連載小説
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「学園」が生まれた日 ― 青い炎 ―

「皆さん、カメラの準備はお済ですか?ここが当学園の名物の一つ、大植物園です!!」

見学者を引率するホルスタウロスの明るく陽気な声が学園に響く。

「特に最奥にある世にも珍しい青い薔薇、ブルー・フランムの咲き乱れる薔薇園は圧巻です!!」

― ブルー・フランム ―

フランス語で「青い炎」を意味するこの薔薇は、設立間もなかった頃の「学園」が生み出した功績の一つだ。
青い薔薇、それは薔薇の中に青い色素がないことから元来「不可能」や「ありえないもの」という意味があった。
2004年、日本の酒造メーカー「サントリー」がオーストラリアの植物工学企業と共同開発の末、薔薇の遺伝子にパンジーの青色遺伝子を植え込むことにより不完全ながらも「青い薔薇」を生み出すことを可能とした。
しかしながら、その「青い薔薇」は青というよりも「青紫」といった方が近い色合いだった。
「ブルー・フランム」のそれは完全に「青」であり、朝日を浴びるブルー・フランムは宝石のサファイアよりも青く輝く。
これは「門」を通じて、異世界「外地」で発見された青い色素を含む、交配可能な薔薇の近似種と薔薇を掛け合わせることによって生み出された本当の意味の「青い薔薇」だ。
見るもの全てのが息を飲む、「生きている蒼玉」こと「ブルー・フランム」。
されど、この奇跡の薔薇を見ることが出来るのは現時点において「学園」と世界中の限られた研究機関しかない。
その理由は、この交配が安全であると確実には立証されるまでの間は、花粉の飛散により一般植物との交雑を回避するため、専用の隔離された栽培所にて厳密に管理されているからだ。
「外地」においては「マタンゴ」や「ウシオニ」のような不可逆の魔物化を引き起こす魔物の存在が明らかにされている。このような植物にそのような効力がないことは判明しているが、人間は「臆病」な生き物だ。
誰かが「一歩前」に踏み出さない限り、恐らくこの体制は変わることはないだろう。


「・・・・・」

第一回万国博覧会で造成された「水晶宮」を思わせる、巨大なガラス張りの植物園に入っていく見学客を見ながら、「学園」を統べる学園長であるバフォメットの「ジル・バーンウッド」は両切りのゴロワーズを挿してある象牙のシガレットホルダーを唇から離した。

トントン!

重厚なドアがノックされる。

「入れ」

「失礼しますジル様」

その熟れた肉体を漆黒のドレスの押し込んだ妖艶な美女が重厚なドアを開いて学園長室に入ってきた。
彼女の名前は「ダークメイジ」の「カーラ・シュバルツベルト」。優秀な魔術師であり、広く普及している量子AI「セントラル」その開発者の一人だ。

「ジル様宛に手紙が・・・・」

「焔!」

パチッ!

カーラが要件を言い終わらないうちにジルが指を鳴らした。その瞬間、カーラの手にあった手紙が燃え始める。

ボボボボッ!

「うわっ!」

魔力による炎ではあるので、指を焼くことはないがいきなりのことでカーラは手紙から手を放し、彼女の手から離れた手紙は絨毯に落ちる前に燃え尽きてしまった。

「何を驚いておる?カーラ」

「ジル様!何も言わずいきなり手紙を燃やさないでくださいよ!」

「フンッ、どうせ中東のお大尽からの手紙じゃ。またぞろ、ブルー・フランムを売ってくれと書いてあるだけじゃ」

「でも読むくらいしても・・・」

「儂くらいのレベルなら手紙を開かずとて内容くらいはわかるのじゃ。あ奴、今度は無人島一つ買えるだけの金を提示しておった」

「で、今回もお断りの手紙を出しますか?」

カーラがジルに尋ねる。ジルは自然な仕草で自らの角を撫でた。誰よりも付き合いの長いカーラはその「意味」を理解していた。

〜 あ、これ絶対悪だくみしてる 〜

「そうじゃな・・・カーラ、文を頼む。今生育しているブルー・フランムを売ることはできないが、その苗木を売ることはできる。ついでに生育に必要な管理者も一緒に派遣する、とな」

「か、管理者ですか?」

「ダークエルフのミノンを派遣してやれ。あやつなら金さえあれば何でもできると思っているバカを完璧に管理してくれるじゃろう」

そう言うとジルは意地の悪い笑みを浮かべた。

「はいはい。でもジル様。あの薔薇のことになると真剣になりますけど・・・」

「それはそうじゃよ・・・・。カーラ、おぬしにあの薔薇の由来を話したことはあるかの?」

「ええ。確か、研究者をしていた夫婦が生み出したものだと」

「あの頃、学園はなかった。正確にはここは学園ではなく、魔物娘を隔離する収容所だったのじゃ」

「収容所!?ここが」

「収容所と言っても儂らには衣食住に安全は保障されていた。あくまで日本国として門の扱いや魔物娘の立場がはっきりするまでの処置じゃ。決して人間扱いされていなかったわけじゃないのじゃ」

「でも・・・」

「まぁ、自由に移動できないなどそれなりに不便だったが、儂らを化け物ではなく同じ知性を持った対等の存在として見てくれていた。あの者たち、南壮一と南宮子も儂を同じ学者として認めてくれた・・・」

「もしかしてその二人は・・・?」

「その通りじゃ。ブルー・フランムを作り出した研究者とは二人の事じゃよ。少し長い話になるがよいか?」

ジルの問いかけにカーラは静かに頷いた。



― 10年前 ―

突如として、虚空に現れた「穴」。のちに次元転移ゲート「門」と呼称される現象と、そこから現れたヒューマノイド「魔物娘」。彼らの存在は当時の日本国にとって大いに頭を悩ませる結果となった。
科学技術や法則に縛られず、到底空を飛ぶことが出来ないはずの翼で飛ぶ翼人や手から炎や雷を出す魔法使い等々、真面目な科学者は意地になってそれらの現象を解明しようした。その結果はというと・・・・。

「魔物娘には勝てなかったよ・・・・」

・・・殆どの学者は魔物娘の伴侶となってしまったのだ。


「いい子いい子そのままそのまま。痛いことなんてしないよ〜〜〜ちょっとホルマリン漬けにするだけだから・・・」

明るい茶色の髪の女性が魔界銀製のコンテナを手にサソリに似た魔界生物にじりじりと近づく。
異世界 ― コチラでは「外地」と呼称されている ― には地球では見られない様々な生態を持つ生命体が存在している。研究者にとって興味は尽きない。

「そおら!!!」

女性がコンテナを振りかぶった瞬間だった。

「灼!!!!」

幼いながら威圧するような声が響いた瞬間、そのサソリに似た生物は燃え始めた。

「アッァァァっァァァっァァ!!!折角のサンプルが!!!!」

「何が折角のサンプルがじゃ!お主はアレが何だと思っておったんじゃ!!」

山羊の角を生やした魔物娘「バフォメット」が女性を怒鳴る。

「鋏角亜門クモガタ綱のサソリ目、その亜種」

「それはアチラでの分類じゃ!!あれは魔界甲殻虫じゃ、バカモン!!」


― 魔界甲殻虫 ―

異世界「外地」に広く生息している害虫で、見た目は小さくともれっきとした「魔物」であり当然のことながら人間に「害」を与える。


「うっかり毒に当たってみよ、お主たちは仲良く青姦三昧じゃぞ!」


そう、魔界甲殻虫の攻撃を受けた場合、魔物であっても発情してしまいそのまま伴侶を押し倒して交わりを始めてしまう。
因みに、魔界甲殻虫は食用でもありフライにするとちょっとオツな味がする。


「うっ・・・・」

「お主は危機感が足りん!それに明緑魔界とて魔界じゃぞ?」

「面目ございません・・・・」

「大体、健全な好奇心は学者に必要なモノじゃが・・・・」

なおもそのバフォメットがが説教を続けようとする。

「そこまでにしておいてくださいよ、ジルさん」

ジルと呼ばれたバフォメットが振り向くと、眼鏡をかけた青年が立っていた。

「ジルさん、妻がいつも迷惑をかけてすみません」

「お主は宮子に甘すぎるぞ!!壮一!」

壮一と呼ばれた青年が頭を下げる。

「ホラ、宮子もちゃんと反省して」

「ごめんちゃい」

「なんじゃろうな・・・。一ミリも反省の気持ちが伝わってこないのじゃが?」

「ジルさん、いくら宮子でも幼稚園児じゃないからわかっていますよ」

「・・・・その宮子の姿が見えんのじゃが?」

― たしけて〜〜〜〜〜〜〜〜! ―

「宮子の声だ!!」

「あのバカ!!!!今度は何を!!!」


― 明緑魔界「ボローヴェ」 ―

以前は荒廃し、その痩せた土地では作物も収穫できなかった。その窮状を憂いたサプサリェート・スピリカが精霊による土壌改良を行うも失敗。
心無い者達からは「主神に呪われた土地」と言われ、絶望した彼女は自らの理論に基づいて新たな土地改良を試みた。

闇精霊とも呼称される「ダークマター」による、ボローヴェの魔界化

主神教にとって魔と関わるのは忌むべきことだ。しかし、もはやそれしか彼女がボローヴェを救うことはできない。
ダークマターと変じた彼女の願いは成就した。明緑魔界としては生まれ変わったのだ
通常、一般的な「暗黒魔界」では人界の植物を育てることはできないが、「明緑魔界」ではそれが可能だ。
そのため貴重なサンプルの宝庫といえ、「魔物化」のリスクなく様々な採集を行える場所である。

「全く!不用意にテンタクルブレインに近づくバカがどこにいる!!!」

「こればっかりは擁護できないよ宮子」

「壮一!そんな生ごみを見る様な目で私を見ないで!!ちょっと色々と覚醒しちゃうから!!」

南宮子は黙っていればそれなりに美人である。とはいえ、それを超える残念さが目につく。

〜 純粋な好奇心は学者にとって必要なものなんだけどね 〜

彼女の夫である「南壮一」は心の中でつぶやいた。

話は数日前に遡る。





突如として虚空に穿かれた「穴」 ― 「穴」から現れた魔物娘達は「門」と呼称していたが ― からの来訪者達。
彼らは皆、見目麗しい女性の姿をしており、また彼女達は「穴」の向こう側における軍隊組織「魔王軍」のエリート達であり、彼らの知性は人間の平均値を優に超え、人類側の学者の方が教えを請うことの方が多かった。
時の総理大臣である「斎藤公介」の鶴の一声で、彼女達は難民としての身分が与えられた。曰く「宗教的な迫害を受けている弱者であり、わが国には生命の侵害から亡命した」とお題目をつけて。
本音としては彼らの提供した様々な技術を一国で独占するためだったのだが。
「秘密」は共有されてしまってはその価値を失う。故に、彼らに移動の自由はなく政府が用意した施設で生活していた。

無料で利用可能な各種自販機の置かれた談話室。
人影はなく、四人の男女がボードゲームに興じていた。

カチン!

「儂の上がりじゃ」

小気味いい音と共に一枚のドミノ牌が置かれる。卓を囲むのは高位の魔物である「バフォメット」のジルと白衣を着た「南壮一・宮子」、そして仕立ての良いスリーピースのスーツを着た男性の四人だ。


― ドミノ ―

日本では「ドミノ倒し」の方が有名ではあるが、ボードゲームとしての歴史は深くドミノは「世界四大ゲーム」にも数えられている。
彼らが今プレイしているのは一般的なルールである「ブロック」。
計28枚の牌で構成されている「ダブルシックス」でプレイされることの多いゲームで、卓に出された牌の端の目に合う手持ちの7枚の牌をプレイヤーが1枚ずつ出す。そして、出せない場合は「ブロック」(パス)となる。
これだけだとあまり面白みを感じないだろうが、このゲームのキモは「如何に相手の手持ち牌を読み、相手の足を引っ張るか?」だ。分かり易く言うなら、4人でプレイする場合は28枚全ての牌がプレイヤーに配られる。この状態で「ブロック」を宣言することは「自分はこの目の牌を一つも持っていない」と言うに等しい。
その情報と場に出された牌を組み合わせれば「読み」の精度は高くなる。

「またジルさんの一人勝ちか」

スーツを着た男が肩をすくめる。

「お主も中々じゃろう?実際、最後の6−2を出してくれなかったら儂は上がれんかった。お主はあの時6−0も持っておったのじゃろ?」

「敵わないな」

男が手持ちの牌を開くとジルの言う通り、「6−0」の牌があった。

「儂はあまり頭の中には詳しくないが、何か考え事があるのじゃろう?のう公介」

ジルの目の前の男性、彼こそは「神民党」総裁であり日本国総理大臣「斎藤公介」その人だった。

「先日外地に送り込んだ無人探査機からデータが送られてきた。結果は人類の生存を脅かす脅威は発見されず、だ」

「ほう。お主達が作った機械細工も案外優秀じゃな」

「JAXA(宇宙航空研究開発機構)のロートル共も研究開発費が無駄にならなかったと喜んでいたよ。志は立派でも、悪いが彼らは政府にとってはお荷物だからな」

「あ、あのそれじゃ・・・」

「宮子さんか。申請のあったフィールドワークの許可が下りた」

公介が静かに告げる。

「喜ぶのは後にして欲しい。今回の有人探査について政府としては公文書に残せない。つまりは不正規活動となる、意味はわかるな?」

「こ奴らに危険を冒させる癖に、利益や栄誉は与える気がないとはな」

「ジルさんそうは言うが、君たちに対して不信感を持つ人間は公民問わず多い。彼らに失敗がバレたら世論は排斥派に傾くだろう」

ジルがカーテンを引く。
電気が夜の街を真昼のように照らし、摩天楼が夜空を引き裂くようにそびえる。
彼ら来訪者は亡命者として自由と庇護が与えられた。しかし、移動の自由は制限された。彼らを好奇の目から守る為の処置であったが、それは何も知らない人間からは幼気な少女たちを監禁しているようにしか見えなかった。
無論、彼らを侵略者として見る人間も多くいる。
人々はここの事を「収容所」と呼ぶようになった。

「その為にも儂らは良き隣人であらねばならぬ、か。生きづらいのう・・・・」

「人間誰しもままならないモノを抱えて生きているもんさ」

「日取りやサポートは決まっておるのじゃろう?」

「場所はボローヴェ。不在中はドッペルゲンガーが替え玉を務めることになる。だから次の新月、調査期間はそれまでということになるな」

「その期間で結果が出せるか・・・」

壮一が思案顔でつぶやく。

「結果に拘る必要はない。あくまで今回はサンプルを持ち出すことが目的だ」


カツ―ン、カツ―ン

白を基調としたパネルが張られた廊下を公介とジルが歩いていた。

「・・・・嘘が下手じゃのう」

「嘘なんてついていないさ。ただ真実を告げなかった、それだけだ。二人は同じ孤児院出身で優秀な学者だ、わざわざ言わなくとも理解している」

この探査の本当の目的、それは「健康な人間が魔界を歩いた場合に起きる変異」を調べることだ。
彼女達の使用する「魔力」。それを現代科学で理解することは難しい。特に厄介なのは魔力が蓄積されると人間は魔物となること。将来、コチラの人間が門の向こうに赴く場合、これは大きなデメリットになる。
判断基準となる基礎データがあまりにも不足していた。
つまり「サンプル」とは「彼ら」自身のことだ。

「・・・列強の奴らが非公式に門の使用権を要求している。アイツらにとっては日本が利益を得ることが我慢できないんだろうな」

「そのために基礎データを蓄積し列強を出し抜くか」

「政治家は夢を語らない。語るのは現実、常にそれを実現せねばならない」

「そうか。お主は悪人ではないが、さりとて善人でもないな」

「善人なら政治家なんてアコギな商売はしてないさ」

そう言うと公介はジルに向かい合う。

「二人を頼みます」

「言われなくともそのつもりじゃ」

そう言うとジルは微笑んだ。

「その代わりといってはなんじゃが・・・・」

その紫色の瞳が公介を見定める。

「お主、なぜ我らを見て驚きもしなかった?南や一般職員ですら好奇の目で我らを見たというのに・・・・」

「そうだな・・・昔天狗にあったことがある、と言ったらどうする?」

「天狗じゃと?」

「嘘さ。僕は意外とオタクなだけだよ」

公介はいつものようにそう嘯くだけだった。


その三日後、ジルと二人は「外地」へと旅立った。


「彼らは無事に出発したか・・・」

執務室で「収容所」の所長からの報告書を読みながら、公介は缶からショートピースを一本抜き出しそれをメアシャム(海泡石)のシガレットホルダーに挿した。

シュッ

薄暗い執務室にマッチの仄かな閃光が瞬くと、ショートピース独特のバニラの香りが満たしていく。

〜 もう昔のことになる。僕は確かに天狗に会った 〜

どことも知れぬ森の中、赤褌と赤黒く血で染められたかのような天狗面をつけた異様な風体の男と赤褌のみの少年が対峙していた。
少年の身体には無数の傷跡が刻まれ、その身体もまだ精通すらしていないのにも関わらず、まるで幾つもの修羅場を潜り抜けたかのような貫禄を誇っていた。

「これより皐月流奥義、国崩を授ける。・・・・行くぞ我が子孫よ」

少年が意志を宿した瞳で天狗面の男を見つめる。その瞳に恐怖はない。

「その意気や良し!!!」

天狗面の男が一瞬にして少年の間合いに入り込んだ。


「誓いこそは我が願い、か」

公介が上等のシルクで織られたシャツを開ける。
そこにはまるで大輪の花のように、放射状に刻まれた赤い傷跡が残されていた。









19/02/03 19:31更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
更新が遅れて申し訳ありません!
艦これ冬イベのジョンストン掘りに手間取り、新艦娘コンプリートしたと思ったら、今度はセツブーンイベント・・・。
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