第四幕 正義と審判:後編
そもそもの根源は一体何だったのか。それを知るにはまずその過去から当たる必要がある。物事の根幹とは常に過去にあるもの、太古の遺物がすべからく地層に埋もれているように、過去の記録もまた人々の記憶の底より呼び覚ますものなのだ。
誰しも生まれた瞬間は「おぎゃあ」と鳴いて生まれるもの。それは聖人君子でも、稀代の殺人鬼でも変わらない。時たま生まれながらの異常者も皆無ではないが、そんなのが極一部の稀な例に過ぎない。人は誰しも真っ当な人として生まれてくるのだ。
つまり、音に聞こえた悪名高き両断判事にもそうした時期が確かに存在し、そこから現在に至るまでに経たはずの結節点、それこそがローランを歪ませた元凶であるとメティトは当たりをつけた。
だが、そこまでだった。
「足りない……あまりにも情報が足りない」
調べて分かったのは、ローランは早くからその才覚を発揮し、飛び級に次ぐ飛び級により弱冠十二歳で王立高等法院の門を叩き、全課程を修了するのに四年から六年かかるところを、僅か二年半という驚異的なスピードでカリキュラムを修めた前代未聞の麒麟児という事だけだ。
その後は五年間、武者修行のように様々な判事や裁判官の元へ赴き見識を広め、二十になって最年少判事となり現在に至る。彼の父が贈収賄の容疑で実刑を受け投獄されたのも、ちょうどこの時期だ。
そんな事は記録を洗えば誰でも分かる。この場合知りたいのは、彼の強烈なまでの歪みが去来したその原因だ。少なくとも公的に見える部分ではそれが明らかにはならない、彼の歪みはあくまで私的なものでその半生に深く食い込むものであるはずだ。
人が歪む要因など幾らでもある。そんな中でメティトが心当たりがあるのは……。
「やはり、父親との確執なのか?」
記録以外で分かるのは、あの商会会長が話した過去のみ。何か原因があるとすればそれを知っているのはあの人物をおいて他にはない。
つまりあの会長はローランの過去を知った上で何かを隠している。彼が、我が孫とばかりに可愛がっているはずの男の事を……。
だが知っているのであれば好都合、何としてでも問い質しローランの歪みを根治させるまで。
ローランの中に眠る闇、あれは決してこの世に在ってはならないものだ。
「キミには失望した。いやはや、ここまで私をがっかりさせた者はそうはいない」
裁判の夜、蝋燭一本の明かりが灯る部屋でローランとメティトは相対していた。椅子に腰掛けたローランと、その前に立つメティト、傍目には出来の悪い学童を叱る教師といったところだが、事実これにはその意味合いが強かった。
「私はあまり魔物娘と接点を持ったことはないが、アヌビスという種族は総じて冷静で知的で、理性ある行動を心がけると聞いていたのだが……そう言っていた相手がバカなのか、それとも私の聞き間違いか、キミはどう思うかな?」
「己は間違ったことをしたとは思わない」
「いっそ清々しいまでの開き直りだな。罪を犯すことは言うまでもなく悪だが、これを庇い立てする輩はそれに次ぐ悪性だと私は考える。今のキミのことだよ」
「無辜の者に大罪を擦り付ける行為は悪ではないと? 正義の名を借りた非道な行いは罪にならぬと?」
「ならない。断言しよう、絶対にならない。何故かって? 私は罪を犯してなどいない。盗みも、騙りも、殺しもしていない。悪人を裁くのは全ての判事と刑吏に認められた当然の権力であり、私はそれをルールに則って行使しているに過ぎない。今回の判決で科した刑罰も、法の上での最高となるものを科しただけだ」
「彼は被害者だった。先に手を出したのは……」
「訴えを起こしたのは原告だ。私だって悪魔じゃない、全くの無実のシロを裁くという大それたことはしないし、何より出来ない。この件だって被告が真に潔白であるならば、そもそも訴えを受理することもしなかったのだからな」
「であれば……!」
「だが結果は結果だ。被告は暴力を振るってケガをさせ、原告は訴えを起こした」
「そして貴殿が裁いた」
「そういうことだ。物分りが良くて助かるよ、以後二度と法廷を汚すような真似はしないでくれると有り難い」
言いたいことを一方的に言った後、ローランは背を向けて今回の判決の調書をしたため始めた。ペン先にインクを付け、流れるように羊皮紙に文字を書き込んでいく。その表情はとても誇らしく満足気だった。
「…………聞き忘れていたが、あの商会会長殿は貴殿の知り合いか」
「本人から聞いたはずだ。かつて孤児だった私の父、その身元保証人だった方だ。父に限った話ではないが、あの方とその奥様は昔から孤児保護の活動をしている。母なし子の私が今日までこうしていられるのも、あの方の恩恵による部分が大きい。立派な……同時に恐ろしい人でもある」
メティトも商会について調べてみたが、とにかくその規模が桁違いだった。物産、流通、資源、金融、およそありとあらゆる商業に手を伸ばして利益を巻き上げ、各工業ギルドの元締めや理事をいくつも兼任、その財政と影響は王国のみならず大陸全土に及び、その規模はもはや財団財閥と呼ぶに相応しいものになっている。
だが同時に黒い噂も多く、積極的に孤児を囲うのは人権派からの募金や基金をピンハネするためだとか、育成した人材を各部署やライバルに送りつけて勢力拡大を図っているだとか、法定以上の暴利で借金を貸し付けているとも……。
(本人も商人を毟り取ったと言っておられたからな)
金が絡む商いの世界を渡り歩いた海千山千の強者といったところか。
「……ご自宅がどちらか、ご存知か?」
「あの人から金を借りるのだけは止めておけ、私でも取り返すことは出来ない」
取り敢えず金欠というあらぬ誤解をといてから、教えてもらった場所を近い内に訪れることに決めた。
「よく来たな、歓迎するぞ」
訪れた会長の住まいはあっさり見つかり、そして驚くほどすんなりと通された。精力的に活動するビジネスマンと聞いていたので、今日は渡りをつけて面会は後日とするはずだったのだが、まさかアポ無しで通されるとは思っても見なかった。
「何の持て成しもできないが、まあゆっくりしていくといい」
会長の住まいは意外にも質素だった。もちろん富豪らしく大きな造りにはなっているが、中央の貴族たちが持っているような豪勢なものではなかった。規模としては中の上、家と言うには大きく、豪邸と呼ぶには小さい、富豪としての体面を最低限保つだけに留められた無駄を省いた住まいだった。
「粗茶です。熱いんでゆっくり飲んでな」
「これは、どうも」
遠い異国の茶が入った湯呑を出すのは会長の妻。その風貌はメティトが睨んでいたように獣人系、しかも東方のジパングに住まうという刑部狸であった。如何にも金を荒稼ぎする男の伴侶に相応しい相方だと感心させられる。
初めて口にする緑茶の味を堪能しながら、改めてメティトは応接室の様子を観察した。
何と言うか、普通だ。家具は確かに一級品が用いられているが、絵画や骨董品といった金持ち趣味を表すような物品は一つも無く、煌びやかを追求せず過剰に飾るという事をしていなかった。あくまで最低限の装飾だけで自身の裕福さを表現していた。
「意外か? 金持ちの家は目に痛いほど煌びやかと思っていたか」
「いえ、まあ……。本日はお忙しい中……」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。それに、別に忙しくも何ともない。向こう一ヶ月は俺が出張るほど大きな商談はないからな」
「大部分の業務はあたしらがあれこれ指示せんでも回るようになってるし、昔みたいなワンマンとも違うんよ。あ、部屋が地味ぃなんはこの人の趣味。この人見かけによらずケチんぼやから」
「倹約家と言え。さて……こんな漫才を見にわざわざ俺を訪ねたわけでもあるまい。何の話、いや、何を聞きたい?」
「ローラン殿の事で、ご相談が」
商売をしているだけあり見る目は確かだった。恐らくはこちらが何の用で来たのかもお見通しなのだろう。
「相談、か。はっきりと言え、奴の過去を探りにきたとな。お前が睨んだように、俺は奴の過去を知っている。奴が変わってしまった原因をな」
「それは彼の父君のことでしょうか?」
「まさしくそれだ。あれの性根は父親との確執で変わってしまった。だがまあ、変わってしまうのも当然だったのだがな」
「教えて欲しい、どうしてローラン殿は変わってしまわれたのか。将来を嘱望された若者が何故あのような……あのような……」
言葉に詰まり身を震わせる。メティトの脳裏には未だあの時のローランの姿が焼き付いて離れない。嬉々としてガベルを振るい、被告を罪人に仕立て上げた時のあの貌……加虐の愉悦に染まったあの顔が。
「なるほどな。教えを乞う身として気になるか」
「はい」
「うむ、出直してこい」
「はい…………はい?」
「お帰りはあちらだ」
「ま、待っていだたきたい! 己の何が至らなかった? 粗相があったのなら謝罪しよう、だからどうか……!」
「大いにある。人に物を訊ねるのに、しかもそれが自分より社会的に地位も身分もある相手と知りながら、何の手土産も寄越さないなど、それだけで失礼千万だ。それに……俺は商人だぞ?」
それはつまり、益の無い話には乗らないということ。
厚顔という言葉も生ぬるい面の皮の厚さに、メティトは怒りを通り越し呆れを感じずにはいられなかった。
「貴殿は、孫にも等しい男のことでも利益を優先するのか……」
「それはそれ、これはこれだ。何も俺は難しいことは言っちゃいない、俺が持つ情報を明け渡すに足る利益を提供しろと言っている。等価交換だよ、売買の基本原則だろうが」
「…………何が望みだ」
「商会はここ数年、ずっと現状維持に徹している。この大陸にもはや切り分けるだけのパイは無く、商人同士がテーブル越しに殴り合うようになって久しい。取り分を奪い合うわけだから、実際は互いに金を循環させているだけで莫大な利益を生み出せない。大負けもしないが勝ちもしない、そんな時期がずっと続いている」
「せやけど、あんたんトコのホルアクティ朝、今まで誰も見向きせんだ砂漠……今までとは違う稼ぎの匂いがプンプンするようになった。隊商が通る道一つ作るだけで莫大な落とし銭が見込めるっちゅうことよ」
「そこでだ、お前の国の開発計画に我が社を一枚噛ませろ。 森林伐採、鉱脈発掘、街道建設……我が社にはそれを可能とするだけの人材が潤沢にある」
「つまり、我が国の開拓事業の大部分を貴殿の商会に任せよと?」
「大部分ではない、全てだ。更に街道に設置する商店や宿舎は我が社とその傘下、そしてギルドの直轄として管理運営させてもらう」
「ふざけるなっ!!!」
通常、大規模な工事や開拓は業者にそれを委託するのだが、その際にいくつかの業者が寄り集まって「せり」が行われる。言わば競売、オークションだ。従来の競売と違うのは、品物に対し参加者が値段を釣り上げるのに対し、如何に安く仕事を引き受けられるか、つまりは依頼料の値下げを業者側から申告するという形式になる言わば逆オークション。それ以上誰も低い値をつけられなければ、見事依頼を受注できるという単純明快な仕組みだ。
だがその裏では業者たちが様々な思惑を張り巡らせている。オークションひとつを取って見ても、事前に同業者に賄賂や裏金を渡して談合を行い、競りを有利に運ぼうとする輩が少なからずいると聞く。
実際そうする人間を目にしてメティトは商人という人種が持つ卑しさを目の当たりにしていた。
「金の亡者が……! 身内と謳った者の過去を天秤にかけてまで金儲けがしたいか!!」
「ああ、したいな。この世で最も楽でボロい稼ぎ方は、他人の弱みをネタにすることだ。そこのところ優等生のお前では考えもつかんだろう。いや、今のではっきりした。お前は阿呆だ」
「何だと!!?」
「今ここで俺達がやり取りしている事は何の証拠も残らない。お前は全ての依頼を委託すると嘯いて、口約束の空手形で俺から情報を引き出そうと考えなかったのか?」
「そのような汚い真似が出来るか!!」
「ほう? なら、他人の過去を本人不在の場で根掘り葉掘り聞こうとするのは、常識に悖る行為ではないと?」
「っ!!?」
会長の指摘にメティトは言葉を詰まらせた。カッと顔に血が上り赤くなるのを感じるが、それは怒りではなく羞恥、会長の指摘した言葉が真実そのままだったからに他ならない。
確かに……あの厚顔不遜なローランが過去について口を噤んでいる以上、赤の他人である自分がそれを掘り返すのは理屈が通らない。彼の歪みを正すという気持ちだけが先行し過ぎていたと今更ながらに自覚し、恥じ入ると同時に深く反省する。
「『キレイ好き』という点で、お前とあれは似通っている。だがそれを優先するあまりに他の重要な要素や視点まで掃き捨ててしまう傾向にあるようだ。あれも……ローランもそうだった。穢れなき白であることを求められたあれは、二十年という歳月を掛け何者も及ばない純白の精神性を身に着けるに至った。そう、至ってしまったんだ」
「……白い、正義」
「お前にあるのか。黒も灰色もなく、白だけを追い求め他の一切を捨て続けたローランと、その残酷な覚悟を強いた父親の願い……それを全て知った上でなお、お前はそれを『歪み』と切って捨てるだけの覚悟が、お前にはあるんだな?」
人には誰しも積み重ねた歴史がある。その中で獲得していった個我を歪んでいると断じてしまうのは、正義の名の下にあらゆる過ちを一方的に悪と断じるのと同じこと。肝要なのは、その歪みを前にどれだけ純粋でいられるか、そしてそれを切り捨てるのではなく受け入れられるかどうか。
「…………お教えください。彼の、過去を……」
「始まりは、あれの母、奴の細君が先立って少ししてからだった……」
滔々とローランの過去を語り始める会長。老年に差し掛かろうとする男の息子として生まれた彼が、何故にその性根が白のみを求める歪みを得るに至ったのかを……。
そして全ての真実を聴き終えた時……。
「嗚呼……」
メティトは静かに涙した。
「主文、有罪」
ローランは裁く。あらゆる不義を、あらゆる悪徳を。
「判決、死刑」
クロは存在してはならない。全ての罪はそれを裁く者の手によって断ち切る必要がある。
「以上。閉廷」
正義とは何かとか哲学という名の屁理屈がある。ちゃんちゃらおかしい、『悪を裁くこと』こそが紛れもない正義なのだ。それ以外の全ては正義というお題目を掲げた“ごっこ遊び”に過ぎない。
では悪とは何だ。決まっている、法を犯すことだ。法に背いた悪を法によって裁くこと、これを正義と呼ばずして何と呼ぶ。
罪を犯すことは悪だ。それを擁護することも、隠すことも、悪を裁く正義を阻む行為ももちろん、皆須らく悪だ。
この手に天秤は要らない、ただ悪を切り裂く剣さえ在ればいい。地上の全ての悪を滅ぼし輝かしい白に染め上げるその日まで、この身は善を謳い正義を執行する機能のみを有したシステムとなる。
「そう、私は間違ってなどいない」
ガベルを振り下ろすこの手に迷いを覚えた事など一度もない。
最初の一回を除いては……。
「今日も帰って来ていないか」
最近、メティトとめっきり顔を合わせなくなった。行き先も告げず、朝早くに出かけて夜遅くに帰ってくる。遊び歩いているという訳でもないようなのだが、あれだけ熱心に勉学に励んでいた姿を見ていた者としてはどうにも腑に落ちない。
当初の目的を忘れているのではと釘を刺そうとしたのだが、一緒に持ち出したノートにびっしりと書き込みがあったのを見てしまっている。他に教えを乞える相手を見つけたのだろうか。
「どうにも嫌われたものだ」
生活ですれ違いが出来たのはあの陪審員の一件からだ。どうやらかなり腹に据えかねていたようなのだが、「正しいこと」をしたローランにはその辺りがどうしても理解できない。以前自分が裁いてやった被告の身内から非難された時を思い出す。
「馬鹿が、そもそも悪事を働かなければ裁かれることもないのだ」
やはり罪を犯し愚行を重ねるだけの蒙昧な連中には、たったそれだけの簡単な理屈さえ理解できない輩が多すぎる。
調書を纏め、自分が抱えている公判資料をいくつか目を通しておく。こうして自分が駆逐するべき悪性を確認するたびに奮起できる、自分が目指す純白の正義が己を中心に世界に広がっていく感覚を覚えることが出来るのだ。
物を盗み。
人を騙り。
女を犯し。
そして、殺し。
それら全ての悪徳を浄化し叩き潰す一撃こそ、正義の裁きと信じて。
「……ん?」
自分が担当を予定している公判の中に、一つだけ目に着くものがあった。訴えを起こした原告一人に対し、被告の数が異様に多い。両手両足の指でも足らないくらいの数が起訴されている裁判だった。
原告の名は……。
「あいつ……!」
訴えを起こしたたった一人の名は、この国の経済を牛耳るあの商会会長。普段は大勢の団体に徒党を組まれて訴えられ、それでも無罪を勝ち取っている彼が、どうしたことか訴える側になっている。こんな珍事はそうそう起こりえない。
いや……過去に一度だけ、あの会長が訴えを起こしたことがあった。自分が雇っていた顧問弁護士が賄賂を受け取り、自社に損害を与えたと主張して……。
「…………」
今は余計な事は考えない。誰が原告となり、誰が被告になろうが、今の自分はその善悪を両断するだけだ。
心を無にしろ。
裁定の時だ。
「以上が、原告側からの訴えになります」
この時代、主神教の清貧を重んじる精神が未だ根強くあり、金が金を生む利息という概念は嫌悪される傾向にあった。魔界国家が林立するようになった昨今はそれほどでもないが、一部の原理主義者の間では金貸し業を悪と捉える見方が今もある。
商業が盛んな王国において金貸しは重宝もされるが、同時に蛇蝎のごとく嫌われる。借り主の足下を見るように交渉をし、法外な利息で貸し付ける連中が大勢いたからだ。
王国はその現状を憂慮し、急遽金利に関する法整備を進めようとした。
しかし、それに待ったをかけた者がいた。
「起訴された被告の面々は皆、悪質な債務滞納者であり────」
それがこの商会会長だ。どんな汚い手を使ったか、王国中の主だった金貸し達を自らの傘下に引き入れ、己が立ち上げた金融組合の管理下に置くことを条件に金利の上限制定を阻止した。彼もまた金貸し、自分の商売の邪魔になる要素を排除する為に圧力を掛けたのは明白だった。
商売敵を排除して上前をはねる上に、貸し付ける金利も自分達で設定できるようにした。彼を知る者は皆悪魔と評するが、それは正鵠を射ていた。法を犯さず、法の穴を突いて利益を毟り取っていくハゲタカの如きその姿は、ローランが“両断”できない数少ない一人だ。
「原告の再三の返済要求にも応じず────」
被告は全員、商会から金を借りた有象無象の集まりだった。生活苦、学費、借金を返すための借金……理由は様々だが、自分の財布も管理できない社会の底辺共ということだけは分かった。この法廷に立たされた被告の大半はそうした自業自得によるものだと理解している。
「借金を踏み倒そうとするこれらの経緯を鑑みて、原告は速やかなる返済を要求するものであります」
「異議あり。原告は被告ら債務者に対し法外な利息を強いており、金銭面で追い詰められている被告達に返済可能な額ではないと理解した上で行っている可能性がある!」
金に困っていなければそもそも金を借りないのだから当然だ。金貸しはその弱みに漬け込み、雨の日に傘を取り上げるのが商売なのだ。
だが、これはやり過ぎだ。
「原告、貸付の際に設定している金利は?」
「トイチだ」
「は?」
「トイチ……『十日で一割』という意味だ。十日ごとに一割の金利が加算される。しかも単利じゃない、複利でだ」
借金の利息には期限を過ぎる度に元金に利息分が加算される単利と、利息分を合わせた分を元金とし更に次の利息を取る複利がある。当然、後者の方がより苦しい借金地獄に陥る可能性がある。数字に直すと、その利率は驚異の3000%越え。もはや雪だるま式とかネズミ算とかいう言葉すら生ぬるい、まさしく金で人を殺せる利息なのだ。
流石のローランでさえ、この男がこともなげに言ってのけた事実を前に愕然となった。
「我が国が相場で定めるところの利率は三割三分のはず。原告の設定している金利は明らかにそれを逸脱している」
「はて? 隣国のレスカティエならともかくとして、我が国に利息の上限を定める明文化された法は無かったはずだ。無い法に外れているから法外だ何だと言われても、私どもとしては困惑の極みだ」
仮に、国の法律に殺人に関する条文が無かったとしよう。その場合その法が定められている場所で殺人を行ったとしても、これは罪に問われない。殺人を罰する法そのものが存在しないから、それを裁くことが出来ないのだ。
会長の理屈もまた同じ。王国で活動する金貸しは利率を自由に設定できる。あまり高く設定すると客が寄り付かなくなるので、今までは半ば暗黙の了解として年利三割三分が事実上の上限として機能していたのだ。
だが所詮、暗黙は暗黙、批准するも破るも自由自在だ。しかも……。
「それに私どもは貸付の際に互いに証文を交わしている。そこにはもちろん、顧客の方々の了承も得た上でサインを頂いている。十日で一割の利率でも良い、と」
これがもし利率を騙して契約したのであれば、詐欺罪で告訴されたのは会長の方だっただろう。だがあくまで互いの了承を得た上での借用となれば、全面的な分は会長の方にある。
「では原告は罰金刑という形での決着を?」
「いいや、そんなものでは生ぬるい。どうせこいつらは貧乏人、罰金を科されて払うぐらいなら是非ともそれを抵当に借金を返して欲しいものだ」
「では要求は?」
「借金は返せない、罰金も払えない……だったらもう、ブチ込むしかないだろうが」
借金云々を争うだけなら民事で済むが、この法廷は刑事裁判、実刑を科すことを求めて起こした裁判だ。
「契約に背いて借金を返そうとしない、詐欺罪。それに伴い我が社の経営に悪影響をもたらした、営業妨害。その他諸々を加味して……うむ、十年が妥当だな」
「…………」
「判事? どうされた?」
「いえ、何でもありません」
ローランがこの世で最も嫌いなのは言うまでもなく“悪”だが、苦手なのは「法を利用する者」だ。社会的に認められた手段で利益を己に、不利益を他人に押し付ける様は醜悪だが、あくまで法の上で行動する彼らを裁くことはできない。シロの中にありながらクロを行う、ある意味ではただ悪を為す連中よりよっぽど厄介だ。
だがローランが気にかけているのはそこではない。
(またあんたは、そうやって……!)
彼は恐れているのだ、この会長という男を。
ローランという物語は、“純白の正義”という有り得べからざるモノを希求する男の物語は、その始まりをこの男に見出せる。
この男を前にすると、ローランは己の『罪』をまざまざと見せ付けられる気がしてならないのだ。
吟味は済んだ、さっさと終わらせよう……そう決意しガベルを振り上げる。
「判事、実はこれで終わりではないのだよ。私が訴えたい相手はもう一人いる」
「なに?」
「そもそも本件は、債務者たちが私を訴えようとしたのを察知し、こちらが一歩先に起訴したもの。債務者たちを扇動して裁判を起こし、借金を帳消しにした上、あわよくば私から金をせしめようとした輩……判事にはその者を裁いてもらいたい」
「それは一体……」
問いかけに答えたのは、開かれた扉の音だった。
「すまない、遅れた」
弁護人も、書記も、ローランと他の裁判官、そして傍聴に集まった人々の視線が遅刻した被告人に注がれる。その人物は自分が訴えられた立場にあるとは露とも感じさせないほど、毅然とした面持ちで法廷に望み、乱れぬ歩調で被告席までやって来た。
「では被告、名を」
「はい」
裁判官の言葉に頷きを返し、法廷の支配者であるローランを見上げ凛とした声で名乗った。
「アヌビスのメティト、まずは遅れてしまった事を謝罪させてほしい」
会長が起訴した相手……それは、ここ数日顔を合わせる機会が無かったメティトだった。
「キミは……どこまで愚かなのだ!」
「判事殿、ここは法廷ゆえ私語は慎まれた方がよろしいかと」
「……ッ、被告は弁明をせよ!」
「承った。まず己が有志を募り訴えを起こそうとした理由だが……それはこの男が人の風上にも置けぬ外道の極みだからだ!!」
鬼気迫る形相でメティトが会長を指差す。熱くなることもあるが基本的には冷静を絵に描いた彼女が、犬歯をむき出しに怒りを露わにするその姿は獣そのもので、先祖返りを起こした横顔は傍聴席の人々を震え上がらせた。
「己とこの男はある伝手があって何度か顔を合わせる機会があったのだが、もはやその暴挙に我慢ならぬと訴訟に踏み切ろうと思い立ったのだ!」
「被告、発言を具体的に」
「失礼。だが己の怒りも理解して欲しい! この男が埒外な利率で貸し付けていることは己も聞き及んでいたが、実態を目の当たりにした己はまず直接抗議した。金貸しを頼ると言うことは金に困っているということ、そんな者らから更に金を搾り取るのはあまりに無体だと!」
「原告」
「事実です。確かに彼女は私のところまで押し掛け、しつこくその要求を通そうとしました。困ったものです、一度二度そう言った事があるたびに諭したのですが、そうすると今度は徒党を組んで……」
「この男が強いた利息でどれだけの人々が苦しんでいるか、それを自覚させたかったのだ! だがこの男は……っ、己が募った有志らに対し、更に金利を引き上げるという報復を行ったのだ!! これが許さずにいられるか!!」
「報復とは人聞きが悪い。金利の引き上げは悪質債務者に対して行う必要な措置……それを行った相手がたまたま、そちらの揃えた面々だっただけのこと。それに利率を引き上げたから何だと言う? 債権者は債務者に対し、長期的に返済が滞っている、または最初から返済の意志がない場合、その資産を差し押さえる権利を有している。それをしないだけ私はまだ有情だと理解して欲しかったのだがね」
「貴様は……ッ!!!」
「今のやり取りでご理解いただけたでしょう。この被告は再三に渡り私及び、私が経営する商会に圧迫を掛けてきた。譲歩しないなら訴訟に踏み切ると。だから私は先に起訴したのだ。判事殿、私は被告に対し詐欺、営業妨害、そして私個人に対する恐喝と名誉毀損の罪で、ここに告発するものである!」
畳み掛ける会長の言葉に、ローランは戦慄を覚えていた。
同じだ……あの時と全く同じ。
腹の底から震えが起こる。風もないのに髪がざわめき、背中に水を浴びせかけられたように汗が噴き出し、胃が持ち上がり吐き気を催す。
この感情は、恐怖。
あらゆる不義悪徳を断ち切る両断判事、その悪名におよそ相応しくない恐れの心が胸中を汚染していた。
今、目の前に広がる光景を、ローランは以前にも見ている。あの時も、自分はここから原告席の会長を見下ろしていた。今と同じように声高に、しかし悠然とした態度で被告を追及し、自分はそれに耳を傾けさせられていた。
あの日と違うのは、被告席の人物とその態度。あの日の被告は、ただの一言も釈明することなく法廷を去った。その身に有罪という烙印を背負って……。
今目の前で起きている出来事は「あの日」の再現、それを前にローランの精神が軋み悲鳴を上げていた。ガベルを持つ手が小刻みに震えるが、唯一の幸いは両隣の裁判官がその醜態に気付いていない事だった。
だが法廷は待ってはくれなかった。
「判事殿、ご決断を。判事のお噂はかねがね耳にしております。私共の訴えを聞き入れてくださるのは判事だけ、是非ともその慧眼で事の真偽を吟味してください。この悪人に正義の鉄槌を、どうか」
やめろ、やめろ!
そんな言葉で、そんな安っぽい言葉で正義を語るな! そんな軽々しい言葉で、自分の決意を汚すな!
今や法廷は被告を裁く場ではなく、原告と被告の存在が判事を圧迫するという逆転現象が起こっていた。他の誰も気づかない、当時者三人だけがこの歪んだ法廷のありのままを知ることが出来ていた。
「……っ!!」
逡巡の果てに決意を新たにしたローランは自らの「正義」を貫くことを選んだ。「あの日」自分は裁くことを選択した、それを実行しないのはあの時の覚悟を無駄にするということ、決意を嘘にしてしまうことだ。それだけは絶対にしてはいけない。
有罪の判決を出すべく右手を振り上げる、その槌に迷いは無いはずだった。
しかし、木槌が台を叩く寸前に静止する。判決を叩きつけるガベルを止めたのは、被告席からのメティトの視線だった。
「…………」
怒りも恨みも悲しみもなく、ただじっとこちらを見据えるメティトの澄んだ目。今まで自分を見てきた目は、そのどれもが己の罪過を認めず逆に恨みをぶつける恥知らずばかりだった。死刑判決を下した相手の中には口汚く罵ってくる輩もいた。悪党どもの断末魔だと思えば、いっそそれらは耳に心地よくもあった。
だが、今自分を見上げる視線にローランはたじろいでいた。
ただ見つめている。その目はまるで判事である自分を逆に吟味しているようで、自分の言動一つ一つの善悪を問い質しているようで……心底恐ろしいモノに見えたのである。
「あの日」も、恐怖はあった。だがそれは全て自分の奥底から去来するものだった。断じて外圧の如く他者からもたらされるものではなかったはずだった。
何故なら……「あの日」の被告は終ぞ自分を見上げることなく、この場を去ったのだから。
追い詰められ悲鳴を上げる精神は今すぐにでもこの現状から脱する事を望み、そして遂に────、
ガベルは振り下ろされた。
「…………何故だ」
閉廷し、今日の公判は全て終了した法廷に三人の影があった。
「何故今になって私は……っ!」
「それが貴殿の本心だからだ」
原告席に会長、被告席にメティト、そして裁判官が座る席にローラン。それぞれの立ち位置は既に終わった裁判の時と全く同じままだった。
「貴殿は私情では裁かぬと言ったが、それは違う。初めから貴殿の裁きには私情しか無かったのだ……『憎しみ』という私情が」
「お前は確かに平等だった。平等に被告人を裁き、そしてその全てを憎んでいたんだろう。お前は裁くことをしなかった。いや、裁くどころかお前がやっていたのは単なる『報復』だ。全ての人間を罪ありきと断じ、それを奈落の底に突き落とす、ただそれだけの稚拙な……」
「黙れぇっ!!! 黙れ、だまれ黙れぇぇぇ!!! 私は望まれたんだ、悪を断つ正義となる事を! 私の裁きは正義の鉄槌、何人たりとも私の正義を否定することなど出来はしない!! 出来ないんだぁぁぁーーーッッッ!!!」
「だがお前はメティトを有罪にしなかった。それが事実だ」
メティトに対する判決は無罪。会長の主張は全面的に退けられたのだった。法廷の誰もがローランの判決に驚いていた。去っていった傍聴席の面々は明日の号外が楽しみだと言っていた。
「お前は気付いていたんだ、自分の掲げるハリボテの正義より、この女の言い分の方が正しいとな。だからお前は罪状を押し付けることが出来なかった。お前は二度も自分に嘘は吐けなかったんだ」
「違う……違う、違うだろ……。ローラン……お前が手にした力は、こんな程度で放り投げていいほど軽くなかったはずだろ……!!」
「もはや自分の内側に篭ることでしか解決の道を図れないのか。お前はもう少し、性根の強い男だと思っていたが……」
「そんなにも自分の親父を裁いたことを悔やんでいるのか」
会長が紙の束を投げ出す。どこから引っこ抜いて来たのか、それはかつてここで開かれた公判の記録だった。
被告人は、賄賂を受け取った顧問弁護士……罪状は金を受け取った事による収賄罪、自らが所属する組織の情報を売り渡した機密保持契約違反、そして組織に与えた損害に対する信用毀損と業務妨害。判決は有罪、懲役十余年の実刑を下された。
「当時の公判は非公開だったからな、探すのに手間取ったぞ」
「どうして、あんたがそれを……!」
「金の力、とだけ言っておこう。思い出すよなぁ、あの日ここには俺とお前、そして俺が訴えた相手がいた。会社の名前で訴訟は何度も経験しちゃいるが、俺個人の名前で訴えを起こしたのは久方ぶりだった。なにせ、その相手ってのは、つい一週間前まで俺の会社の法律窓口だったんだからな」
かつて会長が雇っていた顧問弁護士。そして会社を裏切り訴訟され、有罪の宣告を受けた男。
「紙の上じゃ別の判事が担当したことになってるが、俺は確かに見たぞ。今日と同じようにそこに座るお前が、自分の親父を裁いたその瞬間をな」
「やめろ……」
「お前の判事としての初仕事。お前の全てはあの日から始まった」
「やめろ!」
「血の繋がった実の息子が父親を裁くってのは、なかなかにエグいもんだ」
「やめろぉぉぉぉーーーっ!!!!」
静かな法廷に騒音が撒き散らされる。怒り狂ったローランが会長の口を封じようと、手当たり次第に物を投げつけた。椅子、ペン、ガベル……感情の奔流に任せて暴れるその姿に、もはや法の番人の面影は欠片も無かった。
「この数年、私がどんな思いで槌を振るっていたか、お前たちに分かるかァッ!! 私がどんな思いで槌を振るい、どんな思いで悪党どもを裁き続けのか、それをお前たちが分かるのかァァ!!!」
ガベルの音が法廷に反響する度に思い出すのは、入廷し証言を行い、判決を受け退廷するまでの間の父の姿。何の言い訳も弁明も無く、終始俯いたまま息子と目を合わせず、ただ粛々と判決を受け入れて去っていったその後ろ姿だ。本来その潔さは敬意を覚えこそすれ、間違っても侮蔑の対象になどなるはずがなかった。
「何故だ……! 何故、たった一言……『やっていない』と、『無実だ』と言ってくれなかったんだ……っ!」
「貴殿は、お父上が無実だと信じておられたのか」
「……実の親を……唯一の家族の潔白を信じない者が、この世にいると思うか!! 私は、私を立派に育て、教え導いてくれた父がっ! そんな小狡い悪党に落ちたなどと信じたくなかった!!」
品行方正、清廉潔白、強くを挫き弱きを助け、恩は忘れず恨みは水に流す、そんな義侠心を絵に描いた正義漢……それがローランの父だった。幼く母を亡くし片親になった彼にとって、そんな父の存在は誰にも胸を張って誇れる自慢の親だった。人が変わったように教鞭を執り厳しく接するようになってからも、ローランはただ父の期待に応えようと必死になって能力を身に付けた。
今でも思い出す、高等法院を主席で卒業した時の喜びの顔を。
だからこそ、その父が被告として法廷に立ったことにローランは混乱した。
何かの間違いだ、きっと誤解があったんだ。そう信じながらローランは必死になって父の無実を証明しようとした。彼の潔白を証明する確かな証拠を血眼になって探し続けた。
だが、調べても調べてもローランが望む証拠は見つからず、逆にその嫌疑がより確かなものになる証拠ばかりが見つかった。
足搔き、悶え、苦しみ、そして絶望したローランが出した結論は……。
「許せなかった……。私に法の理念を説き、正義の何たるかを語って聞かせてくれた父……私の理想。それが蛮行を為し、罪を犯したと知った時……私はようやく気付いた」
ガベルを持つ手の震えを止めたのは、腹の底から湧き上がる激情の熱だった。
「それまでの人生の全てを懸けて期待に応え続けた私を、その情熱を……あの男は泥を塗って穢したんだ!! 正義を語ったその口で偽りを吐き、教本を与えたその手で汚い金を受け取ったんだ!! これが許さずにいられるかッ!!!」
愛しさ余って憎さ百倍、親愛の情が大きく深いほど、それが裏切られた時は容易く反転する。気付けばローランは己の父に対しおよそ可能な限りの罪状を叩きつけ、その身を獄へと送っていた。最後にローランを突き動かしたのは、その身に刻まれた正義の教えではなく、個人としての怒りと憎しみだった。
そして、ローランが信じた正義はここで大きく歪むことになる。
「私に恥の記憶はない。父を投獄したことを悔やんだ日は一度もない。だが……たった一つ、悔やむことがあるのなら……それは、私が道徳と良心ではなく憎悪によって裁きを行ったことだ! 善悪の天秤を捨て、断罪の剣だけがこの手に残った!! その剣を振るうことでしか、この目に焼き付いた父の幻影を払えなかった!!」
ローランが無能であったなら、ここまで苦悩することは無かった。ローランの心が強くなければ、彼は今頃法の仕事に従事することはなかっただろう。
だが、ローランは強く在りすぎた。彼がそれまで培ってきた技能の全ては、たった一度抱いた憎悪により変質し、その上で彼は裁きの場に立ち続けた。貼り付いた父の影を振り払うのに、逃げではなくなお一層の断罪をもってこれを消し去ろうとした。
あの公明正大な父ですら罪を犯した。ならば、今自分の眼前にいるこいつは罪を犯して当然だ。否、そうでなければならない。
あの父が……父ですら……。
たった一つ信じた善性がまやかしと気付いた時、ローランの視界に映る全ては『悪』になってしまっていた。
「貴殿は……本当にそれで納得しておられるのか? お父上が悪に落ちたその訳を、真意を……知ろうとは思わなかったのか?」
「思わない。結果は結果、悪は悪だ。あの男は最後の最後で己の卑しい本性を隠せず、身を立ててくれた者の恩を裏切り、期待をかけた息子を欺き、一時の利益のために薄汚れた金を受け取った。真実は唯一つ、それだけだ」
ローランはどこまでも潔白だ、潔白であることを己に課した“正義の怪物”。肉親すら容赦なく断罪する裁きの刃に一点の曇りも無い。
「やはり、お前は阿呆だよ」
「何だと!?」
「何度でも言ってやろう。お前は賢く、優秀で、とんでもない愚か者だ。たった一人の肉親でありながら、終ぞ父親の真意を知ろうともしなかったとはな。真実を吟味し善悪を分ける判事が、お笑い種だよ」
「あんたに何が分かる!!」
「分かるさ、お前の父をここへ引き摺り出したのは俺だ。そして、そうしなければならなかった理由もな」
懐から取り出したパイプに火をつけ、タールとニコチンの臭いが清廉な法廷に満ちる。吐き出される煙と共に、会長は静かに語り始めた。
真実を……。
「お前の母親、あれの細君は病で死んだ。胃の腑に肉の塊が出来たことによる臓器不全だったな」
「それがどうした」
「いやなに、あれも同じ病だっただけだ。医師が言うには急性、罹れば一年、長くても二年しか保たない重篤な病だとな」
「報いを受けたんだ。むしろ母と同じ病で死ねたことを幸福に……」
「あれが病に冒されたのは、細君が亡くなった直後のことだ。お前がまだ判事になる教育を受ける前のな」
「……なに?」
ローランの記憶にある父は健康そのもので、とても重い病を患っているようには見えなかった。咳一つとしてしているところを見たことは無かった。でなければ、ほぼ年がら年中自分に付きっきりで勉学など教えられるはずがない。
「驚いているな、俺もそうだった。あれは息子の前では決して弱みを見せなかった。日々痩せ衰える体に鞭を打ち、顔色を誤魔化すために化粧すら施し、医師に診療してもらう金さえ息子の教育に注いだ。不思議に思わなかったのか、今までずっと優しかった父親が突然人が変わったように教鞭を振るうようになった事を」
思わなかったはずがない。学習が進まなければ叩かれ、覚えが悪ければ食事を取り上げられた。それまでそんな事をしなかったのに、父の突然の変貌に戸惑いを覚えなかったはずがない。
だがそれが全て自分を判事にさせるための教育だと知り、ローランは全てを受け入れた。父の厳しさは自分の将来を思ってのことなのだと理解したからだ。
「確かにあれはお前の将来を案じてのことだったのだろう。あれは自分の命尽きた後に取り残される息子を憂い、生きる糧として自分の持てる技能の全てをお前に託そうとしたんだ。法院合格まで二年、卒業までの二年半、そして修行を積む五年……本来とっくに尽きるはずの寿命を気力だけで保ち、十年もの間お前を見守り続けた。いずれお前が一人でも生きていけるようにとな」
余命宣告を受けた患者が実際はそれ以上の年月を生きるという事例は度々報告されている。ローランの父もまたその一人、いずれ一人孤独に生きることを強いられる息子を想って彼は気力だけで生き存えて見せたのだ。
「それがどうした! いずれ悪党に落ちる者が予定より長生きしただけ。いやむしろ、さっさと死んでいれば無様に晩節を汚すことも無かっただろうに!」
「話は最後まで聞け。あれは計算通りにお前を法院に送り、そして首席で卒業させた。もはや息子の将来は安泰、その前途は輝かしい未来が約束されたも同然だった。何もかもが父親の思い描いた絵図の通りになるはずだった」
含みを持たせた言い方をして、紫煙が吐き出される。部屋の上部に溜まった煙はそれから語る暗転の有様を暗示させるものだった。
「計算違いが二つあった」
「計算違いだと?」
「一つ、お前は父を尊敬していた。いやむしろ、依存していたと言ってもいい。たった一人の肉親、それがこんなにも我が身を想い鞭を振るってくれることを、お前は恨むどころか感謝すらしていた。それがまず第一の間違い」
父親は再び息子の将来を危惧した。子にここまで愛されるのは親としては望外の喜びだろう。だがしかし、いずれ今生の別れが待っている事を思えば、自分の死が息子の将来に影を落とすことになると危ぶんだ。その心に母が死んだ時以上の傷を刻むことになるのではと。
「そこでお前の父は一計を案じた。息子の人生から『父としての自分』を切り離すことをな」
それはつまり……。
「不思議に感じなかったのか。表向き別人が裁いた事になっているとはいえ、実の親子で裁判を執り行う……そんな不条理がまかり通ると本気で信じていたのか?」
何者かが意図してその状況を作り出したということ。
「まさか……」
「そうだ。あの裁判は仕組まれたものだったんだ、他でもないお前の父親によってな。お前の父は、お前の人生から自分を抹消しようとしていたんだ」
手塩にかけて育てた愛息子によって罪を裁かれることで、ローランの中の理想の父親像を粉々に打ち砕いた。技能の全てを教え込んだ父親を息子が裁くという因果な絵図は、その全てが作為的に仕組まれての結末だったのだ。
「計画を持ちかけられた時、俺は反対した。息子に理不尽な境遇を強いることになると、そんな因果な道を進む必要も無いと。だがあれは聞かなかった。最後には折れて、あれは予定通りに賄賂を受け取り、そして俺が訴訟した。方々に圧力をかけて裁判を非公開にし、息子のお前を判事に据えさせてな」
目論見は、大成功を収めた。ローランは肉親の情に絆されることなく父を裁き、後顧の憂いは断ち切られ判事としての道は華々しく飾られたはずだった。
「二つ目の間違いは、父親の落ちた姿を見せられた息子がどうなるのか、それを想像できなかったことだ」
父への敬愛は憎悪に変わり、その憎悪はやがて法廷に立つ全てに向けられ始めた。男も女も、子供も老人も、被告席で弁明をする全ての人間があの日の父と重なって見えるようになった。
こいつは嘘を吐いている。
こいつは罪を逃れようとしている。
こいつは自分の悪性を認めようとしない。
許せない。
許せない。
許せない。
断罪。
断罪。
断罪。
「私は父が憎い! 全ての因果を息子に背負わせ、自分は素知らぬ顔で道を外れたあの男が許せない! だから私は裁くのだッ、父のような善の皮を被った悪が存在する限り、私は……私はっ!!」
善悪など関係ない、全ての罪も不義も悪徳も、等しく我が手にこそ裁く力が宿る。
故に両断するのだ、この目に映る全ての悪を滅ぼし尽くすその日まで。
「ローラン」
紫煙に汚れた法廷に凛と響くのは、それまでずっと静観を保っていたメティトの声。
古く、アヌビスは冥界の神に祖先を見出せる。死後に冥界を訪れた魂は裁定の神が掲げる天秤に掛けられ、生前の罪の重さを計られる。魂が神の羽より重ければ悪、軽ければ善、アヌビスの眼は常に魂の真実を見抜く力が備わっている。
「もう、自身を責めるのは止めよ。貴殿はもう充分に責め苦を負っただろう」
「責める……私が、私を? この身は常に潔白、私に恥ずべき汚点など断じて無い! 自責の念など毛頭ありはしない!!」
「ならば何故、お父上の幻影に悩まされることがある? 貴殿の心は何に怯えている?」
「違う、違う……! 私は何も間違っていない、私は正しいんだ! 私は正当に悪を裁いたんだ、何も……何も負い目など……」
負い目など、疚しさなど、そんな後ろめたさなど自分には無いと信じてここまでやって来た。信じなければやって来られなかった。
信じて、信じて……信じなければいけなかったのだ。
「お父上を信じてあげられなかった事を、悔やまずとも良いのだ」
「あれは、自慢の息子だと最後まで誇っていたよ、ローラン」
信じて────……。
「ぐぅぅぅぁぁぁ、うううぁああああああぁあああああああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」
真実を信じることが出来ず憎悪で裁きを下した男の慟哭は、その叫びを耳にした者全てに深い悲しみと絶望を感じさせる悲痛なものだった。
それは父の真意を見抜けなかった我が身を呪ったものか、その善性を疑い憎悪の泥で穢した悲しみか、あるいはその両方なのか。
どちらにせよ、渦巻き濁流となった感情をぶつける相手は……もうこの世にはいない。
彼岸の魂に届けとばかりに、慟哭は法廷を揺らし続けた。
人は悲しみで死ぬ生き物である。深い悲しみはホルモンバランスを崩し、免疫力を低下させ、病に罹りやすくなる。親しい者が死んで後を追うように……というのは、あながち間違いではないのだ。
真実を知らされたローランは、まさにその状態にあった。
「ローラン殿……」
ローランは塞ぎ込んでいた。全ての仕事をキャンセルし、酒も飲まず博打も打たず、日がな一日何をするでもなくベッドに腰掛け呆然と窓の外を眺めているだけだった。
ガラス玉の瞳は何も映さない。
彼が断罪の刃を振るってこられたのは、ひとえに父に対する妄執があったからだ。それが愛憎という歪んだものであっても、それが胸の奥で燃え盛っていたからこそ彼は両断判事としてやってこれた。あたかもそれは、水を掛けられるまで燃え続ける石炭の如く。
だが、今となってはその情熱も枯れ果て、彼を突き動かすモノは無くなった。もう二度と断罪の刃は振るえなくなったのだ。
「ローラン殿、食事にしよう。昨夜から何も食べていないだろう」
「……いらない」
「そういうわけにもいかん、貴殿にはちゃんと私に教鞭を……」
「他所へ行ってくれ……私はもう、二度と法廷には立たないつもりだ」
それはつまり、判事の職を辞すということ。法の裁き、その最前線で活躍し辣腕を振るい続けたローランの、遂にその心が折れた瞬間だった。
「私はもう何のために法廷に立つのか……分からない」
全ての情熱が失われた人間とは、かくも脆いものなのか。
それが彼の下した結論ならメティトは止めるつもりは無かった。生は一本道にあらず、本人の意志で違う道を選ぶというのならそれをとやかく言うつもりは無いし、今の彼にとって法廷は悪夢の場でしかないというのは痛いほど分かっていた。
だが……。
「駄目だ。貴殿には己を教え導くという仕事が残っている。それを放棄したまま壇を降りることは、このメティトが許さない」
その手を掴みスプーンを握らせ、強引に食事を摂らせようとした。そして当然のように弾かれる食器。ガチャンと割れて四散する皿とスープが床を汚す。それはまるで今のローランの心の有り様そのままだった。
「もう、放っておいてくれ」
「…………な……」
「……?」
「甘ったれるなァァァッ!!!!」
直後、ローランは自分の視界が黒一色になり、次に目を開いて見えたのは天井だった。鼻から生温かい液体が流れ出る感触に、真正面から顔を殴られたのだと理解した。
そして視界に現れるメティトの容貌は、あの公判の時に見せた憤怒の形相だった。
「見損なったぞ、ローラン! お前はそんな軟弱者だったのか!? 自ら負った責務も果たせぬなど、恥を知れ!! お前のような奴は法の番人どころか、もはや男ですらない! 情けないっ、情けなくてお前の顔などまともに見れん!!」
「お前はそれでも私の息子か、ローラン!!」
「っ!?」
はっとなって伏した目を見開けば、窓から差し込む光を背にしたメティトがいつしか柔らかい微笑みを浮かべていた。
「と……お父上ならお怒りになるのではないか?」
「……父さん……」
思い出すのは厳しく鞭打たれた日々。青春の全てを父の期待に応えるためだけに費やした、無味乾燥で他人にはとても共感してもらえないだろう苦痛の時間。夏は手汗で手形が出来るほど机に張り付き、冬はあえて窓を開け寒さに集中力を高めながら勉学のみを追求した日々。
でも、何故だろう……。
目蓋を閉じて浮かぶ父の表情は、皆どれも笑っているものばかりだった。
「お父上のやり方は確かに短絡的だったかも知れない。だがその根底には息子に対する愛があった。見守る慈悲があった。貴殿もそれを知っていたからこそ、お父上の期待を一身に背負うことが出来たのではないか?」
ならばその思い、無駄にしてはいけない。
「…………真面目な顔して、食えない人だ。本当に父の面影を見てしまったじゃないか」
「己とて、時には羽目を外したくもなる。そんな父の面影を見出したローラン殿は、今後どうするつもりだ?」
「まだ決められない……。揺れている。今は……少し、休ませてほしい」
それだけ言い残し気を失うローランを、メティトは優しく受け止めた。鼻血を拭き傷を癒し、その身をベッドに横たえる。
「待っている……貴殿が再び法廷に立つ日を。その時はどうか、自分の良心に従ってほしい」
玉体を守護する墓守は、ローランが目覚めるまでずっとその寝顔を見守り続けていた。
「すまない、用があるので失礼させてもらう」
今日この日、ローランは仕事が終わると調書のまとめもそこそこに、とある場所へと赴いた。表に留められていた馬車に乗り、その場所へと向かう。
やがて着いた場所、そこには先客があった。
「来たか」
一人は例の商会会長。そしてもう一人は……。
「ローラン殿、花は?」
「ああ」
道中で買った花束を、花咲く丘にひっそりと建つ墓石の前に捧げた。彼の父はここに眠っている。
「聞いたぞ、いつだったかお前が担当した同じアパートの住人の再審。三年の実刑、ただし執行猶予付きか。随分と丸くなったな」
「職務をこなしているだけです」
「そうか。俺は先に馬車で待っている」
風が草を揺らす大地に残った二人は、しばらく墓石を見つめていた。ローランは父の面影を、メティトはその安らかな死に顔を、それぞれ墓石に思い描いていた。
やがて祈りにも似た沈黙が終わり、口を開いたのはメティトの方だった。
「近く、己は国元へ帰る」
「そうか」
「正式な辞令はまだだが、草案作りに己の知識は欠かせない。元よりそのつもりで王国を訪れたのだからな」
「そうだな」
「と言っても、その後も頻繁に両国を行き来することになるだろうが……貴殿と顔を合わせる機会は、失われていくだろうな」
片や街の判事、片や国政にも影響を及ぼす外交官。やるべき事をやり終えれば別れるのは当然、文字通りの意味で住む場所が違うのだ。彼女は、彼女を必要としてくれる場所へと戻らねばならない。
「死ぬわけじゃないんだ。その内、街角で偶然……という事も有り得る」
「そうだな。そうだと信じたい」
「どうしてそんな不安に思う」
「貴殿が心配だと言ったら?」
「面白いジョークだと言っておこう」
「なら、安心だ」
メティトがローランと向き合う。身長は僅かにローランが高く、至近距離で少し見上げる形になったメティトの顔に、彼は僅かに心臓が揺れ動くのを感じた。もはや見慣れたはずの褐色の肌が、何故か妙に艶かしく見えてしまう。
「その未来に幸あれ」
見つめ合って静止した一瞬、メティトが爪先で背伸びし、互いの鼻先がかすめ合い唇が触れ合った。
「……ンっ……」
「…………」
五秒か、十秒か、互いの顔を呼気が撫でなかった事を考えれば精々呼吸を止めていられる時間、その間ずっと二人はキスを交わしたまま止まった時間の中にいた。
やがて名残惜しくも温もりが離れた。再び見えたメティトの顔は心なしか赤らんでいるようにも見える。普段はピンと立っている三角耳は後ろに垂れ、背後の尻尾は大きく左右に揺れて隠すことをしない。
「軽い女と思ってくれるな……。これに深い意味はない、ただのスキンシップだっ! 断じて、そう断じて不埒な意図は無い!」
「ああ、承知している。キミがそんな女性ではないことぐらい私が知らないと思ってか?」
「なら、いい。うん……いいんだ。貴殿が迷いなく自分の選んだ道を進めるのなら、己はそれで良い。何の心配もない」
それが、彼女が胸に抱くたった一つの真実だった。
それを察したローランは、もう何も言わなかった。
「……ローラン殿、もう一度だけ」
「ああ」
二度目のキスは、最初よりも長く、そして甘かった。
一ヶ月後、メティトは本国からの命令で王国を後にした。半年という決して長くはない期間に必要な知識を詰め込み、彼女は予定通りに故郷へと帰ったのだった。
同居人が居なくなった部屋を見て、意外と広かったのだなとローランは呟いた。少なくとも彼女が自分にとっての日常に溶け込んでいたことは認めざるを得ないだろう。それが居なくなってしまい、今は少し寂しさを感じる。
風の噂で帝国が法律の草案作りに取り掛かったと聞いた。発布と施行はまだまだ先になるだろうが、その一大計画の最前線に立つアヌビスの姿を、時々夢に見るようになった。夢の中でも彼女は凛々しさを失わなかった。
不意に彼女を思う時がある。食事中、仕事の時間、眠る前、一日に一回は必ずあの顔を思い浮かべた。
次にこの国に来る時は外交官で、自分はその顔を直接見ることは無いと分かっているのに。それなのに……。
なのに、どうして……。
「ローラン殿、己の荷物はこちらでよろしいか」
何で彼女はここにいるのだろう?
「キミ……本国に帰ったんじゃないのかな?」
「無論、帰りました。ローラン殿の見送りを受けて帰国したではありませんか」
「ああ、うん。そのはずだな。いや、草案作りはどうなった?」
「引継ぎは完了している。何も心配はいらない。ああ、その荷物はそちらに」
来た時と同じ少ない手荷物だけ纏めて帰国するのを見送ってから僅か半月でメティトは戻ってきた。しかも今度は何故か大量の荷物まで一緒で、一気に部屋が手狭になってしまった。
「何故だ、法案を作るのに必要な知識は全て与えた。外交官がこんなところに来ていいはずがなかろう!」
「それが、王に話したのです」
「何をだ?」
「ローラン殿の事をです……。そうしたら、『魔界国家の重鎮ともあろう者が、好いた男一人捕らえられぬとは何たる惰弱』と罵られまして。これら家財道具一式をまとめて渡されて……」
「それはつまり……」
押し付けられた道具は全て、どの家庭にも標準装備されているクローゼットやテーブル、本棚や調理器具ばかりだった。これではまるで嫁入り道具の詰め合わせではないか。
「ああ、あとそれと、国際結婚のモデルケースを知りたいと仰せになられて、己に『一組の夫婦の生活を記録せよ』とも……」
「…………」
ここまで来ると、つまりそれは、「そういうこと」と解釈するしか無いのだろう。本人の居ないところで随分と勝手に話が進んでいる事に戸惑いと、若干の苛立ちも覚える。
「末永く、その……お願いします」
だからと言って、彼女に出て行けと言えるほど今のローランは冷たくはなかった。いやむしろ、彼女が離れていたたった半月、こんな光景をずっと夢見ていた気がする。
だからこそ、別れの時と同じように、その唇を祝福することで返事とした。
「ぱーぱー、これなぁに?」
「これはパパのパパが眠っている場所だよ」
「ほんと、まーまー?」
「ほら、お爺さまにご挨拶なさい」
「うん! じーじー、こんにちわぁー」
「父さん……俺は今、とても幸せだよ」
「お父上、ご覧になっていますか? ローランは立派に生きています」
誰しも生まれた瞬間は「おぎゃあ」と鳴いて生まれるもの。それは聖人君子でも、稀代の殺人鬼でも変わらない。時たま生まれながらの異常者も皆無ではないが、そんなのが極一部の稀な例に過ぎない。人は誰しも真っ当な人として生まれてくるのだ。
つまり、音に聞こえた悪名高き両断判事にもそうした時期が確かに存在し、そこから現在に至るまでに経たはずの結節点、それこそがローランを歪ませた元凶であるとメティトは当たりをつけた。
だが、そこまでだった。
「足りない……あまりにも情報が足りない」
調べて分かったのは、ローランは早くからその才覚を発揮し、飛び級に次ぐ飛び級により弱冠十二歳で王立高等法院の門を叩き、全課程を修了するのに四年から六年かかるところを、僅か二年半という驚異的なスピードでカリキュラムを修めた前代未聞の麒麟児という事だけだ。
その後は五年間、武者修行のように様々な判事や裁判官の元へ赴き見識を広め、二十になって最年少判事となり現在に至る。彼の父が贈収賄の容疑で実刑を受け投獄されたのも、ちょうどこの時期だ。
そんな事は記録を洗えば誰でも分かる。この場合知りたいのは、彼の強烈なまでの歪みが去来したその原因だ。少なくとも公的に見える部分ではそれが明らかにはならない、彼の歪みはあくまで私的なものでその半生に深く食い込むものであるはずだ。
人が歪む要因など幾らでもある。そんな中でメティトが心当たりがあるのは……。
「やはり、父親との確執なのか?」
記録以外で分かるのは、あの商会会長が話した過去のみ。何か原因があるとすればそれを知っているのはあの人物をおいて他にはない。
つまりあの会長はローランの過去を知った上で何かを隠している。彼が、我が孫とばかりに可愛がっているはずの男の事を……。
だが知っているのであれば好都合、何としてでも問い質しローランの歪みを根治させるまで。
ローランの中に眠る闇、あれは決してこの世に在ってはならないものだ。
「キミには失望した。いやはや、ここまで私をがっかりさせた者はそうはいない」
裁判の夜、蝋燭一本の明かりが灯る部屋でローランとメティトは相対していた。椅子に腰掛けたローランと、その前に立つメティト、傍目には出来の悪い学童を叱る教師といったところだが、事実これにはその意味合いが強かった。
「私はあまり魔物娘と接点を持ったことはないが、アヌビスという種族は総じて冷静で知的で、理性ある行動を心がけると聞いていたのだが……そう言っていた相手がバカなのか、それとも私の聞き間違いか、キミはどう思うかな?」
「己は間違ったことをしたとは思わない」
「いっそ清々しいまでの開き直りだな。罪を犯すことは言うまでもなく悪だが、これを庇い立てする輩はそれに次ぐ悪性だと私は考える。今のキミのことだよ」
「無辜の者に大罪を擦り付ける行為は悪ではないと? 正義の名を借りた非道な行いは罪にならぬと?」
「ならない。断言しよう、絶対にならない。何故かって? 私は罪を犯してなどいない。盗みも、騙りも、殺しもしていない。悪人を裁くのは全ての判事と刑吏に認められた当然の権力であり、私はそれをルールに則って行使しているに過ぎない。今回の判決で科した刑罰も、法の上での最高となるものを科しただけだ」
「彼は被害者だった。先に手を出したのは……」
「訴えを起こしたのは原告だ。私だって悪魔じゃない、全くの無実のシロを裁くという大それたことはしないし、何より出来ない。この件だって被告が真に潔白であるならば、そもそも訴えを受理することもしなかったのだからな」
「であれば……!」
「だが結果は結果だ。被告は暴力を振るってケガをさせ、原告は訴えを起こした」
「そして貴殿が裁いた」
「そういうことだ。物分りが良くて助かるよ、以後二度と法廷を汚すような真似はしないでくれると有り難い」
言いたいことを一方的に言った後、ローランは背を向けて今回の判決の調書をしたため始めた。ペン先にインクを付け、流れるように羊皮紙に文字を書き込んでいく。その表情はとても誇らしく満足気だった。
「…………聞き忘れていたが、あの商会会長殿は貴殿の知り合いか」
「本人から聞いたはずだ。かつて孤児だった私の父、その身元保証人だった方だ。父に限った話ではないが、あの方とその奥様は昔から孤児保護の活動をしている。母なし子の私が今日までこうしていられるのも、あの方の恩恵による部分が大きい。立派な……同時に恐ろしい人でもある」
メティトも商会について調べてみたが、とにかくその規模が桁違いだった。物産、流通、資源、金融、およそありとあらゆる商業に手を伸ばして利益を巻き上げ、各工業ギルドの元締めや理事をいくつも兼任、その財政と影響は王国のみならず大陸全土に及び、その規模はもはや財団財閥と呼ぶに相応しいものになっている。
だが同時に黒い噂も多く、積極的に孤児を囲うのは人権派からの募金や基金をピンハネするためだとか、育成した人材を各部署やライバルに送りつけて勢力拡大を図っているだとか、法定以上の暴利で借金を貸し付けているとも……。
(本人も商人を毟り取ったと言っておられたからな)
金が絡む商いの世界を渡り歩いた海千山千の強者といったところか。
「……ご自宅がどちらか、ご存知か?」
「あの人から金を借りるのだけは止めておけ、私でも取り返すことは出来ない」
取り敢えず金欠というあらぬ誤解をといてから、教えてもらった場所を近い内に訪れることに決めた。
「よく来たな、歓迎するぞ」
訪れた会長の住まいはあっさり見つかり、そして驚くほどすんなりと通された。精力的に活動するビジネスマンと聞いていたので、今日は渡りをつけて面会は後日とするはずだったのだが、まさかアポ無しで通されるとは思っても見なかった。
「何の持て成しもできないが、まあゆっくりしていくといい」
会長の住まいは意外にも質素だった。もちろん富豪らしく大きな造りにはなっているが、中央の貴族たちが持っているような豪勢なものではなかった。規模としては中の上、家と言うには大きく、豪邸と呼ぶには小さい、富豪としての体面を最低限保つだけに留められた無駄を省いた住まいだった。
「粗茶です。熱いんでゆっくり飲んでな」
「これは、どうも」
遠い異国の茶が入った湯呑を出すのは会長の妻。その風貌はメティトが睨んでいたように獣人系、しかも東方のジパングに住まうという刑部狸であった。如何にも金を荒稼ぎする男の伴侶に相応しい相方だと感心させられる。
初めて口にする緑茶の味を堪能しながら、改めてメティトは応接室の様子を観察した。
何と言うか、普通だ。家具は確かに一級品が用いられているが、絵画や骨董品といった金持ち趣味を表すような物品は一つも無く、煌びやかを追求せず過剰に飾るという事をしていなかった。あくまで最低限の装飾だけで自身の裕福さを表現していた。
「意外か? 金持ちの家は目に痛いほど煌びやかと思っていたか」
「いえ、まあ……。本日はお忙しい中……」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。それに、別に忙しくも何ともない。向こう一ヶ月は俺が出張るほど大きな商談はないからな」
「大部分の業務はあたしらがあれこれ指示せんでも回るようになってるし、昔みたいなワンマンとも違うんよ。あ、部屋が地味ぃなんはこの人の趣味。この人見かけによらずケチんぼやから」
「倹約家と言え。さて……こんな漫才を見にわざわざ俺を訪ねたわけでもあるまい。何の話、いや、何を聞きたい?」
「ローラン殿の事で、ご相談が」
商売をしているだけあり見る目は確かだった。恐らくはこちらが何の用で来たのかもお見通しなのだろう。
「相談、か。はっきりと言え、奴の過去を探りにきたとな。お前が睨んだように、俺は奴の過去を知っている。奴が変わってしまった原因をな」
「それは彼の父君のことでしょうか?」
「まさしくそれだ。あれの性根は父親との確執で変わってしまった。だがまあ、変わってしまうのも当然だったのだがな」
「教えて欲しい、どうしてローラン殿は変わってしまわれたのか。将来を嘱望された若者が何故あのような……あのような……」
言葉に詰まり身を震わせる。メティトの脳裏には未だあの時のローランの姿が焼き付いて離れない。嬉々としてガベルを振るい、被告を罪人に仕立て上げた時のあの貌……加虐の愉悦に染まったあの顔が。
「なるほどな。教えを乞う身として気になるか」
「はい」
「うむ、出直してこい」
「はい…………はい?」
「お帰りはあちらだ」
「ま、待っていだたきたい! 己の何が至らなかった? 粗相があったのなら謝罪しよう、だからどうか……!」
「大いにある。人に物を訊ねるのに、しかもそれが自分より社会的に地位も身分もある相手と知りながら、何の手土産も寄越さないなど、それだけで失礼千万だ。それに……俺は商人だぞ?」
それはつまり、益の無い話には乗らないということ。
厚顔という言葉も生ぬるい面の皮の厚さに、メティトは怒りを通り越し呆れを感じずにはいられなかった。
「貴殿は、孫にも等しい男のことでも利益を優先するのか……」
「それはそれ、これはこれだ。何も俺は難しいことは言っちゃいない、俺が持つ情報を明け渡すに足る利益を提供しろと言っている。等価交換だよ、売買の基本原則だろうが」
「…………何が望みだ」
「商会はここ数年、ずっと現状維持に徹している。この大陸にもはや切り分けるだけのパイは無く、商人同士がテーブル越しに殴り合うようになって久しい。取り分を奪い合うわけだから、実際は互いに金を循環させているだけで莫大な利益を生み出せない。大負けもしないが勝ちもしない、そんな時期がずっと続いている」
「せやけど、あんたんトコのホルアクティ朝、今まで誰も見向きせんだ砂漠……今までとは違う稼ぎの匂いがプンプンするようになった。隊商が通る道一つ作るだけで莫大な落とし銭が見込めるっちゅうことよ」
「そこでだ、お前の国の開発計画に我が社を一枚噛ませろ。 森林伐採、鉱脈発掘、街道建設……我が社にはそれを可能とするだけの人材が潤沢にある」
「つまり、我が国の開拓事業の大部分を貴殿の商会に任せよと?」
「大部分ではない、全てだ。更に街道に設置する商店や宿舎は我が社とその傘下、そしてギルドの直轄として管理運営させてもらう」
「ふざけるなっ!!!」
通常、大規模な工事や開拓は業者にそれを委託するのだが、その際にいくつかの業者が寄り集まって「せり」が行われる。言わば競売、オークションだ。従来の競売と違うのは、品物に対し参加者が値段を釣り上げるのに対し、如何に安く仕事を引き受けられるか、つまりは依頼料の値下げを業者側から申告するという形式になる言わば逆オークション。それ以上誰も低い値をつけられなければ、見事依頼を受注できるという単純明快な仕組みだ。
だがその裏では業者たちが様々な思惑を張り巡らせている。オークションひとつを取って見ても、事前に同業者に賄賂や裏金を渡して談合を行い、競りを有利に運ぼうとする輩が少なからずいると聞く。
実際そうする人間を目にしてメティトは商人という人種が持つ卑しさを目の当たりにしていた。
「金の亡者が……! 身内と謳った者の過去を天秤にかけてまで金儲けがしたいか!!」
「ああ、したいな。この世で最も楽でボロい稼ぎ方は、他人の弱みをネタにすることだ。そこのところ優等生のお前では考えもつかんだろう。いや、今のではっきりした。お前は阿呆だ」
「何だと!!?」
「今ここで俺達がやり取りしている事は何の証拠も残らない。お前は全ての依頼を委託すると嘯いて、口約束の空手形で俺から情報を引き出そうと考えなかったのか?」
「そのような汚い真似が出来るか!!」
「ほう? なら、他人の過去を本人不在の場で根掘り葉掘り聞こうとするのは、常識に悖る行為ではないと?」
「っ!!?」
会長の指摘にメティトは言葉を詰まらせた。カッと顔に血が上り赤くなるのを感じるが、それは怒りではなく羞恥、会長の指摘した言葉が真実そのままだったからに他ならない。
確かに……あの厚顔不遜なローランが過去について口を噤んでいる以上、赤の他人である自分がそれを掘り返すのは理屈が通らない。彼の歪みを正すという気持ちだけが先行し過ぎていたと今更ながらに自覚し、恥じ入ると同時に深く反省する。
「『キレイ好き』という点で、お前とあれは似通っている。だがそれを優先するあまりに他の重要な要素や視点まで掃き捨ててしまう傾向にあるようだ。あれも……ローランもそうだった。穢れなき白であることを求められたあれは、二十年という歳月を掛け何者も及ばない純白の精神性を身に着けるに至った。そう、至ってしまったんだ」
「……白い、正義」
「お前にあるのか。黒も灰色もなく、白だけを追い求め他の一切を捨て続けたローランと、その残酷な覚悟を強いた父親の願い……それを全て知った上でなお、お前はそれを『歪み』と切って捨てるだけの覚悟が、お前にはあるんだな?」
人には誰しも積み重ねた歴史がある。その中で獲得していった個我を歪んでいると断じてしまうのは、正義の名の下にあらゆる過ちを一方的に悪と断じるのと同じこと。肝要なのは、その歪みを前にどれだけ純粋でいられるか、そしてそれを切り捨てるのではなく受け入れられるかどうか。
「…………お教えください。彼の、過去を……」
「始まりは、あれの母、奴の細君が先立って少ししてからだった……」
滔々とローランの過去を語り始める会長。老年に差し掛かろうとする男の息子として生まれた彼が、何故にその性根が白のみを求める歪みを得るに至ったのかを……。
そして全ての真実を聴き終えた時……。
「嗚呼……」
メティトは静かに涙した。
「主文、有罪」
ローランは裁く。あらゆる不義を、あらゆる悪徳を。
「判決、死刑」
クロは存在してはならない。全ての罪はそれを裁く者の手によって断ち切る必要がある。
「以上。閉廷」
正義とは何かとか哲学という名の屁理屈がある。ちゃんちゃらおかしい、『悪を裁くこと』こそが紛れもない正義なのだ。それ以外の全ては正義というお題目を掲げた“ごっこ遊び”に過ぎない。
では悪とは何だ。決まっている、法を犯すことだ。法に背いた悪を法によって裁くこと、これを正義と呼ばずして何と呼ぶ。
罪を犯すことは悪だ。それを擁護することも、隠すことも、悪を裁く正義を阻む行為ももちろん、皆須らく悪だ。
この手に天秤は要らない、ただ悪を切り裂く剣さえ在ればいい。地上の全ての悪を滅ぼし輝かしい白に染め上げるその日まで、この身は善を謳い正義を執行する機能のみを有したシステムとなる。
「そう、私は間違ってなどいない」
ガベルを振り下ろすこの手に迷いを覚えた事など一度もない。
最初の一回を除いては……。
「今日も帰って来ていないか」
最近、メティトとめっきり顔を合わせなくなった。行き先も告げず、朝早くに出かけて夜遅くに帰ってくる。遊び歩いているという訳でもないようなのだが、あれだけ熱心に勉学に励んでいた姿を見ていた者としてはどうにも腑に落ちない。
当初の目的を忘れているのではと釘を刺そうとしたのだが、一緒に持ち出したノートにびっしりと書き込みがあったのを見てしまっている。他に教えを乞える相手を見つけたのだろうか。
「どうにも嫌われたものだ」
生活ですれ違いが出来たのはあの陪審員の一件からだ。どうやらかなり腹に据えかねていたようなのだが、「正しいこと」をしたローランにはその辺りがどうしても理解できない。以前自分が裁いてやった被告の身内から非難された時を思い出す。
「馬鹿が、そもそも悪事を働かなければ裁かれることもないのだ」
やはり罪を犯し愚行を重ねるだけの蒙昧な連中には、たったそれだけの簡単な理屈さえ理解できない輩が多すぎる。
調書を纏め、自分が抱えている公判資料をいくつか目を通しておく。こうして自分が駆逐するべき悪性を確認するたびに奮起できる、自分が目指す純白の正義が己を中心に世界に広がっていく感覚を覚えることが出来るのだ。
物を盗み。
人を騙り。
女を犯し。
そして、殺し。
それら全ての悪徳を浄化し叩き潰す一撃こそ、正義の裁きと信じて。
「……ん?」
自分が担当を予定している公判の中に、一つだけ目に着くものがあった。訴えを起こした原告一人に対し、被告の数が異様に多い。両手両足の指でも足らないくらいの数が起訴されている裁判だった。
原告の名は……。
「あいつ……!」
訴えを起こしたたった一人の名は、この国の経済を牛耳るあの商会会長。普段は大勢の団体に徒党を組まれて訴えられ、それでも無罪を勝ち取っている彼が、どうしたことか訴える側になっている。こんな珍事はそうそう起こりえない。
いや……過去に一度だけ、あの会長が訴えを起こしたことがあった。自分が雇っていた顧問弁護士が賄賂を受け取り、自社に損害を与えたと主張して……。
「…………」
今は余計な事は考えない。誰が原告となり、誰が被告になろうが、今の自分はその善悪を両断するだけだ。
心を無にしろ。
裁定の時だ。
「以上が、原告側からの訴えになります」
この時代、主神教の清貧を重んじる精神が未だ根強くあり、金が金を生む利息という概念は嫌悪される傾向にあった。魔界国家が林立するようになった昨今はそれほどでもないが、一部の原理主義者の間では金貸し業を悪と捉える見方が今もある。
商業が盛んな王国において金貸しは重宝もされるが、同時に蛇蝎のごとく嫌われる。借り主の足下を見るように交渉をし、法外な利息で貸し付ける連中が大勢いたからだ。
王国はその現状を憂慮し、急遽金利に関する法整備を進めようとした。
しかし、それに待ったをかけた者がいた。
「起訴された被告の面々は皆、悪質な債務滞納者であり────」
それがこの商会会長だ。どんな汚い手を使ったか、王国中の主だった金貸し達を自らの傘下に引き入れ、己が立ち上げた金融組合の管理下に置くことを条件に金利の上限制定を阻止した。彼もまた金貸し、自分の商売の邪魔になる要素を排除する為に圧力を掛けたのは明白だった。
商売敵を排除して上前をはねる上に、貸し付ける金利も自分達で設定できるようにした。彼を知る者は皆悪魔と評するが、それは正鵠を射ていた。法を犯さず、法の穴を突いて利益を毟り取っていくハゲタカの如きその姿は、ローランが“両断”できない数少ない一人だ。
「原告の再三の返済要求にも応じず────」
被告は全員、商会から金を借りた有象無象の集まりだった。生活苦、学費、借金を返すための借金……理由は様々だが、自分の財布も管理できない社会の底辺共ということだけは分かった。この法廷に立たされた被告の大半はそうした自業自得によるものだと理解している。
「借金を踏み倒そうとするこれらの経緯を鑑みて、原告は速やかなる返済を要求するものであります」
「異議あり。原告は被告ら債務者に対し法外な利息を強いており、金銭面で追い詰められている被告達に返済可能な額ではないと理解した上で行っている可能性がある!」
金に困っていなければそもそも金を借りないのだから当然だ。金貸しはその弱みに漬け込み、雨の日に傘を取り上げるのが商売なのだ。
だが、これはやり過ぎだ。
「原告、貸付の際に設定している金利は?」
「トイチだ」
「は?」
「トイチ……『十日で一割』という意味だ。十日ごとに一割の金利が加算される。しかも単利じゃない、複利でだ」
借金の利息には期限を過ぎる度に元金に利息分が加算される単利と、利息分を合わせた分を元金とし更に次の利息を取る複利がある。当然、後者の方がより苦しい借金地獄に陥る可能性がある。数字に直すと、その利率は驚異の3000%越え。もはや雪だるま式とかネズミ算とかいう言葉すら生ぬるい、まさしく金で人を殺せる利息なのだ。
流石のローランでさえ、この男がこともなげに言ってのけた事実を前に愕然となった。
「我が国が相場で定めるところの利率は三割三分のはず。原告の設定している金利は明らかにそれを逸脱している」
「はて? 隣国のレスカティエならともかくとして、我が国に利息の上限を定める明文化された法は無かったはずだ。無い法に外れているから法外だ何だと言われても、私どもとしては困惑の極みだ」
仮に、国の法律に殺人に関する条文が無かったとしよう。その場合その法が定められている場所で殺人を行ったとしても、これは罪に問われない。殺人を罰する法そのものが存在しないから、それを裁くことが出来ないのだ。
会長の理屈もまた同じ。王国で活動する金貸しは利率を自由に設定できる。あまり高く設定すると客が寄り付かなくなるので、今までは半ば暗黙の了解として年利三割三分が事実上の上限として機能していたのだ。
だが所詮、暗黙は暗黙、批准するも破るも自由自在だ。しかも……。
「それに私どもは貸付の際に互いに証文を交わしている。そこにはもちろん、顧客の方々の了承も得た上でサインを頂いている。十日で一割の利率でも良い、と」
これがもし利率を騙して契約したのであれば、詐欺罪で告訴されたのは会長の方だっただろう。だがあくまで互いの了承を得た上での借用となれば、全面的な分は会長の方にある。
「では原告は罰金刑という形での決着を?」
「いいや、そんなものでは生ぬるい。どうせこいつらは貧乏人、罰金を科されて払うぐらいなら是非ともそれを抵当に借金を返して欲しいものだ」
「では要求は?」
「借金は返せない、罰金も払えない……だったらもう、ブチ込むしかないだろうが」
借金云々を争うだけなら民事で済むが、この法廷は刑事裁判、実刑を科すことを求めて起こした裁判だ。
「契約に背いて借金を返そうとしない、詐欺罪。それに伴い我が社の経営に悪影響をもたらした、営業妨害。その他諸々を加味して……うむ、十年が妥当だな」
「…………」
「判事? どうされた?」
「いえ、何でもありません」
ローランがこの世で最も嫌いなのは言うまでもなく“悪”だが、苦手なのは「法を利用する者」だ。社会的に認められた手段で利益を己に、不利益を他人に押し付ける様は醜悪だが、あくまで法の上で行動する彼らを裁くことはできない。シロの中にありながらクロを行う、ある意味ではただ悪を為す連中よりよっぽど厄介だ。
だがローランが気にかけているのはそこではない。
(またあんたは、そうやって……!)
彼は恐れているのだ、この会長という男を。
ローランという物語は、“純白の正義”という有り得べからざるモノを希求する男の物語は、その始まりをこの男に見出せる。
この男を前にすると、ローランは己の『罪』をまざまざと見せ付けられる気がしてならないのだ。
吟味は済んだ、さっさと終わらせよう……そう決意しガベルを振り上げる。
「判事、実はこれで終わりではないのだよ。私が訴えたい相手はもう一人いる」
「なに?」
「そもそも本件は、債務者たちが私を訴えようとしたのを察知し、こちらが一歩先に起訴したもの。債務者たちを扇動して裁判を起こし、借金を帳消しにした上、あわよくば私から金をせしめようとした輩……判事にはその者を裁いてもらいたい」
「それは一体……」
問いかけに答えたのは、開かれた扉の音だった。
「すまない、遅れた」
弁護人も、書記も、ローランと他の裁判官、そして傍聴に集まった人々の視線が遅刻した被告人に注がれる。その人物は自分が訴えられた立場にあるとは露とも感じさせないほど、毅然とした面持ちで法廷に望み、乱れぬ歩調で被告席までやって来た。
「では被告、名を」
「はい」
裁判官の言葉に頷きを返し、法廷の支配者であるローランを見上げ凛とした声で名乗った。
「アヌビスのメティト、まずは遅れてしまった事を謝罪させてほしい」
会長が起訴した相手……それは、ここ数日顔を合わせる機会が無かったメティトだった。
「キミは……どこまで愚かなのだ!」
「判事殿、ここは法廷ゆえ私語は慎まれた方がよろしいかと」
「……ッ、被告は弁明をせよ!」
「承った。まず己が有志を募り訴えを起こそうとした理由だが……それはこの男が人の風上にも置けぬ外道の極みだからだ!!」
鬼気迫る形相でメティトが会長を指差す。熱くなることもあるが基本的には冷静を絵に描いた彼女が、犬歯をむき出しに怒りを露わにするその姿は獣そのもので、先祖返りを起こした横顔は傍聴席の人々を震え上がらせた。
「己とこの男はある伝手があって何度か顔を合わせる機会があったのだが、もはやその暴挙に我慢ならぬと訴訟に踏み切ろうと思い立ったのだ!」
「被告、発言を具体的に」
「失礼。だが己の怒りも理解して欲しい! この男が埒外な利率で貸し付けていることは己も聞き及んでいたが、実態を目の当たりにした己はまず直接抗議した。金貸しを頼ると言うことは金に困っているということ、そんな者らから更に金を搾り取るのはあまりに無体だと!」
「原告」
「事実です。確かに彼女は私のところまで押し掛け、しつこくその要求を通そうとしました。困ったものです、一度二度そう言った事があるたびに諭したのですが、そうすると今度は徒党を組んで……」
「この男が強いた利息でどれだけの人々が苦しんでいるか、それを自覚させたかったのだ! だがこの男は……っ、己が募った有志らに対し、更に金利を引き上げるという報復を行ったのだ!! これが許さずにいられるか!!」
「報復とは人聞きが悪い。金利の引き上げは悪質債務者に対して行う必要な措置……それを行った相手がたまたま、そちらの揃えた面々だっただけのこと。それに利率を引き上げたから何だと言う? 債権者は債務者に対し、長期的に返済が滞っている、または最初から返済の意志がない場合、その資産を差し押さえる権利を有している。それをしないだけ私はまだ有情だと理解して欲しかったのだがね」
「貴様は……ッ!!!」
「今のやり取りでご理解いただけたでしょう。この被告は再三に渡り私及び、私が経営する商会に圧迫を掛けてきた。譲歩しないなら訴訟に踏み切ると。だから私は先に起訴したのだ。判事殿、私は被告に対し詐欺、営業妨害、そして私個人に対する恐喝と名誉毀損の罪で、ここに告発するものである!」
畳み掛ける会長の言葉に、ローランは戦慄を覚えていた。
同じだ……あの時と全く同じ。
腹の底から震えが起こる。風もないのに髪がざわめき、背中に水を浴びせかけられたように汗が噴き出し、胃が持ち上がり吐き気を催す。
この感情は、恐怖。
あらゆる不義悪徳を断ち切る両断判事、その悪名におよそ相応しくない恐れの心が胸中を汚染していた。
今、目の前に広がる光景を、ローランは以前にも見ている。あの時も、自分はここから原告席の会長を見下ろしていた。今と同じように声高に、しかし悠然とした態度で被告を追及し、自分はそれに耳を傾けさせられていた。
あの日と違うのは、被告席の人物とその態度。あの日の被告は、ただの一言も釈明することなく法廷を去った。その身に有罪という烙印を背負って……。
今目の前で起きている出来事は「あの日」の再現、それを前にローランの精神が軋み悲鳴を上げていた。ガベルを持つ手が小刻みに震えるが、唯一の幸いは両隣の裁判官がその醜態に気付いていない事だった。
だが法廷は待ってはくれなかった。
「判事殿、ご決断を。判事のお噂はかねがね耳にしております。私共の訴えを聞き入れてくださるのは判事だけ、是非ともその慧眼で事の真偽を吟味してください。この悪人に正義の鉄槌を、どうか」
やめろ、やめろ!
そんな言葉で、そんな安っぽい言葉で正義を語るな! そんな軽々しい言葉で、自分の決意を汚すな!
今や法廷は被告を裁く場ではなく、原告と被告の存在が判事を圧迫するという逆転現象が起こっていた。他の誰も気づかない、当時者三人だけがこの歪んだ法廷のありのままを知ることが出来ていた。
「……っ!!」
逡巡の果てに決意を新たにしたローランは自らの「正義」を貫くことを選んだ。「あの日」自分は裁くことを選択した、それを実行しないのはあの時の覚悟を無駄にするということ、決意を嘘にしてしまうことだ。それだけは絶対にしてはいけない。
有罪の判決を出すべく右手を振り上げる、その槌に迷いは無いはずだった。
しかし、木槌が台を叩く寸前に静止する。判決を叩きつけるガベルを止めたのは、被告席からのメティトの視線だった。
「…………」
怒りも恨みも悲しみもなく、ただじっとこちらを見据えるメティトの澄んだ目。今まで自分を見てきた目は、そのどれもが己の罪過を認めず逆に恨みをぶつける恥知らずばかりだった。死刑判決を下した相手の中には口汚く罵ってくる輩もいた。悪党どもの断末魔だと思えば、いっそそれらは耳に心地よくもあった。
だが、今自分を見上げる視線にローランはたじろいでいた。
ただ見つめている。その目はまるで判事である自分を逆に吟味しているようで、自分の言動一つ一つの善悪を問い質しているようで……心底恐ろしいモノに見えたのである。
「あの日」も、恐怖はあった。だがそれは全て自分の奥底から去来するものだった。断じて外圧の如く他者からもたらされるものではなかったはずだった。
何故なら……「あの日」の被告は終ぞ自分を見上げることなく、この場を去ったのだから。
追い詰められ悲鳴を上げる精神は今すぐにでもこの現状から脱する事を望み、そして遂に────、
ガベルは振り下ろされた。
「…………何故だ」
閉廷し、今日の公判は全て終了した法廷に三人の影があった。
「何故今になって私は……っ!」
「それが貴殿の本心だからだ」
原告席に会長、被告席にメティト、そして裁判官が座る席にローラン。それぞれの立ち位置は既に終わった裁判の時と全く同じままだった。
「貴殿は私情では裁かぬと言ったが、それは違う。初めから貴殿の裁きには私情しか無かったのだ……『憎しみ』という私情が」
「お前は確かに平等だった。平等に被告人を裁き、そしてその全てを憎んでいたんだろう。お前は裁くことをしなかった。いや、裁くどころかお前がやっていたのは単なる『報復』だ。全ての人間を罪ありきと断じ、それを奈落の底に突き落とす、ただそれだけの稚拙な……」
「黙れぇっ!!! 黙れ、だまれ黙れぇぇぇ!!! 私は望まれたんだ、悪を断つ正義となる事を! 私の裁きは正義の鉄槌、何人たりとも私の正義を否定することなど出来はしない!! 出来ないんだぁぁぁーーーッッッ!!!」
「だがお前はメティトを有罪にしなかった。それが事実だ」
メティトに対する判決は無罪。会長の主張は全面的に退けられたのだった。法廷の誰もがローランの判決に驚いていた。去っていった傍聴席の面々は明日の号外が楽しみだと言っていた。
「お前は気付いていたんだ、自分の掲げるハリボテの正義より、この女の言い分の方が正しいとな。だからお前は罪状を押し付けることが出来なかった。お前は二度も自分に嘘は吐けなかったんだ」
「違う……違う、違うだろ……。ローラン……お前が手にした力は、こんな程度で放り投げていいほど軽くなかったはずだろ……!!」
「もはや自分の内側に篭ることでしか解決の道を図れないのか。お前はもう少し、性根の強い男だと思っていたが……」
「そんなにも自分の親父を裁いたことを悔やんでいるのか」
会長が紙の束を投げ出す。どこから引っこ抜いて来たのか、それはかつてここで開かれた公判の記録だった。
被告人は、賄賂を受け取った顧問弁護士……罪状は金を受け取った事による収賄罪、自らが所属する組織の情報を売り渡した機密保持契約違反、そして組織に与えた損害に対する信用毀損と業務妨害。判決は有罪、懲役十余年の実刑を下された。
「当時の公判は非公開だったからな、探すのに手間取ったぞ」
「どうして、あんたがそれを……!」
「金の力、とだけ言っておこう。思い出すよなぁ、あの日ここには俺とお前、そして俺が訴えた相手がいた。会社の名前で訴訟は何度も経験しちゃいるが、俺個人の名前で訴えを起こしたのは久方ぶりだった。なにせ、その相手ってのは、つい一週間前まで俺の会社の法律窓口だったんだからな」
かつて会長が雇っていた顧問弁護士。そして会社を裏切り訴訟され、有罪の宣告を受けた男。
「紙の上じゃ別の判事が担当したことになってるが、俺は確かに見たぞ。今日と同じようにそこに座るお前が、自分の親父を裁いたその瞬間をな」
「やめろ……」
「お前の判事としての初仕事。お前の全てはあの日から始まった」
「やめろ!」
「血の繋がった実の息子が父親を裁くってのは、なかなかにエグいもんだ」
「やめろぉぉぉぉーーーっ!!!!」
静かな法廷に騒音が撒き散らされる。怒り狂ったローランが会長の口を封じようと、手当たり次第に物を投げつけた。椅子、ペン、ガベル……感情の奔流に任せて暴れるその姿に、もはや法の番人の面影は欠片も無かった。
「この数年、私がどんな思いで槌を振るっていたか、お前たちに分かるかァッ!! 私がどんな思いで槌を振るい、どんな思いで悪党どもを裁き続けのか、それをお前たちが分かるのかァァ!!!」
ガベルの音が法廷に反響する度に思い出すのは、入廷し証言を行い、判決を受け退廷するまでの間の父の姿。何の言い訳も弁明も無く、終始俯いたまま息子と目を合わせず、ただ粛々と判決を受け入れて去っていったその後ろ姿だ。本来その潔さは敬意を覚えこそすれ、間違っても侮蔑の対象になどなるはずがなかった。
「何故だ……! 何故、たった一言……『やっていない』と、『無実だ』と言ってくれなかったんだ……っ!」
「貴殿は、お父上が無実だと信じておられたのか」
「……実の親を……唯一の家族の潔白を信じない者が、この世にいると思うか!! 私は、私を立派に育て、教え導いてくれた父がっ! そんな小狡い悪党に落ちたなどと信じたくなかった!!」
品行方正、清廉潔白、強くを挫き弱きを助け、恩は忘れず恨みは水に流す、そんな義侠心を絵に描いた正義漢……それがローランの父だった。幼く母を亡くし片親になった彼にとって、そんな父の存在は誰にも胸を張って誇れる自慢の親だった。人が変わったように教鞭を執り厳しく接するようになってからも、ローランはただ父の期待に応えようと必死になって能力を身に付けた。
今でも思い出す、高等法院を主席で卒業した時の喜びの顔を。
だからこそ、その父が被告として法廷に立ったことにローランは混乱した。
何かの間違いだ、きっと誤解があったんだ。そう信じながらローランは必死になって父の無実を証明しようとした。彼の潔白を証明する確かな証拠を血眼になって探し続けた。
だが、調べても調べてもローランが望む証拠は見つからず、逆にその嫌疑がより確かなものになる証拠ばかりが見つかった。
足搔き、悶え、苦しみ、そして絶望したローランが出した結論は……。
「許せなかった……。私に法の理念を説き、正義の何たるかを語って聞かせてくれた父……私の理想。それが蛮行を為し、罪を犯したと知った時……私はようやく気付いた」
ガベルを持つ手の震えを止めたのは、腹の底から湧き上がる激情の熱だった。
「それまでの人生の全てを懸けて期待に応え続けた私を、その情熱を……あの男は泥を塗って穢したんだ!! 正義を語ったその口で偽りを吐き、教本を与えたその手で汚い金を受け取ったんだ!! これが許さずにいられるかッ!!!」
愛しさ余って憎さ百倍、親愛の情が大きく深いほど、それが裏切られた時は容易く反転する。気付けばローランは己の父に対しおよそ可能な限りの罪状を叩きつけ、その身を獄へと送っていた。最後にローランを突き動かしたのは、その身に刻まれた正義の教えではなく、個人としての怒りと憎しみだった。
そして、ローランが信じた正義はここで大きく歪むことになる。
「私に恥の記憶はない。父を投獄したことを悔やんだ日は一度もない。だが……たった一つ、悔やむことがあるのなら……それは、私が道徳と良心ではなく憎悪によって裁きを行ったことだ! 善悪の天秤を捨て、断罪の剣だけがこの手に残った!! その剣を振るうことでしか、この目に焼き付いた父の幻影を払えなかった!!」
ローランが無能であったなら、ここまで苦悩することは無かった。ローランの心が強くなければ、彼は今頃法の仕事に従事することはなかっただろう。
だが、ローランは強く在りすぎた。彼がそれまで培ってきた技能の全ては、たった一度抱いた憎悪により変質し、その上で彼は裁きの場に立ち続けた。貼り付いた父の影を振り払うのに、逃げではなくなお一層の断罪をもってこれを消し去ろうとした。
あの公明正大な父ですら罪を犯した。ならば、今自分の眼前にいるこいつは罪を犯して当然だ。否、そうでなければならない。
あの父が……父ですら……。
たった一つ信じた善性がまやかしと気付いた時、ローランの視界に映る全ては『悪』になってしまっていた。
「貴殿は……本当にそれで納得しておられるのか? お父上が悪に落ちたその訳を、真意を……知ろうとは思わなかったのか?」
「思わない。結果は結果、悪は悪だ。あの男は最後の最後で己の卑しい本性を隠せず、身を立ててくれた者の恩を裏切り、期待をかけた息子を欺き、一時の利益のために薄汚れた金を受け取った。真実は唯一つ、それだけだ」
ローランはどこまでも潔白だ、潔白であることを己に課した“正義の怪物”。肉親すら容赦なく断罪する裁きの刃に一点の曇りも無い。
「やはり、お前は阿呆だよ」
「何だと!?」
「何度でも言ってやろう。お前は賢く、優秀で、とんでもない愚か者だ。たった一人の肉親でありながら、終ぞ父親の真意を知ろうともしなかったとはな。真実を吟味し善悪を分ける判事が、お笑い種だよ」
「あんたに何が分かる!!」
「分かるさ、お前の父をここへ引き摺り出したのは俺だ。そして、そうしなければならなかった理由もな」
懐から取り出したパイプに火をつけ、タールとニコチンの臭いが清廉な法廷に満ちる。吐き出される煙と共に、会長は静かに語り始めた。
真実を……。
「お前の母親、あれの細君は病で死んだ。胃の腑に肉の塊が出来たことによる臓器不全だったな」
「それがどうした」
「いやなに、あれも同じ病だっただけだ。医師が言うには急性、罹れば一年、長くても二年しか保たない重篤な病だとな」
「報いを受けたんだ。むしろ母と同じ病で死ねたことを幸福に……」
「あれが病に冒されたのは、細君が亡くなった直後のことだ。お前がまだ判事になる教育を受ける前のな」
「……なに?」
ローランの記憶にある父は健康そのもので、とても重い病を患っているようには見えなかった。咳一つとしてしているところを見たことは無かった。でなければ、ほぼ年がら年中自分に付きっきりで勉学など教えられるはずがない。
「驚いているな、俺もそうだった。あれは息子の前では決して弱みを見せなかった。日々痩せ衰える体に鞭を打ち、顔色を誤魔化すために化粧すら施し、医師に診療してもらう金さえ息子の教育に注いだ。不思議に思わなかったのか、今までずっと優しかった父親が突然人が変わったように教鞭を振るうようになった事を」
思わなかったはずがない。学習が進まなければ叩かれ、覚えが悪ければ食事を取り上げられた。それまでそんな事をしなかったのに、父の突然の変貌に戸惑いを覚えなかったはずがない。
だがそれが全て自分を判事にさせるための教育だと知り、ローランは全てを受け入れた。父の厳しさは自分の将来を思ってのことなのだと理解したからだ。
「確かにあれはお前の将来を案じてのことだったのだろう。あれは自分の命尽きた後に取り残される息子を憂い、生きる糧として自分の持てる技能の全てをお前に託そうとしたんだ。法院合格まで二年、卒業までの二年半、そして修行を積む五年……本来とっくに尽きるはずの寿命を気力だけで保ち、十年もの間お前を見守り続けた。いずれお前が一人でも生きていけるようにとな」
余命宣告を受けた患者が実際はそれ以上の年月を生きるという事例は度々報告されている。ローランの父もまたその一人、いずれ一人孤独に生きることを強いられる息子を想って彼は気力だけで生き存えて見せたのだ。
「それがどうした! いずれ悪党に落ちる者が予定より長生きしただけ。いやむしろ、さっさと死んでいれば無様に晩節を汚すことも無かっただろうに!」
「話は最後まで聞け。あれは計算通りにお前を法院に送り、そして首席で卒業させた。もはや息子の将来は安泰、その前途は輝かしい未来が約束されたも同然だった。何もかもが父親の思い描いた絵図の通りになるはずだった」
含みを持たせた言い方をして、紫煙が吐き出される。部屋の上部に溜まった煙はそれから語る暗転の有様を暗示させるものだった。
「計算違いが二つあった」
「計算違いだと?」
「一つ、お前は父を尊敬していた。いやむしろ、依存していたと言ってもいい。たった一人の肉親、それがこんなにも我が身を想い鞭を振るってくれることを、お前は恨むどころか感謝すらしていた。それがまず第一の間違い」
父親は再び息子の将来を危惧した。子にここまで愛されるのは親としては望外の喜びだろう。だがしかし、いずれ今生の別れが待っている事を思えば、自分の死が息子の将来に影を落とすことになると危ぶんだ。その心に母が死んだ時以上の傷を刻むことになるのではと。
「そこでお前の父は一計を案じた。息子の人生から『父としての自分』を切り離すことをな」
それはつまり……。
「不思議に感じなかったのか。表向き別人が裁いた事になっているとはいえ、実の親子で裁判を執り行う……そんな不条理がまかり通ると本気で信じていたのか?」
何者かが意図してその状況を作り出したということ。
「まさか……」
「そうだ。あの裁判は仕組まれたものだったんだ、他でもないお前の父親によってな。お前の父は、お前の人生から自分を抹消しようとしていたんだ」
手塩にかけて育てた愛息子によって罪を裁かれることで、ローランの中の理想の父親像を粉々に打ち砕いた。技能の全てを教え込んだ父親を息子が裁くという因果な絵図は、その全てが作為的に仕組まれての結末だったのだ。
「計画を持ちかけられた時、俺は反対した。息子に理不尽な境遇を強いることになると、そんな因果な道を進む必要も無いと。だがあれは聞かなかった。最後には折れて、あれは予定通りに賄賂を受け取り、そして俺が訴訟した。方々に圧力をかけて裁判を非公開にし、息子のお前を判事に据えさせてな」
目論見は、大成功を収めた。ローランは肉親の情に絆されることなく父を裁き、後顧の憂いは断ち切られ判事としての道は華々しく飾られたはずだった。
「二つ目の間違いは、父親の落ちた姿を見せられた息子がどうなるのか、それを想像できなかったことだ」
父への敬愛は憎悪に変わり、その憎悪はやがて法廷に立つ全てに向けられ始めた。男も女も、子供も老人も、被告席で弁明をする全ての人間があの日の父と重なって見えるようになった。
こいつは嘘を吐いている。
こいつは罪を逃れようとしている。
こいつは自分の悪性を認めようとしない。
許せない。
許せない。
許せない。
断罪。
断罪。
断罪。
「私は父が憎い! 全ての因果を息子に背負わせ、自分は素知らぬ顔で道を外れたあの男が許せない! だから私は裁くのだッ、父のような善の皮を被った悪が存在する限り、私は……私はっ!!」
善悪など関係ない、全ての罪も不義も悪徳も、等しく我が手にこそ裁く力が宿る。
故に両断するのだ、この目に映る全ての悪を滅ぼし尽くすその日まで。
「ローラン」
紫煙に汚れた法廷に凛と響くのは、それまでずっと静観を保っていたメティトの声。
古く、アヌビスは冥界の神に祖先を見出せる。死後に冥界を訪れた魂は裁定の神が掲げる天秤に掛けられ、生前の罪の重さを計られる。魂が神の羽より重ければ悪、軽ければ善、アヌビスの眼は常に魂の真実を見抜く力が備わっている。
「もう、自身を責めるのは止めよ。貴殿はもう充分に責め苦を負っただろう」
「責める……私が、私を? この身は常に潔白、私に恥ずべき汚点など断じて無い! 自責の念など毛頭ありはしない!!」
「ならば何故、お父上の幻影に悩まされることがある? 貴殿の心は何に怯えている?」
「違う、違う……! 私は何も間違っていない、私は正しいんだ! 私は正当に悪を裁いたんだ、何も……何も負い目など……」
負い目など、疚しさなど、そんな後ろめたさなど自分には無いと信じてここまでやって来た。信じなければやって来られなかった。
信じて、信じて……信じなければいけなかったのだ。
「お父上を信じてあげられなかった事を、悔やまずとも良いのだ」
「あれは、自慢の息子だと最後まで誇っていたよ、ローラン」
信じて────……。
「ぐぅぅぅぁぁぁ、うううぁああああああぁあああああああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」
真実を信じることが出来ず憎悪で裁きを下した男の慟哭は、その叫びを耳にした者全てに深い悲しみと絶望を感じさせる悲痛なものだった。
それは父の真意を見抜けなかった我が身を呪ったものか、その善性を疑い憎悪の泥で穢した悲しみか、あるいはその両方なのか。
どちらにせよ、渦巻き濁流となった感情をぶつける相手は……もうこの世にはいない。
彼岸の魂に届けとばかりに、慟哭は法廷を揺らし続けた。
人は悲しみで死ぬ生き物である。深い悲しみはホルモンバランスを崩し、免疫力を低下させ、病に罹りやすくなる。親しい者が死んで後を追うように……というのは、あながち間違いではないのだ。
真実を知らされたローランは、まさにその状態にあった。
「ローラン殿……」
ローランは塞ぎ込んでいた。全ての仕事をキャンセルし、酒も飲まず博打も打たず、日がな一日何をするでもなくベッドに腰掛け呆然と窓の外を眺めているだけだった。
ガラス玉の瞳は何も映さない。
彼が断罪の刃を振るってこられたのは、ひとえに父に対する妄執があったからだ。それが愛憎という歪んだものであっても、それが胸の奥で燃え盛っていたからこそ彼は両断判事としてやってこれた。あたかもそれは、水を掛けられるまで燃え続ける石炭の如く。
だが、今となってはその情熱も枯れ果て、彼を突き動かすモノは無くなった。もう二度と断罪の刃は振るえなくなったのだ。
「ローラン殿、食事にしよう。昨夜から何も食べていないだろう」
「……いらない」
「そういうわけにもいかん、貴殿にはちゃんと私に教鞭を……」
「他所へ行ってくれ……私はもう、二度と法廷には立たないつもりだ」
それはつまり、判事の職を辞すということ。法の裁き、その最前線で活躍し辣腕を振るい続けたローランの、遂にその心が折れた瞬間だった。
「私はもう何のために法廷に立つのか……分からない」
全ての情熱が失われた人間とは、かくも脆いものなのか。
それが彼の下した結論ならメティトは止めるつもりは無かった。生は一本道にあらず、本人の意志で違う道を選ぶというのならそれをとやかく言うつもりは無いし、今の彼にとって法廷は悪夢の場でしかないというのは痛いほど分かっていた。
だが……。
「駄目だ。貴殿には己を教え導くという仕事が残っている。それを放棄したまま壇を降りることは、このメティトが許さない」
その手を掴みスプーンを握らせ、強引に食事を摂らせようとした。そして当然のように弾かれる食器。ガチャンと割れて四散する皿とスープが床を汚す。それはまるで今のローランの心の有り様そのままだった。
「もう、放っておいてくれ」
「…………な……」
「……?」
「甘ったれるなァァァッ!!!!」
直後、ローランは自分の視界が黒一色になり、次に目を開いて見えたのは天井だった。鼻から生温かい液体が流れ出る感触に、真正面から顔を殴られたのだと理解した。
そして視界に現れるメティトの容貌は、あの公判の時に見せた憤怒の形相だった。
「見損なったぞ、ローラン! お前はそんな軟弱者だったのか!? 自ら負った責務も果たせぬなど、恥を知れ!! お前のような奴は法の番人どころか、もはや男ですらない! 情けないっ、情けなくてお前の顔などまともに見れん!!」
「お前はそれでも私の息子か、ローラン!!」
「っ!?」
はっとなって伏した目を見開けば、窓から差し込む光を背にしたメティトがいつしか柔らかい微笑みを浮かべていた。
「と……お父上ならお怒りになるのではないか?」
「……父さん……」
思い出すのは厳しく鞭打たれた日々。青春の全てを父の期待に応えるためだけに費やした、無味乾燥で他人にはとても共感してもらえないだろう苦痛の時間。夏は手汗で手形が出来るほど机に張り付き、冬はあえて窓を開け寒さに集中力を高めながら勉学のみを追求した日々。
でも、何故だろう……。
目蓋を閉じて浮かぶ父の表情は、皆どれも笑っているものばかりだった。
「お父上のやり方は確かに短絡的だったかも知れない。だがその根底には息子に対する愛があった。見守る慈悲があった。貴殿もそれを知っていたからこそ、お父上の期待を一身に背負うことが出来たのではないか?」
ならばその思い、無駄にしてはいけない。
「…………真面目な顔して、食えない人だ。本当に父の面影を見てしまったじゃないか」
「己とて、時には羽目を外したくもなる。そんな父の面影を見出したローラン殿は、今後どうするつもりだ?」
「まだ決められない……。揺れている。今は……少し、休ませてほしい」
それだけ言い残し気を失うローランを、メティトは優しく受け止めた。鼻血を拭き傷を癒し、その身をベッドに横たえる。
「待っている……貴殿が再び法廷に立つ日を。その時はどうか、自分の良心に従ってほしい」
玉体を守護する墓守は、ローランが目覚めるまでずっとその寝顔を見守り続けていた。
「すまない、用があるので失礼させてもらう」
今日この日、ローランは仕事が終わると調書のまとめもそこそこに、とある場所へと赴いた。表に留められていた馬車に乗り、その場所へと向かう。
やがて着いた場所、そこには先客があった。
「来たか」
一人は例の商会会長。そしてもう一人は……。
「ローラン殿、花は?」
「ああ」
道中で買った花束を、花咲く丘にひっそりと建つ墓石の前に捧げた。彼の父はここに眠っている。
「聞いたぞ、いつだったかお前が担当した同じアパートの住人の再審。三年の実刑、ただし執行猶予付きか。随分と丸くなったな」
「職務をこなしているだけです」
「そうか。俺は先に馬車で待っている」
風が草を揺らす大地に残った二人は、しばらく墓石を見つめていた。ローランは父の面影を、メティトはその安らかな死に顔を、それぞれ墓石に思い描いていた。
やがて祈りにも似た沈黙が終わり、口を開いたのはメティトの方だった。
「近く、己は国元へ帰る」
「そうか」
「正式な辞令はまだだが、草案作りに己の知識は欠かせない。元よりそのつもりで王国を訪れたのだからな」
「そうだな」
「と言っても、その後も頻繁に両国を行き来することになるだろうが……貴殿と顔を合わせる機会は、失われていくだろうな」
片や街の判事、片や国政にも影響を及ぼす外交官。やるべき事をやり終えれば別れるのは当然、文字通りの意味で住む場所が違うのだ。彼女は、彼女を必要としてくれる場所へと戻らねばならない。
「死ぬわけじゃないんだ。その内、街角で偶然……という事も有り得る」
「そうだな。そうだと信じたい」
「どうしてそんな不安に思う」
「貴殿が心配だと言ったら?」
「面白いジョークだと言っておこう」
「なら、安心だ」
メティトがローランと向き合う。身長は僅かにローランが高く、至近距離で少し見上げる形になったメティトの顔に、彼は僅かに心臓が揺れ動くのを感じた。もはや見慣れたはずの褐色の肌が、何故か妙に艶かしく見えてしまう。
「その未来に幸あれ」
見つめ合って静止した一瞬、メティトが爪先で背伸びし、互いの鼻先がかすめ合い唇が触れ合った。
「……ンっ……」
「…………」
五秒か、十秒か、互いの顔を呼気が撫でなかった事を考えれば精々呼吸を止めていられる時間、その間ずっと二人はキスを交わしたまま止まった時間の中にいた。
やがて名残惜しくも温もりが離れた。再び見えたメティトの顔は心なしか赤らんでいるようにも見える。普段はピンと立っている三角耳は後ろに垂れ、背後の尻尾は大きく左右に揺れて隠すことをしない。
「軽い女と思ってくれるな……。これに深い意味はない、ただのスキンシップだっ! 断じて、そう断じて不埒な意図は無い!」
「ああ、承知している。キミがそんな女性ではないことぐらい私が知らないと思ってか?」
「なら、いい。うん……いいんだ。貴殿が迷いなく自分の選んだ道を進めるのなら、己はそれで良い。何の心配もない」
それが、彼女が胸に抱くたった一つの真実だった。
それを察したローランは、もう何も言わなかった。
「……ローラン殿、もう一度だけ」
「ああ」
二度目のキスは、最初よりも長く、そして甘かった。
一ヶ月後、メティトは本国からの命令で王国を後にした。半年という決して長くはない期間に必要な知識を詰め込み、彼女は予定通りに故郷へと帰ったのだった。
同居人が居なくなった部屋を見て、意外と広かったのだなとローランは呟いた。少なくとも彼女が自分にとっての日常に溶け込んでいたことは認めざるを得ないだろう。それが居なくなってしまい、今は少し寂しさを感じる。
風の噂で帝国が法律の草案作りに取り掛かったと聞いた。発布と施行はまだまだ先になるだろうが、その一大計画の最前線に立つアヌビスの姿を、時々夢に見るようになった。夢の中でも彼女は凛々しさを失わなかった。
不意に彼女を思う時がある。食事中、仕事の時間、眠る前、一日に一回は必ずあの顔を思い浮かべた。
次にこの国に来る時は外交官で、自分はその顔を直接見ることは無いと分かっているのに。それなのに……。
なのに、どうして……。
「ローラン殿、己の荷物はこちらでよろしいか」
何で彼女はここにいるのだろう?
「キミ……本国に帰ったんじゃないのかな?」
「無論、帰りました。ローラン殿の見送りを受けて帰国したではありませんか」
「ああ、うん。そのはずだな。いや、草案作りはどうなった?」
「引継ぎは完了している。何も心配はいらない。ああ、その荷物はそちらに」
来た時と同じ少ない手荷物だけ纏めて帰国するのを見送ってから僅か半月でメティトは戻ってきた。しかも今度は何故か大量の荷物まで一緒で、一気に部屋が手狭になってしまった。
「何故だ、法案を作るのに必要な知識は全て与えた。外交官がこんなところに来ていいはずがなかろう!」
「それが、王に話したのです」
「何をだ?」
「ローラン殿の事をです……。そうしたら、『魔界国家の重鎮ともあろう者が、好いた男一人捕らえられぬとは何たる惰弱』と罵られまして。これら家財道具一式をまとめて渡されて……」
「それはつまり……」
押し付けられた道具は全て、どの家庭にも標準装備されているクローゼットやテーブル、本棚や調理器具ばかりだった。これではまるで嫁入り道具の詰め合わせではないか。
「ああ、あとそれと、国際結婚のモデルケースを知りたいと仰せになられて、己に『一組の夫婦の生活を記録せよ』とも……」
「…………」
ここまで来ると、つまりそれは、「そういうこと」と解釈するしか無いのだろう。本人の居ないところで随分と勝手に話が進んでいる事に戸惑いと、若干の苛立ちも覚える。
「末永く、その……お願いします」
だからと言って、彼女に出て行けと言えるほど今のローランは冷たくはなかった。いやむしろ、彼女が離れていたたった半月、こんな光景をずっと夢見ていた気がする。
だからこそ、別れの時と同じように、その唇を祝福することで返事とした。
「ぱーぱー、これなぁに?」
「これはパパのパパが眠っている場所だよ」
「ほんと、まーまー?」
「ほら、お爺さまにご挨拶なさい」
「うん! じーじー、こんにちわぁー」
「父さん……俺は今、とても幸せだよ」
「お父上、ご覧になっていますか? ローランは立派に生きています」
15/12/07 10:25更新 / 毒素N
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