連載小説
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仕舞村 ― オワリノハジマリ ―
― Bar ペイパームーン ―

「グランマ無理を言って開けてもらってごめんね」

「問題ないわ。相手もよく知ったコだし。飲み物はどうする?」

彰が左手のグリシン・エアマンSST ― 妻の若葉からの誕生日プレゼント ― を見る。時刻は15時。流石にカクテルを楽しむには早すぎる。

「コーヒーを。ケイはどうする?」

彰はケイと呼ばれた連れの男に声をかける。

「同じものを」

ケイは静かに答えた。

「しかしこの店も変わらないな。俺たちが三人で馬鹿やってた時と」

「そう見えるだけさ。お前は農林水産省の高級官僚で、俺はちょっと名の知れた商事会社の営業。同期の中で一番の出世頭のお前が役所を辞めてNGOの代表とはね」

「俺も変わったってことさ。・・・・この前の話は考えてくれたかい?」

「悪いがその話は受けられない」

「若葉ちゃんのことかい?」

彰は静かに頷く。

「いや悪かった。新婚さんに話をすることではなかったね」

そう言うとケイは残ったコーヒーを飲み干すと、懐から名刺入れを取り出し一枚取り出し彰に手渡した。

「私が君の能力を買っているのは事実だよ。正直言って私はキミが欲しい。もし気が変わったら連絡してくれ。いつでも待ってるから」

彰が手渡された名刺を見る。

「NGO法人 ボローヴェ財団 代表 六分儀ケイ・六分儀カーニャ」

何の変哲もない名刺。しかしその名刺から濃厚な虜の実の匂いがしていた。



僕の住んでいる村には何もない。
あるのはもう誰も耕作しない畑や田んぼばかり。以前は大型ショッピングモールを建設するって話も聞いたけど、いつの間にか立ち消えになった。
流石にトイレは汲み取り式じゃないけど、ネットの環境は未だにケーブル回線。ほとんど陸の孤島だ。ゲームや曲ならネットで買えるから問題はないんだけどね。
いつかこんなとこから出て行ってやる!と息巻いていても、12歳の僕には将来設計なんて言葉は早すぎて、結局はたいして面白くない日常に埋もれていく。

「学校にテロリストか怪物が現れてくれないかな」

いつの間にかそう僕は呟いてしまっていた。

「物騒なことを言ってはいけませんよ?ヨウくん」

僕が視線をあげると、デーモンのカーニャさんが僕を見ていた。

「いや・・・その本気じゃなくて・・・」

慌てて僕が言い繕う。

「フフッ君みたいな子って夢見がちだからしょうがないわよ。今日お父さんは夜番だったかしら?」

「うん。大丈夫だよ慣れたし」

「後で様子見に行くから夕食はそれまで待っていてくれる?」

「うん!」

デーモンのカーニャさん。
僕の家の近くに越してきた女の人で、何でもえぬじいおー?とかいうのを夫と一緒にしているらしい。
腰までの黒い髪、赤と黒の瞳、そして人とは違う青い肌。デーモンという種類の魔物娘だそうだ。
僕にはお母さんがいない。僕を生んだその日に亡くなったらしい。
お父さんは僕が物心がついたころからこの村の消防署に勤務している。
だから一晩家に帰らない日も当然ある。自炊は自然の覚えた。もっともレパートリーはチャーハンかチキンライス、カレーくらいしかないけど。
それを知ったカーニャさんが時折、晩御飯を作りに来てくれる。
一度理由をカーニャさんに聞いたことがある。

〜 だって一人で食べるご飯は美味しくないでしょ? 〜

カーニャさんはさも当然といった感じで僕に話してくれた。
その時からかな。
カーニャさんが「好き」になったのは・・・

ボーンボーン

柱にかけてある古いゼンマイ仕掛けの時計が時を告げる。

「遅いなカーニャさん・・・・・」

ピンポーン

〜 カーニャさんだ! 〜

「はーい!今行きます」

僕はスリッパを履くと玄関へと向かう。
でもそこには・・・

「厳さん・・・・」

金物屋の厳さん。僕はこの人が嫌いだ。僕や友達がアイスを買い食いしただけでも怒ってくるし、道にごみが捨ててあったら僕が捨てたわけでもないのに拾わせる。
そんなんだからお嫁さんが来ないんだよ、と僕らは噂している。

「おい!カーニャは今日は来ねぇぞ」

「え?」

「だから用事で来れねーんだよ!!ホラ!!!」

ぶっきら棒に渡された鍋。中には僕の好物のクリームシチューが入っていた。

「じゃあな!!ガキは宿題して寝てりゃいいんだよ!」

それだけ言うと厳さんは足早に帰っていった。

「まだ暖かい・・・・」

僕の脳裏を深夜でやっていたドラマのワンシーンが過る。
騙して連れてきた女の人を沢山の男の人が・・・・

「カーニャさんが危ない!!」

僕は玄関先に鍋を置くと、学校の剣道で使っている竹刀を取り出した。

― カーニャさんは僕が守る! ―

待ち望んだ「非日常」。僕の血潮は沸き立っていた。


「ここにカーニャさんが・・・・!」

家を飛び出した僕は思いつく限りの場所を探した。すると不思議なことが判った。タバコ屋の松爺や農家を今年から廃業した石坂のおじさん等数人の大人の人が村から消えていた。
姿を消したカーニャさんと大人の男の人。幸い、山へと向かう石坂のおじさんを駄菓子屋の梅ばあが見ていた。山にはもう使われていない集会場がある。いるのは此処しかない。

ギュッ!

僕は手に握りしめた竹刀の感触を確かめる。
怪我をしてしまうかもしれない。
でも、僕はカーニャさんを守ると決めたんだ!
そっと耳をそばだてる。

― ・・・やっぱり若い娘はいいわい・・・ ―

― おっぱいもでかくてええなぁ、観音様の具合も・・・ ―

大人達の下卑た声

「・・・・!」

もう僕は止まれなかった。

「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

竹刀を上段に構え、僕は集会場のドアを蹴った。
そこには村から消えた大人とカーニャさん、そして・・・・

「あらかわいいコね」

「ドロローン!」

「ねぇカーニャ?このコも参加者なの」

「どうでもいいにゃ。多摩は猫じゃないにゃ、猫又にゃ!なでなでするにゃぁ」

消えた大人の人と同じ数の魔物が料理とお酒を囲んで談笑していた。

「なんなのコレ?」

「あらヨウ君?こんな夜遅くどうしたの」

いつものカーニャさん。どこも変わったところはない。

「ヨウくんこれはね合コンといって・・・そうね大人の男の人と女の人が一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだりして過ごす宴会みたいなものよ。私には未婚の魔物娘の知り合いも多いから合コンをセッティングすることになってね。ついうっかり今日だったってことを忘れてしまって、ヨウ君ごめんね」

冷静に見ると男の人の隣には魔物の女の人が座っている。

「おい坊主!俺は宿題して寝ろと言ったはずだぞ!!」

金物屋の厳さんが顔を真っ赤にして怒るが、

「ちゃんと説明した厳?乱暴な言い方をすれば勘違いするのは当たり前・・・」

厳さんの隣で酒を注いでいた一つ目で青い肌をした女の人 ― サイクロプスという魔物娘だっけ ― が僕を庇ってくれた。

「そうだな・・・茉莉ちゃんの言うとおりだな」

茉莉と呼んだサイクロプスに宥められ厳さんは再び二人でお酒を飲み始めた。

ぐぅ〜

「!」

「あらあらご飯まだだったの?いいわ私の隣にいらっしゃい」

そう言うとカーニャさんが僕を隣に座らせた。

「これはサテュロスのワインよ。この世界のお酒とは違うから身体に害を与えることがないし、楽しい気持ちになれるわ」

カーニャさんが渡してくれたグラスを受け取ると僕はそれを飲み干した。甘くジュースのようで身体がぽかぽかとする。
魔界の特産品を使った料理を一緒に食べて大人の人たちから色々な話を聞いた。かつての大戦で仲間を見捨てて命からがら復員したこと、助けられなかった人々のこと、缶詰一つの為に身体を投げ出した女の子のこと。

「俺は故郷に戻って農家になったのは、人ってのは食べもんがなければ簡単に犬以下になっちまうって知ったからさ」

そう言うと石坂のおじさんは涙を拭った。

「貴方は誰よりも傷ついてきた。もう涙を拭いて幸せになってもいいわ」

頭から植物の芽を生やした女の人が石坂のおじさんの涙を拭く。

「俺でいいのか?50の土いじりしか能のないおっさんだ。手もごつごつして見栄えも悪いし・・・」

「貴方だからいいの。この手は真剣に土と向かい合った働きものの手だから」

石坂のおじさんと女の人は見つめあいそのまま唇を重ねた。

「んじゃ、オラたち帰んべ。夜はなげぇからな」

「ドロローン・・・夜の泥レス開催する?」

レンコン農家の日暮さんが泥の女の人と手をつなぎ一緒に席を立つ。
すると堰を切ったかのように男の人と女の人が共に席を立って一緒に帰っていく。

「ちょっと待って!」

カーニャさんが帰ろうとする男の人に何か瓶を渡す。

「サバト製薬の精力ドリンクよ。徹夜で交わっても心臓や血管に負担をかけないように身体を保護してくれるわ。・・・がんばってね」

そう言ってウィンクするカーニャさん。普段のカーニャさんと違う彼女の仕草に思わず顔が赤くなる。



「ごめんなさいね。後片付けを手伝ってもらっちゃって」

「いいんです。ご馳走になっちゃったし」

結局、すべては僕の勘違いだった。
竹刀なんて持ち出したってお父さんが知ったらまた怒られてしまう。

「あ、あのカーニャさん!今夜のことは・・」

「秘密にしておくわ。大丈夫よ」

カーニャーさんは僕に近づき・・・

チュッ!

僕の額にキスをした。

「これも秘密ね」



間接照明に照らされた一室。一組の男女がベットの中で睦合っていた。甘い匂いと麝香に似た淫靡な匂いから今しがた交わりを終えた後ということが判る。

「アイツは結局顔を縦に振らなかったよ。アイツの能力を存分に生かせる職場のつもりなんだがな」

男 ― 六分儀ケイ ― が妻のカーニャに声をかける。

「まあまあ、こちらはうまくいったわよ。予定した全員に伴侶をあてがったし、これならこの村の開発もスムーズにいくわ」

「年齢問わず、村の中で発言力のある未婚の男性に未婚の魔物娘をあてがいこちら側に引き込む。ハニートラップの基本だな」

「あら女であることを有効に利用しなきゃ魔王様に叱られるわ」

「つくづく怖い女だなお前は。まぁそんな女にぞっこんな私も大概だがな」

「ねぇもう一回しない?サバト製薬製の精力ドリンクが余っちゃってね」

そう言うとカーニャがケイを抱きしめた。

「本当に搾り殺されそうだ。腹上死したらパトラッシュよろしく地獄に連れてってくれよ?お前がいてくれれば地獄も天国さ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないア・ナ・タ」

再び二人の影が重なった。



一晩の冒険を終えても僕の日常が退屈なのは変わらない。
もっともあの日以来、この村にも魔物娘が越してくることが多くなってきたのだが。

「おいヨウ。三組の北山、シルフの風鳴とキスしたらしいぞ」

後ろの席の準之助が僕に話しかける。
キスと聞いてあの夜にカーニャさんが額にしてくれたキスを思い出して僕の顔が赤くなる。

「おいそこ!!私語はするな!!」

「やべぇ!鬼口に見つかった」

担任の谷口がヨウを指名する。

「ヨウ!今なんて話していたか言ってみろ!」

「そ・・・それは」

「転校生の紹介をしていたんだこのバカタレ!入ってきていいぞ」

「失礼するわ」

ガラッ

教室の引き戸を開けて小柄な人影が入ってくる。
蒼い肌、赤と黒の瞳、蝙蝠のような羽根
デーモンをそのまま小さくしたような魔物娘「デビル」だ。

「デビルのアザリアよ。なんでこんな田舎に来たのかしら」

「アザリア君の席は・・」

先生が言い終わる前にその子は僕の隣の席に座った。

「ここ、空いてるんでしょ?だったらここでいいわ」

今日は土曜日だから午後に授業はない。
学校が終われば、いつものように家に帰るのが普通なのだけれど・・・

「ホント此処には何もないわね・・・・」

なぜだか僕はアザリアにこの村の案内をしている。
鬼口、いや谷口先生に頼まれたのだ。

「あんた私を見ても驚きもしなかったわね。どうして?」

アザリアがぐいぐいと顔を近づけてくる。

「僕の家のお隣さんがカーニャさんていうデーモンで・・その見慣れたというか・・」

アザリアがヨウを値踏みするように見る。

「決めたわ!今日から貴方は私の従者よ。この高貴なデビルであるアザリア様の従者になれたことを光栄に思いなさい!!!」

「じゅ・・従者って?」

「いつも一緒にいて、一緒に遊んでくれる人よ」

「それって友達っていうんじゃ・・・・?」

「なに口答え?調教するわよ!」

嵐のようなアザリア。
でも僕は確信していた。
きっと僕の退屈な思いもアザリアが吹き飛ばしてくれるって。

「僕でよければ・・・・」

「ふふふ、素直なコは好きよ。私に身も心も捧げるならご褒美をあげるわ。期待していなさい!!!」

不意にアザリアの唇が近づき、僕の唇に触れる。

「まずは最初の褒美よ!ヨウ!!」

そう言うとアザリアが道を走っていった。
アザリアの唇は柔らかくあの時サテュロスのワインを飲んだ時みたいに身体がぽかぽかしはじめた。
もうしばらく・・・僕は退屈しなくて済みそうだ。















17/10/22 18:31更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
今回はおねショタ+寂れた村+勘違いでまとめてみました。

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