連載小説
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誘惑 ― ナイタアオオニ ―
メイド喫茶「クラウディア」
キキーモラのクシャナがオーナーを務めるこの場所は、謂われる「普通」のメイド喫茶と大きく異なる点がある。
既婚のキキーモラも働いていることと、同席はするがあくまでただのメイドでありお触りは禁止されている。無論未婚のキキーモラの場合はこの限りではない。双方の同意があれば店外で落ち合うことも許されている。
店内は落ち着いたジャズが流れ、調度品も上等なものが用意されており訪れた客はまるで本当の貴族の邸宅を訪れたかのように思ってしまうほどだ。
それでいて、サービス料は発生せずフードもこういった店にありがちなインスタントを安易に使用せず、ベシャメルソースすら全て自家製。料金も格安とあれば人気も頷けられる。

「オーナー、またあの客の指名ですよ。どうしますか?」

一人のキキーモラがクシャナに耳打ちする。
あの客とは、数か月前に来た一人の男性客だ。ややブラウンの髪、すらりとしていてそこそこ筋肉のついた身体、恐らくは外国人の血が入っているのだろう、澄んだ碧い目をしていた。この店では巷のメイド喫茶のような指名サービスはしていないが、彼の店での素行は悪くなく紳士的な態度を取っているから大目に見ている。
もっとも、クシャナ以外のキキーモラが来た場合は食事を直ぐに終えて店を出ていくことが多い。明らかにクシャナが目的だ。

「私が行くわ。ボックス席は空いてる?」

「ええ。でも問題があれば直ぐ呼んでくださいね。学園で学んだカポエイラでボコボコにしてあげるんだから!」

そう言うと彼女は足に装着された魔界銀製の蹄鉄を見せた。

「頼もしいわね」

「ええ!頑張ります!!」

彼女はこの店に入って日が浅い。やや空回りな点もあるが、店一番の頑張り屋だ。

「お客様、お待たせしましたメイドのクシャナです。よろしければ席を変えませんか?」

男 ― 正木・クロード ― が頷く。

「ああ、お願いするよ」

クロードは席を立ち、クシャナの案内で店の奥にあるボックス席へと移動する。

ボックス席といっても、ソファーがあったりすることはなく少し広めの席と数脚の座り心地の良い椅子が用意されているだけで前からは見えないようになっているが扉もない。

「何かお持ちいたしますか?」

「いや・・・」

クシャナがクロードを見る。思いつめた表情をしていた。
クロードが意を決して口を開く。

「私は・・・・君を愛している」

「私は既に結婚している身ですわ。その言葉を喜ぶことはできません」

クシャナが自らの左手を掲げ、その薬指に嵌められた指輪を見せる。

「君が結婚していることは知っている。でも数か月前に君を見て以来、愛したいという思いが強くなっていくんだ。だから・・・・!」

クロードがクシャナの左手を掴む。

「僕ならこんなくすんだ安物の指輪なんて送らない!!僕なら君の望むことをなんでも・・・・!」

「離しなさい!」

クシャナがクロードの手を払う。

「この指輪は私の夫が最初の印税で買ってくれたものよ。貴方には安物でしょうけど私にはこれ以上のものはないわ!」

強い口調で彼を否定するクシャナ。

「貴方の考える幸せは何?見知らぬ土地へ旅行へ行くこと?それとも高級な宝石や衣服で飾り立てること?貴方は私たち魔物娘を知らないわ。貴方には恐らく一生理解できない!!」

「夫?愚にもつかない低俗な小説で日銭を稼ぐしか能のない男が?挙句の果てに妻を働かせるなんて・・・・!」

「私の夫を馬鹿にするな!!!!」

彼女の瞳に浮かぶのは明確な否定と怒り。

「この店は仕えるべき主人を求めるキキーモラや更なる技術の向上を求める既婚のキキーモラの為の店よ。そんなことも理解できない貴方に此処は相応しくない・・・」

クシャナがテーブルの上のベルを鳴らす

「はいはーい!クランちゃん登場〜〜〜!」

明るい声と共に先ほど魔界銀製の蹄鉄を自慢していたキキーモラが現れる。

「・・・・お客様のお帰りよ」

「ささっこっちへ!!」

クランがクロードを出口まで「案内」する。

「待ってくれ!僕は・・・」

「顔も見たくはないわ!」



「それが事の顛末よ」

内に籠る怒りを吐き出したおかげか、ややすっきりとした表情をしたクシャナが語り終えた。

「その男はどうなったの?」

「一切姿を現してはいないわ。あれだけ明確に断って出禁にしたもの」

クーラが思案顔でクシャナを見る。

「でもソイツはお前に執着してたんだろ?無駄に金や権力を持っている人間ってヤツは結構厄介だぜ?」

「それなら大丈夫よ。クランちゃんも張り切って店の警備をしてくれるし、私が住んでいるのも魔物専門のマンションだからナオちゃんも安全よ」

「まぁオマエが言ってんなら大丈夫か。でもなんかあったら言ってくれよ?なんてったってアタシのダチ公だかんな!」

「ええ。ありがとう」

そう言うと、クシャナはいつもの柔らかな笑みをクーラに見せた。




何処とも知れぬ廃墟。
既に夜闇がすべてを覆いつくしている。
蝋燭が一本灯されただけの何もない空間に一人の男性が裸で椅子に縛りつけられていた。
男はすらりとしていたがその実筋肉のついたがっしりとした体形をしていて、黒い袋が頭に被らされている。

「さあ、お目覚めの時間よ!!」

何者かが強引に袋を引き剥がす。

男 ― 正木・クロード ― が暗闇から解放されると目の前には青い肌に漆黒のボディースーツを着たデーモン「マクスウェル・レーム」が立っていた。
クロードが記憶を辿る

〜 確かあのトリ女を追って・・・そしたらいきなり影から伸びた手に掴まれて・・・! 〜

「ようやく事情が呑み込めたようね。それとこれは貴方の落とし物よ」

重い音とともにそれがクロードの目の前に投げられる。

「20番ゲージの水平二連銃。隠し込みやすいように銃身を切り詰めストックも外してあるわね。魔界銀製のアクセサリーを溶かして鹿狩り用の散弾を作るなんていくら使ったのかしら?」

レームが愉快そうに笑う。
その笑みを見てクロードは今自分が狼の口の中にいることを知った。

「魔界銀の散弾を近距離で撃って身動きが取れない間に拉致しようとなんてなかなか味なマネを考えたわね。でも残念ねぇ〜この世界に流通している魔界銀は悪用できないように、素材用も含めて魔力タグが仕込んであるのよ。だから、一人の人間が大量に買い込んだら直ぐにわかるわけ。狙いが魔物娘だとね!」

〜 万事急すかよ!糞が!! 〜

俺は欲深かった。
他人の物が欲しくなるし手に入らなかったら無理矢理でも手に入れてきた。どんな手を使ってもな。
女も同様だ。ちょいと金を見せれば簡単に股を開きやがる。恋人がいようがいまいが関係ない。

「私に隠し事は無駄よ。だってさっき貴方私と目を合わせたでしょ?私、魔眼持ちなの」

「ア・・・アイツは・・・あの糞女は恥をかかせやがった!だから・・・・・」

「だ・か・ら愛し合っているカップルを引き裂いてよいと?」

「ああ、当・・・!!」

ドン!

「ヒィッ!」

何かが破裂するような音と共に柱が粉砕される。
目の前のデーモンが握りつぶしたのだ。

「見下げ果てた屑に情状の酌量の余地はないわ。裁きを下す・・・・ソワレ!マチネ!おいで!!」

「「はーいレーム様!!」」

明るい声が響くと同時に、黒い煙が沸き立ち徐々に幼い姿へと変わる。
蒼い肌に赤と黒の瞳、幼い姿ではあれどその身体が漂わせる淫靡さは目の前のデーモンと勝るとも劣らない。
人を堕落させるために生まれた中級悪魔の「デビル」が二人立っていた。

「ちょっと早いけれど私からのボーナスよ。二人とも恋人が欲しいって言っていたでしょ?」

マチネとソワレと呼ばれた二人のデビルがクロードを見る。

「う〜んなかなかのモノだし悪くないね。私的にオッケーかな。マチネちゃんは?」

「うふふ睨んでる睨んでる!いいよね!気の強い男って大好き!!!たっぷりと調教してあげようよソワレ!!」

「じゃあ二人ともゆっくりと楽しんでね。ここにその男が用意した催淫剤も置いておくから使ってあげて。あ、貴方の財産と集めた魔界銀は私たち過激派が余すことなく有効活用させていただくわ。そうそう、貴方の悪行は全て公開済みだから人界のことは心配しなくていいわよ。もう帰る場所なんてないけどね」

「おいおい!!離せ!!離せよぉぉぉぉぉ!!!」

「「アハハ!人生が破滅したってのにチンポ立ててるなんてすごーい!!!」」

聞くに堪えない怒声と従者であるソワレとマチネの嘲笑。
それらから逃げるように私はベランダを乗り越えた。
私の漆黒の翼が風をはらみ、夜風が私の身体を優しく撫でる。
かつてまだ人と魔物が殺しあっていた時代、私は盟友のヴァンと夜空を翔けるのを楽しみにしていた。
魔界のしがらみを忘れられる二人きりの時間。
今・・・私の傍らに彼女はいない。
私は「テロリスト」で彼女は人魔の調停者にして希代の「英雄」。
だからこそテロリストである私を彼女は憎んでいる。

― それでいい ―

テロを起こしたおかげで彼女の「学園」は設立され、「学園」のおかげで魔物娘は人々に受け入れられた。
私が黒く染まれば染まるほど彼女は人々から称賛される「英雄」へと近づく。
この身は百の痛みと千の苦しみ、万の嘆きと億の死でできている。
今更恨む人間がいくら増えようがかまわない。

「勝利の月桂冠は彼女にこそふさわしい。私には断罪の荒縄がお似合いだから・・・・」

愛する者の幸せのために「悪」となった彼女の悲痛な嘆きを聞くものは誰もいなかった。








17/10/15 21:46更新 / 法螺男
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■作者メッセージ
昼ドラ系で攻めてみようと思ったけど資料を集めたが思いのほかハードで凹んだ・・・

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