連載小説
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彰 イン ワンダーランド  ― 果たしてベルは人間に戻った野獣を愛することはできたか? ―
「色々とやり残したことがあるようだね・・・・」

「クッ!!」

素早くトリガーを引き、辰彦の手に収まったノースアメリカンアームズ・ミニデリンジャーから炸裂音が二度響く。
だが・・・・!。

「ばぁ〜〜〜〜!」

マッドハッターの「フリスビー三世」が道化師のようにおどけて舌を出す。下卑た男の劣情を誘うような柔らかく艶やかなその舌の上。
古典的な奇術の一つである「弾丸噛み」のように二発の22ロングライフル弾の弾頭が乗っていた。

「!」

チャッ!

間髪入れずに辰彦がハンマーを起こす。


ノースアメリカンアームズ・ミニデリンジャーは「デリンジャー」とは名ばかりの「超小型リボルバー」である。
キングサイズの紙巻たばことほぼ同じ大きさであるが、殺傷能力は「本物」である。
実際、ブラジャーに偽装したホルスターを装着した娼婦がタダマンしようとした暴漢をこのリボルバーで「去勢」した事件は有名だ。
もっともこの小型さから作動方式もハンマーを起こさないと発射できない「シングルアクション」であり、使いこなすには多少の「慣れ」というものが必要なのだが。


「パパウ パウパウ!!」

奇妙な発射音と共に彼女の口から発射された二発の弾丸はこの「ミニリボルバー」最大の弱点である、脱着式のシリンダーを的確にヒットした。

ガチャッ

トリガーが引かれ重々しいハンマーが落ちる。
発射音は、聞こえない。
フレームからシリンダーが吹き飛んでいた。

「一時期、アメリカでキティちゃんやピンク色にペイントされた銃が人気だったけど、日本じゃオモチャ代わりにデリンジャーを与えているのかな?」

ニヤニヤとフリスビー三世が笑いかける。しかし、彼女の瞳は笑ってはいない。

「辰彦様!!」

クロエが間に入り彼の為の「肉壁」となる。

「おやおや忠誠心の高い従者をお持ちのようだ。それに・・・・・」

フリスビー三世がクロエの下腹部を舐めるように見る。そこには若い、純粋で無垢な精の滾りを感じる。

「なるほど・・・身体を交えたパートナーというわけか・・・」

彼女はそう呟くと笑みを浮かべる。

「勘違いしているようだが、私は何も危害を加えるつもりはないよ。現に・・・・」

パントマイムを演じる道化師のように大振りに見得を切る。

「君達には何もしていないじゃないか?」

辰彦が牙をむく猛獣のように彼女を睨む。

「若葉さんや彰さんを返せ!!!」

二人が「不思議の国」で出会ったホルスタウロスとインキュバスの夫婦。彼らは赤の他人であるクロエと辰彦を助けてくれた。
彼らは誰よりも強かった。
だが、目の前の「フリスビー三世」のトラップにかかり、目の前の「久遠の鏡」に捕らわれてしまった。
こんな状況で彼女を信じることなどできない。
確かにフリスビー三世は辰彦達には何の手出しもしていないが、それはたまたま優先順位が低かっただけかもしれないのだ。

「そこにいる猫が喋っていたぞ!その鏡に永遠に閉じ込められているってね!!」

「君達はあの鏡を勘違いしていないかね?」

「勘違いだと!」

「そうさ。あれは何も拷問や処刑器具のような浅ましく悍ましいモノでは断じてないよ。いやドラゴンゾンビなど、自力で伴侶を得られない魔物達にとっては福音にも等しいモノだよ」

両手を祈る様に掲げる。

「魔物とて恋する女性だ。愛する伴侶との生活、それはドラゴンゾンビとて同じだ。だが現実は非常だ。出会いが無いのだよ」

「何を言っている?」

「久遠の鏡、その正体は・・・・・・」

フリスビー三世が口を閉じる。そして・・・・・・・・。

「特定魔物娘専用のマッチングアプリさ!!!!」

パリ―ン!!

シリアスな空気が霧散する。

「なにそれわからない」

もっともである。

「ドラゴンゾンビは理性が腐りきっているおかげで暴走したら手が付けられない。だからこの鏡に隔離しゆっくりと自分の心の奥底と向かい合うようにする」

ドラゴンゾンビとはドラゴンがそのプライドで伴侶を得られずにその生を終えた時、強い無念から復活した存在だ。
竜種は強靭で強大な存在だ。
その腐敗のブレスで一国を魔界化した実例すらある。

「そしてその鏡と対になる鏡をダンジョンや念入りにカバーストーリーを施した廃墟に設置する。あとは条件にあう伴侶がそれを手にする、または覗き込んだらそのまま転送される仕掛けさ」

まさに「婚活地雷」である。

「なぜそんなことをするんです!二人はあんなにも愛し合っていたのに!」

たまらずクロエが声をはさむ。

「愛し合っている、か。でもそれはあなたの意見ですね?」

禁断の煽り技「ヒロユキ構文」である。

「魔物としての生き方と人間としての生き方は大きく違う・・・・・」

一般的に魔物娘は「ラブ&ピース、そしてセクロス」がその活動原理とされている。
それに間違いはない。
しかし、特殊な魔物娘の場合は伴侶そのものを「作り替えて」しまうものもある。
当人たちにとっては「愛し合った結果」であり、誇るべきことではある。
だが人間的な思考であればそれはまるで「チョウチンアンコウのオスの末路」そのものであり、忌まわしいモノであると断じられてしまっている。

「人間のような魔物娘と魔物のような人間。くっくくく、まるで出来の悪いコメディアのようだ」

クロエの脳裏に若葉と彰の姿が浮かぶ。


人間のような自然な感情を持った「ホルスタウロス」の若葉


鬼人のような力を遠慮なく奮い二人を助けた「インキュバス」の彰


二人とも人間的で、そして・・・・・あまりにも「歪」だ。

「だからこそあの二人に久遠の鏡を使用した。あの鏡に捕らわれれば嫌がおうにも自分の気持ちと向かい合うことになる。捕らわれている間は時間は無限だからね」

「そんな・・・・そんなことをして!二人は喜ぶとでも思うの!!!!」

クロエが叫ぶ。

「二人は愛し合っていた!!なぜアナタは二人をそっとしてあげないの!!!」

「人間的だな〜〜〜。嫌いじゃないよその感情。でもね・・・・・・私達魔物はね」

フリスビー三世がクロエに目を合せる。

「人間よりも永く居られるんだよ?」

「・・・・!」

人間は精々100年ちょっとしか生きれない。だが、魔物娘は?。
彼らは人間のように財力や容姿に左右されない。伴侶を裏切ることはなく、永遠の愛に満ちた生活。
それらはあくまで「魔物」としての「力」に依るところが大きい。

では「魔物」としての在り方を否定したら?

「破綻・・・する・・・・?」

「あくまで机上の空論だ。魔物娘やその伴侶がお互いを裏切ることは絶対にない。しかし・・・・その細胞が裏切ったら?」

「ガン細胞ですか?」

静かに頷く。

「現在の遺伝子研究によれば万能細胞とガン細胞は殆ど同じだ。万能細胞によるガン治療なんて夢物語だったわけさ。そして魔物は人間と違い、その在り方は精神に重きがある」

「だから・・・・」

「あの鏡に入力したのは個々の欲望の再現。ついでに彰くんにかけたロリ化の魔法も解除した。なるべく普段と同じ状態じゃないと意味が無いからね。その中でちょっとでも魔物らしさを求めていたのなら・・・それに引きずられてより魔物らしくなる・・・・」

「でもそれは!」

クロエが口籠る。
彼女はこの議論に既に「敗北」している。
フリスビー三世はあくまで「場」を整えただけ。「選択権」は既に渡されている。
「外野」ができることなど何もないのだ。

ピリッ・・・・

幽かな、だがはっきりとした音が響く。
それは雛が自らを保護していた殻を砕く音にも似ていた。

「クロエ・・・・」

クロエが辰彦を見る。
そこに浮かぶのは「不安」。
一緒にいた若葉と彰が見た目は一緒でも中身が「変異」してしまったら?。
それは根源的な恐怖だ。
クロエに出来ることは彼をその豊満な胸で落ち着かせるだけだった。

ピリッ
ピリリィ!

「久遠の鏡」表面に幾つもの「罅」が走る。

そして・・・・。

パンッ!

鏡面から「何か」が飛び出した。
その「何か」は一組の男女だった。二人はそのまま自然に抱き合う。
まるで誰もいないかのように二人の抱擁は続いた。
二人の姿にフリスビー三世は満足していた。


若葉には自分が「魔物娘」に転化せず「人間のまま」で彰と結ばれた世界を

彰には若葉が「人間」であることを捨て、時の止まった空間である「パンデモニウム」永遠の悦楽に耽る世界を


疑似的なものであるが再現していた。
「ホルスタウロス」の若葉には「人間的な生活」は退屈であり、パンデモニウムでの悦楽の日々は彰を堕落させるには十分だ。
完璧な計画。
しかしクロエはビリビリとヒリつくような感覚を覚えていた。
それはまるで牙をむく肉食獣の間合いに入り込んだような・・・・。

若葉が彰を押し倒す。愛し合う魔物とインキュバスがすることは一つ。それは「愛に満ちた交わり」。別段おかしいことはない。
しかし。
突如、彰は自らの足裏を若葉のの腹部に当てて、押し上げるように真後ろ、フリスビー三世の向けて投げ放った。

「キェェェェェ!!!!!!!!」

高速で突っ込む般若の形相の若葉。例えるならばそれは「恐怖の人妻ミサイル」である。
そこ!「淫獄団地」を読んだね?とツッコまない!。
咄嗟にフリスビー三世が回避するが、若葉の頭に装着された魔界銀製の付け角が掠りそこから魔力が漏れ出てしまう。

「!」

ガシッ!

「へ?」

難なく背後に着地した若葉が自らの肩口にフリスビー三世の腰を乗せた。
プロレスファンならおなじみの「あの技」である。

「ちょっとぉぉぉぉぉ!」

ホルスタウロスのバカ力任せに引っこ抜くように投げる。そう、「垂直落下式バックドロップ」である。
フリスビー三世ははパイルドライバーのように頭頂部から垂直に落下。
落下した先には彰。普段は温厚な彰だが・・・・修羅と化していた。
そのまま彰は飛んできたフリスビー三世に飛びつき、前傾姿勢の相手の右肩付近から両腕ごと両腿裏を抱え込んで担ぎ上げ、その場に相手の後頭部から突き刺した。
殺人技と言われ恐れられている「スカル・ドライバー」だ。

*よい子はマネできません。大人のプロレスでもビデオ鑑賞してください。


「きゅぅ・・・・・・・」

小一時間程怒りの残虐ファイトを喰らったフリスビー三世は既にズタボロになっていた。
でも二人の怒りは収まっていなかった。
特に若葉は・・・・。

「よくも私の彰くんを汚したわね!!!彰くんはあんなキザったセリフは言わないし、何よりもブラックレザーのボンテージドレス着てで調教してなんて言わない!!」

「あれは心の奥底の願望が・・・・」

「パワーゲイッ!!!」

若葉の怒りの一撃がヒットする。

〜 そう言えば若葉って子供の頃に僕を女装させていたっけ・・・・ 〜

若葉の隠された一面に慄きつつ、彰が更にズタボロになったフリスビー三世に声を掛ける。

「このまま僕らを返してくれたら文句はない。だけど・・・・・」

彰の瞳に冷たい光が宿る。

「密室で若葉と君の二人だけの同窓会を開催することになるけど?」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

彼女は悲鳴をあげ了承した。


― 若葉と彰という嵐が過ぎ去った後の不思議の国 ―

「せんせーはおせっかいナ!」

そう言いながら、チシャ猫の「チェザーレ」は薬草の練り込まれた包帯をフリスビー三世こと、マッドハッターの「蜷川美江」の身体に巻く。

「お節介か・・・・」

わざわざ「久遠の鏡」を使ったのはひとえに若葉のためを思ったからだ。
魔物娘としての本能を理性で押さえつけることは彼女の精神に強い負荷をかける。
基本的に魔物娘に精神障害は発症しない。例え精神障害を持っていても魔物娘に転化することで完治してしまう。
では若葉の場合は?。
彼女はまだ幼い自分に過激派のテロによりホルスタウロスへと強制的に転化された。
それがいかに彼女を追い詰めたのか。
それは今も残る彼女の角ののこぎりの痕が物語っている。
故に収容された「学園」では魔物化を肯定できるように、「魔物化しても人間と同じ生活が送れること」を中心にカリキュラムが組まれた。そのことは追い詰められた彼女を救うことに繋がった。
ただ・・・・。

「なぁ・・・・チェザーレ。君の目から見て彰さんはどう見える?」

「どおって・・・普通にしか見えないナ」

「そうか・・・・・」

元精神科医である彼女には直ぐにその病根がわかった。
若葉が人間的な感情を維持できるのは、彼女の全てを肯定する存在 ― 彰 ― がいるからだ。
彰が悪いとは言わない。
ただ、精神の病は非常にデリケートだ。愛情が束縛や依存を生むこともある。
彼の場合は無意識に若葉に「人間」として生きて欲しいと考えている。
打算もなく心の底から。
だからこそ根深い。
久遠の鏡を使い、穏便に精神の魔物化を図ろうとしたがそれすら跳ね返してしまう。
もとより久遠の鏡は伴侶を求める強い想いがトリガーになる。
結ばれ魂が一つになっている彼らに使うには少々荷が重かったのかもしれない。

「正気と狂気が紙一重のように、彼らの愛情も・・・・・・」

ここまで来たのだ。
例え二人の前途に壁があって、それに打ちのめされたとしても彼らは乗り越えていくだろう。
願わくばその未来に希望を・・・。

「でもせんせー、これどうするナ?」

思いっ切り破壊された城内。
帰って来るまでに直さなければ「赤の女王」からのオシオキという名の「処刑」が待っているだろう。
自分が撒いた種とはいえ今更ながらに頭痛が響いてきた。




― 彰と若葉の住居 ―

「ええすみません。今回はキャンセルで・・・。ええ申し訳ありません」

あの後二人はポータルを使って戻ってきた。
旅立って五分も経っていなかったが、さすがに何処にも行く気はなかった。

「どっと疲れたね・・」

「若葉そうだね・・・・」

不意に彰の身体を柔らかな感触が包み込んだ。

「若葉」

「あのクソキノコのおかげで散々だったけど・・・」

ギュッと若葉が彰を抱きしめる。

「来年も、その先も、ずっと一緒にいようね」

「ああ」

そう言うと彰は若葉と唇を重ねた。




― 不思議の国 ―

その森の奥に立つ真新しい一軒家。
一組の男女が絡み合っていた。
クロエと辰彦だ。

「クロエ・・・顔を見せて」

辰彦の手が自らの顔を隠すクロエの手を開く。

「辰彦様、私はもう女の盛りが過ぎた醜女ですよ。そんな・・・」

クロエが言い終わらない内に辰彦の唇が塞ぐ。

「!」

彼の舌が彼女の舌と絡み合う。
性欲のはけ口としてのセックスではない、本当の愛に満ちた交わり。
いくら男に抱かれても感じなかった快楽をクロエの身体を貫く。

プッシャァァァァァァァ!!!

「見、見ないで!」

クロエが身体を屈める。

「恥ずかしがらないで。きれいだよクロエ」

辰彦はその豊満な乳房に舌を這わせながら再びクロエに重なりあった。

二人は帰らなかった。
向こうの世界では二人は結ばれなかったからだ。
ここには二人を阻むことは無い。
だがクロエは思う。
この世界にいればいずれは自分も魔物へと転化してしまうだろう。
そうしたら・・・・。
辰彦は今と同じく愛してくれるのだろうか、と。

「「「「「「「・・・・・・・いいなぁ」」」」」」」

クロエの疑念をよそに、彼らの営みは不思議の国の魔物娘の面々が覗いていた。
不思議の国にプライバシーは無きに等しい。
そのことを知ったクロエが恥ずかしさのあまり引きこもったり、羞恥プレイに目覚めた辰彦が青姦マニアになったりといった事があるが「不思議の国」ではノープロブレムである。















22/08/27 14:46更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
艦これイベント開始ギリギリで更新出来た!!!
お待たせして申し訳ありません。
次ぎは短編でお会いしましょう。

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