誘惑 ― キキーモラとナマケモノ ―
「私・・・・誘われたの・・・結婚しているのに」
一同が言葉を発した人物、キキーモラの「クシャナ」を見る。
彼女の左腕の薬指には鈍く光る銀の指輪が光っていた。
「じゃあ私行くね!」
「ああ、ゆっくりと楽しんでおいで」
そう言うと彰は若葉を抱き寄せてキスした。
休日は二人で過ごすことが多い二人だが、付き合いというのもある。
若葉は名残惜しそうに振り向きながらゆっくりと道を歩き始めた。
目的地はいつものペイパームーン。
今日はそこで「魔物娘会」が開かれるのだ。
魔物娘会と仰々しい名がついているが、実態はただの女子会だ。
もっとも細かなルールはある。
・「人間」は参加できない。
この集まりはあくまで魔物娘同士の情報交換の場だ。当然といえる。
人間を参加させても変に魔物娘に憧れを持たせるだけで面倒事が増えるのみだ。
人間の魔物化にはルールがある。未成年の魔物化は生命身体に重篤な障害があるのみ、成年の場合も家族や恋人が同意した場合行うことができる。魔物娘化した場合は「学園」と呼ばれる施設で一定期間魔物娘について学ぶことが義務付けられている。
ただ、伽耶のように死後に魔物娘化する場合や若葉のようにテロで魔物化してしまうこともある。その場合でも「学園」での支援が得られる。
今、この場に出席してる「ウィルオーウィスプ」の伽耶もこのペイパームーンで働きながら「学園」に通っている。
・夫、恋人といえども立ち入り厳禁
魔物娘といっても女性。いくら愛し合ってるといってもナイトライフの不満など秘密にしたいこともある。故に彼らがいるとどうしてもお互いの伴侶のことが気になって自由に話せなくなることがある。それでは魔物娘会の意味がない。
・テロの話題は禁止
若葉のように立ち直っているとはいえ、過激派が引き起こしたテロによって心に深い傷を受けた女性も多い。いくら軽い話題であるといっても人の傷口を抉るのは感心しない。
「若葉元気そうね!」
若葉が見慣れたドアを開くと聞きなれた声が彼女を歓迎する。
「貴方もね!クシャナ」
― キキーモラのクシャナ ―
彼女とは「学園」以来の付き合いだ。彼女は「とある貴人」の侍女を長年務めた人物で、この世界に来たのもその貴人に請われてのことだそうだ。
その貴人とは今でも関わりがあるらしく、彼女の経営するメイド喫茶にも出資しているらしい。
しかし、彼女はそんな輝かしい来歴を鼻にかけるようなことはなく、当時過激派のテロに遭い塞ぎこんでいた若葉の友人となり、彰とともに彼女を立ち直らせた立役者の一人だ。
ギュム!
不意に背後から若葉の乳房を何者かが掴む。
「よぅ!若葉!!どうだい旦那と夜の生活は?ゲヒヒ、ええ乳しとりまんなぁ!!!」
「ちょっ!リサ!!いきなり揉まないで!!」
― リビングドールのリサ ―
彼女は生まれた時に生命身体に重篤な障害を持っていたため、担当した医師からは暗に安楽死を勧められた。ただベットの上で萎れ枯れていく運命だと・・・・。
しかしそれに待ったをかけたのが「学園」に所属する双子のリッチ「クライン姉妹」だ。
彼女達は、リサの魂を作成したリビングドールの身体に定着させる方法で彼女の命を救った。無論、批判はあった。「神の領域」を侵す行為だと彼女も彼女の親も批判された。だが、クライン姉妹は毅然とこう答えた。
「人を助けずその命を弄ぶ神など死んでしまえ!!!私は助け続ける!!その為の医師だ!!!」
成長したリサは医学を学び彼女達の助手となって様々な苦しみを感じる患者を人魔問わず今も助け続けている。
ただ、この魔物娘会では少々地が出てしまうこともあるが・・・・
「もう!リサったら胸なら美里の方も大きいでしょ!」
「いや・・・その・・・」
「ん?なんか呼んだか!」
「ゲッ!」
「ゲッ!とはなんだ?お前と俺との仲じゃねーか?」
緑色の筋骨隆々の腕がリサの頭を掴み持ち上げる。
「アタシには鬼道美里って立派な名前があるんだけどな?」
― オーガの美里 ―
彼女は世界レスリングのチャンピオンで、かつては霊長類最強とも呼ばれていた。だがある日「外地」から来たオーガとの組手行い彼女は変わった。小手先の技術など全く通用しない圧倒的な暴力。彼女は地位も名誉も全て全てを投げ捨てた。
〜 彼女のように「美しく」なりたい 〜
その一念で彼女は単身「外地」へと渡り、血や愛液の噴き出るような猛トレーニングの末「オーガ」へと転化した。
もっとも彼女は「オーガ」になることが目的ではない。より美しく強くなるためのトレーニングは今も行っている。が、その影響なのか膣圧で鉄パイプが曲げられるようになってしまい、自分についてこれる雄がいないことが目下の悩みである。
「なあ、この女子会っていつもこうなのか?」
― ウィルオーウィスプの伽耶 ―
彼女に夫を盗られそうになった若葉としては複雑な思いだが、グランマの推薦である以上断れない。事実魔物娘として市井で生きるすべを学ぶにはこういった集まりは最適だ。
「そうね・・・、いつもはグランマもいて少しは落ち着いているんだけど・・・」
若葉がカウンターを見る。
そこに、いつも柔らかな笑みを見せてくれるグランマはいなかった。
「仕方ねーよ。なんでも急用が入ったって言ってりゃな」
カウンターでワイバーンのクーラが相槌を打つ。
・・・彼女のことは若葉でも知らない。本人も話したがらないし、若葉もわざわざそれを聞くこともない。
こちらへ男を漁りに来た肉山のような魔物娘もいるが「そうじゃない理由」でやってくる魔物娘の多くいる。
「外地」の大貴族の娘が教団の処刑から逃れるためにツテを頼ってこちらへ来ることも別段珍しくはないのだ。
実際、「学園」内には彼女達やその家族の脱出をサポートする組織もある。
彼女がそうであるという確証はないが、隠したいことは誰にでもある。
親しき中にも礼儀あり。友人といっても一線を守ることは重要だ。
「さて、みんな揃ったところで、魔物娘会始めましょう!!!」
若葉が音頭をとる。
「「「おー!!!」」」
と、始まったのが数刻前だ。
今は・・・・
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
いきなりハードでヘビーな話題。
魔物娘として生きる以上避けては通れない人々の好奇の視線。
「魔物娘はヤリマンビッチ」などと間違った認識を持っている人間は未だ多い。
確かに魔物娘にそういった面がないとはいえないが、それは未婚の魔物娘だけだ。いくら鈍くても彼女がしている薬指の指輪に気付かないわけがない。
つまりは相手はそれをわかっていてやっている。
「ちょっとみんな!ちゃんと断ったわよ!!私にはナオちゃんしかいないし!!」
志摩直輝はクシャナの夫で小説家をしている。タイトルは「ボクはキミのモノ」。内容は男性の性欲と女性の性欲、貞操が逆転した世界に生まれ落ちた主人公が大会社の社長秘書になり、敵対する会社が雇ったヤクザに逆レイプされそうになったり社長の妹に命を狙われたりといったラブロマンだ。
特に描写には定評があり「寸止めの魔術師」や「寸止めでも抜ける」と称されている。
「断っても誘ってくるから鬱陶しいし、何よりも・・・・・!」
普段は怒りとは無縁のクシャナの声に怒りが籠る。
「学園」では「菩薩のクシャナ」とさえ呼ばれた彼女が怒りに震える。
「アイツ!この!このあたしの前でナオちゃんをバカにしたのよ!!!!愚にもつかない物書きだって!!妻を風俗で働かせるヒモ野郎って!!!!」
勘違いする人間もいるが彼女のメイド喫茶は風俗ではない。
メイドとして給仕するし、同席するがそれはあくまでメイドとしての奉仕としての一環。
そういったサービスを期待されても困るのだ。
「アイツいくら外資の重役でイケメンだろうが、言っていいことと悪いことがあるだろうが!!!!!」
「クーラ!」
「はっはぃぃぃぃぃぃい!!!!」
「ウォッカソーダ!ウォッカは冷凍庫で冷やしたストリチナヤ、砂糖抜きで!!!」
「よ、よろこんでぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
普段は勝気なクーラでも、怒髪天を衝くクシャナの迫力の前にただの蜥蜴になるしかなかった・・・・
「で、いくら断っても誘ってくるっていうソイツにアンタはどうしたの?」
リサがクシャナに語り掛ける。
「もう一度断って店を出禁にしたよ。ルールを守らない人間は何処にも居場所なんてないわ」
魔物娘が温厚であるといっても、本人の目の前で伴侶をこき下ろすなど言語道断。その行為は彼女自身の否定につながる。彼女の対応に間違いはない。
今彼女が求めるものは・・・・
「一度全てを吐き出したら楽になるわよ?」
彼女に寄り添い、傾聴してくれる友人の存在。
「それ、クライン師匠の教え?」
リサの命の恩人であり、彼女に魔界医療のイロハを叩き込んだクライン姉妹。
姉は主に錬金術を含んだ「ハード」を担当し、妹はその卓越したカウンセリング能力で死から舞い戻った人々や不運にも魔物娘になった少女の治療を担当した。
若葉も不妊治療を受けている関係もあり彼女達には頭が上がらない。
ただ、自分たちが貧乳だからといって無言で乳房を揉んでくるのは勘弁してほしいが。
「いいえ。これは友人としての気遣いよ。人間怒りを溜めるのはよくないわ。貴方もすっきりしたいでしょ?」
「そうね・・・。ちょっと長い話だけどいいかしら?」
クリシュナの問いかけに静かに頷いた。
話は数日前
彼女の経営するメイド喫茶「クラウディア」から始まる。
17/10/14 22:46更新 / 法螺男
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