Wake Up Girl! ― 壊音 ―
― 在ドラゴニア、ドラン人魔共国大使館 ―
数年前、中立国であったドラン国は存亡の危機に立たされていた。長く続く飢饉、辛うじて餓死者は出ていなかったがそれも時間の問題であった。国の中枢は何度も教団に支援を要請したが、戦時である事を理由に断られていた。そんな時に手を差し伸べたのが魔物娘達だ。彼らが持ち込んだマカイモや精霊使いによる土壌改良により、国難は避けられたと思えた矢先、教団に魔物娘達に支援を受けたことが知られてしまった。教団は属する聖職者であるギデオン・ビューレンが魔物と通じているとし、引き渡さなければ軍を差し向けると脅して来た。
「支援も寄越さずに軍を差し向けるとは!」
人魔問わずに憤慨したが教団の軍事力に対抗する術はなく、断腸の思いでギデオンを差し出した。処刑の寸前で彼の伴侶であるショゴスのニナが助けに呼んだドラゴニア竜騎士団により教団軍は壊滅、おまけにドランを侵略するために教団が用意していた別動隊の存在が特殊工兵隊の活躍により明らかになった。もう中立国にこだわる必要はない。親魔国へと生まれ変わったドランはこうしてドラゴニアに大使館を構える様にまでなったのだ。
「・・・・・・」
瀟洒な大使館の二階。脱走兵クーラ・アイエクセルは物陰に身を隠しながら眼下を見る。幸い、空に哨戒するワイバーンはいなかったが、しかし眼下には明らかに堅気には見えない連中が一般人のフリをして大使館前に陣取っている。
「ったく、アタシも舐められたモンだな。ハロウィンの仮装行列はとっくに終わってんだろ」
クーラがそう呟いた時だ。
ガチャッ!
豪華な彫刻の施されたドアが開いて、鉄灰色の髪をした長身の男性とメイド姿のショゴスが部屋に入ってきた。
「元気そうだなクーラ」
「大使様とは、アンタもちょっと見ない間に偉くなったもんだな、ギデオン」
「私は引き受けるつもりはなかったのだけどね」
あの日、クーラと彼女が率いるドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊の活躍により九死に一生を得たギデオンは、伴侶であるショゴスのニナと共に親魔国へと変わったドランの全権大使として、ドラゴニアに赴任している。
「ドラゴニア竜騎士団からの引き渡し要請は?」
「今のところないね。ココは曲りなりにも大使館だ、たかが騎士団が国を相手取るにはもう少し時間が必要だろう」
グゥ〜〜〜
「すまねぇ・・・。朝から何も食べてなくて」
「問題ないよ。ニナ、サンドイッチと紅茶を頼むよ」
ギデオンがそう言うと、ニナがその場を後にした。
「・・・・・何があったか教えてくれないかい?」
「いいが・・・・聞いていて気持ちのいいもんじゃないぜ?」
ギデオンが静かに頷く。
「なぁギデオン、悪食竜の話って知ってっか?」
「ああ・・・私が幼い頃に母からよく怖がらせられたもんだよ。お残ししたら悪食竜に骨まで食べられるって。でもそれはあくまで御伽噺だろ?」
「ギデオン・・・あれは御伽噺じゃないんだ」
クーラが一呼吸置く。
「魔王の代替わりが起こるまで魔物はあくまで人間を食料としてしか見てなかったらしい。それはドラゴンとて同じだった・・・」
― 悪食竜バニカの話 ―
あるところに魔物に襲われた村があった。
母も父も魔物に喰われた哀れな少年。彼を救ったのは赤いドラゴンだった。
ドラゴンは少年を遠くの山に連れて行った。
そこには少年同様、ドラゴンに連れてこられた見知らぬ少女がいた。
少女は母から教えられたとおりに畑を作り、少年は父に教わった通りに家畜を飼育し山で生活を始めた。
やがて少女も少年も成熟し子を成すまでになり、畑も彼らが食べきれないほど作物が実をつけ家畜も増え牧場といえるまでになった。
その日は何気ない、いつもの日と変わらなかった。
耳を劈く風の音。
あの日彼らを助けた赤いドラゴンが再び山に降り立った。
かつて少年と少女であった男と女は無邪気にドラゴンが自分達を祝福しに来てくれたと思った。
赤いドラゴンが去ると・・・・。
男が丹精込めて世話していた牛や豚、鶏は姿を消し、女が我が子のように育てていた作物は根こそぎ取りつくされ、そして男と女、彼らの子供たちは何処にもいなかった。
「こいつはかつてのドラゲイ帝国で教訓めいて話されていた寓話だ。決して竜に心を許してはいけないという戒めのな」
「そんな謂われがあったのか・・・」
「ああ。かつてこのバニカはドラゲイ帝国に攻め込んだらしい。記録によるとその時の竜騎士団の精鋭が全滅寸前になりつつもバニカの左腕と右目をもぎ取って撃退したらしい。それだけならただの記録だ。しかし、一攫千金を狙う山師が地下で眠るドラゴンゾンビになったバニカを見つけちまった。ドラゴニアに保管されていた記録通り、バニカの左手はなく、右目は術師の火炎玉によって焼け爛れていたらしい」
「ちょっと待ってくれクーラ!まがりなりにも私はドランの全権大使だ。そんな話なんて聞いたことなんてないぞ」
「そりゃそうさ。バニカの発見自体軍事機密だ。よく考えてみなよ、童話にもなるような邪竜がドラゴンゾンビになって見つかったんだぜ。教団どころか周辺国にも影響を与える。ドラゴニアは昔みたいな軍事国家じゃない。ただでさえ竜騎士団って抑止力をもっているんだ、奴らに侵略の口実を与えちまう」
「・・・・確かにそうだな」
「デオノーラ女王は竜騎士団にバニカから保有している魔力を問題ないレベルまで落として、竜の墓場へ連行することを命じた。竜騎士団が保有する魔界銀製の武器や弾薬ならバニカの馬鹿げた魔力を普通のドラゴンゾンビ並みに落とすことができるはず、だった・・・」
クーラは目を閉じた。
― 三年前 竜鳴山脈 ―
ドガガァァッァァァァ!!!
洞穴が爆発し、瓦礫と土、爆炎を吐き出す。
「こちらガンプ!対象の真下に設置した爆雷の起爆を確認しました!!対象・・・健在!!」
門の向こうの国から持ち込まれた無線機がワームの「電光石火のガンプ」からの報告を発令所に告げる。
「ご苦労!脱出しつつ、爆雷の敷設作業を開始してくれ!」
「了解!!!」
ズズズ・・・
爆炎と硝煙の向こうから「バニカ」が姿を現す。その姿はまさに「腐りかけのドラゴン」にふさわしい恐ろしい姿だった。かつて紅玉のように輝いていたであろう赤い鱗はところどころ壊死したかのように黒く変色し、その知性の感じられない濁った瞳は獰猛に獲物を求めていた。
伴侶を得ず、愛すら知らずに世を去ったドラゴンが変じる終の姿「ドラゴンゾンビ」。竜騎士団を統べる騎士団長、ドラゴンのアルトイーリスとて動揺を隠せない。指揮官であるアルトイーリスでさえこうなのだ。彼女の指揮下の兵たちにとってはその動揺は命取りといえる。
〜 マズい・・・飲まれてやがる・・・ 〜
副官であるクーラは無線機のマイクを手に取った。
「こちらアバズレ殴り込み隊副長のクーラ・アイエクセル大佐だ!諸君の動揺もわかるが、諸君たちはなんだ?伴侶とともに蒼穹を翔る竜騎士だ!!諸君たちの目の前には邪竜バニカが立っている。だが、いくら邪竜といえども所詮は男日照りの挙句に死んだドラゴンゾンビだ!!愛する者がいる諸君らがあのような腐れマンコに負ける道理なんぞ、一ミリとてない!!!」
クーラが一呼吸おく。
「ヤツの蜘蛛の巣の張ったマンコに魔界銀弾のザーメンをぶっかけてやれ!!!総員戦闘配置に着け!!!」
クーラの激は多分に乱暴で下品だったが、しかし歴戦の勇士たる彼女の恐れを知らない言葉は確実に彼らを奮い立たせていた。
― 第一隊、準備完了 ―
― 第二隊いつでもいけるぜ! ―
― 第三隊持ち場に着いた。ホントに腐れマンコだな・・・夢に見ちまいそうだぜ ―
クーラから団長であるアルトイーリスに無線機のマイクが渡される。
「団長のアルトイーリスだ。諸君!祖国の興亡はこの一戦に掛かっている!!総員!!全弾撃てーーーーーーー!!!!!」
彼女の号令と共に耳を劈く50BMG特有の銃声が辺りを包み込む。バニカを囲み込むように構えられたバレットM95が竜のブレスのように発射炎を噴き出していた。
ガシャッ!チキッ!
インキュバスたちが一糸乱れず巧みにボルトを操作し再装填を繰り返す。その発射速度もオートマチックと比べても遜色ない。
― 第一隊全弾発射終了! 続く第二隊、第三隊も全弾ぶち込んでやりましたぜ!! ―
「わかった。インキュバス隊は伴侶とともに撤退せよ。前線に残って間違っても腐敗のブレスの餌食になんなよ!!」
クーラが部隊を下がらせる。あとは彼女と彼女の仲間の独壇場だ。
カチャ!ガチッ!!
クーラが発令所でその脚に武骨な機器を装着していた。
― 零式突撃槍 ―
竜騎士団本部付きのエンジニアがクーラの為に制作した「切り札」だ。突撃槍と銘打たれているが、クーラの脚に装着されたそれは槍というよりは大袈裟な言い方をすれば「工具」といっても差し支えなかった。
「ったく、そんなオモチャが役に立つのか?」
「そう心配すんなよアリィ」
「だがな・・・・」
零式突撃槍がその威力を十二分に発揮できるのは対象に肉薄する必要がある。
「対腐敗のブレス対策の防護アミュレットは装備している。ドラゴンゾンビの腐敗のブレスにも一回なら耐えられるさ」
「だが!それは普通のドラゴンゾンビの場合だ!!」
アルトイーリスが語気を強める。
「アタシが行かないなら誰ならいい?アリィ、アンタの言っていることはそういうことなんだぜ?」
「・・・・・」
「アタシはアタシのいるべき場所に行く。それだけさ・・・」
クーラが立ち上がる。両脚に取り付けられたソレは見るからに彼女にとって足枷にしか他ならなかった。
「アリィ、指揮官は笑って部下を送り出すもんだぜ?」
クーラがアルトイーリスを抱きしめる。
「相変わらず男らしいなクーラは・・・・。アンタが雄なら喜んで孕んでやるのに」
「それはそれは光栄なことで。続きは帰ってからな!」
そう言うと、クーラは発令所にアルトイーリスを一人残し空へと駆け上がった。
ドガァァァッァアッァァ!!!
ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊による絨毯爆撃が炸裂する。
「どうだドーラ!手応えはあったか?」
「クーラ隊長!さっきから絨毯爆撃を繰り返しているけど全然。まさか、ワームのガンプみたいに地下に潜ったとか?」
「いやそれはない。実際、ここの地下にはガンプがたっぷりと爆雷を埋めたはずだ。潜ったら誘爆を起こしてそれこそお終いさ」
「なら・・・」
クーラがドーラを庇う。その瞬間だった。
「危ない!!!」
シュゴォォォォォォ!!!!
黒々とした悍ましい光がさっきまでいた場所に放たれる。
「・・・・そう来たか、バニカ!」
「グルゥゥゥ・・・・・」
腐りかかった血のような深紅のドレスを身に纏い、紅い髪をした「悪食竜」バニカが人間体となって彼女達を見つめていた。
「あんなに爆雷を投下したのに何で!!」
タロンが叫ぶ。
「ヤツは爆雷の特殊性を瞬時に理解したってことさ。実際、元々あれは対人用だ。竜形態ではいい的だが、人間体をとれば最小の魔力障壁で自分を守ることができる、もう大味な攻撃は意味がないだろう。タロン!ジャミング爆雷を投下しろ!!」
「分かってまさぁ!!!!」
タロンが急降下し、二つのジャミング爆雷を投下する。それはすぐさま炸裂し、銀色の霧がバニカを包み込む。
霧の正体は魔界銀の粉末だ。腐敗のブレスを吐いても舞い散る魔界銀で霧散してしまい無効化されてしまう。ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊が用意した「切り札」の一つだ。
「アーシア!セシル!サーモスコープにバニカのヤツを捉えているか!」
「クーラ隊長!大丈夫です!!」
クーラが頷く。
「持ち弾が尽きるまで撃ちまくれ!!!タロン!ドーラ!!ジギーと一緒にジャミング爆雷を投下し続けろ!!!対人爆雷も織り交ぜてな!」
「「「「「はい!!!」」」」」
それからは一方的な攻撃だった。
腐敗のブレスを吐こうとも絶え間なく投下されるジャミング爆雷の銀砂がそれを霧散させてしまい、空を飛ぼうにも対人爆雷のフレシット弾がそれを阻む。さりとて、同じ場所に留まればセシルのバレットからの狙撃を受ける。
バニカに勝機など無かった。
しかし、時として運命の女神は残酷なものだ。
ヒュン!!
爆風の中から何かが飛び出す。それは人間でも抱えられるほどの大きさだった。
その物体の正体をクーラが知った時、既に遅かった。
「た、退避ィィィィ!!!!」
クーラが退避を叫ぶよりも早く、爆風と一緒に飛散したフレシットが彼らを襲う。
「グ!」
「グァァアァァ!!!」
「あがッ!」
瞬く間にタロン、ドーラ、ジギーが行動不能に陥る。辛うじて飛行は可能だが、もう絨毯爆撃は不可能だ。
爆風の中から飛び出した物体の正体。それは不発となった対人爆雷だった。バニカはそれを魔力によらない投擲という手段で投げ放ったのだ、ご丁寧に爆雷の信管を拳で殴りつけて。場合によっては近距離で爆風に巻き込まれる危険もある。無論、投げても爆発しないこともあるだろう。だが、なんという運命の皮肉だろうか。バニカはこの賭けに勝った。もはや彼女の腐敗のブレスを防ぐ手立てはない。
バニカがニタリと笑みを浮かべると哀れな獲物に照準を定めた。それは・・・・。
「逃げろ!!アーシア!!セシル!!!!」
アーシアは竜化して伴侶であるセシルを背に乗せていた。腐敗のブレスを回避することはできない。
「嫌ァァァァっァァァァ!!」
彼女が目を閉じた。その身を焼くブレスは彼女を襲うことはなかった。恐る恐る目を開けてみると・・・・。
「グッ・・・・・!」
「クーラ隊長!!!」
腐敗のブレスがアーシアに届く瞬間、クーラがその身をブレスの前に晒したのだ。
「アタシは大丈夫だ。アミュレットがあるしな・・・・」
「で、でも!」
対腐敗のブレス用の防護アミュレットは腐食し黒ずんでもう使用はできない。
「・・・・・最後の攻撃に移る。アーシア、セシル、アタシの援護を頼む。それとジャミング爆雷を一つくれないか」
切り札による最終手段。それは・・・・・。
「アーシア、なに泣きそうな顔をしてんだよ?お前は軍人だ。軍人は上官に逆らうもんじゃないぜ」
「はい・・・」
ゴトン・・・
「アーシア、セシルと仲良くな・・・」
クーラはジャミング爆雷を抱えると放たれた矢のように一直線にバニカに向かう。一瞬、視界がぼやけるが、それを奮い立たせてクーラは急降下を続ける。
狭まった視界がバニカの姿を捉えた。
「てや!!!」
ヒュゥゥゥゥゥン!
クーラの加速によって爆雷は砲弾のスピードで放たれバニカの直上で炸裂した。これで銀砂が晴れるまで猶予ができる。バニカは動かない。既に彼らが切れるカードが尽きたことを知っているからだ。
「余裕かい?それはご愁傷様だな!!!!!」
彼女が更にスピードを上げる。そして・・・・
「第一安全装置解除!!イグニッションカートリッジセット!!!」
ガチャ!キューン!!
クーラの叫びに呼応して脚部に装着された装置が起動する。
それでもバニカは動かない。クーラのこれを破れかぶれの無謀な「特攻」と思っているのだ。
「こいつでも喰らいやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
ガチッ!!!ドガガァァッァァァァ!!!
バニカに肉薄した瞬間、銀の閃光がバニカを貫く。零式突撃槍がその本来の姿を現したのだ。
― 零式突撃槍 ―
その正体はシリンダー内で火薬を爆発させ、硬化処理の施された魔界銀製の杭を対象に打ち込む兵器「パイルバンカー」だ。クーラ本来の加速力によって倍加されたその威力は城の城壁さえ破壊する。まさに最後の「切り札」、ジョーカーだ。
「アタシの二つ名、バリスタのクーラの意味がわかったかい?腐り竜のバニカ!」
クーラの渾身の一撃を喰らいバニカは死んだように動かない。魔界銀製の杭であるため生命を害することはないが、それでも立ち上がるのは数週間無理だろう。
彼女が震える手でどうにか無線機を手にした。
「こちらクーラ・・・・対象の無力化を確認・・・。回収を・・・・」
それだけ言うとクーラはその場に力なく倒れた。バニカが最後の瞬間、その口を自らに向けていたことに気付かぬままに・・・。
「ここは・・・・?」
クーラが見渡すと何処かの宿屋にいるようだった。
「起きましたかクーラ隊長!!よかった!無事で!!」
セシルがクーラを抱きしめる。
「ココは・・・?」
「竜騎士団が接収した宿屋ですよ。心配したんですよ!あの場所にはピクリとも動かないバニカと隊長が倒れていたんですから!」
〜 ・・・あれ、アタシなんでドキドキしてんだ? 〜
クーラは今まで男性に恋をしたことがない。生まれて初めての熱い感情はクーラを徐々に飲み込み始めた。
下半身をつたうねっとりとした熱い液体。急に湿り気を帯び始めたショーツにクーラは顔を顰める。
〜 なんでアタシ・・・濡れてるんだ? 〜
目を閉じると浮かぶのは男性の肉体。その色香が彼女を狂わせた。今ここに男は一人しかいない。たとえそれが妹分の旦那であろうと、彼女の「飢え」を満たすには問題なかった。
欲しい・・・・
欲しい・・・・
雄が!精が欲しい!!!
そうだ、雄なら目の前にいるじゃねーか・・・・美味しそうな雄が・・
「で、回収されたバニカは竜騎士団がドラゴニアに搬入していますよ。アーシアは隊長の為に薬を・・・・」
「・・・・そうかい。なら早く済ませないとな!」
ガタッ!!!
「隊長?どうしたんです!」
「どうしたって・・・、こういうことさ!!」
クーラがベッドから身を起こすとセシルを押し倒した。
「なぁ・・・愉しもうぜ?」
「気が付くと全てが終わっていた。アタシの中に感じる熱く粘りつくような感覚・・・アタシは自分がアーシアの旦那に何をしたか、嫌でも理解できたよ。ヤツは・・バニカは力尽きる寸前でアタシに腐敗のブレスを吐いたのさ。もっともアタシをワイバーンゾンビにするほどの威力はなかったがな。それでもアタシを男狂いにするには十分だった・・・」
かつて、自らを助けてくれた英雄「バリスタのクーラ」が軍を脱走した理由がギデオンに重く圧し掛かっていた。
「その後、アーシアが戻ってきてアタシはアーシアにキツイやつをぶちかまされた。んで、解呪が完了し次第、アタシは金目の物をもって飛行船に潜り込んで門の向こうに密入国したわけさ」
「・・・軍に戻ろうとは思わなかったのかい?」
「戻れるわけねぇよ。だってアタシは妹分の旦那を襲ったんだぜ?そんなヤツが軍に居られるわけないさ・・・」
そう言うとクーラは目を伏せた。
「今夜0時にドランの国章をつけた馬車を用意させる。君はそれに乗ってボローヴェに行き、そこでドランの高官として飛行船に乗る手筈になっている。クーラ、僕ができることはそこまでだ」
「・・・無理言ってすまないギデオン」
「いいさ・・・」
コンコン!
「サンドイッチと紅茶の準備ができましたわ」
ショゴスのニナが応接間に入ってくる。
「ニナもありがとうな」
そう言うとクーラはニナと一緒に応接間を出ていく。
「・・・・・」
その後ろ姿を見ると、ギデオンは仕立てのいいスーツからスマートフォンを取り出すと数回タップした。
「ああ私だ。無理言って飛行船のチケットを用意してもらったけどナシにしてくれ。ああ、迷惑料込みでちゃんと報酬を払うよ」
彼は手早く通話を終えると、彼らと同じように応接間を静かに出て行く。この表情は重かった・・・・。
数年前、中立国であったドラン国は存亡の危機に立たされていた。長く続く飢饉、辛うじて餓死者は出ていなかったがそれも時間の問題であった。国の中枢は何度も教団に支援を要請したが、戦時である事を理由に断られていた。そんな時に手を差し伸べたのが魔物娘達だ。彼らが持ち込んだマカイモや精霊使いによる土壌改良により、国難は避けられたと思えた矢先、教団に魔物娘達に支援を受けたことが知られてしまった。教団は属する聖職者であるギデオン・ビューレンが魔物と通じているとし、引き渡さなければ軍を差し向けると脅して来た。
「支援も寄越さずに軍を差し向けるとは!」
人魔問わずに憤慨したが教団の軍事力に対抗する術はなく、断腸の思いでギデオンを差し出した。処刑の寸前で彼の伴侶であるショゴスのニナが助けに呼んだドラゴニア竜騎士団により教団軍は壊滅、おまけにドランを侵略するために教団が用意していた別動隊の存在が特殊工兵隊の活躍により明らかになった。もう中立国にこだわる必要はない。親魔国へと生まれ変わったドランはこうしてドラゴニアに大使館を構える様にまでなったのだ。
「・・・・・・」
瀟洒な大使館の二階。脱走兵クーラ・アイエクセルは物陰に身を隠しながら眼下を見る。幸い、空に哨戒するワイバーンはいなかったが、しかし眼下には明らかに堅気には見えない連中が一般人のフリをして大使館前に陣取っている。
「ったく、アタシも舐められたモンだな。ハロウィンの仮装行列はとっくに終わってんだろ」
クーラがそう呟いた時だ。
ガチャッ!
豪華な彫刻の施されたドアが開いて、鉄灰色の髪をした長身の男性とメイド姿のショゴスが部屋に入ってきた。
「元気そうだなクーラ」
「大使様とは、アンタもちょっと見ない間に偉くなったもんだな、ギデオン」
「私は引き受けるつもりはなかったのだけどね」
あの日、クーラと彼女が率いるドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊の活躍により九死に一生を得たギデオンは、伴侶であるショゴスのニナと共に親魔国へと変わったドランの全権大使として、ドラゴニアに赴任している。
「ドラゴニア竜騎士団からの引き渡し要請は?」
「今のところないね。ココは曲りなりにも大使館だ、たかが騎士団が国を相手取るにはもう少し時間が必要だろう」
グゥ〜〜〜
「すまねぇ・・・。朝から何も食べてなくて」
「問題ないよ。ニナ、サンドイッチと紅茶を頼むよ」
ギデオンがそう言うと、ニナがその場を後にした。
「・・・・・何があったか教えてくれないかい?」
「いいが・・・・聞いていて気持ちのいいもんじゃないぜ?」
ギデオンが静かに頷く。
「なぁギデオン、悪食竜の話って知ってっか?」
「ああ・・・私が幼い頃に母からよく怖がらせられたもんだよ。お残ししたら悪食竜に骨まで食べられるって。でもそれはあくまで御伽噺だろ?」
「ギデオン・・・あれは御伽噺じゃないんだ」
クーラが一呼吸置く。
「魔王の代替わりが起こるまで魔物はあくまで人間を食料としてしか見てなかったらしい。それはドラゴンとて同じだった・・・」
― 悪食竜バニカの話 ―
あるところに魔物に襲われた村があった。
母も父も魔物に喰われた哀れな少年。彼を救ったのは赤いドラゴンだった。
ドラゴンは少年を遠くの山に連れて行った。
そこには少年同様、ドラゴンに連れてこられた見知らぬ少女がいた。
少女は母から教えられたとおりに畑を作り、少年は父に教わった通りに家畜を飼育し山で生活を始めた。
やがて少女も少年も成熟し子を成すまでになり、畑も彼らが食べきれないほど作物が実をつけ家畜も増え牧場といえるまでになった。
その日は何気ない、いつもの日と変わらなかった。
耳を劈く風の音。
あの日彼らを助けた赤いドラゴンが再び山に降り立った。
かつて少年と少女であった男と女は無邪気にドラゴンが自分達を祝福しに来てくれたと思った。
赤いドラゴンが去ると・・・・。
男が丹精込めて世話していた牛や豚、鶏は姿を消し、女が我が子のように育てていた作物は根こそぎ取りつくされ、そして男と女、彼らの子供たちは何処にもいなかった。
「こいつはかつてのドラゲイ帝国で教訓めいて話されていた寓話だ。決して竜に心を許してはいけないという戒めのな」
「そんな謂われがあったのか・・・」
「ああ。かつてこのバニカはドラゲイ帝国に攻め込んだらしい。記録によるとその時の竜騎士団の精鋭が全滅寸前になりつつもバニカの左腕と右目をもぎ取って撃退したらしい。それだけならただの記録だ。しかし、一攫千金を狙う山師が地下で眠るドラゴンゾンビになったバニカを見つけちまった。ドラゴニアに保管されていた記録通り、バニカの左手はなく、右目は術師の火炎玉によって焼け爛れていたらしい」
「ちょっと待ってくれクーラ!まがりなりにも私はドランの全権大使だ。そんな話なんて聞いたことなんてないぞ」
「そりゃそうさ。バニカの発見自体軍事機密だ。よく考えてみなよ、童話にもなるような邪竜がドラゴンゾンビになって見つかったんだぜ。教団どころか周辺国にも影響を与える。ドラゴニアは昔みたいな軍事国家じゃない。ただでさえ竜騎士団って抑止力をもっているんだ、奴らに侵略の口実を与えちまう」
「・・・・確かにそうだな」
「デオノーラ女王は竜騎士団にバニカから保有している魔力を問題ないレベルまで落として、竜の墓場へ連行することを命じた。竜騎士団が保有する魔界銀製の武器や弾薬ならバニカの馬鹿げた魔力を普通のドラゴンゾンビ並みに落とすことができるはず、だった・・・」
クーラは目を閉じた。
― 三年前 竜鳴山脈 ―
ドガガァァッァァァァ!!!
洞穴が爆発し、瓦礫と土、爆炎を吐き出す。
「こちらガンプ!対象の真下に設置した爆雷の起爆を確認しました!!対象・・・健在!!」
門の向こうの国から持ち込まれた無線機がワームの「電光石火のガンプ」からの報告を発令所に告げる。
「ご苦労!脱出しつつ、爆雷の敷設作業を開始してくれ!」
「了解!!!」
ズズズ・・・
爆炎と硝煙の向こうから「バニカ」が姿を現す。その姿はまさに「腐りかけのドラゴン」にふさわしい恐ろしい姿だった。かつて紅玉のように輝いていたであろう赤い鱗はところどころ壊死したかのように黒く変色し、その知性の感じられない濁った瞳は獰猛に獲物を求めていた。
伴侶を得ず、愛すら知らずに世を去ったドラゴンが変じる終の姿「ドラゴンゾンビ」。竜騎士団を統べる騎士団長、ドラゴンのアルトイーリスとて動揺を隠せない。指揮官であるアルトイーリスでさえこうなのだ。彼女の指揮下の兵たちにとってはその動揺は命取りといえる。
〜 マズい・・・飲まれてやがる・・・ 〜
副官であるクーラは無線機のマイクを手に取った。
「こちらアバズレ殴り込み隊副長のクーラ・アイエクセル大佐だ!諸君の動揺もわかるが、諸君たちはなんだ?伴侶とともに蒼穹を翔る竜騎士だ!!諸君たちの目の前には邪竜バニカが立っている。だが、いくら邪竜といえども所詮は男日照りの挙句に死んだドラゴンゾンビだ!!愛する者がいる諸君らがあのような腐れマンコに負ける道理なんぞ、一ミリとてない!!!」
クーラが一呼吸おく。
「ヤツの蜘蛛の巣の張ったマンコに魔界銀弾のザーメンをぶっかけてやれ!!!総員戦闘配置に着け!!!」
クーラの激は多分に乱暴で下品だったが、しかし歴戦の勇士たる彼女の恐れを知らない言葉は確実に彼らを奮い立たせていた。
― 第一隊、準備完了 ―
― 第二隊いつでもいけるぜ! ―
― 第三隊持ち場に着いた。ホントに腐れマンコだな・・・夢に見ちまいそうだぜ ―
クーラから団長であるアルトイーリスに無線機のマイクが渡される。
「団長のアルトイーリスだ。諸君!祖国の興亡はこの一戦に掛かっている!!総員!!全弾撃てーーーーーーー!!!!!」
彼女の号令と共に耳を劈く50BMG特有の銃声が辺りを包み込む。バニカを囲み込むように構えられたバレットM95が竜のブレスのように発射炎を噴き出していた。
ガシャッ!チキッ!
インキュバスたちが一糸乱れず巧みにボルトを操作し再装填を繰り返す。その発射速度もオートマチックと比べても遜色ない。
― 第一隊全弾発射終了! 続く第二隊、第三隊も全弾ぶち込んでやりましたぜ!! ―
「わかった。インキュバス隊は伴侶とともに撤退せよ。前線に残って間違っても腐敗のブレスの餌食になんなよ!!」
クーラが部隊を下がらせる。あとは彼女と彼女の仲間の独壇場だ。
カチャ!ガチッ!!
クーラが発令所でその脚に武骨な機器を装着していた。
― 零式突撃槍 ―
竜騎士団本部付きのエンジニアがクーラの為に制作した「切り札」だ。突撃槍と銘打たれているが、クーラの脚に装着されたそれは槍というよりは大袈裟な言い方をすれば「工具」といっても差し支えなかった。
「ったく、そんなオモチャが役に立つのか?」
「そう心配すんなよアリィ」
「だがな・・・・」
零式突撃槍がその威力を十二分に発揮できるのは対象に肉薄する必要がある。
「対腐敗のブレス対策の防護アミュレットは装備している。ドラゴンゾンビの腐敗のブレスにも一回なら耐えられるさ」
「だが!それは普通のドラゴンゾンビの場合だ!!」
アルトイーリスが語気を強める。
「アタシが行かないなら誰ならいい?アリィ、アンタの言っていることはそういうことなんだぜ?」
「・・・・・」
「アタシはアタシのいるべき場所に行く。それだけさ・・・」
クーラが立ち上がる。両脚に取り付けられたソレは見るからに彼女にとって足枷にしか他ならなかった。
「アリィ、指揮官は笑って部下を送り出すもんだぜ?」
クーラがアルトイーリスを抱きしめる。
「相変わらず男らしいなクーラは・・・・。アンタが雄なら喜んで孕んでやるのに」
「それはそれは光栄なことで。続きは帰ってからな!」
そう言うと、クーラは発令所にアルトイーリスを一人残し空へと駆け上がった。
ドガァァァッァアッァァ!!!
ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊による絨毯爆撃が炸裂する。
「どうだドーラ!手応えはあったか?」
「クーラ隊長!さっきから絨毯爆撃を繰り返しているけど全然。まさか、ワームのガンプみたいに地下に潜ったとか?」
「いやそれはない。実際、ここの地下にはガンプがたっぷりと爆雷を埋めたはずだ。潜ったら誘爆を起こしてそれこそお終いさ」
「なら・・・」
クーラがドーラを庇う。その瞬間だった。
「危ない!!!」
シュゴォォォォォォ!!!!
黒々とした悍ましい光がさっきまでいた場所に放たれる。
「・・・・そう来たか、バニカ!」
「グルゥゥゥ・・・・・」
腐りかかった血のような深紅のドレスを身に纏い、紅い髪をした「悪食竜」バニカが人間体となって彼女達を見つめていた。
「あんなに爆雷を投下したのに何で!!」
タロンが叫ぶ。
「ヤツは爆雷の特殊性を瞬時に理解したってことさ。実際、元々あれは対人用だ。竜形態ではいい的だが、人間体をとれば最小の魔力障壁で自分を守ることができる、もう大味な攻撃は意味がないだろう。タロン!ジャミング爆雷を投下しろ!!」
「分かってまさぁ!!!!」
タロンが急降下し、二つのジャミング爆雷を投下する。それはすぐさま炸裂し、銀色の霧がバニカを包み込む。
霧の正体は魔界銀の粉末だ。腐敗のブレスを吐いても舞い散る魔界銀で霧散してしまい無効化されてしまう。ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊が用意した「切り札」の一つだ。
「アーシア!セシル!サーモスコープにバニカのヤツを捉えているか!」
「クーラ隊長!大丈夫です!!」
クーラが頷く。
「持ち弾が尽きるまで撃ちまくれ!!!タロン!ドーラ!!ジギーと一緒にジャミング爆雷を投下し続けろ!!!対人爆雷も織り交ぜてな!」
「「「「「はい!!!」」」」」
それからは一方的な攻撃だった。
腐敗のブレスを吐こうとも絶え間なく投下されるジャミング爆雷の銀砂がそれを霧散させてしまい、空を飛ぼうにも対人爆雷のフレシット弾がそれを阻む。さりとて、同じ場所に留まればセシルのバレットからの狙撃を受ける。
バニカに勝機など無かった。
しかし、時として運命の女神は残酷なものだ。
ヒュン!!
爆風の中から何かが飛び出す。それは人間でも抱えられるほどの大きさだった。
その物体の正体をクーラが知った時、既に遅かった。
「た、退避ィィィィ!!!!」
クーラが退避を叫ぶよりも早く、爆風と一緒に飛散したフレシットが彼らを襲う。
「グ!」
「グァァアァァ!!!」
「あがッ!」
瞬く間にタロン、ドーラ、ジギーが行動不能に陥る。辛うじて飛行は可能だが、もう絨毯爆撃は不可能だ。
爆風の中から飛び出した物体の正体。それは不発となった対人爆雷だった。バニカはそれを魔力によらない投擲という手段で投げ放ったのだ、ご丁寧に爆雷の信管を拳で殴りつけて。場合によっては近距離で爆風に巻き込まれる危険もある。無論、投げても爆発しないこともあるだろう。だが、なんという運命の皮肉だろうか。バニカはこの賭けに勝った。もはや彼女の腐敗のブレスを防ぐ手立てはない。
バニカがニタリと笑みを浮かべると哀れな獲物に照準を定めた。それは・・・・。
「逃げろ!!アーシア!!セシル!!!!」
アーシアは竜化して伴侶であるセシルを背に乗せていた。腐敗のブレスを回避することはできない。
「嫌ァァァァっァァァァ!!」
彼女が目を閉じた。その身を焼くブレスは彼女を襲うことはなかった。恐る恐る目を開けてみると・・・・。
「グッ・・・・・!」
「クーラ隊長!!!」
腐敗のブレスがアーシアに届く瞬間、クーラがその身をブレスの前に晒したのだ。
「アタシは大丈夫だ。アミュレットがあるしな・・・・」
「で、でも!」
対腐敗のブレス用の防護アミュレットは腐食し黒ずんでもう使用はできない。
「・・・・・最後の攻撃に移る。アーシア、セシル、アタシの援護を頼む。それとジャミング爆雷を一つくれないか」
切り札による最終手段。それは・・・・・。
「アーシア、なに泣きそうな顔をしてんだよ?お前は軍人だ。軍人は上官に逆らうもんじゃないぜ」
「はい・・・」
ゴトン・・・
「アーシア、セシルと仲良くな・・・」
クーラはジャミング爆雷を抱えると放たれた矢のように一直線にバニカに向かう。一瞬、視界がぼやけるが、それを奮い立たせてクーラは急降下を続ける。
狭まった視界がバニカの姿を捉えた。
「てや!!!」
ヒュゥゥゥゥゥン!
クーラの加速によって爆雷は砲弾のスピードで放たれバニカの直上で炸裂した。これで銀砂が晴れるまで猶予ができる。バニカは動かない。既に彼らが切れるカードが尽きたことを知っているからだ。
「余裕かい?それはご愁傷様だな!!!!!」
彼女が更にスピードを上げる。そして・・・・
「第一安全装置解除!!イグニッションカートリッジセット!!!」
ガチャ!キューン!!
クーラの叫びに呼応して脚部に装着された装置が起動する。
それでもバニカは動かない。クーラのこれを破れかぶれの無謀な「特攻」と思っているのだ。
「こいつでも喰らいやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
ガチッ!!!ドガガァァッァァァァ!!!
バニカに肉薄した瞬間、銀の閃光がバニカを貫く。零式突撃槍がその本来の姿を現したのだ。
― 零式突撃槍 ―
その正体はシリンダー内で火薬を爆発させ、硬化処理の施された魔界銀製の杭を対象に打ち込む兵器「パイルバンカー」だ。クーラ本来の加速力によって倍加されたその威力は城の城壁さえ破壊する。まさに最後の「切り札」、ジョーカーだ。
「アタシの二つ名、バリスタのクーラの意味がわかったかい?腐り竜のバニカ!」
クーラの渾身の一撃を喰らいバニカは死んだように動かない。魔界銀製の杭であるため生命を害することはないが、それでも立ち上がるのは数週間無理だろう。
彼女が震える手でどうにか無線機を手にした。
「こちらクーラ・・・・対象の無力化を確認・・・。回収を・・・・」
それだけ言うとクーラはその場に力なく倒れた。バニカが最後の瞬間、その口を自らに向けていたことに気付かぬままに・・・。
「ここは・・・・?」
クーラが見渡すと何処かの宿屋にいるようだった。
「起きましたかクーラ隊長!!よかった!無事で!!」
セシルがクーラを抱きしめる。
「ココは・・・?」
「竜騎士団が接収した宿屋ですよ。心配したんですよ!あの場所にはピクリとも動かないバニカと隊長が倒れていたんですから!」
〜 ・・・あれ、アタシなんでドキドキしてんだ? 〜
クーラは今まで男性に恋をしたことがない。生まれて初めての熱い感情はクーラを徐々に飲み込み始めた。
下半身をつたうねっとりとした熱い液体。急に湿り気を帯び始めたショーツにクーラは顔を顰める。
〜 なんでアタシ・・・濡れてるんだ? 〜
目を閉じると浮かぶのは男性の肉体。その色香が彼女を狂わせた。今ここに男は一人しかいない。たとえそれが妹分の旦那であろうと、彼女の「飢え」を満たすには問題なかった。
欲しい・・・・
欲しい・・・・
雄が!精が欲しい!!!
そうだ、雄なら目の前にいるじゃねーか・・・・美味しそうな雄が・・
「で、回収されたバニカは竜騎士団がドラゴニアに搬入していますよ。アーシアは隊長の為に薬を・・・・」
「・・・・そうかい。なら早く済ませないとな!」
ガタッ!!!
「隊長?どうしたんです!」
「どうしたって・・・、こういうことさ!!」
クーラがベッドから身を起こすとセシルを押し倒した。
「なぁ・・・愉しもうぜ?」
「気が付くと全てが終わっていた。アタシの中に感じる熱く粘りつくような感覚・・・アタシは自分がアーシアの旦那に何をしたか、嫌でも理解できたよ。ヤツは・・バニカは力尽きる寸前でアタシに腐敗のブレスを吐いたのさ。もっともアタシをワイバーンゾンビにするほどの威力はなかったがな。それでもアタシを男狂いにするには十分だった・・・」
かつて、自らを助けてくれた英雄「バリスタのクーラ」が軍を脱走した理由がギデオンに重く圧し掛かっていた。
「その後、アーシアが戻ってきてアタシはアーシアにキツイやつをぶちかまされた。んで、解呪が完了し次第、アタシは金目の物をもって飛行船に潜り込んで門の向こうに密入国したわけさ」
「・・・軍に戻ろうとは思わなかったのかい?」
「戻れるわけねぇよ。だってアタシは妹分の旦那を襲ったんだぜ?そんなヤツが軍に居られるわけないさ・・・」
そう言うとクーラは目を伏せた。
「今夜0時にドランの国章をつけた馬車を用意させる。君はそれに乗ってボローヴェに行き、そこでドランの高官として飛行船に乗る手筈になっている。クーラ、僕ができることはそこまでだ」
「・・・無理言ってすまないギデオン」
「いいさ・・・」
コンコン!
「サンドイッチと紅茶の準備ができましたわ」
ショゴスのニナが応接間に入ってくる。
「ニナもありがとうな」
そう言うとクーラはニナと一緒に応接間を出ていく。
「・・・・・」
その後ろ姿を見ると、ギデオンは仕立てのいいスーツからスマートフォンを取り出すと数回タップした。
「ああ私だ。無理言って飛行船のチケットを用意してもらったけどナシにしてくれ。ああ、迷惑料込みでちゃんと報酬を払うよ」
彼は手早く通話を終えると、彼らと同じように応接間を静かに出て行く。この表情は重かった・・・・。
19/09/13 08:46更新 / 法螺男
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