洗脳調教アプリ ― 気取ったメスを汚せ! ―
「・・・であるからして最近は怪しげな占い師が問題になっている。早期に帰宅すること」
牛女は相変わらず女王のように教壇の上で振舞ってやがる。
念願の教師に成れていい気なもんだな、オイ。
それも今日で終わりだ。
教師らしい凛々しい姿の魔物娘、「白澤」の白沢明美を見つめながら、その心にケダモノを飼った風也は笑みを浮かべていた。
彼の手の中にあるもの、何の変哲もないありふれたスマートフォンだったがそこには見慣れない赤い一つ目のアプリが起動していた。
〜 明美・・・・、後悔させてやる!この俺を蔑んだ報いを受けろ!!! 〜
アプリの名前は「催眠調教アプリ」。
俺は自分で言うのもなんだが、それなりに成績も良い方だ。それは俺に勉強を教えてくれた「明美お姉ちゃん」のおかげだ。もっとも、あの牛女は自分が先公になるために俺を捨てたんだがな。
あの日、俺は見知らぬデーモンから一枚のデータカードを受け取った。どんな汚れた願いでも叶えることができると、そのデーモンは言っていた。俺は家に帰ると早速、アプリのインストールを開始始めた。両親はともに外地に居る。俺としては四六時中サカっている両親がいなくなってせいせいしている。いくら俺を生んで死んだ母がスケルトンになって戻ってきたといっても、朝から晩まで両親の喘ぎ声を聞かされる身にとってたまったもんじゃない。
「インストールに15分掛かるだと!」
物言わぬスマートフォンに怒りをぶつけてもインストール時間が早まるわけもなく、俺は椅子の上で静かに待っていることにした。ふと窓を見ると見慣れた赤い屋根の家が目についた。
「・・・・・・」
赤い屋根の下には、かつて「姉」と慕い今は憎くて憎くてたまらない明美がかつて住んでいた。
俺が物心ついた時には既に母はいなかった。母は俺を生んで直ぐに亡くなったらしい。うじゃうじゃと魔物娘がいる現在じゃ、こんなことは起こらなかったんだろうが俺が生まれた時に魔物娘はおらず、産科の医者でも助けることができなかった。ピルを飲んでも100パーセントの避妊ができないように、出産で命を落とす人間は少なくからずいる。小さな雑貨店を営んでいた親父は一人残された俺のためにその身を粉にして働いた。そんな時、「外地」から魔物娘が現れ、俺の住む地区でも魔物娘が越してくることも多くなった。俺は何処か他人事のように感じていたと思う。彼女達に対してたいして思うことはなく、同級生がアイツらの話をしても俺は適当に相槌を打っていた。そして俺は「彼女」に会った。
「キミが風也君ね。私は白沢明美。見ての通り、魔物よ」
赤いフレームの眼鏡をかけ、暖かなセーターにその乳牛のような乳房を押し込み、そのムチムチした肢体をブラックレザーのタイトスカートで包んだ女性が微笑む。
彼女は別世界、所謂「外地」から移住してきた魔物娘の「白澤」という種族で、牛の角と尻尾を持ち太腿から下に獣毛が生えてて蹄があった。この世界へは学術研究と教員免許を得るために来たとのことで、俺の親父が家政婦兼家庭教師として彼女を雇ったとのことだ。
その日から彼女との生活が始まった。
「風也君、今日の勉強はこれで終了です!頑張りましたね」
彼女の種族は白澤といい、非常に博識で俺のような捻くれた出来の悪いガキでもわかるまで教えてくれた。今でも思い出せる彼女がテストで満点を取ってきた時に見せたとびきりの笑顔。俺は彼女に母の面影を見ていたのだろう。学校で幼馴染を泣かせてしまったことや、おたふくかぜで寝込んだ俺を付きっ切りで看病してくれたこと。どれも大切な思い出だ。だが、物事には終わりというものがある。それは俺と明美との関係も例外ではなかった。
楽しい時間は過ぎていくものだ。たとえ嫌でも・・・・。
「明美お姉ちゃん家庭教師を辞めるって!!!!なんでだよ!!」
「うん。ごめんね風也君・・・・」
「どうしてだよ!!僕がお父さんに頼むから!!だから・・だから辞めないでよ・・・」
俺は泣いた。
泣いた。
泣いたってどうにもならないことはわかっている。
でも非力なガキだった俺はただただ泣くことしかできなかった。
「風也君、あまり我儘言わないの。私・・・・今度、私教育実習に地方へ行くの。そのあと教員試験を受けるつもりだから、今までのように風也君の先生ができなくなっちゃった・・・」
「そんな・・・・」
俺は明美が教師になるためにこの世界に来たのは知っていた。だからこそ、彼女の為にも駄々をこねてもどうにもならないことはわかっている。
「でも信じて欲しい。教師になれたらきっとこの街にもどってくるわ、絶対に」
そう言うと明美は俺を抱きしめてくれた。
明美のいなくなった彼女の家。いつものように呼び鈴を鳴らしたらひょっこり出てくるんじゃないかと思って、呼び鈴を鳴らしたことは何回もある。でも、彼女が出てくることもなく、彼女の存在が忘却の彼方、美しい思い出に変わった頃に俺は彼女と再び巡り合った。
でも・・・・再開した彼女は以前の彼女ではなかった。
「なあなあ風也!今度来る先生ってどんな人かな」
「知らねーよ。どうせ男狂いの淫乱だろうさ」
「相変わらず魔物娘に手厳しいね。風也ってもしかしてホモ?」
「ちげーよ!それよりも乾之助、お前がやってる柔術部の合田先輩とはどうなんだ?アイツ、寝技になると人が変わるって噂だぜ?」
「あの人はただ寝技を極めたいだけで・・・・。でも何で風也がそれを知ってんのサ?」
ごちゃごちゃと五月蠅い同級生の「八幡乾之助」に軽くヘッドロックをかまして黙らせると、教室のドアを開いて一人の魔物娘が入ってくる。
「・・・・・・・!」
「私の名前は白沢明美。この教室で教鞭を執ることになった。よろしく頼む」
幼い頃に別れた明美が立っていた。嬉しかったよ、お姉ちゃんが夢を叶えて戻ってきてくれたんだから。その日、俺は休み時間が待ち遠しかった。明美にまた「風也君」と呼んで欲しかったんだ。ただそれだけだったんだ・・・・。
「明美お姉ちゃん!」
俺は明美に声をかけた。だが・・・・。
「君は沖成か。貴方の父親には世話になったが、ここは神聖な学校だ。公私混同は避けていただきたい」
「え?」
「用事がないなら失礼する」
そうそっけなく言うと明美は廊下の向こうへ消えた。
〜 あの優しかった明美お姉ちゃんは・・・・・? 〜
確かに今の俺と明美は教師と学生の関係だ。でもお互い知らない仲ではない。おれは学校だからこんな態度だと納得した。きっときっと家に帰ったら元の優しいお姉ちゃんに戻ると信じて・・・。その日、明美は赤い屋根の家に戻ることはなかった。次の日も、その次の日も・・・・。明美は魔物娘専用のアパートに住んでいることを知ったのはそれから大分経ってからだ。
そして・・・・・・・・俺は「全て」を知った、いや知ってしまったんだ。
「えっと、この教材は・・・・」
その日、俺は現代史の先公に教材を片付けるよう言われて学校の廊下を歩いていた。
― 先生・・・もっと優しく・・ ―
「?!」
乾之助の声だ。アイツは線も細いし女子にも ― 悍ましいことだが ― 「男」にも人気がある。おまけに押しに弱いところがある。以前盛りのついたオークから助けたこともあるくらいだ。学校で襲う奴なんていないだろうが、ダチを見捨てるほど俺は屑じゃない。
コト・・・・・。
音を出さないように教材を床に置くと、今は使われていない視聴覚室に近づく。
「!」
信じたくない、心で見たものを否定したかった。
学ランを開けた乾之助
アイツの胸に顔をうずめる白い髪と牛の角の女
俺の中の綺麗な思い出が音を立てて砕けていく。
「畜生・・・・・!」
俺は教材を掴むとわざと音を立てながら廊下を歩く。子供じみた、せめてもの復讐だった・・・・。
「先生・・・ごめんなさい。サラシを巻いてもらって」
「君は少し前まで男だったのだろう?巻き方が甘くてほどけてくるのは仕方のないことだ。・・・・私としてはすぐに学園へと転入をお勧めするが」
「僕も考えました。まだ完全に転化したわけじゃないし・・・・・それに・・・」
「好きな男がいるのか?」
乾之助は静かに頷く。
「今期まででいいんです!先生お願いします!今期まで男の子としてこの学校に居させてください!」
「分かった・・・・・。だが私にできることはそこまでだ。その男に思いを告げるのは君だ。それをわかって欲しい」
「うん・・・・」
「サラシが難しいなら、知り合いがやっている店で販売しているコルセットを使用する方法もある。連絡しておくから今度行ってみるといい」
「ありがとうございます先生!」
明美に頭を下げる乾之助。その胸にはおおよそ男性には存在しないはずの慎ましやかな「乳房」があった。
ガヤガヤ・・・
いつの間に授業が終わったのだろう・・・。
俺は虚ろな瞳で街を徘徊していた。
― あの女・・・・学校でサカりやがって!!それも乾之助を相手に・・・、畜生!!! ―
成人しているのなら酒や女で胸の中の苦い思いを消すこともできるだろう。だが、高校生ができることといえばゲーセンで散財するか、カラオケで喉が枯れるまで歌うくらいしかない。
「まるで世界が終わったような顔をしているわね〜〜」
間延びした声が響く。見ると、路肩で一人のデーモンが色褪せたタロットカードを広げていた。いつもならくだらないと一笑に付すが、そのカード捌きは見事に尽きる。俺は無心でその手つきを見つめていて・・・・・。
「え?!」
俺はいつの間にかテーブルについていた。目の前には青い肌をしたデーモンの女。
パラパラッ!
タロットカードがひとりでに空中を舞い、数あるタロットカードの展開法でも一番有名なケルト十字と呼ばれる十字の形をとった。
「あ、お代はいいわよ〜。本業は別だしね」
目の前のデーモンはそう言うと、並べられたカードを一つ一つ開いていく。逃げようと思えば逃げられる。だが、彼女の声になんらかの魔力が含まれてるのか、抵抗する気持ちも薄れていった。
「一枚目は逆位置の力、自信喪失や失敗を表すわ。二枚目はワンドのペイジ、貴方・・・あまり良くないことを知ったのね?」
俺は頷く。
「続けるわね。三枚目と四枚目は愚者と逆位置の女教皇。貴方は知ったことを表面上は何も考えないようにしているけど、心の中では誰かを責めている・・・。おや?五枚目は女帝ね。母性や知的・・・・身近な女性が全ての原因ね。6枚目と7枚目、8枚目は逆位置の恋人と世界、そして法王。このままでは愛する人を誰かに奪われると感じている。貴方の希望はどうにか今の現状を変えたい。そう悪魔の力を借りてもね」
デーモンが俺に見せたのは逆位置の「悪魔」だった。
「10枚目は審判、意味は良い知らせ。貴方、魔物娘専用の催眠アプリって知っているかしら?」
デーモンは俺に微笑んだ。
そして俺はレーム ― 占いをしていたデーモンの名前だ ― から「アプリ」を手に入れた。
俺はコッソリと机に隠したスマートフォンを見る。赤い一つ目のアイコン。これが「催眠調教アプリ」だ。説明書きによると元々は暴走した魔物娘を止めるために、「学園」でゲイザーの催眠能力を機械的に再現したもので元は軍警察用だったらしい。そんなことはどうでもいい。実際使えるかだ。
アプリも万能ではない。故に様々な制約がある。
説明によると、
1、催眠に掛からないこともある。
実際、催眠術も人によって掛からないこともある。特に魔物は魔力によってある程度の耐性をもっていることもあるのだ、ただのアプリでは太刀打ちできない。掛からなかった場合、画面には当たり障りのない猫画像(ケット・シーとネコマタのキャットファイト)が表示されることになっている。
2、対象が必ず一人でいること。
アプリを作動させると表示される画像に対象の意識を集中させる必要がある。カメラが対象の視線を捉え画面をフラッシュさせてサブミナルサインを無意識に植え込むのだ。その為、使用する場合は対象が一人の方が望ましい。
3、人や魔物娘を害する命令は不可能。
魔物娘は種族全体で人や同じ魔物娘を傷つける様なことはできない。いくら催眠をかけてもそれを覆すのは不可能だ。
「沖成!何をコソコソしている!」
牛女が俺を睨みつける。
「いえ、自分占いなんてくだらないと思っているので、関係ないなと・・・」
「学生の本分は勉学だ!夜の街を徘徊するなど言語道断だ!馬鹿者!!」
「へいへい、でも俺、学年のトップだけど?」
「くッ!」
「安心しなよ俺は魔物なんかに興味なんてないしね」
「教師を舐め切って!なんでこんな風に・・・」
「アンタ、知りたいかい?」
俺は目の前の牛女を睨みつける。
「放課後、指導室に来い。話を聞いてから処分を決める」
「処分で何かい?俺のケツに鞭でもくれるってか。イイ趣味してるぜ!ホント」
「貴様・・・・・!」
睨みあう俺たちの間に小柄な影が割って入る。乾之助だ。
「風也君も先生も止めて!!先生は風也君のことを思って」
今にも泣きそうな乾之助の顔を見ると熱が冷めていく。
「・・・・わかったよ」
「指導は放課後。忘れるなよ」
ああ、忘れないぜ。自分からスキを作りやがって・・・
俺は心の中でそう呟いた。
― 生徒指導室 ―
俺がここに来るのは二回目だ。一回目はオークの団体様から乾之助を助け出した時の事を聞かれた時だ。正直、俺は正しいことをしたはずなのにこの犯人扱いされたことに俺は憤っていた。おかげで不良扱いになったがな。
「黙ってないで何か言うことはないのか?」
目の前には例の牛女。
「青筋立てちゃって、カルシウムが足りてねぇーんジャネーノ?牛乳でも飲んだら?自分の搾りたてのミルクでもさ!」
「貴様という奴は!!!」
明美が身を乗り出した。
〜 今だ! 〜
俺はあらかじめ起動しておいた画面を見せる。
パシュッ!
一瞬、画面がフラッシュしたかと思うと、明美はフラフラと椅子にもたれかかる。
「・・・・お前は何だ?」
「わ・・・私は貴方様の奴隷です」
半信半疑だったがどうやら成功したらしい。
「そうだな・・・スカートたくし上げな、今すぐに」
明美は椅子からゆっくりと立ち上がった。
シュル・・・・
微かな衣擦れの音とともに黒のタイトスカートがたくし上げられる。彼女自身を覆うソレは昔、一緒に風呂に入った時に見たような清楚な白ではなく、女の色香を漂わせる紫色のショーツへと変わっていた。布地が薄いのか、彼女の白いアンダーヘアーと大陰唇の一部が透けて見えている。
「スケベな下着を履きやがって!この淫乱牛が!!どうせヤりまくってんだろ?」
「そんな・・違います。私は・・まだ処女です、ご主人様」
「ふーん。ならオナニーして見せろよ?」
「はい・・・・」
明美はその指を紫色のショーツへと滑り込ませた。ショーツの中で指が蠢くと、微かな水音とともに明美の唇からくぐもった声が漏れだした。
「んっ、あぁっ・・・・んふぁ・・・・・」
「随分と手慣れてんじゃねーか。お高くとまった女教師様はオナニー中毒ってか!お前のパンツの中はもう大洪水だぜ!」
俺は目の前で繰り広げられる痴態に目を奪われていた。
〜 汚しつくしてやろうか? 〜
痛いくらいに勃起したペニスは目の前のメスを欲していた。その時だった。
トントン!
生活指導室のドアが叩かれる。
「あの・・・八幡です」
〜 これからってところで! 〜
横目で明美を見ると、既に顔は蕩け切り発情した雌の臭いが立ち込めていた。
「服を直せ!早くしろ!!」
「はい。ご主人様」
俺は明美はいそいそと服を整え終えたのを確認する。
「いいか?今あったことはすぐに忘れろ。ただし俺が呼び出したら直ぐに来い!わかったな?」
彼女が頷くと俺はドアを開いた。
「なんだ乾之助?どうしたんだ」
小柄な体躯。化粧をして女装をすれば恐らく女にしか見えないだろう、友人の乾之助がドアの前で突っ立っていた。
「いや・・・その・・・先生に勇也君が呼び出されて結構時間が経っていたから・・」
大方、自分の「恋人」と俺が一緒にいるのが気になってんだろが。まあいい、だって・・・お前の恋人はもう「俺の物」だからな。
「心配してきてくれたのか!ありがとうな」
俺は心にもない笑顔を作ると乾之助と一緒に指導室を出る。
「え?!でもまだ話が・・・」
「もう終わったって!なぁ・・・・明美」
「はい・・・・」
明美は言葉少なめにそう答えた。
「じゃあ帰ろうぜ!!久しぶりにカラオケに行こう!俺の奢りでいいぜ」」
俺は乾之助の手を引くと夕闇の迫る廊下を歩きだした。
彼は知らない。
一人残された明美が何か物足りなそうに彼の後姿を見ていたことを・・・・・。
彼女が小さく何事かを呟いていたことを。
― うん・・・ごめんねレダ。僕じゃ、君のマスターになれなくて・・・ ―
― でも、彼ならきっとレダも気に入ってくれるよ! ―
― え、勇者を一ダースほど制圧できるようじゃないとマスターとして認められない? ―
― でも、それって外地でもいないんじゃ・・・?だからこの世界に渡ってきた ―
― ごめん!怒らないでレダ!腕を振り上げないで!痛くないけど怖いから!! ―
― でも彼は凄いよ!昔から和道流の空手とブラジリアン柔術を習っていて、寝技をかけられたら脱出不可能なんだから!! ―
― そのような剛の者、会うにはやぶさかではないって?いいよ!だからさ・・・・・・ ―
暗い倉庫の中、少年「八幡乾之助」の目の前には物言わぬ鎧が一体置かれていた。
牛女は相変わらず女王のように教壇の上で振舞ってやがる。
念願の教師に成れていい気なもんだな、オイ。
それも今日で終わりだ。
教師らしい凛々しい姿の魔物娘、「白澤」の白沢明美を見つめながら、その心にケダモノを飼った風也は笑みを浮かべていた。
彼の手の中にあるもの、何の変哲もないありふれたスマートフォンだったがそこには見慣れない赤い一つ目のアプリが起動していた。
〜 明美・・・・、後悔させてやる!この俺を蔑んだ報いを受けろ!!! 〜
アプリの名前は「催眠調教アプリ」。
俺は自分で言うのもなんだが、それなりに成績も良い方だ。それは俺に勉強を教えてくれた「明美お姉ちゃん」のおかげだ。もっとも、あの牛女は自分が先公になるために俺を捨てたんだがな。
あの日、俺は見知らぬデーモンから一枚のデータカードを受け取った。どんな汚れた願いでも叶えることができると、そのデーモンは言っていた。俺は家に帰ると早速、アプリのインストールを開始始めた。両親はともに外地に居る。俺としては四六時中サカっている両親がいなくなってせいせいしている。いくら俺を生んで死んだ母がスケルトンになって戻ってきたといっても、朝から晩まで両親の喘ぎ声を聞かされる身にとってたまったもんじゃない。
「インストールに15分掛かるだと!」
物言わぬスマートフォンに怒りをぶつけてもインストール時間が早まるわけもなく、俺は椅子の上で静かに待っていることにした。ふと窓を見ると見慣れた赤い屋根の家が目についた。
「・・・・・・」
赤い屋根の下には、かつて「姉」と慕い今は憎くて憎くてたまらない明美がかつて住んでいた。
俺が物心ついた時には既に母はいなかった。母は俺を生んで直ぐに亡くなったらしい。うじゃうじゃと魔物娘がいる現在じゃ、こんなことは起こらなかったんだろうが俺が生まれた時に魔物娘はおらず、産科の医者でも助けることができなかった。ピルを飲んでも100パーセントの避妊ができないように、出産で命を落とす人間は少なくからずいる。小さな雑貨店を営んでいた親父は一人残された俺のためにその身を粉にして働いた。そんな時、「外地」から魔物娘が現れ、俺の住む地区でも魔物娘が越してくることも多くなった。俺は何処か他人事のように感じていたと思う。彼女達に対してたいして思うことはなく、同級生がアイツらの話をしても俺は適当に相槌を打っていた。そして俺は「彼女」に会った。
「キミが風也君ね。私は白沢明美。見ての通り、魔物よ」
赤いフレームの眼鏡をかけ、暖かなセーターにその乳牛のような乳房を押し込み、そのムチムチした肢体をブラックレザーのタイトスカートで包んだ女性が微笑む。
彼女は別世界、所謂「外地」から移住してきた魔物娘の「白澤」という種族で、牛の角と尻尾を持ち太腿から下に獣毛が生えてて蹄があった。この世界へは学術研究と教員免許を得るために来たとのことで、俺の親父が家政婦兼家庭教師として彼女を雇ったとのことだ。
その日から彼女との生活が始まった。
「風也君、今日の勉強はこれで終了です!頑張りましたね」
彼女の種族は白澤といい、非常に博識で俺のような捻くれた出来の悪いガキでもわかるまで教えてくれた。今でも思い出せる彼女がテストで満点を取ってきた時に見せたとびきりの笑顔。俺は彼女に母の面影を見ていたのだろう。学校で幼馴染を泣かせてしまったことや、おたふくかぜで寝込んだ俺を付きっ切りで看病してくれたこと。どれも大切な思い出だ。だが、物事には終わりというものがある。それは俺と明美との関係も例外ではなかった。
楽しい時間は過ぎていくものだ。たとえ嫌でも・・・・。
「明美お姉ちゃん家庭教師を辞めるって!!!!なんでだよ!!」
「うん。ごめんね風也君・・・・」
「どうしてだよ!!僕がお父さんに頼むから!!だから・・だから辞めないでよ・・・」
俺は泣いた。
泣いた。
泣いたってどうにもならないことはわかっている。
でも非力なガキだった俺はただただ泣くことしかできなかった。
「風也君、あまり我儘言わないの。私・・・・今度、私教育実習に地方へ行くの。そのあと教員試験を受けるつもりだから、今までのように風也君の先生ができなくなっちゃった・・・」
「そんな・・・・」
俺は明美が教師になるためにこの世界に来たのは知っていた。だからこそ、彼女の為にも駄々をこねてもどうにもならないことはわかっている。
「でも信じて欲しい。教師になれたらきっとこの街にもどってくるわ、絶対に」
そう言うと明美は俺を抱きしめてくれた。
明美のいなくなった彼女の家。いつものように呼び鈴を鳴らしたらひょっこり出てくるんじゃないかと思って、呼び鈴を鳴らしたことは何回もある。でも、彼女が出てくることもなく、彼女の存在が忘却の彼方、美しい思い出に変わった頃に俺は彼女と再び巡り合った。
でも・・・・再開した彼女は以前の彼女ではなかった。
「なあなあ風也!今度来る先生ってどんな人かな」
「知らねーよ。どうせ男狂いの淫乱だろうさ」
「相変わらず魔物娘に手厳しいね。風也ってもしかしてホモ?」
「ちげーよ!それよりも乾之助、お前がやってる柔術部の合田先輩とはどうなんだ?アイツ、寝技になると人が変わるって噂だぜ?」
「あの人はただ寝技を極めたいだけで・・・・。でも何で風也がそれを知ってんのサ?」
ごちゃごちゃと五月蠅い同級生の「八幡乾之助」に軽くヘッドロックをかまして黙らせると、教室のドアを開いて一人の魔物娘が入ってくる。
「・・・・・・・!」
「私の名前は白沢明美。この教室で教鞭を執ることになった。よろしく頼む」
幼い頃に別れた明美が立っていた。嬉しかったよ、お姉ちゃんが夢を叶えて戻ってきてくれたんだから。その日、俺は休み時間が待ち遠しかった。明美にまた「風也君」と呼んで欲しかったんだ。ただそれだけだったんだ・・・・。
「明美お姉ちゃん!」
俺は明美に声をかけた。だが・・・・。
「君は沖成か。貴方の父親には世話になったが、ここは神聖な学校だ。公私混同は避けていただきたい」
「え?」
「用事がないなら失礼する」
そうそっけなく言うと明美は廊下の向こうへ消えた。
〜 あの優しかった明美お姉ちゃんは・・・・・? 〜
確かに今の俺と明美は教師と学生の関係だ。でもお互い知らない仲ではない。おれは学校だからこんな態度だと納得した。きっときっと家に帰ったら元の優しいお姉ちゃんに戻ると信じて・・・。その日、明美は赤い屋根の家に戻ることはなかった。次の日も、その次の日も・・・・。明美は魔物娘専用のアパートに住んでいることを知ったのはそれから大分経ってからだ。
そして・・・・・・・・俺は「全て」を知った、いや知ってしまったんだ。
「えっと、この教材は・・・・」
その日、俺は現代史の先公に教材を片付けるよう言われて学校の廊下を歩いていた。
― 先生・・・もっと優しく・・ ―
「?!」
乾之助の声だ。アイツは線も細いし女子にも ― 悍ましいことだが ― 「男」にも人気がある。おまけに押しに弱いところがある。以前盛りのついたオークから助けたこともあるくらいだ。学校で襲う奴なんていないだろうが、ダチを見捨てるほど俺は屑じゃない。
コト・・・・・。
音を出さないように教材を床に置くと、今は使われていない視聴覚室に近づく。
「!」
信じたくない、心で見たものを否定したかった。
学ランを開けた乾之助
アイツの胸に顔をうずめる白い髪と牛の角の女
俺の中の綺麗な思い出が音を立てて砕けていく。
「畜生・・・・・!」
俺は教材を掴むとわざと音を立てながら廊下を歩く。子供じみた、せめてもの復讐だった・・・・。
「先生・・・ごめんなさい。サラシを巻いてもらって」
「君は少し前まで男だったのだろう?巻き方が甘くてほどけてくるのは仕方のないことだ。・・・・私としてはすぐに学園へと転入をお勧めするが」
「僕も考えました。まだ完全に転化したわけじゃないし・・・・・それに・・・」
「好きな男がいるのか?」
乾之助は静かに頷く。
「今期まででいいんです!先生お願いします!今期まで男の子としてこの学校に居させてください!」
「分かった・・・・・。だが私にできることはそこまでだ。その男に思いを告げるのは君だ。それをわかって欲しい」
「うん・・・・」
「サラシが難しいなら、知り合いがやっている店で販売しているコルセットを使用する方法もある。連絡しておくから今度行ってみるといい」
「ありがとうございます先生!」
明美に頭を下げる乾之助。その胸にはおおよそ男性には存在しないはずの慎ましやかな「乳房」があった。
ガヤガヤ・・・
いつの間に授業が終わったのだろう・・・。
俺は虚ろな瞳で街を徘徊していた。
― あの女・・・・学校でサカりやがって!!それも乾之助を相手に・・・、畜生!!! ―
成人しているのなら酒や女で胸の中の苦い思いを消すこともできるだろう。だが、高校生ができることといえばゲーセンで散財するか、カラオケで喉が枯れるまで歌うくらいしかない。
「まるで世界が終わったような顔をしているわね〜〜」
間延びした声が響く。見ると、路肩で一人のデーモンが色褪せたタロットカードを広げていた。いつもならくだらないと一笑に付すが、そのカード捌きは見事に尽きる。俺は無心でその手つきを見つめていて・・・・・。
「え?!」
俺はいつの間にかテーブルについていた。目の前には青い肌をしたデーモンの女。
パラパラッ!
タロットカードがひとりでに空中を舞い、数あるタロットカードの展開法でも一番有名なケルト十字と呼ばれる十字の形をとった。
「あ、お代はいいわよ〜。本業は別だしね」
目の前のデーモンはそう言うと、並べられたカードを一つ一つ開いていく。逃げようと思えば逃げられる。だが、彼女の声になんらかの魔力が含まれてるのか、抵抗する気持ちも薄れていった。
「一枚目は逆位置の力、自信喪失や失敗を表すわ。二枚目はワンドのペイジ、貴方・・・あまり良くないことを知ったのね?」
俺は頷く。
「続けるわね。三枚目と四枚目は愚者と逆位置の女教皇。貴方は知ったことを表面上は何も考えないようにしているけど、心の中では誰かを責めている・・・。おや?五枚目は女帝ね。母性や知的・・・・身近な女性が全ての原因ね。6枚目と7枚目、8枚目は逆位置の恋人と世界、そして法王。このままでは愛する人を誰かに奪われると感じている。貴方の希望はどうにか今の現状を変えたい。そう悪魔の力を借りてもね」
デーモンが俺に見せたのは逆位置の「悪魔」だった。
「10枚目は審判、意味は良い知らせ。貴方、魔物娘専用の催眠アプリって知っているかしら?」
デーモンは俺に微笑んだ。
そして俺はレーム ― 占いをしていたデーモンの名前だ ― から「アプリ」を手に入れた。
俺はコッソリと机に隠したスマートフォンを見る。赤い一つ目のアイコン。これが「催眠調教アプリ」だ。説明書きによると元々は暴走した魔物娘を止めるために、「学園」でゲイザーの催眠能力を機械的に再現したもので元は軍警察用だったらしい。そんなことはどうでもいい。実際使えるかだ。
アプリも万能ではない。故に様々な制約がある。
説明によると、
1、催眠に掛からないこともある。
実際、催眠術も人によって掛からないこともある。特に魔物は魔力によってある程度の耐性をもっていることもあるのだ、ただのアプリでは太刀打ちできない。掛からなかった場合、画面には当たり障りのない猫画像(ケット・シーとネコマタのキャットファイト)が表示されることになっている。
2、対象が必ず一人でいること。
アプリを作動させると表示される画像に対象の意識を集中させる必要がある。カメラが対象の視線を捉え画面をフラッシュさせてサブミナルサインを無意識に植え込むのだ。その為、使用する場合は対象が一人の方が望ましい。
3、人や魔物娘を害する命令は不可能。
魔物娘は種族全体で人や同じ魔物娘を傷つける様なことはできない。いくら催眠をかけてもそれを覆すのは不可能だ。
「沖成!何をコソコソしている!」
牛女が俺を睨みつける。
「いえ、自分占いなんてくだらないと思っているので、関係ないなと・・・」
「学生の本分は勉学だ!夜の街を徘徊するなど言語道断だ!馬鹿者!!」
「へいへい、でも俺、学年のトップだけど?」
「くッ!」
「安心しなよ俺は魔物なんかに興味なんてないしね」
「教師を舐め切って!なんでこんな風に・・・」
「アンタ、知りたいかい?」
俺は目の前の牛女を睨みつける。
「放課後、指導室に来い。話を聞いてから処分を決める」
「処分で何かい?俺のケツに鞭でもくれるってか。イイ趣味してるぜ!ホント」
「貴様・・・・・!」
睨みあう俺たちの間に小柄な影が割って入る。乾之助だ。
「風也君も先生も止めて!!先生は風也君のことを思って」
今にも泣きそうな乾之助の顔を見ると熱が冷めていく。
「・・・・わかったよ」
「指導は放課後。忘れるなよ」
ああ、忘れないぜ。自分からスキを作りやがって・・・
俺は心の中でそう呟いた。
― 生徒指導室 ―
俺がここに来るのは二回目だ。一回目はオークの団体様から乾之助を助け出した時の事を聞かれた時だ。正直、俺は正しいことをしたはずなのにこの犯人扱いされたことに俺は憤っていた。おかげで不良扱いになったがな。
「黙ってないで何か言うことはないのか?」
目の前には例の牛女。
「青筋立てちゃって、カルシウムが足りてねぇーんジャネーノ?牛乳でも飲んだら?自分の搾りたてのミルクでもさ!」
「貴様という奴は!!!」
明美が身を乗り出した。
〜 今だ! 〜
俺はあらかじめ起動しておいた画面を見せる。
パシュッ!
一瞬、画面がフラッシュしたかと思うと、明美はフラフラと椅子にもたれかかる。
「・・・・お前は何だ?」
「わ・・・私は貴方様の奴隷です」
半信半疑だったがどうやら成功したらしい。
「そうだな・・・スカートたくし上げな、今すぐに」
明美は椅子からゆっくりと立ち上がった。
シュル・・・・
微かな衣擦れの音とともに黒のタイトスカートがたくし上げられる。彼女自身を覆うソレは昔、一緒に風呂に入った時に見たような清楚な白ではなく、女の色香を漂わせる紫色のショーツへと変わっていた。布地が薄いのか、彼女の白いアンダーヘアーと大陰唇の一部が透けて見えている。
「スケベな下着を履きやがって!この淫乱牛が!!どうせヤりまくってんだろ?」
「そんな・・違います。私は・・まだ処女です、ご主人様」
「ふーん。ならオナニーして見せろよ?」
「はい・・・・」
明美はその指を紫色のショーツへと滑り込ませた。ショーツの中で指が蠢くと、微かな水音とともに明美の唇からくぐもった声が漏れだした。
「んっ、あぁっ・・・・んふぁ・・・・・」
「随分と手慣れてんじゃねーか。お高くとまった女教師様はオナニー中毒ってか!お前のパンツの中はもう大洪水だぜ!」
俺は目の前で繰り広げられる痴態に目を奪われていた。
〜 汚しつくしてやろうか? 〜
痛いくらいに勃起したペニスは目の前のメスを欲していた。その時だった。
トントン!
生活指導室のドアが叩かれる。
「あの・・・八幡です」
〜 これからってところで! 〜
横目で明美を見ると、既に顔は蕩け切り発情した雌の臭いが立ち込めていた。
「服を直せ!早くしろ!!」
「はい。ご主人様」
俺は明美はいそいそと服を整え終えたのを確認する。
「いいか?今あったことはすぐに忘れろ。ただし俺が呼び出したら直ぐに来い!わかったな?」
彼女が頷くと俺はドアを開いた。
「なんだ乾之助?どうしたんだ」
小柄な体躯。化粧をして女装をすれば恐らく女にしか見えないだろう、友人の乾之助がドアの前で突っ立っていた。
「いや・・・その・・・先生に勇也君が呼び出されて結構時間が経っていたから・・」
大方、自分の「恋人」と俺が一緒にいるのが気になってんだろが。まあいい、だって・・・お前の恋人はもう「俺の物」だからな。
「心配してきてくれたのか!ありがとうな」
俺は心にもない笑顔を作ると乾之助と一緒に指導室を出る。
「え?!でもまだ話が・・・」
「もう終わったって!なぁ・・・・明美」
「はい・・・・」
明美は言葉少なめにそう答えた。
「じゃあ帰ろうぜ!!久しぶりにカラオケに行こう!俺の奢りでいいぜ」」
俺は乾之助の手を引くと夕闇の迫る廊下を歩きだした。
彼は知らない。
一人残された明美が何か物足りなそうに彼の後姿を見ていたことを・・・・・。
彼女が小さく何事かを呟いていたことを。
― うん・・・ごめんねレダ。僕じゃ、君のマスターになれなくて・・・ ―
― でも、彼ならきっとレダも気に入ってくれるよ! ―
― え、勇者を一ダースほど制圧できるようじゃないとマスターとして認められない? ―
― でも、それって外地でもいないんじゃ・・・?だからこの世界に渡ってきた ―
― ごめん!怒らないでレダ!腕を振り上げないで!痛くないけど怖いから!! ―
― でも彼は凄いよ!昔から和道流の空手とブラジリアン柔術を習っていて、寝技をかけられたら脱出不可能なんだから!! ―
― そのような剛の者、会うにはやぶさかではないって?いいよ!だからさ・・・・・・ ―
暗い倉庫の中、少年「八幡乾之助」の目の前には物言わぬ鎧が一体置かれていた。
18/11/03 22:22更新 / 法螺男
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