連載小説
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「学園」が生まれた日 ― 萌芽 ―
ガガガ・・・

緑溢れる野原に似つかわしくない、黒鉄の塊がその姿を現した。
走破性に富む独立したサスペンションに接続された六輪のタイヤが残した轍は黒々として、それはまるで傷跡のようにも見える。

「フェアリーハニーより諸君に挨拶がある。偉大なるフェアリーハニー」

鶏の鶏冠のように尖らせた赤髪のフェアリーが退くと、その場にホッケーマスクにハーネスのみのフェアリーが現れた。

「荒野の勇敢なる戦士ー!」

「最高の指導者、我らが帝王ー!」

黒鉄の異形に乗ったフェアリー達が囃し立てる。ホッケーマスクとハーネスのみの変態。あ、フェアリーはいつもこの格好か。どうやらあの変態フェアリーは彼女達のアヤトラ、つまりは「指導者」のようだ。

「お前達には失望したぞ! おかげでまた戦いをしなければならなくなった! 見ろ!お前達の斥候隊の捕虜を!!」

部下のピクシーがツタで縛られたフェアリーを引き摺りだした。なぜか亀甲縛りだが。

「こうなったのもお前らの自分勝手のせいだ!花の蜜を抱え込んで人に分け与えようともしない!!」

「奴の言うことに耳を貸す・・・うっ!」

ピクシーが手に持っているヤリで拘束されたフェアリーの乳首をつんつんする。

「この捕虜の話によれば、お前達はこの土地から花の蜜を運び出す計画だという。愚かな計画だ」

「見たかー!脱出は不可能だ。この野原を支配するのは、フェアリーハニー様だ!」

「奴らに・・・ぉおっ!」

ピクシー、今度はヤリの石突で捕虜フェアリーの股間をぐりぐりする。

「誰もフェアリーハニーに逆らうことはできない!」

「いやぁっ!」

「うぃひぃ!!」

「俺が取る!見てろ!カスが!!」

「静まれ、静まれ!ゲームは終わりだ。ゲームは終わりだ!!」

フェアリーハニーと呼ばれたホッケーマスクのフェアリーの言葉に仲間のフェアリーが黙る。

「俺達がここに来たのは話し合いで解決するためだ。もういい。お互い何の得もない。この際妥協案を出そう。ここを立ち去れ!全ての花の蜜を渡して立ち去るなら、見逃してやる。ここを立ち去れ!道中の安全は保証する!大人しく立ち退け。どうするかお前達次第だ!」

彼らの乗る黒鉄の塊の側面には「JAXA」と刻まれていた。


「主任・・・・何すか、コレ?」

二十代後半の青年が傍らの中年男性に疑問を投げかける。
此処はJAXAの追跡ネットワークセンター、その中央管制室。数週間前に「門」の向こう側に飛ばした無人探査機の操作を行っているセクションだ。

「門の向こうに飛ばした探査機からの通信が数日前からシャットダウンしたかと思ったら、今朝復旧した。その時送られてきた映像だ」


― 無人探査機「ウカノミタマ」 ―

元々は火星探査の為に制作されたJAXAの無人探査機で、どんな不整地でも走破できることから急遽「門」の向こうの探査を任されることになった。
探査自体は早々に終わったのだが、その後謎のノイズと共に探査機からの通信も操作もできなくなってしまった。最後の映像を確認すると人形サイズの魔物娘「フェアリー」が映されていた。


「キミには失望したぞ。確かにこの映像ではフェアリーが楽しくマッドマ〇クスごっこをしているようにしか見えないだろう。だが!」

主任と呼ばれた男性が声を荒げる。

「情報によると知性に劣るはずのフェアリーがなぜ我々の探査機を自由に動かせるんだ!!あれは子供のゲーム機じゃない、動かすのも特別な訓練が必要だ!!」

魔力の存在を知らない認めない「ロートル」にはそう見えるが、あのフェアリー達は何も探査機をハックして動かしているわけではない。魔力を探査機に流して「動かしている」だけなのだ。
つまり幼子が飛行機のおもちゃをもってブンドトーと遊んでいるだけに過ぎない。

「ゼロ、オイテケ!」

あ、違うロリだった。ほっぽちゃんは艦これ時空にお帰りください。

「そんな・・・大げさですよ、主任」

「なぁ、お前アイツらが本当の事を言っていると思っているのか?」

「え?」

「考えてもみろ、犯罪者が自分は犯罪者でこれから犯罪を犯しますお前を犯しますって言うか?」

「確かに・・・・」

「インディアンはかつて餓えに苦しんで全滅寸前の白人を助けた。だが彼らを助けたインディアンはその後どうなった?」


― ささやかな不信。それは猜疑心へと変わる ―


「あの山羊ッコが言うことは信用できない。目の前の現実を見ればわかる」

男が指し示すモニターには、探査機を「自分の手足」のように動かしマ〇ドマックスごっこを楽しむフェアリー達の笑顔が映し出されている。


― 猜疑心は・・・・・ ―


「探査機は我が国の技術の塊だ。こんなことになるなら・・・・」


― 「悪意」になる ―


「探査機に自爆装置をつければよかった」




― 「外地」ボローヴェ ―

カタカタカタッ

南壮一、宮子、そしてバフォメットの「ジル・バーンウッド」の三人が拠点としている一軒家。
おおよそ、牧歌的なボローヴェには似つかわしくないキーボートを打つ音が響く。

ガチャ

「お主、早起きじゃのう・・・」

まだ眠気が抜けていないのだろう、ジルが目を擦りながら壮一の部屋に入ってくる。

「え?まだ夜ですよ」

「壮一、まさか一晩寝ておらんのか?」

「寝たような・・・寝てないような・・・」

「宮子からは研究に没頭すると寝食を忘れるとは聞いておったが・・・・。何ぞあったのか?」

「ええ、そうです!!見てください!!!」

壮一はジルに細い塩ビパイプを見せつける。

「・・・・・なんじゃこれ?」

「僕は偉大な発見をしたかもしれません!!場合によってはノーベル賞も!!!!!」

徹夜明けの妙なテンションで壮一が捲し立てる。

「落ち着け壮一!ただのパイプを発見と言われても納得できぬぞ」

「そうですね。精とは男性や自然にある生体エネルギーで、魔物にとって必要なエネルギーでいいですね」

「まぁ、砕けた言い方ではそうじゃな。だが、お主達の科学力とやらでは立証不可能だったのではないかの?」

「ええそうです。ありとあらゆる検査や分析でも立証できませんでした」


― 精 ―

大気や動植物、果ては人間にも存在する生体エネルギーだ。サキュバスが魔王に即位したおかげで、人を喰らう化け物であった魔物は「精」を主要なエネルギーとする「魔物娘」となった。
この精は人間では「男性」のみに存在し、故に魔物娘に「同性愛」は存在しない。
信じられないことだが、魔物娘とつがいになった男性は伴侶と交わり続けば「精」がお互いを行き交うため、「餓える」ことはないとされている。


「そして魔界銀は精を傷つける、でいいんでしたよね?」

「そうじゃ。魔界銀は物質には影響するが、人間や魔物は傷つけることがない」

「その特性を元に制作したのがこのパイプです!」

ジルが手にしたパイプを見ると、内部にややピンクがかった金属「魔界銀」で作られたネットが見える。そして・・・・。

「この臭い・・・・血か?」

「昨夜、とあるヴァンパイアの夫婦に協力を得て実験を行いました」


「そなたはワインは好むかえ?」

「頂きます」

トクトクと小気味いい音と共にワインがグラスを満たしていく。

黒いドレスに身を包んだヴァンパイアが貴族たる傲慢さで、壮一を見る。

ここはヴァンパイア、「ミシェル・クラン」の邸宅。

「不死も永くなると暇になってしまうのでな。こうして我が邸宅に学者を招くことをしておる」

「私のような若輩者に時間を設け下さり感謝いたします。これはつまらないものですが・・」

そう言うと壮一は傍らの「段ボール箱」を渡す。

「おい」

「御意」

ミシェルが傍らの執事服の青年に命ずる。青年は手慣れた手つきでスティレット(刺殺用の針のような短剣)を手首から抜き出すと、段ボールを開く。
中には・・・・・。

「これだよコレ!!ファンタグレ〇プ!!!!ルネッサーンス!!!!!!」

歓喜極まったミシェルはマナーもへったくれもなく、その場でキャップをねじ切るとすぐさまラッパ飲みする。

〜 ジルさんが言う通り、この世界じゃ炭酸飲料は貴重なんだな・・・・ 〜

当然のことながら、「外地」においてもビールは存在しそれに甘味を加えたものはあるが、清涼飲料水のような強い甘みを持つ炭酸水は存在しない。故に、ありとあらゆる美食を楽しんできたヴァンパイアのミシェルすら虜にした。恐るべし〇ァンタグレープ。

「失敬した。お主からの申し出を受ける、が我が執事を痛めつける様なことをしたら・・・・・」

伴侶を得た魔物娘にとって、伴侶を傷つけることは許されないこと。それは壮一とてわかっている。

「当然です。私は学者でありますが医者でもあります。忠実なるヒポクラテスの僕として一命を持って誓います」

「そうか。準備を」

「御意」

呼ばれた執事がおもむろに腕をまくる。それを見て壮一は傍らのドクターバックから機器を取り出た。

「少しチクってしますよ」

執事服の男に返事はなく、ただ静かに頷いた。
アルコールで患部を洗浄し採血針を穿刺する。

「終わりました」

すぐさま壮一は採血したインキュバスの「血液」を分析機にかける。

〜 やっぱり、特に変わったことは無しか・・・ 〜

どの値も通常の人間の血液とは変わりはなかった。強いて言えば「もの凄く健康」というくらいか。

「申し訳ありませんが、このストローで血液を少しだけ飲んでもらえませんか?」

そういうとコップに採血したばかりの血液を注ぎ、ストローをさしてミシェルに渡す。

「・・・・・?いつもと何も変わらないが」

「では、今度はこのストローで飲んでもらえませんか?」

壮一はさっきのストローに「円筒形のデバイス」をつけてもう一度ミシェルに渡した。

「こんなことに何の意味が・・・・」

ミシェルは先ほどと同じように「伴侶」の血をそのストローを使って飲んだ。

「ぶはっ!!!何だこの血は!不味くて飲めんぞ!!!」

くどいようだが彼女が飲んだのは先程と「同じ血」だ。違いがあるとすればストロー先端のデバイスの「有無」だけ。

「すみません。もう一度コップをかしてもらえませんか」

執事がミシェルからコップを受け取るとそれを壮一に渡す。彼の表情は読めないが、左手は手ぶらでいつでも主人であるミシェルの為に袖のスティレットを抜けるようにしていた。
壮一はストローからデバイスを取り外し、デバイス内部に残った血液を分析機にかける。結果は・・・・。

〜 何の変化も認められない?!やっぱり「精」の正体は! 〜

「実験にご協力ありがとうございました。口直しにこれを」

そう言うと、壮一はデバイスを外したストローを入れた残りの血を渡す。

「・・・・・」

今度は先ほどと同じ「執事」がコップを受け取る。

「・・・お主は学者と言っておったが、魔法使いの類ではなかろうな?これはいつもと同じ血だ」

ミシェルが訝し気に壮一を見る。

「向こうでは魔法なんてありません。でもこういう言葉はあります」

壮一が二人を見る。

「高度に発展した科学は魔法と変わらない、と」


「で、徹夜で論文を書いておったと」

「お恥ずかしながら・・・」

「このちっぽけなパイプがのぅ」

ジルが手の中でデバイスを転がす。何度見ても呪術的な仕掛けのない代物だ。

「ジルさんはなぜ、魔王も主神も魔法すらも存在しないアチラで何の不便なく生活できていると思いますか?」

「あの世界に精があるからじゃな」

「そこが疑問だったんです。科学的に検出できない生体エネルギー、通例としてそれは存在しないと判断します。でもジルさんや他の人も普通に生活できている」

壮一がデスクの上のラップトップを操作する。

「検出できない生体エネルギー、実はアチラでもそれに似た概念が存在します。それが・・・・」

モニターに英文の論文が表示される。

「オルゴンエネルギーじゃと?」


― オルゴン・エネルギー ―

フロイトの弟子である精神医学者ヴィルヘルム・ライヒが発見したとする自然界に遍在・充満するエネルギーのことであり、 オルガスムス(性的絶頂)からオルゴンと名づけられた。
オルゴンは性エネルギー、生命エネルギーであるとされ、病気治療に有効であると考えられており、日本では東洋のいわゆる気のエネルギーと同じモノと考える者がいる。
現在では科学的に完全に否定され、回路図だけでも機能し万病を治すとされる「ヒエロニムスマシーン」や熱力学ガン無視の「永久機関」同様、「ニセ科学」とされているが。


「儂はかの地でありとあらゆる論文を読んだが、オルゴンエネルギーなんぞ聞いたこともないが?」

「ええ。それで正解です。オルゴンエネルギーはオカルト、疑似科学としてしかみられません。しかし、ライヒの論文には人体にもオルゴンが存在しオルゴンを十分に補充することができれば、人は病気にならず健康に暮らせると。これはまるで・・・」

「お主が言う通り精とそっくりじゃ」

「それだけではありません。ライヒの論文ではオルゴンは金属に吸着される性質があるとされます」

壮一がデバイスを手に取った。

「魔界銀は人の身体を傷つけない。しかし精に傷つけるとされる。精をオルゴンと定義するならこれは魔界銀が精を傷つけるのではなく吸着しているのではないか、と考えて魔界銀のネットを入れただけのデバイスで実験したんです」

実験の結果は彼の考えを実証するものだった。ヴァンパイアのミシェルは確かにデバイスを通して飲んだ伴侶の血を「マズい」と感じた。

「面白い!!面白いぞ壮一!!これは儂にも思いつかんだ!!」

「ええ!きっと近い将来、機械的な方法で精や魔力の濃度を測ることも出来るでしょう!!」


・・・・実際のところ壮一のこの実験は「魔界銀」の持つ様々な特性の一つを解明しただけに過ぎなかった。しかしながら後年「学園」で制作された、魔力を吸収する性質を持つレスカティエでのみ産出される希少鉱物「デルエライト」を使用した「魔力計」の開発の裏にこの実験が果たした意義は大きい。


ジルはしかし、声を潜める。

「お主は学者としては優秀じゃが、伴侶の宮子をほっとくのは良くないのぉ」

「すみません・・・」

「今日一日くらいは宮子と一緒に過ごせ。それはあ奴の伴侶としての義務じゃよ」

「はい」

そう言うと、壮一は宮子を起こしに行った。


― 「門」の向こう 日本 ―

廃業した工場街。
かつて躍進の原動力となった重工業。確かな品質と高い性能で世界を席巻した日本の産業ではあったが、第三国のなりふり構わない「焼き畑」により、多くの工場やプラントが閉鎖を余儀なくされた。
その「骸」の一つに直径三メートルほどの黒い「穴」が存在していた。

「皆、身体に異常はないかしら?」

背の高い女性が声を掛ける。工場の内部は薄暗く、その人物のシルエットしかわからないがその人物が女性であり尋常ならざる美貌の持ち主であることは理解できる。

「マチネは大丈夫です!」

「ソワレちゃんはここに!」

「陽炎以下、クノイチ隊健在であります!!」

闇の中から少女の明るい声や、ハスキーな声が響く。

「長旅ご苦労!!早速だが各自装備の点検にかかれ!!!」

「ハッ!」

「了解!」

「承知した!!」

数刻前、「穴」が開くまでは静寂に包まれていた廃工場が喧騒に包まれる。
その時だった。
雲の合間から顔を出した月光が廃工場を照らした。

丁寧になめした黒革のボディスーツ

男の劣情を煽り立てる煽情的な肢体

そして青い肌と黒と赤の瞳

かつての旧魔王時代、人への悪意のみで生み出された魔物「デーモン」、魔王の代替わりによって彼らも魔物娘へと変わった。その「デーモン」が彼らの指揮をしている。
彼女だけではない、少女のような身体を持つ「デビル」や諜報を生業とする小隊規模の「クノイチ」達の姿も見える。
彼らの動きはまさに「正規軍」のソレだった。

「レーム様、クノイチ隊編成完了しました!」

「報告ありがとうソワレ」

レームがソワレと呼ばれたデビルの頭を優しく撫でると笑みを浮かべる。

「いいな〜ソワレちゃん」

「次はマチネちゃんでいいよ!」

部下であるデビルの「ソワレ」と「マチネ」のやり取りをレームは微笑ましく見ていた。

「十分な休息の後、状況を開始する。ターゲットはこの国の官僚及び医者!!特に患者を救えず自分の無力さに絶望した若い医師を狙いなさい!」

過激派の首魁であり、テロリストたるデーモンの「マクスウェル・レーム」が凛とした声で皆に告げた。

「堅物のジルも馬鹿ね。門以外にもコチラに出口を作るのは容易いのよ?」

今、この世界に彼女達を止めるものは誰もいない。






19/02/23 20:12更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
インフルエンザで寝込んでしまいました・・・。
塩のみのお粥があんなに美味しいなんて思わなかったよ。

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