読切小説
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平木林の怪物 ― Flat Woods Monster ―
異界からの転移ゲート、通称「門」が開通して以来、新たな出会いを求めて「外地」からコチラへと移住する魔物は後を絶たない。
もっとも移住したいといって、ハイ許可とはいかない。コチラへの移住にはまず魔王軍の厳しい審査をパスし、尚且つ「学園」で一定期間の学習が義務付けられているため、極端な言い方だが人間よりも民度が高いとまで言われている。


― TF県平木林市 ―

「門」の開通前は蕎麦と林業以外に特に目ぼしいものの無い過疎化の進むド田舎であったが、現在はその手つかずの自然に魅了された魔物娘が多く移住していた。




「ねぇ、ジョージ今夜冒険に出かけない?」

くりくりとした愛らしい瞳で同級生のティオナがボクを見つめる。まるで犬みたい、いや犬そのものか。

「何だい藪から棒にティオナ。後、ボクの名前はジョージじゃなくて丈児だって!」

彼女の名前は「ティオナ」。アチラから移住してきた「コボルト」っていう魔物で、両親と一緒に去年平木林へ越してきた。何でも自然の中で伸び伸びと過ごさせたいと両親が考えたらしい。

「それに冒険って何するのさ?」

「そ、それはカブトムシととったりとか・・・」

「この季節にカブトムシなんていないよ。いてもソルジャービートルのビートさんくらいだよ?」

因みに、ソルジャービートルのビートさんは山の森林保護官をしている。口数が少なく、無表情で怖がられることもあるけど僕らが遊びに行くと一緒に遊んでくれたりと優しい。

「じゃあさ!キノコ狩り!そうキノコ狩りに行こうよ!!」

「僕ら二人でキノコ狩り?ボク、キノコが大っ嫌いなんだけど?」

「うじゅぅ・・・・・・・・」

本当はわかっている。
ティオナがボクを必死に誘っているワケを・・・・。

「天体観測ならいいけど?」

「うん!変態観測ね!!!テントとエアーマットを準備するわ!!」

「変態観測じゃなくて天体観測!」

「天体観測ね!!わかったよジョージ」

ボクとティオナは付き合っている。
コボルトであるティオナはきっと僕と「つがい」になりたいのだろう。

〜 小学生にまだ早いって何度もティオナに言っているのにな・・・・ 〜

おおよそ小学生らしくないことを心の内で呟きながら、久保田丈児は次の教科の教科書を取り出した。



― どぉもぉ〜〜〜!毎度おなじみのホーちゃんだよぉ〜〜〜!―

― ではでは今日もホーちゃんのなぜなに実験室はっじまるよぉ〜〜〜〜〜! ―

― モンド・カーネさんいつもコメントありがとぉ!!!!。今日は・・・・ジャーン! ―

― そう!シュールストレミングを開封したいと思います!!! ―

― な・の・で!今日は近所の山の中に来ています!!! ―

― ちゃんとカッパを着ているから汁がついても大丈夫!!!! ―

― いざ!開封!!!!! ―

ツルッ!

― へ? ―



「ねぇジョージ、星を見てて楽しい?」

望遠鏡を覗くボクの傍らにはブランケットを被ったティオナ。手には暖かな湯気をあげるスープを入れたホーローのマグ。
小学生だけで山に行くなんてって「普通」の大人なら目くじらを立てるかもしれない。
でもティオナはコボルトだ。
恐らくボクよりも強いし、映画みたいに悪者がボクを人質にとっても彼女はボクが傷つくよりも早くその悪者を倒してしまうだろう。
ボクのかあさんもサキュバスって魔物に変わって以来、何というか優しくなった。今日だって、ティオナと一緒に天体観測に行くと言ったら・・・・。

「あらあら、お赤飯の用意をしなきゃね」

と、少々ズレた答えを返す始末。
ティオナ達魔物を嫌う人もいるけど、色眼鏡を外してよく考えれば彼女達がやって来て平木林は賑やかになったのは事実だ。
少なくとも不幸になった人間はいない。

「そうだね。例えばあの瞬く星にボクらと同じ人が住んでいるとしたらどう?」

「それって宇宙人ってこと?」

「うん」

「ハハッ、ジョージって大人っぽいけど、宇宙人を信じているんだ」

「馬鹿にしないでよティオナ!コボルトだって現実に居るんだし、きっと宇宙人だっているって!!」

ボクはムキになって反論する。

「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ・・」

そう言うとティオナの耳が垂れる。犬みたいでかわいい。まだ、「つがい」になるにはちょっと早いけど、ボクはティオナのことが・・・・。

「・・・怒ってないよティオナ」

ボクが落ち込むティオナに声を掛けた時だった。


〜 うぎゃぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!!! 〜


夜闇に悲鳴が響いた。

「ティオナ・・・聞いた?」

「うん。確かに女性の声だった!こっちの方向からだよ!」

ボクはポケットを探ると、学校から支給されている「ポッド」を掴む。
これは小型のGPSと同じ機能を持った代物で、作動させれば付近にSOSが発信される仕掛けだ。当然、ティオナも同じものを持っている。
通常は公的な役職についている大人の人に連絡が行くことになっているから、恐らく来てくれるはビートさんだろう。
僕らは立ち上がると、ティオナと一緒に声のする方向へと向かった。


山の丘近く、ボクらがそこ場所に近づくと鬱蒼と茂った樹と薄っすらと立ち込める霧が視界を遮った。
しかしそれよりも・・・・。

「な・・ナニコレ・・・・?」

丘には今まで嗅いだことのない異臭が漂っていた。
例えるならそれは出したての犬のうんこに床下から見つかった腐った糠漬け、それに賞味期限切れの納豆を混ぜた臭い。悪臭なんてかわいいレベルじゃない。

「逃げようティオナ・・・」

ティオナからの返事はない。

「お、おい・・・・え?!」

ティオナは立ったまま気絶していた。白目を剥いて・・・・。

「大丈夫か!ティオナ!!!」

彼女からの返事は無い。
僕は彼女を背負うともと来た道を戻り始めた。

「!!!!」

その時、ボクは見てしまった。


暗緑色の体表とスカート

トランプのスペードの形をしたフード

まるでビームを放っているかのように暗闇の中でも光り輝く琥珀色をした目

身の丈3メートルもある、その「怪物」は地面スレスレを滑るようにゆっくりとコチラへと向かってきた。

「あぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁ!!!!!」

声にならない獣のような叫びをあげてボクは目の前の「怪物」から逃げ出した。

あれだけ待ち望んだ宇宙人とのファーストコンタクト。

それは人類代表としての「栄光」や「誇らしさ」などではなく、ただ異形に対する根源的な「恐怖」しか感じなかった。

「そ、そうだポッドを!!助けてビートさん!!!!!!」

ボクは縋るようにポットのヒモを引っ張った。
声なんて届かないとわかっている。でも、ボクはそう叫ばざるをえなかった。

「とぅ!!!!!」

暗闇の中まばゆい光が瞬いた。その一瞬だった。

「可愛い弟分、その男の晴れ舞台を邪魔する輩はこのヘラクレス仮面が成敗する!!!」

黒々とした鎧のような外骨格。祭りのお面を被っていたが、間違いなくソルジャービートルのビートさんだった。
・・・・ビートさんが暗闇でもしっかりと映像を残せる暗視装置付きのビデオカメラを持っていたのは見なかったことにしよう。

「さて覚悟はできているのだろうな?」

ビートさんが手にした槍を「怪物」に向ける。なんでもあの槍には「魔界銀」という人や魔物を傷つけない素材でできているのだそうで、心置きなく安心して戦えるとビートさんは言っていた。

「ビートさん!気を付けて!!そいつなんか変な能力を使ってくるよ!!」

ティオナがなすすべもなく気絶させられたのだ、間違いなく何らかの力を使っている。

「任せておけ!!!こんな変質者など物の数ではない!!!」

ビートさんが地を蹴り怪物へと向かっていった。



「う・・・・」

「ティオナ気が付いた?」

「ジョージ・・・?怪物は!!!」

「怪物なんていなかったよ」


あの「3メートルの怪物」の正体、実は・・・・・。

「ごめんなさい・・・・」

ユーチューバーの「ホーちゃん」と名乗る「オウルメイジ」だった。
なんでも配信ネタとして「シュールストレミング」を開封しようとして地面に落下させてしまい、圧力のかかった缶が爆発。
着ていたカッパに汁や中身が付着し、目にまで入ってしまい悶絶。なんとか水で洗い流そうと川を探していた時にボクらと出会ったとのことだ。
ティオナはその悪臭を人間以上の嗅覚で嗅いでしまって、あまりの臭さに立ったまま気絶したのだった。

「コボルトなのに・・・・・ジョージ守れなかった」

ティオナが耳を垂らしている。ボクは落ち込む彼女を優しく抱きしめた。

「守る守れないなんて関係ないよ。ボクはティオナが無事だっただけで十分だから」

そう言うと、僕は彼女と唇を重ねた。



― 「外地」、とある反魔物国 ―

「教父様、これが門の向こうの国から密輸された新兵器ですか?」

ミチミチ・・・・

彼らの目の前には破裂寸前の黄色い缶詰が山のように積まれていた。

「そうだ!これであの憎き犬どもに鉄槌を下すのだ!!毒ガスでのたうち回るがいい!!」」

「ペットとして飼っていた犬がクー・シーになって世話役の兵士と一緒に隣国へ駆け落ちしたからって、この人は・・・・」

因みに隣りには犬系の魔物が多く住んでいる親魔物国「わんわんランド」がある。

「お前何か言ったか?」

「いえいえ教父様」

「では早速、これを大砲に詰めて撃て!!!!!目標わんわんランド!!」

「へぇへぇ。ポチっとな」


※シュールストレミングはガスが限界まで溜まっているので衝撃は厳禁です。
 2014年2月、ノルウェーにて25年間にわたり放置された缶詰が小屋から発見され、爆発物処理班が出動して処理したことは有名。
 

ボシュゥウゥゥゥゥゥッゥゥ!!!!!


「「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」」


その日、一つの反魔物国が魔界に落ちた。
デビルバグやガンダルヴァ、ベルゼブブにゾンビが多く住む親魔物国となった現在、国は順調に復興を遂げているという。

「いやぁ・・・この世には触れてはいけないものがあるのですね・・」

かつて、嫉妬のあまり隣国に攻め入ろうとしていた教父は傍らに伴侶である、ガンダルヴァ姉妹の全身リップを味わいながら穏やかな表情でそう語った。
なお、この国の名産は「ちょっと古いニシンの缶詰」だったりする。









18/11/18 20:13更新 / 法螺男

■作者メッセージ
実は私、とあるパーティーでシュールストレミングを食べたことがあります。
臭いと言えば臭いのですが、下ごしらえ(アクアヴィットという酒でしっかり洗うこと)したシュールストレミングはかなりイけます!
もっともシルバーブロンドのおなごは下の毛もシルバーブロンドであることの方が気になりましたが・・・・。
ちょっと緩かった。

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