電気女郎は高座の夢を見るか?
「・・・・入門は認められない」
うらびれた演芸場の楽屋。
そこで紋付袴姿の40過ぎの男が静かに答える。彼は「双葉亭囃志」。所謂「噺家」だ。
「師匠そこをなんとか!」
頭を下げるのは女性、いやアンドロイド型 ― 女性であるからガイノイド型と言うべきだろうが ― 魔物娘、「オートマトン」と呼ばれる存在だった。
魔物娘が認知され市民権を持った昨今とはいえ、あまり見かけることが少ない魔物娘である。
「弟子にもなっていないのに、師匠と呼ばれたくないね」
「そ、それは・・・・」
「確かに学園からの協力金は確かに魅力的だ。師匠がああなってウチの懐が寒いからな」
「それなら!」
「それとこれとは別だ。お前自身の本心を聞きたい」
「・・・・・わかりました。でも何を見ても怖がらないでくださいね」
そう言うと、オートマトンの少女は静かに顔を上げた。
カチ!シューンンンン・・・!
機械音と共に少女の顔が「割れた」。
「ヒッ!」
囃志が悲鳴をあげる。
割れた顔の中には無数のコードとチカチカと点滅するライト、顔の中央には剥き出しの眼球が彼を見ていた。
魔物娘が渡来した現代であっても、目の前の「異形」に囃志は根源的な恐怖を感じてしまう。
「・・・・見ての通り、私は人や魔物のように血肉を持った存在ではありません。私の身体を血の代わりに流れるのは電磁パルスであり、筋肉の代わりにアクチュレーターで動きます」
プシュゥゥゥゥ・・・・。
その「異形」は静かに自らの顔面を閉じた。
「だからこそ私は人の持つ感情に強く惹かれてしまうのです。落語には人の悲しみや苦しみがあり、どんな結末でもそれを明るく笑い飛ばしています」
「そうだな。笑えねぇ落語は落語じゃないな。お前、分かってンじゃねーか」
「だからこそ!私は落語を学びたい!人の笑いを感じたいんです!!機械として」
囃志は顔を上げた。
「言っておくが、噺家は楽な道じゃない。覚悟はできてンだな?」
少女は静かに頷いた。
「お前、名前は?」
「学園で生み出された再生型オートマトン、THX1138型です・・・・名前はありません」
― 再生型オートマトン ―
「外地」で冒険者をしていた、とあるグレムリンが結婚の際に手放した未組立のオートマトン群。それを引き取った「学園」が近代工学と魔力工学の粋を集めて再生させた存在。
それが、「再生型オートマトン」だ。
現在は官公庁や学園で作動及び機能評価テストが行われている。
「桜花。お前、今日より桜花と名乗れ。噺家に名は必要だからな」
「はい!」
落語家は基本的に「見習い」、「前座」、「二つ目」、「真打」の階級が存在する。
もっとも、これは協会の場合であり、独立している一門の場合はそうではない。特に、双葉亭囃志の師匠はかなり破天荒な人柄で知られていて、その所業から落語協会からは破門されてしまっている。
一門も高弟である囃志一人だけであり、現在は独り身の白蛇にちょっかいだして行方不明になった師匠の代わりに双葉亭を代紋を背負っている。
「まずは食事だ!お前、いや桜花。何か食べたいものはあるか?」
「その私は・・・・」
桜花は懐から錠剤を取り出した。
「学園から支給されている精補給剤です。これがあれば魔物娘は餓えることも感情のままに行動することもありません。食事も必要ないです」
「いけねぇな。噺家ってのは、実際目の前に蕎麦がなくとも蕎麦を喰っているように演じなきゃいけねぇ。決めた!師匠命令だ。桜花は毎日三食食べること!」
「それは・・修行ですか?」
「おう!落語の修行は一日24時間、休みは無い。心して励め」
「勉強させていただきます!師匠!!」
こうして、オートマトンの落語家「双葉亭桜花」は生まれた。
桜花は「内弟子」として有用だった。
通常落語の修行は師匠・その家族のために家事などの下働き・雑用をすることもある。休みはない。元々、人に奉仕するために生み出された存在であるオートマトンにとっては苦にもならない。
前座になったらなったらで寄席での呼び込み太鼓・鳴り物・めくりの出し入れ・色物の道具の用意と回収・マイクのセッティング・茶汲み・着物の管理など楽屋、寄席共に毎日雑用をこなすことになる。
脱落者も多い修行ではあるが、それすら桜花は涼しい顔でこなしていた。
そして月日は流れ・・・。
「桜花、見事だ」
「ありがとうございます。師匠」
「昔、時そばのオチがわからないって、俺を質問攻めにしていたのがウソみたいだ。特に最後の金蔵がお染に仕返しするところもサスペンスドラマみたいな臨場感があってよかったぜ」
桜花が「認め」に選んだ演目は「品川心中」。
品川の遊郭を舞台にした噺であり、前半では女郎と客の心中がテーマとなっているが、後半では自分を騙したお染に心中から生き残った金蔵が仕返しを目論む展開となる。現代では前半のみの話で終了させ、後半の下げ、つまりは金蔵の報復までの話をすることがほとんどいない。
桜花は魔物らしく後半の報復を悲惨なものではなく、サスペンスを感じさせながらも落語らしい素朴な笑いと清々しさを残す語り口に仕上げていた。
「桜花、では最後の課題を与える」
「はい」
桜花が真剣な顔で囃志の顔を見る。
「披露会では古典落語は禁ずる。つまりは新作で臨むこと」
「!」
通常、真打といえば一門を代表する存在であり、故に通常披露会では師匠の得意とする演目をするものだ。
「ウチの師匠は兎に角クズで、ちょっとでも脈があれば人の女でも手を出す奴でさ、早朝三時に血まみれになった師匠を知り合いが経営する動物病院に運んだこともある」
囃志は一呼吸おく。
「でも、そんな師匠でも守っていることがある。それは客を楽しませること、それだけは師匠は守っていた・・・・」
桜花と目を合わせる。
「俺にはお前がどんな人生を送ってきたのかわからない。それは客だって同じだ。だからこそ・・・・お客に本当のお前を見せてやれ!桜花!」
「はい!」
― 「学園」多目的ホール ―
学園長であるバフォメットの「ジル・バーンウッド」が傍らに居るリッチの「パメラ・クライン」に声を掛けた。
「しかし、研究一辺倒のお主が落語とはのう・・・・」
「研究者とは知的好奇心が燃料ですから。なにせオートマトンの落語家なんて未知の領域ですもの」
「そうじゃな。今回は創作落語。さてさて吉と出るか凶と出るか・・・」
軽快な囃子にのせて桜柄の和服を着た一体、いや一人のオートマトンが高座にあがる。
「紹介を受けましたワタクシ、双葉亭桜花、本邦初のオートマトン落語家でございます」
「オートマトンと言えばロボット!でございます。と言っても目からビームを出したり、おっぱいがミサイルになっているなんてございやせん。出来ることと言えば・・・・」
そう言うと桜花は自分の喉に手を当ててトントンと叩いた。
「ワレワレハマモノムスメダ・・・。このくらいでございます」
あまりにもベタベタなツカミ。しかし、それが観客の「険」を解いた。
「我々の故郷ともいえる門の向こう、外地にはジパングと呼ばれる日本によく似た国があります。その国に熊助という世にもケチな男がおりました」
「この熊助。ケチの癖にかなりの酒好き、しかし店で酒を飲むのにどうにも金が気になる。ある日、悩み抜いた熊助は酒を満たしたとっくりと同じ分量の水、そして空のとっくりを店の店主の与太郎に用意させた」
「ったく熊公。また変な事を思いついたな!」
「うるせぇなぁ、てめぇは...聞いてるよ...聞いてますよってんだ」
「さて店主の与太郎。また熊助の病気が再発したのかとあきれ顔」
「おい熊公!とっくりは擦り切れたヤツしかないぞ!」
「おう!汚くても構わねぇさ!だけれどもとっくりは全部同じにしとくれ!」
「店の店主は渋い顔をしながらも熊助に言われた通りにとっくりを用意した。そして熊助は徐に空のとっくりに酒をきっかり半分注ぐと、そこに水を注ぎ入れる」
「おいおい熊助!そんな事すりゃ酒がまずくなるぞ!!」
「流石に、熊助のその行いには店の店主が物申すが当の熊助は涼しい顔」
「べらんめぇ!いい酒はどんなんでもいい酒でぇい!!」
「熊助は啖呵を切るとそれをぐぃっと飲んだ」
「やっぱり酒はウメェ!!生き返る!!!この一杯の為に生きてんだ!!文句あっか!!」
「へぃへぃ、で熊助、肴はどうすんだ?」
「メザシでいい。さっさと持ってきやがれ!」
「熊助はメザシを肴にきっかり、とっくり一本の酒と水を飲むと店を出て行った」
「こうして熊助は次の日も次の日も、きっかり一本分の酒と水を頼んだ。こうなってくると面白くないのが店主の与太郎。なにせ毎回とっくり一本の酒と水、そしてメザシしか頼まない」
「そこで与太郎は考えた」
「おう!邪魔するぜ」
「また来たのか熊助」
「またとは酷いな!ツケもねぇってのにな!」
「はいはい、感謝してますよっと、そうそう熊公、今日はいい酒が手に入ったんだ。どうだい一本?」
「いい酒?どうせ高いんだろ?ダメダメ金がもったいねぇよ!」
「いやいや、とっくり一本、値段はいつもの半分でいいさ」
「んぁ?お前さんみたいなヤツが仏心に目覚めたのかい?吉原に観音様でも拝みに行ってきたかよ?」
「んにゃ。なんでも酒蔵の跡取りが生まれたんでいつもよりも安く手に入ったんだよ。で、どうするね?」
「いつもの金で二倍酒を飲めると聞くと飲みたくなるのが、熊助という男」
「ホントに酒か?まさかおめぇさん、実は稲荷か刑部狸で俺にションベンでも飲まそうってのか?」
「おいおい!俺が稲荷みたいなベッピンに見えんのか?嫌ならいいぜ嫌なら」
「熊助は悩んで悩んで結局酒を頼んだ」
「ホラよ熊公」
「ん?なんか水みたいな味だな」
「なわけあるか!良く匂いを嗅いでみろ!それでも疑うなら眉に唾でもつけな!」
「・・・確かに酒だ」
「熊助をいつものように酒を飲み始めた。なんせいつもの酒代で二倍飲めるんだ当然水で割ったりはしない」
「なんか甘くていい酒だなぁ!いくらでも飲めるぜ!!ヒック・・・ウィ〜」
「熊助は上機嫌でとっくりの中の酒を飲む。もっとも上機嫌なのは熊助だけじゃありません。酒を出してきた店主の与太郎もでした」
「熊助のヤツいい気で飲んでやがるぜ!とっくりの中はただの水なのにな!」
「なんと与太郎はとっくりに一旦酒を入れるとすぐさま別のとっくりに酒を移してそこに水を入れていておりました。そんな与太郎の悪だくみに気付かず、水に酔ってるのかそれともとっくりに酔っているのか、なぜか熊助はえびす顔」
「ウィ〜〜〜!酔っちまったぜ!チクショウメ!!」
「そう言うと熊助はそのまま突っ伏して大いびきをかいて眠り始めた」
「おい熊!起きろ!!」
「ヒック...ウィ〜」
「たかが水で酔えるかねぇ全く!!」
「与太郎がいくら耳元で大声だしてもゆすっても何しても熊助は起きない。幸せそうな熊助を見ると短気な与太郎は段々イライラしてきて、桶に水をなみなみと入れると・・・」
「おら!熊さっさと起きやがれ!!!!」
「これにはたまらず熊助は飛び起きた」
「与太郎!!人を起こすのに酒をぶっかける奴がいるか!!!!!」
「お後がよろしいようで・・・・」
万雷の拍手の中、機械の少女は人間のように笑みを浮かべた。
― 楽屋 ―
「桜花、これでお前も真打。つまりは一端の落語家だ」
「師匠!これまでのご指導ありがとうございました!!でも・・・」
「でも?」
「もう・・・師匠とは会えないんですか?」
「そんなことねぇよ。ただ、今までのような内弟子とはいかねぇな」
「そんな・・・・」
意を決して桜花が口を開く。
「私・・・まだ人間の感情を理解できていません!もう少し・・・もう少しでいいから師匠の内弟子を続けさせてください!!お願いします!!」
桜花が畳に身体を投げ出す。
「ハハッ!真打が出戻りか?相変わらず常識にとらわれないなお前は!」
「すみません・・・」
「いやいや、責めてんじゃねぇよ。俺はお前の芸に対する真摯な気持ちを評価してるだけさ。・・・・いいぜ、好きなだけいろ。まぁ、宿賃代わりにメシを作ってもらうがな」
桜花がまるで満開の桜のような笑顔に染まる。
「ありがとうございます!!!!師匠!!!」
桜花は知らない。
自らの身体を走る電磁パルスの微かな揺れ。
それが「恋心」であることを・・・。
うらびれた演芸場の楽屋。
そこで紋付袴姿の40過ぎの男が静かに答える。彼は「双葉亭囃志」。所謂「噺家」だ。
「師匠そこをなんとか!」
頭を下げるのは女性、いやアンドロイド型 ― 女性であるからガイノイド型と言うべきだろうが ― 魔物娘、「オートマトン」と呼ばれる存在だった。
魔物娘が認知され市民権を持った昨今とはいえ、あまり見かけることが少ない魔物娘である。
「弟子にもなっていないのに、師匠と呼ばれたくないね」
「そ、それは・・・・」
「確かに学園からの協力金は確かに魅力的だ。師匠がああなってウチの懐が寒いからな」
「それなら!」
「それとこれとは別だ。お前自身の本心を聞きたい」
「・・・・・わかりました。でも何を見ても怖がらないでくださいね」
そう言うと、オートマトンの少女は静かに顔を上げた。
カチ!シューンンンン・・・!
機械音と共に少女の顔が「割れた」。
「ヒッ!」
囃志が悲鳴をあげる。
割れた顔の中には無数のコードとチカチカと点滅するライト、顔の中央には剥き出しの眼球が彼を見ていた。
魔物娘が渡来した現代であっても、目の前の「異形」に囃志は根源的な恐怖を感じてしまう。
「・・・・見ての通り、私は人や魔物のように血肉を持った存在ではありません。私の身体を血の代わりに流れるのは電磁パルスであり、筋肉の代わりにアクチュレーターで動きます」
プシュゥゥゥゥ・・・・。
その「異形」は静かに自らの顔面を閉じた。
「だからこそ私は人の持つ感情に強く惹かれてしまうのです。落語には人の悲しみや苦しみがあり、どんな結末でもそれを明るく笑い飛ばしています」
「そうだな。笑えねぇ落語は落語じゃないな。お前、分かってンじゃねーか」
「だからこそ!私は落語を学びたい!人の笑いを感じたいんです!!機械として」
囃志は顔を上げた。
「言っておくが、噺家は楽な道じゃない。覚悟はできてンだな?」
少女は静かに頷いた。
「お前、名前は?」
「学園で生み出された再生型オートマトン、THX1138型です・・・・名前はありません」
― 再生型オートマトン ―
「外地」で冒険者をしていた、とあるグレムリンが結婚の際に手放した未組立のオートマトン群。それを引き取った「学園」が近代工学と魔力工学の粋を集めて再生させた存在。
それが、「再生型オートマトン」だ。
現在は官公庁や学園で作動及び機能評価テストが行われている。
「桜花。お前、今日より桜花と名乗れ。噺家に名は必要だからな」
「はい!」
落語家は基本的に「見習い」、「前座」、「二つ目」、「真打」の階級が存在する。
もっとも、これは協会の場合であり、独立している一門の場合はそうではない。特に、双葉亭囃志の師匠はかなり破天荒な人柄で知られていて、その所業から落語協会からは破門されてしまっている。
一門も高弟である囃志一人だけであり、現在は独り身の白蛇にちょっかいだして行方不明になった師匠の代わりに双葉亭を代紋を背負っている。
「まずは食事だ!お前、いや桜花。何か食べたいものはあるか?」
「その私は・・・・」
桜花は懐から錠剤を取り出した。
「学園から支給されている精補給剤です。これがあれば魔物娘は餓えることも感情のままに行動することもありません。食事も必要ないです」
「いけねぇな。噺家ってのは、実際目の前に蕎麦がなくとも蕎麦を喰っているように演じなきゃいけねぇ。決めた!師匠命令だ。桜花は毎日三食食べること!」
「それは・・修行ですか?」
「おう!落語の修行は一日24時間、休みは無い。心して励め」
「勉強させていただきます!師匠!!」
こうして、オートマトンの落語家「双葉亭桜花」は生まれた。
桜花は「内弟子」として有用だった。
通常落語の修行は師匠・その家族のために家事などの下働き・雑用をすることもある。休みはない。元々、人に奉仕するために生み出された存在であるオートマトンにとっては苦にもならない。
前座になったらなったらで寄席での呼び込み太鼓・鳴り物・めくりの出し入れ・色物の道具の用意と回収・マイクのセッティング・茶汲み・着物の管理など楽屋、寄席共に毎日雑用をこなすことになる。
脱落者も多い修行ではあるが、それすら桜花は涼しい顔でこなしていた。
そして月日は流れ・・・。
「桜花、見事だ」
「ありがとうございます。師匠」
「昔、時そばのオチがわからないって、俺を質問攻めにしていたのがウソみたいだ。特に最後の金蔵がお染に仕返しするところもサスペンスドラマみたいな臨場感があってよかったぜ」
桜花が「認め」に選んだ演目は「品川心中」。
品川の遊郭を舞台にした噺であり、前半では女郎と客の心中がテーマとなっているが、後半では自分を騙したお染に心中から生き残った金蔵が仕返しを目論む展開となる。現代では前半のみの話で終了させ、後半の下げ、つまりは金蔵の報復までの話をすることがほとんどいない。
桜花は魔物らしく後半の報復を悲惨なものではなく、サスペンスを感じさせながらも落語らしい素朴な笑いと清々しさを残す語り口に仕上げていた。
「桜花、では最後の課題を与える」
「はい」
桜花が真剣な顔で囃志の顔を見る。
「披露会では古典落語は禁ずる。つまりは新作で臨むこと」
「!」
通常、真打といえば一門を代表する存在であり、故に通常披露会では師匠の得意とする演目をするものだ。
「ウチの師匠は兎に角クズで、ちょっとでも脈があれば人の女でも手を出す奴でさ、早朝三時に血まみれになった師匠を知り合いが経営する動物病院に運んだこともある」
囃志は一呼吸おく。
「でも、そんな師匠でも守っていることがある。それは客を楽しませること、それだけは師匠は守っていた・・・・」
桜花と目を合わせる。
「俺にはお前がどんな人生を送ってきたのかわからない。それは客だって同じだ。だからこそ・・・・お客に本当のお前を見せてやれ!桜花!」
「はい!」
― 「学園」多目的ホール ―
学園長であるバフォメットの「ジル・バーンウッド」が傍らに居るリッチの「パメラ・クライン」に声を掛けた。
「しかし、研究一辺倒のお主が落語とはのう・・・・」
「研究者とは知的好奇心が燃料ですから。なにせオートマトンの落語家なんて未知の領域ですもの」
「そうじゃな。今回は創作落語。さてさて吉と出るか凶と出るか・・・」
軽快な囃子にのせて桜柄の和服を着た一体、いや一人のオートマトンが高座にあがる。
「紹介を受けましたワタクシ、双葉亭桜花、本邦初のオートマトン落語家でございます」
「オートマトンと言えばロボット!でございます。と言っても目からビームを出したり、おっぱいがミサイルになっているなんてございやせん。出来ることと言えば・・・・」
そう言うと桜花は自分の喉に手を当ててトントンと叩いた。
「ワレワレハマモノムスメダ・・・。このくらいでございます」
あまりにもベタベタなツカミ。しかし、それが観客の「険」を解いた。
「我々の故郷ともいえる門の向こう、外地にはジパングと呼ばれる日本によく似た国があります。その国に熊助という世にもケチな男がおりました」
「この熊助。ケチの癖にかなりの酒好き、しかし店で酒を飲むのにどうにも金が気になる。ある日、悩み抜いた熊助は酒を満たしたとっくりと同じ分量の水、そして空のとっくりを店の店主の与太郎に用意させた」
「ったく熊公。また変な事を思いついたな!」
「うるせぇなぁ、てめぇは...聞いてるよ...聞いてますよってんだ」
「さて店主の与太郎。また熊助の病気が再発したのかとあきれ顔」
「おい熊公!とっくりは擦り切れたヤツしかないぞ!」
「おう!汚くても構わねぇさ!だけれどもとっくりは全部同じにしとくれ!」
「店の店主は渋い顔をしながらも熊助に言われた通りにとっくりを用意した。そして熊助は徐に空のとっくりに酒をきっかり半分注ぐと、そこに水を注ぎ入れる」
「おいおい熊助!そんな事すりゃ酒がまずくなるぞ!!」
「流石に、熊助のその行いには店の店主が物申すが当の熊助は涼しい顔」
「べらんめぇ!いい酒はどんなんでもいい酒でぇい!!」
「熊助は啖呵を切るとそれをぐぃっと飲んだ」
「やっぱり酒はウメェ!!生き返る!!!この一杯の為に生きてんだ!!文句あっか!!」
「へぃへぃ、で熊助、肴はどうすんだ?」
「メザシでいい。さっさと持ってきやがれ!」
「熊助はメザシを肴にきっかり、とっくり一本の酒と水を飲むと店を出て行った」
「こうして熊助は次の日も次の日も、きっかり一本分の酒と水を頼んだ。こうなってくると面白くないのが店主の与太郎。なにせ毎回とっくり一本の酒と水、そしてメザシしか頼まない」
「そこで与太郎は考えた」
「おう!邪魔するぜ」
「また来たのか熊助」
「またとは酷いな!ツケもねぇってのにな!」
「はいはい、感謝してますよっと、そうそう熊公、今日はいい酒が手に入ったんだ。どうだい一本?」
「いい酒?どうせ高いんだろ?ダメダメ金がもったいねぇよ!」
「いやいや、とっくり一本、値段はいつもの半分でいいさ」
「んぁ?お前さんみたいなヤツが仏心に目覚めたのかい?吉原に観音様でも拝みに行ってきたかよ?」
「んにゃ。なんでも酒蔵の跡取りが生まれたんでいつもよりも安く手に入ったんだよ。で、どうするね?」
「いつもの金で二倍酒を飲めると聞くと飲みたくなるのが、熊助という男」
「ホントに酒か?まさかおめぇさん、実は稲荷か刑部狸で俺にションベンでも飲まそうってのか?」
「おいおい!俺が稲荷みたいなベッピンに見えんのか?嫌ならいいぜ嫌なら」
「熊助は悩んで悩んで結局酒を頼んだ」
「ホラよ熊公」
「ん?なんか水みたいな味だな」
「なわけあるか!良く匂いを嗅いでみろ!それでも疑うなら眉に唾でもつけな!」
「・・・確かに酒だ」
「熊助をいつものように酒を飲み始めた。なんせいつもの酒代で二倍飲めるんだ当然水で割ったりはしない」
「なんか甘くていい酒だなぁ!いくらでも飲めるぜ!!ヒック・・・ウィ〜」
「熊助は上機嫌でとっくりの中の酒を飲む。もっとも上機嫌なのは熊助だけじゃありません。酒を出してきた店主の与太郎もでした」
「熊助のヤツいい気で飲んでやがるぜ!とっくりの中はただの水なのにな!」
「なんと与太郎はとっくりに一旦酒を入れるとすぐさま別のとっくりに酒を移してそこに水を入れていておりました。そんな与太郎の悪だくみに気付かず、水に酔ってるのかそれともとっくりに酔っているのか、なぜか熊助はえびす顔」
「ウィ〜〜〜!酔っちまったぜ!チクショウメ!!」
「そう言うと熊助はそのまま突っ伏して大いびきをかいて眠り始めた」
「おい熊!起きろ!!」
「ヒック...ウィ〜」
「たかが水で酔えるかねぇ全く!!」
「与太郎がいくら耳元で大声だしてもゆすっても何しても熊助は起きない。幸せそうな熊助を見ると短気な与太郎は段々イライラしてきて、桶に水をなみなみと入れると・・・」
「おら!熊さっさと起きやがれ!!!!」
「これにはたまらず熊助は飛び起きた」
「与太郎!!人を起こすのに酒をぶっかける奴がいるか!!!!!」
「お後がよろしいようで・・・・」
万雷の拍手の中、機械の少女は人間のように笑みを浮かべた。
― 楽屋 ―
「桜花、これでお前も真打。つまりは一端の落語家だ」
「師匠!これまでのご指導ありがとうございました!!でも・・・」
「でも?」
「もう・・・師匠とは会えないんですか?」
「そんなことねぇよ。ただ、今までのような内弟子とはいかねぇな」
「そんな・・・・」
意を決して桜花が口を開く。
「私・・・まだ人間の感情を理解できていません!もう少し・・・もう少しでいいから師匠の内弟子を続けさせてください!!お願いします!!」
桜花が畳に身体を投げ出す。
「ハハッ!真打が出戻りか?相変わらず常識にとらわれないなお前は!」
「すみません・・・」
「いやいや、責めてんじゃねぇよ。俺はお前の芸に対する真摯な気持ちを評価してるだけさ。・・・・いいぜ、好きなだけいろ。まぁ、宿賃代わりにメシを作ってもらうがな」
桜花がまるで満開の桜のような笑顔に染まる。
「ありがとうございます!!!!師匠!!!」
桜花は知らない。
自らの身体を走る電磁パルスの微かな揺れ。
それが「恋心」であることを・・・。
18/07/20 20:57更新 / 法螺男