもいかない!!」
…もう、正体はばれてしまった。逃げ場も無い。この関係も、終わりなんだ。
だから、彼の聞いてくる事を、全部答えてしまおう。
少し前のあの慌てぶりが嘘のように、私達は冷静だった。
もう大丈夫。親友が傍に居てくれる。何があっても、一人ぼっちにはならない…
さっきの告白で生まれた安心が、私達の勇気を後押ししていた。
…ダメでもいい。伝えなきゃ…!
「わ…私は…本当は…!」
「ワタシも…あ、あの…!」
「「貴方の事が…好きだった、から……!!」」
…やっと、言えた。けど…
「…そうだったのか。」
「うん。…好きなの。でも…駄目だよね。」
「そんな訳ない。
姿は違っても、たとえ一人から二人に増えたって、
俺の気持ちはまだ変わってないよ。」
「…それは、『ノイア』さんに、また会いたいからですか?」
「違う!!
…俺が好きになったのは、絶世の美女なんかじゃない。
俺に初めて、恋人と触れ合う事を教えてくれた…
仕事ばかりで、恋なんて気にしてなかった俺の世界を変えてくれた、
俺なんかの事を、幸せにしたいと言ってくれた人だ!」
「嘘…ッ!」
「…マスターに本当の事を聞いて、君達を追いかけて、
君達から直に話を聞いて、やっとハッキリ決められたよ。
姿形や、性格の明るい暗いなんて関係ない。
俺は…俺に恋をさせてくれた、君達二人の事が好きなんだ!!」
…!!
そんな言葉、絶対に聞けないと思っていた。
でも、心の底では、一番聞きたかった言葉だった。
「…信じて、いいの?」
「…いいんですか?」
「信じてくれると、俺は嬉しい。」
…だけど私達は、あんなに彼に拒絶されたくなかったにも関わらず、
逆に、彼に好かれる事を避けようとしていた。
本当に、どうして私達は、こんな性格なんだろう…。
「でも…自信ないよ。貴方の事、幸せにできない…」
「そんな事、やってみなくちゃ分からないだろう?」
どうしようもなく、臆病で…
「そんな事言ったら、離れませんよ?
…一生、こんな地味で嘘つきなチビがついて来ても、いいんですか?」
「ついて来て欲しいから、言ってるんだよ。」
どうしようもなく、後ろ向きで…
「魅力もないし、こんな異形だし…きっと、損するよ?」
「大丈夫、損なんて絶対しない。
それに俺には、君たちはとても魅力的に見えるよ。」
すぐ目の前にある欲しい物を、自ら捨てようとするほど、馬鹿で…
「絶対、たくさん迷惑かける事になると思います。
いくら優しい貴方でも、嫌になるくらいの…それでも、いいんですか?」
「大丈夫、もう覚悟はできてるさ。
それに俺だって、君達に迷惑かける事もあると思う。お互い様だよ。」
本当に、弱い…女で……
「でも…」
「もういいだろう?
何があっても、何を言われても、俺の気持ちは絶対に変わらないよ。
だから、さっき俺が言った気持ちへの返事を聞かせてくれ。
出来る出来ないとか、あるないとか、するしないじゃなくて、
君達自身はどうしたいのかをハッキリ言って欲しい。」
「…どう…」
「したいか…。」
変えたい。
「ああ。
君達が言えば、俺もきっとそれに応える。
…俺を、信じてくれ。勇気を見せてくれ。
騙して悪いって思ってるんなら、今ここで本当の事を言ってくれよ。
俺が聞きたいのは、君達二人の本当の心なんだ!」
「本当の、」
「こころ……」
変わりたい。
「私、達は…」
「うう…あの…」
こんな、どうしようもない私達だけど。…なけなしの勇気を出して、伝えたい。
変わりたい。踏み出したい。そして…!
「これからも、貴方と…一緒に居たい…!!」
「ずっと、貴方の傍にいたい、です…!!」
「ああ、いいよ。
俺も、君達にずっと傍に居てほしい。」
彼は、そんな私達の事を、優しく受け入れてくれた。
…ああ、勇気を出す事って…こんな、簡単な事だったんだ。
これで…ようやく彼の気持ちを信じられる。
ずっと望んでいて、ずっと諦めていた事が、現実になる…!
その嬉しさと、勇気を振り絞れた事への達成感と、我慢しなくてもいい、彼への愛しさ…
私達の胸に、それらが一気にこみ上げてきて、もう、止まれなかった。
「ううっ…ラ、エール…さん…ッ!!」
「ふぁ、あ、うっ…はっ、うわあぁ…!!」
それらの感情が抑えられず、熱い涙となって溢れ出した。
けれど、嫌な気分じゃなかった。むしろ、心の中は、幸せに満ちていたと思う。
私達は感情の制御を忘れて、ひたすら泣きじゃくった。
ラエールさんは何も言わずに、私達をその暖かな胸に受け止め、
泣き止むまで、ずっと抱きしめ続けてくれていた。
…長い間だったのか、ほんの短い間だったのかさえ分からなかったけど、
ずっとあふれ続けていた感情も収まり、私達はようやく落ち着きを取り戻した。
惜しみながらもラエールさんから顔を離すと、彼が口を開いた。
「…二人共。これからも、よろしくな。」
私達は、満面の笑みを浮かべながら応えた。
「こちらこそ…これからも、よろしくお願いします!」
「不束者ですが、精一杯頑張ります!」
「さあ、それじゃあ、家に帰ろうか。ノ……
……ああッ!忘れてた!!」
彼は急に、何か重大な事を思い出したようなリアクションをした。
「クソッ、何でこれを忘れてたんだろう…
全く締まらないな、俺って奴は…」
「な、何…!?」
「どうしたんですか…?」
「二人とも、こんなタイミングで、ホンットにごめん…
……君達の、本当の名前、教えてくれないか…?」
あー…そういえば、言ってなかったっけ…。
でも、怒るような気はしなかった。むしろ、思わず笑ってしまった。
「ふふふ…。なんだ、そんな事か。
私の本当の名前は、エイム。苗字は無いわ。そして、こっちが……!」
…そこまで言った時、私は、ノイアちゃんの異変に気付いた。
また悲しげな顔に戻り、俯いている。…そうだった。この子は…!
「ごめんなさい…ワタシには、本当の名前が、無いんです…。」
そうだった。『ノイア』の名は、私が仮に呼んでいるに過ぎなかった。
何で今まで忘れてたんだろう?彼女を守るとか言っておきながら…!
「…無いのかい?」
「はい…。ワタシは、親から生まれた魔物じゃありませんから…」
「そうか…。ん〜、そうだな…」
彼は、しばらく彼女の事を眺めると…
「………イオ…。」
「イオ…?」
「君の名前だよ。ちょっと考えてみたけど、『イオ』って言うのはどう?」
「イオ……。」
「確か、どこかの国の言葉で、『自分』っていう意味だったと思う。ピッタリだろう?」
彼女は何度も、「イオ、イオ…」と繰り返して言うと、
やがてゆっくりと顔を上げ、微笑みながら、大きな声でハッキリと言った。
「…ワタシの名前は、イオです。よろしくお願いしますッ!!」
言い終えた時には、彼女…いや、イオちゃんの顔には、
すごく可愛らしい、最高の笑みが浮かんでいた。
…彼女はずっと、自分の事を『ただの影』とか『空っぽ』とかって言っていたから、
彼に名前をもらった事で、ようやく、確固たる『自分』を手に入れられたようで、
きっと、もう、かつて無いくらいに嬉しかったんだろう。
「良かったね…。おめでとう、イオちゃん!」
「本当に…本当に、ありがとうございます。ラエールさん、エイムさん!!」
イオちゃんはその後も、飛び跳ねたり、歌いながらまた名前を繰り返したりして、
幼い子供みたいな外見相応に、あふれ出す喜びを表現していた。
そんな様子を見ていると、私も何だかとても嬉しくなり、
すこし体を屈め、イオちゃんの前に右手を掲げた。
「イオちゃん♪」
「何ですか?エイムさん。」
「ハイタッチ、しない?」
「ハイタッチ?」
「ええ。本で読んだんだけど、
嬉しい時に、誰かとその嬉しさを分かち合える方法なんだって。」
「わぁ…素敵です!やりましょう!!」
「わかった。それじゃあ、右手を高く構えてみて。」
彼女が右手を構えたのを確認すると、私は続けた。
「私の合図で、お互いの手を叩くの。いい?」
「はい!」
「それじゃあ、行くよ。せーの…」
「ハ〜イ…」
「ターッチ!!」
パチィン!!
いい音を立てて、私とイオちゃんの手の平が打ち鳴らされた。
そしてそのまま、お互いにニッコリと笑い合い、固く抱き合った。
私達が初めて出会った、あの夜のように。
「ハハハ…仲いいなぁ、二人とも。」
「ええ。だって私達は、ずうっと、親友だもんね♪」
「はい♪それに、これからは…」
「「二人とも、貴方の恋人になるんだから!」」
11/12/22 23:54更新 / K助
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