Ｗａｋｅ Ｕｐ Ｇｉｒｌ！ ― 幻影 ―
毒猿と彼の伴侶であるフェアリーが夫婦の契りを交わす中、棺桶に閉じ込められたワイバーンのクーラは夢を見ていた。自身の過去を・・・。
思えばアタシの人生は誰よりも速く飛ぶことに固執していたのかもしれない。
アタシのおかんは竜騎士団の団員として日々ドラゴニアの空を守る傍ら、競竜の選手として活躍していた。「競竜」ってのはケンタウロスがやってる競馬のドラゴニアバージョンで、体重や身長年齢の同じ竜同士が一列に並んで飛ぶレースだ。因みに競竜ではジョッキーはいない。居たらいたでレースの熱で興奮した選手がレースそっちのけでおっぱじめちまうからな。おかんはそのスタートダッシュの速さから「トレビシェット」（投石器）のカレンと呼ばれてたっけ。そんな有名選手の娘であるアタシ、「クーラ・アイエクセル」も空を飛べるようになってから直ぐにレースに出るようになった。自慢じゃないがジュニアクラスでは負けなしだったんだぜ？
やがてアタシもおかんやおとんと同じようにドラゴニア竜騎士団に所属した。
いやぁ、騎士団長には扱かれたよ。同期の仲間は、騎士団長は恋人がいないから訓練で発散しているって噂していたっけな・・・。
竜騎士団を背景にした強力な軍事国家だった大昔とは違い、竜騎士団は存続しているがドラゴニアの主産業は観光だ。そのおかげで、アタシ達新人の任務の一つには「観光ガイド」ってのがある。人間が言うには魔物の中でも竜ってのは遭遇するのが難しい種族なんだそうだ。だからなのか、ドラゴニアに観光に来る連中も多い。親魔国の抱える問題として深刻な男不足が挙げられる。
そりゃそうだな。
人間と魔物がヤってガキを孕んじまったら例外なく魔物のガキが生まれちまう。そうしていくうちに国に人間の男が少なくなっていくってワケ。王魔界からはいずれ魔物からインキュバスが生まれるようになるっていつも言ってるが、それがいつになるかなんて誰にもわからない。アタシはそんなんでもないが、魔物の男日照りはかなりひどいらしい。それこそ伴侶を得るためにドラゴニア竜騎士団から魔王軍に鞍替えする連中が一定数いるくらいだ。ドラゴニアは解決法として、観光客を呼び込んでヤツらに無料の観光ガイドを当てがってやり、そのまま定住してもらうことを選んだ。
タダで若くて美しく、そんでもってレアな竜種のガイドが手取り足取り観光ガイドをやってくれるんだぜ。それでガイドに手を出さないってんなら、ソイツは間違いなくホモか不能だ。実際に任務についていた同僚が翌週、元観光客の竜騎士と一緒に訓練所にいることも多かったけな。
アタシはそうだな・・・・。あんまり男にガツガツしてなかったな。
実際、国からは未婚の魔物の為に精補給剤が支給されていたし。少なくともそれを補給すればそんなにも男が欲しいって ― あくまでアタシはだけど ― 思わなかった。同僚にも言われたっけ、アンタは空を飛ぶことで性欲を発散してるって。まぁ、当たってたんだろ。実際、オナニーで絶頂を迎えても熱が冷めれば空しくなるだけだが、ドラゴニアの空を息が続くまで飛び続けたときの恍惚感はなかなか消えない。思えばランナーズハイってやつだな、あれは。
そんなこんなで私はいつの間にか竜騎士団でも古株の一人に数えられていた。ドラゴニアでも魔王軍でも隊長職についている奴は男に興味がない変人か、フリーであるが故に貧乏くじを引かされて押し付けられるパターンが多い。つまりはアタシもそうだったわけだ。
― ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊 ―
敵の防御の届かない高高度から侵入し、奴らの鼻先に魔界銀の散弾を込めた対人爆雷をプレゼントする命無用の切り込み隊。いくら教団の奴らが腕のいい魔導士を用意しても成層圏近くからの急降下を止められるはずがない。戦場の花形さ。もっとも伴侶を危険に晒す可能性のある急降下爆撃を行う必要のある特殊工兵隊は必然的に独り身ばかりになる。まぁ作戦の都合上、狙撃兵として男が一人だけいるのだがな。しかし、口の悪い奴からは「行き遅れ部隊」とか、「貴腐人隊」しまいには「空飛ぶ百合畑」など言われることはあった。もっともそんなことを言った奴はアタシが〆てやったが。
本当充実していたな・・・・。
「ジギー」、「タロン」、「ドーラ」、そして「アーシア」、・・・・「セシル」。
コイツらはアタシの背中を預けられる無敵の仲間たちだ。戦場で暴れまくって、終わったら酒場で痛飲して仲良く二日酔いってのがアタシ達の日常、だった・・・・。
「私は悲しい！我が同胞ともいえる聖職者が堕落していたとは！」
中立国「ドラン」
その郊外に、物々しい櫓が立っていた。
その下で身なりのいい男が大声を張り上げていた。身に着けた法衣から教団の、それなりに高い地位についていることは容易に推測できた。
男の前には一人の年若い男。暴行を受けたのだろう、その爪は全て剥がされ顔には青あざが見受けられる。
「堕落？私は真実を知っただけだ！！何が魔物は人を喰うだ！！彼女達は飢えに苦しむこの地の人々のために尽力してくれた！！！」
「それは善良なる民草を堕落させるためだ！！！」
「ならお前たちは人々に飢えて死ねと言うのか！！」
「それが主神様の思し召しならそうするのが当然である！！」
「この狂信者が！！」
男が唾を吐きかける。
「自らの罪を後悔するのなら、吊るす前に天国へ行けるように祈りを捧げるのもやぶさかではないと思っていたが・・・・」
「貴様らのお仲間がいるのなら天国でも願い下げだ！！！」
「吊るせ」
初老の男が刑吏に命じる。
ギリッギリッ！
「グッ！」
ウィンチがゆっくりと巻き上げられ、男の身体が浮く。
「ロングドロップ」と呼ばれる、落とし戸を使う絞首刑では瞬時に脊椎が砕かれるために苦しむ暇もなく絶命することができる。しかし、「デリック」のような馬や巻き上げ機を使い死刑囚を吊り上げる方法では死刑囚の体重でゆっくりと首が閉まるためその苦しみは長く続く。
男の足がバタバタと空中で踊るように動く。
「苦しいのは貴様の信心が足りぬからだ！」
異端審問官が高笑いをあげる。
その時だった。
ダァァァァァァァン！！！！！！
「行ッけぇぇぇぇぇ！！！！ガンホー！！！！！」
ヒュウォォォォォォォ！！！
雷鳴のような銃声と共に疾風が駆け抜けた。風が巻き上げられ、思わず異端審問官が目を覆う。
「クッ！あの愚か者は何処だ！！！」
巻き上げられた砂がかき消され視界が晴れる。異端審問官が見ると処刑台に死刑囚の姿はなく、何かで断ち切られた荒縄がブラブラと風に揺れているだけだった。
「何処見てんだよマヌケ！！！」
「正義の騎兵隊のお出ましだぁぁぁぁ！！！！」
広場に集まった兵士達が声のした方向を見ると、二人のワイバーンが空中に浮かんでいた。
「大丈夫よ！！助かったのよギデオン！！」
一際大きなワイバーンの背中で、一人のショゴスが吊り上げられでもがき苦しんでいた男を抱きしめていた。
「ゲホッ！ゲホッゲホッ！！・・・ニ・・ナ？お前は逃げたんじゃ？」
「ドラゴニアまで助けを呼びに行っていたのよ。良かった間に合って！」
「おいおい二人共！アタシの背中でイチャイチャすんなよ！まだ終わりじゃねーぞ！！！！」
男とショゴスを乗せたワイバーンの声に反応してもう一人のワイバーンが近づく。その背には長大な対物狙撃銃を持った男が乗っている。
「クーラ隊長の言う通りですよ！まずはここをなんとか凌がないと！！！」
教団兵の中に術師も含まれていたらしい。火炎弾が彼らに向かって放たれている。
「命拾いしましたか・・・・。縛り首がダメでも火あぶりが待っていますからね・・・。さていつまで耐えきれるかな？」
初老の異端審問官が笑みを浮かべた。
「・・・先にアイツをヤッちゃう、セシル？」
「それには僕も同意だよ、アーシア」
チャッ！
セシルと呼ばれた青年が対物ライフル ― バレットM95 ― を異端審問官へと向ける。
― バレットM95 ―
アメリカのバレット・ファイアーアームズが製造する５０口径の対物ライフルだ。
このライフルは、対物ライフルであるバレットM82A1を少数単位の部隊でも運搬しやすいよう小型軽量化したものであり、作動方式もオートマチック式からボルトアクション式に変更されている。そのおかげで信頼性はM82A1よりも高い。
しかし、この銃は軍で正式に製造されたものではない。実際、アメリカではある程度の財力があればこの銃を所有することができる。
ではなぜ、仮にも正規軍であるドラゴニア竜騎士団が誰でも買える「市販品」を正式採用しているのか？
狙撃銃の貸与は言うなれば自国の狙撃能力を相手に明かすのと同じだ。軍事機密を、それこそ魔物娘などという得体の知れない相手にひけらかす様な国家は一つとしていなかった。
その為ドラゴニア竜騎士団では多目的狙撃銃として、比較的入手しやすいバレットM95を調達することになったのだ。
この銃を「市販品」と馬鹿にしてはいけない。冶金と細工の達人であるドワーフの手によりカスタマイズされた「ソレ」は並みのカスタムライフル以上の精度を誇り、使用するインキュバスの身体能力に合わせてホットロード（強装弾）の魔界銀弾専用にチューンナップされた、まさに人間が撃つことのできない「化け物」と化していた。
死刑囚であるギデオンを吊り上げていた荒縄を切断できたのは「化け物」を使いこなすセシルの能力もさることながら、この銃の性能に依るところも大きい。
「牽制の為に術師に向かって放て。その後は高度を上げて離脱する」
「そう来なくちゃ隊長！」
ドォォォォッォ！！ドゥゥゥン！！！！
再度、「化け物」が咆哮し二人まとめて術師が吹き飛ぶ。元々重機関銃用に開発された50BMG弾の威力は凄まじく、かのフォークランド紛争では喰らった人間を真っ二つにした、兵士三人を一瞬にして挽き肉に変えたとの逸話を持つくらいだ。もっとも魔界銀製の弾頭を使用している以上、その様な悲惨な状況になることはない。あまりの快楽に一年程桃源郷から戻って来れなくなるかもしれないが。
「糞！ドラゴニアの忌々しいトビトカゲどもめ！！何をしている！！撃て！撃て！撃てぇぇぇぇぇ！！！！！」
異端審問官が口角泡を飛ばし命令する。愚かな振舞いだ。なぜなら、彼らは二人のワイバーン達にのみ関心を向けていたのだから・・・・・。
キュォォォォォ！！！
風鳴と共に何者かが彼らの頭上を通り過ぎた。その瞬間。
ドガァアァァァッァァァァァ！
処刑場に集まる教団兵の頭上で大爆発が起きた。それと同時に眼下の兵士達に向けて「銀の雨」が降り注ぐ。
「グガァ！」
「ウグッ！！」
「アへェ！！」
爆発と共に飛散した「銀の雨」にうたれた兵士達が抵抗する間もなく悶絶し倒れていく。
「なぜだ！なぜ精強な主神様の兵士たちが何もできずに倒れるとは・・・・・。これは矢ではないか！」
銀の雨の正体は投下された対人爆雷から放たれた「フレシット弾」だった。
― フレシット弾 ―
フレシェット弾は３センチ程の長さの矢であり、軽量であるため横風の影響を受け易くライフル弾のような命中精度は実現できないが、従来弾頭を大きく凌ぐ初速と貫通力を誇る。
ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊が使用する対人爆雷には5000発以上の矢が込められている。それらが広範囲に散布したのだ。眼下に動ける人間なんていない。
「どうだい！ご意見無用のジギー様の対人爆雷は！」
茜色のチョーカーをつけたワイバーンが叫んだ。竜化した彼女の翼には爆雷用ラックが備え付けられており、それを爪先で器用に操り爆雷を投下したのだ。
「いくら空中で叫んでも聞ける人間なんていないよジギー。爆雷喰らってんだし」
はしゃぐ同僚を見ながら竜化しても残った紫色の髪を靡かせながら傍らのワイバーンが首を振る。
「そういうがなドーラ。こういうのはノリだよノリ！」
「へいへい。あ、あそこの術師が逃げようとしてるよ」
「ドーラ頼む。逃げるヤツを追うのはあたしの流儀に反するぜ」
「はいはい」
桃色の髪をしたワイバーン、「問答無用のドーラ」がわざわざ急降下して残った術師の集団の頭上に爆雷を落とす。術師たちはお得意の火炎弾を放つ暇もなくその場で蹲り悶絶する。
「相変わらずえげつないわね、ドーラのヤツ」
「やるからには徹底的に、でしょ？傍若無人のタロン」
「確かにな」
タロンと呼ばれたワイバーンサイズの暗視ゴーグルをかけたワイバーンが答える。
「お前がいるってことは敵の侵攻部隊は仕留めたってことか？」
魔物娘と通じていたギデオンを差し出せば侵略しないとあの異端審問官はドラン国に告げていたが、その実は事前に潜ませた別働部隊でこの国を侵略する腹積もりであることは既に彼らに筒抜けだった。彼女の役割はその別働部隊の壊滅だ。
「当然だよジギー、奴らには対人爆雷をたっぷりと味わせてやったよ。オマケに近くに魔物向けにビラを配ってあるから、今頃未婚の魔物とズッコンバッコンしてるさ」
「そういえば敵の大将は？」
「「あ！」」
タッタッタッ！！
「なんとか逃げ出さなければ。私さえ生きていれば報復は必ず・・・・！」
ダァァァァン！！！！
背後からの突風に為すすべもなく彼は吹き飛ぶ。
「クーラ隊長、任務完了しました」
セシルが構えるバレットから青白い硝煙がゆっくりと立ち昇っていた。
「全隊員に告ぐ！！ドラゴニア竜騎士団本隊の到着をもって、我々はドラゴニアに帰還する！！！」
「「「「「了解！！！」」」」」
「っ・・・。アタシも歳かね。思い出したくない事を思い出しちまったぜ」
暗闇の中、クーラが素早く状況を把握する。同時に魔力を身体に流し念のために走査するが、身体には異常はなかった。ついでに言うと汚された兆候すらなかった。
「精神にも贅肉がつくってホントだな。魔界銀入りのブラックジャックを喰らっちまうなんてさ」
恐らくはクライアントとの商談に気がいっている時にでも攻撃されたのだろう。失態だ。
「問題は相手がどいつから命令を受けたかって事だな・・・・」
運び屋である以上、恨みを買っている人間もそれなりにいる。だが、大概は素寒貧のチンピラや田舎ヤクザくらいだ。高価な魔界銀製の武器を使用できるような連中はいない。
ギシッギシッ！
ドラゴン程ではないにしろ、ワイバーンも高位の魔物だ。クーラを拉致した連中はワーシープの羊毛を織り込んだ拘束服と魔界銀製のチェーンを使用して抵抗できないようにしていた。
「呆れるほどオーソドックスだな、っと！」
ボキッ！
「痛ッ！！」
縄抜けの基本中の基本。それは自分で肩関節を脱臼させることだ。仮にも一隊を纏めていたクーラにもその心得があった。
ズルリ・・・。
狭い空間の中で拘束服から抜け出すのは骨だったができない事ではない。
「さてと・・・・ゆっくりと待つかね。相手は最低一回でも様子を見に来るはずだからな」
一度外した関節を再び嵌めなおすと、クーラは再び棺桶に身を委ねた。
自分が壊してしまった、あのかけがえのない日々の幻影を見ないことを願いながら・・・・・。
思えばアタシの人生は誰よりも速く飛ぶことに固執していたのかもしれない。
アタシのおかんは竜騎士団の団員として日々ドラゴニアの空を守る傍ら、競竜の選手として活躍していた。「競竜」ってのはケンタウロスがやってる競馬のドラゴニアバージョンで、体重や身長年齢の同じ竜同士が一列に並んで飛ぶレースだ。因みに競竜ではジョッキーはいない。居たらいたでレースの熱で興奮した選手がレースそっちのけでおっぱじめちまうからな。おかんはそのスタートダッシュの速さから「トレビシェット」（投石器）のカレンと呼ばれてたっけ。そんな有名選手の娘であるアタシ、「クーラ・アイエクセル」も空を飛べるようになってから直ぐにレースに出るようになった。自慢じゃないがジュニアクラスでは負けなしだったんだぜ？
やがてアタシもおかんやおとんと同じようにドラゴニア竜騎士団に所属した。
いやぁ、騎士団長には扱かれたよ。同期の仲間は、騎士団長は恋人がいないから訓練で発散しているって噂していたっけな・・・。
竜騎士団を背景にした強力な軍事国家だった大昔とは違い、竜騎士団は存続しているがドラゴニアの主産業は観光だ。そのおかげで、アタシ達新人の任務の一つには「観光ガイド」ってのがある。人間が言うには魔物の中でも竜ってのは遭遇するのが難しい種族なんだそうだ。だからなのか、ドラゴニアに観光に来る連中も多い。親魔国の抱える問題として深刻な男不足が挙げられる。
そりゃそうだな。
人間と魔物がヤってガキを孕んじまったら例外なく魔物のガキが生まれちまう。そうしていくうちに国に人間の男が少なくなっていくってワケ。王魔界からはいずれ魔物からインキュバスが生まれるようになるっていつも言ってるが、それがいつになるかなんて誰にもわからない。アタシはそんなんでもないが、魔物の男日照りはかなりひどいらしい。それこそ伴侶を得るためにドラゴニア竜騎士団から魔王軍に鞍替えする連中が一定数いるくらいだ。ドラゴニアは解決法として、観光客を呼び込んでヤツらに無料の観光ガイドを当てがってやり、そのまま定住してもらうことを選んだ。
タダで若くて美しく、そんでもってレアな竜種のガイドが手取り足取り観光ガイドをやってくれるんだぜ。それでガイドに手を出さないってんなら、ソイツは間違いなくホモか不能だ。実際に任務についていた同僚が翌週、元観光客の竜騎士と一緒に訓練所にいることも多かったけな。
アタシはそうだな・・・・。あんまり男にガツガツしてなかったな。
実際、国からは未婚の魔物の為に精補給剤が支給されていたし。少なくともそれを補給すればそんなにも男が欲しいって ― あくまでアタシはだけど ― 思わなかった。同僚にも言われたっけ、アンタは空を飛ぶことで性欲を発散してるって。まぁ、当たってたんだろ。実際、オナニーで絶頂を迎えても熱が冷めれば空しくなるだけだが、ドラゴニアの空を息が続くまで飛び続けたときの恍惚感はなかなか消えない。思えばランナーズハイってやつだな、あれは。
そんなこんなで私はいつの間にか竜騎士団でも古株の一人に数えられていた。ドラゴニアでも魔王軍でも隊長職についている奴は男に興味がない変人か、フリーであるが故に貧乏くじを引かされて押し付けられるパターンが多い。つまりはアタシもそうだったわけだ。
― ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊 ―
敵の防御の届かない高高度から侵入し、奴らの鼻先に魔界銀の散弾を込めた対人爆雷をプレゼントする命無用の切り込み隊。いくら教団の奴らが腕のいい魔導士を用意しても成層圏近くからの急降下を止められるはずがない。戦場の花形さ。もっとも伴侶を危険に晒す可能性のある急降下爆撃を行う必要のある特殊工兵隊は必然的に独り身ばかりになる。まぁ作戦の都合上、狙撃兵として男が一人だけいるのだがな。しかし、口の悪い奴からは「行き遅れ部隊」とか、「貴腐人隊」しまいには「空飛ぶ百合畑」など言われることはあった。もっともそんなことを言った奴はアタシが〆てやったが。
本当充実していたな・・・・。
「ジギー」、「タロン」、「ドーラ」、そして「アーシア」、・・・・「セシル」。
コイツらはアタシの背中を預けられる無敵の仲間たちだ。戦場で暴れまくって、終わったら酒場で痛飲して仲良く二日酔いってのがアタシ達の日常、だった・・・・。
「私は悲しい！我が同胞ともいえる聖職者が堕落していたとは！」
中立国「ドラン」
その郊外に、物々しい櫓が立っていた。
その下で身なりのいい男が大声を張り上げていた。身に着けた法衣から教団の、それなりに高い地位についていることは容易に推測できた。
男の前には一人の年若い男。暴行を受けたのだろう、その爪は全て剥がされ顔には青あざが見受けられる。
「堕落？私は真実を知っただけだ！！何が魔物は人を喰うだ！！彼女達は飢えに苦しむこの地の人々のために尽力してくれた！！！」
「それは善良なる民草を堕落させるためだ！！！」
「ならお前たちは人々に飢えて死ねと言うのか！！」
「それが主神様の思し召しならそうするのが当然である！！」
「この狂信者が！！」
男が唾を吐きかける。
「自らの罪を後悔するのなら、吊るす前に天国へ行けるように祈りを捧げるのもやぶさかではないと思っていたが・・・・」
「貴様らのお仲間がいるのなら天国でも願い下げだ！！！」
「吊るせ」
初老の男が刑吏に命じる。
ギリッギリッ！
「グッ！」
ウィンチがゆっくりと巻き上げられ、男の身体が浮く。
「ロングドロップ」と呼ばれる、落とし戸を使う絞首刑では瞬時に脊椎が砕かれるために苦しむ暇もなく絶命することができる。しかし、「デリック」のような馬や巻き上げ機を使い死刑囚を吊り上げる方法では死刑囚の体重でゆっくりと首が閉まるためその苦しみは長く続く。
男の足がバタバタと空中で踊るように動く。
「苦しいのは貴様の信心が足りぬからだ！」
異端審問官が高笑いをあげる。
その時だった。
ダァァァァァァァン！！！！！！
「行ッけぇぇぇぇぇ！！！！ガンホー！！！！！」
ヒュウォォォォォォォ！！！
雷鳴のような銃声と共に疾風が駆け抜けた。風が巻き上げられ、思わず異端審問官が目を覆う。
「クッ！あの愚か者は何処だ！！！」
巻き上げられた砂がかき消され視界が晴れる。異端審問官が見ると処刑台に死刑囚の姿はなく、何かで断ち切られた荒縄がブラブラと風に揺れているだけだった。
「何処見てんだよマヌケ！！！」
「正義の騎兵隊のお出ましだぁぁぁぁ！！！！」
広場に集まった兵士達が声のした方向を見ると、二人のワイバーンが空中に浮かんでいた。
「大丈夫よ！！助かったのよギデオン！！」
一際大きなワイバーンの背中で、一人のショゴスが吊り上げられでもがき苦しんでいた男を抱きしめていた。
「ゲホッ！ゲホッゲホッ！！・・・ニ・・ナ？お前は逃げたんじゃ？」
「ドラゴニアまで助けを呼びに行っていたのよ。良かった間に合って！」
「おいおい二人共！アタシの背中でイチャイチャすんなよ！まだ終わりじゃねーぞ！！！！」
男とショゴスを乗せたワイバーンの声に反応してもう一人のワイバーンが近づく。その背には長大な対物狙撃銃を持った男が乗っている。
「クーラ隊長の言う通りですよ！まずはここをなんとか凌がないと！！！」
教団兵の中に術師も含まれていたらしい。火炎弾が彼らに向かって放たれている。
「命拾いしましたか・・・・。縛り首がダメでも火あぶりが待っていますからね・・・。さていつまで耐えきれるかな？」
初老の異端審問官が笑みを浮かべた。
「・・・先にアイツをヤッちゃう、セシル？」
「それには僕も同意だよ、アーシア」
チャッ！
セシルと呼ばれた青年が対物ライフル ― バレットM95 ― を異端審問官へと向ける。
― バレットM95 ―
アメリカのバレット・ファイアーアームズが製造する５０口径の対物ライフルだ。
このライフルは、対物ライフルであるバレットM82A1を少数単位の部隊でも運搬しやすいよう小型軽量化したものであり、作動方式もオートマチック式からボルトアクション式に変更されている。そのおかげで信頼性はM82A1よりも高い。
しかし、この銃は軍で正式に製造されたものではない。実際、アメリカではある程度の財力があればこの銃を所有することができる。
ではなぜ、仮にも正規軍であるドラゴニア竜騎士団が誰でも買える「市販品」を正式採用しているのか？
狙撃銃の貸与は言うなれば自国の狙撃能力を相手に明かすのと同じだ。軍事機密を、それこそ魔物娘などという得体の知れない相手にひけらかす様な国家は一つとしていなかった。
その為ドラゴニア竜騎士団では多目的狙撃銃として、比較的入手しやすいバレットM95を調達することになったのだ。
この銃を「市販品」と馬鹿にしてはいけない。冶金と細工の達人であるドワーフの手によりカスタマイズされた「ソレ」は並みのカスタムライフル以上の精度を誇り、使用するインキュバスの身体能力に合わせてホットロード（強装弾）の魔界銀弾専用にチューンナップされた、まさに人間が撃つことのできない「化け物」と化していた。
死刑囚であるギデオンを吊り上げていた荒縄を切断できたのは「化け物」を使いこなすセシルの能力もさることながら、この銃の性能に依るところも大きい。
「牽制の為に術師に向かって放て。その後は高度を上げて離脱する」
「そう来なくちゃ隊長！」
ドォォォォッォ！！ドゥゥゥン！！！！
再度、「化け物」が咆哮し二人まとめて術師が吹き飛ぶ。元々重機関銃用に開発された50BMG弾の威力は凄まじく、かのフォークランド紛争では喰らった人間を真っ二つにした、兵士三人を一瞬にして挽き肉に変えたとの逸話を持つくらいだ。もっとも魔界銀製の弾頭を使用している以上、その様な悲惨な状況になることはない。あまりの快楽に一年程桃源郷から戻って来れなくなるかもしれないが。
「糞！ドラゴニアの忌々しいトビトカゲどもめ！！何をしている！！撃て！撃て！撃てぇぇぇぇぇ！！！！！」
異端審問官が口角泡を飛ばし命令する。愚かな振舞いだ。なぜなら、彼らは二人のワイバーン達にのみ関心を向けていたのだから・・・・・。
キュォォォォォ！！！
風鳴と共に何者かが彼らの頭上を通り過ぎた。その瞬間。
ドガァアァァァッァァァァァ！
処刑場に集まる教団兵の頭上で大爆発が起きた。それと同時に眼下の兵士達に向けて「銀の雨」が降り注ぐ。
「グガァ！」
「ウグッ！！」
「アへェ！！」
爆発と共に飛散した「銀の雨」にうたれた兵士達が抵抗する間もなく悶絶し倒れていく。
「なぜだ！なぜ精強な主神様の兵士たちが何もできずに倒れるとは・・・・・。これは矢ではないか！」
銀の雨の正体は投下された対人爆雷から放たれた「フレシット弾」だった。
― フレシット弾 ―
フレシェット弾は３センチ程の長さの矢であり、軽量であるため横風の影響を受け易くライフル弾のような命中精度は実現できないが、従来弾頭を大きく凌ぐ初速と貫通力を誇る。
ドラゴニア竜騎士団特殊工兵隊が使用する対人爆雷には5000発以上の矢が込められている。それらが広範囲に散布したのだ。眼下に動ける人間なんていない。
「どうだい！ご意見無用のジギー様の対人爆雷は！」
茜色のチョーカーをつけたワイバーンが叫んだ。竜化した彼女の翼には爆雷用ラックが備え付けられており、それを爪先で器用に操り爆雷を投下したのだ。
「いくら空中で叫んでも聞ける人間なんていないよジギー。爆雷喰らってんだし」
はしゃぐ同僚を見ながら竜化しても残った紫色の髪を靡かせながら傍らのワイバーンが首を振る。
「そういうがなドーラ。こういうのはノリだよノリ！」
「へいへい。あ、あそこの術師が逃げようとしてるよ」
「ドーラ頼む。逃げるヤツを追うのはあたしの流儀に反するぜ」
「はいはい」
桃色の髪をしたワイバーン、「問答無用のドーラ」がわざわざ急降下して残った術師の集団の頭上に爆雷を落とす。術師たちはお得意の火炎弾を放つ暇もなくその場で蹲り悶絶する。
「相変わらずえげつないわね、ドーラのヤツ」
「やるからには徹底的に、でしょ？傍若無人のタロン」
「確かにな」
タロンと呼ばれたワイバーンサイズの暗視ゴーグルをかけたワイバーンが答える。
「お前がいるってことは敵の侵攻部隊は仕留めたってことか？」
魔物娘と通じていたギデオンを差し出せば侵略しないとあの異端審問官はドラン国に告げていたが、その実は事前に潜ませた別働部隊でこの国を侵略する腹積もりであることは既に彼らに筒抜けだった。彼女の役割はその別働部隊の壊滅だ。
「当然だよジギー、奴らには対人爆雷をたっぷりと味わせてやったよ。オマケに近くに魔物向けにビラを配ってあるから、今頃未婚の魔物とズッコンバッコンしてるさ」
「そういえば敵の大将は？」
「「あ！」」
タッタッタッ！！
「なんとか逃げ出さなければ。私さえ生きていれば報復は必ず・・・・！」
ダァァァァン！！！！
背後からの突風に為すすべもなく彼は吹き飛ぶ。
「クーラ隊長、任務完了しました」
セシルが構えるバレットから青白い硝煙がゆっくりと立ち昇っていた。
「全隊員に告ぐ！！ドラゴニア竜騎士団本隊の到着をもって、我々はドラゴニアに帰還する！！！」
「「「「「了解！！！」」」」」
「っ・・・。アタシも歳かね。思い出したくない事を思い出しちまったぜ」
暗闇の中、クーラが素早く状況を把握する。同時に魔力を身体に流し念のために走査するが、身体には異常はなかった。ついでに言うと汚された兆候すらなかった。
「精神にも贅肉がつくってホントだな。魔界銀入りのブラックジャックを喰らっちまうなんてさ」
恐らくはクライアントとの商談に気がいっている時にでも攻撃されたのだろう。失態だ。
「問題は相手がどいつから命令を受けたかって事だな・・・・」
運び屋である以上、恨みを買っている人間もそれなりにいる。だが、大概は素寒貧のチンピラや田舎ヤクザくらいだ。高価な魔界銀製の武器を使用できるような連中はいない。
ギシッギシッ！
ドラゴン程ではないにしろ、ワイバーンも高位の魔物だ。クーラを拉致した連中はワーシープの羊毛を織り込んだ拘束服と魔界銀製のチェーンを使用して抵抗できないようにしていた。
「呆れるほどオーソドックスだな、っと！」
ボキッ！
「痛ッ！！」
縄抜けの基本中の基本。それは自分で肩関節を脱臼させることだ。仮にも一隊を纏めていたクーラにもその心得があった。
ズルリ・・・。
狭い空間の中で拘束服から抜け出すのは骨だったができない事ではない。
「さてと・・・・ゆっくりと待つかね。相手は最低一回でも様子を見に来るはずだからな」
一度外した関節を再び嵌めなおすと、クーラは再び棺桶に身を委ねた。
自分が壊してしまった、あのかけがえのない日々の幻影を見ないことを願いながら・・・・・。
18/04/28 23:57更新 / 法螺男
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