救済 ― 罪と罰を抱きしめて ―
開いたばかりのバー。
丁寧に磨かれ宝石のような輝きを放つグラス。
バックバーに鎮座したリキュールやウィスキー、スピリッツのボトルたち。
開店時間を迎えたばかりの「Barペイパームーン」の奥のテーブル席、二人の魔物が座っていた。
一人は頭から昆虫めいた触角を生やし蠅の羽根を持つ魔物娘「ベルゼブブ」、もう一人は黒い毛皮と燃える様な赤い瞳を持った魔物娘「ヘルハウンド」。
二人の表情に笑みはなく、特にヘルハウンドの女性の方は緊張した面持ちだった。
「ベルデッドにミナ、お二人ともいらっしゃい。ご注文はお決まりかしら?」
重い空気を見かねたBarペイパームーンのオーナーバーテンドレスであるサキュバスのグランマが二人に声をかけた。
「そうね・・・・ローズ社のライムジュースを使ったギムレットと言いたいところだけど、ノイリープラット・ドライ、ロックで。ライムスライスも添えてね」
ベルデッドと呼ばれたベルゼブブがオーダーする。
「グランマ、新鮮なイチゴはあるかい?」
ヘルハウンドのミナに、グランマが頷く。
「ならあたしはブラッドハウンドを頼むよ」
「二人ともしばらく待っててね」
グランマがバーコーナに戻り、ブラッドハウンドの準備を始めた。
このブラッドハウンドというカクテルは物々しい名前に反して、かなり甘口のカクテルだ。
シェイカーに、完熟したイチゴとドライジン、チンザノ社のスィートベルモットとドライベルモットを加えるとグランマはストレーナーを閉め強くシェイクする。
近年ではシェイカーではなくブレンダーを使用するバーテンダーが多いカクテルではあるが、このカクテルが生まれたのはブレンダーの発明前でありグランマはクラシックなシェイカーを使用するレシピを守っていた。
「ベルデッド、調査の結果どうだった?」
パサッ
ベルデッドが水津の目の前に封筒を置く。
すぐさま彼女が封筒に手を置くが、ベルデッドがそれを制止する。
「・・・・・見るのなら覚悟しなさい。生半可な覚悟で彼の過去を知ろうとするのはお勧めしないわ」
「覚悟ならベルデ探偵社に行った時にしている。問題は・・・ない」
「そう・・・・」
封筒の封印を外し、ミナが調査報告書に目を通した。
「おい・・・!こんな・・・こんなことって!!!」
「部外者のアンタが怒るのはお門違いよ。強いて言うならば誰もが善意でソレを行った。・・・・私もこんな結果に納得なんてできないけどね」
「アイツはまだ十三歳だったんだぞ!なのに・・・こんな・・・あんまりだよ・・・・」
いつの間に置かれていたのだろう。
ミナは好物のブラッドハウンドに手を付けることなく、嗚咽を漏らしていた。
ミナがその男に抱いた第一印象は「変な男」だった。
魔物娘デリヘル「艶淫」でデリ嬢として働いている彼女にとって、妙な性癖を抱えている客は幾人も見てきた。
だがその男のリクエストは群を抜いていた。
― フェラなんていい。ただただ抱きしめさせて欲しい ―
好きでもない男のザーメンを飲むよりも良かったため、ミナもそれを承諾した。
一時間彼女を抱きしめるとその男は満足したのか、チップも弾んでくれた。
それからミナは彼の指名を受けることになった。
彼女とて、魔物娘としての矜持がある。
不能なのかと思い、一度は彼にフェラしようとしたこともあるが彼はそれを拒否した。
― ただ抱きしめさせてくれるだけでいいんだ!!お願いだ!!! ―
泣きそうな顔でそう言う彼にミナは興味を覚えた。
「はぁ?常連客のことを教えて欲しいって?」
悩み抜いた末に、ミナはデリヘルの雇われ店長である「バイコーン」のクレアに相談した。
「でもね・・・わかることなんて電話番号くらいしかないわよ?」
いつも面倒事を起こすオーガのトーアと比べ、ミナはヘルハウンドには珍しく礼儀正しいし客とのトラブルはない。
そんな彼女がルールを破るようなことを頼むのだ。クレアとて彼女の力になりたかったが、如何せん店長がそういったことに首を突っ込むのは店の信用に関わる。
故に彼女は知り合いのベルゼブブが営む探偵事務所「ベルデ探偵社」を紹介するのみに留めていた。
魔物娘専用アパート
デリヘル「艶淫」では魔物娘専用のアパートをまとめて借りてデリ嬢のための下宿としている。
ミナは一人、あてがわれた自室でベルデッドの作成した調査報告書に目を通していた。
その手にはベイリーズ・アイリッシュクリーム ― アイリッシュウィスキーを使用した甘いリキュール ― を入れたロックグラスが握られていた。
あの男の名前は「京島龍太」。獣医師をしていて、難しい手術を何度も成功させた名医であり有名人の顧客も多い。
ペットの診察料は高額になりがちだが、しかし彼の経営する病院では利益度外視で低く設定している。
それだけではない。彼は保健所から殺処分予定のペットたちを引き取り治療を行い、引き取りを希望する人々との仲立ちを行うNPOの代表を務めていた。
彼は全てのペットたちが幸福に過ごせるように身を捧げていたのだ。
それには彼が幼少の時に経験した辛い別れが関係していた・・・・・。
「あたしが救ってやるよ・・・・・」
ミナはそう呟くと、グラスの中のアイリッシュクリームを飲み干した。
僕が彼女を一目見た時、運命を感じた。
黒い毛並み、やや釣り目がちところも「ベン」にそっくりだった。
こんな風に考えるのは可笑しいかもしれないが、僕にはベンが生まれ変わって会いに来てくれたように感じたんだ。
それ以来、週に一回彼女を指名し抱きしめることが僕の生きがいになった。
許してほしかったのかもしれない、僕は「ベン」を・・・・・・。
ピンポーン!
いつもビジネスホテルで彼女を待っていたが不意に呼び鈴が鳴る。
左手に巻いたオメガ・スピードマスタープロフェッショナルを見ると、予約した時間よりも30分早い。
時間に遅れたことも早すぎることもなかった彼女が時間を間違えることはない。
腑に落ちない思いを持ちながら、僕はドアを開いた。
その瞬間、黒い疾風が駆け抜けて僕を押し倒していた。
「ミナ!これは一体?」
僕は彼女、柚木ミナに押し倒されていた。
彼女が僕の問いに答えることはなく、尚も口を開こうとする僕に唇を押し付け舌を侵入させた。
「うぐぅ・・・うっ・・」
彼女の長い舌は僕の口内を蹂躙し、それが快楽へと変わった頃彼女はやっと僕の唇から顔を離した。僕と彼女の唇に銀色の橋がかかりそのまま滴り落ちる。
「どうだい?あたしのキスもなかなかだろ?」
彼女が身を起こした。
その黒い毛皮に覆われた肢体に衣服はおろか下着すら身に着けておらず、その股間からは止めどもなく蜜があふれていた。
彼女が手を振りかぶるとその鋭い爪でもって、僕のシャツやスラックスを引き裂いた。
「あたしはお前が欲しい!!お前を愛してンだ!!!だから・・・犯すのさ!!ベンからアンタを奪うためにな!!!」
「!」
「アンタが骨肉腫で安楽死させられた飼い犬のベンのことを未だに引きづっていて、似ていたあたしをいつも呼んでいたんだろ?だからあたしが・・・・!!」
「お前に・・・・何が分かるんだ!僕がもっと賢かったらベンを一人冷たいベッドで安楽死させたりさせなかった!!助けられなかったとしても死ぬ時まで一緒に寄り添うこともできたはずだ!!!」
それは彼が幼かった頃の話だ。
両親が保健所から引き取ったシベリアンハスキーの「ベン」。弟のいなかった彼はまるで弟のようにベンを可愛がった。
しかし、楽しく幸福な日々はある日脆くも崩れ去った。
― 骨肉腫 ―
骨のガンともいわれる、この難病にベンは罹患してしまったのだ。
もうすでに症状が進行していたベンに治療は難しく、ベンを苦しませるくらいならと彼の両親はベンの安楽死を選択した。
まだ幼かった彼に、両親は普通に病院へと行くとしか伝えなかった。
病院から戻った両親が彼に渡したモノ、それはベンの「首輪」だけだった。
「お前は神様か?ただのガキが本当にベンを助けられると思っていたのかよ!!!」
「だけど・・・だけどそうでも思わなければ・・・・!」
龍太の目から一筋の涙が流れる。
ギュッ!
ミナが彼を抱きしめる。
「アンタは十分に苦しんだ、そうだろ?お前があたしを抱きしめたいならいつでも抱きしめさせてやる!!だから・・だから!もう苦しむな!悲しむな!あたしがずっとそばにいてやるから!!!」
「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ミナの柔らかな毛皮に包まれ龍太は幼子のように泣いた。
それを彼女は覆い包むように抱きしめていた。
やや硬いベッドの上、全裸になった龍太に跨るヘルハウンド。
「いいか?これでお前はもうあたしにベンの面影をみることはできない。あたしとアンタはこのベッドの上で番になるんだからな」
龍太は静かに頷く。
「僕はその・・・まだ童貞で・・・」
「そうかい。それなら・・・おあいこだな!!!!!」
グチュッ!!!
ミナが一気に腰を下ろす。
龍太の男根が彼女の純潔の印を引き破る。
「うっ・・・・!」
ミナの表情が歪む。
「痛いのかい・・・?」
「痛いわけ・・・ないさ・・。あたしはヘルハウンドだぜ?」
彼女は勝気な笑みを浮かべると、腰を浮かべ再び腰を下ろした。
たった今純潔を失ったばかりだというのに、彼女の膣は使い込まれたかのように彼を受け入れ締め付けつつ、襞が彼の裏筋を攻め立てている。
「ぐ・・・・!ミナさん・・・もう少し優しく・・・」
「優しく・・・?そうだな・・もっと激しくしてやる!!!!ブっ壊れんなよ!!!!」
激しく腰を下ろしつつ、腰をうねるように交わるミナ。龍太の強直を咥え込んだヴァギナは、まるで餓えたアリゲーターのように喰らいついて離さなかった。
「・・・・・出る!お願い抜いてぇぇぇぇ!!!」
龍太の悲痛な叫びを聞き、ミナが腰の動きを止めた。
「ミナさん・・・?」
ミナが龍太に顔を近づけると、その唇に自らの唇を重ねた。
その瞬間だった。
ビュルッ!ビュルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!
ミナの子宮目掛けて、彼のスペルマが注ぎ込まれる。
「あ・・・あが・・・・」
あまりの快楽に龍太が目を白黒させる。
「ふぅ・・・!童貞くんの一番搾りを堪能させてもらったぜ」
満足げにミナが微笑むと、再び腰を動かし始めた。
「あたしは欲張りなんだ・・・・さぁ、もっとあたしに注いでくれよ?」
龍太は気持ちよさげに彼を抱きしめ腰を振るミナを見つめながら、快楽に塗り潰されるように意識を失った。
〜 あれ・・・・・ここは・・・〜
何もない白い空間。
「やっと来てくれたね。リョウタくん」
聞きなれない声に振り向くと、安楽死させられたはずのベンが座っていた。
「ベン!」
思わず龍太はベンを抱きしめた。
「相変わらず泣き虫だなリョウタくんは・・・」
「ベン・・・僕を恨まないの?」
「恨む?それはまぁ・・・安楽死させられて思わないこともないけど。でも、それも僕が苦しまないように思ってしたことだし、恨むなんてことないよ。それにリョウタくんが獣医師として沢山のペットを助けてくれているって知って、僕が死んだことも無駄じゃなかったと思えたんだ」
「許してくれるの・・・?」
「リョウタくんが許して欲しいなら僕は許すよ。だからもう・・・・僕のことを忘れて前に進んで。君にはお嫁さんもできたんだし。幸せになって!約束だよ?」
「約束する!!絶対に幸せになる!!」
「なら・・・僕は行くね」
「何処へ行くのベン・・・・」
「天国さ。本当はすぐにでも行きたかったけど、その・・・リョウタくんが心配だったから・・先延ばしにしちゃった」
「ごめん・・・」
「そうやってすぐ泣く!それじゃあ天国なんていけないよ!!」
リョウタは笑顔を見せた、泣きながら笑顔を作ってベンに見せたのだ。
「あはは!変な顔だよ!!でも・・・・嬉しいな」
ベンが龍太の腕の中で消えていく。
「ありがとう・・・・ベン」
ビジネスホテルの一室。
スペルマと破瓜の血に彩られたシーツの中で龍太は目覚めた。
「やっと起きたかい?」
ミナが彼を抱きしめていた。
「その・・・ごめんな。ヤりすぎて気絶させちまって・・・・・」
「あれは夢だったのか・・・」
「夢?」
「ああ・・・・」
龍太はミナに先ほどまで見ていた夢を話した。
「・・・・・!その胸元のペンダントを見せてくれないか」
「これかい?」
「ああ!頼む!!!」
魔界銀製のコイン大のペンダント。
ドレスを着た骸骨が人間の楽師の演奏に合わせて踊る姿が彫られていた。
「おい!これ・・・・ヘルの加護がついてんぞ」
「ヘルって確か生と死を司る外地の神様だよな。確か、あの日、ベンの首輪と一緒に父さんから受け取ったっけ・・・」
「ああ。だから、夢の中でベンに出会うことができたんだな・・・・」
龍太はミナからペンダントを受け取ると再び首にかける。
〜 前を見て進まなきゃ、ベンも天国に行けないよね 〜
「その・・・ミナ、ミナさん・・・・順番が逆になっちゃったけど・・・」
彼がミナを見る。
「僕と一緒になってください!!!」
ミナが一瞬、呆気にとられるが彼を抱きしめた。
「あれだけヤったんだ。当然一緒にいてやるさ・・・死ぬまで・・・いや、死んでも離さないぜ?」
そう言うと、ミナは再び龍太を押し倒した。
何処か、そう遠くない場所で甲高い犬の鳴き声が聞こえてきた。
不器用な二人の門出を祝うかのように・・・・
丁寧に磨かれ宝石のような輝きを放つグラス。
バックバーに鎮座したリキュールやウィスキー、スピリッツのボトルたち。
開店時間を迎えたばかりの「Barペイパームーン」の奥のテーブル席、二人の魔物が座っていた。
一人は頭から昆虫めいた触角を生やし蠅の羽根を持つ魔物娘「ベルゼブブ」、もう一人は黒い毛皮と燃える様な赤い瞳を持った魔物娘「ヘルハウンド」。
二人の表情に笑みはなく、特にヘルハウンドの女性の方は緊張した面持ちだった。
「ベルデッドにミナ、お二人ともいらっしゃい。ご注文はお決まりかしら?」
重い空気を見かねたBarペイパームーンのオーナーバーテンドレスであるサキュバスのグランマが二人に声をかけた。
「そうね・・・・ローズ社のライムジュースを使ったギムレットと言いたいところだけど、ノイリープラット・ドライ、ロックで。ライムスライスも添えてね」
ベルデッドと呼ばれたベルゼブブがオーダーする。
「グランマ、新鮮なイチゴはあるかい?」
ヘルハウンドのミナに、グランマが頷く。
「ならあたしはブラッドハウンドを頼むよ」
「二人ともしばらく待っててね」
グランマがバーコーナに戻り、ブラッドハウンドの準備を始めた。
このブラッドハウンドというカクテルは物々しい名前に反して、かなり甘口のカクテルだ。
シェイカーに、完熟したイチゴとドライジン、チンザノ社のスィートベルモットとドライベルモットを加えるとグランマはストレーナーを閉め強くシェイクする。
近年ではシェイカーではなくブレンダーを使用するバーテンダーが多いカクテルではあるが、このカクテルが生まれたのはブレンダーの発明前でありグランマはクラシックなシェイカーを使用するレシピを守っていた。
「ベルデッド、調査の結果どうだった?」
パサッ
ベルデッドが水津の目の前に封筒を置く。
すぐさま彼女が封筒に手を置くが、ベルデッドがそれを制止する。
「・・・・・見るのなら覚悟しなさい。生半可な覚悟で彼の過去を知ろうとするのはお勧めしないわ」
「覚悟ならベルデ探偵社に行った時にしている。問題は・・・ない」
「そう・・・・」
封筒の封印を外し、ミナが調査報告書に目を通した。
「おい・・・!こんな・・・こんなことって!!!」
「部外者のアンタが怒るのはお門違いよ。強いて言うならば誰もが善意でソレを行った。・・・・私もこんな結果に納得なんてできないけどね」
「アイツはまだ十三歳だったんだぞ!なのに・・・こんな・・・あんまりだよ・・・・」
いつの間に置かれていたのだろう。
ミナは好物のブラッドハウンドに手を付けることなく、嗚咽を漏らしていた。
ミナがその男に抱いた第一印象は「変な男」だった。
魔物娘デリヘル「艶淫」でデリ嬢として働いている彼女にとって、妙な性癖を抱えている客は幾人も見てきた。
だがその男のリクエストは群を抜いていた。
― フェラなんていい。ただただ抱きしめさせて欲しい ―
好きでもない男のザーメンを飲むよりも良かったため、ミナもそれを承諾した。
一時間彼女を抱きしめるとその男は満足したのか、チップも弾んでくれた。
それからミナは彼の指名を受けることになった。
彼女とて、魔物娘としての矜持がある。
不能なのかと思い、一度は彼にフェラしようとしたこともあるが彼はそれを拒否した。
― ただ抱きしめさせてくれるだけでいいんだ!!お願いだ!!! ―
泣きそうな顔でそう言う彼にミナは興味を覚えた。
「はぁ?常連客のことを教えて欲しいって?」
悩み抜いた末に、ミナはデリヘルの雇われ店長である「バイコーン」のクレアに相談した。
「でもね・・・わかることなんて電話番号くらいしかないわよ?」
いつも面倒事を起こすオーガのトーアと比べ、ミナはヘルハウンドには珍しく礼儀正しいし客とのトラブルはない。
そんな彼女がルールを破るようなことを頼むのだ。クレアとて彼女の力になりたかったが、如何せん店長がそういったことに首を突っ込むのは店の信用に関わる。
故に彼女は知り合いのベルゼブブが営む探偵事務所「ベルデ探偵社」を紹介するのみに留めていた。
魔物娘専用アパート
デリヘル「艶淫」では魔物娘専用のアパートをまとめて借りてデリ嬢のための下宿としている。
ミナは一人、あてがわれた自室でベルデッドの作成した調査報告書に目を通していた。
その手にはベイリーズ・アイリッシュクリーム ― アイリッシュウィスキーを使用した甘いリキュール ― を入れたロックグラスが握られていた。
あの男の名前は「京島龍太」。獣医師をしていて、難しい手術を何度も成功させた名医であり有名人の顧客も多い。
ペットの診察料は高額になりがちだが、しかし彼の経営する病院では利益度外視で低く設定している。
それだけではない。彼は保健所から殺処分予定のペットたちを引き取り治療を行い、引き取りを希望する人々との仲立ちを行うNPOの代表を務めていた。
彼は全てのペットたちが幸福に過ごせるように身を捧げていたのだ。
それには彼が幼少の時に経験した辛い別れが関係していた・・・・・。
「あたしが救ってやるよ・・・・・」
ミナはそう呟くと、グラスの中のアイリッシュクリームを飲み干した。
僕が彼女を一目見た時、運命を感じた。
黒い毛並み、やや釣り目がちところも「ベン」にそっくりだった。
こんな風に考えるのは可笑しいかもしれないが、僕にはベンが生まれ変わって会いに来てくれたように感じたんだ。
それ以来、週に一回彼女を指名し抱きしめることが僕の生きがいになった。
許してほしかったのかもしれない、僕は「ベン」を・・・・・・。
ピンポーン!
いつもビジネスホテルで彼女を待っていたが不意に呼び鈴が鳴る。
左手に巻いたオメガ・スピードマスタープロフェッショナルを見ると、予約した時間よりも30分早い。
時間に遅れたことも早すぎることもなかった彼女が時間を間違えることはない。
腑に落ちない思いを持ちながら、僕はドアを開いた。
その瞬間、黒い疾風が駆け抜けて僕を押し倒していた。
「ミナ!これは一体?」
僕は彼女、柚木ミナに押し倒されていた。
彼女が僕の問いに答えることはなく、尚も口を開こうとする僕に唇を押し付け舌を侵入させた。
「うぐぅ・・・うっ・・」
彼女の長い舌は僕の口内を蹂躙し、それが快楽へと変わった頃彼女はやっと僕の唇から顔を離した。僕と彼女の唇に銀色の橋がかかりそのまま滴り落ちる。
「どうだい?あたしのキスもなかなかだろ?」
彼女が身を起こした。
その黒い毛皮に覆われた肢体に衣服はおろか下着すら身に着けておらず、その股間からは止めどもなく蜜があふれていた。
彼女が手を振りかぶるとその鋭い爪でもって、僕のシャツやスラックスを引き裂いた。
「あたしはお前が欲しい!!お前を愛してンだ!!!だから・・・犯すのさ!!ベンからアンタを奪うためにな!!!」
「!」
「アンタが骨肉腫で安楽死させられた飼い犬のベンのことを未だに引きづっていて、似ていたあたしをいつも呼んでいたんだろ?だからあたしが・・・・!!」
「お前に・・・・何が分かるんだ!僕がもっと賢かったらベンを一人冷たいベッドで安楽死させたりさせなかった!!助けられなかったとしても死ぬ時まで一緒に寄り添うこともできたはずだ!!!」
それは彼が幼かった頃の話だ。
両親が保健所から引き取ったシベリアンハスキーの「ベン」。弟のいなかった彼はまるで弟のようにベンを可愛がった。
しかし、楽しく幸福な日々はある日脆くも崩れ去った。
― 骨肉腫 ―
骨のガンともいわれる、この難病にベンは罹患してしまったのだ。
もうすでに症状が進行していたベンに治療は難しく、ベンを苦しませるくらいならと彼の両親はベンの安楽死を選択した。
まだ幼かった彼に、両親は普通に病院へと行くとしか伝えなかった。
病院から戻った両親が彼に渡したモノ、それはベンの「首輪」だけだった。
「お前は神様か?ただのガキが本当にベンを助けられると思っていたのかよ!!!」
「だけど・・・だけどそうでも思わなければ・・・・!」
龍太の目から一筋の涙が流れる。
ギュッ!
ミナが彼を抱きしめる。
「アンタは十分に苦しんだ、そうだろ?お前があたしを抱きしめたいならいつでも抱きしめさせてやる!!だから・・だから!もう苦しむな!悲しむな!あたしがずっとそばにいてやるから!!!」
「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ミナの柔らかな毛皮に包まれ龍太は幼子のように泣いた。
それを彼女は覆い包むように抱きしめていた。
やや硬いベッドの上、全裸になった龍太に跨るヘルハウンド。
「いいか?これでお前はもうあたしにベンの面影をみることはできない。あたしとアンタはこのベッドの上で番になるんだからな」
龍太は静かに頷く。
「僕はその・・・まだ童貞で・・・」
「そうかい。それなら・・・おあいこだな!!!!!」
グチュッ!!!
ミナが一気に腰を下ろす。
龍太の男根が彼女の純潔の印を引き破る。
「うっ・・・・!」
ミナの表情が歪む。
「痛いのかい・・・?」
「痛いわけ・・・ないさ・・。あたしはヘルハウンドだぜ?」
彼女は勝気な笑みを浮かべると、腰を浮かべ再び腰を下ろした。
たった今純潔を失ったばかりだというのに、彼女の膣は使い込まれたかのように彼を受け入れ締め付けつつ、襞が彼の裏筋を攻め立てている。
「ぐ・・・・!ミナさん・・・もう少し優しく・・・」
「優しく・・・?そうだな・・もっと激しくしてやる!!!!ブっ壊れんなよ!!!!」
激しく腰を下ろしつつ、腰をうねるように交わるミナ。龍太の強直を咥え込んだヴァギナは、まるで餓えたアリゲーターのように喰らいついて離さなかった。
「・・・・・出る!お願い抜いてぇぇぇぇ!!!」
龍太の悲痛な叫びを聞き、ミナが腰の動きを止めた。
「ミナさん・・・?」
ミナが龍太に顔を近づけると、その唇に自らの唇を重ねた。
その瞬間だった。
ビュルッ!ビュルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!
ミナの子宮目掛けて、彼のスペルマが注ぎ込まれる。
「あ・・・あが・・・・」
あまりの快楽に龍太が目を白黒させる。
「ふぅ・・・!童貞くんの一番搾りを堪能させてもらったぜ」
満足げにミナが微笑むと、再び腰を動かし始めた。
「あたしは欲張りなんだ・・・・さぁ、もっとあたしに注いでくれよ?」
龍太は気持ちよさげに彼を抱きしめ腰を振るミナを見つめながら、快楽に塗り潰されるように意識を失った。
〜 あれ・・・・・ここは・・・〜
何もない白い空間。
「やっと来てくれたね。リョウタくん」
聞きなれない声に振り向くと、安楽死させられたはずのベンが座っていた。
「ベン!」
思わず龍太はベンを抱きしめた。
「相変わらず泣き虫だなリョウタくんは・・・」
「ベン・・・僕を恨まないの?」
「恨む?それはまぁ・・・安楽死させられて思わないこともないけど。でも、それも僕が苦しまないように思ってしたことだし、恨むなんてことないよ。それにリョウタくんが獣医師として沢山のペットを助けてくれているって知って、僕が死んだことも無駄じゃなかったと思えたんだ」
「許してくれるの・・・?」
「リョウタくんが許して欲しいなら僕は許すよ。だからもう・・・・僕のことを忘れて前に進んで。君にはお嫁さんもできたんだし。幸せになって!約束だよ?」
「約束する!!絶対に幸せになる!!」
「なら・・・僕は行くね」
「何処へ行くのベン・・・・」
「天国さ。本当はすぐにでも行きたかったけど、その・・・リョウタくんが心配だったから・・先延ばしにしちゃった」
「ごめん・・・」
「そうやってすぐ泣く!それじゃあ天国なんていけないよ!!」
リョウタは笑顔を見せた、泣きながら笑顔を作ってベンに見せたのだ。
「あはは!変な顔だよ!!でも・・・・嬉しいな」
ベンが龍太の腕の中で消えていく。
「ありがとう・・・・ベン」
ビジネスホテルの一室。
スペルマと破瓜の血に彩られたシーツの中で龍太は目覚めた。
「やっと起きたかい?」
ミナが彼を抱きしめていた。
「その・・・ごめんな。ヤりすぎて気絶させちまって・・・・・」
「あれは夢だったのか・・・」
「夢?」
「ああ・・・・」
龍太はミナに先ほどまで見ていた夢を話した。
「・・・・・!その胸元のペンダントを見せてくれないか」
「これかい?」
「ああ!頼む!!!」
魔界銀製のコイン大のペンダント。
ドレスを着た骸骨が人間の楽師の演奏に合わせて踊る姿が彫られていた。
「おい!これ・・・・ヘルの加護がついてんぞ」
「ヘルって確か生と死を司る外地の神様だよな。確か、あの日、ベンの首輪と一緒に父さんから受け取ったっけ・・・」
「ああ。だから、夢の中でベンに出会うことができたんだな・・・・」
龍太はミナからペンダントを受け取ると再び首にかける。
〜 前を見て進まなきゃ、ベンも天国に行けないよね 〜
「その・・・ミナ、ミナさん・・・・順番が逆になっちゃったけど・・・」
彼がミナを見る。
「僕と一緒になってください!!!」
ミナが一瞬、呆気にとられるが彼を抱きしめた。
「あれだけヤったんだ。当然一緒にいてやるさ・・・死ぬまで・・・いや、死んでも離さないぜ?」
そう言うと、ミナは再び龍太を押し倒した。
何処か、そう遠くない場所で甲高い犬の鳴き声が聞こえてきた。
不器用な二人の門出を祝うかのように・・・・
17/12/16 22:16更新 / 法螺男