連載小説
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第一章
見上げるような崖をくり抜いた大穴に、金属塊がぶつかる音が響く。
それを拍子とするように、鉱山の集落に歌声が響く。
決して美しいとは言いがたい声だったが、活気に満ちたそれは、聞くものの活力さえ満たさんばかりだった。
「ぅおーい!こっちあがったぞ!」
自らの身体よりも大きな鋼の剣を持ち上げ、ドワーフが言った。
「あいよっ!」
別のドワーフがそれを受け取り、自身の枕ではないかと疑うほどの大きな砥石で研ぎ始める。
いや。
剣も砥石も、人間からすれば標準サイズだ。
それほどまでにドワーフが小柄なだけで。
小気味よい音を立てながら、鋼の剣が研ぎ上げられていく。
焼き入れられたばかりで黒かった刀身が、本来の鈍色(にびいろ)を取り戻す。
その作業が、別の砥石で行われる。
仕上げ用の、目の細かい砥石だ。
幾度もこすっては、刃先を指の腹でこするように刃を確かめ、さらに研ぎを繰り返した後、また次の研ぎに入る。
通常は行わない、ドワーフだけの秘密の仕上げだ。
一部の地域でまれに手に入る、さらに細かい目の石。
それを使い、丁寧に、全体を仕上げていく。
「・・・うし、完璧、だな」
ただの銀色だった剣に、肌色の曇りが生じる。
もはや鏡と称した方が正しいそれに、ドワーフの顔が映り込んでいたのだ。
「おーい!鞘、くれー!」
「あいよー!」
また別のドワーフが、鞘を持ってくる。
ツタと葉の装飾が施された、儀礼用にも見える銀の鞘。
軽く、丈夫で、見た目も美しい、ドワーフの仕事ぶりが凝縮された剣と鞘。
二人掛かりで、鞘に剣が納められる。
「ほいよ、いっちょあがり!」
同じものが数本入った箱に、それが無造作に投げ入れられる。
その程度で壊れるなら、それは出来損ないだからだ。
職人気質のドワーフらしいやり方だった。
「・・・ん?」
品物のやりとり用のカウンターで、タヌキの魔物とドワーフがなにやら笑い合っていた。
丁度話の区切りがついたようで、タヌキの魔物は品物を受け取り去っていった。
「なんだ、またどこかの誰かがヤったのヤらないのの話かい?」
カウンターにいたドワーフ、デボラに話しかける。
「いやなに、最近は武器よりもスケベな道具の方が売れるから、
 作ってみないか、ってさ。」
「はー、まったく。そんなもん、男口説きゃ必要ないのにねぇ。
 そのための着飾る道具はいくらでも作ってやるのに」
「ま、それでも試作品作っちゃうあたり、アタシらもあまり人のこと言えないけどね。
 で、マルちゃん、そう言うアンタは、浮ついた話の一つもないのかい?」
「アタシはまぁ、男がいらないワケじゃないけど、さ・・・」
「マルちゃん」ことマルギットが、歯切れの悪い返事を返す。
「ふふん、興味アリ、かい?」
「そりゃ、あの、魔力ってのかい?その、夜になると『疼く』し、
 独りでイタした後の空しさが・・・って何言わすんだい!」
「ひひひっ、ま、アンタは人一倍働き者だからね、どうしてもこの集落に
 籠りがちなのがいけないのさ。注文の品はもう出来上がって手すきなんだろ?」
「あぁ」
「だったらほら、こいつ売りに街まで行ってきな。
 悶々とした気持ちを切り替えるためにも、一週間ばかし街でゆっくりしてきなね。
 売れた金は半分くらいなら使っちゃっていいからさ、それでオトコ引っかけといで」
装飾品の入った袋を渡される。
「いや、だからそういうつもりは・・・」
「あーアタシいそがしー誰も手あいてないなー」
否定の台詞は、とてもわざとらしい棒読みで遮られた。
「・・・ちっ、しゃーないね。まったく。今回は口車に乗せられといてやるよ!」
「あーい、いってらっしゃーい。シシシ」
嫌らしい笑みで送り出されることになった。

ずんずんと音がしそうなほど、がに股で街道を踏みしめながら、マルギットが歩く。
背中には、本人と同じか、それ以上の大きさのリュックが背負われている。
「ったく、にゃろう、帰ったらどうしてくれようか・・・」
幼女とも取れるほど小さな口から、想像もつかない汚い言葉が出る。
幼いのは見た目だけで、中身は年相応・・・いや、もはやオッサンに片足突っ込んでいるドワーフたちだった。
さもありなん、おおもとが男系中心の職人集団。今でこそ魔力で女系になったとはいえ、元来の職人気質や仕事一辺倒の性格までもががらりと変わるほどではなかった。
八つ当たりのように地面を踏みしめながら、街へと歩く。
やがて日が落ち、遠くに明かりが見えるような時間に、街に到着する。
体力自慢の彼女たちだったが、それで歩幅が変わるわけでもなく、結局は年頃の少女と同じ速度でしか歩けないのだった。
「ちっくしょう、スケベな道具の前に、自動で動く馬車でも作った方が良さそうだな」
己の小さな体躯を呪う。
馬がいないわけではなかったが、当人たちが幼児サイズしかないため、乗るにも馬具を付けるにも不自由しかなく、かといってそのためだけに、あちこちの街に乗り場をつくるわけにもいかず、一応誰かの夫の人間や他の魔物に乗せていってもらうことはできるが、生憎と「本当に」手のあいている者がいなかったようだ。
どうせ気ままな観光なので、誰の手も患わす必要はないと気軽に言ってしまったが、帰りどうしようか。
若干の後悔が生まれた。
さらなる愚痴が出そうになるのを堪え、宿に入る。
新人の受付に「お嬢ちゃん、お父さんとお母さんは?」と訊かれるテンプレートを経験し、これだから街に出たくないんだよと心の中でつぶやき、部屋で荷を解く。
明日売るものと自身の荷物を分けると、近場の食堂へ向かう。
食べるものには拘らない方だったが、やはり食材の集まりやすい街での食事は心躍るものがあった。
子供用の高い椅子を持って来て---当人は、「ドワーフ用の椅子まで用意してあるとは、いい食堂だ」と勘違いしていたが---テーブルに着く。
子供が独りで?いやドワーフだよ、というささやきを聞きつつも、集落でのあまり代わり映えしないそれとは違う食事に、舌鼓を打つ。
帰りがけにカウンターで酒を貰い、そこでもまた子供に勘違いされたが、満たされた腹は立つのも億劫だったらしく、穏やかな気分で宿への帰路についた。
「げっふぅ。いやー、食った食った」
下品な音を立てながら、満足そうに腹をさするマルギット。
「そういえば、適当に注文しちまったせいで憶えてないが、
 あの豪華な料理セットはなんて名前だったっけ。また食べたいのに。
 特にあの国旗の立った味付きライス」
小柄なドワーフにとって人間サイズの料理は超大盛りも同然であり、小盛りでも充分な量であるということも、それがお子様ランチという名前であることも、彼女が知るのはまだまだ先のことだった。

翌朝、日の出と同時に起きた。
生来の働き者のクセで、遠出しても起床時間は早かった。
しばらく部屋でぼーっとした後、宿の隣、旅人用に早く開いていた食堂で簡単な食事を済ませ---やはり子供用メニューだったが---貴金属店に行く支度をして、出た。
街はやっと起き始めたところで、家庭からかちゃかちゃと食器を洗う音が聞こえた。
貴金属店に入ると、初老の店主が気づき、声をかけられる。
「あぁ、これはどうも。今日は何をお持ち頂けましたか?」
流石にこの業界では、装飾品に関しては右に出る者がいないドワーフを知らない者はいなかった。
「おっと、失礼。立ち話もなんですから、こちらへ」
奥の応接室へと通される。
上流階級とのやり取りが多い店だからか、きらびやかな刺繍が施された柔らかいソファに、重量感のあるテーブルなど、子供サイズのドワーフには不釣り合い甚だしい部屋だった。
「これを売りに来たんだが・・・」
じゃらり、と音を立て、袋がテーブルに置かれる。
「なにぶん、普段は作るばかりでなぁ。ちょっと勝手がわからないんだが」
「あぁ、はい。査定はいつも通りにやらせていただきます。
 どうぞ、今お茶をお持ちしますので、ゆっくりなさってください」
言われるままに、よじ上るような形でソファに座る。
ほどなく、華美なティーセットが運ばれ、紅茶が差し出される。
「では、失礼して」
袋の中身を一つ一つ確かめるように、布が張られたトレーに並べられていく。
「ふんふん・・・カメオのブローチとペンダントヘッド、銀のチェーン・・・
 あぁ、やっぱりドワーフ製のアクセサリーはいいですね。実に仕事が丁寧だ」
「まぁ、な。これくらいしか取り柄がないからな」
ずずず、と豪華な調度品に合わない音を立て、紅茶をすすりながら言った。
「ははは、ご謙遜を。売るしか能がない我々より遥かに立派ですよ。
 おぉ、このアンクルの装飾はいいですね。
 シンプルさと繊細さが合わさって、とてもいい」
「ふぅん、そういうのが流行なのか・・・。
 見ての通り、着飾る事に関しては無頓着なもんだから、まるでわからんが」
「えぇ、あとは宝石をワンポイントにあしらったものなどが人気でしょうか。
 そうですね、今なら機能性と見た目を両立した日用品なども人気で・・・」
その後しばらく、店主と装飾についての談義を続けた。
「・・・おっと、いけないいけない。開店準備をすっかり忘れていました」
「あれ、そんなに経っちまったかい。悪いね、引き止めちまって」
「いえ、いいものを作るには情報も必要ですからね」
「なかなか面白い話を聞けてよかったよ」
「ははは、この程度で喜んで頂けるならいくらでも。
 あぁ、そうそう、お代はこちらです」
いかにも重そうな袋を手渡される。
「ふぇ・・・なんつー大金だ・・・」
「普段からこれくらいで取引させて頂いてますよ」
「うーむ、集落から出ないと、作ったものの価値も判らなくなるもんだな。
 自信のあるものしか出していないつもりではあるが、よもやこれほどとは・・・」
「ははは、良いものに対する正当な報酬ですよ。遠慮なくどうぞ」
「それじゃ、そうさせてもらおうか」
じゃらり、と重厚な音を立てる袋を受け取る。
腰のポーチにも入らないため、仕方なく手で持って帰った。
幸いにもまだ道に人は少なく、少女が大金をぶら下げている、ある種、異様な光景を見られることはなかった。
宿に戻ると、お金の袋から少量の銀貨を取り出し、腰のポーチに入れる。
旅荷物の底にお金の入った袋を隠すと、すっかり手持ち無沙汰になった。
「・・・・・ヒマだ」
特に観光の意思もなく、靴を脱いでよじのぼったテーブルから、窓の外を眺める。
ちらちらと増え始めた人々は活気に溢れ、その日その日を懸命に生きているように見えた。
口は悪いが真面目な性格のマルギットは、自分だけがサボっている気分になる。
が、ここに炉はない。腰に携えた、護身用も兼ねた愛用のハンマーを無意味に磨いてみたりするが、その気持ちが晴れるわけでもなく、とりあえずやることを模索してみる。
気持ちとしては、さっきの貴金属店の店主と雑談したいところだが、あちらも商売。ただの暇つぶしに時間を割かせるなどできない。同じ理由で、この辺の工房を覗くのも躊躇われる。
ふと通りかかる上流階級の女性の衣装を見て、自身の身なりを見る。
端のほつれ始めた作業着と、小さいが、節が目立ってきた手。
仕事優先で生きてきた証と言えば聞こえはいいが、女として魅力があるかといえばノーだ。
オトコ引っ掛けといで。
出掛けにデボラにかけられた声を思い出す。
ほぼ女系になってしまったドワーフ属を存続させるために、人間の男を集落に連れて行くことはよくある話だったし、魔王の魔力の影響で、欲の抑えが効かないときもままあった。
マルギット自身、男に興味がないかと言えばそうではなかったが、仕事一辺倒な自分をつまらない女だと思うし、男がどうこうよりも、細かい作業の方が楽しいと思う時の方が多い。なにより、見ての通りの薄汚い子供のような外見だと思うと、どうしても積極的になれない部分があった。
「はぁーぁ」
ため息しか出ない。
仕事をしている自分に満足している。
が、逆を言えば、仕事がなくなったとき、今のようなときに何をするべきか、さっぱりわからない。
近くに見える教会の十字架を眺めた。
信仰心があったわけではないが、何かの天啓でも降りてこないかと都合のいい想像ばかりが膨らむ。
ふと視線を落とすと、二人の大柄な少年と、小柄な少年がいた。
大柄な二人が、小柄な一人を暴行しているところだった。
「・・・ちっ」
正義の味方という単純な存在は好きではなかったが、弱者をいたぶる光景の方がもっと嫌いだった。
靴をしっかりと履き直し、部屋を飛び出した。

「くぉらクソガキどもが!寄ってたかって弱いものイジメたぁどういうことだ!」
ヒートアップしてきたその現場に、小さな影が躍り出る。
小柄な少年は鼻血を垂らし、腫れた頬を抑えながら、呆然とその影を見た。
大柄な二人がその声に反応し、振り返る。
「・・・なんだ、このチビ助」
「お嬢ちゃん、ママはどこでちゅかー、ってか?」
「ぎゃははは!」
自分の倍はあろうかという二人が、自分を見下しながら笑うさまを見上げるマルギット。
「ん、の、毛も生え揃ってないガキンチョが!大概にしやがれ!
 言う事もやってる事もついでにキンタマもちみっちゃいクセに、
 図体と態度ばかりがデカくなりやがって!恥を知れ、でくの坊が!」
見た目とは裏腹に、汚い言葉が次から次へと繰り出される。
「なんだと、このチビッコが!」
「毛が生えてないのはお前の方だろうが!」
「ぷっ、くくくく」
「く、ははははは!!」
ぷちん。
マルギットの中で、何かがキレる音がした。
もともとが短気で喧嘩っ早いのだ。彼女を知る者から見れば、まだ持った方だと言うだろう。
「来いよ」
「え?」
「そのチビッコにこてんぱんにされたいヤツからかかってこいって言ってんだよ!」
「ぎゃはははは!どうするよ!」
「は、ひー、ひー、んじゃ、俺から!手加減だけはしてやるからな!」
一人が大振りで殴り掛かる。
が、その視界からマルギットが消える。
「え」
と思ったのも刹那、横っ面に強い一撃を受けて吹き飛ぶ。
道ばたに置いてあった樽に突っ込み、盛大な音が鳴る。
「・・・へ?」
もう一人はただただ己の眼を疑うしかできなかった。
体格上、どうしても相手は、普段ならほとんどしないであろう下方向への攻撃を余儀なくされる。
それを逆手に取り、相手の懐に飛び込んでのインファイト。
見てくれは子供でも、力は大の大人より遥かに強いドワーフ。それが小さな手の小さな面積に集約された、強力な一撃となって襲いかかったのだ。
小柄で力持ちのドワーフならではの戦法だった。
「・・・えっ、へ、は?」
「弱いものイジメするような男の風上にも置けないお前らは、キンタマ潰しに決定だ」
ごぎり。
普段の仕事で節が目立ち始めた指から、小さな見た目不相応な暴力的な音が鳴る。
ようやく、自分の分の悪さに気付いたらしく、相手の顔が真っ青になる。
「さぁ、覚悟しろよ」
「ひっ、ひぃぃぃぃ!!」
「おやめなさい!」
今まさにマルギットが飛びかかろうとした瞬間、凛とした声が響く。
声の主は、おそらく近くの教会のだろう、初老のシスターのものだった。
「神聖なる教会のそばでの狼藉は、たとえどんな理由であろうと許されはしません!」
さらに分が悪くなったと悟ったか、大柄な少年は小さく舌打ちをし、もう一人を担ぎ上げ、逃げていった。
「大きな音がしたと思って来てみたら、何事ですか」
「あぁ、あいつらが、そのちっこいのをタコにしてたからさ」
今だ倒れ惚けている少年を指差す。
「まぁ、ニコラ。また彼らに暴力を振るわれていたのですね。
 どなたか存じ上げませんが、ありがとうございました」
シスターがニコラと呼ばれた少年に近づく。
「でも、仕方のないことなのです」
先ほどの逃げた少年のように、我が耳を疑うマルギット。
「ご両親が魔に染まり穢れてしまったあなたは、
 それを払うまでは不幸から逃れられません」
つまり、両親がサキュバス化・インキュバス化してしまった、ということなのだろう。
「それが、神の御心なのです。さぁ、おいでなさい。今日の退魔の儀式を行います」
ニコラの手を引くシスター。
しかし、ニコラは立ち上がろうとしない。
どころか、どこか逃げるようなそぶりすらある。
「我が侭はよしなさい。さぁ」
なおも抵抗を続けるニコラ。
「いや・・・いや・・・」
小さいが、確かに聞こえた、拒絶の声。
「たす、けて・・・」
目が合う。
泣いていた。
それを見て。
マルギットの身体が、自然と、動いていた。
「ちょ、ちょっと待て!嫌がってるじゃねーか!」
二人の間に割って入る。
「どういうことかアタシにはわからねーが、嫌がるヤツを無理矢理連れて行くのが
 いいことだとは思わない。やめといてやれよ」
ふぅ、とあきれたような息を吐き、シスターが言い放つ。
「その子の両親は、神の御心に背いて、魔に身をやつしました。
 それを教会が発見し、保護したのです。彼もまた魔を宿していることでしょう。
 だから、その穢れを払う必要があるのです」
きゅ、と、マルギットの手を、何かが掴む。
ニコラの手。
見ると、マルギットよりは大きな身体を、その影に隠すように、小さく、小さく縮こまってしまっていた。
「本来ならば、すっかり魔を宿してしまったあなたがたドワーフも、
 教会に近づけるわけにはいかないのです。
 ニコラのことで大目に見て差し上げようとしているのですよ」
ぎゅう。
さらに強く握られる、手。
「・・・行くぞ、ニコラ」
手に伝わる力が少し抜ける。
呆気にとられた顔をしているのだろうな、と、それを見ていないマルギットは思った。
「こんなところにいたら、脳みそが腐る。アタシと来い」
なぜそんなことを言ったのか。
後から考えると、自分でもよく判らなかった。
しかし。
腸(はらわた)の煮えくり返る、彼女の中の何かが、そうさせた。
それだけは、確かだった。
「さ、行くぞ」
ニコラの手を引き、その場を去ろうとする。
「戻りなさい。そのものに付いていっても、
 欲に身を焼く魔物になってしまうだけですよ。あなたの両親のように」
ニコラの脚が止まる。
それは拒絶か、逡巡か。
「・・・ほれ」
マルギットが、繋いでいた手を離す。
「お前の人生だ。あとは、お前が決めろ」
そう言って、宿に歩き出すマルギット。
「戻りなさい、ニコラ」
なおもシスターの声が聞こえる。
右を、左を。
シスターを、マルギットを。
ニコラの視線が追う。
「ニコラ!」
「・・・っるせぇよ!!ぴーぴー騒ぐんじゃねぇ!!」
しつこく上がる声を止めるように、マルギットの怒声が上がる。
「こいつの人生はこいつのもんだ!テメェらがどうこう言う筋合いはねーだろ!!」
「あなたがた魔の者がこの子を貶める可能性が・・・」
「知るか!アタシはなぁ!ただ怯えてるヤツを見てられねぇからこうしただけだ!
 別にアタシらを売女だなんだと罵るのは構わねぇがな!
 泣いてるヤツを放っておくほど不感症に育った覚えはねぇんだよ!」
短い沈黙が辺りを包む。
「けっ」
そう吐き捨てると、また宿へと歩くマルギット。
その手に。
小さなその手に。
すがりつくように、別の手が握られた。
15/10/11 22:54更新 / cover-d
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■作者メッセージ
リアル側が忙しくなったので長らく空きました。
今後も思い出したようにひょっこり現れるかも知れませんが、まぁ失踪扱いで間違いないでしょう。

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