彰 イン ワンダーランド − 彼女の想い出 −
「キサマら僕を誰だと思っている!!!」
打ち捨てられ廃墟同然の倉庫に高い少年の声が響く。見ると身なりのいい少年を屈強な男が拘束している。手や足を振り回すが、少年の体躯では男を退けるには至らない。
「ええ。知っていますよ霧生院辰彦様?」
男に辰彦と呼ばれた少年の顔が青ざめる。
彼を霧生会の会長の息子であると知っていて誘拐するとなると、自殺志願のイカレではない限り彼を誘拐することのデメリットよりも、誘拐から得られるメリットを優先したことになる。
即ち、彼らは「プロ」ということになる。
「おやおや、勘違いしないでいただきたい。指示したのは霧生院護之助様。貴方の御父上ですよ?」
男がさも当然のように辰彦に語り掛ける。
「なら直ぐに僕を離せ!」
「ええ、直ぐに離しますよ。楽しいショーを見てからね。・・・・連れて来い!」
暗がりから別の男に引きずられ女性的なシルエットが浮かびあがる。
輝くような銀の髪
白磁のように透き通るような白い肌
やや肉感的な肢体
「クロエ!!」
辰彦が叫ぶ。
そこには手を荒縄で縛られた彼の家庭教師であるクロエが引き立てられていた。
「辰彦坊ちゃま・・・・」
クロエが絞り出すような弱弱しい声をあげる。
「御父上様からはもうあの女を愛する気もなくなるよう、貴方様の目の前で滅茶苦茶に犯せと言われているのでね。やれ」
ビリィィィィィ
「嫌ァァァァ!」
彼女を引きずり出した屈強な男がクロエの服を強引に引き裂く。辰彦の目にクロエの年相応の控えめなレースが施されたブラとショーツが露わになった。
「感謝してよね。アンタみたいなババア相手にチンポ立ててやってんだから」
下卑た笑いを浮かべながら男の手がクロエのショーツにかかった。その瞬間だった。
バァン!
炸裂音と共に、辰彦を拘束していた男が肩を押さえてその場に蹲った。肩を押さえる手の隙間から鮮血が迸っている。
「何を・・・!」
辰彦の手にあったもの。
丹念に施された彫刻とその小ささから、アクセサリーまたはおもちゃのようにも見える「銃」から青白い硝煙がゆっくりとたなびいていた。
ー ノースアメリカンアームズ・ミニデリンジャー −
二連発の小型護身拳銃の代名詞である「デリンジャー」と名がつくが、その実態は超小型のシングルアクションリボルバーだ。
キングサイズの紙巻タバコとさほど違わない大きさながら、狩猟や護身用に用いられる22ロングライフル弾を5発発射できる。
22ロングライフル弾は反動も弱く子供や女性でも難なく撃てるが、その威力は人一人殺すには問題ない。
これは彼の叔父が辰彦に「誕生日プレゼント」として与えたものだ。父親である護之助が知らなくてもおかしくない。
「へへ・・・、坊ちゃん危ないおもちゃを捨ててくださいよ」
男が辰彦に手を伸ばそうとした。
「動くな!!」
ガチッ
辰彦は素早くウィークハンドである左手を銃に被せるようにしてハンマーを起す。この銃はその小ささから安全の為片手でハンマーを起こしずらい構造になっているからだ。
「クロエを離せ!早く!!」
男が身体をよけると、クロエが辰彦の元に駆け寄る。
懐から小型のナイフを取り出して彼女の手の縄を切ると、引き裂かれた衣服の代わりに着ていた上着を渡した。サイズは合わないが、少なくても彼女の身体を覆うくらいにはなるだろう。
「追ってきたら撃つ。わかったな?」
辰彦がボスの息子である以上、彼らにできることはない。
自分の息子が家庭教師にうつつを抜かすのが我慢できなくて、目の前で犯せと命令するような父親だ。
此方でも銃はあるが、それで応戦でもしようものなら自分たちの逸物を麻酔無しでペンチで引き抜くことくらいはするだろう。
「さっさと行けよフリークス(化け物)が!!!」
男の声が空虚な倉庫に響いた。
あの日、彰くんとグランマに連れられて私は「学園」にたどり着いた。
「学園」では私と同じような牛さんのような角やしっぽを持った女の人達がいた。
女の人達は皆笑顔だった。
ー もう・・・明日におびえなくていい −
ー 病院のベットから出てみんなと一緒に遊べる −
幼い私にはまだよくわからなかった。だから私は見るものすべてに怯えた。
顔をあげると彰くんが私を見ていた。角を切り落とそうとした私の手からのこぎりを払いのけた拍子に、傷つけてしまった指は丹念に処置され包帯を巻かれている。
「大丈夫だよ若葉」
彰くんは私を抱きしめてそう言ってくれた。
私達はこの「学園」の広い体育館のような場所に集められていた。
壇上では幼稚園児くらいの角の生えた子がマイクの前に立っている。
「皆、突然のことで混乱しておると思う。じゃが暫し儂の話を聞いて欲しいのじゃ。儂はバフォメットのジル・バーンウッド。この学園の学園長を拝命しておる」
学芸会の発表みたいに見ようによっては微笑ましい光景だが、ジルと名乗った「魔物」は威厳を持ってその場に立っていた。
「まずは謝らせてほしい。お主らは我らの同胞の手により魔物と化してしまった。それにより病より立ち直った者もいるだろう。しかし、誰もが望んでそうなったわけではない・・・」
ジルと名乗った少女が頭を下げた。
「本当に済まない。怒りや憎しみをぶつけてもらっても構わない。だがどんなことがあっても儂はお主達を見捨てない!全力でお主たちを支援させてもらう!」
こうして私は「人間」若葉響から「ホルスタウロス」若葉響として生きていくことになった。
「学園」での生活は不満はなかった。
ごはんは美味しかったし、「学園」の先生も優しくてお父さんもお母さん、そして彰くんも「学園」に来てくれる。
でも、私はまだ受け入れられなかった。
自分がもう「人間」じゃないって・・・。
ほかのみんなに聞いても
ー 悪いけど私は人間だった頃はいい思い出なんてないの −
ー ねぇ、貴方に毎晩毎晩寝る前に明日も起きれるよう、神様にお願いする気持ちってわかる? −
ー ごめんね意地悪だったわね −
みんな自分が変わったことを受け入れていた。
「どうしたのじゃ若葉?」
「ジル先生・・・」
私はジル先生に自分の気持ちを伝えた。
「若葉、お主の気持ちは全然間違っておらぬ。じゃからお主の気持ちを儂は否定せぬ」
「先生?」
「お主はまだ若い。そして素直じゃ。お主は確かに魔物に変わった。それは覆せない事実じゃ」
そういうとジル先生はしばし遠くを見るような眼をした。
「儂も人からもそして同族からも忌み嫌われる化け物じゃった。じゃが、こうして変わることができた」
「・・・・」
「魔物が人間として生きてはいけぬという法はない。お主は可能性がある。無限の可能性がな」
そう言うとジル先生は柔らかな毛に包まれた手で私の頭を撫でてくれた。
「君が若葉くんだね?」
私が「学園」に来て半年ほど経ったころだ。
「貴方は・・・?」
「これは然り。私はマッドハッターのフリスビー三世。以後お見知りおきを」
私の印象ははっきり言って「胡散臭い」だった。
「こうして会えたのも何かの縁だ。君をお茶会に招待したいのだが?」
若葉も幼いとはいえ、それなりに分別を持っている。
明らかに不審者の行動そのものではあるが、しかし「学園」で学んだ魔物娘の特性が彼女の警戒心を麻痺させた。
「そうして、私をワーシープの羽毛製のクッションに座らせミルクティー用のミルクを絞ろうとしたんだったよね!この糞キノコは!!!」
ギュッ!
若葉が分身体の首に巻いた紐を引く。
「そ、それはあの年齢であの胸を見たらつい・・・」
「つい、ねぇ・・・・。なら、つい燃やしてもいいよね?」
「それをしたら城に行け・・・」
「まぁまぁ、とりあえず今は城に行くことを優先しないと」
若葉とフリスビー三世との因縁については分かったが、このままでは埒があかない。
二人と一体はこの「不思議の国」の中央に向かって行っていた。
チェシャ猫のチェザーレの話によれば、この「不思議の国」は生粋のリリムであり「オリジナル」の「アリス」である、「ハートの女王」の魔力で生み出された世界だ。だからこそ、世界の中心には彼女の居城が存在している。
もっともハートの女王は王魔界へ里帰り(お小遣いの催促)しているとのことだが。
それでも「不思議の国」が崩壊しないのはそこに住む魔物や夫婦が発散する魔力や精により、「不思議の国」自体がある種の永久機関として完成しているからに他ならない。
「しかしなんで君は僕らを不思議の国に連れてきたんだい?」
「それはだね。君たちもうすうす気が付いているのだろ?飽きてきたって・・・イテッ!」
若葉がシュミクラを抓る。
「何言ってんだよこの糞キノコが!!!」
「夫婦仲のことじゃなくて!!アッチの世界に飽きてきたんじゃないかって・・・イテテ」
門の向こうの国こと「日本」は魔物娘を受け入れ「外地」とも国交がある。当然、若葉のように望まずに「魔物化」してしまった場合でも手厚いサポートが受けられる。
だが、忘れてはならないのは「日本」は「魔界」ではないということだ。
魔物を受け入れても国家としての主体は「人間」だ。
彼女達と契りを交わし夫婦となり「インキュバス」へと変じてもその「在り方」は変わらないとされる。
しかし、全ての欲求を受け止めてくれる存在を得てしまうと人間はそれを優先としてしまう。
故に、魔物夫婦の多くがやがて「日本」から「外地」へ移住することも多い。この世界は「愛し合う」には狭いのだ。
「つまりは気分転換、ということかい?」
分身体が勢いよく首を縦に振る。
以前、若葉とドラゴニアへ二回目の「新婚旅行」へ出かけたことがある。
その時、ふと思ったことがある。
今ではない、いずれは仕事を辞めて若葉と二人で「外地」へと移住することを・・・・。
「じゃあ、なんで彰くんを女体化させたのかな?」
そうなのだ。
今の彰は怪しげなミルクティーの影響で女体化している。
水色のエプロンドレスに目の覚めるような金髪。まるでディズニー映画の「不思議の国のアリス」のアリスそっくりだ。唯一、目の色だけは違うが。
「それはもちろん面白・・・・イテテテッ!!!!」
「ア・イ・ア・ン・クロ―!!!!!!!!!!!!!!」
若葉渾身のアイアンクローが炸裂する。
「そうは言っても結構嬉しがっていたくせに!!」
「う・る・さ・い!!!!」
ギュウウゥゥゥゥ・・・・
「チェザーレに託けた荷物には髪を梳くだけで髪型を変えることができる魔法の櫛が・・・」
「うッ!」
若葉の手が止まる。
さて諸兄も知っておられるとおり、若葉は幼少のころ彰を着せ替え人形としてドレスを無理矢理着せていた前科がある。
そんな彼女がこんな「オモチャ」の事を聞いてしまったら・・・。
「やっぱり、王道のロングもいいけどやっぱりショートボブも・・・リクエストもあったし」
若葉が少々アブないトリップした瞬間、分身体はその身を捩り万力のように締め付ける若葉の手から逃げ出した。
「嘘だよーーーーーーーーーーー」
ドップラー効果を出しながら分身体は森の奥に消える。
「チッ!」
若葉が舌打ちする。
「これで彰くんもわかったでしょ。アイツは根っからの詐欺師だって!!」
それは若葉がアブない妄想に浸っていたからだろッ!と、思うが口には出さない。
夫婦円満の秘訣は相手を立てること。これは魔界人界問わず世界の心理である。
「案内役はいなくなったけど・・・」
見上げると、森の奥に特徴的な尖塔が見えた。
「「シンデレ〇城?」」
・・・諸事情により伏せ文字なのは許していただきたい。
「他に城のような建物は無いし恐らくはあの城がハートの女王の城だろう」
案内役(サンドバックとも言うが)が逃げ出してしまったが、幸いにも目的地の近くだったらしい。森の木々を縫って城が二人を見下ろしていた。
某ネズミの国のシンデレラ城にも見えるが、ピンクとハートがあしらわれたソレは、城というよりは特大のウェディングケーキにも見える。
案外、本当にケーキなもかもしれない。なぜなら、ここはリリムでもある「ハートの女王」の意志が反映された世界。彼女がそう「固定」すれば魔物であっても容易くその姿を変えてしまう。
ここに来る道すがら出会った煙草屋の店主をしていた「ワンダーワーム」もその先祖がハートの女王の「おやつ」を食べてしまったばかりに羽化できないよう「固定」されてしまった。もっとも「固定」は新たな存在にシフトするだけで、特に嘆き悲しむことなく受け入れていたのだが。
そんな厄介な存在である「ハートの女王」は現在は不思議の国を離れている。あとは城にいるフリスビー三世と「お話」をたっぷりして、元の世界に帰還すればいい。だけだった・・・・。
ダァンッッッ・・・!
静かな森に耳をつんざくような音が響いた。
「これって・・・・!」
銃というものが身近ではない日本ではまず聞く機会のない「銃声」が轟いていた。
よく知られているが魔物に銃弾は効かない。
それは魔物から発する魔力がバリアーのように弾いてしまうからだ。だからこそ魔界銀製の武器が必要になる。
身体能力に勝る魔物娘が銃を使うことはあまりない。とすれば・・・・。
「誰かが襲われている!!」
若葉と彰は銃声の響いた方向へと向かった。
「このッ!お坊ちゃまを離せ!!!!」
クロエの手にあったノースアメリカンアームズ・ミニデリンジャーが再度吠えるが、魔物相手に護身用の22ロングライフル弾はあまりにも心もとない。
「軽いねこれ。ああ軽すぎるわこれ」
銃口の先にいる「ソレ」は弾丸が当たったところを軽くはたく。
「なッ、確かに命中したのに!!」
バシィッ!
「クッ!」
伸びてきた触手が彼女の手から唯一の武器ははたき落とす。
「クロエ!!!!」
少年が異形の手から逃れようとするが、彼の力ではまるでセメントで固められたようにビクともしない。
「おやおやイキがいいねぇ。ジャバウォックのオルツィ様から逃げようとするなんてさぁ」
ー ジャバウォック −
不思議の国固有の竜種であり、元来もつ竜種の高慢さを見たハートの女王がプライドの根源である「竜としての圧倒的な強さ」を「他者を凌駕する淫乱さ」へと挿げ替えることにより生み出された存在である。
不思議の国の番人であり独身のジャバウォックなら、侵入者が女性や魔物娘ならあえて負けるが、男性でしかも好みであったのなら竜種としての強さでねじ伏せて棲家へと連れ込んでしまう。
まさに「不思議の国のハイエース」である。
彼女の「触手」がヌラヌラと光る舌で少年の頬を舐める。
「ヒッ」
少年が悲鳴をあげる。
「お手付きで非童貞なのは悔しいがなかなかイイ声じゃない。濡れてきたわぁ」
クロエが痛む手をおさえながら憎しみを込めてオルツイを睨みつける。
「おや?まさかお前の男かい?じゃないよな。だってお前・・・」
慢心とは常に勝利の傍らに横たわる。傲慢さが仇となった。
「だっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ゴシュッ!!!
頭上から飛来した若葉の踵がオルツイの脳天を直撃した。
「キサマァ!!ドコから・・・・ッ!」
すぐさま彰が組み付きその自由を奪う。オルツイは唯一自由に動かせる二本の触手で障害を排除しようとした。
それこそが二人の狙いだった。
「ありがとう。縄を準備してくれて!」
力に勝る若葉が二つの凶悪な触手を掴みそれをオルツイの身体に巻き付けて締め上げる。まさに自縄自縛である。
「苦ッ!離せ!!糞ッ!!!!」
「はいはいこれでも咥えてね」
若葉が余った触手を猿轡のようにオルツイの口にねじ込む。これでは喰らっただけで発情してしまう桃色のブレスを吐くこともできない。
そこ!セルフフェラと言わない。あ、でもゲイザーたんの触手セルフフェラなら見たいかも。
「怪我はないかい?」
「ええ。ありがとうございます。貴方達は一体・・・?」
少年が恐る恐る若葉と彰に声をかけた。
「僕は彰で彼女は妻の若葉だ。若葉は魔物だけど僕の妻だから心配はいらないよ。僕らも不思議の国に連れ込まれた口さ」
「僕は辰彦です。危ないところを助けていただきありがとうございました」
少年は彰に頭を下げた。
「お坊ちゃまを助けてくださり有難うございました」
クロエは若葉に謝意を述べる。
「私はお坊ちゃまの家庭教師をしております、葛城クロエと申します」
そう言うとクロエは優雅な仕草で会釈をする。
「困ったときはお互い様ですよ」
若葉は笑顔を見せた。
「おばあちゃん」
色の抜けた銀色の白髪
女性的ではあるがやや脂のついた身体
若かりし頃は美女であっただろう面立ち
そこには齢50を過ぎたBBAがいた。
打ち捨てられ廃墟同然の倉庫に高い少年の声が響く。見ると身なりのいい少年を屈強な男が拘束している。手や足を振り回すが、少年の体躯では男を退けるには至らない。
「ええ。知っていますよ霧生院辰彦様?」
男に辰彦と呼ばれた少年の顔が青ざめる。
彼を霧生会の会長の息子であると知っていて誘拐するとなると、自殺志願のイカレではない限り彼を誘拐することのデメリットよりも、誘拐から得られるメリットを優先したことになる。
即ち、彼らは「プロ」ということになる。
「おやおや、勘違いしないでいただきたい。指示したのは霧生院護之助様。貴方の御父上ですよ?」
男がさも当然のように辰彦に語り掛ける。
「なら直ぐに僕を離せ!」
「ええ、直ぐに離しますよ。楽しいショーを見てからね。・・・・連れて来い!」
暗がりから別の男に引きずられ女性的なシルエットが浮かびあがる。
輝くような銀の髪
白磁のように透き通るような白い肌
やや肉感的な肢体
「クロエ!!」
辰彦が叫ぶ。
そこには手を荒縄で縛られた彼の家庭教師であるクロエが引き立てられていた。
「辰彦坊ちゃま・・・・」
クロエが絞り出すような弱弱しい声をあげる。
「御父上様からはもうあの女を愛する気もなくなるよう、貴方様の目の前で滅茶苦茶に犯せと言われているのでね。やれ」
ビリィィィィィ
「嫌ァァァァ!」
彼女を引きずり出した屈強な男がクロエの服を強引に引き裂く。辰彦の目にクロエの年相応の控えめなレースが施されたブラとショーツが露わになった。
「感謝してよね。アンタみたいなババア相手にチンポ立ててやってんだから」
下卑た笑いを浮かべながら男の手がクロエのショーツにかかった。その瞬間だった。
バァン!
炸裂音と共に、辰彦を拘束していた男が肩を押さえてその場に蹲った。肩を押さえる手の隙間から鮮血が迸っている。
「何を・・・!」
辰彦の手にあったもの。
丹念に施された彫刻とその小ささから、アクセサリーまたはおもちゃのようにも見える「銃」から青白い硝煙がゆっくりとたなびいていた。
ー ノースアメリカンアームズ・ミニデリンジャー −
二連発の小型護身拳銃の代名詞である「デリンジャー」と名がつくが、その実態は超小型のシングルアクションリボルバーだ。
キングサイズの紙巻タバコとさほど違わない大きさながら、狩猟や護身用に用いられる22ロングライフル弾を5発発射できる。
22ロングライフル弾は反動も弱く子供や女性でも難なく撃てるが、その威力は人一人殺すには問題ない。
これは彼の叔父が辰彦に「誕生日プレゼント」として与えたものだ。父親である護之助が知らなくてもおかしくない。
「へへ・・・、坊ちゃん危ないおもちゃを捨ててくださいよ」
男が辰彦に手を伸ばそうとした。
「動くな!!」
ガチッ
辰彦は素早くウィークハンドである左手を銃に被せるようにしてハンマーを起す。この銃はその小ささから安全の為片手でハンマーを起こしずらい構造になっているからだ。
「クロエを離せ!早く!!」
男が身体をよけると、クロエが辰彦の元に駆け寄る。
懐から小型のナイフを取り出して彼女の手の縄を切ると、引き裂かれた衣服の代わりに着ていた上着を渡した。サイズは合わないが、少なくても彼女の身体を覆うくらいにはなるだろう。
「追ってきたら撃つ。わかったな?」
辰彦がボスの息子である以上、彼らにできることはない。
自分の息子が家庭教師にうつつを抜かすのが我慢できなくて、目の前で犯せと命令するような父親だ。
此方でも銃はあるが、それで応戦でもしようものなら自分たちの逸物を麻酔無しでペンチで引き抜くことくらいはするだろう。
「さっさと行けよフリークス(化け物)が!!!」
男の声が空虚な倉庫に響いた。
あの日、彰くんとグランマに連れられて私は「学園」にたどり着いた。
「学園」では私と同じような牛さんのような角やしっぽを持った女の人達がいた。
女の人達は皆笑顔だった。
ー もう・・・明日におびえなくていい −
ー 病院のベットから出てみんなと一緒に遊べる −
幼い私にはまだよくわからなかった。だから私は見るものすべてに怯えた。
顔をあげると彰くんが私を見ていた。角を切り落とそうとした私の手からのこぎりを払いのけた拍子に、傷つけてしまった指は丹念に処置され包帯を巻かれている。
「大丈夫だよ若葉」
彰くんは私を抱きしめてそう言ってくれた。
私達はこの「学園」の広い体育館のような場所に集められていた。
壇上では幼稚園児くらいの角の生えた子がマイクの前に立っている。
「皆、突然のことで混乱しておると思う。じゃが暫し儂の話を聞いて欲しいのじゃ。儂はバフォメットのジル・バーンウッド。この学園の学園長を拝命しておる」
学芸会の発表みたいに見ようによっては微笑ましい光景だが、ジルと名乗った「魔物」は威厳を持ってその場に立っていた。
「まずは謝らせてほしい。お主らは我らの同胞の手により魔物と化してしまった。それにより病より立ち直った者もいるだろう。しかし、誰もが望んでそうなったわけではない・・・」
ジルと名乗った少女が頭を下げた。
「本当に済まない。怒りや憎しみをぶつけてもらっても構わない。だがどんなことがあっても儂はお主達を見捨てない!全力でお主たちを支援させてもらう!」
こうして私は「人間」若葉響から「ホルスタウロス」若葉響として生きていくことになった。
「学園」での生活は不満はなかった。
ごはんは美味しかったし、「学園」の先生も優しくてお父さんもお母さん、そして彰くんも「学園」に来てくれる。
でも、私はまだ受け入れられなかった。
自分がもう「人間」じゃないって・・・。
ほかのみんなに聞いても
ー 悪いけど私は人間だった頃はいい思い出なんてないの −
ー ねぇ、貴方に毎晩毎晩寝る前に明日も起きれるよう、神様にお願いする気持ちってわかる? −
ー ごめんね意地悪だったわね −
みんな自分が変わったことを受け入れていた。
「どうしたのじゃ若葉?」
「ジル先生・・・」
私はジル先生に自分の気持ちを伝えた。
「若葉、お主の気持ちは全然間違っておらぬ。じゃからお主の気持ちを儂は否定せぬ」
「先生?」
「お主はまだ若い。そして素直じゃ。お主は確かに魔物に変わった。それは覆せない事実じゃ」
そういうとジル先生はしばし遠くを見るような眼をした。
「儂も人からもそして同族からも忌み嫌われる化け物じゃった。じゃが、こうして変わることができた」
「・・・・」
「魔物が人間として生きてはいけぬという法はない。お主は可能性がある。無限の可能性がな」
そう言うとジル先生は柔らかな毛に包まれた手で私の頭を撫でてくれた。
「君が若葉くんだね?」
私が「学園」に来て半年ほど経ったころだ。
「貴方は・・・?」
「これは然り。私はマッドハッターのフリスビー三世。以後お見知りおきを」
私の印象ははっきり言って「胡散臭い」だった。
「こうして会えたのも何かの縁だ。君をお茶会に招待したいのだが?」
若葉も幼いとはいえ、それなりに分別を持っている。
明らかに不審者の行動そのものではあるが、しかし「学園」で学んだ魔物娘の特性が彼女の警戒心を麻痺させた。
「そうして、私をワーシープの羽毛製のクッションに座らせミルクティー用のミルクを絞ろうとしたんだったよね!この糞キノコは!!!」
ギュッ!
若葉が分身体の首に巻いた紐を引く。
「そ、それはあの年齢であの胸を見たらつい・・・」
「つい、ねぇ・・・・。なら、つい燃やしてもいいよね?」
「それをしたら城に行け・・・」
「まぁまぁ、とりあえず今は城に行くことを優先しないと」
若葉とフリスビー三世との因縁については分かったが、このままでは埒があかない。
二人と一体はこの「不思議の国」の中央に向かって行っていた。
チェシャ猫のチェザーレの話によれば、この「不思議の国」は生粋のリリムであり「オリジナル」の「アリス」である、「ハートの女王」の魔力で生み出された世界だ。だからこそ、世界の中心には彼女の居城が存在している。
もっともハートの女王は王魔界へ里帰り(お小遣いの催促)しているとのことだが。
それでも「不思議の国」が崩壊しないのはそこに住む魔物や夫婦が発散する魔力や精により、「不思議の国」自体がある種の永久機関として完成しているからに他ならない。
「しかしなんで君は僕らを不思議の国に連れてきたんだい?」
「それはだね。君たちもうすうす気が付いているのだろ?飽きてきたって・・・イテッ!」
若葉がシュミクラを抓る。
「何言ってんだよこの糞キノコが!!!」
「夫婦仲のことじゃなくて!!アッチの世界に飽きてきたんじゃないかって・・・イテテ」
門の向こうの国こと「日本」は魔物娘を受け入れ「外地」とも国交がある。当然、若葉のように望まずに「魔物化」してしまった場合でも手厚いサポートが受けられる。
だが、忘れてはならないのは「日本」は「魔界」ではないということだ。
魔物を受け入れても国家としての主体は「人間」だ。
彼女達と契りを交わし夫婦となり「インキュバス」へと変じてもその「在り方」は変わらないとされる。
しかし、全ての欲求を受け止めてくれる存在を得てしまうと人間はそれを優先としてしまう。
故に、魔物夫婦の多くがやがて「日本」から「外地」へ移住することも多い。この世界は「愛し合う」には狭いのだ。
「つまりは気分転換、ということかい?」
分身体が勢いよく首を縦に振る。
以前、若葉とドラゴニアへ二回目の「新婚旅行」へ出かけたことがある。
その時、ふと思ったことがある。
今ではない、いずれは仕事を辞めて若葉と二人で「外地」へと移住することを・・・・。
「じゃあ、なんで彰くんを女体化させたのかな?」
そうなのだ。
今の彰は怪しげなミルクティーの影響で女体化している。
水色のエプロンドレスに目の覚めるような金髪。まるでディズニー映画の「不思議の国のアリス」のアリスそっくりだ。唯一、目の色だけは違うが。
「それはもちろん面白・・・・イテテテッ!!!!」
「ア・イ・ア・ン・クロ―!!!!!!!!!!!!!!」
若葉渾身のアイアンクローが炸裂する。
「そうは言っても結構嬉しがっていたくせに!!」
「う・る・さ・い!!!!」
ギュウウゥゥゥゥ・・・・
「チェザーレに託けた荷物には髪を梳くだけで髪型を変えることができる魔法の櫛が・・・」
「うッ!」
若葉の手が止まる。
さて諸兄も知っておられるとおり、若葉は幼少のころ彰を着せ替え人形としてドレスを無理矢理着せていた前科がある。
そんな彼女がこんな「オモチャ」の事を聞いてしまったら・・・。
「やっぱり、王道のロングもいいけどやっぱりショートボブも・・・リクエストもあったし」
若葉が少々アブないトリップした瞬間、分身体はその身を捩り万力のように締め付ける若葉の手から逃げ出した。
「嘘だよーーーーーーーーーーー」
ドップラー効果を出しながら分身体は森の奥に消える。
「チッ!」
若葉が舌打ちする。
「これで彰くんもわかったでしょ。アイツは根っからの詐欺師だって!!」
それは若葉がアブない妄想に浸っていたからだろッ!と、思うが口には出さない。
夫婦円満の秘訣は相手を立てること。これは魔界人界問わず世界の心理である。
「案内役はいなくなったけど・・・」
見上げると、森の奥に特徴的な尖塔が見えた。
「「シンデレ〇城?」」
・・・諸事情により伏せ文字なのは許していただきたい。
「他に城のような建物は無いし恐らくはあの城がハートの女王の城だろう」
案内役(サンドバックとも言うが)が逃げ出してしまったが、幸いにも目的地の近くだったらしい。森の木々を縫って城が二人を見下ろしていた。
某ネズミの国のシンデレラ城にも見えるが、ピンクとハートがあしらわれたソレは、城というよりは特大のウェディングケーキにも見える。
案外、本当にケーキなもかもしれない。なぜなら、ここはリリムでもある「ハートの女王」の意志が反映された世界。彼女がそう「固定」すれば魔物であっても容易くその姿を変えてしまう。
ここに来る道すがら出会った煙草屋の店主をしていた「ワンダーワーム」もその先祖がハートの女王の「おやつ」を食べてしまったばかりに羽化できないよう「固定」されてしまった。もっとも「固定」は新たな存在にシフトするだけで、特に嘆き悲しむことなく受け入れていたのだが。
そんな厄介な存在である「ハートの女王」は現在は不思議の国を離れている。あとは城にいるフリスビー三世と「お話」をたっぷりして、元の世界に帰還すればいい。だけだった・・・・。
ダァンッッッ・・・!
静かな森に耳をつんざくような音が響いた。
「これって・・・・!」
銃というものが身近ではない日本ではまず聞く機会のない「銃声」が轟いていた。
よく知られているが魔物に銃弾は効かない。
それは魔物から発する魔力がバリアーのように弾いてしまうからだ。だからこそ魔界銀製の武器が必要になる。
身体能力に勝る魔物娘が銃を使うことはあまりない。とすれば・・・・。
「誰かが襲われている!!」
若葉と彰は銃声の響いた方向へと向かった。
「このッ!お坊ちゃまを離せ!!!!」
クロエの手にあったノースアメリカンアームズ・ミニデリンジャーが再度吠えるが、魔物相手に護身用の22ロングライフル弾はあまりにも心もとない。
「軽いねこれ。ああ軽すぎるわこれ」
銃口の先にいる「ソレ」は弾丸が当たったところを軽くはたく。
「なッ、確かに命中したのに!!」
バシィッ!
「クッ!」
伸びてきた触手が彼女の手から唯一の武器ははたき落とす。
「クロエ!!!!」
少年が異形の手から逃れようとするが、彼の力ではまるでセメントで固められたようにビクともしない。
「おやおやイキがいいねぇ。ジャバウォックのオルツィ様から逃げようとするなんてさぁ」
ー ジャバウォック −
不思議の国固有の竜種であり、元来もつ竜種の高慢さを見たハートの女王がプライドの根源である「竜としての圧倒的な強さ」を「他者を凌駕する淫乱さ」へと挿げ替えることにより生み出された存在である。
不思議の国の番人であり独身のジャバウォックなら、侵入者が女性や魔物娘ならあえて負けるが、男性でしかも好みであったのなら竜種としての強さでねじ伏せて棲家へと連れ込んでしまう。
まさに「不思議の国のハイエース」である。
彼女の「触手」がヌラヌラと光る舌で少年の頬を舐める。
「ヒッ」
少年が悲鳴をあげる。
「お手付きで非童貞なのは悔しいがなかなかイイ声じゃない。濡れてきたわぁ」
クロエが痛む手をおさえながら憎しみを込めてオルツイを睨みつける。
「おや?まさかお前の男かい?じゃないよな。だってお前・・・」
慢心とは常に勝利の傍らに横たわる。傲慢さが仇となった。
「だっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ゴシュッ!!!
頭上から飛来した若葉の踵がオルツイの脳天を直撃した。
「キサマァ!!ドコから・・・・ッ!」
すぐさま彰が組み付きその自由を奪う。オルツイは唯一自由に動かせる二本の触手で障害を排除しようとした。
それこそが二人の狙いだった。
「ありがとう。縄を準備してくれて!」
力に勝る若葉が二つの凶悪な触手を掴みそれをオルツイの身体に巻き付けて締め上げる。まさに自縄自縛である。
「苦ッ!離せ!!糞ッ!!!!」
「はいはいこれでも咥えてね」
若葉が余った触手を猿轡のようにオルツイの口にねじ込む。これでは喰らっただけで発情してしまう桃色のブレスを吐くこともできない。
そこ!セルフフェラと言わない。あ、でもゲイザーたんの触手セルフフェラなら見たいかも。
「怪我はないかい?」
「ええ。ありがとうございます。貴方達は一体・・・?」
少年が恐る恐る若葉と彰に声をかけた。
「僕は彰で彼女は妻の若葉だ。若葉は魔物だけど僕の妻だから心配はいらないよ。僕らも不思議の国に連れ込まれた口さ」
「僕は辰彦です。危ないところを助けていただきありがとうございました」
少年は彰に頭を下げた。
「お坊ちゃまを助けてくださり有難うございました」
クロエは若葉に謝意を述べる。
「私はお坊ちゃまの家庭教師をしております、葛城クロエと申します」
そう言うとクロエは優雅な仕草で会釈をする。
「困ったときはお互い様ですよ」
若葉は笑顔を見せた。
「おばあちゃん」
色の抜けた銀色の白髪
女性的ではあるがやや脂のついた身体
若かりし頃は美女であっただろう面立ち
そこには齢50を過ぎたBBAがいた。
20/10/18 21:11更新 / 法螺男
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