ペイパームーンの夜
ある日、空に大穴が開いた。
ハリウッド映画に出てくるような天才科学者が事前にそれを察知していることもなければ、元軍人のコックが無双することもなくそれはある日突然現れた。
而して現実なんてものは絵空事よりも絵空事だった。
穴から現れたモノ ― 魔物娘 ― は侵略も虐殺も行わず、さりとて超然者として振舞うことなく人類の友人としてあり続けた。
無論、彼女達に否定的な考えを持つ者はいる。
下種な考えで人間と魔物娘の恋人を引き剥がし、彼女の純情を汚そうとする者もいた。
だが、人間以上の知恵と力を持った彼女達に人類の悪意は白旗を揚げざるを得なかった。
彼女達は「人を傷つけない」が「復讐しない」わけでも「抵抗しない」わけでもなかったからだ。
裏通りにあるBar「ペイパームーン」
グランマと呼ばれるサキュバスがオーナーであるこの店は終日、様々な魔物娘やその夫、出会いを求める男女が訪れるが、今夜はただ一人が独占していた。
「グランマ、アースクウェイクを!」
ボブカットの黒髪の女性がその日何杯目かのカクテルを注文する。
ウィスキーとドライジン、アブサンをシェイクしたこのカクテルはショートカクテルの割りに40度もある。
そんなカクテルを何杯も飲み干している彼女は当然「普通」じゃない。
ルビーのような紅い瞳、捩れた角、腰から伸びる翼手類めいた翼、穴から現れた最初の魔物娘リリムに連なる魔物娘 ― サキュバス ― だ。
「ちくせう!ちくせう!あたしの妹を返せよ!!あの髭デブ!!!きっとあの油ギッシュな手で胸や尻を撫でまわしたんだろ!このドスケベが!!」
数時間前、彼女は結婚式場にいた。
彼女の最愛の「妹」の結婚式に出席するためだ。
新郎はハッキリ言ってブ男としか言えない。
あくまで人間的な感性から言えばだ。
魔物娘としての本能が彼から感じ取ったのは彼女を真に愛するという強い思い。
外見や財力に魔物娘は靡かない、魔物娘が惹かれるのは心から愛する気持ちのみだ。
だからこそ・・・・
「幸せになりやがってぇぇぇぇぇぇ!」
ヤケ酒に耽っているのだ。
「落ち着いたかしら、ましろ?」
「うん・・・・・」
心の内を曝け出し、「ましろ」と呼ばれたサキュバスは呟く。
「お姉さん心配よ?あなたは伴侶を決めることなくいつも自分の事は後回し」
「グランマ・・・・私は・・・」
ましろの脳裏に浮かぶ光景。
敵味方問わず傷ついた人々を救うために赴いた地。
助けた敵兵が手引きした武装集団に拠点は占拠された
「用」をなさないため真っ先に処刑された老齢の看護婦たち。
野獣たちに服をはだけられ「暴行」された同僚たち。
彼女の思いは裏切られ彼女もまた・・・・
治安部隊の突入により救われた彼女は・・・看護婦として許されざる罪を犯した。
重傷を負った敵兵 ― 彼女を犯しながら彼女の同僚を撃ち殺した兵士 ― を見殺しにしたのだ。
「ましろ、扶桑の話は知っているわよね?」
「ええ・・・・」
― 扶桑の物語 ―
遠き地での話。
ある地に小さな領地を管理する青年と彼に付き従う巫女の扶桑がいた。
彼らは愛し合っていたが、姦計により青年は捕らわれ扶桑もまた部下を人質にとられ、彼女に横恋慕した仇敵にその純潔を散らされた。
絶望し、人気のない社で喉を突き自害するが、流された巫女の血で社に封印された鬼 ― サキュバス ― が復活。
扶桑をサキュバスへと転化させることで命を助け、彼女の助けを借りて捕らわれた領主と仲間を助けだした。
捕縛された仇敵にサキュバスとして再生した処女膜を見せつけ、彼女の全てを受け入れそれでも彼女を愛する領主との愛に満ちた交じわりを見せることにより女性としての「究極の拒絶」を示すことにより復讐とした。
魔物娘の行う「血を流さない」復讐とはどういうものなのかよくわかる物語だ。
「あなたのしたことは魔物娘としては許せないけど、でも人間としてなら許されるわ」
「でも私は人殺しよ。そんな人間に幸せになる価値なんて!」
「ええ人でなしよ。サキュバスですもの」
そう言うとグランマは笑みを浮かべる。
日本に戻ってきて毎夜酒を飲んでも満たされない日々。
そんな時、彼女はグランマに出会った。
彼女に「妹」にならないかと誘われた時は自棄もあった。
でもグランマの妹となり彼女に慰められる日々はズタズタになりPTSDを発症した彼女を癒していった。
「私にできることはこれくらいかしらね」
そう言うとグランマはましろに一枚のチケットを手渡した。
「今夜の勘定をチャラにする代わりにちょっと旅行に行ってくれないかしら?勤め先のおキヌちゃんにはちゃんと話つけとくから」
ましろが見るとチケットには竜皇国ドラゴニアと記されていた。
確か穴の向こう側の国だったはずだ。
「今度ドラゴニアにこの店の二号店を作る計画があってね。その下調べよ。それに貴方も旅行は好きでしょ?」
そう言うとグランマはましろにウィンクした。
〜 ああ、この人には敵わないな 〜
サキュバスとして一人立ちした今でもグランマは彼女の「姉」なのだ。
数年後 ― 竜皇国 ドラゴニア ―
「バーが何でラーメン屋になるのかしらね?ましろ」
「そのなんていうか・・流れというか・・・龍ちゃ・・・ゲフンゲフン龍崎の奴がラーメン屋をやりたいと言ってて・・」
グランマがはにかむましろの隣に立つ青年を見る。
刻まれた傷は彼が真っ当な仕事についていなかったとわかる。
― 竜崎 紅 ―
彼女の調べではまだましろが人間だったころ、あの悪夢から彼女を救い出した治安部隊の一員だったそうだ。
当然、彼女がどのような目に遭ったのかも知っている。
それでも彼は彼女を愛した。
そして彼女も彼に自らの罪を明かした。
身も心も丸裸になった二人はそのまま愛し合い、そして・・・・
「この子のためにも頑張らないとな・・・・」
紅はましろの大きくなった腹を撫でる。
「幸せにおなりなさい・・・・ましろ」
グランマはそう言うとましろの髪を撫でた。
ハリウッド映画に出てくるような天才科学者が事前にそれを察知していることもなければ、元軍人のコックが無双することもなくそれはある日突然現れた。
而して現実なんてものは絵空事よりも絵空事だった。
穴から現れたモノ ― 魔物娘 ― は侵略も虐殺も行わず、さりとて超然者として振舞うことなく人類の友人としてあり続けた。
無論、彼女達に否定的な考えを持つ者はいる。
下種な考えで人間と魔物娘の恋人を引き剥がし、彼女の純情を汚そうとする者もいた。
だが、人間以上の知恵と力を持った彼女達に人類の悪意は白旗を揚げざるを得なかった。
彼女達は「人を傷つけない」が「復讐しない」わけでも「抵抗しない」わけでもなかったからだ。
裏通りにあるBar「ペイパームーン」
グランマと呼ばれるサキュバスがオーナーであるこの店は終日、様々な魔物娘やその夫、出会いを求める男女が訪れるが、今夜はただ一人が独占していた。
「グランマ、アースクウェイクを!」
ボブカットの黒髪の女性がその日何杯目かのカクテルを注文する。
ウィスキーとドライジン、アブサンをシェイクしたこのカクテルはショートカクテルの割りに40度もある。
そんなカクテルを何杯も飲み干している彼女は当然「普通」じゃない。
ルビーのような紅い瞳、捩れた角、腰から伸びる翼手類めいた翼、穴から現れた最初の魔物娘リリムに連なる魔物娘 ― サキュバス ― だ。
「ちくせう!ちくせう!あたしの妹を返せよ!!あの髭デブ!!!きっとあの油ギッシュな手で胸や尻を撫でまわしたんだろ!このドスケベが!!」
数時間前、彼女は結婚式場にいた。
彼女の最愛の「妹」の結婚式に出席するためだ。
新郎はハッキリ言ってブ男としか言えない。
あくまで人間的な感性から言えばだ。
魔物娘としての本能が彼から感じ取ったのは彼女を真に愛するという強い思い。
外見や財力に魔物娘は靡かない、魔物娘が惹かれるのは心から愛する気持ちのみだ。
だからこそ・・・・
「幸せになりやがってぇぇぇぇぇぇ!」
ヤケ酒に耽っているのだ。
「落ち着いたかしら、ましろ?」
「うん・・・・・」
心の内を曝け出し、「ましろ」と呼ばれたサキュバスは呟く。
「お姉さん心配よ?あなたは伴侶を決めることなくいつも自分の事は後回し」
「グランマ・・・・私は・・・」
ましろの脳裏に浮かぶ光景。
敵味方問わず傷ついた人々を救うために赴いた地。
助けた敵兵が手引きした武装集団に拠点は占拠された
「用」をなさないため真っ先に処刑された老齢の看護婦たち。
野獣たちに服をはだけられ「暴行」された同僚たち。
彼女の思いは裏切られ彼女もまた・・・・
治安部隊の突入により救われた彼女は・・・看護婦として許されざる罪を犯した。
重傷を負った敵兵 ― 彼女を犯しながら彼女の同僚を撃ち殺した兵士 ― を見殺しにしたのだ。
「ましろ、扶桑の話は知っているわよね?」
「ええ・・・・」
― 扶桑の物語 ―
遠き地での話。
ある地に小さな領地を管理する青年と彼に付き従う巫女の扶桑がいた。
彼らは愛し合っていたが、姦計により青年は捕らわれ扶桑もまた部下を人質にとられ、彼女に横恋慕した仇敵にその純潔を散らされた。
絶望し、人気のない社で喉を突き自害するが、流された巫女の血で社に封印された鬼 ― サキュバス ― が復活。
扶桑をサキュバスへと転化させることで命を助け、彼女の助けを借りて捕らわれた領主と仲間を助けだした。
捕縛された仇敵にサキュバスとして再生した処女膜を見せつけ、彼女の全てを受け入れそれでも彼女を愛する領主との愛に満ちた交じわりを見せることにより女性としての「究極の拒絶」を示すことにより復讐とした。
魔物娘の行う「血を流さない」復讐とはどういうものなのかよくわかる物語だ。
「あなたのしたことは魔物娘としては許せないけど、でも人間としてなら許されるわ」
「でも私は人殺しよ。そんな人間に幸せになる価値なんて!」
「ええ人でなしよ。サキュバスですもの」
そう言うとグランマは笑みを浮かべる。
日本に戻ってきて毎夜酒を飲んでも満たされない日々。
そんな時、彼女はグランマに出会った。
彼女に「妹」にならないかと誘われた時は自棄もあった。
でもグランマの妹となり彼女に慰められる日々はズタズタになりPTSDを発症した彼女を癒していった。
「私にできることはこれくらいかしらね」
そう言うとグランマはましろに一枚のチケットを手渡した。
「今夜の勘定をチャラにする代わりにちょっと旅行に行ってくれないかしら?勤め先のおキヌちゃんにはちゃんと話つけとくから」
ましろが見るとチケットには竜皇国ドラゴニアと記されていた。
確か穴の向こう側の国だったはずだ。
「今度ドラゴニアにこの店の二号店を作る計画があってね。その下調べよ。それに貴方も旅行は好きでしょ?」
そう言うとグランマはましろにウィンクした。
〜 ああ、この人には敵わないな 〜
サキュバスとして一人立ちした今でもグランマは彼女の「姉」なのだ。
数年後 ― 竜皇国 ドラゴニア ―
「バーが何でラーメン屋になるのかしらね?ましろ」
「そのなんていうか・・流れというか・・・龍ちゃ・・・ゲフンゲフン龍崎の奴がラーメン屋をやりたいと言ってて・・」
グランマがはにかむましろの隣に立つ青年を見る。
刻まれた傷は彼が真っ当な仕事についていなかったとわかる。
― 竜崎 紅 ―
彼女の調べではまだましろが人間だったころ、あの悪夢から彼女を救い出した治安部隊の一員だったそうだ。
当然、彼女がどのような目に遭ったのかも知っている。
それでも彼は彼女を愛した。
そして彼女も彼に自らの罪を明かした。
身も心も丸裸になった二人はそのまま愛し合い、そして・・・・
「この子のためにも頑張らないとな・・・・」
紅はましろの大きくなった腹を撫でる。
「幸せにおなりなさい・・・・ましろ」
グランマはそう言うとましろの髪を撫でた。
17/09/23 09:12更新 / 法螺男