不思議な舞台の狂想曲
「迷った」
大きなバックパックを背負った青年から、その言葉は発せられた。
青年は自由奔放な旅人---と言う名の住所不定フリーター---だった。
近くの街に滞在しているタヌキの魔物に、ハニービーのハチミツを取ってくるよう依頼されたはいいが。
「あん畜生め。金に困ってるからって足元見やがって。
巣まで二日かかるとか聞いてないぞ」
腹が減ったので、近くにいた兎を狩ってく食おうと追いかけたまではいいが。
「なんであんなところに穴なんてあるんだよ・・・どこに落ちたかわからん」
帰り道を探そうと方位磁針を取り出したはいいが。
「壊れてやがる・・・いや、磁場が強過ぎて狂ったか・・・?」
それは踊るかのように、くるりくるりと。
いや、さも惑わされるように、狂り狂りと。
指すべき方向を見失っていた。
「踏んだり蹴ったりもいいところだぜ、全く・・・」
鬱蒼とした森を進む。
薄暗い闇と湿気った空気がまとわりつくのを肌で感じながら、とにかく歩いた。
いっそ妙なキノコでも取って舌先三寸でタヌキに買わせた方が儲かるんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら。
闇が強さを増し、いよいよ青年を飲み込もうとした頃だった。
突然森が開け、広場・・・いや、庭があった。
そこには、じめじめした森に似つかわしくない、豪奢で大きなテーブルと、周りに椅子が数脚。
貴族のパーティ会場を思わせるそれの奥に、一軒の家も見えた。
「納屋でもいいから貸してもらえれば、とりあえず野宿だけは避けられそうだな・・・」
明かりの灯るそこへ、吸い寄せられるように向かった。
街灯の火に蛾が飛び込むように、と言う方が正しかったと、青年が知ることはなかったが。
「こんな辺鄙な場所へ、よく来てくれたね。歓迎するよ」
家主の女性は快く迎えてくれた。
何故か燕尾服にシルクハットという男のような出で立ちであったが、中性的な顔立ちにそれはよく似合っていた。
出るところの出た女性の体型でなければ、そうと判らないほどに。
「いや、押し掛けで申し訳ない限りだが・・・」
「いいさ、見ての通り、話し相手にも不自由するような場所だ。理由はどうあれ、
来てくれただけで嬉しいよ。キノコが付いてるならなお歓迎だ」
最後の一文に違和感を覚えながらも、邪魔者と見なされていないだけ御の字、と安心する。
「そういえば、表にパーティでも開くようなテーブルがあったけど、
それでも話し相手に苦労するのか?」
「あぁ、近くの連中とはよくお茶会を開いているのだがね。
それでも見知った顔をいつまでも突き合わせるよりは、新しい誰かと、
見知らぬ話をしたほうが面白いだろう?キノコに興味があるかとか、ね」
やはり最後の一文に違和感があったが、確かに話し相手としては、知らない相手の方が得るものも多く面白いだろう、と納得した。
「あぁ、お茶といえば、客人に何のもてなしもしていなかったな。申し訳ない。
今用意するから待っていてくれ」
「いや、気を遣わなくてもいい。押し掛けたのはこっちだ」
「はは、まぁ遠慮することはないよ。押し掛けられるより
押し倒される方が好みではあるが。・・・あぁ、アールグレイでいいかな」
「え、あ、あぁ」
心の片隅が、小さく警鐘を鳴らす。
なにかが、おかしい。
しかし、こんな小汚い男を迎え入れてくれる人を疑うわけにはいかない。
今は、無視することにした。
茶葉の缶を開け、香りを確かめる彼女。
「あぁ、いい匂いだ。男性の汗とはまた違う興奮を覚えるよ」
茶器を温めたお湯を捨て、茶葉を入れた後、お湯を注ぐ。
たちまち、部屋中に紅茶の香りが広がる。
「甘さは、どれくらいにしようか?」
「いや、流石にそれくらいは自分でやろう」
「そうか。まぁ、甘さの好みは自分しか判らないだろうからね。
性の甘露なら、皆、際限なく好きなのだろうけど」
何かが、麻痺していく。
身体の一部ではなく。
心のどこかが。
「どうぞ、砂糖はないけど、代わりのものがそこのポットに入っているよ」
素人にも判る、柑橘の香りの混じる上質な紅茶の香りと共に、カップが差し出される。
テーブルの上のポットを取り、中身を見る。
とりろとした、ハチミツのような、シロップのようなものだった。
それを一杯だけ、紅茶へと入れる。
「おや、甘いのはお嫌いかな?」
その様子を見ていた彼女が言う。
「いや、どちらかと言うと、紅茶の渋みを楽しみたい方でね」
「変わった人だな・・・あぁ、すまない。悪意はないんだ」
「いや、我ながら変わり者だと思っているよ」
「ふふ、嫌いではないよ。味が楽しみだ」
「味?」
甘党で砂糖少なめは飲まず嫌いしている、とかだろうか。
それとも新しい茶葉を開けたばかりで飲むのは初めてだったりするのだろうか。
「いや、こちらのことだ。気にしないでくれ。
あぁ、そうそう、お茶菓子はどうしようか」
「無理に気を遣わなくてもいいって」
「客人をもてなさない方が気を遣ってしまうよ。どうか、私の気が済むまで、
されるがままにされてくれ。この後も、な」
「あ、あぁ」
含みのある言い方に、つい不信感を持つ。
「えぇと、そうだ、お茶菓子だったな。スコーンでいいかな」
「え、あ、何でも構わないよ」
棚から取り出されたスコーンが目の前に置かれる。
「マーチヘアの奴ほどじゃないが、これでも料理は好きなんだ。
ちょっと隠し味を入れてみたんだが、口に合うかな?」
「ほう、それじゃ、いただきます」
「ふふ、どうぞ」
まずは紅茶を一口。
思った通りのいい香りが、口いっぱいに広がる。
シロップは思ったよりも甘かったが、渋みや苦みを殺さず、程よく調和していた。
飲み下すと、鼻へと紅茶の香りが抜け、ほのかな甘さが次を促すように残った。
とても落ち着く。
それが感想だった。
「・・・どうしたんだい?」
「いや・・・こんな美味い紅茶は初めてだな、って思って」
「それは良かった」
「疲れが抜けていくような気さえするよ」
「あぁ、少し眠気はあるかもしれないが、元気になれるはずだよ。ソッチも、ね。
さ、スコーンの感想も聞かせておくれよ」
促されるままにスコーンへと手を伸ばす。
半分に割り、齧る。
サクサクした表面とふわりとした内側が、噛んでいて楽しい、そう思わせる。
小麦粉の焦げた匂いとも違う、芳醇な香りが、私を食べて、と言わんばかりに食欲を引き出す。
甘さこそなかったものの、かえって紅茶の余韻を引き立たせ、とても相性がいい。
新しい体験の連続だった。
ただのティータイムにこれほど興奮を覚えたのは初めてだった。
身体が、火照るほどに。
「なんというか、美味い。紅茶も、スコーンも。口に入れるほど、もっと欲しくなる」
「もちろんだよ。情事と同じさ。
味わえば味わうほど、欲しくなってしまうものだからね。
欲望っていうのは、底がないからこそ欲望なんだよ」
「あぁ、うん・・・」
なんだろう、頭の回転が、早まるような、鈍るような。
考えが纏まらず、思考だけが高速で流れては、消え。
心だけが、置いてけぼりにされるような。
「・・・少し、疲れているようだね。私はこれから夕食を作る。
その間、そこのベッドで休むといい。ワーシープの毛布だ。
ドーマウスの糖蜜と合わせ、気持ちよく休めるはずだよ。素敵な夢と共に、ね」
「いや・・・家主を差し置いて、タダ飯食うわけには・・・」
「歩き疲れた人をこき使うような恥ずかしい真似はさせないでくれよ。
コキ使うのは股のキノコだけで充分さ。紅茶で心を休めたら、寝るといい。
これから、もっと疲れることをしてもらうからさ」
「あ、あぁ・・・」
そう言って、彼女は部屋を後にした。
残された青年は紅茶とスコーンを、作業のように口へ運ぶ。
それらが無くなると。
そうしなければいけないように、ベッドに横たわった。
夢を見た。
家主の彼女が、服を脱ぎ、自分に跨がる夢だ。
燕尾服の下は思った通りの惚れ惚れするような、魅惑的な体型で。
大きな乳房を揺らし、腰を振り、愚息を責め立てる。
身体が浮くような感覚と、股間に伝わる熱の感覚。
それは夢と思えないほどはっきりとしていて。
灼熱した怒張が、ビクビクと、限界に近づく感覚すらある。
もう少し。もう少し。
もう少しで、イけるんだ。
もう少しで、欲望を吐き出せるんだ。
もう少しで、彼女を汚せるんだ。
そこで。
目が覚めた。
「・・・起きたかい?夕食ができたよ」
彼女の顔が、あと数センチというところまで迫っていた。
うすぼんやりとだが、なにか淫猥な夢だったように感じる。
彼女との、情事の夢だった、気がする。
股間が、はち切れそうになっている。
「寝覚めはどうだい?きっと、いい夢を見れたはずだよ」
「あ、あぁ・・・」
甘い、女の吐息の香りと、スコーンと同じ、芳醇な香りが、鼻をくすぐる。
それだけで、果てそうになるほどに。
「さぁ、テーブルにどうぞ。夢の続きの前に、食べるものを食べて精を付けなければね」
見透かされているように感じた。
恥ずべき夢を。
「私の大好きなキノコ料理にしてしまったが、嫌いではなかったかな?」
「・・・いや、大丈夫だ」
一度深呼吸をして、気持ちを・・・「昂りすぎた」気持ちを、抑える。
ひと眠りしたおかげか、体調は十全になっていた。
ベッドから身体を起こし、テーブルへと向かう。
テーブルには既に、シチューやバターソテー、サラダにバゲット。
そのほとんどにキノコが使われ、芳醇な香りを立てていた。
「あっ、あのスコーンの香りは・・・」
「ふふ、気付いたかい?香り付け程度だけど、キノコの胞子を入れてあったんだよ。
不味くはなかっただろう?」
「いや、気に入ったよ」
「それはよかった。なら、この料理も気に入ってもらえるはずだ」
切り分けたバゲットをこちらに差し出しながら、彼女は言った。
それを受け取りながら、香りに誘われた腹が音を立てるのを聞いた。
「さぁ、我慢は毒だ。食欲も、睡眠欲も、性欲も、ね。
神へのお祈りなんて必要ない。思う様、召し上がれ」
「あぁ、それじゃ、遠慮なく」
とろりとしたシチュー、甘いバターソテー、鮮度が判るパリパリのサラダ。
どれも至上の美味で。
キノコの香りが、鼻から、胃から、思考を麻痺させるのには、気付かなかった。
「いい食べっぷりだったよ。快楽を満たす様は、どんな場面でも美しいと思うよ」
青年の近くへ寄り、食器を片付け始める彼女。
「食い散らかしたようで申し訳ないよ」
「いや、私は大好きだよ」
どくん。
その単語に反応するように、心臓が跳ねる。
「ふふ、どうしたのかな」
「いや、その」
「判るよ。どんなものであれ、好意を寄せられるのは嬉しいものだ。
私としては、『行為』の方が好きなのだがね。
どうだい?君の食欲が満たされたところで、
次は私の性欲を満たしてはくれないだろうか」
どくん。
さらに心臓が跳ねる。
「え?いや、そんな、それは」
「私はね、君が気に入ったよ。大好きだ」
どくん。
「ふふ、愛情と性欲は、切っても切り離せないものだよ。
それは、生き物として、とても自然なことなんだ。
胸の高鳴りがどちらであろうと大差はないよ。
それは繁殖の一過程に過ぎないのだから。
魔王に従う我々だけど、男と女を作ったことだけは、神に感謝したいね。
こんなに、気持ちのいいものなのだから」
「ま、もの、だったのか・・・」
「今更関係ないだろう?私はね、君から匂い立つキノコの香りがとても気に入ったんだ」
「キノコ・・・?」
「ほら、これだよ」
食器を片付ける手を止め、青年の股間へと手を伸ばす。
「ひぁっ!?」
「実にかわいい反応だ。そういうの大好きだよ。つい、劣情を抱いてしまう」
まぁ、ほとんど劣情だけで生きているんだけどね。
そう、耳元で囁かれる。
「風呂で汗を・・・いや、いいか。長時間歩いたこの香りを逃すには惜しい。
舐め取ってもいいかな?ふふっ」
「あ、あの」
「我慢ならいらないよ。むしろ我慢していたのは私だからね」
青年の手を取り、自らの股間へと導く。
そこは既に、燕尾服越しにぐっしょりと濡れていた。
「ドーマウスの糖蜜で淫らな夢を見たんだろう?あれは素晴らしいものだからね。
私も、朝起きる度に、下着を交換するハメになるよ。
それでもやめられないほどに、甘美だ。口にも心にも、ね」
さも、紅茶を飲み過ぎたという話をするように語られる。
彼女の「行為に」恥ずかしい気持ちはあるが。
彼女の言葉に、違和感を見出せはしなかった。
とても自然に。
とても日常的に。
その言葉は、聞こえた。
「ここは『不思議の国』。狂気を狂気と思わない連中の巣窟。
・・・なんて、他の魔物から言われているけどね。
でも、それもどうでもいいことだ。
こうして暮らしている私たちは、とても淫らに、とても幸せに、
毎日を過しているのだから。
さぁ、ベッドに行こうよ。夢の続きだ。
・・・いや、夢以上の夢を見よう。二人で」
誘われるままに、脚がベッドへと向く。
上着を、ズボンを、下着を脱ぎ、仰向けになるまで、拒否というものが一切出ない。
思考も、身体も。
唯一、心だけが、まだ小さく、警鐘を鳴らしていた。
「私はね、これでも、前戯や、愛いっぱいの戯れが好きなんだ。
まぁ、マタンゴをしこたま盛っておいてそんなこと言っても
信じてもらえないかも知れないけどね」
情熱的なキスをしよう。
そう言って。
彼女の顔が近づく。
そして口づけ。
舌が、侵入する。
が、抗う事ができない。
くちゃり、くちゃり。
心だけが、抵抗をしようとする。
身体は、彼女を欲するように、舌を絡める。
んじゅる、じゅる、じゅる。
彼女が、混ざり合った唾液を吸い上げる。
「ん、っく。あぁ、やっぱり美味しい。男性の涎とマタンゴの後味。クセになるね」
口の端から唾液を垂らしながら、視線を股間へと向ける。
「さて、こちらは、っと。まだシメジだね。それじゃ」
つ。
指先で、乳首を刺激される。
「あっ、ふっ」
ただそれだけで、えも言われぬ快感が走る。
「いい反応だよ。とてもいい。
見ているだけで、股ぐらから淫らな汁が漏れ出してしまうよ」
脇腹をやさしくなぞり。
「く、あ」
「あぁ、膝まで愛液が染みてしまった。まだズボンをダメにしてしまったようだ」
五本の指先で内股をさすられる。
「は、ぁ、が」
「何着目だったかな、ズボンだけダメにしてしまうのは。まぁいいか。欲の代償だ」
何の事はない、といった風な話と同時に、はたと、その手が止まる。
「さて、キノコを栽培する方法は知っているかな?」
「あ、は?」
「菌を植え付けた原木に、まずは刺激を与えないといけないんだ」
自らの指を舐める彼女。
唾液をなすり付けるように。
指が、愛しい男性の一物であるように。
てらてらと粘液を纏った指を、青年の尻へ。
「こっちのキノコも、菌床に刺激を与えるのがいいんだ」
そのまま、尻の穴をさぐる。
「あ、え。まて、ちょ」
「ふふ、力まないで。すぐに済むから」
言葉に逆らう事ができない。
下半身の力が抜ける。
「そう。いい子だ」
つぷり。
「出た」ことはあっても、「入った」経験のない穴に、異物が入る。
「そう、男性のキノコの菌床はここだったね」
肛門の内側から、前側へ。
前立腺が、こりこりと刺激される。
「あ、が、うぁ、ああ!」
「外側からも刺激してみようか」
陰嚢の裏からも、さらに刺激が加わる。
「あぁああぁぁあ!」
男性に隠された、一番敏感な部分への直接の刺激。
気持ちいいのとはまた違うそれに、愚息が反応をする。
そうしなければいけないように。
「あぁ、やっぱりキノコ栽培にはこの方法だ。
ごらん。シメジがすっかりタケリタケになってしまったよ。
とても良いサイズだ。特級品だよ。傘の張りも、軸の太さも、実に私好みだ」
魅力的な女性に責め立てられる。
それは羞恥か。
それは快楽か。
それは歓喜か。
全てが入り乱れ、思考が追いつかない。
ただ、心だけが感じていた。
狂っている、と。
肛門から指が抜かれる。
「あ、が」
それすら、怒張を刺激させる。
「おっと、刺激しすぎたか。もう先走りが」
ちゅるり。
何の躊躇いも恥じらいもなく、先端に唇が寄せられる。
「あぁ、やはりこれだな。ドーマウスの糖蜜もいいが、やはりこちらの方が美味しい。
紅茶には・・・流石に合わないだろうけどね。
ふふ、これでも、セックスとは別に、紅茶は大好きなんだよ?」
再度、愚息に顔を近づける彼女。
「香りも素晴らしい。その辺のマタンゴとは比べ物にならない程に芳醇だ。
二、三日風呂に入れなかったようだね。汗の香りのアクセントも実にそそるよ。
あぁ、これだよ。私の探し求めていたものは」
それは手に馴染む万年筆を見つけたときのような。
生涯使い続けられる懐中時計を見つけたときのような。
そんな口調だった。
「・・・あぁ、すまない。キノコばかりに集中していたね。
もちろん、君のことも気に入ってるよ。
ついでに言うように聞こえるが、決してそんなことはない。
自由気ままに旅するように、自由気ままに心を解放しよう。
土地に縛られないように、決まりに縛られない心にしよう。
堕落を味わおう。快楽を噛み締めよう。欲望のままに狂気を演じよう。
君にはその素質があるよ。
ここは不思議の国の不思議な舞台。
『いかれ帽子屋(マッドハッター)』の狂想曲(カプリッチオ)と一緒に、
いつまでも、踊り狂おうよ。ベッドの上で、ね」
そうだ、いいものがあるんだった。
そう言いながら、ベッドを離れる彼女。
いいのだろうか。
いいわけないだろ。
快楽のままに墜ちてしまって。
堕落の先には狂気しかないぞ。
魔物に捕われてしまってもいいのだろうか。
神に仕えろとは言わんが、戻れはしないぞ。
戻るって、どこに?
・・・・・どこに。
元は気ままな旅人だ。
このまま、地平の先まで行ってしまおう。
このまま、狂気の先までイってしまおう。
それで、充分だろう。
それで、十全だろう。
もう葛藤は必要ない。
もう我慢は必要ない。
ただ心が求めるままに。
ただ欲が求めるままに。
ここで踊り狂う一生も、いいかもしれない。
気がつくと、彼女は全裸になって、小瓶を手に戻ってきていた。
「・・・あぁ、答えはどうだい?墜ちてみる気になったかい?」
「俺、は・・・」
「食べるかい?一番の自慢のキノコ料理だ。
ドーマウスの糖蜜少々、茶葉少々、たっぷりの私の愛液と魔力に浸したマタンゴ・・・
そうだな、『紅茶キノコ』とでも言おうか。
一口食べれば、まず間違いなく正気ではいられないだろうね。
でも、抜群の快楽をもたらしてくれるのも間違いないよ」
ぬらりとした液に浸った、そのキノコを取り出す。
醜悪。
普通ならそう言うだろう。
しかし今は。
正常も異常も判別できない今は。
おいしそう。
そう思ってしまっていた。
「・・・ふふっ、気になっているようだね。それじゃ、食べようか、一緒に」
キノコを口に含む彼女。
自らの愛液にまみれたそれを、愛おしそうに、美味しそうに。
租借する。
そのまま顔を近づけ。
キス。
いや。
租借されたキノコを、流し込まれる。
「ん!んんん!ん、んぐ、ぐ、がはぁ!」
飲み込んだ。
いや、飲まされた。
ほのかに香る紅茶のそれと、糖蜜の甘さ。
そして、彼女の、恥蜜の味。
「が、はぁ、はぁ、はぁ、は、は、は、はは、ははは」
呼吸が、荒くなる。
気分が、高揚する。
わけもなく、笑いたくなる。
なんだこれは。
なんだこれは。
「考えたらダメだよ。その熱に、身を委ねるんだ」
なんだこれは。
なんでもいいか。
なんでもいいか!
「は、ははは、はははははは!!」
「気分はどうだい?」
「きも、ち・・・いい!」
「だろう。さぁ、君を縛るものは何もなくなった。
二人で祝おう。堕落と快楽の日々の幕開けを。
二人で祝おう。何でもない、ただの狂気の日々を。
いつまでも、ね」
言うが早いか、青年に跨がる彼女。
股間と股間が、合わさる。
竿に陰部が、当たる。
「さて、まずは試食だ」
くちゃくちゃと音を立て、秘部から溢れる体液を、張ったイチモツに刷り込む。
「ん、ふぅ、やはり、いいな。
この張り、この大きさ、キノコはこうでなくてはいけない」
柔らな肉が、潤滑液で、滑る。
「どうだい?私のここ、自慢なんだ。キノコを悦ばせることにかけては、自信があるよ」
「あぁ、とってもいい。もっと欲しい」
「ふふ、それでいいよ。我慢はいけない」
くちゃ、くちゅ、くちゅ。
「ん、ふっ、私も、クリトリスに、当たって、ん、気持ちが、いいよ」
「スケベな豆が充血して、こりこり当たってるのが判るよ」
「あぁ、互いの痴態を、伝え合うのも、んっ、乙なものだな。
どうだい、君から見て、私は魅力的かな?」
「とても魅力的だよ。
ちょっと張ってる肩も、程よく締まったウエストも、すらりとした手脚も、
大きめなお尻も、形のいい乳房も、艶かしく揺れる腰も、身体に纏った菌糸も、
欲に蕩けた中性的な顔も、完全に勃った乳首も、涎まみれの下の口も。
全部、素敵だ」
「ふふ、私も大好きだよ。
ちょっと童顔なところも、それでいて割と筋肉質な身体も、
汗の匂いも、自由な心も、素晴らしいキノコも。
全部、素敵だよ」
くちゅり、くちゅり、くちゅり。
「ん、ふっ、ううん。あぁ、ねぇ、聞かせておくれよ。
君の息づかいを、君の喘ぎを」
くちゅくちゅくちゅ。
腰の動きが早まる。
「あっ、く、は、はは、いいよ、じゃあ、もっと、気持ちよくならないとな」
青年が腰を浮かす。
「ふぅっ、く、あ、あぁん」
「はっ、はっ、くっ、へへ、年頃の乙女みたいな声、出るじゃないか」
「ぁ、あ、き、聞きたい、の、かい?」
「んぐ、も、ちろんだよ」
妖艶に笑う彼女。
ぐっちゅぐっちゅぐっちゅ。
腰が激しさを増す。
「あぁ、や、あ、んぁ、あぁあ」
「は、は、は、くっ、は、は、は、は」
ぐっちゅぐっちゅぐっちゅ。
理性の言葉は、もうなかった。
激しい動きで消費された空気を求める息と。
刺激に反応するだけの声。
二人の口から漏れるのは、それだけだった。
「あ、や、んぁ、あ、ひゃっ」
思いの外かわいらしい声に満足したのか、青年がにやりと笑う。
その青年を見た彼女が、さらににやりと笑う。
手を後ろに回し。
陰嚢を、掴む。
「あ、が、はっ、ぐ、あ、ぁぁああああ!!」
手のひらで、転がすように、弄ばれる。
「あ、んぁ、いひ、とへも、いひよ、きみぃぃ、んぁあぁあ!」
既に呂律も回らず。
二人を突き動かすのは、ただ、欲望のみ。
ぐっちゅぐっちゅぐっちゅ。
「が、は、は、は、あ、で、射精(で)るっ!!」
「ひゃ、あ、あ、んぁ、あ、あぁあああ!!」
ビクン。
怒張が跳ね。
吹き出る、精液。
どくん。どくん。どくん。
一物は彼女の股間から生えているように見え。
どくん。どくん。どくん。
それは、青年の腹を汚す。
どくん。どくん。どくん。
尿道を通る感覚も、腹にブチ撒けられる熱い感覚も、自分のもので。
彼女に犯された気分になる。
どっちが犯したのだろう。
どっちが犯されたのだろう。
なんでもいいか。
なんでもいいか!
「あ・・・ふふ、は、あっはははは!」
だって、こんなに、爽快なんだから。
「ぁ・・・ん、ふ、ははは、気持ち、よかったみたいだね」
額から玉のような汗を滴らせ、彼女が言った。
「あぁ、美味しそうな汁がこんなに」
ゆらりと腰を浮かせ、青年の腹に顔を寄せる。
ぺちゃ。くちゃ。じゅるる。
そこにあった精液を、舐め取り、吸い取り始める。
うっとりとした顔で。
「ん、こくん。あぁ・・・素晴らしい。想像以上だ。
濃い。そして量も。汗の塩気と精の苦み、極上の組み合わせだよ!
あぁ!これだ!このために私は生を受け、性を持ち、精を求めたんだよ!!」
はははははははは!!
二つの笑が、重なる。
「君!もっとだ!もっと、私に精を!」
「もちろんだ!」
青年が起き上がり、彼女を倒し、股を広げさせる。
躊躇も余韻も何もなく、そこに突き入れる。
「んぐ、あ、ははははは!」
「んぁ、あ、ははははは!」
互いの結合を確認した二人から、笑いが漏れる。
「さぁ濡らせ濡らせ濡らせ!キノコをたっぷりくれてやる!
さぁ漏らせ漏らせ漏らせ!声を!吐息を!愛液を!
さぁ入れたぞ突っ込んだぞ始めるぞ!
雄の汁で満たしてやる!」
「あぁ、満たせ寄越せ味わわせろ!私を満足させてくれ!
二人で堪能しよう!生を、性を!
二人で出し切ろう!精を、声を!」
ぱん!ぱん!ぱん!
くちゅ、くちゅ、くちゅ。
肉を打ち付ける音と、濡れた音が響く。
「ん、が、ぁ、はははは!あ、んぁ、あ、が!」
「ん、はぁん、はははは!んぁ、あ、んぁあ!」
理性はなかった。
知性はなかった。
規制はなかった。
束縛はなかった。
ぱん!ぱん!ぱん!ぱん!
色欲を貪る音と。
二つの呻きと、笑い。
野性があった。
本能があった。
渇望があった。
性欲があった。
それらを全て混ぜた、狂気があった。
「あっ、あっ、あっ、んっ、は、はははは!」
「ぐ、くぅ、ん、が、ははは、ははははは!」
ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!
「は、あ、んぅ、くぅ!そ、そろそろ、イきそうだ!」
「あ、はっ、はっ、んっ、お、俺も、もう!」
「あ、んくっ、イこう!一緒に!高みへ!」
きゅう。
股間に伝わる、締め付ける感覚。
愚息から、いや、キノコから出る、甘美な汁を搾り取るために。
「あ、う、くぅ、ぁぁぁあああ!!」
ビクビクッ。
限界を知らせる痙攣。
キノコの痙攣。
肉壷の痙攣。
それが、合わさる。
どくん。どくん。どくん。
「あ、は、味わえ・・・よ・・・」
どくん。どくん。どくん。
叩き付けるように、彼女の奥へと解き放つ。
どくん。どくん。どくん。
「あぁ、実に、いい・・・熱が、染みてくるようだ・・・
ん、はぁっ、まだ、沢山・・・ふふっ、溢れて、しまいそうだ・・・」
彼女からキノコを抜き、ベッドに背を預ける。
ぶび、びぃぃ。
激しく交わりすぎたせいで、空気を含んだ膣から、精が漏れる。
「ん、あ、あぁ、いい音だ・・・君が私を満たした証だ。
実に淫靡で・・・また、欲しくなってしまう」
起き上がり、青年のキノコを咥える。
尿道に残った精を飲むために。
力なく行われるそれは、とても柔らかく、優しく。
吸い取られた分を満たすように、劣情がまた頭をもたげる。
「・・・おっと、またタケリタケが元気になってきたようだね」
「狂想曲のアンコール、いいかな?」
「欲望に正直になってきたね」
「嫌いか?」
「言っただろう?快楽を満たす様は、どんな場面でも美しい。私はそれが大好きだ。
食事で満足する君も、セックスしている君も好きだ。
寝顔もなかなか良かったが、淫夢の最中の顔だったからね。
今度は安らかな寝顔が見てみたいよ」
「それはまだおあずけだ。
・・・何発後になるかは、俺自身判らないけどね」
「それでは、寝顔のために、もっと激しくしようかな。ふふっ」
「先に寝てしまわないように注意しとけよ」
「まだインキュバスになっていないのに魔物に挑戦するとはね。ふふっ」
「そんなにおかしいか?」
「いや、その無謀さも気に入ったよ。さぁ、始めよう。
今夜は朝までパーティだ」
青年に覆い被さり、キス。
長く、長く。
互いに、もう離さないといわんばかりに。
青年のバックパックに付いていた方位磁針が、動く。
くるりくるりと。
踊るように。
狂り狂りと。
惑わされるように。
ちゃんと行く末は示したと。
そう主張するように。
大きなバックパックを背負った青年から、その言葉は発せられた。
青年は自由奔放な旅人---と言う名の住所不定フリーター---だった。
近くの街に滞在しているタヌキの魔物に、ハニービーのハチミツを取ってくるよう依頼されたはいいが。
「あん畜生め。金に困ってるからって足元見やがって。
巣まで二日かかるとか聞いてないぞ」
腹が減ったので、近くにいた兎を狩ってく食おうと追いかけたまではいいが。
「なんであんなところに穴なんてあるんだよ・・・どこに落ちたかわからん」
帰り道を探そうと方位磁針を取り出したはいいが。
「壊れてやがる・・・いや、磁場が強過ぎて狂ったか・・・?」
それは踊るかのように、くるりくるりと。
いや、さも惑わされるように、狂り狂りと。
指すべき方向を見失っていた。
「踏んだり蹴ったりもいいところだぜ、全く・・・」
鬱蒼とした森を進む。
薄暗い闇と湿気った空気がまとわりつくのを肌で感じながら、とにかく歩いた。
いっそ妙なキノコでも取って舌先三寸でタヌキに買わせた方が儲かるんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら。
闇が強さを増し、いよいよ青年を飲み込もうとした頃だった。
突然森が開け、広場・・・いや、庭があった。
そこには、じめじめした森に似つかわしくない、豪奢で大きなテーブルと、周りに椅子が数脚。
貴族のパーティ会場を思わせるそれの奥に、一軒の家も見えた。
「納屋でもいいから貸してもらえれば、とりあえず野宿だけは避けられそうだな・・・」
明かりの灯るそこへ、吸い寄せられるように向かった。
街灯の火に蛾が飛び込むように、と言う方が正しかったと、青年が知ることはなかったが。
「こんな辺鄙な場所へ、よく来てくれたね。歓迎するよ」
家主の女性は快く迎えてくれた。
何故か燕尾服にシルクハットという男のような出で立ちであったが、中性的な顔立ちにそれはよく似合っていた。
出るところの出た女性の体型でなければ、そうと判らないほどに。
「いや、押し掛けで申し訳ない限りだが・・・」
「いいさ、見ての通り、話し相手にも不自由するような場所だ。理由はどうあれ、
来てくれただけで嬉しいよ。キノコが付いてるならなお歓迎だ」
最後の一文に違和感を覚えながらも、邪魔者と見なされていないだけ御の字、と安心する。
「そういえば、表にパーティでも開くようなテーブルがあったけど、
それでも話し相手に苦労するのか?」
「あぁ、近くの連中とはよくお茶会を開いているのだがね。
それでも見知った顔をいつまでも突き合わせるよりは、新しい誰かと、
見知らぬ話をしたほうが面白いだろう?キノコに興味があるかとか、ね」
やはり最後の一文に違和感があったが、確かに話し相手としては、知らない相手の方が得るものも多く面白いだろう、と納得した。
「あぁ、お茶といえば、客人に何のもてなしもしていなかったな。申し訳ない。
今用意するから待っていてくれ」
「いや、気を遣わなくてもいい。押し掛けたのはこっちだ」
「はは、まぁ遠慮することはないよ。押し掛けられるより
押し倒される方が好みではあるが。・・・あぁ、アールグレイでいいかな」
「え、あ、あぁ」
心の片隅が、小さく警鐘を鳴らす。
なにかが、おかしい。
しかし、こんな小汚い男を迎え入れてくれる人を疑うわけにはいかない。
今は、無視することにした。
茶葉の缶を開け、香りを確かめる彼女。
「あぁ、いい匂いだ。男性の汗とはまた違う興奮を覚えるよ」
茶器を温めたお湯を捨て、茶葉を入れた後、お湯を注ぐ。
たちまち、部屋中に紅茶の香りが広がる。
「甘さは、どれくらいにしようか?」
「いや、流石にそれくらいは自分でやろう」
「そうか。まぁ、甘さの好みは自分しか判らないだろうからね。
性の甘露なら、皆、際限なく好きなのだろうけど」
何かが、麻痺していく。
身体の一部ではなく。
心のどこかが。
「どうぞ、砂糖はないけど、代わりのものがそこのポットに入っているよ」
素人にも判る、柑橘の香りの混じる上質な紅茶の香りと共に、カップが差し出される。
テーブルの上のポットを取り、中身を見る。
とりろとした、ハチミツのような、シロップのようなものだった。
それを一杯だけ、紅茶へと入れる。
「おや、甘いのはお嫌いかな?」
その様子を見ていた彼女が言う。
「いや、どちらかと言うと、紅茶の渋みを楽しみたい方でね」
「変わった人だな・・・あぁ、すまない。悪意はないんだ」
「いや、我ながら変わり者だと思っているよ」
「ふふ、嫌いではないよ。味が楽しみだ」
「味?」
甘党で砂糖少なめは飲まず嫌いしている、とかだろうか。
それとも新しい茶葉を開けたばかりで飲むのは初めてだったりするのだろうか。
「いや、こちらのことだ。気にしないでくれ。
あぁ、そうそう、お茶菓子はどうしようか」
「無理に気を遣わなくてもいいって」
「客人をもてなさない方が気を遣ってしまうよ。どうか、私の気が済むまで、
されるがままにされてくれ。この後も、な」
「あ、あぁ」
含みのある言い方に、つい不信感を持つ。
「えぇと、そうだ、お茶菓子だったな。スコーンでいいかな」
「え、あ、何でも構わないよ」
棚から取り出されたスコーンが目の前に置かれる。
「マーチヘアの奴ほどじゃないが、これでも料理は好きなんだ。
ちょっと隠し味を入れてみたんだが、口に合うかな?」
「ほう、それじゃ、いただきます」
「ふふ、どうぞ」
まずは紅茶を一口。
思った通りのいい香りが、口いっぱいに広がる。
シロップは思ったよりも甘かったが、渋みや苦みを殺さず、程よく調和していた。
飲み下すと、鼻へと紅茶の香りが抜け、ほのかな甘さが次を促すように残った。
とても落ち着く。
それが感想だった。
「・・・どうしたんだい?」
「いや・・・こんな美味い紅茶は初めてだな、って思って」
「それは良かった」
「疲れが抜けていくような気さえするよ」
「あぁ、少し眠気はあるかもしれないが、元気になれるはずだよ。ソッチも、ね。
さ、スコーンの感想も聞かせておくれよ」
促されるままにスコーンへと手を伸ばす。
半分に割り、齧る。
サクサクした表面とふわりとした内側が、噛んでいて楽しい、そう思わせる。
小麦粉の焦げた匂いとも違う、芳醇な香りが、私を食べて、と言わんばかりに食欲を引き出す。
甘さこそなかったものの、かえって紅茶の余韻を引き立たせ、とても相性がいい。
新しい体験の連続だった。
ただのティータイムにこれほど興奮を覚えたのは初めてだった。
身体が、火照るほどに。
「なんというか、美味い。紅茶も、スコーンも。口に入れるほど、もっと欲しくなる」
「もちろんだよ。情事と同じさ。
味わえば味わうほど、欲しくなってしまうものだからね。
欲望っていうのは、底がないからこそ欲望なんだよ」
「あぁ、うん・・・」
なんだろう、頭の回転が、早まるような、鈍るような。
考えが纏まらず、思考だけが高速で流れては、消え。
心だけが、置いてけぼりにされるような。
「・・・少し、疲れているようだね。私はこれから夕食を作る。
その間、そこのベッドで休むといい。ワーシープの毛布だ。
ドーマウスの糖蜜と合わせ、気持ちよく休めるはずだよ。素敵な夢と共に、ね」
「いや・・・家主を差し置いて、タダ飯食うわけには・・・」
「歩き疲れた人をこき使うような恥ずかしい真似はさせないでくれよ。
コキ使うのは股のキノコだけで充分さ。紅茶で心を休めたら、寝るといい。
これから、もっと疲れることをしてもらうからさ」
「あ、あぁ・・・」
そう言って、彼女は部屋を後にした。
残された青年は紅茶とスコーンを、作業のように口へ運ぶ。
それらが無くなると。
そうしなければいけないように、ベッドに横たわった。
夢を見た。
家主の彼女が、服を脱ぎ、自分に跨がる夢だ。
燕尾服の下は思った通りの惚れ惚れするような、魅惑的な体型で。
大きな乳房を揺らし、腰を振り、愚息を責め立てる。
身体が浮くような感覚と、股間に伝わる熱の感覚。
それは夢と思えないほどはっきりとしていて。
灼熱した怒張が、ビクビクと、限界に近づく感覚すらある。
もう少し。もう少し。
もう少しで、イけるんだ。
もう少しで、欲望を吐き出せるんだ。
もう少しで、彼女を汚せるんだ。
そこで。
目が覚めた。
「・・・起きたかい?夕食ができたよ」
彼女の顔が、あと数センチというところまで迫っていた。
うすぼんやりとだが、なにか淫猥な夢だったように感じる。
彼女との、情事の夢だった、気がする。
股間が、はち切れそうになっている。
「寝覚めはどうだい?きっと、いい夢を見れたはずだよ」
「あ、あぁ・・・」
甘い、女の吐息の香りと、スコーンと同じ、芳醇な香りが、鼻をくすぐる。
それだけで、果てそうになるほどに。
「さぁ、テーブルにどうぞ。夢の続きの前に、食べるものを食べて精を付けなければね」
見透かされているように感じた。
恥ずべき夢を。
「私の大好きなキノコ料理にしてしまったが、嫌いではなかったかな?」
「・・・いや、大丈夫だ」
一度深呼吸をして、気持ちを・・・「昂りすぎた」気持ちを、抑える。
ひと眠りしたおかげか、体調は十全になっていた。
ベッドから身体を起こし、テーブルへと向かう。
テーブルには既に、シチューやバターソテー、サラダにバゲット。
そのほとんどにキノコが使われ、芳醇な香りを立てていた。
「あっ、あのスコーンの香りは・・・」
「ふふ、気付いたかい?香り付け程度だけど、キノコの胞子を入れてあったんだよ。
不味くはなかっただろう?」
「いや、気に入ったよ」
「それはよかった。なら、この料理も気に入ってもらえるはずだ」
切り分けたバゲットをこちらに差し出しながら、彼女は言った。
それを受け取りながら、香りに誘われた腹が音を立てるのを聞いた。
「さぁ、我慢は毒だ。食欲も、睡眠欲も、性欲も、ね。
神へのお祈りなんて必要ない。思う様、召し上がれ」
「あぁ、それじゃ、遠慮なく」
とろりとしたシチュー、甘いバターソテー、鮮度が判るパリパリのサラダ。
どれも至上の美味で。
キノコの香りが、鼻から、胃から、思考を麻痺させるのには、気付かなかった。
「いい食べっぷりだったよ。快楽を満たす様は、どんな場面でも美しいと思うよ」
青年の近くへ寄り、食器を片付け始める彼女。
「食い散らかしたようで申し訳ないよ」
「いや、私は大好きだよ」
どくん。
その単語に反応するように、心臓が跳ねる。
「ふふ、どうしたのかな」
「いや、その」
「判るよ。どんなものであれ、好意を寄せられるのは嬉しいものだ。
私としては、『行為』の方が好きなのだがね。
どうだい?君の食欲が満たされたところで、
次は私の性欲を満たしてはくれないだろうか」
どくん。
さらに心臓が跳ねる。
「え?いや、そんな、それは」
「私はね、君が気に入ったよ。大好きだ」
どくん。
「ふふ、愛情と性欲は、切っても切り離せないものだよ。
それは、生き物として、とても自然なことなんだ。
胸の高鳴りがどちらであろうと大差はないよ。
それは繁殖の一過程に過ぎないのだから。
魔王に従う我々だけど、男と女を作ったことだけは、神に感謝したいね。
こんなに、気持ちのいいものなのだから」
「ま、もの、だったのか・・・」
「今更関係ないだろう?私はね、君から匂い立つキノコの香りがとても気に入ったんだ」
「キノコ・・・?」
「ほら、これだよ」
食器を片付ける手を止め、青年の股間へと手を伸ばす。
「ひぁっ!?」
「実にかわいい反応だ。そういうの大好きだよ。つい、劣情を抱いてしまう」
まぁ、ほとんど劣情だけで生きているんだけどね。
そう、耳元で囁かれる。
「風呂で汗を・・・いや、いいか。長時間歩いたこの香りを逃すには惜しい。
舐め取ってもいいかな?ふふっ」
「あ、あの」
「我慢ならいらないよ。むしろ我慢していたのは私だからね」
青年の手を取り、自らの股間へと導く。
そこは既に、燕尾服越しにぐっしょりと濡れていた。
「ドーマウスの糖蜜で淫らな夢を見たんだろう?あれは素晴らしいものだからね。
私も、朝起きる度に、下着を交換するハメになるよ。
それでもやめられないほどに、甘美だ。口にも心にも、ね」
さも、紅茶を飲み過ぎたという話をするように語られる。
彼女の「行為に」恥ずかしい気持ちはあるが。
彼女の言葉に、違和感を見出せはしなかった。
とても自然に。
とても日常的に。
その言葉は、聞こえた。
「ここは『不思議の国』。狂気を狂気と思わない連中の巣窟。
・・・なんて、他の魔物から言われているけどね。
でも、それもどうでもいいことだ。
こうして暮らしている私たちは、とても淫らに、とても幸せに、
毎日を過しているのだから。
さぁ、ベッドに行こうよ。夢の続きだ。
・・・いや、夢以上の夢を見よう。二人で」
誘われるままに、脚がベッドへと向く。
上着を、ズボンを、下着を脱ぎ、仰向けになるまで、拒否というものが一切出ない。
思考も、身体も。
唯一、心だけが、まだ小さく、警鐘を鳴らしていた。
「私はね、これでも、前戯や、愛いっぱいの戯れが好きなんだ。
まぁ、マタンゴをしこたま盛っておいてそんなこと言っても
信じてもらえないかも知れないけどね」
情熱的なキスをしよう。
そう言って。
彼女の顔が近づく。
そして口づけ。
舌が、侵入する。
が、抗う事ができない。
くちゃり、くちゃり。
心だけが、抵抗をしようとする。
身体は、彼女を欲するように、舌を絡める。
んじゅる、じゅる、じゅる。
彼女が、混ざり合った唾液を吸い上げる。
「ん、っく。あぁ、やっぱり美味しい。男性の涎とマタンゴの後味。クセになるね」
口の端から唾液を垂らしながら、視線を股間へと向ける。
「さて、こちらは、っと。まだシメジだね。それじゃ」
つ。
指先で、乳首を刺激される。
「あっ、ふっ」
ただそれだけで、えも言われぬ快感が走る。
「いい反応だよ。とてもいい。
見ているだけで、股ぐらから淫らな汁が漏れ出してしまうよ」
脇腹をやさしくなぞり。
「く、あ」
「あぁ、膝まで愛液が染みてしまった。まだズボンをダメにしてしまったようだ」
五本の指先で内股をさすられる。
「は、ぁ、が」
「何着目だったかな、ズボンだけダメにしてしまうのは。まぁいいか。欲の代償だ」
何の事はない、といった風な話と同時に、はたと、その手が止まる。
「さて、キノコを栽培する方法は知っているかな?」
「あ、は?」
「菌を植え付けた原木に、まずは刺激を与えないといけないんだ」
自らの指を舐める彼女。
唾液をなすり付けるように。
指が、愛しい男性の一物であるように。
てらてらと粘液を纏った指を、青年の尻へ。
「こっちのキノコも、菌床に刺激を与えるのがいいんだ」
そのまま、尻の穴をさぐる。
「あ、え。まて、ちょ」
「ふふ、力まないで。すぐに済むから」
言葉に逆らう事ができない。
下半身の力が抜ける。
「そう。いい子だ」
つぷり。
「出た」ことはあっても、「入った」経験のない穴に、異物が入る。
「そう、男性のキノコの菌床はここだったね」
肛門の内側から、前側へ。
前立腺が、こりこりと刺激される。
「あ、が、うぁ、ああ!」
「外側からも刺激してみようか」
陰嚢の裏からも、さらに刺激が加わる。
「あぁああぁぁあ!」
男性に隠された、一番敏感な部分への直接の刺激。
気持ちいいのとはまた違うそれに、愚息が反応をする。
そうしなければいけないように。
「あぁ、やっぱりキノコ栽培にはこの方法だ。
ごらん。シメジがすっかりタケリタケになってしまったよ。
とても良いサイズだ。特級品だよ。傘の張りも、軸の太さも、実に私好みだ」
魅力的な女性に責め立てられる。
それは羞恥か。
それは快楽か。
それは歓喜か。
全てが入り乱れ、思考が追いつかない。
ただ、心だけが感じていた。
狂っている、と。
肛門から指が抜かれる。
「あ、が」
それすら、怒張を刺激させる。
「おっと、刺激しすぎたか。もう先走りが」
ちゅるり。
何の躊躇いも恥じらいもなく、先端に唇が寄せられる。
「あぁ、やはりこれだな。ドーマウスの糖蜜もいいが、やはりこちらの方が美味しい。
紅茶には・・・流石に合わないだろうけどね。
ふふ、これでも、セックスとは別に、紅茶は大好きなんだよ?」
再度、愚息に顔を近づける彼女。
「香りも素晴らしい。その辺のマタンゴとは比べ物にならない程に芳醇だ。
二、三日風呂に入れなかったようだね。汗の香りのアクセントも実にそそるよ。
あぁ、これだよ。私の探し求めていたものは」
それは手に馴染む万年筆を見つけたときのような。
生涯使い続けられる懐中時計を見つけたときのような。
そんな口調だった。
「・・・あぁ、すまない。キノコばかりに集中していたね。
もちろん、君のことも気に入ってるよ。
ついでに言うように聞こえるが、決してそんなことはない。
自由気ままに旅するように、自由気ままに心を解放しよう。
土地に縛られないように、決まりに縛られない心にしよう。
堕落を味わおう。快楽を噛み締めよう。欲望のままに狂気を演じよう。
君にはその素質があるよ。
ここは不思議の国の不思議な舞台。
『いかれ帽子屋(マッドハッター)』の狂想曲(カプリッチオ)と一緒に、
いつまでも、踊り狂おうよ。ベッドの上で、ね」
そうだ、いいものがあるんだった。
そう言いながら、ベッドを離れる彼女。
いいのだろうか。
いいわけないだろ。
快楽のままに墜ちてしまって。
堕落の先には狂気しかないぞ。
魔物に捕われてしまってもいいのだろうか。
神に仕えろとは言わんが、戻れはしないぞ。
戻るって、どこに?
・・・・・どこに。
元は気ままな旅人だ。
このまま、地平の先まで行ってしまおう。
このまま、狂気の先までイってしまおう。
それで、充分だろう。
それで、十全だろう。
もう葛藤は必要ない。
もう我慢は必要ない。
ただ心が求めるままに。
ただ欲が求めるままに。
ここで踊り狂う一生も、いいかもしれない。
気がつくと、彼女は全裸になって、小瓶を手に戻ってきていた。
「・・・あぁ、答えはどうだい?墜ちてみる気になったかい?」
「俺、は・・・」
「食べるかい?一番の自慢のキノコ料理だ。
ドーマウスの糖蜜少々、茶葉少々、たっぷりの私の愛液と魔力に浸したマタンゴ・・・
そうだな、『紅茶キノコ』とでも言おうか。
一口食べれば、まず間違いなく正気ではいられないだろうね。
でも、抜群の快楽をもたらしてくれるのも間違いないよ」
ぬらりとした液に浸った、そのキノコを取り出す。
醜悪。
普通ならそう言うだろう。
しかし今は。
正常も異常も判別できない今は。
おいしそう。
そう思ってしまっていた。
「・・・ふふっ、気になっているようだね。それじゃ、食べようか、一緒に」
キノコを口に含む彼女。
自らの愛液にまみれたそれを、愛おしそうに、美味しそうに。
租借する。
そのまま顔を近づけ。
キス。
いや。
租借されたキノコを、流し込まれる。
「ん!んんん!ん、んぐ、ぐ、がはぁ!」
飲み込んだ。
いや、飲まされた。
ほのかに香る紅茶のそれと、糖蜜の甘さ。
そして、彼女の、恥蜜の味。
「が、はぁ、はぁ、はぁ、は、は、は、はは、ははは」
呼吸が、荒くなる。
気分が、高揚する。
わけもなく、笑いたくなる。
なんだこれは。
なんだこれは。
「考えたらダメだよ。その熱に、身を委ねるんだ」
なんだこれは。
なんでもいいか。
なんでもいいか!
「は、ははは、はははははは!!」
「気分はどうだい?」
「きも、ち・・・いい!」
「だろう。さぁ、君を縛るものは何もなくなった。
二人で祝おう。堕落と快楽の日々の幕開けを。
二人で祝おう。何でもない、ただの狂気の日々を。
いつまでも、ね」
言うが早いか、青年に跨がる彼女。
股間と股間が、合わさる。
竿に陰部が、当たる。
「さて、まずは試食だ」
くちゃくちゃと音を立て、秘部から溢れる体液を、張ったイチモツに刷り込む。
「ん、ふぅ、やはり、いいな。
この張り、この大きさ、キノコはこうでなくてはいけない」
柔らな肉が、潤滑液で、滑る。
「どうだい?私のここ、自慢なんだ。キノコを悦ばせることにかけては、自信があるよ」
「あぁ、とってもいい。もっと欲しい」
「ふふ、それでいいよ。我慢はいけない」
くちゃ、くちゅ、くちゅ。
「ん、ふっ、私も、クリトリスに、当たって、ん、気持ちが、いいよ」
「スケベな豆が充血して、こりこり当たってるのが判るよ」
「あぁ、互いの痴態を、伝え合うのも、んっ、乙なものだな。
どうだい、君から見て、私は魅力的かな?」
「とても魅力的だよ。
ちょっと張ってる肩も、程よく締まったウエストも、すらりとした手脚も、
大きめなお尻も、形のいい乳房も、艶かしく揺れる腰も、身体に纏った菌糸も、
欲に蕩けた中性的な顔も、完全に勃った乳首も、涎まみれの下の口も。
全部、素敵だ」
「ふふ、私も大好きだよ。
ちょっと童顔なところも、それでいて割と筋肉質な身体も、
汗の匂いも、自由な心も、素晴らしいキノコも。
全部、素敵だよ」
くちゅり、くちゅり、くちゅり。
「ん、ふっ、ううん。あぁ、ねぇ、聞かせておくれよ。
君の息づかいを、君の喘ぎを」
くちゅくちゅくちゅ。
腰の動きが早まる。
「あっ、く、は、はは、いいよ、じゃあ、もっと、気持ちよくならないとな」
青年が腰を浮かす。
「ふぅっ、く、あ、あぁん」
「はっ、はっ、くっ、へへ、年頃の乙女みたいな声、出るじゃないか」
「ぁ、あ、き、聞きたい、の、かい?」
「んぐ、も、ちろんだよ」
妖艶に笑う彼女。
ぐっちゅぐっちゅぐっちゅ。
腰が激しさを増す。
「あぁ、や、あ、んぁ、あぁあ」
「は、は、は、くっ、は、は、は、は」
ぐっちゅぐっちゅぐっちゅ。
理性の言葉は、もうなかった。
激しい動きで消費された空気を求める息と。
刺激に反応するだけの声。
二人の口から漏れるのは、それだけだった。
「あ、や、んぁ、あ、ひゃっ」
思いの外かわいらしい声に満足したのか、青年がにやりと笑う。
その青年を見た彼女が、さらににやりと笑う。
手を後ろに回し。
陰嚢を、掴む。
「あ、が、はっ、ぐ、あ、ぁぁああああ!!」
手のひらで、転がすように、弄ばれる。
「あ、んぁ、いひ、とへも、いひよ、きみぃぃ、んぁあぁあ!」
既に呂律も回らず。
二人を突き動かすのは、ただ、欲望のみ。
ぐっちゅぐっちゅぐっちゅ。
「が、は、は、は、あ、で、射精(で)るっ!!」
「ひゃ、あ、あ、んぁ、あ、あぁあああ!!」
ビクン。
怒張が跳ね。
吹き出る、精液。
どくん。どくん。どくん。
一物は彼女の股間から生えているように見え。
どくん。どくん。どくん。
それは、青年の腹を汚す。
どくん。どくん。どくん。
尿道を通る感覚も、腹にブチ撒けられる熱い感覚も、自分のもので。
彼女に犯された気分になる。
どっちが犯したのだろう。
どっちが犯されたのだろう。
なんでもいいか。
なんでもいいか!
「あ・・・ふふ、は、あっはははは!」
だって、こんなに、爽快なんだから。
「ぁ・・・ん、ふ、ははは、気持ち、よかったみたいだね」
額から玉のような汗を滴らせ、彼女が言った。
「あぁ、美味しそうな汁がこんなに」
ゆらりと腰を浮かせ、青年の腹に顔を寄せる。
ぺちゃ。くちゃ。じゅるる。
そこにあった精液を、舐め取り、吸い取り始める。
うっとりとした顔で。
「ん、こくん。あぁ・・・素晴らしい。想像以上だ。
濃い。そして量も。汗の塩気と精の苦み、極上の組み合わせだよ!
あぁ!これだ!このために私は生を受け、性を持ち、精を求めたんだよ!!」
はははははははは!!
二つの笑が、重なる。
「君!もっとだ!もっと、私に精を!」
「もちろんだ!」
青年が起き上がり、彼女を倒し、股を広げさせる。
躊躇も余韻も何もなく、そこに突き入れる。
「んぐ、あ、ははははは!」
「んぁ、あ、ははははは!」
互いの結合を確認した二人から、笑いが漏れる。
「さぁ濡らせ濡らせ濡らせ!キノコをたっぷりくれてやる!
さぁ漏らせ漏らせ漏らせ!声を!吐息を!愛液を!
さぁ入れたぞ突っ込んだぞ始めるぞ!
雄の汁で満たしてやる!」
「あぁ、満たせ寄越せ味わわせろ!私を満足させてくれ!
二人で堪能しよう!生を、性を!
二人で出し切ろう!精を、声を!」
ぱん!ぱん!ぱん!
くちゅ、くちゅ、くちゅ。
肉を打ち付ける音と、濡れた音が響く。
「ん、が、ぁ、はははは!あ、んぁ、あ、が!」
「ん、はぁん、はははは!んぁ、あ、んぁあ!」
理性はなかった。
知性はなかった。
規制はなかった。
束縛はなかった。
ぱん!ぱん!ぱん!ぱん!
色欲を貪る音と。
二つの呻きと、笑い。
野性があった。
本能があった。
渇望があった。
性欲があった。
それらを全て混ぜた、狂気があった。
「あっ、あっ、あっ、んっ、は、はははは!」
「ぐ、くぅ、ん、が、ははは、ははははは!」
ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!
「は、あ、んぅ、くぅ!そ、そろそろ、イきそうだ!」
「あ、はっ、はっ、んっ、お、俺も、もう!」
「あ、んくっ、イこう!一緒に!高みへ!」
きゅう。
股間に伝わる、締め付ける感覚。
愚息から、いや、キノコから出る、甘美な汁を搾り取るために。
「あ、う、くぅ、ぁぁぁあああ!!」
ビクビクッ。
限界を知らせる痙攣。
キノコの痙攣。
肉壷の痙攣。
それが、合わさる。
どくん。どくん。どくん。
「あ、は、味わえ・・・よ・・・」
どくん。どくん。どくん。
叩き付けるように、彼女の奥へと解き放つ。
どくん。どくん。どくん。
「あぁ、実に、いい・・・熱が、染みてくるようだ・・・
ん、はぁっ、まだ、沢山・・・ふふっ、溢れて、しまいそうだ・・・」
彼女からキノコを抜き、ベッドに背を預ける。
ぶび、びぃぃ。
激しく交わりすぎたせいで、空気を含んだ膣から、精が漏れる。
「ん、あ、あぁ、いい音だ・・・君が私を満たした証だ。
実に淫靡で・・・また、欲しくなってしまう」
起き上がり、青年のキノコを咥える。
尿道に残った精を飲むために。
力なく行われるそれは、とても柔らかく、優しく。
吸い取られた分を満たすように、劣情がまた頭をもたげる。
「・・・おっと、またタケリタケが元気になってきたようだね」
「狂想曲のアンコール、いいかな?」
「欲望に正直になってきたね」
「嫌いか?」
「言っただろう?快楽を満たす様は、どんな場面でも美しい。私はそれが大好きだ。
食事で満足する君も、セックスしている君も好きだ。
寝顔もなかなか良かったが、淫夢の最中の顔だったからね。
今度は安らかな寝顔が見てみたいよ」
「それはまだおあずけだ。
・・・何発後になるかは、俺自身判らないけどね」
「それでは、寝顔のために、もっと激しくしようかな。ふふっ」
「先に寝てしまわないように注意しとけよ」
「まだインキュバスになっていないのに魔物に挑戦するとはね。ふふっ」
「そんなにおかしいか?」
「いや、その無謀さも気に入ったよ。さぁ、始めよう。
今夜は朝までパーティだ」
青年に覆い被さり、キス。
長く、長く。
互いに、もう離さないといわんばかりに。
青年のバックパックに付いていた方位磁針が、動く。
くるりくるりと。
踊るように。
狂り狂りと。
惑わされるように。
ちゃんと行く末は示したと。
そう主張するように。
15/07/06 00:11更新 / cover-d